……攻略8日目(最終日)……
さて皆さん、今日が何の日か覚えているだろうか?
そう、今日は攻略8日目。
七香さんと桂馬くんと2回目と3回目の対局を行った日を攻略1日目としているので、その日から7日間が経過した事になる。
つまり……
「……今日で僕との対局が解禁になるんだが、まさか忘れてたのか?」
「い、いいいいや、そそそそんな事はあらへんよ?」
「何で口調が七香みたいになってるんだ?」
正直言うと最近忙しくてすっかり忘れてた。
ちなみに上のやりとりは朝の家での会話である。
攻略最終日は私たち全員の予定を合わせないといけないので会話せずに先にどっか行っちゃってたら面倒な事になっていた。
「今日の放課後で大丈夫だよね?」
「ああ。お前はとりあえず仕事に行って、適当な時間にエルシィに迎えに行ってもらうか」
「そうだね。何とか空けておくよ」
しっかし、もう一週間経ったんだな。
結さんの攻略の時はそれなりに緊張してたと思うけど、今回はあっという間だった気がする。
予想外の事件が起こったせいってだけな気はするけど。
「それじゃあ行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい」
……放課後……
エルシィさんによる高速送迎で何とか舞島学園まで辿り着く。
最近はちょっと慣れてきたらしく地面に大穴を開けるような事はあんまり無くなったらしい。
息を切らしながら将棋部の部室へと向かう。もちろん錯覚魔法は適用済みだ。
授業が終わる時刻が過ぎてから30分以上経過してる。もう始まっちゃってるよね?
「し、失礼します! 対局は……」
しかし、予想に反して七香さんと桂馬くんは向かい合ってるだけで対局はまだ始まってなかった。
もしかして桂馬くんが止めておいて……
「お、ようやく来おったか。待ってたで」
「え、七香さんが私を待ってたんですか?」
「ああ。何となくお前さんには見てもらいたくてな」
どうやら七香さんの方だったらしい。
「……よし、では始めるぞ」
「ああ、よろしゅうお願いします」
お互いに礼をしてから七香さんが駒を動かす。どうやら先手と後手は既に決まってたらしい。
静かな部屋に駒を動かす音だけが響く。
いつの間にか記録用紙を片手に観戦していた田坂主将はもちろん、あのエルシィさんまでもが対局の様子を固唾を飲んで見守っている。
この2人の対局には周囲を黙らせるような気迫というか、そんな力があるように感じた。
戦況は……やっぱり素人な私にはよく分からない。
ただ、最初の勝負の時は今と違って桂馬くんの優勢が何となくだけど読み取れたのでその時よりも七香さんは成長しているのかもしれない。
お互いが次に指す手を読みきっているのか、規則正しい間隔で音が響く。
しかし、その音が不意に途切れた。
「…………」
桂馬くんのある一手に対して七香さんの手が止まった。
七香さんは盤面を睨みつけながら何かを考えているようだ。
そしてたっぷり1分以上経過した後に駒を動かした。
「……ほう?」
今度は桂馬くんの手が止まった。
しかし、目を瞑って10秒程度で迷い無く駒を動かした。
七香さんはそれに驚いた様子だったがすぐに駒を動かす。
その後、しばらく七香さんが長考する場面が少しずつだが増えて行った。
七香さんが長考し、桂馬くんがその手を返す。
そんなやりとりが十数回ほど続いて……
「……参りました」
七香さんが投了した。
「ふぅ……ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
お互いに礼をして勝負は終わった。
「一つ、訊きたい事がある」
「何や?」
「77手目、お前が最初に長考したときの手だが、お前はあの時点で勝利を諦めてなかったか?」
「せやな……諦めたわけとはちゃうが、このまま行くと負けるなとは思っとったな。
ぶっちゃけ投了も視野に入っとった」
「じゃあ何でそのまま続けたんだ?」
「あのまま終わらせたら勿体ないやないか。
せっかくあんたと戦っとるんやから色んな手の対応を見てあんたの実力を最大限吸収してやらんとな」
「それで妙な手ばかり繰り返していたのか。なるほどな」
素人の私には分からなかったけど、さっきの数分間でかなり高度なやりとりがあったらしい。
だけど、良かった。
今回の心のスキマの原因になった桂馬くん相手でもキチンと敗北と向き合えてる。
これで、大丈夫だね。
(エルシィさん、ちょっと)
(はい? なんですか?)
(そろそろ駆け魂出るから、準備しといてね)
(はいっ! 了解です!)
こっそりとこの場から去れるように将棋盤から離れてから様子を伺う。
「あんた、確か桂木やったっけ?」
「ん? ああ。そうだが?」
「桂木、いつかあんたの事はうちが倒すかんな! 覚えときぃや!」
七香さんはそれだけ言うと部室を走り去った。
そして私たちは七香さん……ではなくほぼ同時に出てきた駆け魂を追う。
私たちはいつも通りに駆け魂を追い詰めて、攻略は完了した。