万屋鎮守府   作:鬼狐

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鬼さん嘘つかない。
とある合同に載せてたプロトタイプを加筆修正したものです。
※挿絵は後日。


第六話―THE ROBOT:CRUISE SHIPS―

「海賊ぅ?」

「エェ、エェ。海賊デス」

 

 豪華絢爛な内装の高級C華料理店。その一室に、私――駆逐艦一番艦『吹雪』と『提督』はいた。私はいざというときの護衛として、提督が座る椅子の後ろで佇んでいる。

 提督の向かいには、恰幅の良い老人が座っていた。高そうなC華風の服を着ており、ニコニコと口の端を上げている。

 二人の間にあるのは、豪勢なC華料理の数々。いわゆる満漢全席というヤツだ。老人の方は一口も手をつけていないが、提督の方はさきほどからほとんど話さず料理を食べ続けている。……食べ方が非常に汚い。貪る、がっつく、という言葉がぴったりだ。でも、あれだけ目の前でガツガツと食べられるとお腹が空いてきてしまう。だが、護衛の私が食事に同席するわけにはいかない。ここに来る前の会話で、提督は『おみやげに俺と留守番中の艦娘のために料理をタッパーに入れてやろう』とか言っていたけれど、本当にそのつもりはあるのだろうか。そもそも留守番中の艦娘とやらは何十人いるの?

 あ。提督がタッパーを取り出した。……セロリ? セロリ一欠片入れた? それをおみやげにするつもりなんですか? 奪い合いが始まりますよ? 提督の命の。

 

「マ、最初から海賊だったわけではアリマセンけどネ。元々はA連邦にいた反捕鯨団体デス」

「ほげー」

「裏で政府の支援を受けて、日本への嫌がらせ行動を繰り返していましたが……ヤリ過ぎた上に勝手に銃火器での武装をするなどの暴走を始めマシテね。政府から切られたんですヨ」

 

 なんてすごい老人だろうか。私だったら、マジメな話にダジャレで返す輩が目の前にいたら殴り飛ばしたくなるというのに、彼は完全に無視を決め込んで話を進めている。人生経験の違いだろうか。それとも提督という人間がどういう存在かよく知っているのか。

 老人の素性を私は知らない。だが、予想は付く。この店の内装は金持ち向けだが、外見は汚い雑居ビルの一室だ。それも、C人民共和国やその他のアジア圏出身不法入国者だらけの区画にある。この環境で無事にやっている、ということは多分、地下組織やマフィアあたりの幹部やトップ向けの店なのだろう。そこを貸し切っているのが目の前の老人……どう考えてもカタギではない。店の経営者、それも裏の経営者なのかもしれない。華僑――ざっくりいうと海外住みのC人民共和国籍の金持ちだ――の人間か、C華系マフィアの幹部、もしくはボスあたりだろう。

 ま、正解は欲しくないが。私が余計なことを言った瞬間、老人の後ろに立っている者が私の首を捻るだろう。年端もいかない少女に見えるが、その佇まいと眼光は明らかに一般人ではない。おそらくは艦娘だ。……私とて弱いつもりは無いが、銃も無しにあれだけ強そうな雰囲気のある者に負けるかもしれない戦いを挑む気もしない。体術すごそうだしね、C人民共和国の人って。

 常々思うが、提督はいったい、どういうルートと理由でこういう人たちと知り合うのだろうか。ここに来る途中もホームレスだのカタギじゃない雰囲気の人だのスーツを来たC系の構成員っぽいのだの明らかに普通の人だのに挨拶されまくっていたし……ほとんどSCPだなぁあのおっさん。

 

「A連邦は彼ラヲ切り捨てると同時に、日本に対して『団体とは無関係』とアピールしつつ、自国軍による『討伐』をスルことで恩を売ろうとしたんですが……返り討ちにあったあげくに逃げられてしまいましてネ。今では、逃亡の際についでに奪った客船で他の客船を襲って暮らしているそうデスヨ」

「へぇ。正規軍を返り討ちにした上にただの客船で海賊ごっこ? 随分な武力を持ってるんだなぁ」

「エェ、エェ。それモ、大変ニ面倒な兵器ヲ」

 

 ニコリ、と老人は笑った。だが、笑っているのは口元だけで、目は鋭く開かれている。とても怖い。

 

「貴方に依頼したいのはその兵器の始末デス。『土木工事用二足歩行ロボット』――通称、『トレット』を破壊してクダサイ。報酬はまぁ、……五本ですかネ」

「ふーん? 二足歩行とはまた随分ロマンに溢れた機械だな。……っていうか、土木工事用? なんだそりゃ。兵器でも何でもないな」

「エェ、エェ。そのまま、そのものとして作業するならナァンにも問題のないただのロボットです。……艦娘が乗らなければ、デスケドね。名前モ変わりますヨ」

 

 ……! えっ、という声が出そうになり、ごくりと息を飲んで抑える。老人が何を言いたいのか分かってしまったからだ。艦娘が乗らなければ、ということは艦娘が乗れば兵器になるということだ。つまり……海賊の中に、艦娘がいるということになる。世界に散らばったとはいえ実に色んな組織にいるんだなぁ、艦娘。

 

「実はこの兵器、我が国が作ったモノでして。カムフラージュのために土木工事用として開発していたのデスヨ。艦娘が搭乗し、艤装と接続することで――かのロボットは、兵器として動かせるようになりマス。我々のような『Cこくのおかねもち』は、護衛として身体能力の優れた艦娘を雇っている人間も多いのでネ。彼らが手軽に持てる更なる武力として売り出すはずだったンデス」

「はー。じゃあつまり、海賊共はそれをどこかから盗んで使用したと」

「あァイエ、それは違いマス。C人民共和国自身が売りつけたんでスヨ。もちろん表向きは一研究所の独断ということになってますケドネ。国の正規軍を返り討ちに出来る単独兵器、というアピールになると思ったノデ。彼らの組織に艦娘がいる、という情報もありましたシネ」

「えっ!? 艦娘いるのその海賊!?」

 

 ……。冗談のつもりだろうか。いや、違うか。あの顔は、本気で驚いている表情だ。実に察しが悪いというか、なんというか。だが老人の方はそんな彼にやはり慣れているのか、気にすることなく話を続ける。

 

「結果は大成功。こちらに牙を向ける可能性があるので、念のために性能を大幅にオミットした機体ではアリマシタが、それでも既存の兵士を圧倒できルとアピールできましタ。おかげで売上は上々らしいデスヨ」

「ふーん。あれ、でもマズくないか? カムフラージュとして土木工事用ロボットってことで作ったんだろソレ。もう既にA連邦の正規軍が殺られたんだよな? A連邦の人間にはもう兵器だってバレてないか?」

「エェ、エェ。問題はありまセン。どうせこの時代デはそうそう隠し事なんて出来まセンヨ。一般人が技術ダケで某大国の国家機密ヲ見れてしまウような時代デス。書類上でいいんデス。確固たる証拠がデなければいいんデス。『怪しいから調査した結果、C国が作ったロボットは実は兵器で、それを海賊が乗り回していた』が『とても怪しいから調査しようとしたけど海賊が所持していたはずのロボットはなぜか無くなっていた』になってしまえばいいんデス」

「あー。なるほど。それで破壊依頼か」

「エェ、エェ。どうせその海賊共、長生きはできまセン。今は彼ら所有の客船を拠点としているようデスが、既に『近々とある国へ補給のために入港する』という情報が入ってきてマス。私のようなC国人の一般人にスラ情報が入っているということは、世界中の誰もが知っているというコトです。入港と同時に包囲されてオシマイ、でしょうネ。その前に破壊してもらいたいンデスよ、トレットを」

 

 破壊することを前提で売りつけた……妙な話だ。そして、怪しい。宣伝するだけなら、もっとスマートなやり方はいくらでもあるはずだ。何か他に目的があった――もしくは、『ある』のではないかと勘ぐってしまう。とはいえ、聞き出すわけにもいかない。余計な虎の尾を踏みたくはな……

 

「なんか怪しいな。他になにか理由があるだろ」

 

 いますぐ提督の頭を引っ叩きたい。前々から馬鹿だとは思っていたけれど、この状況でも変わらないなんて。後ろにいる人がすごく睨んでますよ提督。

 

「エェ、もちろん。ただし、それをわざわざ話すツモリはありまセン。『海賊共にトレットを渡したのは、ドサクサに紛れてA国とC国の表に知られていない政治的な問題の解決を進めるためです』なんて貴方に話したところで、意味はないでショウ?」

「うん、まぁ俺もややこしい話は好きじゃないな」

 

 うんうん、と手を組んで提督は頷いた。『お前馬鹿だから余計なこと考えても意味がないぞ』と言われているようなモノなのに、特に気にしている様子はない。器が広い……というわけではなく、単に何も分かってないだけだろう。

 

「フーム。話は分かったが……ウチでなんとか出来るのかそれ。二足歩行だぞ?」

「むしろ貴方にしか出来ないと思っていマス。ウチの子飼いの組織ジャ秘密裏に自由に動くなんて出来ナイノデ。いつもふらふらシテいてどこにいてもおかしくない、そんな集団が便利なんデスヨ」

「いや、戦力的にな」

「は?」

 

 老人は目を丸くして、呆けた声を出した。笑顔のままほとんど表情を変えなかった彼が、だ。まぁ、無理もない。多分、私も同じ立場だったらそうなるだろうし、おそらく私と彼はいま同じことを思っている。『何を言っているんだ、こいつは』。

 

「……ご自身の所有艦娘、いったい何人だと? 戦艦級の艦娘は、一体一体がそのまま戦艦と同じだけの――そして戦艦よりも身軽に動ける戦力に計算できることは知っておいでで?」

 

 老人の話し方が普通だ。さきほどまでの妙な訛りが無くなっている……きっと、アレが素なのだろう。提督の余りにボケた発言に思わず、と言ったところだろうか。だが提督はそれに気がつくこと無く、私の方を見た。

 

「わからん。知らん。最低でも三十はいた記憶があるが……吹雪、ウチっていま何人いるっけ?」

「え!? あ、えーっと。その。えっと」

 

