「そろそろ、仕掛けようと思う」
月夜さんを攻略し始めてから数日後、桂馬くんが再び動き出した。
「ようやく、か。勝算はあるのかなんて事は言うまでも無いかな?」
「当然、と言いたい所だが、成功率8~9割ってとこだな」
「……それ、失敗するとどうなるの?」
「……心のスキマが悪化した上に振り出しに戻る」
「要するに失敗したらアウトって事だね」
その条件で1~2割ほど失敗するっていうのはやや不安が残る。
何とかできないかな?
「具体的にどう仕掛けるの?」
「月夜を取り巻く世界をぶっ壊す」
「……より具体的にお願いできる?」
「いくつか案はあるが、第一候補は『月夜の体をより小さくする』事だな」
「そんな事ができるの?」
「不可能。だがしかし、月夜の周りにある物全てを羽衣の力で大きくすれば本人に『自分が小さくなった』と錯覚させる事が可能だ」
「あ、確かにそうだね。羽衣さんがまた酷使されてるね……」
「羽衣さんなら問題ないだろう」
安定の羽衣さん推しだ。
他の所ではここまで酷使されてないんじゃないかなぁ……?
「そうやって揺さぶりをかける事で攻略の取っ掛かりを掴むことはできる。
そうなってしまえば後はどうとでもなるはずだが……終わりまでの明確なビジョンはまだ見えていない」
「明確じゃなくても8~9割は成功するっていうのは凄いのかな」
「凄いかどうかはともかく、失敗したら意味が無い。
今は良くも悪くも安定してる状態だから、揺さぶりをかけた後に速攻でケリを付けるような良いイベントを起こせないものかとな」
決着を付ける為のイベントか。
少し、情報を整理してみようか。
月夜さんの心のスキマは『人間への嫌悪』
それを解決する為に最も相応しい手段が『恋愛』
理想的な結末として、月夜さんが誰かと恋愛をする事(誰かって言うか、この状況だと桂馬くんしか居ないけど)
ただ、月夜さん自身は他人を拒絶するスタンスを取ってるからこちらから仕掛けるのは難しそう。仮に桂馬くんに恋してても月夜さんのプライドが邪魔しそうだね。
となると、必要なのは『月夜さんから動いてくれるようなイベント』だ。
もっとシンプルに言うなら……
「月夜さんから告白されたいってコトだね」
「そういう事になる」
「……それだったら、こんなのはどうかな?」
こう見えても私は現役アイドルだ。ドラマ出演やアニメのアフレコなんかで『物語』に関わる機会も多い。
ギャルゲー専門で経験を積んでる桂馬くんほどじゃないけど、私にだってイベントを創作する能力はある。
最近出演したアニメを参考にした私作のイベントを提案してみた。
「そうか、その手があったか。それは盲点だった」
「恋愛の素人の意見だけど、どう?」
「成功すれば理想的、だな。もし失敗したら……夢オチにでもするしか無いか」
「月夜さんを気絶させれば一応可能だね。また羽衣さんが何とかするのかな」
「そうなるな。
ところで、このイベントには魔法の行使ができた方が良さそうだが、お前にできるのか?」
「時間や体力に余裕がある時にちょくちょく練習してたから、大丈夫だよ」
「そんな事してたのか」
ドクロウ室長がくれた4種の魔法は桂馬くんには使えない私の長所だ。ある程度は練習してる。
勿論エルシィさんも魔法は使えるけど、今回は私がやった方が良さそうだ。裏で待機しててもらおう。
「それじゃあ僕は明日エルシィと揺さぶりを仕掛ける」
「最終イベントの明後日、早ければ明日だね。頑張ろう!」
……そして、翌日……
「お~い月夜、生きてるか~」
「物騒な事を言わないで欲しいのですね。ちゃんと生きてるわ」
いつものように私の一日は始まる。
この理想の世界での生活が始まったのはつい最近の事のはずなのに、凄く馴染んでいるのですね。
「いつものサンドイッチと、紅茶も用意しておいたぞ」
「それでは味見をさせて頂くのですね」
数日前に桂馬が紅茶を入れたがったので徹底的に仕込んだ。
桂馬もネット等で予備知識を仕入れていたようだけど、いつも自分で入れている私には敵わなかったけど、少しずつ上達しているようなのですね。
「……よく出来ているわ」
「ホントか? そりゃ良かった」
「でもまだ味を引き出せるでしょう。これからも精進しなさい」
「望む所だ。
ああ、そう言えば例の物の準備が整ったぞ」
「例の物?」
「これだ。牛乳風呂。魔法瓶に入れてある」
「前に話題に出てから随分時間がかかった気がするのだけど、何があったの?」
「この部屋には電気ポットくらいしか加熱できるものが無かったからな。
そんな物で牛乳を温めたら次回以降の紅茶に匂いが移るし、コンロを持ってきて温めるってのも危ないから家で温めてから運搬できる魔法瓶を調達するのに少し時間がかかった」
「……そう、よくやったわ」
単なる思いつきで言った事なのに、そこまでの手間をかけさせていたの?
