万屋鎮守府   作:鬼狐

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色々やってたらすっごい間が開いてしまった(FarcryとかUndertaleとか)
※挿絵追加しました


第三話―GOLDEN GRILL CASINO―

 『万屋鎮守府』タンカー、提督執務室。

 

「駆逐艦、吹雪。本日、帰還しました」

「うい。どうだった休暇は?」

「九割荷造りと荷運びで終わりました」

「え、二週間もあったのに?」

 

 私――駆逐艦娘『吹雪』の言葉に、目の前の男――提督が目を丸くした。まあ、仕方がない。前の部屋の解約手続きもあったし、この鎮守府に運び込まなきゃならない荷物がたくさんあったし。誰かに手伝ってもらうわけにもいかないから本当に大変だった。何往復したんだろう。

 

「マジかー。全然休めてないんじゃないの? 今度の仕事、かなりデカいんだけど大丈夫?」

「問題ありませんよ。たとえ何かあっても、初日から二件仕事を渡してきた男と二件しか仕事をしてない新入りをデカい仕事に組み込もうとしている男のせいにするので」

「えっ、それ両方とも俺を指してるよね? 許してくれ。前者に関しては俺が悪いし、後者はアレだ。ウチでこれからもやっていくならぜひ経験しておいて欲しいんだわ。『作戦会議』もあるしな」

 

 作戦会議……? そんなものがあったとは。前二件が両方とも『これやっといて。やり方は任せる』というなんとも適当な感じだったからそれが基本スタンスだと思っていた。

 

「もう数十分もすれば、何人かがこの部屋にやってくる。集まったら話し合いだ。まぁ明確な会議時間は伝えてないからいつ全員集まるか分からんけど」

「なんでそんなざっくりしてるんですか。明確な時間を決めて艦内放送でもしてくださいよ」

「えーと、その。吹雪くんが今日のいつ帰るか分からなかったから……」

「休暇でここを出る前に今日のいつ帰るかを貴方に言いましたけど!?」

 

 むしろ伝えた時間よりも早めに提督執務室に参上したというのに。

 うう。こんな調子の男を入れて、果たしてまともな会議が出来るのだろうか。胸中は既に、不安でいっぱいだった。

 

万屋鎮守府 第三話――GOLDEN GRILL CASINO――

 

「では諸君、閣議を始めよう。まず陸軍担当大臣。定例報告を」

「この場にそんな人間いません」

 

 ボケないと気が済まないのだろうかこのボンk……提督は、と溜息を吐いた。他の人たちは提督のアホな言動に慣れているのか、顔色も変えずにただ黙っている。

 執務室には大きな丸い机(提督が謎のボタンを押したら床からせり出してきた。無駄にハイテクを使っているようだ)が設置されており、その周りの椅子に艦娘と提督が座っている。扉から見て正面には提督が座り、左隣は……なんだあれ。まぁいいや。とりあえず置いておこう。提督の右隣には天龍さん。そこから、時計周りに利根さん、加賀さん、武蔵さん、夕立ちゃん、私、あきつ丸さん。艦娘総勢七人。結構な数だ。これでもまだほんの一部に過ぎないというのだから恐ろしい。個人が持っていていい艦娘の数を優に超えている。

 普通は一人につき一人……あるいは、一ファミリーにつき一人だ。このファミリーというのは色々な意味を含む。家族とか、組織とか、企業とか。核兵器レベルとまでは言わないが、一人の艦娘だけでも相当な戦力になるのだ。国同士ならともかく、組織や企業間での抑止力としては十分だろう。だからこそ、一ファミリーにつき一人だ。明確な決まりがあるわけではない。バランスが崩れることを望まない者達が作り上げた、暗黙の了解だ。……そんな艦娘たちを、たった一人のボンクr……提督が多数所持している。恐ろしいことだ。……まぁ、これまで会った人たちを見る限りでは、ここにいる艦娘たちはどこかに所属させた方が恐ろしいことになりそうだけど。

 そんなことを考えながらも、目線はちらちらと提督の隣に向いてしまっている。……そろそろツッコむべきだろう。提督の左隣に座っている人間に。

 

「あの、提督。……その方は」

「あん? あぁ、この人?」

 

 私に尋ねられ、提督は思い切り隣を指差した。超失礼。しかし、本当になんなんだあの人。今は夏。日差しも強いし、海の上であるか風は心地よく吹いているが、それでも気温は高い。だというのに……提督の隣にいる人は、なぜか全身に鎧を身に着けていた。兜まで。それも真っ黒。黒騎士という言葉がぴったり似合いそうな何者かがそこにいた。

 

「彼は今回の仕事の依頼人だよ。俺たちは黒ナイトって呼んでるから、吹雪くんもそう呼んでくれ」

「なんですか黒ナイトって。『黒騎士』さんじゃダメなんですか? なんでそこだけ英語にしたんですか? すっごいしっくりこないんですけど」

「特に理由はないけど。メタナイトっぽいじゃん?」

 

 とても腹だたしい顔で提督が言い放った。なんだろうあの顔は。腹立つなぁこのボンクラ……ボンクラ。

 

「もういいです。……えと。黒……ナイトさんですね。よろしくお願いします」

「よろしく」

 

 うわ。兜のせいか若干くぐもってるけど物凄くいい声だ。巌窟王とか最強吸血鬼とか似合いそう。

 

「よし、じゃあ黒ナイト。今回の仕事について話してくれ」

「一度貴様にすべて話したのだが……?」

「え? ……あー、うん。ほら。本人から話した方が、何か疑問点が出てきた時に補足しやすくていいだろ?」

 

 どうやら提督には、人脈だけじゃなく適当な言い訳を即座にでっち上げる才があるようだ。

 

「雑な嘘を吐くな。どうせ話したことも話した内容も忘れただけだろうに……」

 

 信じてもらうには別の才が必要みたいだけれど。

 

「まぁいい。いつものことだ」

 

 顔まで覆っている鎧のため表情は分からないが、口調と声色に諦めと悲しみの感情が混じっているので何をどう思っているかよくわかる。提督に苦労させられているようだ。多分、いい人に違いない。

 口振りからして彼と提督の付き合いは長そうだが、いったい提督は彼とどこでどう会ったのか。……そもそも何者なのだろうか。なぜ鎧を着込んでいるだろうのか。疑問は尽き無い。

 

「とはいえ今回もいつものヤツ……あぁ、いや。新人がいるんだったな。最初から説明しよう。私はこの世界の出身ではなく別の世界からの来訪者なのだが――」

「いやいやいや。ちょっと待ってください。え、あの? べ、別の世界?」

 

 そんなこと急に言われても。いい人そうだと思ってたけど、まさかの電波枠?

 

「そう、別の世界だ。剣と魔法が当然のように存在し、魔物が人類を脅かし、勇者が魔王を倒すために旅立つ。そんな世界から来た。俗に言う、『異世界』というヤツだな。分かりやすくいうと『ギャグ要素のないこのすば』。かなりハードコアだ。人も魔物もすぐ死ぬし、世界は争い続けている。おっと、ひょっとして……なろう系はお嫌いかな? それともハーモニーの異世界モノ原作のオリ主二次創作派か? あるいは某ちゃんねる発祥の台本形式SSが好みかね? やる夫の方が良いなら、安価スレは好きか嫌いかを聞いておく必要もあるな」

 

 逆にそれらを読んでるんですか好んでるんですか貴方、と聞き返したかったが止めておいた。話が進まない。

 

「いきなりそう言われましても……信じがたいというか……存在するとは思えないというか……」

「科学と魔術を融合させて作られた『艦娘』にそう言われるのは、なんだかロリ亡霊が『お化け怖いよう』と言うのを見ている気分になるな」

 

 さっきから思ってたけど、この人なんか声と見た目と自称の出身の割に凄く俗っぽいというか、かなりサブカルに精通しているなぁ。まぁ本当に剣と魔法の世界にいたなら、この世界の娯楽が珍しいのかもしれないけど……。

 

「そもそもこの世界の魔術は、私の世界や他の世界に存在している魔術をこの世界でも使えるように落とし込んだモノだぞ? ついでにダークソ○ルも実在する異世界をゲーム化したものだ」

「え、そ、そうなんですか? ……後者は関係なく無いですか?」

「誰がいつどうやって最初に異世界へアクセスしたかは知らないがな。まぁ、それはどうでもいい。とにかく、異世界は存在する。むしろ、君らというオカルトが実在しているのに、しないと思う方がおかしいと考えないかね?」

 

 ううむ。反論が思いつかない。というか、反論しようとすら思えなくなってきた。『異世界なんてあり得ない』などと、魔術が表に出ていない時代から見れば『あり得ない存在』である私達に言えたことではないのだ。

 

「さて、話を戻そう。私はこことは違う世界から来たわけだが……元の原因を辿ると『自分の世界の勇者をぶっ殺したい』とシンプルな願いゆえだ。で、そのために『闇の力を纏った邪神の鎧』だの『黒き深淵へと至りし剣』だの『夜を統べる王のための宝石』だのといったなんか中二臭い修飾語のついた装備を集めつつ、更なる外法に手を出していたら……色々と闇アイテムが干渉しあってこの世界に飛ばされてしまったわけだ」

 

 あれっ。勇者殺す側なんだこの人。なんだろう。ライバルとかダークヒーロー的なポジションなのかな。もしくは勇者がクズで復讐に走るハメになったパターン? 