 急に話を振られて、私は戸惑いの声を出すしか無かった。話していいことなのだろうか。戦力の内訳なんて、秘密にして当たり前のはずなのに。それに、私も全員を知っているわけではないし。

 うう。天龍さんあたりがいれば、きっとなんとかしてくれただろう。『いい経験になるからお前が行って来い』と言われたけど……胃が痛くなってきた気がする。どうしろというのか。提督の頭を叩いて黙らせるとか……? そうしようかなもう。次に余計なことを言ったら艦娘力をフル回転させて叩いてやろう。

 

「はぁ……もういいデス。最初からまともな答えが返ってくるとは思っていませんでしたカラ。とにかく、貴方に任せてもいいデスね?」

「ういー」

「……気の抜ける返事ですネ」

 

 そう言いながらも、老人は提督の手を取った。提督と老人が固く握手を交わす。契約成立――私たち、『万屋鎮守府』の仕事の始まりだ。

 

「ジジイと握手しても嬉しくないな……」

 

 提督がそれを理解しているかどうかはともかく。

 

 

「老(ラオ)。『提督』と吹雪は電車に乗りました。尾行者の姿もありません」

「ご苦労様。……不思議そうな顔だね」

「なんというか、その……提督が余りにも無礼かつ隙だらけで……本当にアレが、『あの鎮守府』のトップなんですか?」

「そうだよ。恐ろしいことに、そのとおりだ。艦娘の墓場、艦娘流刑場……ヨソでやっていけない頭のおかしい艦娘たちが最後に行き着く鎮守府。その鎮守府の提督だ」

「どうみても、無能なクズにしか見えませんでした。タッパーには結局セロリ一欠片しか入れていませんでしたし……人は外見によらないとは言っても、限度があります。私の修行不足でしょうか?」

「いいや、君は何も間違っていないさ。アレは見たまま、感じたままに『無能』だ。何一つ優れているモノはないし、たった一点を除いて何も持っていない。本来ならすぐに野垂れ死にするような無能の極みだ」

「はぁ……たった一点?」

「人脈――コネだ。奴には恐ろしいほど広く膨大なコネがある。ただそれだけだが、それが何よりも恐ろしい」

「恐ろしい? ……消してしまえばいいのでは?」

「それが出来るならとうにしているよ。だが、無理だ。ヤツの人脈が広すぎて何がどう爆弾の導火線になるかすら分からない。殺せば何が起きるか分からない。話しているだけで、もしかしたらそれがきっかけになってどこかの爆弾がどこかの都市で爆発するかもしれないような男だしねぇ。ウチの優秀な諜報員に三年間人脈を調べさせて、未だに『調査継続中』だぞ?」

「………」

「政府の高官、企業の幹部、情報機関の長官、テロ組織のトップ、タバコ屋のバイト……小から大まで、ヤツの顔見知りがいる。この間、私がとある小国のパーティに顔をだす機会があった。そこにあの男がいたよ。様々な国籍、人種がいたパーティだった。私の知り合いはヤツだけだったがね。その中で、私の顔を見て軽く手を上げてからヤツは言い放った。『今日のパーティも知り合いばかりだ』とね」

「…………そんな」

「そうそう、君は提督がここへ来る前の様子も報告してくれたな。アレは本当に笑って、ゾッとしたよ。『道行く人が親しげに彼に挨拶をしていた』だって? ははは。我々がここを拠点にしたのはつい先週で、奴は店に入るなり『このあたりは初めて来たなぁ』と言っていたのに?」

「あ……」

「ヤツは無能だ。扱いやすい無能。だが、何よりも厄介なモノを抱えている。時限爆弾付きの耳かき……使いたくはないが、他の耳かきがないなら使わない手はない。そういう男だ、アレは」

「……」

「なに、そう心配せずとも大丈夫だ。私にも、そして君にも不幸は訪れないさ。幸運の女神がいるからね――そうだろう、『丹陽』」

「ハイ。……そう願いたいです、司令」

 

 

「はーいお前ら注目ぅー」

 

 執務室の中に、提督の声が響く。執務室とはいっても、相も変わらず座礁したまま打ち捨てられた巨大タンカーの一室なのだが。

 銀行強盗が終わってからの数日間に、私は好奇心でタンカーの中の機械を色々と見回ってみた。その結果、色々と恐ろしいモノばかり設置されていることを知ってしまった。特にインフラ。電気は提督の知り合いとやらからもらってきた謎の自家発電機、水はまた別の知り合いからもらってきた謎技術の浄水器、そして通信関係はどこかからか奪ってきた謎オーパーツの通信機を使ってなんとかしている。一番の謎は、このタンカー自身なのだが。いつのまにここにあったのかも分からなければ、どうして未だに浮いていられるのかもよくわかっていないらしい。提督自身も知らないそうだ。よくそんな所を拠点に出来るなぁ。

 

「なんだ。仕事か? 俺の出番か?」

「天龍はマジメだのう。このクソ寒い時期に仕事とか堪ったものではない。炬燵に篭っていたいのじゃー」

「俺はお前と違って仕事が大好きなんだよ、利根。つまんねぇのじゃなけりゃな」

「暴れるのが好きなだけじゃろ」

「うるせぇ、殺すぞ」

 

 利根さんと天龍さんの物騒な会話がとても怖い。私の横でやらないで欲しい。ある意味仲良く見えるけど。二人共、最古参の艦娘らしいし付き合いは長いのだろう。

 

「で? 何と戦うんだ。それとも奪うのか? 核は勘弁しろよ。あんなモン、怖くてもう二度と運びたくねェよ」

「え、核運んだことあるんですか?」

 

 思わず言葉が出てしまう。核って。あの核なのだろうか。……以前も在庫がどうこう行ってなぁそういえば。

 

「あぁ。提督の知り合いの中東のお得意さんが欲しがって、そんで……」

「あ、やっぱりいいです。聞きたくないです」

 

 色々な意味で眠れなくなってしまいそうな話を耳に入れたくはない。とある目的でこの鎮守府で働くことになってしまった私だけど、余計な情報を知りたくはないのだ。忙しくなる。

 

「今回は戦いだ。天龍、お前に参加してもらうぞ」

「よっしゃあ! ナイスだ、ベイン! クソ野郎!」

 

 謎の罵倒が入った。

 

「やったのじゃー。我輩は留守番じゃな?」

「あぁ。天龍と吹雪、それと他何名かに今回の『電撃タイタニック作戦』に当ってもらう。諸君らの働きに期待しているぞ。作戦内容は追って伝える。あぁ、だが利根。夕張がこのタンカーの座礁部分の一部が剥がれかかってるとか何とか言ってたから、そっちを手伝え」

「しまった。そっちのが面倒そうじゃのう」

 

 提督がカッコつけてそう付け加えた。黒い服、黒いズボン、瞳が見えないほどに黒いサングラスをつけた状態でそんなことを言われてもまるで威厳がない。何より――さっきからずっと、榛名さんに膝枕で耳かきされている状態で何を話そうと、真面目に聞くだけ損に思えてしまう。

 それにしても喋らないな榛名さん。でも恍惚の表情だ。ダメ男を甘やかすのが心の底から好きなのだろう、多分。

 

「あの、しれいか……提督」

「いい加減、司令官って呼んでくれてもいいのに」

「身体はそう呼びたいんですけど、頭が『この人を司令官って呼ぶの嫌だなぁ』って思うんですよ。それはともかく、『電撃タイタニック作戦』ってなんなんですか? 嫌な予感しかしないんですけど」

「ん? あぁ、そのまんまだよ」

 

 提督が榛名さんの膝枕から起き上がり、私の方を見てニヤリ、と笑った。あぁ。ロクでもないことを考えている顔だ、アレは。そして、提督の口から出たのは――

 

「例のロボットごと、海賊共の船を沈めるだけだ」

 

 やはり、ロクでもない言葉だった。

 

 

『あー、あー。聞こえるかお前ら』

「……」

『おいコラ。無視してんじゃねーぞコラ』

「…………」

『ねぇマジで聞こえてないの?』

「…………」

『ちょっとー、夕張ー。無線おかしいよー。え? 問題ないはず?』

「………………ブフッ」

『オイコラァ! 夕立の笑い声が聞こえたぞゴラァ! 四人全員で無視ってどういうことだオラァ! 司令だぞこっちはよぉ!』

「全く。もうすこし頑張れ、夕立」

「ごめんっぽい、武蔵さん☆」

 

 緊張感がまるでないアホみたいな会話が宵闇に響く。仕事中に指示無線を無視するっていったいどういう神経をしているんだろう。それも――いままさに、敵地のド真ん中にいるという時に。

 

『ったくふざけやがって。真面目にやれ、真面目に』

「こんなクソみたいな作戦で真面目にやるほうが逆に不真面目だろうが。カスが。死ねクズ。クソッタレベイン」

『いくらなんでも口悪すぎやしませんかね天龍さん……』

 

 さきほどから無線から聞こえている声は提督のモノだ。彼はいま、いつものように遠く離れた巨大タンカーの執務室から通信している。そして、私たち――天龍さん、武蔵さん、夕立さん、それと私――はといえば……海賊たちが拠点としている客船の甲板だ。銃弾の跡がついていたり、爆風の煽りを受けたのか足が折れていたりする机や椅子がそこら中に捨てられている。例の正規軍との戦闘はきっとここで行われたのだろう。中の客室へと行ける扉が無事……ということは、あの中には侵入されなかったのだろうか。ひしゃげている机や大きくヘコんだ床もある。……例の二足歩行ロボット、もしかしてここで暴れたのかな? それにしてはそのロボットの姿は見えない。足あとのようなモノを見る限り、中に入れそうな大きさとは思えないのだが。

 

『それにお前、ふざけた作戦とは何だ。仕事をもらったその帰りに吹雪と記憶に残らない程度の雑談をしながら頑張って考えたものだぞ』

「その状態で考えたモノがどうやったらふざけていない作戦になるというんだベイン? お前の頭がふざけているからふざけてないと思ってしまうのか? そんなふざけた話があるのか?」

