暁美ほむらに現身を。   作:深冬

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叛逆の物語のネタも使っているのでネタばれにご注意ください。
あと、序幕以来の一人称です。


停滞の物語

 たとえば自分が三人いたとしたらみんなはどうする?

 

 答えは色々あると思う。十人十色。人の数だけ答えがある。

 そんな答えだらけの質問をなぜ私がしたのかと問われれば、言うまでもないことかもしれないけれど私という存在は三人いる。

 私と私という私と私ではない私。

 わたしわたしと連呼せざるを得ないから頭の中でこんがらがりそうになるのは仕方ないことだとして、果たして私はどの私であるのだろう。

 少し考えればわかることかもしれない。私だからわかるのかもしれない。私という私を観測する私だからわかることなのだ。

 私は私ではない私なのだ。

 本来の私は自らのことをあたしと呼ぶ。

 その程度のことは私が私を観測しだしてから理解させられたことだ。

 私は私ではなかった。その事実に辟易としながらも、ああやっぱりと納得してしまう自分もいた。

 いくら泣き喚こうとも変えることのできない事実。それこそが真実だ。

 真実とは無常だ。無慈悲だ。

 目を背けたくなるほど受け入れがたいもので、それをよく理解する隣人などはあえて真実を口にしない。

 それが良いことなのか悪いことなのかの是非は各々の判断に任せることにして、話を戻すことにしよう。

 

 私は私ではない。

 

 理解できてしまうのが悲しい。

 存在を否定され、だけれどもいまだ存在をゆるされていて。私はまだここにいた。

 

 寂れた映画館だ。ここは。

 町はずれにあるような、あるいは年がら年中客なんて来ていないであろう小さな映画館。

 そこで私は映画を観ていた。

 途切れることもなく、永遠に終わらないのではないのではないかと錯覚に陥るほどの大長編。

 長時間の上映であったはずなのに不思議と疲れはなかった。いいや、むしろ疲労という概念などこの場にはないのかもしれない。

 物語の中には知り合いの姿があった。そして私自身の姿もそこにはあった。

 

「やんなっちゃうよねー。まさかあたし以外にあたしがあるなんて考えもしなかった」

 

 劇場の座席の中央特等席。どっしりと腰を据え、物語を鑑賞していた私の隣に私がいた。

 いつの間に現れたのだろう。概念と化した私に気づかれずに隣の座席に現れるなんて普通ではありえない。

 

「それはあんたと同じで、あたしも普通じゃないからねぇ。ほら、さっきまで観ていたんでしょ。物語の結末であたしはどうなった?」

 

 少し考え、得心する。

 そういうことか。円環の理に導かれて、概念の一部と化していた。

 私と同じ。たとえ私とは違う私だとしても結末は変わらない。

 

「それはどうかな」

 

 アハハ、と私は楽しそうに笑った。

 何がおかしいのかわからない。

 

「そういうところだよ。あんたはあたしであるはずなのに、こうもあたしとは違っている。それが面白いんだよ」

 

 それには同意する。

 私は私であるのに私は私ではない。だというのに私と私は同一の存在だ。面白みを感じることを否定することなどできない。

 なぜなら私も面白みを感じているのだから。

 

「あんたはいつまでそうしているの?」

 

 私に問いかけられる。

 雑談に花を咲かせるわけでもなく、私と私の過去について語り合うわけでもなく問いかけられる。

 いつまでそうしているのか。

 意味がわからない。私はなにもしていない。ここにこうしているだけだ。しいて挙げるならば映画を観ていたことだろう。

 

「ああもぅ、訊き方が悪かった。あんたはあたしのくせに物わかり悪いんだね」

 

 大きなお世話だ。それにどちらかと言えば私の方が物わかり悪そうである。

 さっき見た映画の中ではその通りだった。

 

「あれは忘れてよ。まあ忘れなくても良いけど、物語の中の私よりもあたしは成長してるから。で、いつまでここにいるの? なにもせずに漫然とここに居続ける気?」

 

 居続けるも何もここにいるしかない。それしか今の私にできることがない。観測者の眷族として物語を鑑賞するしかない。

 

「でもあんたは言ってたじゃん。神に代わって眷族が直接手を下すって」

 

 言われて、そんなことも言ったなと思い出す。

 だからと言って、それが実際ところかどうかなんてわからないし、所詮は小学生の頃の戯言だ。そんなものを真実なんて言うのは馬鹿げている。

 

「馬鹿げてなんかない。あんたんところのほむらは物語を否定したんでしょ。だからキュゥべえは神となり、あんたはその眷族となった。まあ眷族っていう表現が正しいところかあたしには疑問なんだけどさ」

 

