「はぁぁぁぁぁぁ……」
大きい、一際大きいため息を私――駆逐艦娘、吹雪――は吐いた。気が乗らない。あまりにも気が乗らない。
一週間分の着替えやら何やらを詰め込んだリュックを背負い、私は山道をとぼとぼと歩いている。いま向かっているのは贄墓村。山の中腹にある小さな村で、かなり辺鄙な所に存在するらしい。村民もあまりいないとかなんとか。効能が豊富な温泉があるため、昔はそれを目当てにやってくる観光客が多かったらしいが、最近ではそれも減少傾向にあるそうだ。少しでも客を増やすため、村に一つしかない温泉宿では新鮮な山の幸を使った美味しい料理やお菓子を出していると聞いているけれど、それがますます赤字を産み出している原因になっているとも聞いた。負のスパイラルである。
提督から仕事という名の休暇としてその村に行くことになったが、実に気乗りしない。まず名前が物騒過ぎる。なんなの、贄墓村って。殺人事件が起きたりサイレンが鳴り響いたりしそうだ。
起こるとしたら多分前者だろう。さきほど見えた案内看板によると、いまは村まであと数百メートルと行ったところだが……途中に大きく深い谷があり、そこを繋ぐ一本の石橋を通った。話によると村の周りを大きく囲むように渓谷があるとか。石橋を通らないと村から麓までは行けないそうだ。うん。どう考えても、石橋がなんらかの理由で壊されて陸の孤島に閉じ込められるパターンだ。
更には。石橋を通る前も後も山道の周囲は深く大きな木々が立ち並んでいたのたが……その木々がない、やや開けた空間で子供たちを見かけた。鞠を突きながら、楽しそうに変な童歌を歌っていた。聞き覚えがまるで無かったので、間違いなく贄墓村オリジナルの童歌だろう。
贄の墓守やってくる。一つ取っては水の中。二つ取っては吊るされた。三つ取ってはお供えに。……そんな感じの歌詞を聞き取った。どう考えても、童歌になぞらえて、贄の墓守とやらを名乗る殺人犯に次々と登場人物が殺されるヤツだねコレ。贄の墓守事件か、それとも贄墓村殺人事件か。サブタイトルはどっちになるだろう。どうでもいいか。いや、どうでもいいというかそもそも何も起きてほしくない。
「ん……?」
何か起きたら私は探偵役か助手役か、それともまさかの被害者か……などと考えながら歩き続けていると、道の途中で老婆が切り株に座り込んでいた。
「こんにちは」
横を通るとき、ぺこりとお辞儀をしながらそう言った。そのまま通り過ぎるつもりだったが、老婆がじろりとこちらを睨んだので、ついつい足が止まってしまった。
老婆の見た目は怪しい。杖をついて、ややボロボロの巫女服を着ている。胸は豊満だが、髪は真っ白だ。顔には皺が多い。年は八十……いや、九十は行っているだろう。
「……余所者か。贄墓村に何の用じゃ。まさかあの無礼な奴らと同じく、宝でも探しに来たか。墓守様が守るのは転生を待つ者たちであって、財宝ではないというのに」
うわー。財宝伝説まである村なんだ。要素を入れ過ぎではないだろうか。いや、村の責任ではないけれども。
「いえ、あの。私は仕事をしに来ただけですが」
「仕事……? はん。村を荒らすのが仕事かのう?」
「ええと。犬を探しに来た艦娘です」
老婆の迫力で、ついつい素直に目的を話してしまった。隠すようなことでもないから構わないとは思うけど……でももし犬が本来の犬とは違う意味だったら面倒かもしれない。イケとかニエとかいう犬が、財宝の隠し場所のヒントになってるパターンとか。
「……犬? 艦娘? あぁ」
あれ? なんか、老婆の雰囲気が変わった。決して悪い意味ではない。なんというか、空気が軽くなったような。
「なんだ。万屋鎮守府の人ですか。芝居して損しました」
し、芝居……?
「よいしょ」
「ええっ!?」
掛け声と共に、老婆が老婆じゃなくなった。精巧なマスクとカツラを付けていたらしい。一気に若返った。
「私の名前は扶桑。扶桑型戦艦一番艦よ」
「ええっ!?」
老婆が老婆じゃなくなったと思ったら艦娘だった。しかも戦艦。どういう理由で老婆に化けていたのだろう。
「ええと、艦娘ってことは……ひょっとしてあなたも万屋鎮守府所属ですか?」
「いいえ。でも、提督の知り合いよ。……というか、あなたたちに今回の依頼を出したのが私」
おっとりしながらも、『元気』な声で扶桑さんは答えた。ふんふん。まともそうな人だ。なんかこれまで会った艦娘、万屋鎮守府外でもどこかイカれてたからなぁ。万屋鎮守府に来る以前では艦娘に会ったことがなかったので、私の中で艦娘=頭がおかしいという図式が成り立つ所だった。その前にこの人に会えたのは幸運だ。
「今日中に来ると聞いていたから、ここでお仕事しながら待っていたの」
「仕事?」
「ええ。今回の依頼にも関係してくるわ。ここで話すのもなんだから、私の家に来てくれる?」
「あ、はい」
老婆の格好をして、意味深な言葉で確信に迫るようなことを言う仕事とはいったいなんだろう。
「それじゃ、こっちに……あっ」
「あっ」
立ち上がるときに、扶桑さんが転んでしまった。裾を踏んづけてしまったようだ。
「大丈夫ですか?」
そういいながら、なぜか起き上がらない扶桑さんに私は手を伸ばし――
「不幸だわ……」
すぐさま引っ込めた。なんだ今の声。まるで地獄の底から響くような、聞くだけで不幸になりそうな声だった。
「なんて……なんて不幸なのかしら、私。転ぶなんて。転ぶなんて。私はいつもこう。いつも不幸。不幸な不幸。不幸であることが不幸で、その不幸が更に不幸を呼ぶの。不幸と不幸が連なって不幸を作り出し、その不幸がまた別の不幸に変わる。これはもはやネズミ算、いえ不幸算よ。不幸×不幸=不幸。総受け不幸と総攻め不幸が合わさって誘い受け不幸よ」
あぁ……武蔵さんと同類かぁー。だが、突っ伏したままだ。武蔵さんと違って暴力行為に走ったりはしないみたい。
「不幸と不幸と不幸と不幸。そして不幸。頭の中のヴァイキングが叫ぶのよ」
扶桑さんはようやく起き上がり、じっと私を見つめた。怖っ。なんだあの瞳。この世すべての不幸が詰まってそうなぐらい暗く深く淀んでいる。
「不幸不幸不幸不幸不幸。不幸に呼び出された私のヴァイキングたちは、大きな声で叫び続けるわ。スパム! って」
「そこは不幸じゃないんですね」
脳内がモンティ・パイソンだった。
「あと、私の脳内では『まさかのときのスペイン宗教裁判!』って叫ぶ赤い宗教服の男たちが住んでいるわ」
やっぱりモンティ・パイソンだった。誰かなんとかしたほうがいいんじゃないかな。カミカゼの訓練とか言って自殺しそうなんだけども。
「あぁ、なんて不幸なの私。信仰が足りないの? 捧げなきゃ。もっと祈りを捧げなきゃ。空飛ぶスパゲティモンスター様に」
皮肉で作られた仮想宗教の神様になんと祈ろうと届かないと思います。というかなぜスパモン……あぁ、空飛ぶ繋がりか。
「ふう。祈りの力で落ち着いたわ」
すごいや空飛ぶスパゲティモンスター様。
「ごめんなさいね、普段は明るいオシャレモンスターハンターの私だけど、嫌なことがあるとすぐに我を忘れちゃうの」
我を忘れるってレベルかな、いまの。まぁ暴れないだけ武蔵さんよりマシか。あとオシャレモンスターハンターってなに? 渋谷と原宿の女の子でも狩るの?
「ええと。言いづらいですが長時間あなたと話してると頭がどうにかなりそうなので早く行きませんか?」
「初対面の女の子に言いづらいという前置きで言いたい放題されるなんて……なんてふこ」
「わぁい! 扶桑さんと同じ出来て嬉しいなぁ! 早く行きましょう!」
この人、超やりづらい。
※
「ミステリーツアー?」
扶桑さんの家。出されたお茶を飲みながら、私は首を傾げながらそう言った。扶桑さんの家は村ではなく、彼女が座っていた切り株の後ろにあった。壁に斧が立て掛けられていたり、割られた木々が重ねられていたりと、家というよりは木こり小屋に近い印象を受けた。もしかしたら仮家なのかもしれない。
ここでややかび臭いお茶と萎びた座布団を出されたあとに、私は仕事の内容について質問したのだが……『ミステリーツアーよ』と返されたのだ。どういうことだろう。犬はどこに?
「そうよ。贄墓村の状況は知ってるかしら?」
「昔は観光業で栄えていたけど、今はそうでもないという話なら聞きました」
「ええ。だから村おこしの一環として、ミステリーツアーを組むことにしたの。財宝伝説や童歌をでっち上げて、ね」
なるほど。途中で見た子どもたちは遊んでいたのではなく仕事をしていたのか。
「古き良きミステリーの要素を村にばら撒いて、ミステリー好きの観光客を呼ぶの。そして、架空の殺人事件を起こすのよ。集めた観光客の中に村人を混ぜて、死んだふりをしてもらう。怯えないように参加者には事前にそれらがツアーの一環であることを伝えるわ。そして誰が犯人かを当てた参加者には、賞品が出るのよ」
結構面白そうな話である。観光客はミステリーにありがちな山村の雰囲気を楽しみつつ、名探偵ごっこもできるわけだ。村ぐるみのロールプレイのようなものだろう。
……まぁ、そういったミステリーごっこの中で本当に人が死ぬのもミステリーの定石ではあるけども。
「私もがっつりこのツアーに関わらせてもらったけど、ここまで漕ぎ着けるのは大変だったわ。色々な媒体のサブカルチャーでミステリーを勉強したの。シナリオや設定を作るためにね」
「へぇ……どんな勉強を?」
「例えば漫画なら、スパイラルとネウロを全巻読破したわ」
金田一かコナンじゃないんだ。なんかズレてる。陸の孤島とか出てこないと思うんですけどその漫画。
「ドラマも相棒とケイゾクを全部観たのよ」
なぜTRICKじゃなくその二つなんだろう。ピント外れまくりである。
「小説は腕貫探偵と黒後家蜘蛛の会シリーズで勉強したわ」
どちらもほぼアームチェアディティクティブだ。どう考えても、現場で頑張るミステリーツアーのためとして読むにはズレている。
「ゲームはサイベリアをやったわ。開始五分で心が折れたけど。滑って転んで死ぬってどういうことなのかしら」
神宮寺……せめて逆転辺りならまだしも、サイベリア……サイベリア!? ミステリーですらない! しかも心が折れるのが早すぎる! 私は銃を下ろしなさいと言われるシーンで折れた。
「そういったので学んだことを今回のツアーのシナリオに詰め込んだのよ」
「多分失敗しますねこれ」
思わずバッサリと言ってしまった。誰かこの人に突っ込んだりしなかったのかな。
「まぁ、ミステリー作家志望の男の子にいつのまにか九割ぐらい改変されちゃったんだけどね」
「なるほど、英断ですね」
いちいち突っ込まずにさっさと改良したのか。まぁ、たしかにそのほうが話は早いだろう。どう考えても任せておけないし。
「というわけで、あなたの役割は名探偵になることを夢見る女子高生よ。事前に伝えたとおり、『探偵ごっこの延長で贄墓村出身の同級生のおばあちゃんに思い出の中の犬探しを頼まれてやってきて、殺人事件に巻き込まれた』って設定でよろしくね。とんちんかんな推理をしつつ、進捗次第でヒントをばら撒いてくれればいいわ。はいこれ、台本」
「えっ」
ぱさり、と紙の束を渡された。……え、なんの話だろう。せ、設定? 台本?