『……ふざけたがゲシュタルト崩壊しそうだ、やめてくれ武蔵』

 

 あぁ。真面目な武蔵さんがいると場が締まるなぁ。提督のふざけた喋りも真面目になる。あ、今度は真面目がゲシュタルト崩壊しそうだ。『スイッチ』が入らなければ、本当に、本当に真面目で優秀な女性なんだけれど。戦艦だし、それでなくとも艦娘は身体能力が高い。スイッチが入らなければなぁホント。

 

「ぐだぐだと話してないでそろそろ作戦始めた方がいいっぽい」

『お、おう。どうした夕立』

「あ、プリン食べたい!」

『え、あ? おう。無事に任務完了したらな。プリン買い置きしておいてやるから』

「メロンよりトマトリゾットが食べたいっぽい」

『え? あー……うん。もういいや』

 

 聞いているだけで頭が痛くなりそうな会話だ。

 

『よし、お前ら。仕事を始め「そろそろ行きましょう、皆さん」ちょ』

「おう」

「はーい、提督さん!」

「了解した」

「はい!」

 

 提督と私の言葉が思いっきり被った。うん。なんとなく申し訳がない気がする。気がするだけでそんなに気にしてないけど。

 何となく、私の号令で皆の空気が変わった気がする。飽くまでなんとなく、だけど。いややっぱり夕立ちゃんだけはそのままだ。大丈夫だろうか――と思わなくもないが、いつもいつもこのノリでなんとかなっている。恐ろしい話だ。

 

『甲板への侵入は成功。まぁ人型サイズで海上を高速移動するからレーダーにも引っかかりづらいし楽勝だったな。ホント便利だな艦娘って。俺が敵だったら机叩くわ』

「指揮する側なんだからいいじゃないですか」

『まぁな。さて、それじゃまずは頑張って、出来る限り、ギリギリまで、こっそりと動け。例のロボットとまともにやり合いたくはない。中に入って、武蔵に持たせておいた爆弾を――』

「提督さん提督さん」

『なんだ』

「扉、開かないっぽい」

『は?』

 

 いつのまにか夕立ちゃんは客室へと続く扉の前にいた。造船所の知り合い経由でもらった船体図で中の構造は把握している。とはいえそのまま客室がそのまま部屋として使われているとは限らないので、まずは真っ直ぐ船底近くに向かう予定だったのだが――扉が開かないなんて。

 

「ていうか、さっきから中が五月蝿いっぽい。多分、乱交パーティの真っ最中」

『んなわけあるかい。どういうことだ』

「あー。そういうことか。多分もう見つかってんだな。で、扉の前にバリケードを作って塞いでいると。レーダーに写りづらいって言っても、仲間に艦娘がいるなら同じ艦娘の対策はちゃんとするだろうよ」

『流石の分析力だな天龍。……プラン、B! 扉を爆破しろ!』

「最初からもうだめじゃないですかぁ!」

 

 プランBなんて聞いてないし。私の叫びと同時に、武蔵さんはため息を吐いた。呆れゆえか諦めゆえかは分からないが、どこか遠くを見る目をしながら彼女は扉にペタペタとC4を貼り付けた。

 

「セット完了。離れろ」

『行くぞお前ら。派手にやれ』

「まるで最初からその予定かのような口ぶりだなオイ」

「いいからやるぞ。ファイ……吹雪、もっと離れるんだ」

「え?」

 

 既に充分離れたと思ったのが、武蔵さんは手をふりふりとしながらそう言った。見れば、天龍さんと夕立ちゃんは甲板の端ギリギリまで走っている。

 

「これ、元々船の壁を爆破する用のヤツだから――」

 

 武蔵さんの言葉を聞き終える前に全力で走った。戦艦の彼女なら耐えられるだろうけど、流石に駆逐級艦娘の私には大ダメージだ。私に続くように、武蔵さんも走りだし、さきほどから彼女が握りしめていた遠隔スイッチと思しきモノに指をかけた。

 

「オーケー。行くぞ。……ファイア!」

 

 武蔵さんのその叫びの直後、目が潰れそうなほどの光と吹き飛ばされそうな爆風が私たちを襲った。手すりに捕まっていなかったら普通に海へと落下していただろう。爆発と同時に船も大きく傾いていた。流石に沈み出すほどではないが、船の前に大きな波が出ていたのはたしかだ。

 

「たーまやー☆」

「……楽しそうだね、夕立ちゃん」

 

 人間だった頃なら間違いなく死んでいたであろう爆発を目の前にしたというのに、夕立ちゃんはけらけらと笑って楽しそうにしている。……本当に、どういう神経をしているんだろう。ひょっとして私がおかしいんじゃないか、と思えて来る。いや。そんなこと無いよ。心を強く保って、吹雪ちゃん。

 

「うん! だって私たちが扉を破って入ってきた所を狙って、扉の裏で武装待機してた奴らもまとめて退治出来たっぽいしね!」

「どんな耳してんだお前? まぁいい。オイ、ベイン。次はどうするんだ」

『天龍と吹雪、夕立は中に入って暴れろ。引き付けて、なるべく敵を減らせ。ついでになんかもらってけ。他の船襲ったときのモンがなんかあるかもしれないしな。例のロボットが出る前に終わるといいんだが』

 

 それはもう、私たちが海賊みたいなモノなのでは――まぁ、いいや。そのとおりだし。今までやった仕事も強盗に近い作戦だらけだし。

 私が来る前のモノだが、天龍さんによると『保険に入ってる宝石店をマスク被って襲って時価数億円のダイヤを奪ってそれを宝石店の人に返す』とかいう仕事があったそうだ。ひどいマッチポンプである。それに巻き込まれて死ぬ警察の人、本当に災難だ。

 

『その間に天龍と武蔵は甲板に待機。すぐに追加の爆薬を運ばせ……え? もうないの? あー。ゴート銀行ので使い切ったのか。じゃあ何でもいいから船沈められそうなモンを運んどけ。加賀が待機してたろ?』

「……オイ。待て。俺が二人いるぞ」

『え? どういうこと?』

「天龍と吹雪と夕立が中、天龍と武蔵が甲板つったぞお前」

『あっ。んもー。面倒な。じゃあ夕立と吹雪だけで。換金できるルートに一応限りはあるから持っていくモノは選んでくれ』

「はーい! っぽい。それじゃ行こうか吹雪ちゃん!」

「う、うん」

 

 そういうことになった。そういうことになってしまった。はぁ。果たして、ちゃんと依頼は達成できるのだろうか――

 

 

 達成できなさそうだ。少なくとも、私はここで死にそう。さっきからちょくちょく銃弾が身体に直撃している。いくら艦娘でも、何十発も撃たれたら死ぬ。爆発でも死ぬ。再生能力は高いから少し休めば一応回復するけれど、なんだかFPSの主人公になった気分だ。痛みも流れる血もリアルだが。

 

「大丈夫、吹雪ちゃん」

「ぜんぜん」

「こういうときはリベリオンを思い出……痛っ」

 

 こちらを振り返ってニコリと笑った夕立ちゃんの側頭部に銃弾がブチ当たる。肉片と共に血が大量に吹き出た――はずなのだが、彼女は頬を膨らませて「人が話してるときに撃つなんてひどい!」と叫びながら銃弾が飛んできた方向に走り出した。……人間でいえば金属バットで頭を殴られたぐらいのダメージのはずなのに、よくあんなに動けるなぁ。

 

「それにしても、敵が多いなぁ……」

 

 そう呟いて、アサルトライフルだけを通路に出して適当に引き金を引いて弾をバラ撒く。回復するまでこうしていよう。扉の向こうにいた敵は爆弾ごと吹き飛んだようだが、一部に過ぎなかったらしい。少し進んだだけで武装した敵が目の前にたくさん現れ、私たちは――いや、私は慌てて物陰に隠れて、こうして銃撃戦をしている。うぅ。砲塔を持ってくれば良かった。本来の計画は飽くまで潜入任務で、船体の適当な場所を爆破して沈み始めてから銃撃戦をしつつ後退して脱出するはずだったのだ。ゆえに、砲塔ではなく普通のアサルトライフルとサイレンサー付きのハンドガンを持ってきたのだが……夕立ちゃんのようにショットガンにすれば良かった。彼女はさきほどからその意味の分からない身体能力と動きで接敵してはサイレンサーつきのショットガンで頭を吹き飛ばしている。なんでサイレンサーつけたんだろう。威力下がるだけだねアレ。

 私は即死はしないという自分の身体の利点を全力で活かして何とか敵を減らし続けていたが、流石に限界だ。もうちょっと休みたい。夕立ちゃんが敵に突っ込んでいる以上、弾をバラ撒いて弾幕を作っても余り意味がない……そのうえ、おそらく夕立ちゃんにも当たっている。何も言わないから撃ち続けているけども。

 とはいえ、少しずつ前には進めているし、敵も少なくなっている。多分、準備が出来たモノから戦闘に参加しているのだろう。もうすこししたらまた敵が増えるかもしれない、その前に――

 

「さぁ行こ! どんどんトマトを作るっぽい!」

「待って! 部屋に入ろう! ……いまトマト作るって言った?」

「聞き間違い!」

 

 甲板の扉の先は五、六箇所の十字路が連なっている形になっていて、真っ直ぐ進み続ければ更に違う階層へ行く上下の階段、各十字路を右や左に曲がればすぐに客室の扉、という構造になっている。船員室や船長室は上の階層で、下はより豪華で大きな客室や娯楽室や食堂などといった施設……一番下の階層は機関室だ。よく考えると変な構造の船だが、今はそんなことを思っている場合じゃない。このまま下の階層に向かうよりは、客室に入ってしまおう。

 軽く籠城すれば休めるし、中に何かあるかもしれない。海賊たちはさきほどから下の階段から上がってきている。彼らの居住区や装備があるのが下の階層なのだろう。ならば、甲板と同じ階層のここにはすぐに動かせるように彼らの戦利品や外で使うような武器がある可能性が高い。手榴弾とかがあればいいんだけど。室内戦での爆発物は強力だ――自分が人間ではなく艦娘であるからこそ使えるモノではあるが。ちなみに持参してきた分は既に使いきっている。

 

「敵を一匹残してそいつに見せつけるように部屋に入ろう!」

「了解っぽい! 吹雪ちゃん先に入って!」

 

 ……さっきまで笑いながら敵の目にショットガンの銃口を突き刺して引き金引いてたのに急にまともになるのやめてくれないかなぁ夕立ちゃん。『ねぇねぇみてみて! 赤いウニっぽい!』とか言ってたし。

 

「一人残ってるから3で入るよ! 1!」

「2!」

「「3!」」

 

 そう叫ぶと同時に十字路から飛び出し、通路を走る。次の十字路に着くと同時に左に曲がり、すぐさま身体をまた左に向けて、目の前の扉を蹴破って中に飛び込んだ。部屋は真っ暗だった。手探りで電気を探し、明かりを付ける。パッと電灯が付き、私はすぐに部屋の中を見回した。金属製の本棚……ちょうどいい。

 

「持っててよかった火炎瓶! っぽい!」

 

 入口の前に立っていた夕立ちゃんが振り返り、その手から、蓋になった紙に火がついた油たっぷりのワインボトルが投げ出され、パリン! という音と共に炎が広がる。この通路の床は絨毯だ。そこそこ燃え広がってくれることだろう。…………あれ、なんで火炎瓶持ってきてるの? ステルスの予定だったよね?

