オナホール職人の朝は早い。
「まあ、好きではじめた仕事ですから」
最近は良い型がとれないと愚痴をこぼした。まず、素材の入念なチェックから始まる。
彼の系統はモノづくりに適さない強化系とはいえ、変化系と放出系との相性は悪くない。粘土状としたオーラをこね、形を作っていく。
「やっぱり一番うれしいのはお客さんからの感謝の手紙ね、この仕事やっててよかったなと」
「毎日毎日オーラの質が違う。機械ではできない」
今日は納品日。彼は商品をワゴンに詰め、ヨークシンシティへと向かった。
基本的な形は決まっているが、最近のユーザーの嗜好に合わせ、多種多様なものを作らなければいけないのが辛いところ、と彼は語る。
「やっぱ念能力者との戦闘はキツいね、愚痴っても仕方ないんだけどさ」
彼はそう言うと照れくさそうにして笑みを浮かべる。
戦闘に適した系統である強化系とはいえ、厳しい制約と誓約をかけて戦闘に全く関係のない能力を作成してしまった彼にとって、念能力者との戦闘は鬼門だ。
「でも、自分が選んだ《発》だからね。後悔はしてないよ」
「ローション(変化系)調合士のビスケさんとはもう10年来の付き合いです」
「このホールはダメだ。(ピエロにかかれば)すぐに裂けてしまう」
彼の目にかかれば、見るだけで出来不出来が分かってしまう。技術立国ジャポン、ここにあり。
今、一番の問題は後継者不足であるという。
纏に満足できないと、その日の営業をやめてしまうという。
30年前は何十人ものオナホール工場が軒を連ねたこの街だが、今では能力者は彼一人になってしまった。
問題は中指を入れて感触を確かめるのに、5年はかかると、匠は語る
型にオーラを流し込んでゆく。この時のオーラの調節で品質はガラリと変わってしまう。
そこで編み出されたのがこのでこぼこ。このでこぼこの一つ一つが感覚を刺激し、快楽へと誘ってくれる。でこぼこの配置方法は企業秘密。
「自分が気持ちよいのももちろんだけど、使ってくれる人はもっと気持ちよくないといけないね」
「もちろん、出来上がった物は一つ一つ、私自身で試しています」
品質管理への妥協はない。
彼の意図するところではないが、一度だけなら死者の念すら昇天させる彼のオナホールを待ち望んでいる人々は、世界中にいるのだから。
「私とオナホ、どっちが大事なの!?」
…痛烈な一言だった。
利用者の喜ぶ顔を見ようと、商品を購入した人の後をついていき、危うくハンターに捕まりそうになったこともしばしば。
ここ数年は、安価なパドキア共和国製に押されているという。
「いや、ボクは続けますよ。待ってる人がいますから―――」
下町オナホールの灯火は弱い。だが、まだ輝いている。
「時々ね、わざわざ手紙までくれる人もいるんですよ。息子にかけられた念が解けて助かりました、またお願いしますって。ちょっと嬉しいですね」
「遠くからわざわざ求めてこられるお客さんが何人もいる。体が続く限り続けようと思っとります」
「紛争時はオーラが不足し、工場を休むことも度々でした」
余りにも有用な彼の念能力を求め、あるいは厭い、彼を襲撃する者は後を絶たない。
数年前、とうとうゾルディック家にまで命を狙われ、一時は店をたたむことも考えたという。
「やっぱねぇ、念をこめた手ごねだからこその弾力ってあるんです。機械がいくら進化したってコレだけは真似できないんですよ」
「こう…一人で仕事部屋に篭って徹底的にオナホールと向き合ってると、ピリッと体が引き締まる思いなんです。やはり、もともと神事に使う道具なので、いい加減なことはでこませんしね」