 

「あ、ちなみに私は魔物だから普通に勇者の敵だ。熱血かつ脳筋系の勇者だから嫌いでは無かったが、魔王から給料をもらっている以上は殺さねばなるまいよ」

 

 そう言いつつ、黒ナイトさんは一瞬だけ兜を持ち上げた。綺麗な青色の目だった。……中央に、一つだけ。隻眼という意味では無い。本当に一つだけしか目が無かったのだ。単眼のモンスター……最初からアレを見せてくれれば私もすぐに異世界のこと信じたんだけどなぁ。あ、いや。本人と技術者の趣味で作られた単眼艦娘なんてのもいるんだったかな? 名前は忘れたけど。

 

「問題はここからだ。転移の際、闇のアイテムも一緒だったのだが――この世界の通貨を持っていなかったので全部売り払ってしまってな」

「えええええ!? え、大丈夫なんですかそれ!?」

「全く大丈夫じゃないな。色んな所で悪用されている。一番ショックだったのはこの鎧の使い方だな。凄まじく堅い上に重力を操ることが出来る。自分の本来の体重に関係なく、な。己を紙のように軽くすることも、この鎮守府が一瞬で崩壊するほどに重くなることも出来る。その代わり、適正の無いモノが着ると呪いで発狂し自殺してしまうのだが……警察の処理を自殺で済ませるために殺す相手に無理矢理着させている組織があってな。そりゃあ警察やらに賄賂払って揉み消すよりも安く済むかもしれないが、他にもっと使いようはあったと思ったものだ。お気に入りなのだがなぁ」

 

 う、うわぁ。形はどうあれ存分に悪用されているらしい。同じようなモノがまだまだ世界に散らばっているということか……あれ、待てよ? 売り払って他の組織に渡ったはずなのに、どうして黒ナイトさんはその呪いの鎧――ダジャレみたいだ――を着ているのだろうか?

 

「あの、今の話って着ているその鎧のことなんですよね? どうやって取り戻したんですか?」

「うむ。手に入れた金で戸籍やら何やらを得て、余った金で起業したのだ。無事に成功し、巨万の富を得ている。この鎮守府に定期的な依頼をすることの出来るほどの金をな。あぁ、名刺を渡しておこう」

 

 黒ナイトさんが鎧の中から一枚の名刺を取り出し、テーブルを滑らせるようにこちらに投げてきた。それを受け取り、文面を見る。『「ブラック騎士カンパニー」代表 鈴木 サトル』と書かれている。……素直に黒騎士じゃ何かがダメなのだろうか。意図的に避けているとしか思えない。そしていったい何をする会社なんだこれは。何も伝わってこない。それにこの名前は……あぁ、そうか。戸籍を手に入れたと言ってたっけ。世捨て人から買い取りでもしたのだろう。

 

「ちなみにその『鈴木サトル』は私の本名だ」

「えっ!? 偽名とかじゃなく!? どんな世界なんですか!」

「正確な発音はもちろん違う。こんな純日本人のようなモノじゃない。『スゥーズ・キサトル』でスゥーズが名前だ」

 

 ……非常にややこしい。わざわざ提督が黒ナイトと呼んでいる理由が判った気がした――いや、やっぱりそれでも黒騎士でいいと思う。

 

「で、この会社はいったいどんな業務を……?」

「ん? それが今回の仕事に何か関係があるかね?」

「え!? いや、えっと。それは……無いですけど……」

「全く吹雪くんったら。話が進まないでしょ! これは仕事の方針を決める会議だよ!」

 

 提督が口を挟んできた。ことあるたびに仕事中に無線切ってゲームしてる彼にだけはそんなことを言われたくない。

 

「いやーでもすごいよな黒ナイトの会社。まさか一年であんだけデカくなるとは」

 

 しかも軽い説教した上で関係ない話を関係ない方向に広げるんかーい。

 

「腹立たしいが貴様のおかげではあるな。あれだけ多岐に渡る業務は、軌道に乗るまで貴様を通したコネクションが無ければ不可能だっただろう」

「ハッハッハ。照れるなぁ」

「この世界で最初に会ったのが貴様だったのは幸運ではあったな。貴様を通して闇のアイテムを売り払うことも出来なかっただろうし、あのライオンと川魚から起業に繋がることもなかったろう。戸籍だのなんだのも、システム自体がよく分からなかったし」

 

 ライオン……ライオン? 川魚? ライオンと川魚から起業? え? うう。気になり過ぎる。どんな会社なんだろう。ライオンと川魚が関係している会社……何も想像出来ないし、この二人が会った時に何が起きたのかも全く分からない。気になるよう。

 

「あの、やっぱり気になるので教えてくださ――」

「おっと、脱線したな。話を戻そう。今回の依頼は……今回の依頼も、私が売ってしまったがために世界中に散逸してしまった闇アイテムの一つを取り戻して欲しいのだ。事故でこの世界に来てしまったから、もう元の世界へ戻れるとは思っていないが……流石に、この世界でやろうとすると大規模な儀式と多数の媒体が必要なコトが簡単に出来てしまうアイテムをほっとく訳にもいくまいよ。社会的責任もあるし――お気に入りの品とか思い出の物も多いしな」

 

 話が戻されてしまった。なんかもう、会社のことについては永遠に聞けない気がする。

 

「ま、それは予想してたことだ。問題なのは、どこにあって、どんなアイテムなんだ? ってことだ。お前が持ってきたモンは、その辺を聞いておかないと危な過ぎる。『触ると燃える』なんつー殺意しか感じないアイテムもあったしよ」

 

 ずっと黙っていた天龍さんが口を挟んだ。黒ナイトさんの素性を彼が私に話し終わるまで待ってくれていたのだろう。

 

「うむ。今回は日本にあるカジノ……通称『黄金炎上カジノ(GOLDEN GRILL CASINO)』にそのアイテムは存在している。いろいろ端折って効果を分かりやすくいうなら、『贄を捧げれば捧げるほどに富を得られる』というモノだ。しかも、贄……人の魂と肉と血を払えば、富を守る算段だってしてくれる。至れり尽くせりだな。正式な名前は『血に飢えた紅きサファイア』だったか。誰が付けるんだろうなこういうの。サファイアが赤かったらルビーじゃないか。ほぼ成分同じで赤いからルビー、それ以外の色をサファイアと定義されているのに。……ちなみにこれは、とある財宝好きのドラゴンが持っていたものを――いや、関係ないな」

 

 ドラゴン? 気になる。ちょっとした冒険譚が聞けそうだ。……それにしても、日本にあるカジノ? 

 

「元国営カジノのことですか? 深海棲艦出現のドサクサに紛れて条約が通された」

「うむ。半年も立たずに民営化されたあのカジノだ」

 

 異世界から来た割に、結構この手の話に詳しいのかな。まぁ、そうか。謎の会社の社長らしいし当たり前か。……当たり前か? 何してる会社かさっぱりだしなぁ。

 

「当時のT都知事を覚えているか?」

「あぁ、深海棲艦騒ぎに乗じた多数の横領紛いの所業がバレて、T都民にバッシングされて辞職した人でしたっけ」

「そう、そいつだ。ほとんど知られていないが、民営化されたカジノはソイツが辞職後に立ち上げた会社が経営している。横領で得た金でな」

「えっ!?」

「賭博が罪であるはずのこの国でスムーズかつ騒がれることなくカジノが民営化されたのも、結局横領した金を返しもせずに有耶無耶になったのも、カジノの経営者になれたのも、そしてそれに『気がつかれない』のも……すべて私のアイテムによるものだろうな。富を得るための指示までくれるし世界規模での軽い洗脳まで出来るからなアレ」

 

 どんなチートアイテムなのか。恐ろしい――まぁ、先ほどの鎧の悪用の仕方よりかはまともな悪用をされているようだけれど。その裏でどれだけの生け贄が消費されているのかはともかく。

 

「そして、そのアイテムは現在……カジノの地下、金庫室の更に奥に置かれているらしい。生け贄を捧げる必要があるため、バレぬようにわざわざ別の部屋を作ったのだろう」

「ふむ。カジノの金庫だけでも相当セキュリティが硬そうなのに、その奥か。「闇のアイテムの中に千年パズルは無いっぽい?」たしかに今回も、大きな仕事になりそうだな」

 

 夕立ちゃん、武蔵さんが真面目な顔で真面目なこと言ってるのに関係ない上にどうでもいいことを尋ねるのはやめてあげて。

 

「千年パズルはないが邪神を宿したカードならあるぞ」 

 

 黒ナイトさんも真面目に答えるのやめてあげて。武蔵さんの方に反応してあげて。なんか武蔵さんが可哀想。あ、でも気にして無さそうな表情だ。ホント、ブチギレスイッチ入らなければ心の広い人なんだなぁ。

 

「依頼の内容は把握してくれただろう? では、作戦を考えよう。あきつ丸くん。調査の結果は?」

 

 …………提督じゃなく黒ナイトさんが仕切るのか。提督はいったい何のためにこの世に存在しているんだろう。

 

「提督殿のツテで、カジノの内部の見取り図は入手済みであります。お手元のモニターをご覧下さい、であります」

 

 そう言ったあきつ丸さんが、何かボタンめいたモノを押すと、私の目の前の机からにょきりとモニターが現れた。……え。そんな厚みあったかな、この机。それになんか、まさに『現れた』というか、机の上が歪んでそこからにょきにょきと生えてきたような。魔術の領分だろうか。それにしたって目を見張る光景だった。もはやハイテクじゃなくてオバテクである。

 

「一応現地の下見も行いましたが、少なくとも一般人が見ることのできる範囲では見取り図は正確であると言えるであります」

 

 あきつ丸さん。彼女とは、前回の仕事でお互いに自己紹介済みだ。万屋鎮守府の便利屋……足を使った調査とか、掃除(多数の意味を含む)とか、そういう細々したことを担当しているそうな。

 なお、彼女に休みは一切無いらしい。自分から休暇を拒否しているそうで、『なんでもいいから常に働いてないとすぐ挙動不審になって死にたがるんだよアイツは。心配して休暇を勧めたら目の前で首掻っ切ろうとしたから、もう二度とアイツに休みは渡せん。……きっと、死ぬまで泳ぎ続けるんだろうなぁ』とは提督の談である。マジで頭おかしいのしかいないなこの鎮守府。おっと、口が悪くなってしまった。

 

「じゃあその見取り図を参考に作戦を考えるべきでしょうね」

 

 図譜を見つめながら私はそう言った。どんな作戦になるかはまだ分からないが、スムーズに動くためにも地図は覚え込んでおくべきだろう。

 

「とりあえず、この金庫室に行くためのルートと方法を決めますか?」

「陸軍としては反対であります」

「え、ダメですか」

「飽くまで『確認できる範囲では正確』であります。ほら、ここ。金庫室の周りに部屋なんて無いのであります。闇アイテムの保管と使用をする場所があるはずなのに。黒ナイトさんの情報が正しいなら、部屋は後から増設か何かしたのでしょう。それを請け負ったであろう建設会社がいくら調べても分からなかったのは不思議でありますが。消されたのかもしれないですな」

 

 となると、あきつ丸さんが確認出来てない部分は全く別の構造になっている可能性もあるのかな。厄介な。……ん?

