万屋鎮守府   作:鬼狐

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4話から5話でとても時間が空きましたが次の話は一週間後ぐらいにあがります。
表紙イラストは夢茶さんです。


第五話―GOUTOU SIMULATOR―(前篇)

(表紙)

【挿絵表示】

 

 

【作戦会議日、12:43】

【Side吹雪】

【提督執務室、あるいは会議室】

 

「さて――集まってくれた諸君。作戦会議を始めよう。まず我々が勝つのに必要なのはA合衆国の占領だ。ゆえに1936年中の宣戦布告を」 

「提督。HOI4やりすぎです。あとそれ、日本以外だと厳しいです。兵隊が揃ってない時期だというのはわかりますが……いや、関係ない話するのは止めてください」

 

 目の前の男――提督によるのっけからの脱線発言に、私――駆逐艦吹雪は極めて冷静に……というよりは、冷たく返した。ややイライラしているので、八つ当たり気味にそうしていることを否定はできない。

 苛立ちの理由は、本来なら十二時から始まるはずだった作戦会議が、既に三十分以上も遅れていることだ。原因は提督。彼が遅刻してきたのだ。それも『すまん時計見ずにHOI4してたら時間過ぎてた』という理由で。腹も立つというもの。……そう考えると八つ当たりでもなんでもないかな。

 

「とっとと本題に入れボケ。歯ァ全部抜いて噛み砕くぞ」

「えっ」

「とっとと本題に入っても、一人一本ずつは抜くがな」

「えっ」

 

 苛ついているのは私だけではない。今回の仕事メンバーとして召集されたのであろう天龍さんや武蔵さんたちもだ。夕立ちゃんも……あぁ、夕立ちゃんに至っては既に歯科医とかでよくみるペンチを五本ほど使ってジャグリングしてるや。普段から持ち歩いているのか、それともこうなるとわかって持ってきたのかは知らないけど。準備いいなぁ。あははははは。二本借りようかな。

 

「お、落ち着ケヨ。お前らの怒りは分カルが……流石にソレはひどくナイカ?」

 

 ……わ、わぁ。や、優しいなぁレクラスさん。……深海棲艦なのに。存在以外は実に常識的で良心的な人だ。人じゃないけど。

 それにしてもレクラスさんもいるとは。彼女も今回の仕事に参加するのだろうか? あまり人目に触れさせてはいけないと思うのだが。だって深海棲艦だし。

 

「じゃあ多摩が穏便な罰を考えるにゃあ。永遠のおやすみをもらうのと今すぐ多摩に少しのおやすみをあげるの、どっちがいいかにゃあ?」

 

 物騒なことを言いつつしれっとサボろうとしているのは、球磨型軽巡二番艦『多摩』さん。初めて会って艦娘だ。……彼女はどうおかしいんだろうか。やや物騒な言葉を吐いたけど……まぁただの冗談である可能性も無くはないし、そうだとすればもしかしたら性格だけなら普通に近いかもしれない。かもしれないだけだが。というかどうおかしいんだろうと思う時点で私も相当染まってきているのでは……いや、自己防衛本能として当然か。

 一番最初にこの部屋に入ったのが私で、次に入ってきたのが彼女だった。そこではお互いの名前ぐらいの極々簡単な自己紹介しか出来なかった。誰にもまだ彼女のことを説明されていないから、正直それ以上どう接していいか分からない。接し方に爆弾があるかもしれないので、迂闊に話しかけるのも躊躇われるのだ。

 見た目は身長の低い美少女で、髪の色は浅紫。……日本製の艦娘は基本的には全員日本人のはずだけど、なんだか日本人離れした髪の色が多いなぁ艦娘って。強化されるまでの過程で色が着いてしまうのだろうか。……どうでもいいか。

 

「どっちのおやすみもお断りだ。よし。じゃあ改めて会議を始める。今回の仕事はざっくり言うと『偽札強奪』だ。あきつ丸くん」

「はい。皆様方、こちらの写真をご覧くださいであります」

 

 そういうと、あきつ丸さんは白い壁に掛けられていた額縁を外して床に置き、ぺたぺたと大きな紙を貼り始めた。なんだかアナログだ。

 今回の会議はカジノの時のものとは違う点が多い。あの時は円卓の周りに座って各々の目の前にあるモニターを見ながら話し合っていたが、今回はみんなソファや絨毯の上に座っている。メンバーは私、天龍さん、武蔵さん、夕立ちゃん、レきゅ……レクラスさん、多摩さん、あきつ丸さん。合計七人の艦娘。あきつ丸さんは雑用や裏方担当だとしても、六人の艦娘はドンパチするには相当の火力過多だ。いったいどんな任務なのだろう。

 

「ここに……この写真の右上に、『ゴートバンク』と書いてあるだろ? 今回の狙いはこの銀行だ。それもA合衆国のLアンゼルスにあるそこそこ大きな銀行。ここの金庫室には、他と変わらず現金だの金塊だのが並べられ、壁のロッカーには証券だの宝石だのが置いてある。一見、どこにでもある銀行と変わらないが……えー、それで。えーと。あぁ。だが狙いは金じゃない。複数の金庫室の一つにあるステキな空間だ。そこには偽札を刷るためのプリンターと原板が置かれてる」

 

 説明しながら提督はあきつ丸さんが外した額縁を持ち上げて、誰もいない方向にぶん投げた。なぜぶん投げた? 

 

「今回は結構大変だぞ。情報以外のコネが使えん。極々秘密裏に動く必要があるんだ」

「だから今回はアナログに紙とペンで会議してるんですか? ハッキングとか盗撮防止とかで」

「いや、これはGTA5ごっこしてるだけ」

 

 理由ゥ! さっき額縁投げたのはトレバーの真似か。彼の真似をするには身体付きも狂気も足りないと思う。

 

「この強盗に使用するのはボート、ヘリ、装甲車、爆薬、大型ドリル、その他諸々。それらを全部他所様から調達せにゃならん。現場で直接使うから、足が付く可能性のあるウチの所有物は一切出せん。武器と防具とマスク、それにいくらかの小道具ぐらいだ。必要なら大人のおもちゃの持ち込みは許可するが、ゴムは足が付かないように現地調達しろ」

 

 そんな雑な下ネタで無理矢理GTA5っぽくされても。

 

「まぁホントは全部コネで足付かずに調達できるけどな。せっかくだしGTA5っぽく行こうじゃないか。金も節約できるし」

 

