暁美ほむらに現身を。   作:深冬

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終幕
最終話


 空は真黒に染まり、時折閃光の一筋が奔る。

 雨粒は大勢の仲間を引き連れ、舗装された地面にその身を打ちつける。

 風は荒れ狂い、大地にあるその全てを巻き上げんとする。景観のために植えられた木々は今にもなぎ倒されそうだ。

 

 見滝原市全域に避難指示が出されたのは午前七時のことだった。

 健康第一でいつも早起きしている住人は、寝坊助な家族を叩き起こし、急いで避難準備を開始した。

 避難指示に気がつかない一人暮らしの人々には、市が街宣車を走らせ、拡声器で非難を呼び掛ける。

 市の住人があらかた避難が完了し、見滝原市一帯が台風の目に入ったように静けさを感じさせる。

 そんな中、いまだ二人の少女が避難せずに屋外にいた。雨は止み、代わりとばかりに暴風が彼女たちの髪を煩雑に踊らせる。

 

 少女たちの視線の先には来るべき災厄があった。

 その身体は巨大で、魔法少女から隠れるために結界を貼る必要がないほど強大な力を有している。力を誇示するかのごとく悠然と宙を漂っている。

 大きな歯車の上に貴婦人の上半身が乗っており、否、ぶら下がっていると表現する方が適切かもしれない。上下を反転させ、頭部が下にある。

 

 ――ワルプルギスの夜。

 

 その脅威に関してはいまさら語るまでもないだろう。

 ただその姿を現実に現すだけで何千人もの人間の命を奪っていく災厄の魔女。

 

 それは魔法少女たちの間で語り継がれてきた教訓。

 ワルプルギスの夜を前にしては、魔法少女などそこらに転がっている路傍の石程度の無力な存在でしかない。これまでも幾人の魔法少女が立ち向かってきた。それでも助けられた命はそう多くはない。

 後悔。そして無念。

 過去に数多の魔法少女がワルプルギスの夜に挑んだ。

 挑んで挑んで、散っていった無力だった魔法少女たち。

 辛うじて命を繋いだ魔法少女が次世代の魔法少女に語るのだ。

 

 ワルプルギスの夜の圧倒的な力を。

 ワルプルギスの夜の凄惨な殺戮を。

 ワルプルギスの夜に対して無力だった己を。

 そして助けられなかった人々を。

 

 ワルプルギスの夜の笑い声が響く。

 これから舞台演劇にでも見に行くかのような楽しそうな愉快そうな声。

 聞かされる側からしてみれば堪ったものではない。魔法少女が二人もこの場にいるというのにまるで眼中になく、ワルプルギスの夜の視線の先には別のモノがあるように彼女たちには感じられた。

 

 先制攻撃を仕掛けたのは魔法少女たちの方だった。

 青の魔法少女が刀剣を銃に見立てて刀身を射出する。しかしその刃の先にはワルプルギスの夜の姿はない。

 次々と刀剣を召喚し、撃ち出された刀身はちょうどワルプルギスの夜の近くにある高層ビルの根元に続々と突き刺さった。

 爆破。一斉に刀身が爆発した衝撃が高層ビルを傾け、横倒しに倒壊させる。

 倒れる方向にはワルプルギスの夜が存在して、上から押し潰すように下敷きにする。が、ワルプルギスの夜はダンスを踊るようにゆらりと迫りくる大質量の物体から逃れた。

 横倒しに地面にたたきつけられた高層ビルは、轟音を響かせながら崩れていった。

 周囲に粉塵立ち込める。

 

 青の魔法少女は舌打ちを鳴らした。

 守るべき見滝原市の住人の住居を犠牲にしての強力な先制攻撃のつもりだったが、ワルプルギスの夜は容易く回避されてしまった。

 ワルプルギスの夜の巨体をその目で見て、心が怯んでしまったのだ。半端な攻撃では通用しない。威力ばかりに固執して、速度を疎かにしてしまった。緩慢な高層ビルの横倒し程度では回避されて当然の結果だった。