 

「これ、地下に降りた後の部分と金庫室の間……妙に大きな部屋しかないですね」

「可変式の迷路になっているらしいであります。毎日変更される迷路を正しいルートで通らないと壁が動いて潰されるそうで。これもまた厄介でありますな。まあ、確認してないので全く違う構造になっている可能性もありますが……階段部屋と金庫室の間に大きな箱めいた部屋があるのは間違いないと思うであります。流石にそれを変えるほどの大規模な工事をしていたら、何かしら調査で引っ掛かるでしょうし」

 

 なんだそれ。パタリ○で見たなぁ。当てずっぽうで通れる確率は百万分の一かな。うーん。

 

「警備の方はどうなってんだ?」

「それは私が調べてきました」

 

 天龍さんの質問に手を上げたのは、加賀型正規空母一番艦『加賀』の加賀さんだった。意外だ。

 

「え、加賀さんが? 運転担当だと」

「基本的にはそうよ。でも今回のカジノの警備会社にはツテがあったの。ヘリの特殊な操縦技術を学んだ所よ。……まぁ、提督の紹介で繋がりを得た会社だけれど」

 

 なんかもう、提督のコネに関しては『手広いなぁ』というよりももはや『やっぱりそこにもあるんだ』という感情が湧いてくるなぁ。

 

「警備はかなり厳重ね。従軍経験もあるベテランばかりを配置してるし、こっそりと艦娘を置いているらしいわ。どこの誰だかまでは分からないけれど。それと監視カメラ。カジノ内に死角のないように何十台何百台と設置されているわ。カメラ室は二つ。同時に制圧しないと、即座に通報されるでしょうね」

「ふーむ。カジノ内の人間を皆殺したあとに頂くモノを頂くには、その辺が厄介じゃのう。別に警察もまとめてヤッてしまっても構わぬが、日本の警察は特に仲間意識が強い。少々面倒なことになるやもしれぬな」

 

 何でも無いような顔で恐ろしいこと言わないでください、利根さん。

 

「そんな弾薬の無駄遣いにしかならねぇ方法を取る気はねぇよ。加賀、装備はどうなってんだ?」

「もちろん調べてあるわ、天龍。警備員全てが防弾チョッキを着ていて、懐にはハンドガンを常に携帯しているそうよ。ショットガンやアサルトライフルなんかもあるらしいけど、それらは流石に普段は隠しているらしいの。有事の際には半分がハンドガンで応対、もう半分が隠し場所に取りに行くそうよ」

 

 ……日本のカジノの話ですよね? なんで当然のように銃を携帯出来ているのだろうか。

 

「警備員の巡回ルートは?」

「申し訳ないわね、武蔵。分からなかったわ。毎日変更されているみたい」

「実に厄介だな。さて、どんな手段で行くべきか………さっきから静かだな、ベイン」

 

 黒ナイトさんの言葉で、全員が提督の方を見た。……すごく真剣な顔で、彼の眼前にあるモニタを見続けている――手元は右手にマウス、左手にはFPS用の左手キーボード。

 

「うっかりパガン・ミン撃っちゃった……最初からやり直さないとラクシュマナが何なのか分からん……」

 

 会議中にゲームしてるぅ! しかもまたオープンワールドゲーだ。オープンワールド好きだなこのおっさん。

 

「提督。今すぐ画面を戻さないとややサイケデリックな空間で延々とQTEさせますよ?」

「それ3じゃん……戻します、戻しますよ」

「で、だ。どーすんだベイン。警備の内情は詳細不明、警備に当たる人間は数も質も詳細不明、建物の構造は肝心な部分が詳細不明。詳細不明だらけだぜ。今んとこ、俺の脳味噌じゃ強行突破の上でカジノ内の人間皆殺しルートしか思いつかねぇ」

 

 あれ、天龍さんさっきはその選択肢は取る気は無いって……あぁ、取る気は無いけど取らざるを得ないなら躊躇はしないってことか。

 

「私としては、とにかく闇アイテムを手に入れてくれるならその方法でも構わないが。別種族が何十人死のうと特に気にならないし」

 

 こっちもこっちでうわぁ。まさにモンスターだ。

 

「闇アイテムって言うからには丈夫なんじゃろ? 吾輩と『爆弾魔』で適当な高火力の爆弾仕掛けて発破するのが手っ取り早いかもしれんのう。核の在庫はあったはずじゃ」

 

 それカジノ外の人間も多数死にますよね利根さん。いつもと変わらない表情でよく言えるな……あぁ。そういや天龍さんが言ってたっけ。利根さんはドアを開けるように人を殺せるって。ある意味、一番怖いかもしれない。

 …………。核に関してはスルーしておこう。きっとタチの悪いジョークに決まってる。うん。

 

「やー、それはちょっとマズい。あのカジノ、結構俺の知り合いが常連だったりするんだわ。顧客とコネを失うのはなるべく避けたい」

 

 膨大なんだから少しぐらい失ってもいいんじゃないですかね、と思ってしまった。マズい。染まりかけてる。

 

「ならステルスだね! オーシャンズ11と羊たちの沈黙と処刑人を吐くほど見返した夕立に任せて欲しいっぽい!」

 

 オーシャンズと処刑人はともかく羊たちの沈黙はダメじゃないかな。捕まって脱走するまでをやりたいだけだよね? 

 

「SPYのステイサムばりの夕立のステルスっぷりに期待してて欲しいっぽい!」

 

 なぜよりによってあの映画のステイサムなのか。何もしてないよ。どうせならメカニズムステイサムにしてよ。SPY自体はすごく面白かったけども。

 

「まぁ、ステルスという選択肢も無くはないな。だが先程天龍も言ったように、内部の詳細は不明だ。警備員にビクビクしながら、二つのカメラ室の制圧をして、警備員にビクビクしながら地下の金庫にドリルを……そういえば、肝心の金庫の情報はないのか?」

「最新式の巨大金庫らしいであります、武蔵殿。その日に必要になると推測した金額だけを別の金庫に入れて、その他のモノは元知事の指紋と声紋とカードキーの三重認証のモノに入ってるらしいであります。いつもの小型ドリルじゃ太刀打ち不可でしょうな。夕張殿が無駄に金を掛けて無駄に大きく作った無駄なドリルでならワンチャンスあるかもしれないでありますが。それと言い忘れていましたが、入り口には金属探知機があるであります。銃等は持ち込めないので現地調達になりますな」

 

 うーん。どこまでも厄介なカジノだ。何も良い案が思いつかない。一抹の望みをかけて、提督の方に目を向けた――

 

「あっ。放置してたらパガン・ミンが帰ってきた。マジで大人しく待ってたら速攻でラクシュマナ連れてってくれる気だったのか」

「何こっそり画面戻してるんですか? 上昇のみにレバー固定したブザーに乗せますよ」

「爆発するじゃん。やめてよ。……しかしまぁ、どうしたもんかねぇ。ん? オイ、あきつ丸。なんか変じゃないかこの見取り図。地上部分の大きさと地下部分の大きさ、あってないぞ」

「そりゃまあ、カジノよりもその下の地下迷路空間、それと金庫室のが遥かに大きいでありますからな。このあたりの真上はたしか中庭であります」

「なにぃ? ……待てよ。たしかこのカジノの住所は……で、たしか知り合いがこの近くのビルを……」

「て、提督? あの」

「素晴らしい作戦を思いついたぞ!」

 

 ブツブツと何事かを呟いたあとに、私の言葉を遮るように提督は叫んだ。ああ。嫌な予感しかしない。多分、まともな作戦じゃないんだろうなぁ……と半分諦めたような顔で他の人たちの表情をみた。

 全員、私と似たような顔になっていた。

 

 

「私達の鎮守府には足りないのは、まともな作戦を立案できる人間だと思います」

 

 会議から一週間ほど経った今日。夜の闇の中で煌々と光る巨大なカジノを目の前に、携帯に向かって私はそう呟いた。

 なんというか……『ビッカビカ』な建物だ。見た目はどこぞの南アジアのとある国家の宮殿みたいで、大きな建物の天辺は少し膨らんで丸みを帯びており、真ん中から針が刺さっているかのような棒が立っている。これだけならまぁ、普通のカジノのようだが、問題なのはその色だ。目に見える範囲で、すべての建材が金色なのだ。上から下まですべて金色。金色の高い塀の途中にある大きな金色の柵扉の先は、金色の床を踏みしめながら金色の階段を上がって、観音開きの金色のドアを開けてカジノの中に入っていくわけだ。悪趣味な。どこまでホントの金(ゴールド)なんだろうか。横領と例の宝石でどこまで儲けたのかは分からないが、流石に全てを黄金にするだけの富は得ていない……よね? 