 いつこのおっさんを殺せる不審者ミッションが出来るか楽しみだ。

 

「今回は六人チームを二つに分けて、三日掛けて準備をしてもらう。天龍、いつも通りリーダーはお前だ。お前、武蔵、夕立、吹雪の四人に加えて、二人のメンバーを選んでくれ」

「は? ……多摩とレクラスじゃねーのか? ここにいるっつーことはよ」

「まぁたしかにそれしか選択肢は無いが。選んでくれ」

「何言ってんだテメェ」

 

 天龍さんが怒りに満ちた顔になった。訳の分からない上に選びようのない選択を突きつけられたら誰だってあんな表情になる。

 

「チッ、面倒くせぇ。あー、まずレクラス」

「レ級か。表に出せる仕事はさせられんが、強さは折り紙付きだ。深海棲艦だしな」

 

 ペタペタとレクラスさんの顔が載った書類らしきものを張りつつ、提督が言った。どこまでGTAごっこしたいんだこのおっさん。

 

「お前もちゃんとレクラスって呼べボケ。深海棲艦とかいうな。……あと多摩」

「多摩か。火力だけならこの鎮守府でも一、二を争う艦娘だ。精度を弾数で補うタイプだぞ。その二人でいいか?」

「その二人しか候補いねぇだろボケ」

 

 ソファに座り、絨毯の上に投げ出されていた天龍さんの足が曲がり、ガタガタと揺れ始めた。イライラが貧乏揺すりとなって表に出て来ているようだ。

 

「次にやや派手な作戦と派手な作戦のどちらかを選んでくれ」

「どう違うんだよ?」

「派手な作戦は、すべてが終わったあとにこの部屋でクラッカーを鳴らす」

「違いって言わねぇんだよそういうのは。ブッ殺すぞ。どっちでもいい」

 

 なんだろう。ひょっとして天龍さんのこと怒らせたいのかな、提督。

 

「じゃあ派手な方にしとこう。一日目は軍用ヘリとボートを確保してきてもらうぞ。メンバーの振り分けは?」

「そうだな……」

 

 地図の横に『一日目』、と赤字で大きく書かれた下にはブツの写真や目的現場の風景と共に『ボート窃盗』と『軍用ヘリ強奪』と縦に並んで記してあり、その二つの間には空白がある。そこにメンバーを書き込むようだ。

 

「ボートは吹雪、夕立、レクラス。軍用ヘリは俺、多摩、武蔵だ。吹雪、レクラス。夕立に変なことさせんなよ」

「了解です」

「オウ」

 

 あきつ丸さんが空白に私達の名前を書き込んでいく。私の方は楽そうだ。ボート小屋からこっそり適当なボートを持ち出すだけだし。軍用ヘリのほうは……『軍事基地強襲』、か。……大きな花火が上がるんだろうなぁ。

 

「では二日目だが――」

 

【強盗準備一日目、10:02】

【side吹雪】

【Lアンゼルス海岸】

 

「周囲に人影はゼロですね」

「それじゃ、サッサト終わらせヨウ。この格好、暑いシ目立つシで最悪ダ」

 

 双眼鏡を覗きながらの私の言葉に、レクラスさんが気だるそうに返した。双眼鏡を外して彼女の方を向く。肌やら尻尾やらを隠すために、まだ暑い時期だというのにすっぽりとフードを被っている。深海棲艦って温覚あるのか。大して普通の生物……いや人間と変わらないのかもしれない。

 いま覗いていたのは海岸沿いの崖下にあるボート小屋である。かなりボロっちい。提督の情報によると、観光客向けではなく地元民……それも非合法団体向けらしく、一般人が近寄りづらいように場所も見た目も『やってるのかやってないのか分からない』感じにしているそうだ。

 ここからはボートが浮かんでいるようには見えない。ボロいがそこそこ大きな建物なので、多分中に入っているのだろう。

 

「中の様子は見れないっぽい。従業員は一人か二人らしいけど、もしかしたら中で別の団体さんと話してる可能性もあるっぽい。ロケットランチャー使っていい?」

「なんで持ってきてるの?」

 

 窃盗任務だしレクラスさんもいるから静かに終わらせなきゃいけないのに、夕立ちゃんは当然のようにロケットランチャーを構えていた。合図一つで撃つつもりだろうなあれ。

 それにしても夕立ちゃん、私は双眼鏡を使わなきゃ見れないのによく裸眼で見えるなぁ。……適当なこと言ってる可能性もあるけど。

 

「小屋の周りマデ近づケバ、中の人数ぐらい気配で分カル。隠密任務慣れしテルからナ。行くゾ」

 

 慣れで分かるモノなのかなそれ。……あぁ、人間じゃないから五感以外の何かが発達してるのかな。

 レクラスさんに先導してもらいながら静かに崖を滑り降り、ボート小屋まで百数メートルという所で岩場に隠れる。

 

「人の気配は……一人ダナ」

「話し声は聞こえないけどテレビの音は聞こえるっぽい。客もいなさそう」

 

 レクラスさんはともかく夕立ちゃんはなんなのホント。百メートル離れてるんですけど。

 

「じゃあショットガンで押し入ってホールドアップさせてから撃ち殺そうっぽい!」

「なんでホールドアップさせてからなの?」

「ツッコミズレてるゾ。麻酔銃持ってきたカラ、穏便に行コウ」

 

 ……たしかに。別にわざわざ殺す必要無いか。どんどん染まってるような気がする。心を強く持たなければ、ヤラれてしまうかもしれない。

 そんなショックでやや猫背気味になりながらも、音を消して走るレクラスさんと夕立ちゃんの背中を追う。窓の前に張り付いて、レクラスさんはそのまま胸元から何かを取り出した。夕立ちゃんのほうは窓に向けてロケットランチャーを構え出したので、私は無言で彼女のランチャーの砲口を手で抑えた。

 

「武蔵が作ッタ小型のガラスカッターダ。音も無く切レル。大型の機械は夕張、小型の道具はダイタイ武蔵と覚えてオクとイイ」

 

 なんかイメージ的には逆っぽいけど、そういえば美術館の時に武蔵さんが使ってたドリルもかなり小型だったっけな

 

「……よし。切れタ」

 