「え、あの。ど、どういうことですか?」
「どういうことって……提督から聞いてるわよね?」
「は、はい。タバコ屋のおばあちゃんからの依頼で、犬を探すようにと聞きましたけど」
私の言葉を聞いた途端、扶桑さんは頭に手を当てつつ、大きなため息を吐いた。これはアレかな。新宿の時と同じように、まーた提督が勘違いしたのかな。
「……人手が足りないから、そういう設定のキャラクターを演じてくれる人を寄越して欲しい、って依頼したのに。どうしてその辺がまるっとすかっとくりっとつるっと抜けてるのかしら……」
なんだかんだ言ってTRICKも観てるなこの人。
「はぁ。不幸だわ。私の伝え方が悪かったのかしら。いいえ、違うわね。だって別の人はちゃんと分かって来てたもの。提督がアホなのね。あぁ。でも他に当てがないものね。なんて不幸なのかしら私。スプーンの汚れの指摘を大げさにされているような、そんな気分だわ」
あーもう。スイッチ入っちゃった。……ホントモンティパイソン好きだなこの人。
「ええと。当初聞いてた内容とは違いますけど、せっかく来たんだし仕事を引き受けます。……と言いたいところですけど、このミステリーツアーって定期的にやるんですよね? そんなに何度もこの村には来れないと思いますが」
「大丈夫よ。ツアー自体は何回もやるけど、参加してもらうのは一回だけでいいわ。本格的にツアーが始まったら、貴方の役割は村人がやる。今回のは飽くまでテストで、村人が演技の参考にするためのものなの」
「なるほど……」
この家に来るまでにも何回かスイッチが入ったため、私は既に彼女の扱い方を覚えていた。いや、そんな大層なものでもないが。要は適当に話を振れば戻ってきてくれるのだ。スイッチが入りやすいが、切れやすくもある。ドリル絡み以外では滅多にスイッチが入らないが一回入るとなかなか止まらない武蔵さんとは逆である。
……あー。狂人の扱い方なんて学びたくなかったなぁ。
「それならやらせていただきます。演技に自信は無いので、あまり参考にはならないかもしれませんが……」
「そう? 貴女、なんだか嘘が上手そうな気がするけれど」
「嘘が上手そうと思われる時点で嘘を吐くのに向いてないと思いますけど!?」
ニコニコしながら言われたけれど、これ褒められてないよね?
「自分を偽るのが上手そう、のほうがいいかしら」
「ガワが変わっただけで中身と意図はまるで変わってないですよねそれ!」
なんだったらさっきより酷い。
「自信持って。貴女なら完璧にやれるわよ。あ、そうそう。台本の前に設定を読んでね。そのほうが頭に入るでしょうし」
「はぁ……」
生返事をしながら、先程渡された紙束をパラパラと捲った。クリップで止められ、二つに別れている。わかりやすいよう、一枚目には『台本』と『設定』と書かれていて……うん? 台本よりも設定のほうが紙が多い。三倍はある。あまり綿密な台本ではないようだ。さきほど、扶桑さんは『進捗次第でヒントをばら撒いてくれればいい』と言っていたし、アドリブが多いのだろう。
「ふんふん……」
ざっくりと設定を読み進めていく。ミステリー小説が好きな女子高生で、夢は名探偵。高校では探偵部に所属……探偵部? ラノベみたいな設定だ。
探偵部は同校生のお悩み解決をする部活で、部長は黒髪ロングのクールビューティ。部長の設定いらないよねこれ?
で、私は近所のタバコ屋ばあちゃんの孫娘である同級生から持ち込まれた依頼を受けて村にやってきた、と。依頼内容は、彼女の祖母が贄墓村に住んでいた頃に飼っていた犬が元気にしてるか見てきて欲しい、というものだ。そのため、ツアーに参加して宿泊費を安くあげようというつもりらしいが。同級生、自分で行けばいいのに。突っ込まれたら適当に『部活の大会があるらしいです』とか言えばいいか。……ん?
「あれ?」
おかしいな。どうしてこの設定集、途中から手書きなんだろう。えーと?
『貴女の体内には、恐るべき邪神が封印されている』
……なんだこれ。あれ? ミステリーは?
『そのため、感情が昂ぶると周囲に邪神のエネルギーによる破壊が起きる』
何言ってんの? 破壊? 破壊ってどういうこと? どうやってそれを演技するの?
『時折、邪神が封印を解こうとして暴れる。ことあるたびに起きる頭痛は偏頭痛ではなくこれが原因である』
ことあるたびに頭痛が起きるなんて設定いま初めて知りましたけど。
読み飛ばしつつ最後まで読んだが、最初以外は中二と役者への無茶振りに溢れたものばかりが書かれていた。
「あの、扶桑さん。この設定集、途中から……というか手書きの部分からおかしいんですけど。なんですかこれ。お腹の傷は開くようになっていて、そこに手を入れて刀を取り出すとか書いてあるんですけど。出来ませんよこんなの。お腹に傷なんてないですし」
「え? ……あぁ、それは私が書き足した部分ね」
なにしとん。
「設定という魅惑のキーワードがあるのに、たった一枚しかなかったから足しておいたの。私が中学生の頃に書き溜めた創作ノートから全部抜粋して詰め込んでみたわ」
創作ノートて。どうやらこの人には黒歴史という言葉はないようだ。ある意味とんでもないポジティブ精神の持ち主だなぁ。羨ましくはないけれど。
「書き足したということは本来はなかったということですよね? あとで手書き部分は燃やしますね」
「どうして!? 矛盾のないように頑張って詰め込んだのよ!?」
「いや矛盾だらけですよこれ。なんか年表みたいなの書いてありますけど、私のお父さん三回殺されてますよ」
一人っ子って設定が書いてあるのに兄と弟と妹が殺されてるし、勇者の血を受け継いでいるはずなのに無から産まれてるし。
「そういえば推敲は特にしてなかったわね」
「何も頑張ってないじゃないですか!」
よし、あとで必ず燃やそう。
「それじゃあ、次は台本ですね……えーと」
こちらは余計な手書きページはないようだ。たまに手書きで余白に『ここで一度死んでおく。蘇り方は設定の32ページを参照』とかメモってあるけど。多分これも扶桑さんだな。無視しよう。
ふむふむ。台本と言ってもキチッとセリフが書かれているわけではない。被害者役の名前と、殺され方とトリック、殺される日時が記してあるだけ。これに合わせて、アドリブでヒントを出したり、殺害時刻が近づいたら集まりを解散させて被害者役と犯人役を動きやすくするのが私の役割らしい……難易度高いなこれ。
待てよ。そういえば、これはテストツアーだった。一般の参加者はいるのだろうか? いるとしたら誰がそうなのを把握しておかないと、ヒントは出しづらい。
「扶桑さん、少しお聞きしたいんですが」
「私の性癖? 首を締められながらが好きよ、処女だけど」
「二つのどうでもいい情報ありがとうございます。そんなことではなくて、ツアーの一般参加者について聞きたいんですけど」
「さっきも言ったけど、今回はテストだから招待した四人だけよ」
四人かぁ。一見少ないが、ヒントを出すことを考えると四人でも多いぐらいだ。誰を探偵役にするかをあらかじめ決めておいたほうがいいかもしれない。多分、そのほうが動きやすいだろうし。参加者の中でもっとも頭の回転が早そうな人の周りをうろちょろしよう。
「一人は元教授の夢水さん。自称名探偵の本物の名探偵よ。まぁ『たまにはアームチェアディティクティブがやりたいなぁ』って言い出したらしくて来るのは助手だけなんだけどね。……助手じゃなくて世話係って言ってたかしら。いえ、餌やり係とか飼育係とか言ってたような気も」
飼育係て。どんな名探偵だ。……夢水さん? 夢水さんというと、前に提督が話していた人だったはず。赤い夢とやらのことを聞いてみたかったな。
「二人目は物理学の教授、湯川さん……なんだけど、『夢水教授が来ないなら僕が行く理由は無くなったな。久々に会ってみたかったのだが。……ところで彼が何歳なのか知っているか? 僕が学生の頃にも教授だったが。実に面白い』とのことで来られなくなったわ」
ミステリーツアーではなく、その参加者に用がある人だったらしい。……いったいどんな人なんだろう、夢水さん。
「三人目は犀川教授。だけど、『湯川くんも夢水教授も来ない? ……それならキャンセルさせてくれ。西之園くんも珍しく乗り気じゃないようだったし。ところで夢水教授の年齢を知っているか? 僕が学生のときと学会であったときの見た目がほとんど変わっていないんだが』とのことよ」
教授が三人目。なんだか偏った招待だなぁ……。あと夢水さんってのは本当にどんな人なんだろう。すごく気になる。
「四人目の教授も『夢水くんが来ない? ならキャンセルだ。いま私、新宿で頑張ってるから後日にしてくれたまえ! アラフィフは忙しいのだよ! ところで君は夢水くんの年齢を知っているかね? 私が生前、アラサーの頃に日本で会ったときと最近雑誌で見た写真の見た目が同じなのだが。彼もサーヴァントか何かなのか? ひょっとして、『くん』ではなく『さん』とつけたほうがいいのだろうか』ということでキャンセルよ」
みんな夢水教授とやらの年齢を気にしている……。あと四人目がおかしい。これアレだよね。新宿で棺桶撃つ人だよね? 実在したの?
……というか、結局全員教授だし、実際に来るのは夢水さんとやらの助手一人だけじゃないか。なんだこれ。
「えーと、その助手の人にだけヒントを与えればいいんですね、結局」
「そうなるわねぇ……不幸だわ。こんなにキャンセルだらけになるなんて。ガヤ脇役として呼んだジョージさんも来られなくなっちゃったし……テストだからいいけど、本番もこんな感じになったら盛り上がるに欠けてしまうわ……そうなったときはスワッピング番組ツアーに変えるしかないわね……」
この人モンティ・パイソンネタが言いたくてスイッチ入れてるんじゃないかな、ひょっとして。
「あ、そういえば。このツアー、いつから始まるんですか? 一週間ほどここに滞在することになってますけど私」
「今日からよ」
うおーい。今日。今日て。急すぎるというレベルを遥かに超えている。まだ設定を覚え切れてもいないし、台本に細かく目を通せたわけでもないのに。せめて一日欲しかった。
マズい。たしか、事件は一日目から始まるはずだ。それも、最序盤……一般参加者と仕込みの参加者が集合した直後に、いきなり殺人事件が起こるのだ。せめて第一の殺人のトリックだけは覚えておかないと、ヒントどころではない。残りは今日の夜にでも……あれ。
そういえば集合時間は何時だろう。どれぐらい猶予があるのだろうか。たしか台本に書いてあったはずだ。えーと……十五分後だね。
「……あの、扶桑さん。この家から集合場所……というか、顔合わせ地点って何分ぐらいかかりますか?」
「十五分ぐらいよ。あ、そっか。そろそろ行かなきゃね」
詰んだ。
※
「うーん?」
腕を組んで首を傾げつつ、私は唸り声をあげた。なんだか、人が少ないような気がする。
扶桑さんの家から全力ダッシュして、集合地点……村の中の開けた場所に私は着いていた。周りにはちらほらと民家……それも藁葺屋根の、いかにも田舎っぽいというか村っぽい家々が建っている。私達はそんな家たちに囲まれた井戸の周りに集まっているのだが、家と井戸以外は道と田んぼと段々畑しか見えない。いや、遠くにやや立派な旅館らしき建物が見える。うっすらと湯気が出ているあたり、あれがここの観光資源の温泉旅館だろう。私たちが今回、泊まる予定の場所でもある……ん? もう一つ、温泉旅館とは逆側に、この脱都会めいた雰囲気にそぐわない建物が見えた。豆腐を斜面に合わせて何個も合わせたような、四角ばっていて白い建造物だ。なんだろう。何かの研究施設にも見えるが、あるいは郷土博物館的なモノだろうか? まぁいいか。
ちらりと見ただけの記憶だが、台本では私は最後にこの井戸周辺に来ることになっていたはずだ。他の仕込み参加者は集合時間の十五分前で、私は目立つために時間ピッタリという手筈。
だというのに、辺りには私と老婆になった扶桑さんを入れて七人しかいない。黒髪の人が一人、茶髪でお団子頭の女性が一人、銀髪の女の子が一人、茶髪の女の子が二人。あの中の誰かが、名探偵の助手だろうか。
おかしいなぁ。ツアー中に七人の被害者が出るはずで、犯人役と一般参加者を含めたら最低でも九人はいないと行けないはずなのだが。
……まぁいいや。とりあえず自己紹介しておこう。
「遅れちゃいましたかね。はじめまして! 私は吹雪ケイコって言います! 吹雪と呼んでください!」
四人に向かって、私は元気よく挨拶した。ケイコは設定で決められた偽名である。扶桑さんのには『真名はアイスヴァイン三世』とか書いてあったけど。アイスヴァインが名前て。ジョークSCPか。
「はじめまして! 私は駆逐艦、雷! かみなりじゃないわ、いかづちよ! 今日はしれいか……教授の代理で来たわ! 普段は教授のお世話係よ!」
茶髪の女の子が腕を組みながらそう叫んだ。……まさかの艦娘。教授、というのは夢水さんのことだろう。となると、この子が一般参加者か。
「今日から五日間のツアーよね! ……正直、いますぐ帰りたいわ!」
えぇぇ……なんか雷ちゃんがとんでもないこと言い出した。
「い、雷ちゃん。せっかくここまで来たのに、いきなりそんなこと言わないで欲しいのです」
「教授が心配で心配で仕方ないの! だってあの人、目を離すとすぐに引き篭もって本を読み出すのよ! 去年のゴールデンウィークのこと、忘れたの!?」
「あぁ……私達が旅行に行ったときだね。帰ってきたら餓死寸前の状態にも関わらず本を読んでいたっけね、教授」
おや。茶髪の女の子が雷ちゃんにツッコミを入れて、それに対する雷ちゃんの言葉に銀髪の女の子が反応した。おかしいな。三人は顔見知りなのだろうか?
