もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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04 店員2人

 今回の攻略は今までの攻略と決定的に異なる事がある。

 それは、『プレイヤーが攻略対象の世界の登場人物か否か』だ。

 これまでのヒロインはクラスメイトであったり同居人であったり、最悪の場合でも同じ学校の生徒という関係性があった。まぁ、七香は別の学校の生徒だったが向こうから殴り込みに来てたのでクラスメイト以上の関係性があったと言っても問題ない。

 しかしながら今回のヒロインであるスミレにはそういった関係性が全くない。

 

 よって、彼女と同じ『ラーメン屋の店員になる』。これが最速にして最適解だ。

 

 実は舞島学園に通っているという隠し設定がある可能性がゼロではないが、住所から考えてその可能性は結構低い上に仮にそうだとしても学校以外で交流を持つ事はプラスになるので問題ない。

 

「ここのラーメンの味に感動しました。是非ここで働かせてください!」

「あ、あの、お客さん? うちは求人なんてやってないんですけど?」

 

 悪いが今はスミレはスルーだ。この方針の攻略において、まず説得しなければいけないのは店長だ。

 スミレの好感度は度外視、いや、むしろ嫌われるくらいが丁度いい。

 

「……いいだろう、採用だ。明日から来い」

「え、父さん!? うちにバイトなんて必要ないでしょ!

 こんな怪しい奴を雇わなくても私一人で十分じゃない!!」

「ラーメン屋に女は要らん。スミレは学校の宿題でもやっておけ!」

「ぐっ……あーもう!!」

 

 親子仲が悪いとは聞いてきたが、こりゃ相当だな。

 苛立ったスミレは店の奥の方(恐らくは居住スペース)に引っ込んでいった。

 

「……フン」

「あ、大将。ちょっといいですか?」

「どうした?」

「さっきは勢いよく働きたいと言いましたが、僕も学生なので平日の一部の時間帯は働けません。それでも良いでしょうか?」

「ああ、そりゃそうだな。空いてる時間で構わん」

「それは良かったです。それでは明日から宜しくお願いします」

 

 ゲームだとこういう交渉はカットされるが、現実(リアル)だとそうもいかないからな。

 大将が分かりやすい人で良かった。

 

 

 

 

 

  ……そして翌日(月曜日)の放課後……

 

 

  ……ではなく、早朝……

 

「な、何でアンタが居るのよ!!」

「あ、おはようございます。本日からここで働かせていただく桂木です。宜しくお願いします」

「いや、それは知ってるわよ! 私が言いたいのは何で()()()()()ここに居るのかよ! アンタ高校生よね!?」

「大将には空いてる時間に来いと言われたので。もう少ししたら登校しますよ」

「こんな時間に来てもやることなんて無いでしょうが!!」

「フフッ、それはどうでしょうか?」

 

 ラーメンの仕込みは早朝から行う場合もある……が、それは大将の仕事だから除外しておく。

 除外した上で、やれる事は十分にある。

 この、エルシィから借りた魔法の箒を使ってな!

 

「ん? あれ? 何か店内が凄くピカピカになってるような……?」

「桂木の奴、朝の5時から店中を磨いてたのさ」

「ご、5時!? 私まだ上で寝てたよ!?」

「飲食店として、店内が綺麗である事はお客様をおもてなしする上で重要な事ですからね。気合を入れてやらせていただきました」

「フッ、良いしつけをされてたみてぇだな」

「いえいえ、それほどでもありませんよ」

「ぐぬぬ……」

 

 今回の攻略ではまず店に馴染む事が重要だ。

 その為にも、こうやって点数を稼げる所で稼いでおく必要がある。

 念には念を入れて4時頃から店の近くで待機して、大将が仕込みを始めた頃に仕事を始めた甲斐があったというものだ。

 まぁ、そのせいでスミレから睨まれてるが、彼女の世界に食い込めているという良い証拠だろう。

 

「それじゃ、僕は一旦上がらせてもらいます」

「おう、またな」

 

 攻略を一旦切り上げて学校に行く。

 タクシィ……じゃなくてエルシィはこういう時に便利だな。

 

 

 

 

 

  ……そして、今度こそ放課後……

 

 

「た、ただいま……って、何でアンタがもう居るのよ! このトンコツ男!!」

「トン……? いや、学校が終わったらすぐに来ただけですけど?」

「学校が終わってから全速力で走ってきたのにそれよりも早いなんておかしいでしょゲホゲホッ!!」

 

 それはご苦労だったな。

 空を飛んで移動するのはやはりチートだな。加減してるらしいスピードでも余裕で着けた。

 

「そんな事を言ってる暇があるなら着替えたらどうですか? ピークの時間帯はまだ先ですが、やれる事はありますよ」

「言われなくても分かってるわよ!!」

 

 う~ん、いい感じに嫌われてるな。

 それじゃ、見せつけてやろうじゃないか。経営系ゲームも極めている僕の店員としての格の違いという物を……!