 ものの数秒で、レクラスさんの手によって半円上にガラスが切られた。そのまま彼女はカチリ、とクレセント錠を外して窓を開けた。

 レクラスさん、私、夕立ちゃんの順番で窓から中に入り、キョロキョロと見回す。綺麗な壁紙にツルツルの床。ボロボロな建物だったように見えたが、タンスや机などといった家具なども思ったより綺麗で新しいものに見える。

 

「外装の割に、中は結構普通……というか、むしろ小金持ちって感じですね」

「金払いのイイ客相手二商売してるンだろうナ。管理人はコノから部屋にはいナイみたいダガ。隣カ? ……隣だナ。人がイル」

 

 何をどう感じてるんだろう。私には何にも分からない。夕立ちゃんは……鼻を鳴らしてうんうんと頷いている。鼻も凄いんだね夕立ちゃん。同じ艦娘か毎度毎度疑わしくなる。

 

「じゃあ発煙筒投げるっぽい。レクラスさんなら見えなくても気配で撃てるよね?」

「アァ。……お前にシテは随分とステルス向けなモノヲ――」

「……あ、これダイナマイトだったっぽい。ま、いっか。えーい」

 

 ちょ。……ちょ!?

 

「オマっ!?」

「えぇっ!?」

 

 私は驚愕した。夕立ちゃんの暴走以上に、レクラスさんの行動に。あろうことか彼女は、夕立ちゃんの手から離れようとしたダイナマイトを掴んだのだ。そしてそれを、そのまま己の口の中に放り込み、飲み込んでしまった。

 数秒おいて、ズン、という音が彼女のお腹から響く。なんだこの人。深海棲艦じゃなくて柱の女なのかなひょっとして。

 

「何を大キナ花火を上げヨウとシテんだお前ハ! あーモウ。色んな意味でマズかっタ」

「危なかった、ですね……」

 

 はぁ、と二人で大きめな溜息を吐く。夕立ちゃんはニコニコと笑ったままだ。ホント、彼女だけはなにを考えてるのか全く分からないなぁ。

 ……待てよ。この状況、あまり宜しくないのでは。散々騒いでしまっている。隠密行動中にも関わらず大きな声や音を立ててしまったし、隣の部屋に聞こえているんじゃ……大丈夫かな?

 

「なんじゃ、お主ら。今日はまだコールガールは頼んでないはずじゃが?」 

 

 うん。大丈夫じゃなかった。そりゃそうだよね、散々騒いでしまってたもんね。隣の部屋に続いているであろう扉から、体格の大きい老人がのほほんとした顔でこちらを覗いていた。

 

「チッ。あらかじめマスクを付ケテおいてよかったゼ。悪いが爺サン、眠ってもラウ」

「なんじゃ、娼婦じゃないのか。……胸は無いが尻は良い形じゃな。百ドル払うから触らせてくれんかのう?」

「ほざいテロ、エロジジイ」

 

 ヒュッ、という音と共にレクラスさんが麻酔銃を構えて老人に向け、即座に引き金を引いた。放たれた弾は真っ直ぐに老人の身体に向かっていき――そして外れた。……え。よ、避けた? 艦娘でもない老人が、身体を素早く捻って弾を避けた!?

 

「ナッ……!?」

「知らんのか小娘。エロジジイはたいてい強いんじゃぞ」

「初めテ聞イタわボケ!」

 

 当たらないと判断したのか、麻酔銃を捨て、レクラスさんが床を蹴って老人に飛びかかる。距離を詰めたところで、彼女はパンチやキックを次々と繰り出した。一発でも当たれば致命傷となるであろう威力の攻撃が、常人では出せない間隔で振るわれる……だが、老人はそれらすべてを紙一重で避け続けた。

 

「クソッ、お前本当に老人カヨ!」

「回避に特化した武術じゃ。老いた身でも大した支障はないし、こんなこともできる」

「!?」

 

 老人が、拳を振るうレクラスさんの腕を掴んだその瞬間……ぐるり、とレクラスさんの身体が回った。たったあれだけの動きで宙返りさせられるなんて。そのまま、レクラスさんは思い切り地面に叩きつけられる。

 

「ぐァァッ!」

「ひょっひょっひょっ。これがエロジジイのセクハラぢからじゃよ」

 

 なんて無茶苦茶な。どうしよう。はっきり言って、私は夕立ちゃんやレクラスさんほど体術に長けていない。それでも艦娘パワーだけで有象無象の置物なら薙ぎ倒せるが、こんな達人相手では余りにも分が悪い。けど、銃を構えた所でこの距離じゃ撃つ前にヤられそうだし……。

 

「ぽーい!」

「夕立ちゃん!?」

 

 私が次の手を考えている間に、夕立ちゃんが床を蹴って老人に殴りかかった。いや、違う。いつの間にか立っていたレクラスさんの動きに合わせたのだ。二人で別の方向から襲いかかるつもりか。

 

「何人で来ようと同じことじゃ!」

 

 だが、焦りもせずに老人は二人の腕を両手で同時に掴み、二人の反対側へと再び投げた。くるりと回って宙に浮いた二人はお互いにぶつかっ……いや。違う。

 

「なぬっ!?」

 

 レクラスさんは低く、夕立ちゃんは高く、回りながら飛んでいた。力を更に利用したのか。ぶつかることなく歯車のように二人はすれ違い、そのまま地面に立つ。二人を掴んでいたままだった老人の腕は、思い切りクロスした。すぐさま彼はそれを戻そうとしたが、両腕が使えないチャンスを逃す二人ではない。掴まれていないほうの腕で、同時に老人の顔を殴りつけた。

 

「グファォッ!? ぐ、なかなかなやるのう。ここじゃあ戦うには少し狭い。場所を変えさせてもらうぞ!」

 

 顔を抑えたままそう叫び、老人は窓ガラスを突き破って外へと飛び出した。そのまま、すぐに走り出す。老人とは思えない脚力だ。あっという間に姿が見えなくなった。……うん。

 

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が辺りを支配する。誰も追わなかった。私達が用があるのはボートであって、彼ではない。

 

「自分を殺しに来た、とでも思ったんでしょうね。商売柄、敵は多そうですし」

「そういうことだナ。都合の良い勘違いをしてもラって助かっタゼ。ぶっちゃけ強かったシナ……最悪負けルぞアレ。さ、ボートを貰ってイクカ」

 

 ボートが置いてある部屋を探しに歩き出したレクラスさんと夕立ちゃんの背中を見ながら、私はふう、と溜息を吐いた。一日目はこれで終了。私はとくに何もしてなかったけど、任務完了には変わらない。さて、あっちは大丈夫だろうか――

