暁美ほむらに現身を。   作:深冬

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第三話

 年頃の女の子が好きなモノといえばなんだろうか、なんてその区分に当てはまる私が考えるのはおかしいかことか。

 女の子が好きなモノ。

 それは可愛い人形でもなく、カッコいい芸能人でもない。いや、それらは一部の女の子が好きであるモノであるか。

 では何か。決まっている。

 女の子が好きなモノといえば、ズバリお菓子なのである。

 ケーキにマカロンにクッキーにアイスにと、女の子は甘いものに目がない。

 不肖ながら私も世間一般の女の子であるからして、甘いお菓子が大好きである。正確にはしょっぱいポテチや辛いカラムーチョなども好きであることから、お菓子であれば何でも好きであるのは間違いない。

 お菓子最高! 三度の飯よりお菓子が好き。私は女の子なのだからね。

 特に最近ハマっているのが、巴先輩が作ってくれるケーキである。一週間に二・三度、彼女は私を自宅に招いて自作のケーキを振舞ってくれる。この前の苺のショートケーキ美味しかったなぁ……。

 ここまでで私がお菓子大好きな健全な女の子であることは周知の事実になったと思う。お菓子は女の子にとってコミュニケーションの潤滑油にもなる、なんて言い訳する必要がないぐらいにお菓子大好きである。

 突然だがそんなお菓子大好きな私がオススメしたいお菓子がある。

 『トッポ』って知ってる?

 あの細長いプレッツェルの中にチョコレートがたっぷり入っているお菓子。おいしいよね。ねぇ、おいしいって言ってよ。

 別に否定までする必要はないと思うけれど、某社のプリッツにチョコをかけただけのお菓子よりは断然おいしい。あのお菓子は持ち手の部分にチョコが掛かってないから最後までチョコの味を楽しめない。

 その点トッポってすごいよね。最後までチョコたっぷりだもん。

 チョコの味を存分に楽しめること上ないお菓子である。しかも表面にチョコをコーティングしているわけじゃないからどこでも持てて手が汚れないし、非常に食べやすい。

 だというのに、ポッキー(原作中表記『ROCKY』)……あっ、言ってしまった。もういいや。つまり私の前にポッキーこそ至高のお菓子だとかのたまった少女が現れた。

 まったく困ったものだ。しかもその少女は魔法少女に成り立てで、巴先輩が弟子にして魔法少女としての心構えを説くのはどうだと言い始めるし。確かにいつ死ぬかわからない私たちの後継を育てることは大事かもしれない。だけれどもまずトッポが至高のお菓子であるということも教え込むことが先決ではないだろうかと私は愚考する。

 ああ、そう言えばお菓子で対立することが多かったポッキー大好き少女と気があったことがあった。やっぱり巴先輩が自作してくれるケーキって偉大であったということだ。

 さぁ、語ろうか。

 お菓子に塗れた出会いと別れのお話を。

 出会いがあれば別れもある。出会いに意味を求めたくせに、そんなことさえ気付きもしなかった私はバカだった。

 

 

 *****

 

 

 時は流れ、巴さんから巴先輩へと敬称が変わって二ヶ月ほど経っただろうか。晴れて私は見滝原中学の仲間入りを果たしたわけである。

 出会いに意味を求めていた私であるからして、小学校を卒業するまではそれほど日常生活に対してモチベーションが上がらなかった。しかし今は中学校に上がったことで発生した新たな出会いに、全ての出会いに意味があるわけではないと知りながらも中学生活を満喫していた。

 六月。ようやく新入生たちは中学に慣れてきてクラスのグループが明確に別れてくる頃、なぜかよく理解できないが自動車工場見学に来ていた。

 たぶん、学校側としては新入生たちに親睦を深めて欲しかったのだろうけれど、やるならせめて五月でいいと思う。六月はちょっと遅いかな? なんて思ってたりしている。

 もしかして、できあがったグループ同士の交友としての意味なのか?