 

 

 

 

 

 

 パリーン

 

「ああっ! す、すみません、うちの子が!」

 

 子供がガラスのコップを落とすというよくあるイベントだが、このような突発的なアクシデントは店員力が試される。

 落ち着いて冷静に対処しなければならない。

 一番悪いのは慌てて何も出来ないこと。模範解答は笑顔でお客様のフォローをして、危険物をなるべく手早く回収する事だ。

 

「いえいえ、お怪我はありませんか? 新しいものをお持ちしますね」

 

 ちなみに、今回はお客様が殊勝な態度だったから話は簡単だが、横柄な態度なクレーマーだった場合は要注意だ。対処を誤ると非常に面倒な事になる。

 

 

 

 

 

「店員さん、会計お願い!」

「あ、はい! ラーメン1つにつけ麺が2つと……あ、あれ? レジが……」

 

 レジの故障か。稀によくあるトラブルだな。

 ま、何とかなるだろ。

 

「……ラーメン1つ、つけ麺2つ、餃子セットが3つで合計2959円になります」

「ん、じゃあこれで」

「3060円お預かりして101円のお返しになります。手書きで申し訳ありませんが、こちらがレシートになります」

「ああ、はい」

「ご利用ありがとう御座いました! またのご来店をお待ちしています!」

 

 このくらいの暗算であれば問題なくこなせる。

 とは言え、いくら正しくてもお客様が不安になるからこのままってわけにはいかんな。

 

「スミレさん、予備のレジとか古いレジとか無い? あるなら急いで取ってきて」

「そ、そうね。取ってくる!」

 

 

 

 

 

 

「オイテメー、わぁってんのか!?」

「す、すみません!」

「ゴメンで済んだら警察は要らねぇんだよ! 態度で示せや!!」

「しょ、少々お待ち下さい!!」

 

 ……おい、こんな所でもフラグは有効なのか?

 横柄な態度のクレーマーらしき人物がやってきたぞ。

 

「スミレさん、どうしたの?」

「う、あ、アンタに言う必要なんて無い!」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょう? 僕がダメでもせめて大将に相談したら?」

「ぬぐぐ……分かったわよ! アンタに言うわ!!」

 

 一応、仲の悪い親よりはマシだと思われてはいるみたいだな。

 

「あのお客さん、塩ラーメンを注文したはずなのに味噌ラーメンを注文したって言い張るのよ」

「訊くまでもないと思うけど、聞き間違いって事は無いね?」

「当たり前でしょ!」

 

 言いがかりを付けてくるタイプのクレーマーとか勘弁してほしい。

 何で今日に限ってトラブルが続出するんだ? 全く無いのも困るが、ほどほどにしてくれよ。

 

 さて、愚痴るのはこのくらいにしてどう対処したもんか。

 ここでクレーマーに反抗するのは基本的に悪手だ。言った言わないの話になると不毛な水掛け論になる。

 注文の証拠でもあれば話は別だが、そんなものはあらかじめ準備しておかないと入手は困難だ。

 周りのお客様が注文を聞いてれば証人になってくれる事もあるが……現時点で名乗り出る人が居ない時点で望み薄だ。

 

「……仕方ない。ここは大人しく言うことを聞いて適当に色を付けて味噌ラーメンをご馳走しよう」

「やっぱりそうするしかないのよね……」

「それじゃああの客は僕が対処するから、スミレさんは他の所お願い」

「……分かった。お願い」

 

 スミレの奴、内心歯噛みしてるだろうな。

 やれるだけの事はやっておくか。

 

「お客様、うちの者が大変失礼しました。

 お詫びといってはなんですが、お客様がご注文なされた味噌ラーメンにトッピングを千円分まで無料でお付けします」

「へぇ、なかなかわかってるじゃねぇか。

 それならその分だけチャーシュー大盛りにしてくれや」

「かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます。

 味噌ラーメンにチャーシュー千円分でよろしいですね?」

「おう、早くしろよ!」

 

 

  ……そして、数分後……

 

 

「お客様、大変お待たせ致しました。

 こちらがご注文の品になります」

「おう。ってオイテメェ。注文と違うじゃねぇか!!」

「はて? 何か間違えましたか?」

 

 大変遺憾だが、僕はこのクレーマーの注文通りの物を持ってきた。

 言葉遊びをしているわけじゃないぞ? 味噌ラーメンにチャーシュー山盛りだ。

 

「いーや、俺が注文したのはチャーシュー大盛りにネギとメンマも大盛りの奴だ!

 この落とし前、どう付けてくれるんだ?」

 

 おい、ここで更に言いがかり付けてくるとかマジか?

 チャーシュー山盛りで満足しとけよ。どんだけバカなんだ?

 

「お客様、失礼ですが物忘れが激しいようですね」

「あ〝あ〝?」

「それではこちらをご覧下さい」

 

 そう言いながら僕は懐からある物を取り出す。

 某アイドル曰く、演技の練習に凄く便利な機械。

 そう、『ボイスレコーダー』を。

 

カチッ

 

『かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます。

 味噌ラーメンにチャーシュー千円分でよろしいですね?』

『おう、早くしろよ!』

 

 念のため、本当に念のため用意したが、まさか初日で使う事になるとは全く思ってなかったよ。

 

「な、なななっっ!!」

「お客様、物忘れが激しいのでなければ……

 ……訴えますよ?」

「ぐ、くそっ! 覚えてろよ!!」

 

 そう言ってクレーマーは逃げ去って行った。

 味噌ラーメンくらいはくれてやったのに、せっかちな奴だ。







 クレーマーの対処はこれで本当に正しいのだろうか?
 神様が居るのにやり込められるだけというのは微妙な気がしたので少々強引ですがクレーマーには痛い目を見てもらいました。
 こんなアホなクレーマーは現実に居ない……はず。


 本作において『人間が魔法を使えるか否か』の判断に使用した割と重要なシーンがでてきましたね。本作ではエルシィの箒は最小パワーで桂馬の手によって使われています。

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