 

【強盗準備一日目、13:13 】

【side天龍】

【Lアンンゼルス、A合衆国空軍基地】

「もーえろにゃもえろーにゃー空軍基地よもーえーろー」

「語呂悪ぃな。空軍基地の部分だけクソ早口にして無理矢理リズムを合わせている辺りが特に」

「だが語尾が猫だと違う意味の萌えろに聞こえてくるな。上手い」

「上手くはねぇだろう。しかも語尾が猫でもその腕に付いてんのはガトリングだぞ? 萌えねえよ」

「サイボーグクロちゃんという前例があるじゃないか」

「キッドはピエロのマスクなんて付けてねぇだろ。語尾じゃなくて本人が猫だしよ」

 

 暴れる多摩を眺めながら武蔵とくだらない雑談をしてはいるが、回りは修羅場も修羅場だ。俺の後ろでは武蔵がカチャカチャとノートパソコンを弄っている。さらに目の前では、多摩が弾除け代わりの頑丈な箱に隠れながら、時折身体を出しては腕につけたガトリングガンを景気よく回して軍人を殺している。俺も兵士たちの弾幕の隙間を縫って顔を出しては両手に一丁ずつ持ったP90の引き金を引いてはいるが……大分、辛くなってきた。弾はまだまだあるしダメージは一つも無いが、単純に飽きてきた。同じ場所に篭って何十分も延々と敵を撃ち殺しているだけの作業。これがFPSなら進行不可バグを疑ってクイックロードを選んでいるだろうな。

 だがこれは紛うことなき現実だ。死体が産まれては吹き飛ばされ、すぐさま補充されていく。もう何十人も殺したはずだが、こちらに銃を向けている人間が減る様子はまるでない。はぁ。いつになったら終わるんだ?

 

「チッ。キリがねぇ。援軍も次々来てやがる。オイ、武蔵。まだ終わんねーのか、ハッキングはよ」

「あと少しだ」

 

 さっきもそのセリフを聞いた気がするがな、と俺は心の中で悪態を吐いた。だが現状では武蔵に頼るしかない。プログラミングだの機械だのは俺にはサッパリだ。

 なぜこんな状況になってしまったのか。全てはシリアスファッキンクソ野郎のベインのせいだ。民間人が所有している農薬散布機を奪い、超低空飛行で空軍基地へと突っ込み、対空砲で撃墜される前に飛び降り、艦娘の頑丈さを最大限に活かして着地して、敵が集結する前に目当てのヘリまで全速力で走って乗り込む。ここまでがベインの計画で、実際そこまでは上手くいったんだ。奇跡的に。

 だが、そのヘリが問題だった。最新式なのか試験機なのかは知らないが、操縦するのにパスコードの入力と指紋が必要と来やがった。当然、そんなものを知っているわけがない。指紋は適当なヤツから『奪った』が、パスコードをインタビューで聞き出す前に銃撃戦が始まってしまった。そのため、今は武蔵によってヘリの制御プログラムに対するハッキングが行われている。それが終わるまで、この単調な戦いは終わらない。ベインめ。機体の下調べもしておけよ。もしくはクライアントに聞いとけよ。

 最初は殺した兵士を数えて多摩と競っていたが、今はうんざりとした顔を隠すこともなくただ淡々と撃ち殺しているだけだ。マスクで見えないだろうが。1000チケ差が付いてるのに残り1000人殺さなきゃマッチが終わらないと例えれば分かりやすいか。

 多摩はキッドをリスペクトして無理矢理作らせたガトリングガンが撃てるだけで楽しいのだろう、飽きもせず嬉しそうに弾をバラ撒き続けている。ガトリングとしては短めだが、人の頭よりも大きくて重い重火器であることには変わりがない。艦娘やサイボーグ以外が使ったら、アレを嵌めた腕が吹き飛ぶだろうな。

 チッ。トリガーハッピーならぬガトリングハッピーが羨ましくなる日が来るとは。ここまでグダグダとした戦いも(敵さんの方は地獄がやってきたとでも思っているだろうが)、随分と久々だ。こうしてライン工めいて銃を撃っていると、遠い昔のことをついつい思い出したくなる。艦娘になるよりも前のこと……初めて俺が自分の歪みを自覚した日……そう、アレはたしか、『ベイン』と初めて会ったときのことだ――

 

「ハッキング終わったぞ」

 

 っとと。危ねえ危ねえ。退屈過ぎて、つまらないことを思い返しそうになった。実際、大した思い出でもないのだ。若気の至りで所構わず暴れ回っていた俺が、敵だった提督に出会い、暴れ方と暴れる場所を変えただけ。つまりは今もあの頃も、ほとんど変わっちゃいない。だが、まぁ。自分の異常性に気が付かされて開き直ったのが変化といえば変化……いや。考えごとなどしてる場合じゃねぇな。

 

「オイ、天龍、多摩。さっさと乗るんだ」

「おう」

 

 武蔵に促され、多摩と共に素早くヘリに乗り込んだ。軍事機密の技術がふんだんに詰まった機体、奪われるぐらいなら破壊してしまえという発想に至るのにそう時間は掛からないだろう。その前に基地から脱出する必要がある。

 

「ところで武蔵。お前、ヘリの運転なんざ出来たんだな。長い付き合いだが知らなかったぜ」

「なに? 多摩がパイロットをするんじゃないのか?」

「にゃ? 天龍が操縦できるんじゃなかったのかにゃあ?」

「…………」

「…………」

「…………」 

 

 クソッタレめ。なぜ俺も含め誰も各々のスキルを確認しなかったんだ。

 

「武蔵。もっかいハッキングして鎮守府と繋げろ。あそこから加賀に遠隔操縦させる」

「それ、もはや新しいプログラムを作り出すレベルの話だぞ」

「他に方法ねーだろうが」 

「はぁ。そうだな。とりあえず軍用の衛星回線にさえ繋がれば夕張にも遠隔で手伝ってもらえるだろう。時間は掛かるがな」

「……任せた」

「またまた撃ち放題にゃ♪」

 

 大きなため息を吐きながら、俺と多摩はヘリから降り、再び箱の裏へと身を隠した。やってられねぇ。退屈な銃撃戦、再開だ――

 

【作戦会議日、12:57】

【side吹雪】

【提督執務室、あるいは会議室】

 