 いまのうちに、と私は本棚を押して簡易なバリケードにする。更に本棚の前に、部屋の中にあったトランクのいくつかを投げた……随分と軽い。これでは意味がない――隅に置いてあった金属の箱を夕立ちゃんと二人で運び、本棚の前に重ねた。こちらはちゃんと重い。

 

「ふぅ。バリケードの裏の火はスプリンクラーか消火器で消されてる頃かな。夕立ちゃん、結構撃たれてたけど大丈夫?」

「お腹空いたっぽい!」

「……うん。大丈夫ってことかな。私の方も少し回復してきたよ」

 

 もうちょっと大人しくしていれば、完全に回復できるだろう。血が少し足りない気はするけれど、ないものねだりしても仕方ない。してもいいなら『カリオストロでルパンが血が足りないとかいいながら食べてたアレを食べたい』と喚くけど、ないものはない。

 アサルトライフルとハンドガンの残弾を確認しつつ、もう一度部屋の中を見回す。扉から見て左側に小さめの丸い窓がある。机や椅子は使われていないのだろう、ひっくり返されて部屋の端に置かれている。剥き出しで武器の類があったりはしない……が、床に置かれたトランクと金属の箱は結構な数がある。あの中に、もしかしたら……と、考えていると無線が鳴り出した。提督からの通信だ。

 

『あー、あー。様子はどうだ、吹雪』

「部屋に入って籠城してます、提督。多分、引き付けることは出来ているかと。そろそろ弾が危ないです」

『そうか。夕張のヤツが例のブツをそちらに運ぶそうだ。例のブツが何なのかは分からんが。もう少し耐えて……もしくは上手いこと天龍たちとスイッチしてくれ』

「籠城してるのにどうやってスイッチしろと……?」

『……さぁ』

 

 発言に理由と責任と根拠を持って欲しい。はぁ、と溜息を吐きながら多数のトランクの一つを自分の前に手で引き寄せた。

 

「いまはついでに部屋の中を探しています。トランクと金属の箱がいくつかありました。まずはトランクを開けてみますね」

『おう。札束でも入ってねーかなー』

「あー……残念ながら札束は入っていませんでした。……人によっては札束を出して買いそうなものは入ってましたけど」

 

 トランクには、小分けされた透明の袋が詰まっていた。その袋の中には、真っ白い粉。う、うーん。小麦粉とか砂糖とかかなー?

 

『どういうこと? 何が入ってたの?』

「白い粉です」

『チョークの粉かなんか?』

「い、いえ」

『あー、アレか。薄力粉か』

「いえ。あの」

『強力粉?』

「もう面倒なんではっきり言いますけど多分コカインです」

『……え、マジで?』

「察しが悪すぎやしませんかね!?」

 

 ダーティ……というか裏稼業というか、はっきり言ってしまえば非合法な仕事を大量に捌いている人間のはずなのに、どうして真っ先に麻薬という言葉が出てこないのだろうか。

 

『なんでそんなモンがあるんだ。密輸船でも襲ったのか? それともどっかの組織に支援されて運び屋でもしてるのか……まぁいいや。そいつなら売り捌くルートあるから持って帰ってこい。回収班の艦娘を行かせる。二分待て』

「は、はぁ。……同じ見た目のトランクが数十個あるんですけど、全部ですか?」

『今回の仕事の報酬と前回の仕事の報酬、更にそのコカインを売り捌いた金でようやくこないだの……吹雪が二週間ほど休んでたときの仕事のマイナス分が補填できる』

「何やったんですか!?」

 

 思わず叫び声が出た。ウチの鎮守府は常に自転車操業だ。走り続けないと飢えて死ぬ。仕事で得た金をその次の仕事の経費に当て、その仕事で得た金をその次の仕事の経費に当てる……という色々とギリギリの状態を常に保っているらしいのだが、それにしたって酷い話だ。いったいなにがあったというのか。

 

『気にすんな。嫌がるあきつ丸に飛行船を操縦させたりみんなでダイヤモンドをバラ撒いたり色々あったんだよ』

「……個人的にとても気になるので帰ったら教えて下さい。とりあえず、コカインは全部運び出しますので」

『おう。例のバックに入れて海に投げ捨ててくれ』

「はい。夕立ちゃーん! 手伝ってー!」

「はいはーい。ねぇこれ、一袋ぐらいならアイスか何かにかけて食べてもいいかな?」

「絶対にダメだよ」

 

 夕立ちゃんを呼び、二人でトランクの中の小袋をバッグに詰める。このバッグは小さく折りたたむことが出来る上に、丈夫で防水製で、さらに空気を入れればある程度の重さまでは水面に浮く。詰め込めるだけ詰め込んで、海に投げ捨てれば回収班――多分、あきつ丸さん辺りだろう――が回収してくれる、という寸法だ。

 

「吹雪ちゃん吹雪ちゃん。そろそろバリケードが破られるかも? 乱交パーティの時間?」

「輪姦パーティが正しい日本語だと思うよ。……したいの? でもそうだね。どすんどすん五月蝿いし、本棚もちょっとずつ動いてる」

 

 おそらく何人かで体当たりしているのだろう。中央の通路は広かったが、十字路を左右に曲がった先の、部屋に入るための廊下は結構狭かったはず。だというのにご苦労なことだ――よし。バッグ三つ分ほどコカインを詰めた。夕立ちゃんの方もほとんど詰め終わっているみたい。

 

「だいたい出来たけど、この箱の中のも入れるの? それともとりあえず燃やす?」

「何がどうとりあえずなの? あー、そっちはまだ見てなかったね。何が入っているんだろう」

 

 こういう金属の箱の中身はだいたい相場が決まっている。この類のが重いのは中身よりも箱自体が頑丈なために重くなっている、というのがほとんどだ。おそらく、爆弾だの武器だのと言った物が入れてあるに違いない――そんなことを考えつつ、私は箱を開けた。

 なんだろ、これ。箱の中はスポンジが詰まっており、均等に穴が開けられている。その穴の中にはなにかプラスチック製のモノが入っていた。そのうちの一本を取り出して、まじまじと見つめる。筒状になったソレは中が空洞になっていて、綺麗な緑色の液体が入っているようだ。ライブとかコンサートで使うような使い捨てサイリウム、かなぁ。いや、まさか。そんなモノをわざわざこんな箱に入れるとは思えない。

 

「提督、聞こえますか。おそらく防弾性の箱を、いま開きました。中身はよく分かりません。緑色の液体の入ったサイリウムみたいなのがありました」

『サイリウムみたいなモノ? じゃあサイリウムじゃない?』

「……あの、誰か他の人に変わって下さい。夕張さんとか……」

 

 夕張さん、未だに話したことないけど本当に存在するのだろうか。一度は会ってみたい。そして部屋にホラー要素を仕込んでいた件について償ってもらいたい。

 

『はいはい。夕張ぃー? ん? 聞いてたって? はいはい。某国製の新型爆弾? へー。だってさ』

 

 そ、そこにいるのかな。提督の前だけにしか姿を現さないのかな……提督の副人格とかそういうオチだったりするんじゃないだろうか。

 

「爆弾……なんですかこれ」

『ある意味、サイリウムで間違ってないらしいよ。サイリウムみたいにポキッと折ると、中身が空気に触れて急激に膨張して破裂するんだって。で、空気に触れてなかった液体が撒き散らされて、それらが一気にまとめて反応して爆発のような衝撃と火を生み出すんだってさ。ついでの効果で煙がめっちゃ色鮮やかで綺麗らしいぞ』

 

 なんなんですかその謎液体、とツッコミを入れたくなる。提督に言っても仕方ないけれど。……爆弾だったんだ。試しに使って見なくて本当に良かった。提督の言葉をそのまま受け入れて『なんだただのサイリウムかー』と笑いながら折ってたらいまごろ大惨事だっただろう。艦娘だからもしかしたら死なないかもしれないが。

 

「へぇ……なんでこんなモノ作ったんでしょうね。割るだけで反応が開始するって、すっごく事故が多発しそうですけど」

『うん。まぁ、そのとおりらしいな。安くて作りやすいからと大量に作ったのはいいが、事故はそれ以上に大量に起きて、その某国の軍では使用禁止になった。余ったのはいろんなところに安く売り払われたらしい。多分、海賊共がケチって爆発物として買い込んだんだろう。文字通りの爆買いだな』

「なるほど……でもこれ、金属探知機とかに反応しなさそうだしちゃんと管理して使えば便利そう――」

「吹雪ちゃん、そんなこと気にしてる場合?」

「…………う、うん。ごめんね夕立ちゃん」

 

