もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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06 痕跡

「ここが女バスの拠点……の、跡地か」

「跡地……だね」

 

 放課後、かのんが二階堂から聞き出してくれた『女子バスケ部』について調査を始めた。

 女バスは実質潰れているらしいが、建前としては休部中らしいので跡地がちゃんと残っていたというワケだ。

 何というか……管理が杜撰じゃないか? 誰も活動してないなら取り潰して別の部活に宛てがうくらいすべきだろうに。

 それともどこからも文句が出ないほどスペースが有り余っているのか? それはそれで問題な気がするが。

 

「うちのバスケ部って結構強かったみたいだね。全国大会優勝、だってさ」

 

 部室の壁には集合写真が飾ってある。大きなトロフィーや賞状が掲げられているので、全国大会の後に撮影された物なんだろう。

 中央に写っているのは心なしか笑顔な二階堂、そして、満面の笑みを浮かべる純だ。

 あのドS教師がこんな顔をするんだな。

 

「日付は2005年か、長瀬が高2で二階堂が高3だな」

「写真の中心に居るって事は二階堂先生が部長だったのかもね」

「単にエースで、リーダー役の部長は遠慮してただけの可能性もあるがな」

「あ~、そのパターンもあるのか」

 

 まあそんな事はどうでもいい。純が集団の中心かそれに近い位置に居たというだけで十分だ。

 続けて部室を見て回る。壁際には所狭しとロッカーが並んでおり、当時の部員のものと思しきネームプレートが付けてある。

 

「こやま、権村、はっとり♡……平仮名と漢字が混ざってたりハートマークが付いたりして地味に個性が出てるね」

「こんな所で規格を統一する意味は限りなく薄いからな。お、あったぞ」

 

 入って右側の壁の真ん中辺りにあるのは『長瀬』と書かれたロッカー。その名前の上に『主将』というプレートが貼られている。

 だが、今は一旦スルーして他のロッカーを見て回る。

 

「……二階堂の名は無いな」

「そうみたい……だね。私も見つからなかったよ」

「という事は、二階堂が卒業して長瀬が3年になって主将になった頃の記録って事だな」

 

 最初に入った時からそうだろうとは思っていたが、裏が取れたようで何よりだ。

 

「決まりみたいだな」

「うん。これなら二階堂先生も安易に喋りたがらないだろうね」

「……長瀬が、あいつが全国大会まで出られたような部活を『潰した』なんて事はな」

 

 『熱血』という言葉は普通は良い意味に捉えられる。

 努力を惜しまず、持ち前の元気の良さで皆の先頭をひたすらに突っ走る。

 

 だが、後に続く連中がそいつのペースに付いていけるという保証は無い。

 現実の『集団』というものは互いに突出する事を避け、結局はなあなあな所で落ち着こうとする。

 そして、正しいはずの人間は異端だと排斥される。

 

「無理に集団を引っ張ろうとしなければただの働き者で済むんだがな」

「確かに……そうだね。バスケは団体競技だから仕方ないと言えば仕方ないけど」

「団体競技っていう点が問題なら別の競技をやればいいだけの話だ。テニスや卓球でもいいし剣道や空手とかでもいい。

 どっちも団体戦も存在するが、個人戦もある分バスケよりはマシだ」

「あ、そっか。それならわざわざバスケを選んだ事が問題……いや、団体競技を選ぶような性格が問題なんだね」

「教育実習生って事は間違いなく教師志望なわけだしな。やはり『自分が頑張る事』と同じくらいに『他人も頑張らせる事』を重視してると見て間違い無いだろう」

 

 今回の攻略の目指すべき点がようやく見えてきたようだな。

 現状の手札でも何とかなる気はするが……一つ、問題がある。

 

「エルシィっていつ帰ってくるんだ?」

「えっと……確か次の月曜日だったはず」

「じゃ、攻略は待とう。緊急事態なら強制的に呼び戻してたが、長瀬の実習期間内なら無理に急ぐ必要は無いからな」

 