 心の中で青の魔法少女は住処を失った人々に謝罪した。

 

 青の魔法少女の失敗を確認して、赤の魔法少女は即座に行動を開始した。

 華奢な少女の身体に身体強化を施し、相棒の槍を携えて馬鹿正直に突っ込んでいった。

 小細工などは不要だ。どうせ真正面から斬りつけに行くことしかできない。幻惑の魔法を失った時から彼女は近接戦闘を軸に魔女を屠ってきた。

 どれほど相手が強大な力を持った魔女であっても関係ない。

 やることはかわらない。ただただ愚直に槍を振るうだけだ。

 

 赤の魔法少女が人類を超越した速度でワルプルギスの夜に迫る。

 直前まで立ち込めていた粉塵は暴風によって流され、視界は良好だ。

 だから黒い影が接近してきていたことに気づけたのだろう。

 寸でのところで黒い影からの薙ぎ払いを回避する。黒い影は赤の魔法少女と同じ形状をした槍で、返す刀で斬りかかってくる。

 赤の魔法少女は、ワルプルギスの夜に辿り着くことができず、黒い影と交戦せざるを得なくなった。

 

 

 *****

 

 

 役者が揃い切らない舞台で、ワルプルギスの夜は破壊の限りを尽くしていた。

 さきほどから纏わりついてくるコバエが鬱陶しい。主演は彼女たちではないというのに舞台上に乱入しようとしてくる。

 しかし使い魔に阻まれ、ワルプルギスの夜のもとまで辿り着くことさえもできない。

 哀れだ。必死の形相を浮かべ、ワルプルギスの夜を打ち滅ぼそうとしているが、舞台上に上がることすらできず、どこまでも無力だった。

 それを見て、ワルプルギスの夜は笑うのだ。

 

 ――ワルプルギスの夜は無力だ。

 

 どれだけ努力しても、どれだけ覚悟を決めても無駄だった。

 望んだ祈りは叶うことなく、無力な存在だけが積み重なっていく。

 諦めた数だけ、ワルプルギスの夜の力は強大なモノになってきた。

 

 やがて(きた)るべき災厄として、物語の舞台装置として、ワルプルギスの夜は見滝原市にその姿を現したのだ。

 

 

 *****

 

 

 死ねばいい。

 自らが招き寄せた絶望を刈り取る偽りの正義として、惨たらしく死ねばいいのだ。

 

 暴風の中、コッソリと避難所から抜けだしてきた暁美ほむらは憎悪に身を焦げ付かせていた。

 いまごろ避難所からほむらがいなくなってしまったことを両親が気づいたころだろうか。きっと慌てふためいているに違いない。

 記録的異常気象の中、娘の姿がなくなったのだ。心配するのは親として当然のことである。

 そんな両親にほむらは心の中で謝罪する。

 どうしても行かなければならない。

 大好きだった先輩と約束。見滝原市を守っている存在がいるということを最後まで見届けると約束したのだ。

 例え死んだっていい。死んで、マミのいるところへ行けると思えば、なんだか心が軽くなるように感じた。

 

 吹き荒ぶ風のせいで、ほむらは上手く歩くことができない。病弱だったということもあり、ふらふらと蛇行しながら街にある様々な物にしがみつきながら進んでいった。

 幸いにして目的の場所はわかりやすい。ああも目立つ目印は他にないだろう。

 この世のものではない異形の存在。こちらの世界に足を踏み入れて日が浅いほむらでも簡単に理解できた。あのバカでかい巨体の存在こそが、見滝原市に襲来したワルプルギスの夜と呼ばれる魔女なのだろう。

 マミに聞かされた彼の魔女の話を思い出して身体が震えた。

 

 きっと助からない。

 両親もクラスメイトも担任の先生も見滝原市に住む人々もみんな殺される。

 