 さきほどまで息をするように意味不明な一言を付け加えてきた夕立ちゃんにそう言われるのはまったくもって釈然としないけど、たしかに彼女の言う通りだ。使い勝手は分からないけどとりあえず爆弾をたくさん手に入れた。これをいま使わない手はない。持って帰ってもあまりお金にならなそうだし使い切ってしまうぐらいの気持ちで行こう――と思いながら、私はサイリウム爆弾を腰に付けたバッグにどんどん詰め入れた。手榴弾やマガジンがいくつか入っていたバッグだったが、それらのほとんどは既に失われているため、スペースはたっぷりだ。……ここに弾が当たったらやっぱり爆発するのかな。少し怖い。

 

『爆弾は集まったか? よし。回収班はあと一分で来る。バッグを海に投げ捨てとけ』

「了解です。……よいしょ」

 

 小さく声を出し――空っぽになった金属の箱を思い切り振りかぶって、窓に向かって箱の角を叩きつけるように投げた。重いとは言っても、持ち上げられないわけじゃない。さっきは疲れそうだから引きずったけれど。重い重い金属の塊をぶつけられた窓ガラスは、バリンと鈍い音をさせたあとにパラパラと割れた。うん。見たときから分かっていたが、やっぱり防弾ガラスだった。この客船、元々危ないお客のための船だったんじゃないだろうか。そこそこ小さい窓ではあったが、バッグ一つ分ぐらいなら通りそうだ。

 

「ぽーい! ぽいぽいぽーい!」

「妙な動物の鳴き声みたいになってるよ夕立ちゃん」

 

 夕立ちゃんと二人で、コカインの詰まったバッグを窓の外へと投げ捨てる。一つ投げるたび、時間を置いてからボチャン! と水に落ちた音が小さく聞こえてくる。順調に海に浮かんでいるようだ。……それにしても。詰め込む作業は私が圧倒的に速かったけど、投げる回数と速度は夕立ちゃんの方がずっと上だ。本当に同じ駆逐艦級艦娘なのかな、と疑問に思う時がたまにある。提督に似たような疑問を投げかけた時は、『経験の違いじゃなーい?』と若干ムカつく言い方で返されたが。……それだけで、ここまでの違いが出るのだろうか? まぁ、駆逐艦というだけで元になった艦と人間が違うのもあるかもしれないけど……。ま、いいか。夕立ちゃんだし、ってことで納得しよう。

 

「吹雪ちゃん。それが最後の一個っぽい! 使っておく?」

「使いたいの? だめだよ?」

 

 そう言いながらもブン、とバッグを投げ捨てる。何となく、そのバッグの行方を見送るように、私はソレが描く放物線を見続けた。一度は上へと上がったそれは、すぐに窓から見える範囲から消え、ボスンという音をさせ――ボスン?

 いま、おかしな音がしたような……と首を傾げる前に、私の視界にとんでもないモノが写った。壁。壁が。さきほどまでは遠くの夜の海を写していた窓の向こうに、突然壁が出来た。それも、上へ動く壁だ。なんだ、これ。これ。これは。これは、違う。壁じゃない。何か、大きなモノが窓の向こうにいる。大きなモノが飛び上がっているのを、私はたまたま窓から見てしまったのだ。

 

「まさか」

 

 大きなモノの正体に気がついた頃には――窓の外に、再び宵闇が広がっていた。『通り過ぎた』ようだ。いま、……見られただろうか。見られた。見られただろう。こちらの存在に、『アレ』は気がついただろう。その証拠に。

 また、壁が現れた。その壁からは腕のようなものが生えていて。その腕が、こちらに向けて飛んで来て――

 

「夕立ちゃああああああああああん!」

 

 私はそう叫びつつ、夕立ちゃんのいる方へ身体を向けた。こちらに背を見せている彼女が、何事かとこちらに顔を向ける。既に私は走りだしていた。そして、飛ぶ。彼女にぶつかったが、そのまま抱きしめる。どん、と二人の質量が床に叩きつけられた。それと同時に、凄まじい爆音が聞こえ、瓦礫が飛んできた。背中にドッと冷たい汗が流れだす……床に伏せた瞬間、私の背中に強い風を感じたからだ。スレスレの所で、パンチを避けたらしい。バッと目を『アレ』の方に向ける。腕は既に窓の方へ引いていたが、……床に置かれている。再び海に落ちないよう、しがみついているのだろう。上に飛び、私たちの姿を見つけ、振りかぶって壁を殴り飛ばし、そのまま腕を引っ掛けているのだ。指が五本。多分、右腕。なら、左腕は――アレは、まさか。はっきりとした名称を頭に浮かべる前に、私は反射的にバッグに手を突っ込み、中のサイリウムをパキンと割って後ろへと放り投げた。

 

「伏せのまま動こう、夕立ちゃん!」

「夕立はまだ2を諦めてないよ。バンピートロットは必ず蘇るっぽい……いや! ぽいじゃない!」

「なんの話!?」

 

 夕立ちゃんもアレに気が付き、そして左腕も目に入ったのだろう。私がいうより先に既に伏せていた。

 だが正確に言えばあれは腕じゃない。銃――いや。ガトリング。機関銃。ヘリにつけるような、あるいはそれよりももっと巨大なガトリングガンだ。それが、右腕で壁が破壊された穴から伸び、窓から見て右……つまりは、こちらへと向けられていた。だが、すぐに見えなくなる。大きな音が二つ鳴ると共に、破裂後に爆発したサイリウムからモクモクと煙が上がった。緑色の綺麗な煙……吸ったら身体に悪そうだな、なんてどうでもいい感想が浮かんだ。

 夕立ちゃんの身体を離し、二人で床に伏せる。そのまま、匍匐前進。多分、いまは煙のおかげで私たちの姿は見えていない。無闇に撃ったりは――した。キィィィィィン、という甲高い音がしたかと思うと、ヴォォォォ! とけたたましい銃声が鳴り響き出した。

 

「わーお! 躊躇いなく撃ってきたっぽい!」

「ぽいじゃないっぽい! あ、伝染っちゃった。ひ、ひええ! 壁が!」

 

 私たちの目の前の壁と扉が粉砕され、向こう側が露わになる。悲鳴も聞こえた。多分、さっきまでここに入ろうとしていた海賊たちまで一緒にガトリングガンの犠牲になったのだろう。

 なんなんだ、このバカみたいな威力は。扉と壁が破壊され、廊下を挟んだ壁も破壊され、向こうの部屋が見えて――あぁ。そちらの壁と扉も破壊された。その更に向こうの壁も、部屋も崩され、そして――遠くに見える穴の先に、空が見えた。甲板までの直通の道が『出来てしまった』のだ。

 

「あ、一度死んで蘇ったお婆ちゃんが見えるっぽい」

「夕立ちゃあん! まだ早い! まだ生きてるよ! 正気に戻っ……っていいのかな!? わかんない! あれ!? ちょっとまって!? 蘇ったってことはまだ生きてるんじゃないのお婆ちゃん!」

『お前らなにアホな会話してんだぁ! いいから早くこっちへ来い!』

「て、天龍さん!」

 

 夕立ちゃんの方を向いて声をかけていると、無線から天龍さんの怒号が聞こえてきた。流れ弾が当たったりはしなかったらしい。顔を甲板の方に向けると、私たちと同じように伏せている天龍さんがこちらへと手招きしていた。

 

「そんなこと言われても匍匐前進じゃそんなにスピードは……あ、あれ? 銃声が止まった! 諦めたみたいです!」

『ちっげぇよ! 見てみろ!』

 

 首を回して『アレ』の方を見る。左腕は引っ込んだのか見えていないが、しかし右腕の方が曲がっている……ひょっとして、業を煮やして登って来ようとしている?

 

『走れ走れ走れ!』

「はいいいい!」

 

 急いで起き上がり、夕立ちゃんと共に全速力で走り出す。推算三百メートル、二百五十メートル、二百メートル。後ろから、バキバキという大きな音が聞こえた。走ったまま振り返る。足。足と思しきモノが見えた。足より上は見えない。天井が邪魔で。無理矢理、天井を壊して入ってきたのだ。

 百五十メートル。バギギギギギ、ガリガリガリという音が聞こえる。想像したくないが、出来てしまう。見ずとも分かる。天井と壁をぶち壊しながら、『アレ』がこちらへ近づいているのだ。

 百メートル。破砕音が次第に大きくなる。速い。速い。速い! 近くまで来ている! どう考えても、アレに轢かれたら死ぬ! 五十メートル。あと少しで甲板! アレとの距離もあと少し!

 

「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 思わずものすごく情けない声で絶叫した――それと同時に、身体が左へ吹き飛ぶ……違う。吹き飛んだのではなく、思い切り引っ張られたのだ。天龍さんに。どうやら既に甲板に着いたらしいと気がつくのは、床に転がった瞬間だった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息を整えながら、床から立ち上がった。夕立ちゃんは武蔵さんに引っ張られたらしい。私と同じように反対側の床に転がっている。『アレ』は――私たちの隣を通り過ぎ、百メートルほど進んでから止まった。そして、ゆっくりとこちらに振り返った。あの巨大なモノが無理矢理動き回ったからだろう、客室のあった部分はほとんど潰れている。あれでは下の階層にいた海賊たちは登ってこれないはずだ。アレと海賊たちの両方を相手にするよりはいいかもしれないが、多分アレを相手にするよりは海賊たちを皆殺しにするほうが楽だったに違いない。

 

「!」

 

 突然、甲板が明るくなった。甲板のヘリの柵に設置されたライトや、床の中の明かり、更には甲板の所々に立っているポールの上のライトが付けられたのだ。下に閉じ込められた海賊たちが、アレの戦いの支援のために付けたのだろうか。これでは、私たちの姿は丸見えだ。そのうえ……目の前の巨大な存在も照らされ、その姿がよく見えるようにもなってしまっていた。

 

「でかい、な……どこの土木工事をするつもりなんだ、これで」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 武蔵さんがそう呟いた。私も同じ感想だった。私たちを追いかけていたのは、例の二足歩行ロボットだ。想像していたモノより、数倍は大きい。二階建ての家ぐらいの高さはある。