 だとしても私にはどうすることもできない。

 手段がない。この場所に縛られ続けている限り、どうしようもない。

 

「それはあんたが勝手にここに留まっているだけでしょ。目の前で起こっていることに悲観して、自分じゃどうすることもできないと自らを停滞させてる。そんなのズルイよ。あんたにはどうにかできるだけのチカラがあるのに」

 

 簡単そうに私は言った。

 できるわけないのに、私にはそんなチカラがあるはずもないのに私は言ったのだ。

 

「そうやって諦めるのがあんたの悪いとこ。あたしだって観たんだよ。隣のスクリーンで、あんたの物語を。後悔だとか贖罪だとかカッコつけちゃってさ、観てるこっちが恥ずかしくなってくるっつーの」

 

 隣のスクリーン?

 

「あれ、知らなかったの? この映画館には三つのスクリーンがあって、それぞれ別の物語を上映してる。ひとつはさっきまであんたが観ていた物語。もうひとつはあんたの過去の物語。まあ最後の物語はまだ準備中らしいんだけどさ」

 

 それは知らなかった。

 この場に来てから私はずっとここにいて、上映されていた映画を観ていた。だから隣のスクリーンの存在すら知らなかった。

 

「まあそれは仕方ないことだよ。あんたが観てた物語が一番上映時間長いからね。それだけ積み重なったものがあるんだよ」

 

 言って、私は遠い眼をして物語が終わって黒一色の画面をぼんやりと見つめた。

 横顔からはどこか懐かしむような感情が感じられた。甘いお菓子とは対照的に苦々しい過去であるはずなのに。

 そのことを問うと、私はこう返してきた。

 

「過去はあんたじゃない」

 

 さきほどまで上映されていた物語が現在だとすればそれ以前に分岐した私の世界は過去である、と私は言う。

 

「そしてあたしは未来。やがてたどり着くであろう可能性のひとつ」

 

 だからと言って何でもお見通しってわけじゃないんだけどね、と私は苦笑気味に付け加えた。

 

「それであんたはなにもしないの?」

 

 なにもしないのではない。なにもできないのだ。

 私は反論する。自らが無力であると理解しているからそう言うしかない。

 なにもしたくないわけではないのだ。あのような結末になり中途半端になってしまった贖罪には心残りがある。

 ごめんなさい。私が存在するせいで危険な目にあわせてしまってごめんなさい。

 謝り足りない。私が魔法少女になって二年もの間、見滝原市の人々はいらぬ危険を背負わなければならなかった。

 ワルプルギスの夜のことだって、私のせいで――

 

「それは違う」

 

 思いつめた私を否定したのは他ならぬ私自身だった。

 

「あんたは見滝原市に魔女が集まって来るのは自分自身の魔法のせいだと思っているようだけど、ホントにそうなのかな。よく考えてみなって。ここであんたが観た物語の中で見滝原市にはどれだけの魔女がやってきた? それにあんたの魔法がなくてもワルプルギスの夜は見滝原市に襲来した。それがどういうことかぐらいはわかるよね?」

 

 つまり私の贖罪は意味なんてなかったっていうの?

 

「そうだよ。あんたの贖罪は自己満足でしかなかった」

 

 そんなことはない……、と思う。

 足元が崩れたかのように自らの言葉に自信がなくなっていく。

 さきほど観た物語の中でも見滝原市にたくさんの魔女が集まって来ていた。それも私の世界と同程度の数が。

 だとすれば私の魔法はなんなのだろう。

 縁の魔法。縁結びの魔法。確立操作の魔法。運命の魔法。

 結局、最後まで名称が決まらなかったけれど、私の魔法はなんなのだ。魔女を誘うのでなければいったいどんな魔法なのだ。

 

「さあね。あたしに訊かれても困る。あたしが知っているのは円環の理に導かれた娘たちのことだけだから」

 

 私も導かれたのではなかったのか。

 私と私は同じ『美樹さやか』なのだ。だとすれば私は私についても知っているべきだ。

 

「たしかにあたしとあんたは『美樹さやか』さ。だけれどもね、だからと言って同一の存在じゃない。あんたは過去に分岐した『美樹さやか』だ。自分自身に音楽の才能がないと悟って拗ねるような年の割にマセた『美樹さやか』」

 

 分岐したから私は『美樹さやか』ではないと?

