攻略を終えた私たちは家で反省会をしていた。
「まずは、今回は助かった。ありがとな」
「ううん、大丈夫だったよ。
今回は七香さんが良い意味で単純だったからそこまで大変じゃなかったし」
「良い意味で将棋バカだったからな」
問題点は本人の心構えだけだった。
家の事情がやたらと複雑な人とか、色々と面倒な恋愛感情を抱いてる人とかよりもずっと楽に済んだ。
「……そう言えば今更だが、最初の目的はどうなったんだ?」
「え? 何の事だっけ?」
「オイオイ、僕達が将棋部の部室に行ったのはお前が将棋を学ぶ為だったはずだぞ?」
「あ、そう言えばそうだったね。すっかり忘れてたよ」
「オイ、大丈夫か?」
「……一応目的は達成できたよ。一応」
「随分と気になる言い方だな」
「……ちょっとやり過ぎたかもしれないなーって」
色んな条件が重なった結果とはいえ有名なプロに勝ってしまった。
当然、その様子は岡田さんも見ていたわけで、『顔良し歌良し性格良しの上に将棋も指せるアイドル』として売り出そうとはっちゃけてる。
私はただアニメの登場人物の心情とかを追いたかっただけなのに……
「……何とかなるよね。きっと」
「ふん、まあ、困ったらまた相談でもしろ。今回やったくらいの事なら気が向いたら手を貸してやる」
「え? じゃあテスト勉強教えて!」
「断る!」
「何故!?」
「よく考えてみろ。1科目30分で片付けるとしても5科目なら2時間半だぞ?
それだけの量のゲームタイムを削れと言うのか?」
「それって将棋を教えてくれた時間とあんまり変わらな……いや、あの時もゲームやってたね。そう言えば」
「まあそういう事だ。
あの時は結局半分以上はお前自身が入門書を読んでたんで僕もゲームができたが、つきっきりで勉強を教えるとなるとそうはいかん」
桂馬くんの主張は『ゲーム時間が大きく削れるから』。
許容範囲は2時間半の半分未満……と。
「じゃあ、5科目の半分だけなら良いの?」
「むぐっ!」
「……けーまくーん?」
「…………ったく、1科目だけだぞ?」
「ありがと、桂馬くん♪」
もうしばらくしたら前期末試験がある。
成績落としたらお父さんやお母さんに怒られちゃうからね。
最悪の場合はアイドル休業まで有り得るんで結構切実な問題だ。
「ところで話を戻すけど……
最後の七香さん、強かった?」
「どうかな……将棋の強さという意味ではそこまで変わらなかったように思えるが……
そうだな、姿勢や気迫は明らかに違った。あいつはまだまだ強くなりそうだ」
「へー、それじゃあ桂馬くんも追い抜かされちゃうかもね」
「バカ言え。僕は神だぞ?
数百年かけても追いつかれる事なんて無いね」
「そっかぁ。七香さんならあるいはと思ったけど……」
「フン、どうせもうあいつと対局する機会なんて二度と来ないだろうさ」
「それもそうだね」
七香さんの記憶が消去されれば、私たちとの接点は無くなる。
少し寂しいけど、しょうがない事だ。
……最後の戦いの棋譜、ちょっと並べてみようかな。桂馬くんならきっと覚えてるよね。
その時の私はそんな風に少しセンチな気分に浸っていたけど、私たちの再会は意外と早くやってきた。
……翌日……
「今日からあなたの指導を務める事になったわ。よろしくね♪」
仕事場に赴いた私はまず岡田さんに車に押し込まれ、しばらくしたら笑顔の塔藤先生と対面していた。
「あ、あの……岡田さん?」
目線で「どういう事ですか?」と問いかける。
するとすぐに返事は返ってきた。
「あなたを本格的に指導して頂ける人を捜して色々と調べてたら塔藤先生が真っ先に名乗りを上げて下さったのよ♪」
「いや、あの、本気で目指すんですか? 顔良し歌良し性格良しの上に将棋も指せるアイドル」
「ええ勿論よ! アイドル活動の合間を縫って塔藤先生から色々と教えてもらう予定よ!」
「かのんちゃんのスケジュールに合わせるのはちょっと大変だけど、この程度の障害で諦める塔藤光明では無いわ!」
「本気ですか!? 私が合わせるんじゃなくて先生が合わせるんですか!?」
「ええ勿論よ! 勝ち逃げなどユルサナイ!!」
「いや、あの後負けましたよね私!?」
岡田さんも塔藤先生も凄く妙なテンションになってる。
はぁ……やるしか、無いのかなぁ?