「ええと、お二人は?」
「私の名前は電なのです。私も艦娘で、教授の餌やり係なのです」
電ちゃんか。この人も教授の助手……助手? 助手らしい。
「はじめまして。響だよ。普段はヴェールヌイという名前でR連邦のスパイをしているよ。教授の水やり係でもあるけど。よろしくね。と言っても、私達三人は雷を送りに来ただけなんだけど」
サラッとすごいこと言ったな響ちゃん。スパイも気になるし水やり係も気になる。植物かな。
それにしても三人か。ということは、残った茶髪の女性と黒髪の人のどちらかも教授絡みの人なわけか。
雷、電、響。この三つの名前は全員、暁型駆逐艦だった艦のモノだ。となると、やはり最後の一人は暁だろう。茶髪の人かな?
「ほら、君も挨拶しなよ」
響ちゃんに背中を押されて前に出てきたのは、黒髪の人だ。彼女が四人目……いや、暁のようだ。でも。
「私の名前はアカツキ。ただの一兵卒だ。教授の護衛を担当している」
……そう言って暁を名乗った相手は、どうみても長身の男性だった。というか、こう。雷光機関とか持ってそうな人だ。黄色くて大きなボタンの着いた白い服が、よく似合っている。この人、違うアカツキだよね?
「とぼけてるけど、暁ちゃんも艦娘なのです。アカツキ電光戦記が好き過ぎて鍛えた結果こうなっちゃいましたけど」
どんな経緯!? そしてそんな経緯でどう鍛えたらこうなるの!?
「あ、鍛える前の暁の写真を見せてあげるわね! 余りの違いにビックリする顔を見るの、好きなのよね!」
そう言って、雷ちゃんはスマホを弄ったあと、画面を私に見せてくれた。他の三人と同じぐらいの身長の、黒髪の可愛い女の子が写っていた。誰だこれ。え。今この場にいるアカツキさんと同じ人なの? どういうことなの?
「電光機関ってカッコいいよね、という理由で艦娘化の際に研究者がアカツキちゃんに電光機関を載せたのです。駆逐艦暁の艤装に適合可能で電光機関に適正があり、更にはアカツキ電光戦記が好きな女の子を探すのは大変だったらしいなのです」
艦娘の艤装はある天才の作った設計図を元に日本の工場でそこそこ作られたもの。そして、その艤装の肉体強化効果を倍増させるために行われた艤装適合者の艦娘化は、深海棲艦という世界の危機に対して、国際的な支援で各国の様々な研究機関によって自国の人間を対象に行われたものだ。
……そこに便乗して自分の欲望を満たそうとする頭のおかしい研究者と頭のおかしい艦娘がたまにいるのはなんなのだろうか。艦娘化が強制ではなく適合者の希望制だったのが原因かな。そんな気がする。
なお、深海棲艦はもう存在しない……ことになっているため、艤装のほうはすべて回収され、各国の首脳しか知らない場所に保管されている。艦娘化よりも艤装のほうが強化率が高いからだ。
パーツごとにバラバラの工場で作られたのだが、オーバーテクノロジー気味の技術のため、最終設計図が無ければどうパーツを組み合わせれば艤装として完成するのかが分からない仕組みになっている。しかもパーツごとの設計図も完成設計図も回収済みで、現在の保管場所は最高レベルの国家機密とされている。
そのため、新しく艤装を作るにはすべての機密を暴いてすべての設計図を集めなければならないというわけだ。まぁ、その内の一枚が万屋鎮守府にあるという情報もあるが。どこにあるんだろう?
それにしても、本当に別人にしかみえないなぁ暁ちゃんとアカツキさん。性別まで変わってない?
「さてと、そろそろ私達は帰るよ。皆さんに迷惑かけないようにね、雷」
「教授のことよろしくね! 本当に! 帰ったら餓死してるとかごめんよ!?」
「大丈夫なのです。響ちゃんと電はお仕事だけど、アカツキちゃんが世話をしてくれるはずなのです」
世話。世話か。ペットに使う言葉のニュアンスに近いんだろうな、きっと。
「命令されるまで飲まず食わずで教授の傍にただただ微動だにせず立ち続けているアカツキの姿が思い浮かんだけど。教授は人に命令することなんて滅多にないし。一緒に餓死したりしないわよね?」
「……それじゃ、吹雪さん。さようなら」
「……さようならなのです」
「あ、はい。さようなら」
「なんでスルーしたの!? ねぇ!」
スルーに対するツッコミもスルーして、三人は去っていった。残されたのは、私と老婆扶桑さんと雷ちゃんと……茶髪のお団子頭の女性だ。女性にも話しかけてみよう。
「ええと、貴女は?」
「あ、私? 私は那珂ちゃん! 世界のアイドル、那珂ちゃんだよ! ちなみに軽巡艦娘!」
意外とそこら中にいるのかな艦娘。それとも艦娘と艦娘は引かれ合うのだろうか。……それにしても、那珂ちゃん……那珂さんか。テレビに疎い私でも知っている、超大物の――『女優』だ。
本業は飽くまでアイドルだという噂は聞いたことがあるが、そっち方面では欠片も売れていない。世間の大半は、彼女は女優が本業だと思っているだろう。
ドラマ、映画、舞台、声優。ありとあらゆる媒体に彼女は出演している。その演技力は『神そのもの』とすら称されるほどに素晴らしい。
ヒロイン、悪役、女子高生、中年女性。どんな役でも見事にこなし、アクションだろうとラブロマンスだろうとまるでその役が現実に存在するかのように完璧に役になりきる。彼女のファンの数は、数万や数十万などという単位では到底数え切れないだろう。まぁ、アイドルとしては売れていないが。
まさか艦娘だとは知らなかったし、こんなところで大スターと会えるとも思っていなかった。ファン、というほどではないが彼女が出る映画を観たことはあるし、その演技にも感動した。とても嬉しい。嬉しいけど。
「今日はこのツアーに呼んでくれてどうもありがとー! カメラは無いけど、那珂ちゃん頑張るよ!」
……。
「よーし! いつものいくよー! 那珂ちゃんが『ナッカナカ!』って叫んだらみんなは『かわいいよ!』って言ってね! 『レボリュゥゥゥション!』とか『オイオイ!』とかと一緒でみんなで叫ぶ系のお決まりだから!」
……。
「ナッカナカ!」
「「かわいいよ!」」
扶桑さんと雷ちゃんが叫んだ。ノリノリだ。扶桑さんにいたっては、那珂さんと同じボーズを取っていた。アイドルとしての那珂さんを知っているのか、扶桑さん。すごいな。
「なかなかじゃないもん、かわいいもん!
……みんなありがとー!」
…………怖い。すごく怖い。この人、さっきからアイドルっぽいことを言っているが――その顔は、能面のように無表情だ。
瞬きのたびに、顔が数秒認識できなくなるほどに顔からなんの感情も感じ取れない。たしかに可愛い顔立ちだが、その表情の虚無っぷりは、まるで不気味の谷を超えた直後かのようだ。そんな顔なのに、さきほどから可愛い声とプリップリに感情の乗った喋り方をするせいでかなりの恐怖を感じていた。
名乗ってもらうまで、彼女があの大スター那珂さんだと気が付かなかったのはその能面フェイスのせいである。名前を聞いて初めてどんな顔なのか認識できて、それからようやく彼女が那珂さんだと受け入れられたのだ。
うーん、どうしよう。なんでこんなキャピ声でこんな無表情なのか、突っ込んでもいいのかなぁ。……駄目だよね。どう考えても。余りに失礼だし。
「あの、那珂ちゃんさん? 表情忘れてますよ」
扶桑さんがいったー! 余りに失礼ー!
「あー! そうだった! 気が抜けちゃってたー! ……那珂ちゃんだよぉ!」
うっわ。さきほどまでのコンクリートのように無機質な顔が一瞬で、光輝くシンデレラアイドルのような笑顔に変わった。課金しなきゃ。
「ごめんねみんな! 副業として女優もやってるせいか、アイドルしてる途中でうっかり役作り前の素の表情になっちゃうの!」
あー、なるほど。演技力の秘密はあのコンクリフェイスか。一度、表情をゼロにしてから役作りをすることであの素晴らしい役者っぷりを見せてくれているのだろう。本業に思いっ切り支障が出ているようだけど。
そりゃアイドル業で売れないわけだ。サイリウムを振って応援しているときにあんなプラスチック無機顔を出されたら、情熱も一瞬で冷めてしまう。
しかし、那珂さんはなぜここにいるんだろう……と一瞬だけ考えたが、すぐに察した。扶桑さんがさきほど、会話の中で私以外にも提督のツテで来た人がいると言っていた。それがおそらく那珂さんで、つまり彼女は仕掛け側の艦娘なのだろう。被害者か加害者かは知らないが、謎の村へとやってきたアイドルが死ぬのはよくある話……よくあるかな? いや、よくあるけどミステリーでそんなにあるかな? 怪奇ホラーの領分じゃないかな?