 大きさもそうだが、見た目もかなり特殊だ。車の前面のような上半身部分があり、そこからは四本のロボットアームが出ている。内二本はさきほど見た五本指の下右腕と、ガトリングガンの下左腕。上右腕はドリルで、上左腕は……鉄柱? 太い金属の棒だ。更によくみれば、背中にはまた別の武器を背負っている。多分、ロケットランチャーのようなモノを二本。戦闘中に換装するのだろうか。

 上半身と下半身の間は一回り小さく、人間でいう腰のような関節部分だが、左右にブースターが付いているようだ。さきほどのあの速さは、アレを使ったせいだろう。股間部分は上半身より少し小さいが四角く、その左右から足に繋がっている。足自体もかなりがっしりとしていて、間違いなくアレ自体が凶器だ。踏まれたら、艦娘であろうとあっさり死ぬだろう。

 艦娘接続型対軍隊用決戦二足歩行兵器『トレット』……それがいま、私たちの目の前にいた。

 

「はぁ……人が気持ちよーく眠っているところに、全く……」

 

 上の方から声が聞こえてきた。上半身より更に上の部分は前面に手すりが付いている。多分、あそこに捕まりながら操縦するのだろう。そこに立っていたのは、長い黒髪の女性……あれが、海賊側の艦娘か。

 

「残業ね、残業。もー。まさか少数の艦娘だけで襲ってくるなんて思わなかったわ、この『トレット』相手に」

「貴様、いったいどこにいたんだ? 甲板にもいなかったし、船の横に括りつけられていたわけでもないようだが」

 

 髪をかき上げながらうんざりとした顔で愚痴をつぶやいた操縦者に対して、武蔵さんがそう言った。船の壁を登って甲板へと入る前に一度、ぐるりと周りを回って確認したが、トレットはいなかったはずだ。こんな大きな物体、夜の海とはいえ気がつかないはずがない。

 

「海底よ、海底。錨代わりになって海底にいたのよ。このトレット凄いのよ? 海の中でも、中に入れば水なんて入って来ないし一日に一回海面に出るだけで酸素もなんとかしてくれるの。ベッドもあるし、バーもあるわ」

 

 いやいやいや。バーは要らないんじゃないだろうか。どうもC華製とは思えない。C華が資金を出しただけで、製作者は全く別の人間だったりするのではないか。

 それにしても、まさか海底とは。どこまでも規格外……いや、なんかもう滅茶苦茶としか言いようのない兵器だ。……というか、さっき私たちを襲ってきた時には、まさか海底からジャンプしてきたとでも言うのだろうか? そうだとしたら、その推進力はあのブースターによるものだろう。結果論だが、最初のプランでやることにならなくて良かったかもしれない。船を沈めたぐらいでは自立活動しそうだ。

 

「あら。自己紹介がまだだったわね。私は重巡級艦娘の『足柄』よ。以後よろしく。そして、死ね☆」

 

 足柄――妙高型重巡洋艦の一人だったっけ……などと考える間もなく、トレットが動き出した。上左腕の太い鉄棒を上まで持ち上げ――私たちに向かって、振り下ろして来た。ゴシャアン! と轟音が鳴り響く。私たち四人は既に横に飛んで避けていたが、鉄棒を思い切り叩きつけられた床はグチャリとヘコんでいた。

 

「あ。あちゃー、これの解放忘れてたわねぇ……っと!」

『艤装接続確認。パージシマス』

 

 足柄の声に反応するように合成と思しき冷たい声がトレットから聞こえた。ナビゲーションシステムみたいなモノまで付いているらしい。バシュン、と空気の抜けるような音が床にめり込んだ鉄棒から聞こえたかと思うと、パキンと真っ二つに割れ、下に落ちた。中から現れたのは灰色混じりの細いが幅広い刀身。鉈、だろうか。

 

「なるほどな。土木工事用の外装を外すと、中から武器が現れるってわけか」

「えぇ。ステキでしょう?」

 

 ただの鉄の棒が何の作業に使われるというのだろうか。……ドリル等を使用するときの支え、とか?

 

『天龍、聞こえるか。提督だ』

「なんだベイン。いま忙しいんだが」

『状況は回収班のあきつ丸から聞いた。まともにやりあってもそいつは壊せねぇだろう。艦娘が乗ると強化されるモンに艦娘だけで勝てるとは思えん。いま、加賀が例のブツを運んでる。五分待て。多分、それでトレットもなんとかなる。例のブツがなにかは知らんが』

「なげーよクソッタレ。例のブツって……あぁ、そういうことか。了解だぜ」

 

 いつのまにか回収班が来ていたらしい。多分、コカイン・バッグを拾い終わって既に離れているのだろうけど。だが、いま私たちが超絶ピンチということだけは伝えてくれたみだいだ。

 

「あらあらー、何の相談かし……らっと!」

 

 その声と共に、今度は横薙ぎでトレットの鉈が襲ってきた。ガトリングガンや背中のアレを使ってこないのは弾切れでも起こしているのか……いや、遊んでいるだけなのかもしれない。自分が絶対的な優位にあることをよくわかっているようだ。

 

「ぽぉーい!」

「その気が抜ける掛け声やめて夕立ちゃぁん!」

 

 夕立ちゃんにツッコミを入れつつ、ブンブンと振り回されるトレットの鉈から走って逃げる。あれに当たったら、間違いなく上下真っ二つになるかあたった部分からくの字に折れ曲がる。

 

「チッ! グレネードを投げる! 離れろ!」

「!」

 

 武蔵さんが歯でピンを抜き、トレットに向かって手榴弾を投げた。戦艦級の力で投げられたそれは、真っ直ぐに足柄の方へ飛んでいき――彼女の目の前で爆発した。

 

「やったっぽい!?」

「やめて夕立ちゃん!」

 

 煙が晴れる。……足柄は、まったくの無傷のまま不敵に笑っていた。艦娘だから、というわけではないだろう。眼と鼻の先で爆発を受けたら、普通の艦娘ならある程度のダメージはあるはずだ。だが、彼女は服すら汚れているように見えない。

 

「あっはっは! 操縦席が剥き出しに見えたかしらぁ? このトレットはね、操縦者の安全と居住性を最大限に考えているのよ! なんでかは全く分からないけど、私に直接攻撃しようとしても無駄無駄よ!」

「バリアーでも付いているのか? ……なんて理不尽な兵器だ。色々とオーバーテクノロジーの臭いがするぞ、アレ」

「そんなこと言ってる場合じゃないです、武蔵さん! とりあえずブースターを潰しましょう!」

 

 武蔵さんにそう叫びつつ、私はあえてトレットの近くへ走った。あれだけデカいと、足元への攻撃はおろそかになる……というかデカすぎて、上に乗ってる状態じゃ真下は見えないと判断した。の、だが。

 

「死角になりそうな部分を残すと思う? ちゃぁんとカメラがついているわよ」

「ッ!」

 

 鉈をよけつつトレットの懐に潜り込んだ私だったが、そこにドリルが襲ってきた。恐ろしいほど大きな回転音を響かせながら迫ってくるそれに死の恐怖を感じつつ、トレットの股をくぐって後ろ側に行くことでそれを避けた。あ、危なかった。勝手な推測で動くのはもう止めよう。金輪際しない。……あ、でもこの位置はいいかもしれない。きっとアレは後ろ方向には弱い。ここから攻撃を――

 

「後ろには攻撃できないと思ってない? そっちにもカメラあるし、武器も届くわよ? 乗り慣れてるから両側面から攻撃されても余裕をもって対応できるけど」

「……お、思ってないです。思ってるわけないじゃないですか」

「何してんだ吹雪。戻ってこい」

 

 天龍さんに手招きされ、すごすごと三人のところに徒歩で戻った。その間、なぜかトレットの攻撃はなかった。私の動揺を見て情けをかけられたのかな。悲しい。

 やはりまともに戦ってなんとかなるような相手ではないらしい。まぁ、四人しかいない艦娘の身体能力と装備だけで何とかなるようなのだったら、正規軍がそう簡単に負けるはずもないか……。

 

『天龍。あと四分だ。ちょっと話でも聞いてみろ。なるべく戦わない方がいいだろ?』

「了解だベイン。オイコラ、足柄とか言ったか。なんでお前、海賊に協力してんだ?」

「お金よ、お金。捕鯨がどうこうとかどうだってよかったわ。あと、色。男いっぱいいるし。毎日トレットの中に連れ込んで取っ替え引っ替えだったわよ。上手さとか大きさとか持続力とかのランキング付けて遊んでたわ」

 

 くねくねとわざとらしく身体を揺らす足柄に対して、私の顔が熱くなってしまう。そういう話題には、正直弱い。処女相手になんて話をしてくるんだ、この人。いやまぁ知ったこっちゃないのだろうけど。

 

「あー、なんかイライラしてきたわ。あとは新入りのジョージとシューマッハを連れ込めばコンプリートなのに。これだけ騒いで壊したら、しばらくそれどころじゃなくなっちゃうわねぇ。もしかしたらもう死んじゃったかも……うん。とっとと殺すわ、あなたたち」

「逆効果じゃねーか!」

『ありゃー』

 

 やっちゃった、とでも言いたげな提督のムカツく声を叱責する暇もなく、トレットのガトリングガンがこちらに向けられた。マズい。さきほどまでと違って、今度はこちらをしっかりと見ながら機関銃を構えている――

 

「何ボサッとしてるんだ! 走り回れ!」

「は、はい!」

 

 武蔵さんの声にビクン! と身体を強張らせながらも、すぐさま私は走りだした。四人各々、バラバラの方向へ走っているが……いまのガトリングガンの狙いは天龍さんだ。置いてある壊れた机や椅子を踏んでジャンプしたり、甲板の端のヘリを蹴って身体を反対側に向けながら飛び、着地と同時に走ったりして上手く弾に当たらないようにしながらも引きつけている。

 

「チッ! ちょこまかと面倒ね!」

「動き出したっぽい!」

 