 よく分からないけれど、名目は社会科見学であるから社会勉強なのだろう。自動車製造ラインなんて見せられても、まだまだ子供である私たちには何も感じられないのが残念な気がする。男子がお土産として配られたチョロ9みたいなのではしゃぎまわっているのが逆に羨ましい。

 

「さーて、どうしよっかな」

 

 非常に困った。

 前述の通り、現在私は自動車工場見学なる社会勉強を終えたばかりの状況なのである。つまり一年A組の一員としてのクラスが使用しているバスに帰還して点呼を受けるという団体行動が求められている。

 

「なんでこう、魔女ってのはタイミング悪いのかねぇ。団体行動が差し迫ってなきゃいくらでも相手してあげるのにさ。でもこのまま放っておくのも厄介そうだし」

 

 魔法少女として目の前に感じる魔女の結界の感覚。人の気配はなく、先ほどまでいた自動車工場とは別の工場にいるみたいだ。

 

「さやかちゃーん! 聞こえたら返事してー! さやかちゃーん! もう帰る時間だよー?」

 

 小学校から付き合いのある友達の呼ぶ声が聴こえてきた。

 

「ごめん、まどか。トイレに行ってたんだけど、道に迷っちゃってさ」

「あっ、さやかちゃん! もう、早くしないとバス出発できないよ」

「あはは……」

 

 この状況はさらに困ってしまった。

 最後の手段として速攻で魔女を退治してバスへと戻るということができなくなってしまった。まあ初めから物理的に不可能な手段だったんだけどさ。

 途方に暮れ苦笑いを浮かべていると、魔女と思われる笑い声が聴こえてきた。

 まどかが声を震わせる。

 

「ねぇ、今の聴こえた……?」

「うーん……聴こえたような、聴こえなかったような」

 

 子供の笑い声だったけれど、あれは間違いなく魔女の声である。魔法少女である私が太鼓判を押してもいい。

 ふざけていられる状況でもなさそうである。

 ここでまどかの不安を煽るのは得策ではない。

 

「とにかく、早くバスに戻ろうか。それで万事解決だよ」

「う、うん……そうだよね!」

 

 気弱そうなまどかは見るからに幽霊とか信じていそうだ。

 

「ところで帰り道わかる?」

 

 帰り道はわかっているけれど、トイレに行っていて迷ったってさっき言ってしまった手前、まどかに訊くことにする。

 

「えぇっと……こっちだっけ?」

「いや、私に訊かれても」

 

 予想通り、まどかは帰り道がわからなくなっていた。魔女の結界には人を迷わす効果があるので、仕方ないと言えば仕方ない結果ではある。

 あとは私が道に迷っているフリをしながら自然に帰っていけばいい話だ。

 

「しょうがないなぁ」

「うぅ、ごめん」

 

 怯えた様子のまどかの手を取って帰り道を導いてやろうとした時、不意に声が響いてきた。少女の声である。

 

「そこのおふたりさん」

「え!? だれ? どこにいるの?」

 

 まどかが必死に辺りを見渡して声の発信源を探している。

 私としてみれば、この声の主には助かったと言ったところか。

 

「いいから、お化けが出る前にお家に帰りな。出口はアンタらから見て右手の方向だよ」

「こっちかな?」

「どなたか知りませんがありがとう」

「礼には及ばないよ。さ、急いで」

「はい。行こう、さやかちゃん」

「そうだね」

 

 まどかが走りだしたので手が繋がっている私は必然的に強制連行される。

 去り際に顔だけ振り向くも、少女の姿は見えない。

 

『ありがと。助かった』

 

 ひとまず礼だけテレパシーで伝えておくことにする。

 ホントだったら、私と巴先輩の縄張りである見滝原市に別の魔法少女は着て欲しくはないのだけれど、助かったことには間違いない。

 

 その日の深夜。見滝原の街を警邏中、珍しいことに巴さんが私の元へとやってきた。

 魔女発見を効率的に行うためにいつもは二人別れて街を見回って、ヤバいヤツを発見した時には協力して倒すというのが最近のスタイルだった。なので今回も協力要請かと一瞬思ったのだが、どうも違うらしい。

 

「美樹さん。街に異常はないかしら?」

「あったら、こうして公園のベンチでのんびりしてないよ。で、そちらさんは?」

 

 律儀にも見滝原中学の制服を着込む巴先輩の隣に、動き回りやすそうな格好をした赤く長い髪をポニーテイルでまとめた少女がいた。

 何かこの状況身に憶えがあるのだけれども。

 

「あ、あたしは佐倉杏子。知らなかったとはいえ、昼間は生意気なこと言ってごめんなさい」

「あの時の魔法少女か。いや、こっちとしては助かったよ。あのままだと友達を巻き込んでしまったかもしれないからさ」

 

 緊張した面持ちで口を開くその姿は身に憶えがあり過ぎる。具体的には少女の隣にいる私の先輩のことである。

 

「佐倉さんは魔法少女になったばかりらしいの――」

 