でも、それにしたって人が少ない。一般参加者の雷ちゃん、仕込み側の私、那珂さん、扶桑さん。たったこれだけのはずがない……。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
私の耳に悲鳴が聞こえたのは、その時だった。
※
「うっ……」
思わず、私は嗚咽を漏らした。突然聞こえてきた悲鳴に対して、私はツアーの架空事件が始まったのかと思いすぐさま『何事でしょうか!』などとわざとらしく叫びながら五分ほど掛けてここまで走ってきたのだが……なんだこれは。グロい。
いまいる場所は、さきほどの井戸周りより少し離れたところにあった家だ。田んぼに囲まれた藁葺屋根の住居で外には物干し竿や物置、小さな畑のある庭があった。そしてその畑の上に……死体があった。悲鳴はアレの口から出たものだろう。
うーむ。嫌な予感が頭をよぎった。あれ、本当に死んで『ない』のかな。てっきり第一の事件が始まったのかと思っていたが、どうも変だ。
まず死体自体がおかしい。服は綺麗なようだが、足はわざと曲がらない方向に曲げたかのように曲げられ、片方は千切れかかってすらいる。右腕は潰され、左腕は無くなっている。腹はまるで並外れた力で引っ掻かれたかのような傷があり、そこからどくどくと血が流れ出している。そして頭は……。
他にも奇妙な点がある。未だ台本は流し読みしかできていないが、このツアーで起こる事件は『わらべ唄』に沿っていると扶桑さんが言っていた。だとするなら、ここで起こるべきは『一つ取っては水の中』、つまり溺死だの濡らされているだのと言った水に関係するもののはず。どうみても、化物に襲われたかのような――
「ね、ねぇ。あれって……」
怯えた声を出して雷ちゃんがある方向を指差した。ちえっ。なんかもう、アレに関しては無視したかったのに。
彼女が指差したのは死体の頭……正確に言えば、その頭を貪り食っているナニカだった。
それは人型ではある。あるが、人間には見えない……というか、生きているようには見えない。
ボロボロの服を着ているが、そこから除く肌は腐っているかのようにところどころが緑色、もしくは抉れているかのように赤色だ。髪の毛はほとんど生えておらず、その顔の半分は焼け爛れている。目玉も飛び出し気味だ。
まぁ、アレだ。十中八九、ゾンビだアレ。ゾンビが誰かを喰っている。ゾンビモードだ。
さて、どうしよう。武器は、実は念のため持ってきてある。セーラー服のスカートを軽く捲れば、太ももに着けたガンホルダーにはデリンジャー……それも.44マグナム弾を撃てるデリンジャーが挿さっているし、リュックにもUZIが二本ほど入れてある。
だが、まだ何らかの質の悪いドッキリの可能性も捨てられないのだ。目の前にゾンビが現れるなんて、余りにも非現実的過ぎて実感が沸かない。あのゾンビがこちらに襲い掛かってきたなら、撃ち殺したとしてもし偽物でも正当防衛で済むのだが。まだ死体の捕食に夢中で、こちらには気がついてすらいないようだ。
戦うにしても力が強そうだ。悲鳴を聞きつけた私達が、ここに来るまでの時間はたったの五分。その短時間で死体をアレだけ損壊させた上に捕食し始めているということは、それだけ人間離れした筋力を持っているか、あるいは死体がゆえに脳が掛けている筋肉へのリミッターが外れているのかも。まぁ、魔術と科学で強化した上にリミッターを外している艦娘ほどではないと思うけれど。多分、あの死体なら三分で作れる。
と、そこで胸ポケットのスマホが震えた。ゾンビに意識を向けたまま取り出してみると、なんと提督からの電話だった。このタイミングで……?
「もしもし」
『あーもしもし。オレオレオレ。提督だけど』
提督だけど、て。実際には提督じゃないのに自分で……今更か。今更といえばこのおっさんの本名ってなんなんだろう。
「いま取り込んでるんですが、何か用ですか?」
『いやね、いま知り合いの爺さんに誘われて麻雀してるんだけどさ。及川っつー経済界のフィク……え? わざわざ言わんでもいい? たしかに』
フィク……? あっ。フィクサーか。よし忘れよう。突いてもいないのに藪ごと蛇が襲ってきたかのような気持ちにさせるのはやめてほしい。
『で、俺、爺さんの代打ち、それにこうあ……公務員と株屋で打ってるんだがな。あ、ツモ。天和』
さらりと飛んでもない手で上がっている……。
『で、なんとなーくお前の話……というか、贄墓村の話をしたんだがな。なんでも、そこには妙な信仰宗教団体がいるらしい。『強者ファーストの会教団』とか言う名前だ。ってオイオイ、親の第一打を鳴くとか……え? あ、上がられた? マジかよ。初めて他人に上がられたわ』
なんか雲行きが怪しくなってきた。提督の話も、提督の麻雀も。
『その宗教団体は、弱肉強食のような教義を掲げていてな。まぁ分かりやすく言うとガイア教だな。そいつらはいま、世界を混沌に落とす計画を立ててるそうだ。あるウィルスを使ってな。それで公安にマークされていて……あれ、全然進まねぇ……はぁ!? その捨て牌でスッタン!?』
なぜメガテンで例えたのだろうか。あと提督の麻雀は大丈夫だろうか。メンツを聞く限りすっごいレート高そうなんだけど。
『そのウィルスは、人に作用する。それも死体に、だ。これに感染した死体は動き出し、生者を襲う。本人はもう死んでるから本能的にだろう。海外版サイレンみたいに自分の見えてる世界が素晴らしいから連れて行ってくれようとしている訳じゃない。ウィルスに脳が侵されて、凶暴になっているだけだ。また、このウィルスは唾液に集まる。そして生者を噛んで感染を拡大する。経皮感染や空気感染はしないが、血液感染はする。噛まれたらアウトだな。
教団はソイツをバラ撒いて、強い者が生き残り弱い者が喰われる世界にしたいらしい。やべ。また第一打を喰われた』
長々と説明してるけど要はこれゾンビウィルスだよね?
『気をつけろよ吹雪くん。このウィルスに艦娘が感染すると大変厄介だ。艦娘は丈夫だからな。理性を伴ったまま死ぬことなく感染体になる。それでいて凶暴性は高まり、肉体のリミッターを外れているため大変強い。あと褐色肌になる。泥を引っ被ってオルタ化するようなモノだ。ゾンビ娘+艦娘と言うニッチな需要の化物になるぞ。ロン!』
『御無礼。頭ハネです』
『んなっ……!?』
吹雪オルタはごめんだなぁ。悪墜ちすると痴女化するのが世の常だし……まぁオルタ本家はむしろ露出下がってるけども。
「聞いている限り、どう考えても一宗教団体が作れるようなモノじゃないんですが」
『元々はナチスと共同で旧日本軍が研究と開発をしていたモノを、その宗教が完成させたらしい。贄墓村でな。そんな旧日本軍の隠し施設がこの村にあったから教団が来たのか、教団がたまたま村を拠点にしていたら自分たちの計画にマッチするウィルスを発見したのかは知らんがな。リーチ!』
まーたナチスか。ビスマルクさんやらスパイキャットの件やらと、どこにでもいてどこでもロクなことしてないな……。
『まぁ、吹雪くんがいる村にたまたまそういう集団があるというだけだ。近々コトを起こそうとしているという情報も聞いたが、まさかかち合ったりはしないだろうさ。覚えておいて変な所に近づかないようにしてくれればそれでいい。そのうち、教団の殲滅依頼でも来るかもしれないけどな。全然上がれねぇ』
「いえ、あの。目の前にいままさにゾンビが――」
『御無礼。倍満です』
『やっべ。今日の俺の運、根こそぎ持ってかれたんだわコレ。無理無理。これで抜ける……は? 親続行? ちょっ。トビなしルールだからって……やめてええええええ!!』
悲鳴にも似た叫び声と同時に、提督の通話が途切れた。
※
【読者への挑戦状】
さて――これを読んでいる貴方には、犯人が分かりましたでしょうか?
分からないだろうねー。まだすべての情報が提示されたわけでもないし、登場人物ももうちょっと増えるし。そもそも犯人も何もないしねー。変な宗教が変なウィルスを世界にバラ撒こうしただけの話だもん。
でもほら。前回の引きがミステリっぽかったしこういうのもアリだと思うんだ私。ミステリ好きの大井っちは怒るかもしれないけどさー。あ、大井っちってのは私の親友、兼、レズセフレ。性知識がなぜかゼロなんだよねー。私との夜の行為が『友人同士なら当たり前』から『世間的にはインモラル』って認識に変わった時にどんな表情するのか、楽しみで仕方ないよ。割と真面目な娘だしサ。
おっと、そろそろ吹雪chanに視点を返そっか。私は次回か次々回ぐらいに出てくるから、よろしくねぇー。
第四の壁を酸素魚雷で突破した謎のスーパー雷巡プールより
※
「というわけで、知り合い曰くアレは殺しても良さそうです」
頭を齧ることに夢中になっているゾンビから目を離さないようにしつつ、私は扶桑さん、那珂さん、雷ちゃんの三人に提督の話を伝えた。
「あら……あれ、私がこっそりすり替えておいた台本に則ってくれたわけじゃなくて本物なのね」
どうしてそう紛らわしいことを……。
「殺すって言われても、武器なんて無いわよ! うう。こんな時にアカツキがまだ居たら。殺せない化物には三日は一人で眠れなくなるほど怖がるのに、殺せる化物は嬉々として拳を振るうアカツキがいたら良かったのに」
青鬼は怖いけどネクロモーフは怖くないってことかなそれは。まぁたしかに前半は割りとびっくりするけど後半からはパターンが分かってきて殺す機械になるよね。3に至ってはホラー要素がほとんど……おっと。余計なことを考えている場合じゃない。
「武器なら念のために持ってきておいたウージーがありますよ」
「え、ここ銃の単純所持が禁止された法治国家日本だよね?」
雷ちゃんの疑問を黙殺する。持ち込めるんだから仕方がない。
「私はイチゴを持った殺人鬼の天敵、ハンドガンがあるから大丈夫よ」
そう言って扶桑さんが拳銃を取り出した。だいたいの殺人鬼には天敵ですけどねそれ。人なら。しかし随分と古めかしい銃だ。それになんだか見覚えが…………ああ。あの教官がオチで使ってたヤツか。わざわざ買ったのかな。
「那珂ちゃんもちゃーんと護身用とアサルトライフルを持ってるよ!」
護身とは。黒をコネパワーで無理矢理グレーにしてる私たち万屋鎮守府と違って扶桑さんや那珂さんは一般人のはずだよね?
「じゃあ、雷ちゃんだけ銃を取って」
「でも、そんな……まだこっちを襲ってくるわけでもない人を殺すなんて……」
私のリュックからウージーを取り出しながら、雷ちゃんが言った。優しい……いや、甘いのかな。
「でもほら、既に死体に噛み付いてるし」
「それもそうね!」
返事と同時にガン、という音が鳴った。雷ちゃんがゾンビの頭をウージーで思いっ切り殴りつけたのだ。切り替えが早すぎるしそういう使い方じゃないし。そんなに丈夫な銃でもないんだから艦娘力で鈍器にするのはやめてほしい。
「うええ……肉と血が飛び散ったわ。感染しないかしら」
「その血が口や粘膜に接触しない限りは大丈夫だと思う。……というか、感染の心配するなら近接攻撃はやめよ?」
さて。目の前のゾンビは殺した。次の問題はこのゾンビ化がどの程度進んでいるのか、である。
村人全員が既にゾンビ化しているなら陸の孤島で留まっているウチに火をつけて橋を落とせばお終いだ。とっと離脱して提督に連絡し、高火力艦娘で焼け野原にしたり空爆してもらったりするのが有効だろう。だが、生き残りがいるのなら助けておきたい。寝覚めが悪いし。
「それじゃ、吹雪ちゃんが言っていた宗教団体とやらの所に行こっか!」
那珂ちゃんさん、顔がまた素になってます。って、そんなことを気にしている場合じゃないな。那珂さん、生き残りは無視して真っ直ぐに元凶を潰しに行くつもりらしい。
「ええと、どうしてですか?」
「私の知り合いに、日本にミサイル撃ち込んでも許される人がいるんだ! だから宗教団体の施設に行ってこのウィルスの研究所とデータを破壊するの! あと、二度とウィルスがバラ撒かれないように信者たちを皆殺しておく必要もあるね! それが終わったら私達は村から脱出!」
なるほど。たしかに、焼け野原にする程度ではもし信者が生き残ってしまったらまた別の場所で同じことをするだけかもしれない。ウィルスデータを外部に送ってる可能性もあるし、宗教施設に赴いた方がいいだろう。
もし私がただの一般人なら全力で逃げていただろうけれど、実際には艦娘だ。巻き込まれついでに世界を救うだけの力はある。世界に滅びられたら困るしね。報酬の出ないドンパチだが、これから先ずっと報酬が出なくなるよりはいいはずだ。目の前でモノが燃えているのでたまたま持っていた消火器で火を消す。その程度のことだ。
それにしても那珂さんが言ってる知り合いって提督のことだよね。提督のツテで派遣されてきたらしいし、ある程度付き合いはあるのだろう。
「でも、生き残りの人がいる可能性も……」
「ここに来てから誰も見てないわよ? 入り口で見掛けた子供ぐらいかしら」
そういえば私も、あの子供たちと扶桑さんしか人に会っていない。子供たちが村に戻る前に橋へ向かったほうがいいかな……?