「やっぱりアレですね、たいていの若い人はすぐやめちゃうんですよ。手でやったほうが早いとか、犬がいるからいいとか…。でもそれを乗り越える奴もたまにいますよ。ほら、そこにいるサイトーもそう。そういう奴がこれからのオナホール界を引っ張っていくと思うんですね」
ここ数年、パドキア共和国の工場で大量生産された安価なオナホールに押されていた○○さんは、2年前から電脳ページによるオーダーメイド注文を始めた。
「一度やめようかと思ったこともあるんです。でもね、街中で若者が使っているオナホを見たとき、あんなんじゃだめだ!俺ならもっといいものを作れるっ! ってやっぱりこの道にもどって来ちゃったんです。あの青年のおかげです」
まだ需要がある、それだけで匠は頑張れると言う。
「この歳でこの商売ってのも、世間様から見ればおかしいんでしょうがね。私は続けますよ」
最近は、念がこもった手作りの良さが再評価され、全国から注文が殺到しているそうだ。うれしい悲鳴ですね
息子は、父親の仕事のことでいじめに遭い、2人とも家出した。たった1人残った妻も、2年前に他界した。
「今はもうこいつだけですよ」
どこか寂しげに笑いながら、彼は膝の上の猫を抱いてみせた。名前は「片栗粉X」。毛の色から付けた名前だと言う。
「本物…本物をね…伝えたい」
彼は作業の最中、そう呟いた、その小さな呟きこそ、現代のジャポンに失われつつあるものではないか
額に流れる汗をぬぐいながら、
「本物に追いつき、追い越せですかね」
そんな夢をてらいもなく語る彼の横顔は職人のそれであった。
「自分の作ったオナホールで息子達が精孔を開く…、それがこの仕事を始めた頃の夢だったんだけどね」
職人は淋しそうに笑った
「これは失敗だ。」
そう言うと彼は出来上がったオナホールを床に叩きつけた。
「心を篭めて作ったものですから自分の息子も同然。だけど、納得できないものを売るわけには行きませんから。」
ある日、彼は何気なくマヨネーズの蓋を手に取り、気づいた。蓋をすれば貫通式。はずせば非貫通。両方の長所を兼ね備える…。
「これだ」
「私は決して手コキオナニーは否定しません。でもオナホールを使って、熟年職人の温もりを感じてほしいんです。丹誠込めて作られたオナホールは、職人による手コキに等しいんですよ」
今日も、彼は素材を練り続ける。少子化が問題となる昨今では、一部団体からの風当たりも強い。
しかし彼は語る。
「己を慰める。これは必要な事なんだ。人が、皆強い訳じゃない」
今日も彼は、日が昇るよりも早く生地の整形を始めた。明日も、明後日もその姿は変わらないだろう
そう、オナホール職人の朝は早い───
──────完
◇
「こんな電脳ページで大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
私は同志たるサイトーにそう応える。自信を以って言える。転生者なら、この電脳ページを見ただけで気づいてくれるだろうと。
私たちの理想、意志、夢に共鳴する者たちはきっといる。そして、きっと接触をもとうとするはずだ。
「30年前までは転生者同士、しかも志を同じくする者が接触を持つことは難しかったが、ネット…じゃなくて電脳ページがあれば話は違う」
「だな。なんで皆、あんなに脳筋なんだ?」
念能力。
それは様々な制限がるが、創意工夫であらゆる夢を叶えられる夢の超能力だ。
鍛えれば常人を遥かに超える力が手に入り、振るう力の前には、能力を持たない者たちが束となってかかっても敵うことはない。
だが、武力だけを極めようとするのは正しいことなのか?
『力』を求めることを否定するわけではない。だが、私はそれだけが唯一の価値ではないと断言する。
音楽で人を感動させることは、『力』を手にするよりも価値が劣るのか? 農家の土に挑む姿はハンターに比べて賤しいあり方なのか?
