想定外だった。
あれから純を怒らせる為の様々な案を出したが、その全てが……とまではいかずとも8割近くがあっさりと論破された。
残り2割もかのんがすぐに指摘できなかっただけで、本当に上手くいくかどうかは怪しい。
「う~ん、どれもこれも普通の生徒が普通の先生にやったら怒りそうではあるんだよね。
ただ、『桂馬くんにわざわざ関わろうとする教師』相手に『元々問題児の桂馬くんが』やっても効果が薄いっていう話で」
「……どうやら僕自身のパラメータが大きな障害になってるらしいな。
くそっ、ゲームでは主人公はのっぺらぼうだからすっかり忘れてた」
ギャルゲーではプレイヤーが主人公に自己投影できるようにする為かほぼ無属性だ。あってせいぜい難聴や鈍感か。
主人公に尖ったキャラ付けが成されているものもあるが、かなり少ないな。
「仕方あるまい。脱出を視野に入れつつ教師ルートを軸に何とかするか」
「大丈夫なの? 先生の実習終了は8日後だけど、逆に言えば8日しか無いんだよね?」
「まともにやったらかなり厳しいが、短縮させられる策が無いわけではない。
ま、その辺はひとまず置いておいてまずは奴と言葉を交わしてこよう」
「今からだともう昼休みが終わっちゃうね。放課後かな?」
「そうなるな」
必要な情報が隠されているゲームなんていくらでもある。
体当たりで情報を集めていくとしようじゃないか。
……放課後……
「いや~、やっと授業が終わったね~。
エリー、今日もバンド練習いけるか~?」
「あ、えっと……」
かのんがこちらに目線を送ってきたので、黙って頷いてやる。
厄介な相手だからといってお前を同伴させなきゃならんほど僕はヤワじゃない。
……ただ、スムーズな情報の伝達の為にも会話はボイレコで保存しておこう。
「はいっ、大丈夫ですよ~! 目指せ、日本一です!」
「お~、その意気だ! 行くぞ~!」
楽しそうにしてるなお前ら。
今頃本物のエルシィは……きっと楽しんでるだろ。本物のアイドルっぽい事をやってるわけだし。
かのんを見送って純の様子を確認……と言いたい所だが、職員会議らしきものに参加しに出て行ったので今は教室には居ない。
折角僕が自分から会ってやろうとしているというのに、なんとも間の悪い。仕方ないから待っていてやるか。
それから、しばらくゲームをして時間を潰す。
特に妨害が無ければPFPオンリーでも3面同時くらいは行けるな。そろそろ4面にチャレンジしてみるか。
そんな事を考えていたらガラリと教室のドアが開いた。
「ふぅ、ようやく会議が……ってあれ? 桂木君?」
勢いよく教室に入って来た純は目敏く僕を見つけ……いや、周囲を確認したらそもそも僕しか残っていないようだ。ゲームに没頭していたから気付かなかった。
まあ、ある意味では理想的な条件だな。ではまず小手調べといこう。
「……誰ですか?」
「うっ、昨日と全く同じセリフ……
わ、私は長瀬純。昨日からこの学園で教育実習を受けさせてもらってるの」
「へー、そうなんですか」
都合の良い事に、向こうは僕にかなり関心がある様子だ。
従って、適当にそっけない返事をしていれば興味を引こうとして純の方から情報をボロボロくれるというわけだ。
この方法を使うと必然的に長時間会話する事になるんで僕と純との関係が『生徒と教師』でほぼ固定になり、教師ルート一直線だからできれば避けたかったんだけどな。
「それで、何か御用ですか?」
「もー、素っ気ない返事だなぁ。
でも、授業の合間や昼休みに全然話せなかったから避けられてるかもしれないって思ってたけど、ちゃんと喋ってくれるって事は違ったみたいだね」
大体合ってるがな。
と言うかそこまで出ていてその結論に至るのはどうなんだ? 悪意を信じてないと言うかなんというか……