 さきほどまでは足を止めて撃っていたトレットが、ついに足を動かし始めた。つま先をあげ、腰の両側に付いたブースターから火が噴き出し、天龍さん――いや。武蔵さんに向かって行く。ガリガリ、と床をカカトで削り取りながら武蔵さんに接近したトレットは、ブン、とドリルを突き出した。ガードしようとしたのか、武蔵さんは一瞬だけ両腕をクロスさせていたが、すぐに止めて横へ飛んだ。

 

「クソ! こっちに来たか! なんてヤツだ。天龍を狙いながら私を殺そうとしたのか!」

 

 ドリルは右腕で、左腕のガトリングガンは天龍さんを狙い続けている。操縦席の見えない部分にカメラの画面でもあるのかもしれないが……全く別の視界にいる二人を同時に狙おうとするなんて。かなり乗り慣れているようだ。

 

「オラオラどうした! ぜんぜん当たらねぇぞ! その背中のは飾りか!?」

「挑発のつもりかしら? ……いいわ、乗ってあげる」

 

 トレットが武蔵さんから離れた。同時に、五本指のアームだった下右腕が動き出し、鉈腕を外した。外れた腕を放り投げ、背中にあったモノを掴み――ガチン! と接続した。なるほど。あの五本指のアームはそういう用途だったのか。

 背中の腕はロケットランチャーか何かだと思っていたが、どちらかというと大砲に近い形状をしている。艦娘が使うような小型のモノではなく、本当の戦艦に付けるようなソレだ。

 それにしても天龍さんはなぜわざわざアレを使わせるようなことを……あぁ、そうか。例のブツとやらを輸送している加賀さんは多分、ヘリコプターで来る。それを落とされないために、弾を消費させるつもりなのだろう。加賀さんの操縦技術なら避けられるだろうけど、リスクを減らしておいて損することはそうそうない。

 

「死になさぁい!」

 

 大砲が天龍さんに向けられ、その砲口から大きな弾が発射される。天龍さんは横に転がって直撃を避けた――だが、床に弾頭が接触した瞬間、弾は爆発した。その爆風を避け切ることは流石に出来ず、天龍さんの身体が吹き飛ばされる。

 

「ぐおぁッ! クソッタレ! 痛ぇじゃねーか!」

「殺すつもりで撃ってるんだから当たり前でしょ? もう一本追加するわよ!」

 

 再び五本指アームが蠢き、ドリル腕が外されて大砲アームに換装された。片方は天龍さんを、もう片方は――夕立ちゃんを狙っている。その両方が、同時に発射された。

 

「っぽぉいぃぃぃぃん!」

「……はぁ!?」

 

 足柄が驚愕の声を出した。私も唖然とした。夕立ちゃんは、飛んでくる弾を真っ直ぐに見つめながら――後ろに倒れた。そして、膝を曲げ……自分の上を通過するその弾頭を、上に向かって蹴りあげたのだ。なんて無茶苦茶な。彼女に関しては艦娘という括りどころか生物という括りすら超えている気がする。蹴り上げられた弾は九〇度方向を変え、上に向かって行く――そうだ!

 

「夕立ちゃん! その弾をもう一度蹴って、トレットに当てて!」

「は? 無理でしょ。何言ってるの吹雪ちゃん」

「……ごめん」

 

 時間の九割を狂気の笑みで過ごしているような相手に真顔を向けられるのはものすごく悲しくなる。どちらかの表情が演技とかならまだマシなのだろうけど、夕立ちゃんに関しては間違いなくどちらも素だ。心へのダメージが倍増する。せめて、せめていつもの語尾をつけてほしい。あ、蹴られた弾が海へ落ちてった。

 

「なにあれ。ありえないでしょ。……あんまり相手にしたくないわね。となると、先にあの眼帯女か包帯女か……あるいは」

 

 くるり、とトレットの身体がこちらを向いた。大砲も、二本共こちらに向けられている。マズい。マズいマズいマズい! 一本ならともかく、二本は確実に直撃するか爆風で負傷する! なら……。

 

「まずは確実に一人ずつ減らし……「えい!」きゃあっ!」

「ナイスだ、吹雪!」

 

 持っててよかったサイリウム爆弾、その2! 三本ほどまとめて折って、トレットの前に投げ捨てた。激しい爆発と音、そして緑色の煙がもくもくと吹き上がる……目眩ましには充分だ。

 

「またこれ!? 芸がないわねぇ!」

「使える手は使い切るまで全部使う主義なんです! 武蔵さん、天龍さん、夕立さん! 大砲を壊しましょう!」

 

 私はそう叫んだ――ブースター部分を、指差しながら。

 

「させないわよぉ!」

 

 両方の大砲をブンブンと振り回しながら、トレットは適当に弾を打ち出す。取り付かれないようにそうしているのだろうが、無駄だ。私たちの狙いはそれじゃない。

 

「武蔵さん!」

「ほれ!」

 

 私の声に反応して、武蔵さんから小さい金属の塊が飛んでくる。これは重りで、端にとても丈夫な縄の片方が結び付けられている。武蔵さんがいつも持ち歩いている、カジノでもお世話になった『万能ロープ』だ。武蔵さんがそう思い込んで様々な用途に使っているだけで、実際にはただの丈夫なロープだけど。そのロープをブースターにぐるぐると巻きつけ、ギュッと縛る。

 縄のもう一端は……既に天龍さんが掴み、走っていた。彼女はさきほどトレットが捨てたドリルの腕に近づき、端にくくり付けた。私もその傍に寄り、二人でゴロゴロとドリルを転がす。トレットから離れる前に、追加でサイリウム爆弾を投げておくのも忘れない。

 

「夕立ちゃん!」

「ぽぉぉぉい!」

 

 ドリルを甲板のヘリまで転がしたところで、夕立ちゃんの名前を叫んだ。彼女は甲板の反対側にいたが――そこから、とてつもない速さで駈け出した。充分な助走を付け、大きくジャンプし……そのまま、ドリルに向かって飛び蹴りを当てた。ガン! という衝撃音と共に、ドリルがヘリの手すりと共に落下していく。

 

「んにゃっ!? なにこの音! 何をしたの!?」

「えい」

「あぁもう、この煙うざったい!」

 

 ロープを切られるわけにはいかない。私は三度サイリウム爆弾を投げた。投げやすいなぁコレ。

 ドリルアームはたしかに重いが、トレット自体を引っ張れるほどではない。だが、それでいい。それだからこそ、視界が塞がっている足柄は気が付かないのだ。ブースターの接続部が、ギシギシと音を鳴らしていることに。

 

「こっちだ、こっち! ばーか! 足バカ!」

「殺す! 絶対に殺――!?」

 

 天龍さんの挑発に乗り、トレットが声の聞こえた方向を振り向いた瞬間……バギン! という金属のへしゃげる音がした。シュルルルル、とロープが床を滑っていく。ブースターが捻じり外され、ドリルに引っ張られているのだ。そのまま、夜の海へと落下していき……ボチャン、という音が聞こえた。海に沈んでいったのだろう。

 

「なんて奴ら! 最初から機動を削ぐつもりだったのね!」

「そのための重りをくれたのは貴様だがな。トレット自体が壊したようなモノだ。あと私のロープ。さすが私のロープ」

「ああああああもう! 腹立つ! 腹立つ!」

 

 片方だけであっても、ブースターを壊した意味は大きい。これで、トレットはさきほど武蔵さんにやったような急速接近は出来なくなった。片方だけ吹かそうものなら、ぐるぐると回転する羽目になるだろう。なにより、あの足だけで動くというのは簡単じゃないはずだ。つまり。彼女は、回避がしづらくなった。たとえ、何が襲おうとも。

 

「絶対にブチ殺す! うふふふふ! いつまで逃げられるかしらねぇ? 」

「いや、もう逃げないぜ。……時間切れだ」

「ッ!?」

 

 パラララララ……という音が、夜の闇に響いた。プロペラの音だ。そして、トレットの姿が上からのライトで照らされた。私たちのはるか上空で、ヘリコプターが旋回していた。加賀さんの操る大型ヘリだ。何度か見たことがあるけど、やはりとても大きい。逃亡用の車がアレで運ばれてきたこともあった――ヘリコプターの下に、ロープで吊り下げられる形で。そしていまも、何かが吊り下げられている。暗い上にかなりの高さにいるため、いったいなにがあるのかは分からないが。

 

『到着しました、提督。時間通りです』

『流石だなぁ、加賀は』

「あぁ。優秀な操縦者兼運転手だぜ」

『艦娘としては複雑ですけどね』

 

 無線から、提督の声と加賀さんの声が聞こえてきた。加賀さんはだいたいの仕事で運転手をしている。車、ボート、ヘリコプター。話によるとジェット機まで操縦できるらしい。自分が空母であることから、航空機に興味を持ち運転技術を得たそうだ。……好奇心だけで簡単に得られるモノだっけ?