 それもこれも美樹さやかのせいだ。

 さやかがくだらない望みを叶えてもらったせいで、この現状がある。現実がある。

 街は破壊され、再開発で綺麗になったらしい見滝原市の景観は見るも無残なものとなってしまっている。

 このままワルプルギスの夜が暴れ続ければ、さらに建物が破壊され、ついには避難所の建物が倒壊し、避難してきた住民が犠牲になるかもしれない。

 ほむらは最悪の事態を脳内で思い描き、自らの身体をかき抱いた。

 

 逃げたい。本当ならこんな街から一目散に逃げ出したい。

 だけれどもマミとの約束がそれを許さない。憧れ、敬愛し、尊敬していた先輩との約束は、唯一残されたマミとの繋がりだった。

 だから進まなければならない。恐怖に打ち勝ち、最後まで見届けるのだ。

 そして美樹さやかが無様に地に倒れ、無残に死ぬその姿を目に焼き付けるのだ。

 

 街中を進むにつれ、破壊の爪痕が酷くなっていく。

 視界のあちこちに倒壊した建物の瓦礫が散乱し、いかに戦闘が苛烈であったかを証明している。

 魔法少女と魔女の戦いはこれほどまで危険なものであったのだと、ほむらは実感する。

 マミは何でもない風に同行させてくれたが、その実、ほむらはただの足手まといでしかなかったのだ。

 今は亡き、先輩のことを思って後悔した。

 

 思いつめて泣き出す寸前、背後から声が聴こえてきた。

 

「なんでこんなところに来ちまってんだよ」

 

 ほむらは振り返る。

 

「……佐倉さん」

 

 全身に生傷を負った佐倉杏子がいた。その姿は痛々しく、この世の本当のことを知らなかった以前のほむらであったならばその姿を視界に収めただけで気絶してしまっていたかもしれない。

 

「どうしてここに来たのか訊いてるんだよ。ここは戦場だ。アンタみたいな一般人が居ていい場所なんかじゃない」

 

 杏子の言葉は冷たかった。突き放すような辛辣な言葉。

 だけどほむらは知っていた。この短い付き合いの中で理解していた。その言葉の裏には暖かさがある。ほむらの身を案じて、そのような言葉を使ったのだ。

 

「巴さんと約束したんです。最後まで見届けるって」

「約束?」

「はい。たとえワルプルギスの夜に見滝原市がめちゃくちゃにされても、たしかに見滝原市を守ってくれていた人たちが居てくれたんだって私が見届けるんです」

 

 だからほむらはマミと約束したことを素直に杏子に語った。

 

「必要ねーよ、ンなもん」

 

 語って、即座に切り捨てられた。

 

「別にあたしたち魔法少女はそんな高尚なもんじゃない。望んだ願いの対価に嫌々戦ってるだけで、正義の味方だとか息巻いて人助けしてるわけじゃねーんだよ」

 

 だから見届ける価値などない、と杏子は言った。

 

「で、でも巴さんは……!」

「そりゃあ、マミさんは正義の味方だの、そういうのに憧れていたみたいだからな。命をかけて悪と戦ってる自分の姿に酔ってたんだろ。結局あの人は自分自身が一番カワイイんだ」

「そんなことありません! 巴さんは見滝原市の人々の安全を想って戦ってくれてたんです!」

「それがいわゆる偽善ってヤツなんだろうな。こんなあたしも魔法少女になったばっかりの頃は正義に燃えてたんだぜ? 『みんなの幸せを守る』とか言っちゃってさ。でもそれは意味のないことだった。誰にも知られない正義ほど空しいモノはない。仮に知られたとしても拒絶されるに決まってる」

 

 希望を抱いて正義をなしたところで、非情な現実を受け止めきることができなかった。

 杏子は押し潰されたのだ。酷く悲惨な絶望に魂を抉られた。

 それでも杏子の精神は強固で絶望の底に沈むことなかったが、代償に幻惑の魔法を失った。

 

「もしマミさんを肯定したいなら、アンタが魔法少女になって正義を行えばいい」

「でも……」

 

