もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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アイドルとはぐれ魂

「かのん……一体何してるの」

「うぅっ、スミマセン」

 

 ずぶ濡れになった中川かのんを岡田さんの所まで連れて行ったら案の定と言うべきか怒られていた。いい気味だ。

 

「ところで岡田さん、この衣装の予備ってあるんですか?」

「ええ、それは勿論ある……

 ……いえ、あったわ」

「え? 何故過去形?」

「市長がわざわざ特注で用意した衣装風作業服には一着だけデザインを少し変えた予備があったんだけど……」

「一着だけ? もしかして……」

「ええ。あなたが今着てる服よ」

 

 あまりに自然に参加させられたから忘れかけてたけど、そう言えば私は飛び入り参加だったわね。

 衣装も用意してあって手回しが良いと思ってたらそういう事か。

 

「そういう事なら私の衣装をお返ししましょうか?」

「そうね……ちょっとクライアントと相談してくるから2人はここに待機してて」

「分かりました」

「りょーかいしました!」

 

 

 

 岡田さんが行ってしまったので今は中川かのんと2人っきりだ。

 一応ついさっきまでも一緒にゴミ拾いしてたけど、落ち着いた場所で2人っきりというのは何気に初めてだ。

 

「? どうかしましたか?」

「……何でもないわ」

 

 やはりコイツが分からない。

 何で人気が出てるのかも分からないし、本人の性格というか何というか……本人そのものも何かこうぽわぽわしてて掴み所が無い。

 こんなので人気が出るなんてこの世の中は間違ってるんじゃないだろうか?

 いや、それとも間違ってるのは……

 

「あの~、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ! アンタに心配される筋合いは無いわ!」

「あうぅ~、そんな事言わずに仲良くしましょうよ~」

「アンタねぇ……」

 

 『みんな仲良く』なんてトップアイドルの……他人を蹴落として上がってきた奴のセリフじゃないでしょうに!

 普通に考えれば挑発してるんでしょうけど、コイツの場合は素で言ってそうなのよね。

 あームカつく! ホントにムカつく!!

 

「アンタ……アンタ何なの? 一体何者なのよ……」

「え? 何者か、ですか? それは、えぇっと……」

 

 私が放った何気ない質問に対して中川かのんは顔を俯かせて深く考え込んでいた。

 別に答えを求めていたわけじゃないんだけど、まあ放っておけばいいか。

 と思っていたら中川かのんは突然顔を上げた。

 

「っ! この気配は!!」

「何? どうか……」

 

 どうかしたの? と私が訊く前に中川かのんが鋭い声を上げた。

 

「伏せてください!!」

「え? あぐっ!!」

 

 突然横合いから殴られたような衝撃が私を襲う。

 体を起こしながら後ろを振り向いて確認したが、そこには誰も居なかった。

 ……いや、違う。

 空中に、何かが居る。

 限りなく透明に近い半透明の何か。

 どういう事なの? 何かのドッキリに巻き込まれた?

 

「駆け魂……いえ、宿主を持たないはぐれ魂ですね」

 

 いやに落ち着いた中川かのんが空中を睨みつけながら訳の分からない事を言う。

 つまりドッキリの仕掛け人は中川かのん……のわけは無いわよね。コイツにそんな腹芸ができるとは到底思えない。

 

「姫様は今は居ないから……仕方ないですね。このくらいなら何とかなるはず!」

 

 そう言って何事かを決意すると、中川かのんは歌を歌い出した。

 

「♪♪~♪♪~ ♪♪~♪♪~

 ♪♪~♪♪~ ♪♪~♪♪~

 ♪♪~♪♪~ ♪♪~♪♪~

 ♪♪♪~ ♪♪ ♪♪♪♪♪~♪~

 ♪♪♪~ ♪♪ ♪♪♪♪♪~♪~」

 

 聞いたことの無い歌だ。少なくとも中川かのんの歌ではないだろう。

 歌声が響くと同時に空中に居た透明な何かは少しずつ存在感を薄くしていき、しばらくすると完全に消えたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや~、ビックリしましたよ!

 まさか私が姫様の替え玉をやってる最中にはぐれ魂がこっちにやってくるなんて思ってもいませんでした。

 どうやら棗さんを狙っていたようなので咄嗟に結界で突き飛ばして、襲ってきたはぐれ魂を結界で捕らえて、何とかしました。

 前の時は魂度3の駆け魂でしたが、今回は宿主の居ない弱いはぐれ魂だったので何とか一人でも倒せましたよ!

 

「……ふぅ、討伐完了です。やはり結構疲れますね……」

「あ、アンタ……一体……?」

「う~ん……仕方ないですね。それでは説明しましょう!」

 

 どうやら棗さんに一部始終見られていたようですね。一応、はぐれ魂や結界は霊感の無い一般人には見えないはずですが、そこら辺は個人差があるらしいし、何事かが起こっていた事は理解しているようなので全部説明しちゃいましょう。

 どうせ室長に報告したら記憶操作されるでしょうし。

 

「まずはですね、私は中川かのんではありません!」

「…………はぁっ!?」

「私の名はエリュシア・デ・ルート・イーマ! 地獄から来た駆け魂隊の悪魔です!!」

 

 錯覚魔法を解きながら、ババーンと名乗り出ます!

 ふっふっふっ、こういう時の為に名乗り上げは散々練習しましたからね! あまりの格好良さに棗さんも固まっているようです!

 

「ちょ、ちょちょちょちょっと待ちなさい!! どどどどういう事なの!?」

「どこから話しましょうかね。とりあえず駆け魂についてでしょうかね~」

 

 

 

 

 そんな感じで、棗さんには駆け魂や地獄の事、私と姫様の事などをかいつまんで話しました!

 あ、神様の事は話してないです。面倒だったので。




 原作中では駆け魂とかが一般人にどう見えるかは明言はされていませんでしたが『霊感的なものがあれば見える』くらいで大丈夫でしょう。きっと。

 今回はエルシィが単独で駆け魂を消滅させましたが、これは相手が宿主を持たないはぐれ魂だったから成功した事であり、普通の駆け魂が相手だと弱めるのが精いっぱいです。(しかも凄く疲れる)
 はぐれ魂は宿主が居ないんだから弱いはずだという理論ですね。
 ……尤も、若木先生の作品でははぐれ魂の方が強力な能力を振るって甚大な被害を出していた気はしますが……きっと気のせいでしょう。


 読者の方から「同棲ってかなりのスキャンダルだよね」という旨の指摘を受けたので最後に文を追加しました。神様に関する説明は省略しても問題ないですね。「かのんちゃんが地獄の(ポンコツ)アクマと協力して悪霊退治してる」って感じの事さえ伝われば良いので。

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