試合が終わった後、長瀬先生を捜す。
私たちの席は後ろの方なので出入り口付近で駆け魂センサーを広域化しておけば簡単に探せる。
「広域化までできるのかお前……」
「前回使ったって聞いたんで一応できるようにしておいたよ。ちょっと操作して設定変えるだけだったし」
しばらく待つとセンサーに反応があった。
こちらが声を掛ける前に向こうから気付いて声をかけてくれた。
「あ、桂木君! 来てくれてたんだね」
「……ゲームはどこでもできるんで」
「え、こんな時までゲームしてたの?」
プロレスの試合中だろうが片時も離さず、人と議論するときすら画面を見ながらだ。
それで十分話せるんだからやっぱり凄いよ。桂馬くんって。
桂馬くんのハイスペックっぷりはさておき、私も会話に加わっておこう。
「あの、あなたが長瀬先生ですか?」
「え? えっと……」
「あ、申し送れました。私は桂馬くんの従妹の西原まろんです。桂馬くんがいつもお世話になっています」
「ああ、桂木君の……ご丁寧にどうも。私は教育実習生の長瀬純で……って、もう桂木くんから聞いてるかな?」
「はい、とても熱意のある人だと伺っています」
良くも悪くも……ね。勿論初対面の人にそんな余計な事は言わないけど。
「えっ、桂木君ってば私の事をそんな風に紹介してくれたの?」
「まぁ……はい」
『良くも悪くも』という副音声が聞こえた気がする。長瀬先生は気付いてないみたいだけどね。
桂馬くんが長瀬先生に見せているキャラは決して好意的なものではない。
だからこそ終盤で好意的に……なんていうのはドラマの中の世界だけだし、そもそもまだ終盤と言える時期じゃないだろう。
そういうわけだから桂馬くんから長瀬先生に好意的に話しかける展開は作りにくい。不可能ではないだろうけど。
話しかけて話題を提起し、桂馬くんを巻き込むのは私の役目だね。
「長瀬先生はプロレスが好きなんですよね? 私、こういうの初めてで、圧倒されました!」
「そう? それは良かった。折角来たんだから楽しめなくっちゃね」
「はい! 桂馬くんも何だかんだ言って楽しんでたみたいですよ」
「お、おいっ!」
「そうなの!? 桂木君もプロレスの魅力を分かってくれたんだね!!」
「ぐっ、す、凄いなとは思ったよ」
桂馬くんがツンデレしてるレアな光景だ。
このまま見ていたい気もするけどそうすると恨まれそうなので話を進めよう。
「試合見てる間、桂馬くんと話してたんですよ。何でこんなに盛り上がるのかな~って」
「へ~、どうしてなのかな?」
「紆余曲折ありましたけど、『あそこまで試合が盛り上がるのは選手だけじゃなくて観客までが力を合わせて雰囲気を作っているからだ』という結論に達しました♪」
「そう! その通りなのよ!!」
『力を合わせて雰囲気を作る』って、長瀬先生が目指してるものだからね。絶対に食いつくと思ってたよ。
「プロレスはリングの上の選手だけじゃない!
試合を捌くレフェリー、選手を支えるサポーター達、そして、それらを見守る観客たち!
それら全てが一緒になって、一つの試合を作っているのよ!!」
その協力しあっている姿こそが長瀬先生がプロレスを愛する理由なんだろう。
……いや、その理屈だと私のライブでも似たような事は言えるから単純にプロレスが好きっていう面もあるね。
「そう、皆が一つになるからこそ、素晴らしいものが作れる!
私だけじゃダメだから、クラスの皆で協力して……って、こんな事を西原さんに言ってもしょうがないわよね。ごめんなさい」
「いえ、言いたい事は何となく分かりますよ。ただ……」
クラスの生徒としてずっと見てきたからよく分かるよ。
けど、そのセリフはいけない。私しか居ないなら全然構わないけど、すぐ側に桂馬くんが……クラスの生徒の1人が居るのに。
「……だから、バスケ部が潰れたのか」
ポツリと。
桂馬くんが呟いたセリフは長瀬先生の耳にしっかりと届いた。
絶句する先生を気にする様子も無く、桂馬くんは言葉を続ける。
「うちの学校の女子バスケ部はお前が主将だった時にその活動を停止している。
お前が居た時に潰れた……いや、お前が潰したんだ」
呟くように、淡々と告げる。
一応、『偶然何かの不幸があって休部した説』も可能性としては0じゃなかったけど……先生の態度から察するに間違ってなかったようだ。
「あ、あなた、何か聞いたの!?」
「いや? 何も。
だが、このままだとまた同じような事が起こるぞ。
またお前の『理想』に、押し潰される奴が出てくるだろう」
今回の場合はクラスだから部活と違って文字通りに潰れる事は無いだろう。けど、辛い思いをする人が出るのは間違い無い。
「……どうして、なの?
私は、クラブの……皆の為に一生懸命頑張ってたのに……!」
「……お前、本当に皆の為だと思ってたのか?」
「どういう意味よ。
あ、あんたなんかに、私の何が分かるって言うの!?」
そろそろ止めた方が良いかな? ある程度追い詰めるのが目的なんだろうけど、もう十分だろう。
そう思って桂馬くんにアイコンタクトを送ろうとした所で目が合った。丁度同じ事を考えてたみたいだね。了解だよ。
「け、桂馬くん、ちょっと言いすぎじゃないの!?」
「……フン、僕は帰る。行くぞ」
「ああもう……すいません長瀬先生、失礼します」
明日にはエルシィさんも帰ってくる。それで全ての準備は整う。
にしても、先生に駆け魂が取り憑いたのはある意味幸運だったのかもしれない。
そのおかげで、先生もきっと救われてくれるから。