駆け魂センサーを持ってきていて、見つけてしまったのは仕方がない。
この目の前のラーメン女の情報を集めて攻略をしなければならない。
「ご馳走様でした!」
って、言ってる傍から席を立ちやがった!
幸いまだ注文はしていないから後を追って……いや、七香を放っておいて着いてこられたりしたら面倒な事になる。
ならばかのんを行かせよう。席を立つ口実はこっちで作らせてもらう。
僕はPFPのメール機能を急いで立ち上げて空メールを送った。
[プルルルル プルルルル]
こうなる事を予期していたのか、かのんはスムーズな動作で携帯を取り出してメールを確認する。
その空っぽの中身を見てから少しだけこちらに視線を向けた後、立ち上がった。
「ゴメン、ちょっと急用が入っちゃった。悪いけどちょっと帰らせてもらうね」
「そっか、残念やな。また今度な」
七香は特に疑うこともなく見送ってくれた。
単純でホントありがたい。
「桂木、何頼むん?」
「そうだな、醤油ラーメンで」
ただバッタリ会っただけの攻略対象、手がかりは非常に少ない。
今はかのんを信じて待とう。
エルシィさんに押しつけられて返し忘れたセンサーがこんな所で鳴るなんてね。
桂馬くんの家のカフェよりも人が多いんだから遭遇しやすいのも当然なんだけど、ちょっと油断してたみたいだ。
……駆け魂を回避しようとするのがそもそも微妙におかしいんだけどさ。
一番重要な情報は住所だ。最悪これさえ突き止めておけば後でいくらでも情報を引き出せる。
徒歩で移動する分には尾行は何とかなると思うけど……バスや電車に乗らない事を祈ろう。
しばらく尾行を続けると別のラーメン屋へと入って行った。
さっきの店でラーメン3杯を完食してたように見えたんだけど、気のせいかなぁ?
「すいません! 醤油ラーメンと味噌ラーメン、あとつけ麺お願いします!」
「え? 3つも?」
「はい! お願いします!」
「あ、はい! 醤油一丁味噌一丁つけめん一丁!!」
気のせいじゃなかったみたいだ。どれだけ食べるんだろう?
って言うか私もお腹が空いてきた。お昼ご飯食べたい。
私も店に入って注文しちゃおうか? でも、あの子の食事が凄く速かったら困る。
仕方ない、我慢しよう。もうしばらくすれば桂馬くんも食べ終わってこっちに来てくれるはずだし。
……そして数分後……
「ご馳走様でした! お勘定お願いします!」
「早っ! え~、醤油と味噌とつけ麺なので、1700円に……はい、丁度お預かりします。
こちらレシート……あ、行っちゃった。まあいいか」
案の定、あの子は凄い勢いで食べ終えて駆け足で去って行った。
我慢しておいて良かった。急いで追いかけないと。
更に追いかけると今度はまた違うラーメン屋に入って行った。
また食べるのかな……?
「すいません! 醤油ラーメンと豚骨ラーメンと……星雲合成ネギラーメンお願いします!」
「お嬢ちゃん、注文は食券で頼むよ!」
「あっ、すみません」
ま、まだ食べるの……? 駆け魂の影響でヤケ食いでもしてるの?
そんなに食べて太らないの? 駆け魂の栄養にでもなってるの?
って言うか、星雲合成ネギラーメンって何!?
そんなどうでもいいことを悶々と考え込んでいるうちにあっさりと食べ終えたあの子が席を立って店を後にした。
尾行を続けるとまた違うラーメン屋へと入って行った。
一体いつまで食べ続けるんだろうあの子。これが駆け魂の影響なんだとしたらある意味恐ろしい駆け魂だ。
そんな事を考えながら店内の様子を伺って……あれ? 客席が空っぽだ。
おかしいな、確かに入って行ったはずなんだけど……見失っちゃったかな? 単純に死角に居るだけかもしれないけど。
……見えなくなったって事はもしかすると、奥の方に居る?
よし、正面から乗り込んで確かめてみよう。お腹も凄く減ってるし。
「すいませーん!」
店のドアを丁寧に開けて中へと入る。
外からは死角になっていた部屋の隅を確認してみたけど誰も居なかった。
確認できたのはカウンター奥の厨房に居るラーメン屋のおじさんと店の奥の方に続いていそうな開きっぱなしのドアだけだ。
「……適当に座れ」
「はい」
凄く無愛想な接客だけど気にせずに適当な席に腰かけてメニューを眺める。
……さっきまでの店に比べてバリエーションが少ないのは気のせいではないだろう。
注文は直接言えば良いのかな? 呼び出しボタンは見あたらないから普通に呼びかけて……
「あっ、お、お客さんですね! ご注文をお伺いいたします!」
手を上げておじさんを呼ぼうとした所で店の奥の方から件のあの子が飛び出してきた。
良かった、やっぱりここの店員だったみたいだ。
「それじゃあ、ラーメンお願いします」
「はい! ラーメン一つ!」
出来上がりを待つ間に桂馬くんにメールしておこう。
『攻略対象の情報が判明。ラーメン屋『上本屋』の店員』っと。
メールを送信してから携帯をしまうとあの子が話しかけてきた。
「すいませんね、うちの親父が無愛想で」
「いえ、大丈夫ですよ。
……ん? あの、つかぬことをお伺いしますが、親父って事はもしかして?」
「あ~はい。私はあの無愛想な店主はうちの父さんです」
……『追加情報、あの子はどうやら店主の娘らしいです』っと。