「まあでも、確かに私が予定合わせるのは大変なのよね~」
「という事は……」
流石に冗談だったらしい。これで一安心……
「でも安心なさい。私の弟子があなたを指導するわ!!」
「……あの、つかぬ事を伺いますが……そのお弟子さんのお名前は……」
「もちろん、榛原七香さんよ!!」
デスヨネー。
まさか再会を、しかもこんなに早くする事になるとは。
「それじゃあ今日はとりあえず私が指導するわ。
来週は七香さんに頼むつもりだから、ヨロシクね♪」
「……よ、よろしくお願いします」
と言う訳で、私は1週間後に再会を果たす事になった。
……だけどね、もっと早く再会した人が居るんだよ。
誰の事かって? もちろん、桂馬くんである。
……日曜日……
休日とは素晴らしい!
一日中ゲームに没頭できる。これほど素晴らしい事は無い!!
しかも、中川は仕事に出かけ、エルシィと母さんはどっかに買い物に行ったらしい。
1人で、誰にも邪魔される事なくゲームができる! ああ、何と素晴らしいんだ!!
ピンポーン
ふっ、何だか知らんが居留守だ居留守!
ピンポンピンポンピンポーン!
「ったくうるさいな。誰だ!」
部屋の窓から顔を出して玄関の様子を確認する。
するとそこに居た人物……七香と目が合った。
「お、ちゃんと居るやんけ。桂木ぃ、出て来ぃ」
「お、おおおお前っ、ななな何で居るんだ!?」
ば、バカな!! 記憶を失ったんじゃないのか!?
「何でって、将棋しに来たに決まっとるやないか」
「そうじゃなくてだな!!」
「ここまで来るのは大変やったで。職員室の人に門前払い喰らって、何とか主将さんに頼み込んで住所調べてきて貰って、何回か道に迷って……」
「そういう事じゃねぇよ!!」
急いで駆け下りて玄関の扉を開けた。
そこには澄ました顔の七香が居る。
「お、おいお前!」
「何や?」
「……僕の事、ちゃんと覚えてるのか?」
「あのなぁ、うちはお前さんよりは将棋弱いけどそこまでアホやないで?」
どういう事だ? 地獄がミスった?
……いや、そもそも僕は七香とあんまり関わってない。
だから地獄が記憶消去の必要無しと判断した可能性が……
「おいふざけるなよ
「な、なんや、急にどないしたんや!」
「ええい、一局だけ付き合ってやる。それが終わったらさっさと帰れ!!」
「お、おう、ほな行くで!」
僕は、その時まだ知らなかった。
これからも一週間置きに七香が勝負を挑んでくるようになるなど……
やっぱり
というわけで榛原七香編終了です!
最初の予定ではプロの下りは物凄くザックリとやる予定だったんですが、書きだしたら放置できなくなって結局数話使う事になりました。まぁ、結果オーライだったかな。
今回はある意味邪道で、ある意味正攻法での攻略だったかなと思います。
原作における心のスキマの原因さんが未登場なのでその辺を桂馬に担当してもらい、恋愛による攻略は早期に断念しました。
そして原作では結局出来なかった『勝利が全てではない』という事を伝える方針にしてみました。
さて、次章についてです。
2年生の呪いは一応は解けましたが……
ぶっちゃけて言ってしまうと日常回Bを引きました。
適当にお茶を濁せばあっさりと終わりそうなものですが、要らん事を思いついたせいで難航しそうです。
それでは、また次回お会いしましょう!