「あの子供たちは外部から雇ったエキストラよ。もう帰ってると思うわ」
わざわざ雇ったのか。割とお金あるなぁこの村。
「宗教団体が村に住み着くに当たって村に……というか村長に多額のお金を渡したらしいわ。それをツアーのための準備金に当てたのよね」
「かなり俗物的な村長ですね」
「失礼ね。特に新興宗教に抵抗が無いから住まわせただけよ。お金なんて要らなかったけど、くれるって言うからもらったの」
「……? あの、村長って」
「私よ」
お前かーい。なんで他人事みたいな説明したんだろうか。
「あ。でも、子供たち以外の人がどこか他所に避難している可能性もありますよね?」
「避難? あ、そういえば。私ずっとあの切り株に座ってたけど……慌てた様子で村人たちが去っていく姿を見たわ。何処かへ買い物にでも行ったのかと思ってたけど、逃げてたのかもね」
……それを扶桑さんは見送り、そして村人たちも扶桑さんに特に声も掛けずに逃げて行ったのか。誰か教えてあげれば良かったのに。
あれ? 逃げて行ったのなら、道中で私とすれ違っていてもおかしくないのだが……待てよ。
「あの。それを見たのっていつ頃ですか?」
「三日ほど前ね」
すれ違うわけがなかった。三日間あそこに座ってたのかこの人。
「ちなみに私は村長だから、ちゃあんと村人たちの顔を把握しているわ。その上で言うけど、村人は全員避難済みね」
誰か一人でいいから声掛けてあげてよ。そして扶桑さんは扶桑さんで村人が全員出ていって誰も戻ってこないことに疑問を覚えてよ。
「それじゃ、最初から信者とゾンビ皆殺しカーニバルをしても問題なさそうだねっ!」
私はともかく、アイドルと助手と村長も人を殺すことに対して大きな抵抗はないらしい。まぁ、艦娘はみんな軍の教育受けているはずだしね…………いや。関係ないか。
那珂さんの言うとおり、村人も子供たちも避難済み。とっとと信者たちを……ん?
「村人が既に全員避難済みってことは……あの死体は」
「信者のじゃないかしら! ……多分、ゾンビのほうも!」
これ、ウィルスをバラ撒いたんじゃなくてバイオハザードが起きただけな気がしてきていた。
※
「うっわー……」
地獄のような光景を目の前にして、私の口からは自然と引いた声が漏れ出ていた。
宗教団体の施設は大きな豆腐のように、四角くて白い建物だった。窓は少ないうえに屋上近くにしかなく、外から中を伺うことは出来ない。
更に、建物を守るようにその周りは高くてこれまた白い塀に囲まれているのだが……その塀を乗り越えようとしているのか破壊しようとしているのか、大量のゾンビたちが塀に張り付いて爪を立てている。ガリガリという音がそこら中で響いており、耳障りなことこの上ない。
おそらくは正面入り口であろう部分には、塀と同じぐらいの高さの大きな鉄柵扉がある。平時であればスカスカで中が見え放題であっただろうそれが、今はゾンビたちの侵入を防ぐために木の板やベニヤ板が貼り付けられていて、扉の向こうは一切見えなくなっている。
それにしてもすごいゾンビの数だ。数十、もしかしたら三桁は行っているかもしれない。あの扉の様子から察するに、やはり意図的にウィルスをバラ撒いたのではなく漏れ出てしまっただけなのだろう。どうしてゾンビになった者たちが外にいるかは分からないが……まぁ、あの様子だと信者たちの生き残りが中にいるに違いない。彼らに聞けば私のそんな好奇心的疑問は解消されるだろう。
さてどうしたものか。さきほどと同じく、ゾンビたちはまだこちらに気がついておらず、ひたすら塀に傷を刻んでいるだけだ。信者たちはともかくゾンビは皆殺しにしなくともいい。どうせ焼き払うのだから。この様子だと、信者も無視していいかも。中にも入れないが、外に出ることも叶わなそうだし。でも、近づいたら襲ってくるかもしれないな……いっそ扉を破壊して信者とゾンビで殺し合わせようか? そのあとに建物を破壊して、命からがら逃げ出したのを殺せば……いや。研究データの破壊と送信済みなら送信先の把握も必要なんだったけな。大量のゾンビと信者を相手にしつつそれをやるのは些か面倒だ。それに、折角ゾンビも信者も一箇所に集まっているんだから、まとめて一網打尽にしたほうが効率もいい。なんとかしてゾンビたちを外に居させたまま中に入りたいところだが……塀の高さが厄介だ。常人の三倍の艦娘脚力でジャンプしても、届きそうにない。しかも塀の上には鉄条網が張られているし。
「ふっふっふ。ここは教授のお世話係兼助手兼一番弟子の雷様の出番ねっ!」
肩書きが多い。
「さ「何か考えがあるの、雷ちゃん」
「さt「きっとステキなアイディーアなんだろうねー!」
「さて「聞くと笑い死ぬアイデアかもしれないわよ」
「よってたかって出だしの邪魔しないでよ!」
ごめん。
「探偵役はいつだって『さて――』という出だしから推理を始めるものなのよ! もう! ……ゴホン」
ひとしきり怒ってから、雷ちゃんはわざとらしく咳払いをした。
「さて――思い出して欲しいのは、さっき見たゾンビと信者よ。あの信者、ゾンビと比べて綺麗な服を着ていたわ。それはつまり、どこかに篭っていたわけではなく、身を綺麗に保てる拠点にいたってことよ。例えば、目の前の建物とかね。きっと、あの建物から助けを求めるために一人で脱出したのよ。もしかしたらこっそり逃げ出しただけかもしれないけど」
ふむふむ。怯えてはいたが、観察するべき部分はきちんと観察していたらしい。
「そしてゾンビ。ここに来るまでゾンビたちに会わなかったあたり、村にいるゾンビたちはすべてこの周辺に集まっている可能性が高いわ。そうなると、なぜあの信者はゾンビ一体だけに追われていたのかしら? あの建物から普通に出たのなら、もっと大勢のゾンビに追われていたっておかしくない。つまり……あの信者は、あの扉以外から脱出したのよ。でも、そのときにたまたまゾンビの一人に見つかってしまった。ってことは、隠し通路の出口はそこまで建物から離れていない場所にあるに違いないわ!」
なるほど、と説得力のある雷ちゃんの推理と納得し、キョロキョロと周りを見回した。それらしいものは何かあるだろうか……あ、ボロボロの井戸がある。あの井戸の中が、建物の中に繋がっているのかもしれない。ウィッチャーやスカイリムみたいに。
「扶桑さん、あの井戸は?」
「私が産まれる前から使われなくなってたモノね」
だとすると、中に通路を作っても村人たには気が付かないだろう。ここかな。ゾンビのいる壁とは百数メートルほど離れている。たまたま、あそこから離れたゾンビにさきほどの信者は見つかってしまったのだろう。
「ほらみて。石とかはボロボロなのに縄と釣瓶だけは随分と丈夫そうよ! ここが隠し通路に違いないわね!」
「なら、那珂が飛び降りる。安全を確認次第、合図を出す。その後、他の三人も続く」
……!? なんか顔はアイドル全開笑顔なのに声がすごい無機質になったぞ那珂さん。逆パターンもあるのか……。那珂さんはもしかしたら扶桑さんよりも厄介かもしれない。リアクションに困るし。
「……」
那珂さんが無言で井戸の中へと飛び降りた。ガッ、という音のあとにガリガリという音が響く。壁に手を掛けて減速しているのだろう。数秒ほどで音は聞こえなくなった。下に着いたのか、それとも音が聞こえなくなるぐらい深いのか。
「みんなーっ! 下に降りたよーっ! 真っ暗だけど、水も無い! その代わり、こっちに道がある!」
遠くから那珂ちゃんさんの咲き誇るサクラのような可憐さと可愛さが混ざった声が聞こえてきた。雷ちゃんの推測通りだったようだ。あと声が素になってたのに気がついてくれたらしい。
「それじゃ、行きましょう」
私が言い終えると同時に、三人で一斉に飛び降りた。
※
手は痛そうなので足裏を壁に擦りつけて落下速度を落としつつ、私は井戸の底へと降り立った。那珂さんの言っていたとおり真っ暗だが、たしかに道が見える。どうやって電気を通したのか、道の天井には目印のように小さい明かりが灯っていた。
「よっと! 暗いわね! ちょっと待ってて、ランタン持ってきたから」
私の次に飛び降りてきた雷ちゃんがバッグからランタンを取り出した。井戸の底が明るく照らされる。いま立っている所は石で出来た典型的な井戸の底、という感じだが道のほうはコンクリートで全面が舗装されている。隠し通路に間違いなさそうだ。
「らんらん♪ らんらん♪ らんらん♪」
扶桑さんが何かの曲を口ずさみながら落下してきた。ほとんど減速せずに、割と大きな音を立てて。なんで無駄にヒーロー着地したんだろう。
あ、扶桑さんの鼻歌思い出した。Fランドをディスる曲だ。ホントモンティ好きだなこの人。
「おばあちゃんも来たことだし、早速進みましょ!」
……? あ、そういえば扶桑さん老婆の格好のままだ。なにゆえに。雷ちゃんも雷ちゃんでおばあちゃんにしては身体能力高すぎる点に目を向けよ? さっきの着地のせいか扶桑さんのウィッグはズレズレで地毛が見えまくってるよ? ネウロも魔界道具使わずに指摘するレベルだよ? 名探偵の弟子でしょ? ……まあ、いいか。
舗装された通路を四人で警戒しつつも進んでいくと、木の扉があった。それを開けて中に入ると、少しだけ広い空間に出る。タンスやテーブルなどのいくつかの家具があり、通路の数倍は明るい電灯が灯っていた。テレビや本棚、ピアノ、ビリヤード台があるあたり、娯楽室だろう。
だが、出入り口はさきほど私達が入ってきた扉しかない。行き止まりだ。建物へと入る通路ではなかった? いや。ただの娯楽室の入り口を、わざわざ井戸の底に作るとは思えない。いちいち釣瓶に捕まって登り降りするのはただ大変なだけだし……。
「見て、これ。不自然にも壁に石版が掛かっているわ」
扶桑さんに指摘され、石版の方に目を向ける。ツルツルとした大理石の石版だ。かぽ、と壁から外す。何か文字が刻んであるようだ。えーと?