「さて、二日目だが――片方はドリル、もう片方は装甲車を入手してきてもらう。前者はLアンゼルスの工事現場に、後者はロス市警に押収されている」

「鎮守府のドリルジャ駄目なのカ?」

「大きいモノを使うことになるからダメだ。持って帰ることも出来んし、いつもみたいに揉み消せないからそこから足が付く」

 

 いつもは揉み消しているのか。うーん。逆になぜ、今回は揉み消せないのかな。……そういえば、今回の仕事は誰が依頼したものなのだろうか。そもそもなぜ地方銀行の中に偽札プリンターがあるのか。誰の命令でその銀行は偽札を刷るのか。まだ何も聞いていない。

 

「押収された装甲車ってどういうことにゃ? 装甲車って警察とか軍隊の持ち物じゃないのかにゃ」

「普通のとは違う。装甲スポーツカーだ。以前にPAYDAYギャングが盗み出したモンと同型……そっから流れたのがマフィアの手に渡って、そのマフィアが崩壊したときに押収されたモノだ」

 

 それを警察署に殴り込んで奪うのか……大変そうだ。

 

「どーすっかな。どちらにせよレクラスは目立つが……あぁ。レクラス。お前は警察署だ。俺と吹雪で強奪するから、遠くから双眼鏡で支援しろ。夕立、多摩、武蔵は工事現場だ。重機の運転は武蔵に任せるぞ」

「私に多摩と夕立の二人を制御しろというのか」

「多摩がお前らを制御すんだよボケ武蔵。銃撃戦がないときは、お前より多摩のが理性的だ」

 

 む。制御する側なんだ、多摩さん。比較的まとまな部類ということなのか、それとも何か条件が満たされない限りは問題ない艦娘なのか……なんだかスタンドの能力を検討してるみたいだな私。 

 

「いいか、今回はお前のドリルじゃなくて他所様のドリルなんだ。何があっても、絶対に『スイッチ』は入れるなよ?」

「ハハハ。馬鹿を言うな。自分のならともかく、この武蔵が他人のドリルにキレるわけがないだろう――」

 

【強盗準備二日目、13:15】

【side多摩】

【Lアンゼルス、高層ビル工事現場】

 

「このぉ!! ポンコツでぇ!! クソッタレなぁ!! ゴミカスぅ!! ドリルがぁぁぁぁぁああああ!!」 

「知ってたにゃあ。きっとこうなるって」

 

 はぁ、と諦めたように多摩は大きなため息を吐いた。ことあるたびに派手な音を出そうとする夕立を抑えつつ、こっそりと作業員に見つからないようドリル搭載車に近づいて、無事に乗り込んだのに。やや古い型だったのかエンジンがなかなか掛からず、武蔵のスイッチが入ってしまった。武器も持ってない作業員相手に、ガトリングをぶち回すつもりはないんだけどにゃあ。多摩が好きなのは銃を持たされ訓練を施された軍人に引き金を引くことであって、多摩に傷一つ付けられないモノを甚振る趣味はない……ま、邪魔になるなら殺すけどにゃ。どーしよ。警察を呼ばれると困る……困るかにゃ? はー。なんで多摩がこっちのチームなんだにゃ。気苦労が多すぎる。早く帰って『恋人』に会いたいにゃ。武蔵と夕立、どちらかだけならともかく二人ともなんて……そういや、夕立は何をしてるんだにゃあ?

 

「はーい、皆さーん。大人しくしていて欲しいっぽい。何もしなければ、何も起きない。貴方たちはヒーローじゃないし、英雄にも、勇敢な王にもなれないっぽい。黄金の冠を頭から『掛けて』欲しいなら、私のポケットマネーを溶かしてあげるからそれで満足して欲しいっぽい。分かったら、大人しく床に伏せっててね。警察を呼ばれた所で、少々面倒なだけで貴方たち全員を殺してあっさりと逃げ帰れるっぽい。つまり貴方たちが出せるであろう勇気は、私たちの無駄な苦労と貴方たちの無駄な死にしかならないの。静かに。静かにね。ほんのちょっとだけ我慢してれば、皆が生きて帰れるっぽい」

 

 ……うわ。RPGを構えて、作業員たちに演説している――それも、日本語で。いや、なんでにゃ。伝わるわけないにゃ。全員、『What……?』みたいな顔してるにゃよ。分かりやすく物騒な武器を見せつけられてるから怖がって地面に這いつくばって両手を上げてるけど。

 

「クソ! クソ! クソ! どうしてこうもドリルって奴はゴミしかない! シット! ファック! ××! ×××××! ×××の××で×××××××!!」

「あー。えーと、聞くに耐えない汚い言葉が止まったら帰るから死にたくなかったら大人しくしていて欲しいにゃ。ソイツは冗談抜きで、いや、いま構えてるRPGを貴方たちに撃ち込んで笑う所までを冗談にするヤツにゃ。車の音が去ってから一分後に顔をあげていいから、さっさと顔を下に向けて敵意の無さをソイツにアピールして欲しいんだにゃ。オーケイ?」

 

 武蔵の汚い叫び声を無視しつつ、多摩はさきほどの夕立の演説をざっくりと翻訳し、作業員たちに伝えた。にゃー。すごい。夕立が今にも発射しそうな雰囲気を出しているのを感じたのだろう、作業員たちは一斉に顔を伏せた。打ち合わせでもしていたかのように綺麗に同時だった。全員、ガタガタと震えている……あ、何人か失禁してるにゃ。大の男が……とは言うまい。いつ四肢を吹き飛ばされてしまうかも分からない状況だし仕方がないと思う。核兵器か何かを向けられて詰問されたら、多摩だってきっと失禁しながら知ってることをすべてベラベラ話してしまうに決まってるにゃ。マタタビもらったりとか恋人相手でもベラベラ喋っちゃうけど。やめられない、とまらない。

 さて。夕立は演説に夢中で、警察とかいうめんどいのを呼ぶやもしれない作業員たちは大人しくなった。これで、あとはドリルを所定の場所まで運べば今日のお仕事は完了。道中で警察がピエロマスクの謎の人物が運転するドリル車を目撃することがあれば少々ごたつくかもしれないが、まぁ大丈夫だろうにゃ。ポリスたちはきっと、今ごろは警察署で暴れるピエロマスクか、警察署から装甲車を盗んで走っているピエロマスクに夢中だ。そう、何も問題はないのだにゃ。

 

「××××××! ××××! ×××××! ××××××××××××!!」

 