 エルシィが居なくても何とかならなくもない気がするが、あいつの結界が無いと逃げられるリスクが跳ね上がる。

 前にハクアがやらかしたような事は勘弁願いたい。

 そういうわけなんで適当にイベントを挟む余地があるな。さて、どうするか……

 

 

「……そう言えば、長瀬の趣味って何だっけ?」

「プロレスの事? ジャンボ鶴間って人を尊敬してるみたいだよ。

 あと、皆の相談に答えるときとかちょくちょくプロレスに絡めて話してるみたいだね」

「プロレス……プロレスか。

 もし、今回の攻略に恋愛が必須で、なおかつエルシィ……と言うより羽衣さんが不在じゃなかったならダブルブッキングを仕掛けるんだがな」

「……? ダブルブッキングを、仕掛ける?」

「ああ、長瀬に適当なチケットを送りつけ……いや、そこまでの趣味なら自分で取ってるか?

 そういうチケットを羽衣さんの力でコピーしてその席に居座ればいい」

「単なる横取り……じゃないね。一つの席に一緒に座るの?」

「ああ。ギャルゲーでは良く見る光景だ」

 

 現実では何故かあまり見ないがな。

 

「そ、それで、今回は違うんだよね? どうするの?」

「正攻法で行こう。中川、チケットを取るのを手伝ってくれ。僕はその辺は詳しくないんだ」

「私もコンサートとかを開く側だからそこまで詳しくはないんだけどね……まあ手伝うよ」

 

 

 

 

 

 ……その夜……

 

 僕達はかのんのパソコンを使ってチケットを購入する事にした。

 

「ジャンボ鶴間とやらは残念ながら引退済みか」

「と言うか、故人みたいだね。でも、後継者っぽい人の試合が丁度今週末にあるみたい。

 みたいだけど……」

「……前の方の良い席は全部埋まってるみたいだな。後ろの方なら何とか2席確保できるか」

「取れるけど……長瀬先生なら前の方の席を既に取ってそうだね」

「万が一取ってなかった場合が問題だ。金には余裕があるからチケット1枚余分に買うくらいどうという事は無いし」

「それじゃあチケット買おうか。えっと……ここをクリックして……あ、あれ? この後どうやるんだろう?」

「貸してみろ、一旦戻って……何? エラーだと? くそっ、どうなってる!」

「一旦ブラウザを閉じて……お、重い……」

「強制シャットダウンだ。いいか?」

「仕方ないね」

 

 

「よし、立ち上がった。それじゃあチケットを……あっ、売れてやがる!!」

「タッチの差だったんだ……他には無いの?」

「隣り同士の席は……いや、前後に繋がってる席ならまだあるな」

「よし、それにしようよ。今度こそ慎重に……」

 

 

 この後、何度かトラブルに見舞われながらもチケット購入を完遂した。

 ふぅ、疲れた……







 18巻では『2000年に新校舎に建て替えた』とあり、5巻カバー裏では長瀬先生が『10年前に建て替えた』と言っているので、これが『約10年』という意味でなければ神のみ世界は2010年のようですね。
 長瀬先生が高校2年生(二階堂先生が3年生)だったのが5年前のはずなので、全国大会優勝は2005年だったはず。


 原作のダブルブッキングの代わりのイベントを用意してみましたが……よくよく考えると長瀬先生が教育実習生をやってるタイミングでジャンボ鶴間の後継者的な人の試合をやってたのは奇跡に他ならないですね。(アニメ版のみの設定であり、原作ではただのレスラーでしたけど)
 まぁ、あのイベント自体は不可欠というほどではありませんでしたが。

 そして、エルシィならきっとスムーズにチケット購入ができたんじゃないだろうか? 少なくとも原作のエルシィは大きなリボンを付けた某アイドルの大ファンなのでイベントのチケット購入なんて楽勝だと思います。
 どうして今回に限ってエルシィが活躍できそうな場面が頻発するのだろうか……?

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