「『これより先は、弱きものを殺す強きもの、あるいは肉を喰らい血を飲み干すもの、あるいは我らが神の使徒の領域。
信じるものは神を血で崇めよ。信じるものは神に詩を捧げよ。信じるものは神の目を見つけよ。
信じぬものは、ただここで死ぬがいい。』だって」
「間違いなく暗号ね! 侵入者がここから先へ行けないようにしているんだわ! ミステリーっぽくなってきたわね!」
雷ちゃんがはしゃいでいるが、私にはそうかなぁ、という感想しか沸かない。どちらかというとバイオとかフリーのホラゲーとかっぽいんだけど。
それにしても暗号か。これだけだと全然わからないなぁ、と思いながらなんとなく石版をひっくり返した。
『戸棚の赤ワインをタンスの窪みに置いてからピアノを引くと台座が出ます。そこにビリヤードの白いのを置いてください。そしたら天井が開いてハシゴが降りてきます。なるべくこれを見ずに通れるようになるようきちんと覚えてください。
ちなみにピアノで引くのは本来なら神曲なんですが、ピアノが上手く弾けない人に対する配慮で適当な曲でも大丈夫になっています。好きな曲を弾いてください』
石版の裏には、マジックでそう書かれていた。
※
ひょこり、と私は梯子を登った先の床から顔を出し、キョロキョロと周りを見回した。誰もいないことを確認してから身を乗り出し、下の三人に手で合図をする。全員が出てから、穴の蓋を締めた。下の部屋や通路と同じく、ややガサガサとしたコンクリートの壁で出来た穴だった。ハシゴで滑って壁に肌を擦り付けようものなら大変なことになりそうだ。
「ここはキッチンか。ガスの元栓を開けておこう。終わった頃に充満してよく燃える」
無機質ボイスで那珂ちゃんがそういいつつ、ガスコンロの栓を開けた。ヒットマンでも遊んだのかな。あれ銃で撃たなきゃ行けないからめんどくさいよね。
「じゃあ私はこの換気扇の電線を切って垂らしておくわね」
「いや止めてください、即座に爆発しますよ」
換気扇、ガスコンロの真上にあるのに何しようとしてんだこの人。
「……」
「げ、元気出して雷ちゃん」
雷ちゃんは暗号の答えが書いてあったせいでテンションがただ下がりになっている。自分で解きたかったのかな。アンテやったら序盤で止めそう。途中から自分で出来るけど。
「さーて! ゾンビウィルスなんて迷惑かつパクリな代物をバラ撒いた人たちを那珂ちゃんの虜にしてあげなきゃねー! 銃で」
今度は顔が無機質だ。さっきからどっちかが素になっているなあ。
「信者は後でいいですよ。あの通路を壊してしまえばミサイルが飛んでくるまでここにいるしかないわけですし……先にウィルスの研究室を潰しましょう」
と言っても場所は分からないわけだけど。地図か何かがあればなぁ。
「ねぇ、それなんだけど……この部屋、変じゃない?」
変? 雷ちゃんに指摘され、改めて部屋の中を見回す。割と大きな空間で、内装は白いタイルとコンクリートの床。扉は二つある。多分、廊下に繋がるものと食堂に繋がるものだろう。食器棚、白いテーブル、椅子。ガスコンロと水場もあり、その壁にはいくつかの調理器具が掛かっていた。
あとは家電の類。冷蔵庫や電子レンジ、コーヒーメーカー。それと……なんだあれ。いや、知っている。遠心分離機だ。なんであんなものが。その隣にもいくつか複雑そうな機械やパソコンが置かれている。テーブルの上もおかしい。重ねられた皿の隣に、試験管やフラスコがある。……まさかとは思うが。
「ここって、キッチン兼研究室……?」
「そうみたいね!」
「そりゃバイオハザードも起きるに決まってるよ!」
管理が杜撰とかそういう問題ではない。傘社以下だ。なぜ兼用にしたのか。
「もう疲れてきたよ。早くパソコンから情報を抜いて帰りましょう。こんなクソ宗教団体、信者の顔なんて見たくないです」
「そうねぇ。でも、こういう所のパソコンってロック掛かってるんじゃないかしら。誰かハッキング出来る?」
「那珂は無理だ。そういう技術は取得していない」
「私も無理だわ!」
「私も生憎と……扶桑さんは?」
「全然。Fランドがどこにあるのかくらいわからないわ」
どこかにはありますよ。朝ごはんを食べて、お昼ごはんを食べて、夕ご飯を食べる人たちらしいですよ。おっと。扶桑さんの発言にいちいち反応している場合じやわない。
「私に考えがあります」
そう言って私は携帯を取り出し、提督にかけた。数回のコールのあと、ガチャリと聞こえた。
「もしもし? 吹雪ですが」
『オレオレ。提督』
「いや知ってますよ。こっちから掛けたんですから。少しお聞きしたいことが」
『ん? さっきの麻雀の負けなら、タダ働き一回で相殺することになったが。帰ってきたらすぐA合衆国に飛んでくれ』
私の休暇はどこに消えてしまったのだろうか。……まぁ、それに関してはとりあえずいいか。いや、あとでしばくけども。
「いま、さきほど提督が言っていた宗教団体の施設に乗り込んで研究室のパソコンを前にしているんですが」
『え、何が起きたらそんな状況に陥るの?』
「簡単にいうとバイオハザードです」
『あっちゃー。まぁ、いいや。で、アレか。パソコンをハッキングしたいと』
このおっさんにしては察しがいい。……いや、猿でも分かるか。
「できますか?」
『夕張が今からお前の携帯にハッキングして、そこから目の前のパソコンにハッキングする。ケーブルはあるか?』
「ええ」
便利だなぁ夕張さん、と思いながらリュックからUSBケーブルを取り出し、パソコンと繋げた。
『うぐ……ハッキング終わったってよ。夕張、俺と吹雪の電話回線に割り込んで報告すんのやめて? ノイズ入るから』
早っ!
『え? 通信強度が足りないから軍事衛星に繋げた? 大丈夫かそれ。痕跡は消してる? へー。え、誤魔化すために電話料金に加算? それっていくらに……うっわ、そんなエゲツないことになんの?』
来月の支払いが超怖いんですけど。経費で落ちるのかな。まぁ、いまはそれより研究データだ。
「あの、どうなったんですか?」
『……ふむふむ。信者たちは全員ここを拠点にしていて、データはその村の外には送られていないらしい……え? 違う? 教団に研究資金を提供していた団体に送られている? 一瞬とはいえお前が騙されるって、向こうも相当な技術力だな。で、その場所は? ……D共和国?』
またかー。どうにも胡散臭いなぁ。これにもビスマルクさんが関わっている気がして仕方がない。こないだ私達が強盗で潰した資金が、ここに流されていたのだろうか。……もしかしてお金が無くなった結果、ここの管理が更に杜撰になってバイオハザードが起きたのだろうか。いや、D共和国ってだけでビスマルクさんに繋げるのは早計……でもなー。そもそもこのウィルス自体、ナチスと旧日本軍の合同研究だったらしいし。無関係とは到底思えない。伍長復活させたあとの戦争に向けて兵器でも作ってるのかな。
『ダメだな、辿り切れんそうだ。いくつかの組織を経由した先で止まっている。プリントアウトした痕跡があるらしいから、多分物理的な方法で受け渡されているみたいだわ。でも経由した組織に残ってたデータはすべて削除したってよ』
「そうですか……」
大分厳重だなぁ。ゾンビウィルスで何をするつもりなのやら……。
『ところでこれさ』
「?」
『なんのデータなの? パソコンが目の前にあるっていうからとりあえず夕張に任せたけど何やってんの?』
なんで分かんないんだろう。……無視しよ。
「それじゃ、私たちは帰還します。報告書は後ほど」
『あれ? 帰ってくんの? 犬は?』
あーもうそこから説明しなきゃいけないのか。いや、しなくていいか。あとでまとめて報告書に書こう。
『ん? ちょっと待って吹雪くん。さっきのデータに夕張が目を通したらしい。研究員の日誌もあったそうだ。それによると、どうやらゾンビウィルスが完成したので信者たちはそこを破棄する予定だったらしい。だが、移動のために信者の大半が外に出ている所でウィルス輸送班が混雑のせいで転倒、ウィルス入りアンプルが割れた。……え、感染者出ちゃったの?』
あぁ、だからゾンビたちが外にいたんだ。中に残っているのはまだ移動していなかった信者か。……輸送と移動を同時にするべきではなかったし、混雑するほど一斉に移動するべきでもなかったと思う。
『あとは……え? マジで?』
「驚いてないで伝えてくださいよ」
『俺さ、麻雀中に艦娘がゾンビウィルスに感染したらどうなるか話したよな?』
「ええ」
『公安……公務員の奴が調べた情報じゃあそれだけしか分からなかったんだが、データにはなぜそれが分かったか書いてある。自ら志願してゾンビウィルスに感染した艦娘がいたからだそうだ』
「はぁ」
好奇心は疼くが、いまこの場でわざわざ話すことだろうか。……嫌な予感がする。
『で、ソイツ……件の宗教施設に護衛として滞在してるってよ』
「はい?」
それってつまり、と言い切る前に――突然、轟音が鳴り響いた。
扉の一つが吹き飛び、こちらに真っ直ぐ向かってきたのを間一髪で躱す。危な……凄い速度だったし、当たっていたらかなりのダメージだっただろう。なんだったらオチていたかもしれない。
『その艦娘の名前は『呂500』。潜水艦娘だ。笑顔は眩しいし見た目も言動も可愛いが、やることなすことすべてが凶暴らしい。……ん? 『U-511』? 関係ないこと書いてあるな』
こちらの状況に気がついていない提督が説明を続けている。U-511と呂500。第二次世界大戦中、前者が日本に供与されて、呂500に名称が変更されたモノだったはず。無関係ではないだろう。……一応提督と呼ばれてるんだからその辺の知識は持っておいて欲しいところだ。
「グゥゥゥテンモルゲン! ろーちゃんです!」
吹き飛ばされた扉から入ってきたのは、たしかに可愛らしい少女だった。競泳のような水着の上に小さめのセーラを羽織っており、四肢は綺麗な褐色肌を惜しげもなく晒している。ゾンビには見えないが、あのパワーからして艦娘であることは間違いないだろう。
「なんだか聞き覚えのない変な声がするなーと思ってドアを吹き飛ばして見ましたけど、当たりみたーい! 侵入者、ですねっ!」
ニコニコと笑いながら彼女はそう言った。まるで『たまたま友達と会えちゃったー』みたいなノリの軽い口調だが、内容はシリアスだ。
「さてさて! 呂ーちゃん、お仕事しなきゃ!」
そう言いつつ、彼女は奇妙なポーズを取った。クラウチングスタートを崩したような姿勢……?