 しかし、見るべき所は金色だけではない。塀の端や柵扉の両側の上には金色の皿のようなモノがあり、そこには火が灯されていた。煌々と赤い炎が、明かり代わりに燃えているのだ。正面扉の両側にも松明のように火があるし、見上げれば建物の天辺の棒の先でも炎が燃えている。ゾロアスターかなんかの信奉者なのかな? と思うほど、そこら中で火が使われている。なるほど。まさに『黄金炎上カジノ』だ。

 

『作戦立案が出来る人間が欲しいってそれ、遠回しじゃなく直接的に俺のことディスってるよね? いいじゃん。カジノの客は死なないし、それでいてスムーズに宝石を手に入れられるし』

「その分、お金と私達の負担は大きいですけどね」

 

 携帯の向こうから聞こえる提督の言葉に、はぁ、とタメ息で返しながら私はちらりと隣を見た。ニコニコと笑った夕立ちゃんが横に立っている。武蔵さんと天龍さんはは別の所で待機中だ。提督曰く、しばらくはこの四人で一チームとして仕事をさせるらしい。上手く噛み合っているからだと。前回の美術館での任務を観てそう決めたそうだが、あの時って提督はずっと某CVステイサムオープンワールドゲーやってた気がする。ホントに観てたのかな。

 

「そういえば、どうして四人一組を二つに分けた組み合わせが私と夕立ちゃんなんですか?」

『消去法だな。武蔵と夕立じゃあ武蔵のスイッチが入った時に止められん。止められんというか止めん。止めんというか一緒になって暴走する。夕立と天龍だと夕立が暴走して突っ込んで危険になった際に天龍が夕立を見捨てる可能性がある。その点、武蔵と天龍なら、武蔵のスイッチが入っても慣れている天龍が上手いこと誘導してくれるし、夕立が暴走しても吹雪くんがなんとかしてくれる』

 

 なんとかってなんですかね。どうすればいいんですかね。力が認められている、という解釈も出来なくはないがどちらかというと丸投げに近いなぁ。

 

「夕立はサイモンっぽい。夕立は、サイモンっぽい」

「夕立ちゃん、それ鏡を見ながらじゃないと意味ないよ多分。あと今日はサイモンなんて偽名使わないよ」

 

 その夕立ちゃんはオーシャンズ11のワンシーンの真似してるし。ぽいってつけたら自己催眠にはならないんじゃないかな。

 

『よし。話はここまでだ。作戦通り頼むぞ。カジノに入ったら軽く遊んでいてくれ。準備ができたら電話する』

 

 はい、と返事をして切ろうとした所で、ふと疑問が浮かんだ。私も夕立ちゃんもいつものスーツである。割と幼い女性がこれ着るの結構目立つと思うし、それに――

 

「私たち、明らかに未成年ですけど入れるんですかね?」

『偽造パスポートを見せれば問題ないだろうさ。たしか夕立は32、吹雪くんは31になってる』

 

 リアリティ! リアリティが足りない!

 

「この見た目でその年齢は艦娘だと気が付かれるんじゃ」

『大丈夫だろう。魔術を応用したアンチエイジングしてますとか言えば』

 

 言い訳に使われる魔術万能過ぎる。これもその手のオカルトが表に出た結果か。

 

『さて、そろそろ時間だ。派手に行こうぜ?』

 

 ……まぁ、たしかに。派手な花火が上がることは間違いない作戦だろう。

 

『というわけで、任務かい』

『任務スタートっぽい!』

 

 もつ突っ込まなくていいや。

 

 

 特にトラブルも無くカジノに入り、現金をチップに変えて私は時折スロットを回しながらカジノの中をウロウロと歩いていた。天龍さんたちの準備が整うまで、少し時間がある。その間になにもしないというのも不自然なので、だらだらとチップを少しずつ消費しているのだ。ちなみに夕立ちゃんは別行動。いつのまにかどこかへ行っちゃった。

 それにしても、意外と内装は普通だなぁ。いや、まあ壁が金色だったり赤基調の絨毯が無い部分の床が金色だったりそこら中に松明めいて火が灯されているが、カジノデスクやスロットマシーンなどは映画とかで見るようなモノそのままだ。ブラックジャック、ポーカー、ルーレット、バカラ等、一般的なカジノゲームも揃っている。

 螺旋階段で二階に登れるが吹き抜けになっており、休憩用であろうソファがいくつか置いてあるだけだった。カクテルを片手に上からカジノ全体を眺めて空気を楽しむ程度の意味しか無いのだろう。

 そんな風にカジノ内を下見しつつ、てくてくと歩き続けながら私は更に人間観察もすることにした。そんな大したモノでもないが。フォーマルなスーツの男性客、きらびやかなドレスを来た女性客。ドレスコードがあるので、そういう客しかいない。上流階級向けなのだ。そんなものが国営で、更に短期間で民営化されるなど、日本ではあり得ないはずの話だ。しかし黒ナイトさんから聞くまで疑問すら覚えなかったあたり、件の闇アイテムの効力は相当凄まじいようだ。

 さて、カジノ側の人間は……ディーラーは男女比半々ぐらいか。各テーブルに一人ずつ。合計で十数人という所かな。サングラスでスーツの人間は警備だろう。目に見える範囲だけでもディーラーの倍の人数がいる。動き回るモノもいれば、その場から動かずに立ち続けているモノもいる。共通点として、全員の胸の辺りには不自然な膨らみがあった。ほぼ間違いなく銃だろう。……事前に聞いてはいたが、ここが日本であることを考えると異常な話だ。提督から聞いた話によると、カジノの常連の中に警察関係者が何人もいるそうだ。曲者が現れたら射殺したあとにその銃を握らせて、『発砲音は曲者の銃からです』とか『警備がとても頑張って銃を奪って撃ち殺しました』とか『銃の入手元はわかりませんでした』とか書かれた報告書に仕上がるように警察の方で捜査兼捏造をしているのだという。……なんとも雑な話だが、それで上手く行っているのもまた宝石の力だろうか。便利過ぎる。

 あとはまあ、ウェイターと思しき人がカクテルやらウィスキーやらワインやらの乗った銀のお盆を片手に動き回ってはお客にお酒を勧めているぐらいか。疑われないよう私も赤ワインを受け取ったりしている。

 私は赤ワインが好きだ。普段飲むのはもっぱらスーパーで買えるような安い値段のモノだけど、さきほど受け取った赤ワインは間違いなく上等なモノだった。はぁ。高級なワインがあんなに美味しいなんて。『庶民の私にはお酒の値段の違いなんて舌じゃわかりませーん』と思っていたのに、一口飲んだ瞬間に『あっすごくおいしいなにこれ普段のと全然違うんですけど味ってこんなに違いがあるの怖い』と変な興奮を覚えてしまった。うう、あんな味を知ってしまったらこれから安ワインで満足できるか不安だ。……今日の仕事のどさくさに紛れて何本かもらっていこうかな?

 ……ん? ふと、ウェイターの中にバニーガールがいることに気がついた。こういう上流カジノにもバニーガールっているんだ。へぇ。一人だけだし、随分と幼いけど――あー。嫌なする。ボディガードの駆逐艦娘かもしれない。先になんとかして排除しておくべきかもしれないな。

 そんな風にカジノの中をチェックしながら歩いていると、ふと見覚えのある髪の毛が目に入った。夕立ちゃんだ。彼女はトランプゲームの所に座っている。ブラックジャックでもやってるのかな、と彼女に近づいた。

 

「ドロー! ……来たっぽい! 強欲の壺を発動!」

「フフ。やりますね。ではこちらは土地にマナを貯めましょう」

 

 なぜ夕立ちゃんはカジノでカードゲームではなく某有名トレーディングカードゲー厶をやっているのか。相手は相手で違うトレーディングカードゲームやってるし。それルール成り立ってる?

 

「ちょっと嫌な予感がするっぽい。ここは一枚だけ賭ける!」

「……。こちらはブラックジャックです。やりますね」

「次はオールイン! フルハウス!」

 

 あれ、いきなり普通のカジノに……なってないな。ブラックジャックやってるのかポーカーやってるのか。ルール成り立ってる?

 

「青天井にしておいて良かったっぽい。分かってるよね? 次に夕立が勝ったら、このカジノの現金すべて掻き集めても足りないぐらいになるよ」

 

 えっ、何してんの?

 

「……ええ、わかっていますよ。問題ありません。『多大なる価値のある宝石』で相殺出来るでしょうから」

 

 えっ、何してんの? その宝石って私達がいま手に入れようとしているモノだよね? なんで作戦前に合法的に手に入れようとしてるの? ……あれ、問題ないのかな?

 女性ディーラーの横には脂汗をだらだらと流したおじさんが立っている。見覚えのない顔なので、元知事とは違う。支配人代理的な立場の人だろうか。だとしたらまぁ、経営のピンチだしあんな顔にもなるだろう。……でも目線がディーラーの顔と彼女の手元と夕立ちゃんの手元を行ったり来たりしているなぁ。何のゲームをしているのかよくわからない状況で大金を取られそうなピンチに困惑しているだけかもしれない。

 

「では……」

「いいカードを寄越して欲しいっぽい」

 

 夕立ちゃんの言葉に笑みを返し、ディーラーさんは夕立ちゃんに一枚寄越し、自分の所にも一枚、更にもう一枚ずつ夕立ちゃんと自分の所にカードを置いた。ブラックジャックかな。

 

「さて、と」

  

 ぴらり、と夕立ちゃんが二枚のカードをめくった。ディーラーさんは一枚だけ。ディーラーさんの方はハートのエース、夕立ちゃんのカードは、『死者蘇生』と『ゼニガメ』。……いや、なんでやねん。

 

「あの、君。いったいさっきから何をして」

「どうしますか。もう一枚引くか、それとも……このまま勝負を?」

 

 支配人っぽい人が口を挟むが、ディーラーさんはガン無視で夕立ちゃんに喋りかけた。

 

「はじまりと同じっぽい。下のカードは絵札でしょう? ……もう一枚。四。四を頼むっぽい」

 

 ねぇ、何やってんのホント。ステイサムごっこしてるだけじゃないのこれ。そんな疑問を他所に、ディーラーさんは一枚引いた。いつのまにか私達の周りにはギャラリーができており、固唾を飲んで勝負の行方を見ている。なんでだ。私は何も飲み込めないんだけど。固唾も今の状況も。

 ぺらり、と夕立ちゃんの目の前に一枚のカードが置かれ、開かれた。そこに写っていたのは、8。……なんだこのマーク。ダイヤでもハートでもスペードでもクラブでも無いんだけど。

 

「オーウ……」「なんてことだ……」「惜しい……」 

 

 ギャラリーから落胆の声が上がった。え、何にも理解できてないの私と支配人っぽい人だけ?

