もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

129 / 343
価値観の境界線

「お疲れさま、名演技だったな。

 って言うかよくあんなセリフがスラスラと出てきたな」

「大半は台本の流用だけどね。

 桂馬くんもなかなかの物だったよ。特に、首を絞められて苦しそうにする所とか」

「いや、あれはマジで若干絞められてたぞ。魔法で多少は軽減されてたけど」

「えっ、嘘っ!? ご、ゴメン」

 

 わざわざ説明するまでもないと思うが、屋上に現れた仮面の不審人物はかのんだ。

 ああいう風に僕の危機を演出し、ついでに適当にヒントをバラ撒く事で月夜に自分から『元に戻りたい』と強く願わせる事が目的だった。

 その結果、見事に駆け魂を追い出して元の大きさに戻ったというわけだな。

 最初、かのんからコレを提案された時は驚いたのだが、既に『体が縮む』というファンタジーな現象が起こっているのでもう一つファンタジーな展開を混ぜた所で問題ないという結論に達した。

 

「『恋愛』で繋がっている僕の危機を演出すればいいってのは面白い判断だったな」

「うん。と言っても使えるのは今回みたいなケースだけかな」

「だなぁ」

 

 ファンタジーでぶっ飛んだ展開なので、既にぶっ飛んだ体験をしておいてもらわないといけないという事も勿論あるが、それだけではない。

 

 今回の場合は駆け魂による影響、それによる理想の世界への誘惑と僕の命とを天秤にかけてもらい、彼女の意志で誘惑を断ち切ったからこそ駆け魂を追い出せたのだろう。

 駆け魂による影響が分かりやすく邪魔になってないと天秤にかけさせる所まで上手く誘導できなさそうだ。

 

 まぁ、単に好感度を上げる為のイベントとしてなら条件は緩くなるだろうが、乱用すると設定が追い付かなくなるので避けた方が良い事に変わりはない。

 

「それじゃ、帰ろうか。エルシィ、帰るぞ!」

「はーい!」

 

 

 

 

 

 

  ……それから、数日後……

 

「神にーさま! 屋上でお昼食べましょ!」

「ああ、今行く」

 

 いつものように……と言いたい所だが、いつもと違って今日はかのんと昼食だ。

 え、エルシィ? 何か今日はかのんの後輩がエルシィに対して地獄の猛特訓をやるらしいからそっちに行ってる。

 朝のエルシィは泣きそうな顔をしていた気がするが、きっと嬉し涙だろう。きっと。

 

 

 

 

 

「う~ん、今日も屋上は誰も居な……あれ?」

 

 普通は屋上なんて誰も居ないんだが、今日は先客が居た。

 

「桂馬くん、あれって月夜さんだよね?」

「ああ。数日前から2~3日に1回の割合で遭遇する」

「……いつもは敷いてた敷物が無い。結構な変化だね」

「そうだな。だがもう一つ変化があるぞ」

「? どこだろう?」

「簡単な事だ。昼休みにここに居るって事はそれ以外の時間に今までサボっていた授業を受けてきたって事だ」

「あ、なるほど。確かに前に遭遇した事なんて無いもんね」

 

 授業に出て、ある程度は他人と交流してるって事だな。

 以前は月とルナが全てだった事を考えると大きな進歩だろう。

 

「あいつならきっと探せるさ。新しい、美しいものをな」

「美しいもの、か。

 そう言えば、あのゲームヒロインの絵って今出せる?」

「ん? よっきゅんの事か?」

「うん、そう」

 

 かのんに頼まれてPFPを起動する。

 残念ながら、非常に残念ながらあのゲームはクリアしてしまったが、壁紙をよっきゅんの絵にしているのですぐに見せる事ができた。

 

「う~ん、やっぱりただの落書きにしか見えないね」

「絵自体はヒドいからな」

「でも、桂馬くんにはこれが美しいものに見えてるんだよね?」

「当然だ。よっきゅん以上の存在などまず有り得ないだろう」

「そっか、ねえ桂馬くん、またこの子の話を聞かせてくれないかな?

 そうしたら、私でもこの絵を美しいって思えるかもしれないから」

「良いのか? 数時間かかるが」

「……できれば、要点をまとめて簡潔に」

「仕方あるまい。よっきゅんを語る上で省ける所など皆無に近いが……努力はしよう」

「ありがと、桂馬くん」

 

 話を聞けば美しく思えるかもしれない、か。

 人の価値観というのは些細な事ですれ違い、衝突する。

 相手の価値観を丸々受け入れるなんてのは困難を極める。

 だが、相手の価値観の一部を理解するだけであれば数段楽だ。そしてそれが、劇的に世界を変える事もある。

 

「……なあ、中川」

「なあに? 桂馬くん」

「……いや、やっぱり何でもない」

 

 かのんがアイドルとしていつもどんな景色を見ているのか気になった。

 だから、かのんのイベントのチケットが欲しくなった。なんて事は言わないでおこう。

 やるならコネなんぞ使わず、正々堂々と乗り込んでやる。

 

「どうしたの桂馬くん? 何か隠してる?」

「そんな事は無いぞ。ああ、今日の弁当も美味いな」

「ホント? 良かった。あっ、この卵はね……」

 

 

 

 

 月夜は他人を受け入れる事で理想の世界を壊した。

 僕のセカイも、いつかは限界が来て、誰かを受け入れる事になるのだろうか?

 そうだな、僕は……







 これにて月夜編終了です!
 今回も原作に近い流れになりそうだったので、『月夜に桂馬の揺さぶりがバレなかった場合』と『非現実的な追加イベント』を使ってみました。
 書き終えた後に思ったけど、追加イベントは女神編(結)のイベントと少々似てますね。
 ……なんて事を思っていたらそれに加えてうらら編を思い出したというコメントを頂きました。神のみのレアなバトルシーンだからですかね。

 今回は月夜の口調に割と苦労しました。
 月夜は「○○なのですね」という言い回しをよく使いますが、決して敬語キャラではないという。
 一応原作で敬語を使ってる場面は確認できましたが……確認できた範囲ではルナ相手にしか使っていません。
 ルナにしか敬意を払わないという徹底したキャラなのだと改めて思い知らされました。


 今日のこの後、ちょっとしたおまけを投稿します。お楽しみに~。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。