ちゃんとお礼を言った方が……いえいえ、あくまで勝手にやっている事なのですね。
私が気にかける必要なんて、無い。
時間は過ぎて夕方頃、お待ちかねの牛乳風呂を試すのです。
「熱っ、桂馬、牛乳を足しなさい」
「この調整、結構キツいな。これでどうだ?」
「……今度は温すぎるわ。もう少し温めて」
「こんなもんか?」
「ちょっと熱すぎる気もするけど、まあ許容範囲ね」
「それなら丁度いいんじゃないか? バスタブが小さいから普通の風呂よりも冷めやすいはずだ」
「そう。それじゃあ出ていって」
「はいよ。終わったら呼んでくれ」
桂馬が温めて持ってきた牛乳だと熱すぎるので冷えた牛乳と混ぜて温度調節をした。
いつものお風呂の調整は私が自力でできるようになっているけど、流石に牛乳を配管に通すわけにはいかない。
改めて考えると恐ろしく精巧なドールハウスなのですね。一体誰が作ったのか。
牛乳の香りをしばらく味わった後、のぼせないうちに上がる。
やっぱり小さい事は良い。他にも何かできないか色々と考えてみよう。
「ん、あれ? 服が……?」
着替えの服の袖に手をしっかり入れたにも関わらず袖口に手が届かない。半分ほど進んだ所で垂れ下がっている。
「こんな長い服あった? 仕方ない、別の服を……」
別の服を探そうと視線を上げて、異変に気付いた。
「っ!? 物が、大きく!?」
脱衣籠やさっきまで入っていたバスタブがどんどん大きくなっていく。
いや、まさかこれは……! また私が小さく!?
「る、ルナ! 助けてルナ、ルナ!」
湿気に晒すわけにはいかないからルナはお風呂場のすぐ外に置いてある。
少し狭いと感じていたはずの広くなってしまった床を駆け抜けて扉を開ける。
「ルナっ!」
だけど、そこに居たのは私より数倍背が高くなって、ただ無機質な瞳で嘲笑うかのように見下ろしてくる人形だった。
「あ、う、ぅ……
け、桂馬! 桂馬来て!! 助けて!!」
私が叫んだ直後、ガラッという音が聞こえ、ドールハウスの一部が開かれた。
「おい大丈夫か月……月夜っ!?」
「桂馬っ、桂馬ぁ……」
「まさか、更に小さくなったのか?
「桂馬、ど、どうしよう、私……」
「と、とにかく落ち着け。きっと大丈夫だ。
とにかく今は、ゆっくり休め」
「あ、うぅ……
そうさせてもらうのですね」
どうして、こんな事に?
完璧な世界だった、そのはずなのに……
原作では揺さぶりをかけた後はアドリブ……と言うより行き当たりばったりな感じでしたが、実際にはどういう計画を立ててたんでしょうね?
神さまならアドリブで十分対応できたとは思いますけど。
実際の牛乳風呂は『お湯に牛乳を混ぜる』だけのようですが、原作において体が小さい事の利点を挙げている時に「牛乳風呂もできそうなのですね」という発言があるので、試みたのは通常の牛乳風呂ではなく濃度100%の牛乳風呂だと判断しました。
しかし、それって実際にはどうなんでしょうね? 濃すぎて逆に問題が発生しそうな気もします。
本作では通常の牛乳風呂以上の結果が得られたという仮定で書きましたが……試した人は居るのかなぁ?