 巴先輩が佐倉杏子のことについて語り出したので要点をまとめておく。

 佐倉杏子は初めて戦った魔女を取り逃がし、隣町の風見野から見滝原まで追ってきたそうだ。それで昼間、私たちを魔女の結界から遠ざけた後、その魔女との戦いを始めた。

 その戦いは苦戦を強いられたけど、途中から巴先輩が加勢し、魔女を打ち滅ぼすことに成功したらしい。巴先輩がすぐに来られたんだったら、あの時私が悩んだのは何のためだったんだろうか……友達のためか。

 それから巴先輩が佐倉杏子を自宅に招き特製ピーチパイを振舞って――私の分もあるらしいので今日の警邏が終わったら巴先輩の家に直行である――そこで佐倉杏子が巴先輩に弟子入り志願をしたらしい。

 でも、巴先輩としては師弟関係なんて考えられず、もっといい先生を紹介してあげるということで私の元に佐倉杏子を連れてきたそうだ。

 

「ふーん」

 

 上着のポケットからトッポの箱を出し一本取り出してポキリと中ほどまで折って咀嚼する。残りも即座に口内へ押し込んで、トッポの箱を佐倉杏子に向ける。

 

「食うかい?」

 

 なにやら私なんかに緊張してくれているようで、大変申し訳なく思い、緊張を解して親睦を深めるためにも女の子にとってコミュニケーションの潤滑油でもあるお菓子を差し出す。

 魔法少女だって女の子である。これで話がスムーズにいくに違いない。

 

「あっ、どうも」

 

 佐倉杏子はおっかなびっくりトッポを一本取っていった。なにをそんなにビクビクしているのだろうか。取って食おうなんて思っていない、むしろ話しやすくするためのトッポであるのに。

 そんな私の内心はほどほどに、佐倉杏子はなにかを思い出したかのように上着のポケットからとある物を取り出した。

 

「よかったら、どうぞ」

 

 トッポをあげたお返しと言うことになるのだろう。おずおずと私に対して差し出されたソレは、トッポよりも三十年近く歴史の重いお菓子だった。

 ポッキーである。

 香ばしい風味の棒状に仕上げた焼き菓子プレッツェルの上に薄くチョコレートをコーティングしただけの粗末なお菓子である。どう考えても時代はトッポであるのにも関わらず、未だスティック状のお菓子の頂点にしがみ付いている忌々しいお菓子だ。

 トッポの方が持ちやすいのに。トッポの方が食べやすいのに。トッポの方がおいしいのに。さっさと、トッポに頂点を渡せってんだ。

 

「あはは……一本貰うね」

 

 いくら私がポッキーを嫌いだとしても、世の中では我慢しなければならない時があるということはちゃんと理解している。味自体は嫌いではないのだ。ただトッポの方が何倍、何十倍も好きであるという事実があるだけだ。

 さきほどトッポを食べたようにポッキーを口に含んでポキリと中ほどで折り、もぐもぐもぐ。私が口にしたのを確認して佐倉杏子もトッポを食べ始める。

 私はすぐに持ち手の部分以外のチョコレートでコーティングされたところまで食べきってしまい、嫌な気分になる。これだからポッキーは嫌いなのだ。普通に食べるとチョコレートがコーティングされていない持ち手の部分だけが最後に残り、なんだか物足りない気持ちになる。

 持ち手部分を口の中へ放り込み、ガシガシと噛み砕く。熱い日本茶があれば最高なんだろうけど、ここは屋外。ベンチ休憩する前に自販機で買ったペットボトルの烏龍茶で我慢することにする。

 

「巴先輩。魔女が現れる気配ないようだし、巴先輩の家にお邪魔させてもらっていいですか? 立ち話もなんですからね」

「ええ、そうね。紅茶とピーチパイをご馳走するわ。佐倉さん。申し訳ないけど、もう一度私の家に来てちょうだい」

 

 うしっ! と心の中でガッツポーズをする。

 ポッキーなんてモノを口にさせられたのだ。早急に口直ししなければならない。そう感じたので発言したのだけど、どうやらそれは上手くいき、佐倉杏子の処遇を決定するという名目で巴先輩の家に転がりこむことに成功したようだ。

 私にケーキを提供してくれる巴先輩は、お菓子方面に関して私よりも上の地位に君臨している。もちろん、魔法少女としては私の方が上だけれど。

 

 場所を巴先輩の家へと移す。築三年程度の比較的新しいデザイナーズマンションである。両親と死別して、それまで家族揃って住んでいた一軒家を引き払って、現在住んでいるマンションで一人暮らしを開始した。