 

「……勝っていたのに」

 

 そんな呟きが聞こえ、私はディーラーさんの方を向いた。いつのまにか、彼女のほうの裏になっていたカードが捲られていた。スペードのジャック。え? ハートのエースとスペードのジャックならブラックジャックじゃないの? ゼニガメと死者蘇生がそれに勝ってたの? ゼニガメ死んでたの? 死んだゼニガメは生き返ると神にでもなるの?

 

「……こういうこともあるっぽい」

 

 ニコリ、と笑って夕立ちゃんは立ち上がった。そのままバーの方に向かっているようだ。その後ろをついていき、椅子に座って何かを注文した彼女の隣に座った。……バーテンダーさんになんだか見覚えがあるなぁ。こないだF共和国のレストランにいた店員の人にそっくりだ。

 

「……ッ。どうしたの?」

「いや何してたの?」

 

 全く口を挟めなかったせいか、開口一番にそんなセリフが自然と出てきてしまった。

 

「そこは『惜しかったね』とか言ってほしかったっぽい。あ、スコッチ来た」

「惜しかったかどうかすら全然わからなかったんだけど。何してたのアレ。ねぇ」

「静かにして欲しいっぽい。このあと夕立はしこたまお酒を飲んでトイレで頭を抱えながら『勝っていたのに……! 抜け出せたのに……!』とか呟いて酔い潰れなきゃ行けないんだから」

 

 これからお仕事ですけど!? ステイサム好き過ぎでしょ! と叫ぼうとしたところで、胸ポケットの携帯が鳴った。

 

「もしもし、鈴木ですが」

『すいません間違えました。掛け違いの! お歌だよ! 掛け違いの! お歌だよ!』

「いや合ってますよ」

 

 電話の相手は提督だった。偽造の身分証に『鈴木』という名前を入れたのは提督なのに。忘れてたのかな。あり得るなぁこのボンクラなら。

 

『なんだ紛らわしい。……天龍たちの準備は完了した。手筈通り頼むぞ』

「貴方が勝手に紛らわされてるだけです。了解しました。……夕立ちゃん、私ちょっと飲み過ぎちゃった。中庭で風に当たりたいんだけど」

「はいはい。一緒に行くっぽい」

 

 夕立ちゃんに声を掛けて、二人で同時に立ち上がった。向かうは中庭だ――

 

 

 中庭。カジノの正面入り口とは真逆の位置に存在するここは、位置的には金庫室の前の迷路の真上に存在している。一面の芝生の上には、小さめのプールがあったり小規模なバーがあったりとのんびり過ごせそうな雰囲気になっていた。

 不法侵入を防ぐためだろう、カジノが無い方の壁はかなり高い。けれど、生け垣で壁を隠しているためあまり閉塞感は無い。むしろ、壁のおかげでよほど首を見上げない限り周りの高層ビルが見えないようになっているので、都会の中の隔離された楽園みたいになっている気がする。

 また、生け垣の上の方には大きな液晶パネルが設置されていた。生け垣と壁の間に配線しているのだろう。イベントの時に使うのかもしれない。今は何かのスポーツ番組を流している。その他、監視カメラやスピーカーやライトなども設置されていた。

 さて、と。ピエロマスクは……まだいいか。中庭はカジノ内よりはカメラが少なく、死角もある。そこに移動してから付けるべきだろう。提督曰く、私の顔にマスクが付けられる瞬間をカメラに撮られてしまっては、流石に言い逃れ出来ないので絶対に避けて欲しいそうだ。逆に顔とマスクさえ一致しなければ問題ないのは何故なのか、という疑問はあるが。まぁ、前回の仕事での武蔵さんが、急な出撃だったせいで普段着のサラシに上着スタイルという大変目立つ上に個性的な格好でマスクを付けてたのに、特定されて捕まったりしていないことを考えると、きっと提督がいつものコネでなんとかしているのだろう。

 そんなことを考えつつ、ふう、とため息を吐きながらベンチに座った。夕立ちゃんもその横に座り、大丈夫? と声をかけながら私の背中をさすり始めてくれている。

 ちらり、と顔を動かさずに目だけで中庭を再確認する。警備員と思しき黒服は二人。時折立ち止まって周りを見回しながら、ぐるぐると中庭を歩き続けている。客はいない。好都合だ。で、監視カメラは……よし。死角も分かった。

 

「夕立ちゃんはあっち、私はこっち。夕立ちゃんから」

 

 吐きそうなフリをして口元を抑えつつ、私は小声でそういった。

 

「分かった! 水もらってくるっぽい!」

 

 夕立ちゃんが走り始めてから五つ数えてから、私は警備員のいる方の壁に向かって走った。監視カメラの死角になっている壁だ。たどり着いた瞬間、左手を壁に預けながら蹲る。右手は口元だ。ちらり、と目を横に向けると、警備が走ってくるのが見えた。

 

「大丈夫ですか?」

「ぎ、ぎもぢわるい……」

「申し訳ありませんが、ここで吐かれるワケには……すぐにトイレへ運びます」

 

 男が私の背中を抑えてくれているのを感じる。

 

「むり。うごけないぃぃ……」

「ええと。と、とりあえずこちらへ――」

 

 警備員が私の肩を優しく掴んだ瞬間、少し遠くから大きな打撃音が聞こえてきた。下を見ていた自分の顔を、即座に男の方に向ける。彼は音の方へと顔を向け、懐に手を入れていた。銃を出そうとしている。その手を前腕全体で抑えつつ、私は空いている方の手を彼の口の中に入れ、顎を掴んだ。そのまま、思い切り下へと引き下げる。顔が地面に叩きつけられると同時に、ガン、という音が鳴り、男は白目を向いた。よし。

 男の懐から銃を奪いつつ、私は自分の胸元からマスクを取り出して装着した。お仕事開始である。耳に小型無線機を入れ、声を出した。

 

「もしもし。聞こえますか提督。中庭は一時的に占拠しました」

『ういうい。そんじゃ、適当に発砲したら発煙筒投げて』

「了解です」

 

 返事をするなり、チャキン、と気絶した男の頭に彼の銃を突きつけ、引き金を引いた。弾ける音と共に、私の顔に返り血が飛んだ。殴り飛ばした瞬間に顔を見られているかもしれないし仕方ない。

 地下の構造は頭に入っている。発煙筒を胸元から取り出して紐を引き、だいたい迷路の中心の真上だろうと思う場所に投げた。もくもくと煙が上がり始め……なんだあの発煙筒。すっごいカラフルな虹色の煙が出てるんだけど。ま、まあいいや。

 

「吹雪ちゃん。虹色タルトが食べたいっぽい」

「なにそれ」

 

 夕立ちゃんが駆け寄ってくるなりそんなことを言い出した。何言ってんだろう。彼女は既に、ピエロマスクを付けている。彼女が殺った警備員は……うわ。まさかあのぐっちゃぐちゃの肉の塊? どうやったらあんなことになるんだろうか。明らかに大人一人分の肉の量より少ない。よく見れば夕立ちゃんマスクの口の端に赤い液体が見える。食べたの? ねえ、まさか食べたの? それ付けたまま食べられるの? ……まぁ、怖いので聞かないが。

 

「あ、みてみて吹雪ちゃん。シャッターが閉まっていくっぽい」

「そ、そうだね」

 

 中庭とカジノの間は壁と何枚かのガラス戸で仕切られている。一枚を残して、他のガラス戸の上からシャッターが降りているのが見えた。銃声と煙に気がついてシャッターが操作されたのだろう。私達をここに隔離しつつ、今ごろ客を逃しているに違いない。予定通りだ。これで客に危害は及ばない。あとはまぁ、あの一枚だけ開けられたガラス戸から飛んでくるであろう警備員を始末しつつコトが進むのを待てばいい。

 ……それにしても、いま夕立ちゃんが喋った瞬間、すっごい血の臭いしたなぁ。やっぱ食べたの? 羊たちの沈黙見たって言ってたけどアレ伏線だったの? 伏線っていうの?