 放送禁止用語を叫び続ける艦娘が、ドリル車を壊さなければ、の話だけれどにゃ。

 

【強盗準備二日目、13:00】

【side吹雪】

【Lアンゼルス警察署】

 

「レクラスさん。予定ポイントに到着しました。確認できますか?」

『問題なく見えるゼ。この距離ナラ、スナイパーライフルを持ってりゃお前の胸元のリボンダケ狙って撃つことダッテ出来ル』

「やめてくださいね、思い入れのあるリボンなんですから」

 

 無線の向こうのレクラスさんに釘を刺しつつ、私は壁をじぃ、と見つめた。私と天龍さんがいるのは、警察署の裏手……盗難車等のワケアリ車両が並べられた駐車場を囲んでいる、高く白い壁の裏だ。なんらかの会社と思しきビルは並んでいるが、既に一般的な出社時間が過ぎているせいか、車の通りは少なく通行人もいない。ここからでは当然、高い壁の向こうを見ることはできない……が、警察署から道路を挟んで反対側のビル屋上にいるレクラスさんが双眼鏡を片手に待機してくれている。そこから駐車場を確認してもらっているのだ。

 

『駐車場にはいま誰もいなイゼ。監視カメラは見えるケドナ』

「随分と警備が薄くないですか?」

「車のためだけに警察署の特殊駐車場に押し入ってくる輩がいるなんて、想定してないんだろ。警官だって、無限にどこからか産まれてくるわけじゃねぇ。PAYDAYギャングが暴れてるせいで深刻な人手不足だろうしな」

『それ二、あそこに置かレルのは警官が中身を散々調べ回シテ元の持ち主も特定された盗難車が大半らしいゼ。証拠隠滅するニハ遅いシ、高い車を盗み出すナラ他の場所のがよっぽど安全ダ』

 

 なるほど、納得だ。それなら車までは素早く辿り着けることだろう。監視カメラが異常に気づき、人員を送って来るまで何分掛かるか……おっと。

 ついつい余計な計算をし始めてしまうところだった。今日の仕事は、隠密任務ではない。むしろその逆で、なるべく派手に、目立つようにやらなければいけないのだ。ドリル車とかいう、ただ道を走るだけでも目立ちそうなのから警察の目を逸らすために。

 

「んじゃ、とっとと始めるか。早く終わらせれば終わらせるだけ、自由時間が増えてオシャレなストリートでウィンドウショッピングが楽しめる。ひらっひらの服を試着して、キラキラ光るアクセサリーを買って身につけて、高い料金でマニキュアを塗って、金のありそうなヤツを釣って適当に抱かれたあとは、ソイツの金で柔らかいベッドを楽しむことが出来るぜ。素敵だろ?」

「天龍さんそんなキャラじゃないでしょうに。昨日だって仮拠点のマンションに帰ってくるなり即座に武蔵さん連れてバー巡りに行ってたじゃないですか」

「俺がやるとは一言も言ってねぇだろう?」

「私もやりませんよ!?」 

 

 だって処女だし。別に男嫌いとかではないが、この年で今更適当に捨てようという気にもならない。

 

『ちなみに私もやらナイ。色ンナ理由で』

「でしょうね」

 

 深海棲艦だしなぁ。孕むことはないかもしれないけど……というか、天龍さんが言ったような典型的なティーンエイジャーみたいな行動する人、万屋鎮守府にいるのだろうか。

 

「いいのか? 泊まりがけで来てんだぞ? 余裕を持って男を喰えるチャンスだぜ」

「いえ、私はあまりそういうのは……それに男なら、一応鎮守府にいるじゃないですか。提督という」

 

 まぁ、例え突然ムラムラして処女の癖に誰かに抱かれたくなったとしても、提督を選ぶことはないけれど。

 

「アレに抱かれるぐらいなら、アソコにコンクリートブロックを突っ込んだほうがまだヨガれるぞ。一回だけ試したが、ダメだアイツのアレは。使えねぇ」

 

 だ、抱かれたことあるんだ……まぁ、なんというかハリウッド映画みたいに軽い感じで男とベッドインするの似合うしなぁ天龍さん。その分、好みも五月蝿そうだ。勝手な想像だが。

 

『オラ、いつまでもガールズトークシテねぇで始めヨウゼ。体勢が辛ぇんダヨ。身を乗り出シテ、お前らがいるところを双眼鏡越しに見下ろしテンダ。肩と腰にクるぞ、コレ。柵に腹乗せてるカラ、腹筋は鍛えられそうだけドモ』

 

 ガールズトークって言うのかなぁ今の。ヒールよりの女性たちの酒場での会話っぽかった気がするけど。

 

「レクラスに限界が来る前に終わらせてやるか。作戦はマンションを出る前に話した通りだ」

「はい」

『あー。会議デハ同意したケド、実際に来てみりゃ結構な高さだゾここ……まぁ、壁に爪を突き立テリャ減速できるカ?』

 

 爪……? まぁ深海棲艦だし。やろうと思えばマイナーアクションで完全獣化と破壊の爪! とか叫びながら硬くて鋭い爪が指から伸びたりするのだろう。流石にただの艦娘である私に、それを真似することは出来ない。建物五階分ぐらいなら今のままの爪でも耐えられるかもしれないが、それ以上はべりっと剥がれそうだ。

 そんな至極どうでもいいことを考えながら、私はバッグの中身をゴソゴソと漁った。取り出したるはいつものピエロマスクとビニールに入った白い粘土……のような指向性のプラスチック爆弾だ。ステルスでやるならロープか何かで壁を登ってから発破しただろうけれど、今回は騒ぎを起こすのも目的であるため先に壁を破壊する手筈になっている。

 車がいない隙を見計らってマスクを被りつつ、爆弾をペタペタといくつも壁に貼り付けていく。ちなみにこれらは武蔵さん特製だ。『オリジナル調合だ。プラスチック成分と爆薬成分がなぜか混ざり合って大変だったんだぞ?』と言っていたけれど……プラスチック爆薬の『プラスチック』って『可塑性』を意味する単語であって、『合成樹脂』のプラスチックとは無関係だったような。しかもどうやって指向性持たせてるんだろう。普通、指向性爆薬って指向性を持たせるために成形済みで専用ケースとかに入れてあるはずなのに……『尖らせた部分の裏に向かって爆発する』とか雑なこと言ってたな……不安だ。大丈夫かなこれ。