 

「あはは! たかだかヘリコプターが来たぐらいで、何を勝ち誇ってるのよ! あぁ、ひょっとして私を上へ持ち上げて落とすつもりとか? あのサイズのが四台もあれば出来るかもね!」

「そうだな。ヘリだけではどうにもならないだろう。だが、私たちが求めていたのはあれ自体ではないのでな」

『では、例のブツを投下します』

 

 武蔵さんの声に呼応するように、加賀さんが言った。同時に……ヘリコプターの下に括りつけられた何かが、こちらに向かって落下してきた。あぁ、なるほど。多分、アレはドリルだ。さきほどトレットが付けていたドリルを指しているわけではなく、私たちがよく使うドリルの方。セキュリティドアをこじ開けるための小型ドリル、金庫破り用の中型ドリルなど、様々な場面で私たちの鎮守府はドリルのお世話になっている。よく壊れては武蔵さんのスイッチが入って暴れ出したりするけど。

 たしかカジノ強盗作戦会議の時に話題に出ていた。夕張さんが作ったアホみたいに大きいドリルがある、と。私は見たことがなかったが、それがいま上か……ら……あれ? なんか違うような。

 近づいてくるにつれ、落下物の輪郭が見えてきた。なんだあれ。ただの、板にしか、見えな――いや。そんな場合じゃない。アレは、間違いなくトレットに向けて落ちてきている。つまり、目の前にいる私たちも危ないんじゃ。

 

「いいいいいいいやあああああああ! ブースター! ブースター!!」

 

 足柄も何かがどこへ落ちてきているか気がついてしまったのだろう。ブースターを思い切り吹かした――が、逆効果だった。急激に、しかも片方だけ始動されたせいか、トレットはバランスを崩してその場に倒れてしまった。

 そして、横に倒れたトレットに向けて。何かが、落下した。耳を劈くほどの音と、大きな揺れが私たちを襲う。超上空から落とされたそれは凄まじい速度になっていて、トレットの上半身と下半身を真っ二つに切断した。その直後……トレットは、。大きな爆発を起こした。燃料か何かに火が付いたのだろう――アレほど苦戦させられたトレットだったが、破壊は一瞬だった。

 それにしても、いったい何が落ちてきたのだろう。箱……いや、違う。板。板だ。鉄の板。……とても見覚えがある。

 

「まさかこれ、私たちの鎮守府の……」

『えぇ。タンカーの一部が剥がれかけていたので、剥がして持って来ました。サビだらけで貼り直したくなかったのもあります』

「何が例のブツだ。分かるわけねーだろ」

「ドリルだと思ったっぽい」

「俺も」

「私もだ」

「私もです」

 

 みんな同じことを考えたらしい。まぁ、分かるわけがない。まさかただの鉄板だなんて。なぜわざわざ『例のブツ』なんて言葉で隠したのだろう。それに、上手いこと私たちがトレットの機動力を削いでいたから破壊できたけど、全くの無傷だったら、ただの鉄板でいったいどうするつもりだったのか。トレットは破壊できているが、船はまだまだ無事だ。最悪、トレットも船も無事のまま終わっていたのだ。あの加賀さんが、何も考えていないとは思えないけど……。

 

『……え? 提督からは、なんか重い物を持って行けとしか言われていませんでしたが。到着したらロボットが動きづらそうにしていたのでそういうことかと思って狙って落としましたけど……提督と打ち合わせしていたのでは?』

「ベイン、あとで殴る」

 

 私と同じ疑問を抱いたらしい天龍さんが加賀さんに質問したが、返ってきた答えは最悪なモノだった。溜息しか出ない。この怒りなのか呆れなのか諦めなのかよくわからない感情はあとで提督の腹にでもぶつけよう――などと考えながら、トレットの方を振り返り……ギョッとした。ボロボロになった足柄が、トレットの上半身だったガラクタの傍に立っていたからだ。

 

「なんてことなの……。まさかあんな乱暴な方法で破壊されるなんて」

「よく生きてましたね……」

「ほとんど死んでるわよ。はぁ……トレットの中に、お金とか貴重品とか入れてたのに……また稼ぎ直しね」

「逃がすと思いますか?」

「いや、別に逃げるんなら逃がしていいぞ吹雪。特にそいつに用はない。トレットの破壊だけが任務だったしな」

「あ、そういう感じなんですね」

 

 向かってくるなら殺すけど、逃げるつもりなら逃がす……ということらしい。まぁ……この件で私たちに恨みを持って復讐しようとしてきても、まさか鎮守府に乗り込もうとしてきたりはするまい。艦娘だらけだし。仕事の邪魔をしてくるようなら、そのとき改めて死なせてあげればいいだけの話だ。同じ艦娘を殺すのは、ちょっと抵抗あるけど。

 

「それじゃ、ばいばい。願わくばもう二度と会いたくないわね」

 

 ふりふり、と手を振りながら足柄は海へと飛び込んだ。あの様子だと、復讐の心配は無さそう……かな。ふぅ、と息を吐いて私はその場に座り込んだ。つ。疲れた。肉体的にも精神的にも自分を酷使してしまった気がする。もう帰りたい――と心の中の弱音を聞かれたかのように、提督から通信が入った。

 

『ご苦労さん、お前ら。トレットは破壊、コカインも大量に手に入れた。大成功だな』

「あぁ。客船はどうする? あとベイン、あとで殴る」

『トレットの破壊のために客船を沈めるつもりだったからなぁ……放置でいいだろ。あー、A連邦の人間に知り合いがいるから捕まえさせるわ。手柄大好きマンだから喜ぶな。トレットはもうないし、海賊の構成員もお前らのおかげでボロボロだしな。殴るのはやめてくれ』

「フム。じゃあこのまま加賀のヘリで帰還させてもらう。あとベイン、あとで殴る」

『そうしてくれ武蔵。殴るのはやめてくれ』

「報告書は私が作成しますね。あと提督、あとで殴ります」

『頼んだ。殴るのはやめてくれ』

「あー。すっごい疲れたっぽい。帰ったらお風呂とご飯♪ あと提督さん殺さなきゃ」

『こ、殺!?』

 

 どうやら、願いどおり帰還することが出来るらしい。良かった。馬鹿な提督が『ついでに客船沈めようぜ!』とか言い出さなくて。

 加賀さんに無線を入れて甲板ギリギリまで下に降りてきてもらい、四人で乗り込んだ。扉が閉まると同時に、ヘリコプターが浮き上がる。あっという間に、束の間の地獄を味合わせられた船が遠く、小さくなっていった――

 

 

「さてさて。こないだの報酬とコカインでようやくギリギリの赤字まで会社が持ち直したぞう。ご苦労だったな、吹雪」

「いえ、とんでもありません」

 

 電撃タイタニック作戦――そういえば結局船沈めてないし電撃的な速さでもなかった。作戦名からしてグダグダである――から数日がたったある日。私は提督に呼び出され、執務室にいた。

 

「いやぁ、お前はホント便利だわ。適度に動くし、作戦中も気が利く。もう少し経験を積めば天龍や利根みたいにリーダー担当に指名することもできそうだ」

「……ありがとうございます」

「実に、実に優秀だ――なんでそんなお前が、この鎮守府に来たんだろうなぁ?」

「ッ!」

 

 ぐっ、息を飲む。まさか、この男がこんな探りを入れてくるなんて――いや、違う。あの顔は……ただ単に「なんでだろう」と不思議がっているだけの表情だ。一瞬でも『こいつ実は狡猾なんじゃ』と考えてしまった自分が恥ずかしい。

 

「就職先が見つからなかっただけ、と何度も言ったじゃないですか」

「そうだっけ。いやー厳しい時代だねぇ」

 

 そんなわけがない。単独で兵器、あるいは軍隊と同じだけの力を持っている艦娘が就職できないなんてことがあるわけがないのだ。無職の艦娘なんて、スカウトしてでも欲しい人材だ。

 だが、この男は疑わない。何一つ疑わない。本当に、心の底から相手を信じている――といえば聞こえはいいが、単純に何も考えていないだけなのだろう。でなければ、私のような怪しい存在をここに残しておくわけがない。

 

「あ、そうそう吹雪。次の仕事だ」

「えー……この間の作戦の疲れ、まだ残ってるんですけど。休暇も溜まりまくってますよ?」

「フッフッフ。この俺がそのことを考えていないとでも?」

 

 物事を考えることが出来るんですか? というツッコミはやめておいた。下手に余計な口を挟んで、拗ねられても困る。

 

「次の仕事は日本のある村の、タバコ屋のお婆ちゃんからでな。『犬を探して欲しい』んだってよ。つまり――」

「あぁ、なるほど。休暇がてらの仕事ってことですね」

「そのとおり。やるか?」

「はい、ぜひ!」

 

 なるべくこの鎮守府で過ごしておきたい理由はあるのだが、ここに来てからずっと提督や天龍さん、利根さんやその他様々な同僚たちに振り回されてきた。ここらで少し、休んでもいいはずだ。

 

「なんと探している間、村の温泉宿まで取ってくれたぞお婆ちゃん。一週間ほどだ」

 

 ……? タバコ屋のお婆ちゃんが、犬のために一週間分の温泉宿代を払ってくれた? なんだろう。何か、とても嫌な予感がする。

 

「報酬自体もかなりデカい。いやぁ、タバコ屋って儲かるんだなぁ」

 

 提督は何も疑ってはいないようだが、私は心底怪しんでいる。絶対、ただのタバコ屋のお婆ちゃんじゃない。

 

「外国産の犬だってよ。いや、他所の犬って言ってたかな? まぁどっちでも同じ意味か。たしか『ニエ』とか『イケ』とかそんな名前だったはずだ。暴れるようなら始末してもいいとかなんとか。冗談が上手いお婆ちゃんだな」

 

 絶対ただの犬じゃない。ニエとイケ……生贄!? あ! 間違いない! これマズい村だ! 変な儀式とか宗教のある閉鎖的な村だ! オリジナル童歌が流行ってる系の!

 

「それじゃよろしくな。とりあえずまず依頼主に会ってきてくれ。この住所にいるから」

 

 提督から渡されたメモを見て、私は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 あぁ。絶対に断るべきだった。メモに『贄墓村』という金田一か工藤Dあたりが訪れそうな村の名前が書かれているのを見ながら、私はそう思った。

 

――to be continued.

 

 

 

 

 

 

「もしもし。私です。足柄です。はい。えぇ。奴らは何も気がついていません」

「えぇ。全てはあなたの思い通りです。トレットのデータは、間違いなく私が手に入れています」

「現物は破壊されてしまいましたが、これさえあれば再現できるでしょう。はい。はい。えぇ」

「もちろんです。裏切りなんてしませんよ。それでは」

「……A連邦首相殿」

 

「……………………」

 

「もしもし。足柄です。はい。A国には、ダミーの方を」

「アレで作れるのは、劣化版の更に劣化版だけです。まぁ、クレーン車で暴走するぐらいの被害は出せるんじゃないでしょうか」

「はい。はい。えぇ。奴らはコカインとサイリウム爆弾を持って行きました」

「えぇ。本命はA国の人間が。……えぇ。忌々しいことに、彼も『提督』と交友関係にあります」

「はい。はい。問題はありません。誰にも何も気づかれてはいませんから」

「えぇ、では」

「……老(ラオ)殿」

 




なにこれ、ミステリー回でもやんの次回?

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