「Daaaaaaaanke!(出てきてくれてありがとう、死ね)」
「ッ!」
恐ろしく殺気の篭った感謝の言葉と同時に、呂-500……呂ーちゃんの姿が消えた。そして。ぞくり、という寒気が稲妻のように私の全身に走った。酸素が欲しいから吸う、それと同じぐらい自然に私の身体は防御体勢を取り、すべての筋肉に力を入れた。その刹那。新幹線が悪意を持ったかのように、凄まじい衝撃が私のお腹を襲った。
「ガフっ……! ゲボッ……!」
肺からすべての呼吸が吐き出され、それと一緒に胃液と朝食の残滓が口から溢れ出た。だが、血は混じっていない。内臓は無事のようだ。
腹に何が当たったのかは分かっていた。呂ーちゃんだ。地面を思い切り蹴って、私のお腹に頭突きをしてきたのだ――あの速度で繰り出される攻撃を頭突きと呼ぶのが相応しいのかどうなのから知らないけれど。衝撃のあとに彼女が飛んだ音が聞こえてきたもん。
そんなことを考えながらも、私は膝を上へと持ち上げた。彼女を蹴り上げたのだ。ガツン、という鈍い音と共に呂ーちゃんが上空へと浮かぶ。
「みんな!」
そう叫びながら、私は銃を持った手をソレに向けた。他の人たちも既にそうしている。ギュリ、と引き金を引く。示し合わせたかのように、四人の銃が一斉に火を吹いた。
「いたたたたたたた!」
状況に相応しくない可愛い悲鳴を上げながらも、呂ーちゃんはどしゃり、と落下した。
……うえ。全身が銃弾で穴だらけだ。局部はなぜか見えないが、服もほとんど千切れ掛かっている。
だというのに、顔……というか頭は無傷だ。防御したのだろう。頭以外はどんなに破壊されても問題ないということか。銃弾だけであれだけの穴が開くあたり、耐久力は低そうだが……それでも脅威だなぁ。
「まさか受け止められるなんて思いませんでしたっ!」
「受け止めようと考えて出来たわけじゃないけどね……おえ」
ほとんど身体が勝手に動いただけだ。二度は耐えられない。
まだ喉に残っていた液体をデロデロと床に吐き出した。汚いが、喉の違和感を気にして戦うよりはマシだ。
「大丈夫、吹雪ちゃん? ゲロを吐く女の子は一定の需要はあるけど、アイドル的にはNGだよ? 例外はいるけど」
なぜいまそんな話を。私べつにアイドルじゃないし。……まぁ、心配してもらえるのは有り難いと思っておこう。
「これ、戦艦とはいえ普段は平和な村長職の私には気が重い相手じゃないかしら。はぁ。不幸だわ。どうせ死ぬなら笑いながら死にたかった。聞くと笑い死ぬギャグを聞きながら。なんてふこ」
「いまは余計なこと考えないで戦いましょう!」
スイッチ入ると無気力になるからいま入れられると本当に困る。
「フッフッフ! いま結構おしっこ我慢してるから、あの攻撃食らったら確実に漏らすわね!」
超どうでもいい。漏らしても不可抗力だから気にしないでねということかな。
「うう。痛みは無いけど動き辛くなっちゃった……」
どうやら銃撃の効果はあったらしい。このまま撃ち続ければそのうちガードも出来なくなって頭にも……。あれ。あの銃痕、なんか蠢いているような。
「とかなんとか言ってる間に治りました! ハイ!」
早っ! 早すぎる! マズい。一撃でガードの上から頭を破壊しないと殺せない。だけど、そんな火力は持っていない。いや、待て。私たちには肉体を持っている。私には無理だけど、他の人なら……アイドルと助手と村長に? 無いな。
「えーい!」
考えているウチに、呂ーちゃんが動いた。壁を器用に蹴り、天井に張り付いた。と思ったら、次の瞬間には再び蹴り飛んで壁へ。床へ。壁へ。天井へ。壁へ。銃を警戒して、トリッキーに動いているようだ。
何十回も飛んだあと、呂ーちゃんは一層力を込めて飛んだ。そして空中でポーズを変える。アレは……キックだ。ライダーキック。さきほどよりも接する面積が少ない分、貫通力があるだろう。同じようにガードしたら、今度はお腹に大穴が開きそうだ。
私は回避の姿勢を取った。だが彼女が狙ったのは私ではなく、那珂さんだったらしい。真っ直ぐに呂ーちゃんの身体が那珂さんのほうへと向かっていく。
「アクション映画のスタント経験を活かしたアイドルスウェー!」
身体をくい、と逸らせ、その勢いでつつ、と後ろに後退することで那珂さんは呂ーちゃんのキックを回避した。……避ける瞬間がスローモーションに見えたのは気のせいだろうか。いやアクション映画だとたまに見る演出だけど、いまここは現実なんですが。
「今度は避けられちゃいました! じゃあ次!」
そういうと呂ーちゃんは再び撹乱のために飛び回り、今度は雷ちゃんに向けてライダーキックを出した。
「極度の忍耐によって繰り出されるおしっこ我慢スウェー!」
那珂ちゃんと全く同じ動きで雷ちゃんも交わした。またスローモーションに
見えたしボタンも見えた気がする。QTEのあるゲームやり過ぎてるのかな私。
舌打ちをひとつ鳴らしてから、呂ーちゃんはみたび床と壁と天井を飛び跳ね、扶桑さんを狙ってライダーキック。
「水の利権を求めて隣村と戦争した経験によって培われた村長スウェー!」
扶桑さんも二人と全く同じ動きをした。なんなの、流行ってるの? 艦娘ジョブの初期スキルなの? ……って。
「「!?」」
呂ーちゃんと私が同時に驚愕した。他二人と同じ区スウェーでただ後退したように見えていたが、扶桑さんはそのまま身体を捻って呂ーちゃんの真横に移動したのだ。
「贄墓村の村長は、贄墓神社の巫女でもあるの。墓守様から伝えられたという神術を受け継ぐ巫女。感情の昂りによって筋力を高める、聖なる術……!」
扶桑さんが右腕を後ろに振りかぶった。その腕が、ギシギシ、という音と共に肥大化していく。
ビュンッ、と扶桑さんが呂ーちゃんに向ってパンチをした。咄嗟に呂ーちゃんは両腕でガードをするが、扶桑さんの拳が当たると同時にギャリ、という鈍い音が鳴った。
「片腕が砕けたみたいね。今のは……コン○イルの分よ。ぷよまんの怒りと悲しみを受け取りなさい」
あっ、そういう昂ぶらせ方でいいんだ。
扶桑さんは更に左腕で殴りつけた。そちらも大きく肥大化している。呂ーちゃんの両腕が血を撒き散らしながら砕けた。
「今のは元○、つまり剣豪シリーズと首都高バトルの分よ」
右腕。左腕。右腕。左腕。休むことなく、扶桑さんは交互に拳を振るう。バキン! という音と共に呂ーちゃんの両腕が落ち、ガードが崩れた。
「これはハド○ンの分! これはチュ○ソフトの分!」
守るものが無くなり、扶桑さんの拳がついに呂ーちゃんの顔面を捉えた。……そこ二つは吸収合併だから許してあげてください。
「○誅! クラッシュ○ンディグー! 太○立志伝! 武装○姫! ラチェット○クランク! ナ○ツ! バンジョー○カズーイ! ○hack! R-t○pe! がんばれゴ○モン! メダ○ット! サイレン○ヒル! デビルチ○ドレン! 鬼○者! メタルギ○ソリッド!」
扶桑さん、それらを出してた会社はまだ一応生きてます。きっといつか新作が出ます。……望む形かはともかく。
「そしてこれは……シリーズ新作が全くシステムの違うソシャゲになったりパチンコで済まされたユーザーの分よッ!!」
その魂の叫びと共に、これまでで最も鋭く、重い一撃が呂ーちゃんの顔に入った。さっき上げてたタイトルにも該当するものいくつかありますよねそれ。
だが……頭が潰れることもなく、鼻血は出しているが破壊には程遠い有り様だ。身体に比べて随分と硬くなっているようだ。
「うぅ……八つ当たりの感情じゃ昂りが足りなかったみたいね……不幸だわ……カミカゼ訓練したい……」
やっぱりただの八つ当たりだったんだ。まぁ、呂ーちゃんは100%悪くないもんね。
「危ないところでした! もし洋ゲーとバンピートロ○トまで含められていたら、流石の呂ーちゃんも死んでしまったかもしれません!」
どういうことだろう。扶桑さんの感情の昂りの問題なのに。呂ーちゃん側の防御力が下がるのかな。
「でも、きっと今のが最大火力ですね! 同じことを続けていれば避けきれなくなるはずです、ハイ! Auf Wiedersehen!(サヨナラ!)」
別れの言葉に殺意を込めながら、呂ーちゃんがさきほどと同じくキッチンを飛び回り始めた。どうしたものか。彼女の言うとおり、あんな鋭いキックをいつまでも避けてはいられない。主に私が。さっきの腹頭突きのダメージが残っているし、謎スウェーは出来ないし。このままでは……ん?
じい、と那珂さんがこちらを見つめていることに気がついた。なんだろう、と思っていると彼女はチラリ、と床を見つめ、再び私を見た。……なるほど、そういうことか。彼女の意図を理解した。
「ぐっ……さっきのダメージが……」
そう言って、私はふらり、と身体を揺らしながら数歩だけ動いて、膝を付いた。わざとらしかったかな。
「!」
高速移動している呂ーちゃんが私に気づき、きらん、と目を光らせた。よし。
ダン、と呂ーちゃんが天井に張り付き、そのまま天井を蹴った。来る!
「フッ!」
お腹から鋭く息を吐き出しつつ、私は目の前の床に向かってジャンプした。既に空中にいるため軌道の変えられない呂ーちゃんは、真っ直ぐに私がさきほどまで蹲っていた地面に向かっていく。
「また避けられた! でも次はもう……」
「次、なんて無いよ」
そう呟き、私は『開けた』。さっき私が膝を着いていた地面を――床を――私たちがここに登ってきたハシゴがある穴の蓋を。
「あ……!」
予想外だったのだろう、彼女は穴の縁に手を掛けることも出来ずに、真っ直ぐに穴へと吸い込まれて行った。……斜めの角度で。
「ふう……なんとかなりましたね」
パンパンと身体に付いた床のホコリを払いながら、私はゆっくりと立ち上がった。今までで一番危なかったかもしれない。もうD連邦連邦共和国の艦娘には会いたくないなぁ。
「えっ!? いや、でも。ただ穴に落ちただけじゃない!」
「そうだね。でもほら。あの子、顔以外は柔らかかったじゃない?」
穴に勢い良く、それも斜めから落ちた呂ーちゃんは、穴の壁にぶつかるだろう。割とごうごつした壁に。だがぶつかった身体はそこで止まることはなく、重力と蹴りの威力で下へと引っ張られる……ズリズリと身体を擦りつけながら。つまり。
「頭だけ残して下でもみじおろしになってると思うな、多分」
「グ、グロテスクね!」
垂直にした大根おろし器に斜めから大根を擦り付けるようなモノである。多分、その。端的な表現で言うなら『ぐちゃぐちゃ』だろう。その状態からでも復活するかもしれないけど、しばらくの無力化は出来たはずだ。
「那珂さん、扶桑さん、雷ちゃん。データの追跡と破壊も終わりましたし帰りましょう。この部屋を破壊すれば、信者たちは脱出も出来ずに死ぬと思いますし」
こくこく、と三人は頷いた。無事に終わって良かった。今日初めて会ったこの四人だけでなんとかなったのは奇跡かもしれない。いや、むしろ三人がいなかったら無理だったかも。雷ちゃんは隠し通路の存在を見つけてくれたし、扶桑さんは村に詳しいから教団施設の場所もすぐに分かったし、那珂さんは呂ーちゃんの倒し方をアイコンタクトで教えてくれたし……。
「でも凄いね吹雪ちゃん! とってもエグいこと考えるねっ!」
あれっ。あ、また無機質顔だ。
「え、あの。那珂さんの視線で思いついたんですけど」
「何の話だ。那珂はそのような意図で吹雪にアイコンタクトなどした覚えはない」
「あ、あれ? じゃあ、さっき私の顔を見つめていたのは」
「『吹雪ちゃん可愛いからアイドルも出来そうだなあ。提督と話してたっぽいし、万屋鎮守府の人だよね。同じ万屋鎮守府所属の艦娘としてデュエットでアイドルになったら売れるかも』って思いながら吹雪ちゃんの顔を見つめて、『でもゲロはなー。ゲロ吐きアイドルって売れるかな? ロックの領域じゃない?』って考えながら床を見たあとに『いっそ二人で吐くアイドルなら目新しさで逆に売れるかも!』って心で言いながら吹雪ちゃんを見ただけだよ?」
うん。うん。まぁ。うん。えーと。うん。それが無かったら倒し方なんて思いつかなかったわけだし。突っ込むのは止めておこう。
…………。
……って、万屋鎮守府所属だったのかこの人!