 発破の時は一応遠めに離れとこうかな、と考えているうちにすべての爆薬が貼り付け終わった。半楕円形になるように貼ったので、あとは信管を刺してスイッチを押せば誘爆して壁に大きな穴が空くはずだ――ちょうど、車が一台通れるぐらいの穴が。

 

「天龍さん、発破準備完了です」

「よし。レクラス、そっちはどうだ?」

『問題ナシ。……イヤ、警察官が一人来たナ。サボりに来たノカ片手にタバコを持ってイル。……あー。問題ネェ。ちょうど壁の裏に寄りカカッテ吸ってるカラ、そのまま爆破シロ』

 

 なんて不幸な。……まぁ、吸い終わるのを待つ義理もない。ちょうど壁の裏なら、もしかしたら助かるかもしれないし。倒れて来るであろう壁から逃げられたらの話だけど。

 

「装甲車は見えてるか?」

『アァ。事前に聞いたとおりのカラー、車種、ナンバーのが置かれてルゼ。壁と車の間にゃ何もねえカラ、入れば分かるしすぐに出せル』

「邪魔な車を爆破解体する必要無くなりましたね。どうしましょう、余り」

「あとで車から投げて使え。三つ数えるぞ。三」

 

 爆弾の一つに信管を刺し、走って離れる。天龍さんはクラウチングスタートの体勢だ。

 

「二」

 

 信管を遠隔から作動させるスイッチをバッグから取り出し、構える。

 

「い『いいや! 限界だ! 押すね! 今だ!』」

 

 ……!? 突然無線から聞こえてきた提督の叫びに驚き、思わずボタンを押してしまった。そういえばこれ、提督とも繋がっているんだった。すごい静かだから忘れてたけど。

 カチッ、という音と共に信管が破裂し、プラスチック爆弾が誘爆する。不安だったがたしかな指向性だったらしい、こちらには爆風一つ無いが壁は綺麗にくり抜かれ、倒れた。だが大丈夫だろうか、一秒早かったし天龍さんのタイミングがズレてしまったのでは……いや。流石は天龍さん。既に走り出している。提督の謎の妨害を予測していたのか、妨害に慣れているがゆえかは分からないけれど。

 

『チッ! 遅れた! クソアスホールベインめ、帰っタラ爆破してヤル!』

 

 レクラスさんが怒鳴りつつ無線をブチリと切った。それと同時に、真上からガリガリ、という何かを擦るような大きな音が響く。レクラスさんが降りてきているに違いない。

 まぁ、レクラスさんと私が多少遅れる分には問題ない。どうせ天龍さんが来るまでここで待機なのだから。だがもし天龍さんが提督のせいで早まり、私が遅れていたら……最悪、天龍さんが壁ごと吹き飛ばされていたかもしれない。

 

「というわけで提督、あとで必ず殺しますからね。天龍さんの仇です」

『え!? 四部アニメの名シーン観てる間に何があったの!? 天龍死んだの!?』

 

 あぁ、興奮し過ぎて思わず叫んでしまったのか。なら許……さない。仕事中にアニメ観ているほうが悪い。すべて提督が悪い。『押すなよ! 絶対に押すなよ!』レベルで押したくなるもんね、あのセリフ。だから私は何も悪くない。

 まぁでも実際には天龍さんは生きている。だからあとで奥歯をちょっと砕く程度で許そう――なんて思いつつ、天龍さんのほうに顔を向けた。おお。既に装甲車に辿り着いている。どうやら鍵は掛かっていなかったらしく、ガラスを割ったりピッキングしたりすることもなく彼女は運転席のドアを開け、中に入り込んだ。

 少し待てばこちらに来てくれるだろう、と私は別の方向に顔を向けた。駐車場には天龍さんしかいない。流石に警官はまだ来てないようだ。だが、遠くにさきほどレクラスさんが言っていたサボり警官らしき男の背中が見えた。チラチラとこちらに何度か首を向けたり戻したりしながら私達から逃げている。応援を呼ぶつもりなのだろう。タフな。しかもどうやら無傷のようだ。随分と運が良い……あの人、こないだ秋葉原で会った店員さんに似てるな。気のせいかな。

 サボり警官と店員の顔を頭の中で合わせていると、ドルン、という小気味の良い音が鳴り響いた。もうエンジンが掛かったようだ。早い。スポーツカーとかの高級車のエンジンって、最近だとスイッチ式が多いせいで、キー式よりも難易度高いんじゃなかったっけ? たまたまキー式だったのか、それとも天龍さんが凄いのか……後者かもしれないな。

 初任務の際に彼女が運転する車に乗ったけど、とても上手かった覚えがある。ギャングのアジトから逃げる時、曲がりくねった路地裏を速度を落とさず走り切った上、通行人も壁や蛇行で全部避けていた。

 ひょっとしてプロの車泥棒とかだったのかなぁ、天龍さん。それならキー無しでエンジンを回す技術もあの運転の上手さにも納得出来る気がするレベルだ。

 そういえば、艦娘になる前の話とか全く知らないや。天龍さんとも、彼女以外の誰とも。そのうちふんわり尋ねてみようかな。お酒の席とかで私から話せば、お返しに誰かしら教えてくれるかもしれない。

 マンションに戻ったら、重めのマイ過去を適当に考えておこう。『両親が殺されて行き場を無くしたために艦娘になって軍に入ったけど、両親を殺したのが軍の人間であることを知り、銃殺して仇は取ったものの、相手の殺人の証拠が無かったせいで軍に追われる身になってしまったので、半ば治外法権と化している万屋鎮守府に来たんです』、とかでいいかな。十割嘘だけど。

 増援や署の中からスナイパーが来ないかなどを警戒しつつそんなことを考えている内に、天龍さんが比較的ゆっくりと道路にいた私の目の前までスポーツカーを走らせ、止めた。間髪入れずにすぐさま私は助手席に乗り込んだ。

 うーん。流石、高級車。シートの座り心地が良い。柔らかくてそれでいてしっかりとしていて……そんな感想を抱いてる場合じゃなかった。

 

「悪い、遅レ――」

「よし、出すぞ」

 

 後ろのドアがガチャリと開き、レクラスさんの声が聞こえてきた瞬間に、天龍さんが後ろを確認せずにアクセルを踏んだ。

 

「チョッ!?」

 