まあいい、適当に相槌を打とう。
「はぁ、それはお疲れ様です。で、用件は?」
「あ~、うん。桂木君に訊きたい事があるの。
授業中に先生の話を聞かずにゲームばっかりしてるのは何か理由でもあるの?」
ふむ、そう来るか。てっきり叱ってくるか、あるいはやんわりと注意するかと思っていたが。
そう来るのであれば……
「……ゲームやる事に何か問題でもあるんですか?」
「問題と言うか……ゲームばっかりやってるのは良くないよ」
「……何が問題なんですか? 別に良いでしょ? テストはできているんだから」
口ぶりから察するに問題視しているのは『ゲームばかりやっている事』自体っぽいな。
それをあえて『勉強に悪影響を与えるから』という理由を提示してみたが……
「桂木くん、そういう事じゃないんだよ。
児玉先生や他の先生たちにも聞いたけど、確かに桂木くんはちゃんと勉強もできてる。
でも、それだけじゃダメなんだよ」
分かりやすい
どうやら頭ごなしに否定しようとしてくるそこらの教師とは違うようだな。
「では、何故ですか?」
「桂木君、君にとってゲームは楽しいのかもしれない。
けど、それは結局は作り物。現実の代わりにはならないのよ」
「……は?」
「君にとって現実は辛いものなのかもしれない。けど、ゲームに逃げ込んじゃダメ。
私だって協力するから、ちゃんと現実に生きていこう。ね?」
一瞬でも感心した僕がバカだったらしい。
まぁ、
だというのに、目の前のこの女は自分の勝手な基準で僕を
悪意は……まあ間違いなく無いんだろう。だが、ここまで酷い侮辱を受けたのは初めてだ。
……いや、侮辱と言う意味ではちひろから受けたアレの方がダメージは大きかったが……アレは正しい批判であると言えなくもない側面があった事は否定しない。しかし今のはあまりにも『分かってない』セリフだ。
これで攻略とかの仕事が無ければ怒鳴り散らしてやる所なんだが……僕の目的はあくまで情報収集だ。そこを外してはいけない。
ここまでの問答で純の人物像はある程度は把握した。他の事を探らせてもらおう。
「先生、それはご自分の意志で言ってます? 他の誰かに頼まれたとかじゃないですよね?」
「え? ええ、もちろんよ。私は桂木君の手助けをしたいのよ」
嘘を吐いている様子は無い。二階堂や児玉からの指示という線も無いし、上司への点数稼ぎの線もほぼ無いな。最初からほぼ分かっていた事ではあるが。
心のスキマ……手助け……
「あ、あの……桂木君?」
……価値観の押しつけ……現実……
…………
まさか……そういう事なのか?
「……過去に何かがあった」
「えっ?」
「……調べる必要がありそうだ。帰らせてもらう」
「ちょ、ちょっと待って? 桂木君!?」
「……僕に手助けなんて要らない。それでは」
過去に価値観の押しつけがあったのだとしたら?
それがきっかけで事件が起こり、そのトラウマが心のスキマになっているのだとしたら?
あんまり深い過去は追えない。だが、ある程度なら、あの『先輩』に尋ねれば……
バディーとほぼ常時アイコンタクト、不在時の事はボイレコで完備。
かつてここまでしっかりと連携を取って臨んだ攻略があっただろうか?
あんまり深く考えずに適当に書いてるせいか攻略がもの凄く速くなってるような……
かのんが桂馬のミス(怒らせて強引に教師ルートから外れようとする所)を事前に止めた結果、桂馬も特にストレスが溜まっておらず長瀬先生の悪意なき発言にブチ切れずに冷静に対処した結果でしょうね。長瀬先生に変なイタズラを仕掛けず、準備さえ整っていたらしっかりと対話に応じたのも短縮の要因かな?
なお、短縮しても他の章よりも分量は多い模様。