※
血塗れかつその血が何やら蠢いている感触のするハシゴを、滑らないように注意しながら降りてから、私は真上に銃の引き金を引いた。
ドゴォン、という大きな音のあとに、ガラガラと何かが崩れる音が響く。うん。これで上は埋まっただろう。誰も出ることはできなくなったはずだ。……結局、信者たちには一人も会えなかったな。会わなくていいけど。ウィルスをキッチンで研究する人たちに会いたいとは思わない。
「あ……」
扶桑さんが突然声をあげた。口を手で抑えながら驚いている。
どうしたんだろう、と彼女が見ている先に目を向けた。……うわ。床に、ゴロンと呂ーちゃんの生首が転がっている。生首の周りには散乱した血がゆっくりと集まっている。時間が立ったら五体満足で復活しそうだ。これもうゾンビじゃないよ。不死者だよ。
そんなことを考えていると、生首がころん、と転がって、私たちのほうを見た。動けるんだあの状態で。
「あ……どうも。こんにちは」
喋ったし! 首から下が無いのにどうやって!? ……しかし、なんだか様子が変だ。さきほどのテンションとまるで違う。動けない状態だから慎ましくしている、というわけでも無さそうだけど。
「えと、こっちでは初めまして。U-511です」
U-511? たしか、提督が名前だけ言っていたっけな。なぜわざわざ改名前のほうを……いや。よく見れば、彼女の肌がさっきと違う。褐色では無く普通の白い肌だ。明らかに性格も変わっているし、これはひょっとして。
「もしかして、多重人格?」
「ハイ。致命的なダメージを負って死ぬたびに、ユーと呂ーちゃんの人格が入れ替わるんです。記憶は共有してますけど。私たちは『リスポーンする』って言ってます」
人格変更のトリガーがゾンビならでは、って感じだなぁ。
「いまはユー、U-511です。もみじおろしで首だけになったまま、勢い良く落下して潰れてしまったのでリスポーンしました……なんとかここまで戻りました」
頭が潰されても死なないのか。逆にどうやったら死ねるのかな……。
「あの、呂ーちゃんから問答無用で攻撃したのにこんなお願いをするのはとっても申し訳ないんですけど……何もしないので、見逃してくれませんか? まだ、死にたくないので……」
何もできない、の間違いではないだろうか。
さて、どうしよう。後顧の憂いを断つためにも、ここでなんとかして恒久的に無力化しておきたいところだけど。……目をウルウルさせながら言っているから、心が痛みそうだ。別人格はともかく、今の彼女には何もされていないわけだし。
「いいわよ! 今のあなたはなんだかいい人そうだし!」
私が結論を出す前に雷ちゃんが腕を組みながらそう言った。ホント良い子だなぁ。
まぁいいか。どうせここにもミサイル落ちるし。 その前に復活して脱出しない限りは。……しそうだけれど。しかもミサイル
でも死なないかもしれないな。
「Danke。そしてごめんなさい。ユーがうっかり転んで頭を打たなかったら、呂ーちゃんが出てきてみんなに攻撃することもなかったのに」
あぁ、なるほど。どうして呂ーちゃんの力でゾンビを蹴散らさなかったのかと思ってたけど、ずっとU-511……ゆーちゃんだったからなんだ。それにしても迂闊なリスポーンの仕方だ。あんな戦闘狂人格を抱えているんだから、注意しておいて欲しい。
「このお礼は、いつか必ずします。具体的に言うと、もしまた呂ーちゃんと相対するハメになった時は、頑張って殺してユーを出して。すぐに戦闘を中断して、どこか遠くへ離れるから」
それは有り難い。有り難いが……殺して自分を出せというのは、大変狂ったセリフだな、とも思った。
※
ゆーちゃんに手を振って別れたあと、私たちは井戸から外に出て、ゾンビに見つかることもなく施設を後にした。いまは石橋を渡った先で待機中だ。
このあとは私だけ報告のためにタンカーに帰還することになっている。那珂さんは空爆の要請のため、扶桑さんは村の最後を見届けるためここにしばらく残るらしい。雷ちゃんはまぁ、一応は一般市民だ。このあと来る人(多分、提督が麻雀していたという公務員だろう)から報酬をもらいつつ、今回の件の具体的な情報規制の説明を受けるために居なければならないそうだ。石橋に戻って提督に連絡したらそう言われた。
さて。同じ万屋鎮守府の人間であることが発覚した那珂さんはともかく、扶桑さんと雷ちゃんはもう会うことはないかもしれない。きちんと別れの挨拶をしておこう。
「雷ちゃん。今日はありがとう。大変だったでしょ?」
普段は名探偵の助手である以上、荒事には縁がないだろう。艦娘になった前後に軍に入って訓練等はしていたはずだけれど、実践は初めてに違いない。しかも相手は人間じゃなくゾンビと艦娘だし……ゾンビとはまったく戦ってないけど。
「平気よ! いつものことだし!」
「え?」
「教授と一緒だと事件に、教授以外と一緒だと今日みたいな面倒事に巻き込まれるのよね!」
思ったより波瀾万丈……というか何かの主人公のような人生を歩んでいたらしい。
「はー。早く警察の人来ないかしら。教授心配メーターが今にも振り切れそうだわ。私、誰かの世話をしていないと発狂しそうになるのよ? うう。ダメそうな人はどこかにいないかしら。もうこうなったら落とし穴でも掘っておいてこれから来る人を落として無理矢理にでもお世話しようかしら」
あれれー? ここに来てなんか物騒なこと言い出したぞー? ……まともだと思ってたのに。というか昼に会った雷ちゃんたちの姉妹、よくこんな娘を置いていこうという気になったな。荒療治のつもりとか? それに巻き込まれる側はたまったものじゃないな……。
まぁいいや、放っておこう。次は扶桑さん。
「~~♪ ~~♪」
扶桑さんは崖の端に座り、じっと村の方を見つめてながら鼻歌を歌っていた。呑気だ。これから故郷が爆撃されるというのに。
「あの、扶桑さん? なぜそんなに機嫌が良さそうなんですか?」
「あら。そう見えるかしら」
「ええ。これから自分の村が無くなるのに……」
「だって。ずっと無くなって欲しかったもの。私はあそこに縛り付けられてただけよ? ただ村長の娘として産まれた、ってだけで巫女だの村長だのと役職を背負わせて私を閉じ込めていたあの村に、ね」
そういう事情か。それはたしかに、村なんて無くなって構わないと思ってしまっても仕方がない。きっと、彼女には自由が無かったのだろう。村によって未来を奪われていたのだ。彼女のフリーダムな性格は、ひょっとしたらそういったものに反抗したいがためだったのかもしれない。
「まぁ、両親も村の人もみんな『そろそろ村長を世襲制にするのやめない?』って言ってたし巫女として神術を受け継ぐのだってお母さんは『無理しなくていいのよ? ホントにやるの? 誰も強制しないわよ?』って言ってくれたのに、ふそ……私が『どうして世襲で村長とかいう適当な指示出すだけでだらだらと過ごせる仕事にあり付けるチャンスを逃さなきゃいけないの?』って思ってそういった反対意見を一切聞かなかったんだけど」
村はなにも悪くないじゃないか。むしろ相当優しい世界だコレ。誰も縛り付けてないし何も背負わせてない。……ただ言いたかっただけなんだろうなきっと。
「でも、これからどうしようかしら。村はもう無くなっちゃったし……ああ、そうだわ。提督に頼んで私も万屋鎮守府に就職しようかしらね」
えぇー……。まぁ、万屋鎮守府にぴったりな頭のおかしさだとは思うけども。強いし。でもなー。全力でボケてくるからツッコミ疲れるんだよなー。絶対にもう一緒に仕事をしたくはない。あと扶桑さん、いい加減老婆の仮装解きましょうよ。ずっと短めの黒髪をウィッグの中に詰め込んでるけど、痛くならないのかな。
どうやって扶桑さんの万屋鎮守府入りを阻止するか頭を悩ませていると、どこかに電話をしていた那珂さんが戻ってきた。
「吹雪ちゃん! 提督から伝言だよ! 麓の町に迎えのヘリを寄越したって! なるべく早く戻ってきて欲しいらしいよー!」
電話相手は提督だったようだ。なるべく早く、か。まだざっくりとしか経過を話してないし、各方面との調整のためにより詳しい報告が必要だったりするのだろう。
「ありがとうございます、那珂さん」
「あと、もうひとつの伝言! 『ゲロ吐きアイドルユニットは無理だと思うぞ』だって!」
「それ多分わたしに言ったんじゃなくて那珂さんに言ったんだと思いますよ?」
どんな会話してたんだろう。まぁ、ゲロがどうこうというオプションが無くともアイドルになるつもりなんて欠片もないけどね。目立ちたくないし。
……さて。挨拶も終わったことだし、そろそろ帰ろう。今日も疲れた。
「それじゃ、皆さん。今日は本当にありがとうございました。さようなら!」
ブンブンとお互いがお互いに手を振りつつ、私は下山のために歩き始めた。
はー……結局、何にも休めなかったなぁ。
※
「ういー。お疲れさん、吹雪くん」
「ホントですよ。疲れを癒やしに行ったのにどうして更に疲れなきゃいけないんですか」
「俺に言われても……」
万屋鎮守府タンカー、提督室。山を下って麓の町からヘリに乗り、更に某国の基地から謎戦闘機に乗り換えて、たった数時間ほどで私は帰還した。行くときはその十倍ぐらいの時間掛けたんだけどな。
今回の件の報告書は帰還中に書いておいたのを既に渡している。それを読みながら提督が労いの言葉をかけてくれたわけだが、ついつい不満が出てしまった。たしかに提督自身には何の落ち度も無い。それは分かっているのだが、ついつい八つ当たり気味の言葉を紡いでしまう。……まぁ、提督がきちんと私に休みをくれていたなら今回のは私じゃなく他の人が巻き込まれていたんだろうけど。
「まぁまぁ、そこまでにしといてあげなよ吹雪chan。このスーパー北上様に免じて、サ」
「は、はぁ……」
いま私を諌めて来たのは球磨型軽巡洋艦の北上さんだ。戦闘機から降りて真っ直ぐに執務室に来たら、彼女が既に執務机の上に座っていた。
名前だけ提督に紹介されただけで、すぐに話が今回の事件についてになったから、なぜ彼女はいまここにいるのかは分からない。今回の件には無関係のはずだが。
「まぁわっかんないだろうねー。次話の仕事について話すために来ただけだからねぇー。あ、みんな。やっほー。北上様だよ。次回か次々回に出ると言ったね。アレは嘘だ」
……え、ええと? 誰に話してるんだろう。私でも提督でもないほうに向かって話している。正確にいうと、私の上ぐらい。
「ちょっと待って吹雪chan! いまはあんまり私を見ないで! 次回でいいから! 刀二本背負って銃を両腰のガンホルダーに一丁ずつ挿してるとかモノローグしないでね! いまこの時点で100kb、つまり五万文字を超えちゃってるからサ! それ以外の見た目も要らない! 艦これ知らずにこれを読んでいる人なんていないんだから、名前がもう容姿描写みたいなモンでしょ! それを利用しての叙述トリックも出来ちゃうよ! 『実は本人が名乗ったのとは違う艦娘だった!』ってのが名前だけで容姿の描写をしないことで出来ちゃう!」
何を言っているかまるで理解できない。いや、セリフの意味は分かるのだが……ついていけない。なんというか、反応に困る。
「さてさて。今回のお話はそこまでして次回予告めいた会話しよっか。提督が麻雀の負けを仕事一回で相殺した話は聞いてる? 聞いてるよね。上に書いてあるもん」
上ってどこだ。
「で、その仕事に私が指名されたんだけどネー。吹雪chanと一緒にお仕事したいなーと思って指定したんだ!」
えぇー……? どうしてそんな発想に至ってしまったんだ。
「北上さんと私、今日が初対面ですよね? どうしてわざわざ私を指名……というか、どうして私を知っているんですか?」
「吹雪chanと一緒じゃないとスーパー北上様の華麗で可憐な活躍がみんなに見てもらえないでしょ! 吹雪chan視点のSSなんだから! まぁ五話は複数視点だったけど」
ダメだ、彼女の意図が読めない。何言ってんだこの人。助けを求めて提督の方を見る。……目を逸らされた。おのれ。
「さ、そろそろ締めて。長いから。分割したゴート強盗より長いってどういうことなの?」
分からない。この場面で。これから次の仕事の話をしようというこの状況で。どうしてこの人は、さっきからずっと――
「お。来たねそのダブルダッシュ。溜めるヤツだね。何言うの?」
デッドプールごっこをしているんだろうか。
「……え、その単語出しちゃうの?」
――to be continued.
「……え、スーパー北上様のセリフで締めるの?」
次回はスーパー北上様による大活躍編!!!
の前にサツバツカンムス主人公の「サツバツ・イン・ネオイバラキ・トゥ・キル」をやります。