 車はあっという間に最高速度に達した。レクラスさんは……うわーお。開いたドアに爪で捕まってる。つまりは、まだ車外だ。あぁ、うん。とてもマズい。彼女は結構軽いらしく、いま空中で横倒しになっている。いつ振り落とされても、おかしくない。

 

「あの、天龍さん!? レクラスさんが!」

「あぁ? ……何やってんだアイツ。座ってから声掛けろよ」

「あっ!! 理解しました!! その顔は切り捨てようとしてる表情ですね!?」

 

 バッグミラーで一瞬だけ目をやって溜息で話を終わらせた天龍さんにツッコミを入れつつ、私は助手席から後部座席に移動しよう……としたが。丈夫そうな金網が張ってあるせいで行けないことに気がついた。なにこの車。どんな用途で使われてたんだろう。

 

「ああああああ!! マズい!! 何がマズいッテドライバーが天龍ナノガマズい!! 落ちタラ絶対に見捨てられル!! 置いてカレル!! 振り落とされても死なないケド!! 振り落とさレテフードとマスク外れて正体バレたら社会的に死ヌ!! ってイウカ、風でマスクがヤバイ!! 外れソウ!!」

「天龍さぁん!! レクラスさんが色々なマズいんですけど!! 深海棲艦だってバレますよ!?」

「レクラス用の緊急事態回避道具が俺のバッグに入ってるぜ。あいつとの任務の時には常に持ってきてんだよ。褐色のビンだ」

 

 なにそれ!? と思いつつも天龍さんが膝の上に置いているバッグを取り、中を探る。褐色のビン……これか。○で囲まれたレという字がマジックペンで書かれている。なんだろう、これ。液体が入っているが。この状況で一体どう使うものなのだろう。

 

「それをレクラスに投げて割れ。空気と日光に反応して、液体がすぐさま炎上する」

「あ、完全に切り捨ててますね!? 燃やして深海棲艦だった痕跡を消し去るつもりなんですね!?」

 

 えーい、流石に存在以外はマトモなレクラスさんを見捨てるのは寝覚めが悪すぎる。私がなんとかしなければ……と思いつつも。天龍さんのバッグをもっと漁りたいという気持ちもあった。見間違えじゃなければ、金属製の小箱が二つほど、バッグの下の方に入っていたような……そしてそれに○で囲まれた吹という字と提という字があったような……前者は投げ捨てて後者は使いたいところだが、そんな場合じゃない。

 

「レクラスさん! 今から爆弾を地面に投げて即時起爆しますので、爆風でなんやかんやしてください!」

「なんやかんヤ!? なんやかんやッテ何ダ!?」

「なんやかんやはなんやかんやです!」

 

 余っていたプラスチック爆弾に信管をさし、助手席のドアを開けて下へと投げた。すぐさまスイッチを押す。……わりと遠くで爆発音が聞こえた。わあ。速いなぁ車って。なんの衝撃もなかった。

 

「すいませんレクラスさん! 無意味でした!」

「腹の下ヲ爆弾が通ってイッタ時の恐怖、あとで思い知らセテやるカラナ!」

「ナイスだ吹雪。爆弾で更に警察の気が引ける。ドリル車のほうはやりやすくなるだろうな」 

「さてはもう頭の中に欠片もレクラスさんのこと無いですね天龍さん!」

 

 どうしようどうしよう。どうやってレクラスさんを……あ、そうだ!

 

「そういえばロープ持ってきてました! 投げますね!」

「最初からそれを使エ! 分かっタゾ! お前アレだロ! テンパると暴走スルタイプダロ!」

 

 レクラスさんの言葉を聞こえない振りで無視しつつ、私は後ろを振り返り、金網の隙間からレクラスさんに向かってロープの端を投げる。彼女はそれをぐっ、と掴んだ。あとはこれを引けば、レクラスさんを車内に戻せる。

 ドアの取っ手から縄になったため、さきほどよりも風に流されてぐわんぐわんとレクラスさんの身体が靡いているが、彼女の方でも縄を伝ってこちらに近づいてきている。よし、レクラスさんが車のヘリに手を掛けた……あ。カーブだ。まっずい。

 

「ギャーーーーー!!」

「レクラスさーーーーーん!!」

 

 カーブによって最高速度のままハンドルが切られたせいで、車体に横方向の力が加わった。物理法則に従って開いていたドアが閉まろうとし、思い切りレクラスさんの手を挟んだ。うわー、痛そう。艦娘だとか深海棲艦だとか関係なく痛いだろうなぁアレ。鞭打が痛いのと同じ理論で。

 

「チッ、なんだこの車内BGM。バラードじゃねーか。カーチェイスに全く合わねぇな。吹雪、俺のカバンにダブステップ集CDが入ってるから出してくれ」

「帰ってきそう! 帰ってきそうなんで! 天龍さんの心にレクラスさんを戻してあげてください!!」

 

 そう叫びつつも、ロープを力強く引っ張り続けた。レクラスさんがさっきの衝撃でロープを離さなくて本当に良かった。

 

「あっぶネェ……今回バカリはマジで死ぬかと思ッタ」

 

 閉じかけたドアを開き、再び車のヘリに手を掛けてレクラスさんが乗り込んできてくれた。

 

「車屋の店員が追いついてきたな」

「一、二、三……五台ってところですね。さきほどの爆発が原因でしょうか」

 

 天龍さんの言うとおり、フォンフォンとサイレンを鳴らしながら数台のパトカーが私達の後ろを走っている。助手席の警官がこちらに撃ってきているが、カンカン鳴るだけで装甲車にダメージは無い。……市内で撃っていいのだろうか。跳弾で二次被害起きそうだけど。知ったことではないが。

 

「レクラス、吹雪。適当に撃ち殺せ。だが全員は殺すなよ。ドリルチームの仕事が終わるまでは追いかけさせる。検問を張られる前にあっちが終わるといいんだけどな」

「………………アイヨ」

「とてもしれっとしてますね、天龍さん。レクラスさんも諦めたような顔で……」

「慣れろ」

 

 そう言われましても。……まぁ、いいや。ドリルチームの仕事が終わるまで彼女らの通行予定路に近づかないようにぐるぐると市内を走り、終わったら追手を全滅させつつ市外へ走れば仕事は完了だ。

 時刻はもう既に向こうが現場に到着しているころ。ドリル車を盗んで走らせるだけなので、そう時間も経たずに連絡が来るはずだ。

 …………来るはずだよね?

 

(後編に続く。)




まさかの前後編。

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