 

『おし、目標確認できたぜ。始めんぞ。サツが来る前に終わらせる。なるべく離れろ』

 

 無線から天龍さんの声が聞こえた。ぐい、と夕立ちゃんの腕を掴んで煙からなるべく遠い方の壁へと走った。ガラス戸の対面の壁である。

 そのまま耳を塞いでしゃがみこんだ瞬間、ゴオオオという風を切る大きな音が聞こえてきた。上を見上げると――天から大きな太く黒い槍が落下してきていた。それは真っ直ぐに地面へと向かい、大量の土煙と轟音を周囲に撒き散らしながら深々と突き刺さった。

 土煙が収まってから、その槍に近寄って上から下まで素早く確認する。黒のみ。よし。仕事前に見た時にあった白線はない。

 

「提督。白線はありません。予定通り、あるいは予定より深く突き刺さったみたいです」

『ほいよ。武蔵、開いていいぞ』

 

 ガチャコン、と地面の下から鈍い音が聞こえた。槍の先が開いた音。これでこの槍は引っ張っても抜けない。

 これが今回の作戦……作戦? である。槍の先には丈夫な……どういう素材でどういう理屈だかは知らないが万単位のトン負荷にも耐えるほど丈夫なロープが固く結ばれている。ロープは提督の知り合いが工事している超高層ビルの屋上まで通っている。武蔵さんがそこにあるクレーンでさきほどの槍を超高度から落としたのだ。そして、ロープの先は――

 

『よし、黒ナイト。飛べ!』

『提督。貴様はいつか必ず殺すからな』

 

 黒いナイトさんのお腹にグルグルと巻かれている。そう、『重さを操れる鎧』に。つまり。

 

『うおおおおおおおおおおおおこわああああああああああ!!』

 

 無線から黒ナイトさんの悲鳴が聞こえた。彼がビルの上から飛び降りたのだ。最大まで重くなった状態で。

 ゴォン! と大きな音が鳴った。金庫室前の迷路部屋真上の地面がやや盛り上がった……気がする。

 ロープとフックのついた槍を迷路室に突き刺し、ビル自体を支点にして、黒ナイトさんの重さで持ち上げることで、迷路室と共に金庫のドアを破壊し中に侵入する。これが今回の作戦である。クライアントをクソ舞台装置の一部に組み込むという斬新かつ残酷な発想だ。酷い。普通に上手く行きそうだからいいけども。

 とはいえまだまだ迷路室は無事そうだ。中はグチャグチャだろうけど。

 

『やっぱ一回じゃ無理だな。黒ナイト、巻き上げるから軽くなれ』

「あの、天龍さん。無事なんですか黒ナイトさん」

『……ゲフッ。ごぼっ。ぶ、無事ではある。この鎧も私自身も凄まじく硬いからな。だが浮遊感が気持ち悪かったしロープが切れないか心配で怖い。流石にこの高さから落ちたら死ぬぞ? 牙狼で見たぞこの高さの摩天楼』

『この武蔵が作ったロープにそんな心配はいらんし、無意味だ』

『そんなこと言われましてもですね』

 

 しかも無意味って。切れたら死ぬだけだから無意味ということだろうか。

 

『吹雪。いま天龍がもう一個のクレーンで黒ナイトを巻き上げている。一分後に二撃目いくぞ』

「了解です、武蔵さん」

「お客さんが近づいてきてるよ、吹雪ちゃん」

 

 夕立ちゃんの言葉で顔を上げてみると、さきほどまで下げられていたシャッターがいくつか開いていた。客の避難が完了したので反撃に移るつもりなのだろう。何枚か閉じられてるのは遮蔽物代わりかな。防弾っぽいし。……お。ガラスの向こうに人影が見えた。こちらを伺っている……のかな? 遠くてはっきりとは見えない。今より更に遠い所にいたのによく見えたなぁ夕立ちゃん。

 

『第二撃、行くぜ』

『あああああああああああああああああああ!!』

 

 再び黒ナイトさんの悲鳴が上がり、ロープがビン! と引っ張られた。同時に、バキバキという何かが折れる音が地面から聞こえた。土も私のお腹ぐらいまで持ち上がっている。次で地下迷路を引っこ抜けそうだ――おっと。遠くから銃声だ。素早く小規模バーの後ろに隠れてから、顔だけ出して確認する。こちらを狙っているんじゃなく、槍……いや、ロープを銃で切ろうとしているようだ。

 

『吹雪、夕立。いま上から双眼鏡でそっちの中庭を見ている。敵が見えたら逐一場所を伝えるから、対処してくれ』

「了解です、武蔵さん」

「タルタルソースだね!」

 

 何言ってんの夕立ちゃん。敵をタルタルソースにしてやるってこと? それとも敵をカニバるための調味料が欲しいってこと? 生肉にタルタルソースはそんなに合わないと思うよ。

 

「問題は弾だね……さっき奪った銃しかないから、正確に狙わないと」

「夕立が投げ渡すから心配ないっぽい!」

 

 は? と声を上げようとした所で、ロープを切るのは諦めたのだろう、警備員たちが十数人ほどが一斉にガラス戸を開けて中庭へと入ってきた。大半は中に入った所で立ち止まりこちらに向かってハンドガンを撃って来ているが、残りは走り続けている。槍に向かっているようだ。あえて遮蔽物を使わずに中に入ってきた連中は、走っている奴らのバックアップだろう。ロープを解くつもりか。

 そうはさせない、と私もハンドガンを構えた――その瞬間。隣にいた夕立ちゃんが飛んだ。真上に。唖然としながらその姿を目で追う。バーの天井を蹴って飛び、槍の上を蹴って飛び、彼女は黒服たちの目の前に降りた。その手にいつのまにか持っていた果物ナイフを振り下ろしながら。重力と艦娘の力が合わさり、黒服の一人の銃を持っていた腕が千切れるように斬り落とされた。

 

「いーち」

 

 慌てて男たちが夕立ちゃんに銃を向けたが、それを待っていたとばかりに彼女は男の手首にナイフを突き刺すと、そこに踵を落とした。またも銃の握られた手が落ちる。

 

「にー」

 

 一人が銃を捨て、夕立ちゃんに掴みかかった。だがその手は虚しく空を切るどころか、逆に彼女に両手で掴まれた。ぎゅるり、ぐちゃり。彼の腕は捩じ切られ、放り投げられた。

 

「さー……あ、この腕は銃持ってなかったっぽい」 

「ば……化け物めぇ!」

 

 恐怖の叫び声を上げた男が、銃の引き金を引いた。パン、という音と共に発射された弾は、しかし、夕立ちゃんに当たらなかった。くい、と首を曲げて避けたのだ。そして彼女は――彼の腕に、思い切り噛み付いた。

 

「さーん、と!」

 

 とてつもなく楽しそうにそう叫び、彼女は噛み千切られた腕と、さきほどの二本を拾った。そしてバク転を恐ろしく速いスピードで繰り返して、あっという間にこちらへ戻り、私に三丁の銃を投げ渡した。腕が付いたまま。

 

「ただいま!」

「う、うん。おかえり。銃取ってきてくれてありがとう。そのナイフ、どうしたの?」

「目の前のバーの中から拾ってきたっぽい」

『ニンジャみたいだったな……なんだあのバク転は……』

 

 血塗れの夕立ちゃんから目を逸らすように、私は警備員たちの方を向いた。先程までは景気よくパンパンと撃って来ていたのに、今はオロオロとしているのと恐怖に震えているのと腕が奪われて絶叫し続けているのしかいない。明らかに戦意を喪失している。まあ目の前であんな悪夢見せられたらそうなるよね。もう夕立ちゃんだけでいいんじゃないかな? 暴走が怖いか。単独行動はさせたくない。上手くいったから良いものの、正直さっき黒服たちの前に飛んでいった時は血の気が引いた。

 

「夕立ちゃん。ああいうことをする時はちゃんと事前に教えてね? 止めはしないし、むしろフォローするからさ」

「分かったっぽい!」

 

 ぽいて。いや、やめよう。きっと分かってくれている。語尾に突っ込んではいけないのだ。

 

『吹雪。三人ほど槍に近づいている。まぁ、そう簡単には解けないと思うが万が一もある。きっちり殺れ』

「了解です、武蔵さん」

 

 返事しつつ、槍の方に目を向ける。どうやら走り続けていたせいで背後の悪夢は見ていなかったようだ。しかし、彼らをフォローすべくこちらを撃っていた者達はもういない。堂々と姿を見せ、しっかりと狙って私は三回、引き金を引いた。オールヘッドショット。三人の黒服たちの頭が弾けた。射撃の腕には自信があった。落ち着いて狙うことが出来れば、使ったことのない銃であってもこのぐらいはできる。

 

『ナイスだ。さて……ん?』

『うーし。三回目だ』

『もう嫌だ……もう落ちるのは嫌だ……』

『天龍、少し待て。カジノの方から何かが来ている』

 

 何か? と首を傾げながらそちらを向いた――なんだあれ。物凄いスピードで走って来ている人がいる。黒服たちよりも一回りも二回りも小さい。そしてあの格好は……さっき見た幼いバニーガール?

 

 

【挿絵表示】

 

 

「っぴょーーーーん!」

 

 よく分からない声を上げながら、バニーガールは高く飛び上がり……ちょっ!? そのままドロップキックの体勢で、ロープに向かっている! しかもなんだあの足は。細い……いや、細いんじゃない。鋭利なんだ。彼女の膝から先が、両足とも刀のようになっている! さきほどのカジノの中で見た時の足は普通だったから、おそらく義足だったのだろう。膝の部分は球体関節のように丸く、そこから刀が生えているので可動域はかなり大きいに違いない。アレなら単純なXY軸だけじゃなくZ軸方向にも曲げられそうだ。肩関節のように。先っぽは普通の刀と違って、尖ってはおらずやや丸まっている。あの部分を地面に接して立っているのだろうか? ……いや、冷静に分析している場合じゃない。

 

「アレで切るつもりですか!? このままじゃロープが!」

『早く撃て、吹雪!』

 

 武蔵さんの叫びにハッとなり、私は彼女に向かって銃を構え、何発も撃ちだした。だが、当たらない。空中で細かく膝から先を動かして、すべての弾を斬り刻んでしまったのだ。だというのに、彼女の勢いは止まらない。どうみても人間の動きではない。やはり、あれは艦娘!