 

「そうは言ってない。ただ、あたしとあんたの経験してきたことは違うってこと。円環の理に――まどかに導かれたのはあたしなんだから」

 

 だとすれば答えが出ないじゃないか。

 贖罪は無駄なことでしかなく、私の『魔法』についてなにもわからない。

 その程度の私がなにをできるというのだ。己のことすら何も知らないような私などに。

 

「知ればいいじゃない。物語の先に……結末に答えがきっとある」

 

 本当に答えはあるのか、疑問である。

 これは暁美ほむらの物語なのだ。その結末に私が望む答えなどあるわけがない。

 あるとすれば暁美ほむらの望む答えだ。最良の結末を追い求めることしかできない彼女だから辿り着く。

 

「そうだよ、これは暁美ほむらの物語。でも、あんたの答えが見つからないわけじゃない。答えは探さなければ見つからない」

 

 どうすればいいのだ。

 無力な私は物語に飛び入り参加する手立てを有していない。

 そこまで私が言うと、

 

「だからあたしがここに来たんじゃない」

 

 ようやく言ってくれたとばかりに私は言った。

 

「ほむらを助けてあげて。あんたんところのほむらはそっちの人間しか助けてあげられないんだ。なにもかも独りで背負い込んで無茶するやつだけど、あたしは――あたしたちは助けたいんだ」

 

 私とは違って軽薄そうな印象を受けた私が真剣な表情で頼んできた。

 口ぶりからするとこっちのほむらはこっちでしか助けられない。そのための(すべ)も用意したと言ったところだろう。

 だからもう一度訊く。

 

 どうやって?

 

 私にはできないことを私ならできるという。

 同じ『美樹さやか』であると言うのに経験したことが違えばここまで違う。

 

「来て」

 

 私は一言。消え入りそうな声で言った。

 言葉から察するに何かを呼んだ。いや、誰かを呼んだ。

 そんなことを考えるまでもなく、彼女はやって来た。私が隣の席に突然現れたように彼女たちも現れた。

 劇場が騒がしくなる。50席しかない座席がほとんど埋まってしまった。

 私たちを中心に、彼女は、彼女たちは現れた。

 周囲からは戸惑う声がざわめきとなって劇場に響く。

 

「紛れればいい。大丈夫。たぶんあんた一人ぐらいなら混ざっててもわからないよ」

 

 私が説明してくれるも、上手く脳が情報を処理してくれない。

 

「彼女たちがワルプルギスの夜。その中に混ざるぐらいしか異物であるあんたが物語に飛び入り参加できそうもないからね」

 

 わかった。

 明かされるワルプルギスの夜の正体をなんとか受け入れて、私は承知する。

 

「良かった。ここまできて拒否されるんじゃないかと思った。そうなったらどうしようかと思ってた」

 

 笑みを浮かべる私に私も苦笑する。

 

 バタンッ。私が口を開きかけたところで劇場の扉が音を立てて開かれた。

 騒がしかった劇場内が静まり返る。視線が音の発生源に殺到する。

 白く愛らしいポップでキッチュなという表現が似合いそうな小柄な少女がいた。

 

「もう時間なのです。急いでください」

「わかってるって。もういくよ」

 

 さてと、と私は立ちあがる。

 

「これからあたしもほむらを助けにいかなくちゃいけないんだ。悪い悪い宇宙人からね」

 

 キュゥべえのことか。私には悪いとは思えないが、私にとっては悪いのだろう。

 

「頑張ってよ」

 

 言って、私はさきほどの少女と一緒にこの場を去っていく。

 その背中にこちらも頑張れと言うと、私は手を上げて応えてきてくれた。

 

 ほむらを助ける……か。

 たしかに私はそう言っていた。聞き間違いではないだろう。

 私がこちらのほむらを助けるように、私もあちらのほむらを助けると言うことだろうか。

 訊けばよかったと思わないではないけれど、どうもあちらさんは急いでいたようだ。余計な時間を取らせなかったと思ってよしとしておこう。

 

 一息ついて周りを見渡す。

 彼女たちがいる。ワルプルギスの夜である彼女が、突然のことに怯え縮こまっている。

 勝てるわけがなかった。その正体を知った今ならばより一層理解できる。

 ワルプルギスの夜は強大だ。

 挑むことすらおこがましい。もしも仮にワルプルギスの夜を討ち倒すことができるとすれば、物語の中のまどかのように 因果を束ねるしか方法がないだろう。

 だって彼女も、彼女たちも無力が積み重なっていったのだから。

 

 いこうか。

 

 そろそろ私も往くべきだろう。

 無力な私は無力な彼女に紛れ込むことでしか物語に参加することができない。

 私は暁美ほむらを助けろと頼んできた。

 物語の結末――ほむらを助けた先に答えがある。きっとそう言っていた。そのように私は理解した。

 

 暁美ほむらに現身(うつしみ)を。

 

 彼女を舞台から降ろし、現実に帰す。

 やり方はわからない。でもやらなければならない。

 非日常から連れ出すことが助けることだと私は思うから、そしてその先に私が望む答えがあると信じるしかないから。

 私は進む。立ち止まってなんかいられない。


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