 でも、マミに魔法少女になると後悔すると言われた。

 ほむらにとってマミの言葉は絶対だ。背くようなことできない。

 その場に杏子も居たはずであるのに、彼女はマミのために魔法少女になって戦えという。

 何も言えなくなったほむらを見て、杏子は鼻先で笑った。

 

「戦う覚悟もないのに正義を語るな。さやかは――あのバカはアンタとは違って後悔して懺悔しながら戦って、見滝原市の住人の命を守るために死んで逝ったよ」

 

 そうだ。美樹さやかは死んだのだ。

 果敢にワルプルギスの夜に戦いを挑み、圧倒的な力量差に無残に殺された。

 

 よかったな、と杏子。

 

「ほむらの望み通りにさやかは死んだ。マミさんと同じ正義のために殉じたんだ。それなのにアンタは口先だけで何もできないんだな」

 

 ほむらは反論することができない。

 浴びせかけられた言葉に納得してしまう自分がいて、言い返すことすらできなかった。

 

「ま、いいさ。アンタはそこで最後とやらを見届けていろ。あたしはいくよ。これ以上置いてきぼりは嫌だからな」

 

 杏子の身体中に小さな魔法陣がいくつも展開される。魔法陣の下では傷がみるみる回復していく。治癒魔法だ。

 

「ああ、クソッ。これが限界か。結局治癒魔法は苦手なままだったな。それでも腕が動くようになっただけでもマシか」

 

 ワルプルギスの夜に立ち向かうための魔力を残して自らに治癒魔法をかけたが、完治とまではいかなかったようだ。

 身体を軽く動かして状態を確認してから、杏子は戦場に戻ろうとする。

 

「待ってください! 佐倉さんは死ぬのが怖くないんですか!?」

 

 咄嗟に声をあげ呼びとめる。

 杏子は足を止め、やれやれといった風に振り返る。

 

「怖いに決まってるじゃねーか。だけどあたしは魔法少女だ。マミさんみたいに正義感に溢れているわけじゃないけれど、それでも人並みには正義感ってものを持ってるつもりなんだぜ?」

 

 そう最後に言い残して佐倉杏子は行ってしまった。

 

 ほむらの脳裏では色々なことが綯い交ぜになってグチャグチャだ。

 マミのこと。杏子のこと。そして、さやかのこと。

 

 美樹さやかが死んだ?

 ざまぁみろ、と死体を蹴るためにここに来たはずだった。

 無様に殺される姿を見て、マミと同等の苦しみを味わってもらうつもりだった。

 だというのに美樹さやかは死んでいた。呆気なく、ほむらが舞台に上ることすら待つことなくワルプルギスの夜に殺された。

 さらにマミと同じように見滝原市の人々のために戦って死んだというのだ。

 

 ふざけるな、とほむらは思った。

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 

 ほむらは自分が何をすればいいのかわからなくなった。

 マミの遺志を受け継いだのはマミの死の原因を作ったさやかで、こんなにもマミのことを想っているほむらではない。

 その事実が上からほむらを押し潰す。

 

「わけがわからないよ。私はどうすればいいの……」

 

 答えは見つからなかった。

 なにをやっても間違った選択になるような気がした。

 

 ――暁美ほむらは無力だ。

 

 膝から崩れ落ち、地べたに手をつく。散らばった小さな瓦礫が皮膚を傷つけ血が滲み出る。

 

「やだよ……もうやだ。なにもかもなかったことになればいいのに……」

 

 わけがわからなくなって呆然とする中で、絞り出すように出てきたのはそんな言葉だった。

 否定。起こったこと全てがなかったことになれば、どうしようもないこの現実もなくなる。

 

『その言葉は本当かい?』

 

 自らの無力さに打ちひしがれるほむらに声をかけてくる存在がいた。

 大きな尻尾に猫ほどの白い体躯。背中には赤い丸模様がある。

 

「キュゥ、べえ……?」

『やあ、ほむら』

 

 くりくりとした紅い双眸がほむらの瞳を捉える。

 キュゥべえは初めて会った時から変わらず、ほむらのことを観察するような視線を飛ばしてくる。

 ほむらにはわかるのだ。自らも同じく他人を観察するようなきらいがあるから。

 