 

「ああっ!」

 

 ブツン、とロープが切られてしまった。直前に上で固定してくれていたのか、上には上がらずその場でブラブラとしているだけだが……マズい状況だ。

 

『くっ! 切られたか! 数万トンの加重と摩擦を耐えられるロープだぞ!? どんな足だ!』

『悪い、ちょっとSans戦に集中してた。いまどんな感じ?』

「大ピンチです! 帰ったらメガロヴァニらせますからね! どうしましょう、武蔵さん!」 

『んんん……わからんな。ベイ……天龍、何か案は』

『お前は悩み過ぎだ。単純に考えろよ。切れた部分を結べばいいんだ。ほら、武蔵の考えた例の結び方なら耐えられ……あー、まだ吹雪は知らねぇか。夕立、覚えてるよな? 頼むぜ』

「はーい」

 

 軽いな。状況を理解しているのだろうか。

 

『というわけでその艦娘は任せんぞ吹雪』

 

 天龍さんの言葉であっと声を出しかけた。しまった。そっか。そうなるよね。状況を理解してないの私だった。スッ、と夕立ちゃんの方を向いてマスク越しにアイコンタクトを送る。こくん、と彼女は頷いた。よし。

 腕の付いた銃から腕を外し、バニー艦娘に向かって私は走り出した。同時に、夕立ちゃんも走り出す。バニー艦娘まで百数メートル。彼女はまだこちらに気がついていないのか、切れたロープを満足げに見ている。

 走り続ける。数十メートル。バニー艦娘がこちらに気が付き、ニヤリと笑った。私は走りながらハンドガンを撃った。顔、それも目の辺りを狙う。……だが、避けられた。身体をするりと回して彼女は躱した。構わない。これで殺せるなどと、初めから考えてはいない。狙いは目を逸らさせること。

 残り十数メートル。足を止めずに、私は姿勢を低くした。その背中に鈍い衝撃が走る。夕立ちゃんが私の背中を蹴ったのだ。バニー艦娘が身体を戻してそれに気がついた時には、既に夕立ちゃんは槍の上の方に掴まっていた。さきほどのようにバーカウンターから飛ばせては、撃ち落とされる可能性があった。だから、彼女の目を逸らさせる必要があったのだ。

 残り数メートル。低い姿勢のまま走り続けていた私は、そのまま芝生の上を前転した。そうして回りながら、槍に結ばれている方のロープを掴み……回転力に腕力を加えて、思い切り上へと投げた。高く舞い上がった断端を夕立ちゃんが掴む。よし! 

 前転の勢いを止め、私はすくっと立ち上がりバニー艦娘に向かってファイティングポーズを取る。目の前のバニー艦娘は、少しばかり苛立っているように見えた。

 茜色の長い髪に、赤褐色の瞳。前髪には月の形を模した飾りを付けている。身長は同じぐらいだろうか。格好は全然違うけど。大して発達していない幼い身体でバニーガールの服を来ているのはどこかシュールだ。まぁ、一部に需要はあるかもしれないが。

 

「アナタも艦娘ってわけぴょん? めんどくさいなぁ。ドーモ、ハジメマシテ。卯月ですぴょん」

 

 両手を合わせて、バニー艦娘――卯月ちゃんはオジギをした。艦娘にとってアイサツは神聖不可侵の行為でもなければアイサツをされたら返さなければならないわけでもないが、まぁ一応返しておこう。

 

「ドーモ、ウヅキ=サン。サツバツカンムスです」

 

 名前は名乗らないけど。マスクの意味無くなるし。

 

「サツバツカンムス!? 馬鹿な、死んだはずだぴょん!」

 

 え、なに。裏の業界で実在するのサツバツカンムス。たったいま適当に作った偽名だったのに。余計なこと言うんじゃなかった。

 

「ここでアナタを殺せば、うーちゃんの評価も上がるぴょん! こんな湿気たカジノじゃなく、ベガスのボディガードだって夢じゃないぴょん!」

 

 本当はサツバツカンムスじゃないから上がらないよ、と言いたいが止めておいた。都合が良い。夕立ちゃんの邪魔をさせないよう、私に釘付けにさせておきたかったのだ。

 

「行くぴょん!」

「ッ!」

 

 強い踏み込みからのハイキック。身体を逸らしてギリギリで躱す。ただのキックなら受け止めるという選択肢もあるが、鈍い黒色の輝きをしたあの刀足が問題だ。切れ味はさっきのロープを切った通り。アレに当たれば、いくら艦娘といえども意識どころか首そのものが物理的に刈り取られるだろう。

 

「ほっ」

 

 ハイキックの勢いのままに身体を回し、逆の足で今度はローキックを放ってきた。飛び退ってそれを避ける。

 

「避けてばかりじゃジリ貧になるぴょん! そろそろ当たれぴょん! ぷっぷくぷー!」

 

 盾に出来るモノも攻撃手段も乏しいのにそんなこと言われてもなぁ、と思いつつも二回目のハイキックを上半身だけ動かして避けた。

 

「よいしょ!」

 

 三回目のハイキック……畳まれた膝が、私に近づく直前で伸びる。予測できる軌道――いや。足が、ぐるりと角度を変えた。思い切りしゃがみ込む。つい、と真上で何かが通る感覚がした。真っ直ぐに伸ばすだけじゃなく、への字にして伸ばせすことができのか。普通の足と同じように考えてはいけないらしい。

 

「さすが噂のサツバツカンムス。このぐらいじゃ当たりもしないぴょん」

「当たったら死んじゃうからね」

  

 そう言いつつ、ちらりと目だけで夕立ちゃんを見た。まだ結び終わってはいないようだ。

 

『あと一分は掛かるっぽい』

『結び終わったらすぐに言え。カジノ側のロープ固定を解除する』

『こっちの落とす準備は万端だぜ。タイミングは……吹雪に任せる。上手く使え』

『Sans超強いなぁ……』

『モウオチタクナイヨー』

「了解です。提督はあとで地獄の業火に焼かれるべきです」

 

 卯月ちゃんに聞こえないよう、小声で言った。さて、どうしようか。前回の仕事でビスマルクさんを殺せたのは(死んでるよね?)、夕立ちゃんが無駄に持ってきていたロケットランチャーがあったからだ。だが、今回は無い。黒服から奪ったハンドガンじゃ、口の中に突っ込んで何度も引き金を引くぐらいしないと殺せなさそうだ。となると……まずは少しでも時間を稼ごう。

 

「面白い足をしているね、卯月ちゃん」

「馴れ馴れしいぴょん。油断でも誘ってるぴょん? ……でも、見る目はあるぴょん。この足は、特製なんだぴょん。艦娘になる前は普通だったんだけど」

 

 つまり艦娘になったあとにあの足になったということか。深海棲艦の消滅を報告した『最初にして最後の艦隊』にはいなかったし(あの時はそもそも戦闘など起こらなかったが)、終戦後に足を失うことがあったのだろう。事故か、あるいは仕事。事故じゃないだろうな。フルアクセルのダンプカーでもないと負傷しないし。いつからこういう仕事をしているか知らないが、きっとその中で手酷くやられて――

 

「艦娘になる時にせっかくだからこういう足にしてくれって頼んだぴょん。キングスマンのジャガーが好きだったから」

 

 なる時かーい。前でも後でもなくなる時かーい。理由も酷い。頭おかしいなぁこの娘。なんか嫌な発想が浮かんできた。頭のおかしい艦娘が万屋鎮守府に流れ着くとか以前に頭のおかしい艦娘ばっかりなんじゃないかなひょっとして。

 

「よ、よく了承してもらえたね」

「頭のおかしいマッドサイエンティストがうーちゃんの担当だったからね。即答でオーケーしてもらえたぴょん。使いこなすまで大変だったけどね。上手く力を分散したり角度を考えないとと地面を斬って沈んじゃうレベルの切れ味の刀足をつけられちゃったし。担当した鍛治師がノリノリで全力を出してくれたぴょん」

「関係者全員の頭が沸いてたんだね」

 

 この世界自体、頭おかしい人しかいないんじゃないか。異世界行きたい。

 

「さて、お喋りはここまで。そろそろ死んでもらうぴょん」

『結び終わったっぽい!』

『よし、固定を解除する』

『おし、こっちも解除した。吹雪の指示で重くなれよ、黒ナイト』

『もういっそ焦らさずにとっとと落としてくれ』

 

 ナイスタイミング……なんて軽口を言う暇なく、卯月ちゃんが片足を上げ、こちらへ素速く伸ばした。突きだ。伸ばされた足を私は叩き逸らし、そのまま逆の手で反撃――いや! 後ろへ飛んだ。叩かれた勢いを利用して繰り出された回転『斬り』を、寸前の所で避ける。

 彼女との距離、推定五メートル。誘えるかな。私は思い切り地面を蹴り、真っ直ぐ前に飛んだ……コンマ数秒送れて、向こうも同じように飛んだ。空中で、私と彼女の身体が交差し、通り過ぎた。くるん、と浮いたまま身体の向きを変える。彼女と目があった――その目を狙い、構えておいた二丁の拳銃の引き金を引く。だが彼女は、それを背中を逸らして避けた……避けた? 違う。偶然なんだ。彼女がしたのは、攻撃だ。

 

「ッ!」

 

 スパン、と首の薄皮が縦に切れた。見えないけど、マスクにも傷がついたかもしれない。空中サマーソルトキック。銃撃の反動で身体が後退していなかったら、顔が真っ二つに避けていただろう。

 私と卯月ちゃんは同時に着地した。先程とお互いがいた地点に。危なかった。ぶわ、と冷や汗が流れ出る。運が悪ければ死んでいた。

 

「ようやく当たったぴょん。致命傷じゃないけど。……次はその胴体を泣き別れさせてやるぴょん」

「グダグダ言わずにやろう? もうそんな段階じゃないんだから」

 

 挑発するように、私は冷たく言い放った。ヘラヘラと笑っていた卯月ちゃんの顔が歪む。そして私は、私と卯月ちゃんは――再び、同時に地面を蹴った。

 相手の姿が近づく。彼女のあのポーズ。左足を曲げ、右足は真っ直ぐ地面を向いている。今度は縦斬りじゃなく、横斬りを繰り出そうという気だろう。

 ……まぁ。そんな映画染みたアクションに、何度も付き合う気はない。

 