 私から言わせてもらうならば、デザイン性が優先され、居住性や使い勝手の配慮にやや欠けるようなデザイナーズマンションに引っ越すなんて正気の沙汰ではないように感じる。しかし巴先輩の部屋は、彼女の美的感覚によってオシャレに装飾されているので、こんな部屋もありかなー、と最近思うようになってきている。

 

 ガラス板のテーブルを三人で囲んで佐倉杏子について話し合い始める。主な議題は、佐倉杏子の弟子入り問題についてである。

 話を聞けば佐倉杏子は槍使いである接近型の魔法少女だという。

 しかも私と同様、使用している武器に色々とギミックが施されているらしく、だからこそ巴先輩は私に戦いの先生になってあげて欲しいと頼んできたのだ。それにしても刃の二又モードや多節棍は私の刀剣のギミックである連結剣に通じるものがあるから良いとして、棍部分が伸縮自在に伸び縮みするとかなんだよ。明らかに物理法則を無視しているじゃないか。

 馳走になっているピーチパイを頬張って、佐倉杏子について考えてみる。

 

「うん、やっぱ駄目だ。巴先輩が彼女に戦いを教えてあげてください」

 

 そもそも私にポッキーを差し出してきたその瞬間から選択肢はこれしか残されていなかったのである。巴先輩の家に来る道すがら「好きなお菓子ってなに?」と質問したところ、ポッキーと返ってきたのも後押しして、私と彼女は相容れないことを悟った。

 ポッキー至上主義者なんぞに戦闘技術を教えてあげられるほど暇ではないのだ。確かに一人前の魔法少女が一人でも増えれば、必然的に世界の平穏に繋がるが、そのような役目はお節介な巴先輩が担うべきであると私は主張する。

 

「私はトッポが大好きだ。だからポッキー大好きっ()に教えてやることなんて一つもない!」

 

 かくして、美樹さやかと佐倉杏子は犬猿の仲になったのである。

 一方的に私が嫌っているように見える構図だが、それもこれも佐倉杏子がポッキーを大好きなのがいけないんだ。そうに決まっている。

 私がポッキーを馬鹿にすると、反論とばかりに杏子がトッポを馬鹿にしてくる。きのこたけのこ戦争のように、どちらも一歩も引かず、互いに手に汗握る論争を繰り広げたものだ。もちろん私はたけのこ派ですけど。

 最終的に巴先輩特製のお菓子でその日の論争は御破算になるのだけれど、私はポッキーを認めない。

 

「ほら、さっさと赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)使って魔女倒してよ。私ははやく苺のショートケーキが食べたい」

「うっさいなァ、だったらちょっとぐらい手伝ってくれたっていいじゃんかッ!」

 

 槍を構えてベビィカーのような魔女に、正面から赤を基調とした中華風のドレスを身に纏う杏子が突っ込む。魔女が大事そうに抱えるソレは、赤子のように見えるが、実際のところは目の前の魔女が生み出した使い魔である。使い魔が魔女から生み出された存在なので、ある意味赤子なのかもしれないけれど。

 一突き、二突き。杏子は連続して突きを繰り出すが、魔女は自らの身体を支えるホイール状の足を使って地面を駆け、巧みに躱していく。

 

「あーあ、いつになったら私は巴先輩特製ケーキを食べられるんだか……。こんなんじゃ、杏子の分のケーキは私のお腹に収まりそうだ」

「ふざけんなッ! マミさんの特製ケーキはあたしも食べるんだ!」

 

 猛攻を仕掛けながらも杏子は私の言葉に反応してくる。なぜその余裕をどうして戦闘に対してだけ向けられないのか。傍からグチグチと言葉を発しているだけの私が言うべきことではないが、もっと戦闘に集中しなさい。

 そのことを伝えると、

 

赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)ッ!」

 

 杏子は私の野次に痺れを切らしたようで、己が持つ必殺技を繰り出した。

 赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)――幻惑の魔法で自らの姿を幾重にも見せ、相手を撹乱させる杏子の必殺技だ。現在、彼女が作れる分身は十三人で、初めて赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)を使用した二か月前までの時の分身三人と比べれば大きな進歩だろう。

 この必殺技の最大の特徴は何と言ってもその名称。佐倉杏子にとって理想の魔法少女である巴マミが考えた名称なので、杏子は必殺技を繰り出す度に「赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)ッ!」と声を張らなければならない。

 あー、ホント、尊敬の念を抱いている先輩が恥ずかしい技名を考えるのが好きだとか嫌になっちゃうよね。しかも全てイタリア語らしい。私の技の名称も勝手に考えられたけど、私は絶対に技名なんて言いたくない。この点に関してだけは杏子のことを尊敬している。

 赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)を使用した杏子の姿が十三人へと増加する。

 周囲にいる存在すべてに幻覚を見せるのが杏子の幻惑魔法の欠点だ。加勢したくても味方にも杏子本体がどれだかわからなければ、連携が取りづらい。ハッキリ言って、共に闘う身としては迷惑でしかない。

 十三人ものの杏子が魔女に殺到し、槍の穂先で魔女が抱える使い魔ごと串刺しにする。さきほどまで苦戦していたというのに、どうして早く赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)を使って勝負を決めなかったのか、理解に苦しむ。

 私はトッポを取り出し、一本齧る。うん、トッポはおいしいなぁ。

 

「あぁ、マミさん特製ケーキ楽しみだなぁ~」

「なんて言ったって、今日は苺のショートケーキだ。これが楽しみでなかったら、何を楽しみに生きていけばいいのかわからないよ」

 

 杏子と二人並んで、巴先輩の住むマンションへと向かう。夜道を照らす街灯が、私たちの進むべき道を教えてくれる。

 ポッキー好きということで第一印象最悪であった杏子だったが、話してみれば正義の味方なんて粋がっている生意気な同い年の少女でしかなかった。何度かお菓子に関する衝突の果てに、軽口を叩き合える程度には親睦を深めている。

 今だってこうして、二人一緒に警邏帰りに巴先輩の家に寄ろうとしているところだ。本日はたまたま二人で警邏をしていたが、巴先輩を交えて三人だったり、ひとりひとりに別れて街の見回りをしたりしている。

 杏子は隣町の風見野から見滝原まで、魔法少女修行にやってきている身だ。そう毎日は一緒になって行動できるわけではない。

 巴先輩の家まで辿り着き、三人でテーブルを囲んで巴先輩特製ケーキを頂く。現在の時刻が午前四時でなければ、放課後のお茶よろしく姦しいものになったであろう。さすがに明け方騒ぐほど私たちは非常識ではないし、騒いで迷惑を被るのは家主である巴先輩なのだ。いくらケーキの取り合いをしたくたって、私と杏子に騒げるはずがない。

 

 そんな騒がしくも賑やかな日々。いつまでも続けばいいと思ったことはないけれど、終わりというものは必ずやってくるのだ。

 出会いがあれば別れもある。出会いに意味を求めたくせに、そんなことさえ気付きもしなかった私はバカだった。

 

「どうしたの?」

 

 その日は、私一人、巴先輩と杏子の二人で別れて魔女探索をしていた。

 数日前からどこか杏子の言動がおかしく、そのため年長者であり、杏子の憧れの魔法少女である巴先輩が彼女をフォローするのが良いだろうと、こういう組み合わせで行動していた。

 だと言うのに、杏子が一人……そう一人きりで、私と向かい合うように正面から歩いてくる。

 

「いままでサンキューな。アタシに魔法少女としての戦い方を教えてくれて、さやかにはホント感謝してる」

 

 感謝の言葉だった。杏子の拙い治癒魔法では回復が追いつかない程度に生傷が残ったその身体で告げられた。魔女との戦闘の後なんだろうが、発言の意図が全く掴めない。

 どうして私なんかに感謝の言葉を口にするんだ。いつもなら巴先輩のいないこの状況、彼女は憎まれ口を叩いて私を煽ってくるはずだ。

 再度同じ問いをしようとすると、

 

「どうし――」

「はい、コレ」

 

 言葉を遮るように、杏子はすれ違いざまにトッポを私に押しつけてきた。衝撃からだろうか、開封されてない紙製のトレーは若干凹んでいた。

 彼女は、ヘヘッ、と苦笑して、

 

「じゃーな」

 

 再び私が口を開く前に一方的に別れの言葉を告げてきた。

 朝日が昇る一時間前。杏子の背中は夜明け前のぼんやりとした暗闇に消えていった。

 

 この後、巴先輩と合流して知ったことではあるけれど、杏子の身体にあった生傷は巴さんが負わせたらしかった。

 詳しい事情を訊こうとしても、巴先輩ははぐらかすばかり。ただ、杏子はもう戻ってこないかもしれない、と言うことだけ私に話してくれた。

 別れ。あまりに唐突過ぎる別れだ。

 杏子は別れの言葉だけを告げ私の前から去っていき、巴先輩は杏子がいなくなった事実だけしか話してくれない。

 二人の間に何があったかなんてわからない。だけれども、私だけ蚊帳の外なんてあまりにも酷いじゃないか。


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