いや、違う。だからこそ、そう、エロを求めることには崇高な意味がある。
「その一心で除念できるオナホ作ったお前を俺は尊敬するわ」
「ふふ、それを言うなら、襲い掛かって来た最低系転生者どもをアヘらせたお前の触手だってたいしたものさ」
なお、このサイトーという男、具現化・操作系の触手使いであり、触手の方は非童貞であるが、本人は童貞のままである。この男のこだわりは半端ではない。
「おや、もうこんな時間か。会合に遅れてしまう」
「そういえばそうだな。急ごうか」
時計の針はもう6時を過ぎている。今日は月に一度の定例の報告会だ。我々の同志、数は少ないが、同じ志を持つ仲間たちとの飲み会がある。
私とサイトーは繁華街の酒場へと足を運ぶ。にわかに活気づいた街を歩いていると、顔見知り、目元に星と涙のマークのある長身の男にばったりと出くわした。
「ヤァ♦ 久しぶりだね♪ 君の作品にはいつも息子が世話になっているよ♡」
「ありがとうございます、ピエロさん。偶然ですね」
「ハハ、そうだね♧」
原作キャラとの邂逅はそれほど珍しくない。意図的に実現したわけではないが、私の作品の特殊な力はハンターたちからも、こういった危険人物からも重宝されている。
彼の能力は基本的には呪い系ではないため、彼から直接狙われるおそれも基本的にはない。
ないのだが、何故か2度ほど闘い、殺されかけたことがある。ボク、悪いオナホ職人じゃないよ。
二三の世話話を交わすと、手を振って別れを告げる。
彼によると、美味しそうな果実を見つけが、手を付けるにはまだ早いという時、昂ぶりを抑えるのには私の作品が一番なのだそうだ。
しばらく歩き、途中の狭い路地に入ると目的地だ。店員に挨拶し、予約した席に向かうと、既にみんな揃っていた。私たちが最後だったようだ。
「待たせたか?」
「いや、時間通りよ」
街角で見かけたら誰もが振り向くだろうレベルの絶世の美少女が私に応えた。
「南極1号ちゃん、相変わらず可愛いですね」
「デュフ、そうじゃろそうじゃろ?」
私が少女の事を褒めると、隣の眼鏡をかけた太った男、マスオ氏が機嫌よく笑う。しかし、本当に素晴らしい出来だ。私も精進せねば。
「よし、じぇんいんそりょったな」
そうして舌足らずに音頭をとったのは、奥に座る年端も行かない幼女だ。この会合『ソレナンテ・エ・ロゲ』の主催者にして、私の命の恩人である、幼女先生だ。
「幼女先生、今日もスモックにあってますよ」
「当じぇんだろ! アタチは可愛いからな!」
幼女先生は私と同性であり、同じ強化系なのだが、あらゆる手段を講じて今の姿となっている。そして、あらゆる手段を使って今も幼稚園に通っている。
むしろ、一定期間幼稚園に通わないでいると死ぬヒトである。
本当に変わらないヒトだ。最初に出会ったのは40年前ほどだったろうか? 先生のロリコン殺しビームの圧倒的な威力を目にした記憶は、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
そうして、私たちは乾杯し、仲間たちとがやがやしながら酒を飲み始める。幼女先生は今日もザルだ。
「しゃて、今日はじゅうよーなしりゃせがある。にゃるせす!」
「はっ、幼女先生」
ナルセスと呼ばれた金髪のホスト系の顔立ちをしたケバい男が幼女先生に一礼し、席を立ちあがる。
こんな顔だちをした男だが、NTR属性で、今まで多くの男女を幸せな結婚にまで導いてきた素晴らしい好青年だ。あだ名はキューピッド。
「このたび、ゲームソフト、グリードアイランドの確保に成功いたしました」
「おおっ」「やったか…」「これで我々の目標に一歩近づいた…」
グリードアイランド。原作に登場するゲームソフトであり、ゲームの世界に入ることが出来る(実際には実在の島を舞台としているが)念能力者専用のゲームだ。
そこでは、念を利用した様々な仕掛けがされており、疑似的なヴァーチャルリアリティを体験することが出来る。
いや、ヴァーチャルというより拡張現実の方が近いか?
それはともかく、
「しょこで、このゲームのプレイヤーを公募したい!」
「幼女先生はやらないんですか?」
「アタチはクリエイターじゃないからな」
そうだ。私たちの目的はグリードアイランドをプレイすることではない。まして、そこで得られるアイテムが目的でもない。
私たちがこのゲームをプレイするのは、参考のためでしかない。
いまだ必要な人員は揃っていない。転生者以外の者も勧誘しなくてはならないかもしれない。
だが、それでも私たちは、成し遂げねばならないのだ。
「そう、最高のエロゲを作るために…」
ただの生存報告です。