『なにもかもなかったことにしたい、か。なかなかに大層な望みだね。』

 

 キュゥべえは狐のような尻尾をフリフリと振った。

 

『でもきみにならその望みを叶えることができるよ』

「え?」

『忘れたのかい? きみは祈る権利を持っているんだよ? さっき杏子が言ったね。ほむらは口先だけでなにもできない、と。だけれども杏子は間違っていたんだ。ほむら、きみは僕と契約することができる。魔女と戦う使命を強いられることを対価に、僕が一つだけどんな願いも叶えてあげる。どんな願いだっていいんだ。きみにはその素養も資格もある』

 

 キュゥべえはどこか軽快そうな無機質な声色で饒舌に言った。

 苦し紛れに出てきた言葉をキュゥべえはいとも簡単に肯定した。

 だから縋りつきたくなった。まるで最初から用意されていたかのような逃げ道に飛び込みたいと思った。

 

「本当に……なにもかも、なかったことにできるの? こんな私にそんなことができるの……?」

『もちろんさ。暁美ほむら。きみはどんな祈りでソウルジェムを輝かせるのかい?』

 

 ほむらはこの一カ月起こったことを思い返す。

 緊張しながら転校してきて、見滝原市で初めての友達ができて、でも学校では上手く馴染めなくて、そんな時に魔女に襲われて、巴マミに助けられた。

 マミと過ごした時間は、これまでの人生の中でもっとも充実したものだった。

 だけれどもマミは死んだ。友達だと思っていた美樹さやかに裏切られた。

 だからさやかを憎んだ。なのにマミの遺志を継いだのはさやかで、ほむらはなにもすることができなかった。

 

 こんなことあっていいはずがない。あるわけがない。

 だから嘘で上書きされた舞台演劇は幕を閉じるべきだ。

 

 ほむらは顔をあげ、しっかりとキュゥべえの姿を視界に収める。

 

「おねがいキュゥべえ。このくだらない世界を終わらせて。この間違いだらけの世界から私を開放して!」

 

 暁美ほむらは否定した。

 自分に優しくない世界を。一つの偽りから変わってしまった物語を。

 

『契約は成立だ。さぁ、解き放ってごらん。新しい力を――』

 

 こうして偽りの舞台演劇は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 心臓がバクバクいっているのがわかる。

 緊張する。初対面の人と会うのは苦手だ。

 しかもそれが何十人もいっぺんに対面することになるのだ。重い心臓病が回復し、やっとの思いで退院してきた彼女には少々荷が重い。

 転校。彼女は療養のために都会から見滝原市に転地してきた。

 

 廊下と教室を遮る扉の向こうから担任の先生の呼ぶ声がする。

 新しく仲間になるクラスメイト達はいい子ばかりだから安心して、とさきほどこの場に来る前に担任の先生は、彼女に優しく声をかけてくれていた。

 本当ならばいいが、心配だ。入院していたせいで、勉強もできない運動もできない、そんな彼女を受け入れてくれるだろうか。

 

 引き戸を開けるとガララと音が鳴った。身体がビクッとなった。

 教室の全貌を一瞬確認して、すぐさま俯きながら先生の傍まで寄っていく。

 やっぱりだめだ。上手くクラスに馴染める気がしない。

 基本的に彼女はネガティブ思考だ。いじめられる未来を想像して小さく身体を震わせた。

 

 先生から自己紹介を促される。

 転校生のまずやらせられる定番。第一印象が決まる重大イベント。

 いつもならやりたくないと思うはずなのに、なぜだか頑張ってみようかと思った。たとえ失敗してもしっかり名前だけは言おう。

 こんなに人がたくさんいるのだから、もしかしたら素敵な出会いがあるかもしれない。

 

「あ……あああの、私……暁美、ほむらです。どうか、よ、よろしくお願いします」

 

 きっと、人と人との出会いには意味がある。

 なんとなくそう思えたから、彼女は一歩足を踏み出すことにした。


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