「POI!! 夕立さんだよ!!」

「びょんッ!?」

 

 ゴン、という音ともに卯月ちゃんが蛙の潰れたような声を出した。槍の上から落ちた夕立ちゃんに、空中で思い切り踏まれたのだ。予想通り、アクションに夢中になっていた彼女は夕立ちゃんのことをすっかり忘れていたらしい。

 彼女は己の足に関して、力を分散して角度を考えないと、地面すら斬ってしまうと言っていた……ならば、他人の力で、かつ予想外のタイミングで地面に立たせられたら? 答えは明白だ。

 

「あ……!」

 

 卯月ちゃんの表情が焦りに変わった。彼女の右足が、深く地面に突き刺さっている。そしてあの地面は槍のすぐ目の前。つまり。

 

「お願いします、天龍さん、黒ナイトさん! 夕立ちゃん、走るよ!」

「ぽい」

『あいよ』

『やっぱやだぁー! やだやだぁー!』

「ちょ、ちょっと待ってぴょん。この地面ってひょっとして……待ってぴょーーーん!!」

 

 しゃがみ込んで必死に己の足を抜こうとしている彼女を無視し、私と夕立ちゃんは走り出す。そして、盛り上がっていない地面へと飛び込んだ。同時に、強く目を瞑る。

 次の瞬間、凄まじい轟音が響き渡り――卯月ちゃんの叫び声が遠ざかっていくのが聞こえた。更に、背中にバチバチと細かい衝撃が走った。空へと向かう迷路部屋に巻き上げられた土やら石やらが降ってきているのだろう。

 長めに時間を開けてから目を開き、立ち上がった。えげつない量だったであろう土埃は既に薄くなり、さきほどまで戦っていた場所には大きな穴が空いている。空を見上げると、遥か上空に大きな影が見えた。黒ナイトさんが重さを調節して止めたのか、それとも天龍さんや武蔵さんがロープを固定して止めたのか。どちらにせよ、あの上にいた卯月ちゃんはカタパルトよろしくどこか遠くへ射出されたことだろう。おそらく死んではいないだろうが、邪魔が出来ないのであれば生死に大して興味はない。

 黒服たちは……全員倒れている。衝撃で気絶したか死んだか。どちらにせよ邪魔をすることはないだろう。

 

「上手く行ったね、吹雪ちゃん!」

「そうだね。上手く行きすぎてちょっと怖いね」 

 

 まだ一回しか仕事してないしまともなやり取りも出来てないのに、こっちの意図を汲んで動け過ぎでしょ夕立ちゃん。彼女が空中戦の時に特に動かなかったら別のプランがあったけど、蓋を開けてみればベストな動きをしてくれた。空気を読む時はとことん読んで動くけど読まない時は一切読まないのかも。色んな意味で底が見えない。

 

「提督。迷路部屋を引っこ抜けました。これから降ります」

『よし。前半まで終わった。海茶飲まんと……え、なに? なんか言った?』

「あとでBad time過ごしてもらいますからね」

 

 冷たく言い放ち、私と夕立ちゃんは穴の中へと飛び降りた。地面が抉れ、基礎が見えている部分に着地し、周りを見回した。目の前の部屋は壊れたドアの向こうに階段が見える。あちらではない。逆側は、丸い穴が開いていて、中では紙……いや、大量の札束が燃えているようだ。もったいない。あの丸い穴は金庫の扉があったのだろう。どうやら持ち上げられた迷路部屋の方に持って行かれたらしい。燃えているのは破壊された時のショートで引火でもしたのかな。

 あの中に生け贄部屋兼闇アイテム保管室があるのだろうか、と私は金庫室に入った。白い壁、白い床、白い天井。映画とかでよく観る感じの内装だ。土やら煤やらで汚れてはいるが。

 一部の壁は小さなロッカーになっている。お金に変わる不思議な紙やきらきらした高いアクセサリーとかが入っているに違いない。部屋の中心には大きなテーブルがあり、そこに置いてあったのであろう大量の札束だの金塊だの宝石だのがそこら中に散乱していた。宝石を数個だけ拾って懐に入れた。お小遣いお小遣い。ロッカーも開けて中のをもらっていきたいが、そんなスキルはない。

 

「吹雪ちゃん。あの扉じゃない?」

「……そうみたいだね」

 

 一緒に入ってきていた夕立ちゃんが指差す方向を見ると、やや場違いな安っぽい扉があった。そこに近づき、ドアノブを握り回した。鍵は……掛かっている。まぁ、壊せばいいか。

 

「夕立ちゃん、これ壊せる?」

「ぽい」

 

 ごん、という音と共にドアがひしゃげた。気の抜けた声で出されたパンチ一発で。金庫の入口自体がすごく頑丈でセキュリティも高いから最低限のドアで十分だと思ったんだろうな。元都知事の指紋も必要らしいし、彼以外の人間が入る時は必ず複数人でとかそういう対策をしていたのだろう。

 

「うわっ……」

 

 中に入った瞬間、思わず声が出た。壁も床も真っ赤だ。ペンキではないだろう。鉄の匂いが酷い。どれだけこの部屋で生け贄が捧げられたのか、考えたくもなかった。

 

「……あれ? 無いね」

「それっぽいものは何も見つからないっぽい」

 

 足の長い小さな机が中央に置かれていたが、その上には何もなかった。衝撃で落下したのだろうかと床を探すが、何かの肉塊が落ちている以外は何も見つからない。

 

「ていと――天龍さん。例のモノが見つかりません」

『あ? どうした。よく聞こえねぇぞ』

 

 どうやら電波が悪いらしい。色々な機械等が壊れたり潰れたりして変な磁気でも出ているのかな。もう一度だけ夕立ちゃんと二人で部屋の中を探してから、私たちは穴の外へと出た。

 

「もしもし? 聞こえますか?」

『聞こえるぜ。で、どうした』

「黒ナイトさんの宝石、見つかりませんでした」

『あぁ? ……どういうことだ』

『ご苦労、諸君』

 

 突然、スピーカーから男の声が流れた。同時に、さきほどまではスポーツ番組を流していたテレビが切り替わり、大柄な男の姿が写った。あれは……件の元都知事か。……あれ? あんな大柄だっけ。

 

『よくもまぁ人のカジノをここまで無茶苦茶にしてくれたな。忌々しい。だが、貴様らが狙っていた宝石はいま私が手に持っている』

「え……!?」

『馬鹿な奴らだ。宝石自身が教えてくれたよ。『このままでは私が奪われる』と。具体的な日付と一緒にな。それに合わせて持ちだして、こうして今は私の手にあるというわけだ』

 

 男が手を掲げた。その手にはテレビ越しでも分かるほど美しい宝石が握られている。くっ。闇アイテム、便利過ぎでしょう。

 

「なんであの人あんなノリノリで悪役っぽいロールしてるっぽい?」

 

 夕立ちゃん、それ突っ込んじゃダメだよ。

 

『さて、いったい貴様らは何者なのか。宝石に聞くことにしよう。みたまえ』

「すっごい仰々しい口調だね。テレビで見たときはあんなんじゃなかったのに」

 

 だからそれ突っ込んじゃダメだって夕立ちゃん。

 男は画面を動かし、別の方向を写した。縄で縛られた少女が写っている。顔は前髪で見えないが、ぐったりしているようだ。

 

『今からコイツを生け贄にして、貴様らの正体と潰し方を宝石に聞くことにしよう。富を得るために邪魔であることは明白、きっと教えてくれるはずだ。せいぜい震えるがいい』

 

 画面に再び男が写った。ナイフを片手に、少女に手を伸ばして――その手が、落ちた。断面から、ドバドバと血が流れ出す。

 

『なっ!?』

『貴方が宝石に聞いて持ち出す可能性を、提督はともかく他の人たちが考えないとでも思ったの? ドーモ、元都知事=サン。サツバツカンムスです』

 

 ホントにサツバツカンムス実在してたー! しかも万屋鎮守府の人間だったー! 何者なんだろう。ショートのやや茶色がかった黒髪に、妙な髪飾り。長くて白いマフラー。……そして、黒いニンジャっぽい服。なんだあれ。顔は……前髪はあがったけどよく見えない。顔の半分ぐらいが『殺伐』と書かれたマスクのようなモノで覆われているし。

 

『ば、馬鹿な……』

『生け贄にしようとしていた娘は無事に家に返しておいたよ。持ちだした後に聞くべきだったね。『どうやって宝石を守るべきか』って』

『クソッ……!』

『今日ここで死んでもらうよ、偽物さん』

 

 に、偽物? 偽物って、いったいどういうことだろう。

 

『貴方がカジノのために当選直後の本物の元都知事を誘拐して、なり変わったことはもう調査済み。本物は既に救出したよ。今頃、たくさんの証拠を持って警察に駆け込んでる』

「テレビの向こうでどんどん話が進んでて暇っぽい」

 

 そんな身も蓋もないこと言わないで! ……まぁ、とはいえ帰る準備はしておこうかな。もうここでやることは無さそうだし。

 

『おのれ……おのれぇ!』

『イヤーッ!』

『グワーッ!』

『イヤーッ!』

『グワーッ!』

 

 画面が見えなくなった。返り血でカメラが塞がれてしまったようだ。だが、何かが砕ける音と悲鳴だけは聞こえ続けている。それが止まると同時に、スピーカーからサツバツカンムスの声が聞こえた。

 

『聞こえるー? こっちは終わったよ。宝石はきちんと持って帰るから、あとで会おうねー』

 

 そう言うと、ブツンという音がして画面が真っ黒になった。カメラを切ったらしい。

 

『おし。黒ナイトを回収して帰還する。そろそろ警察が来るしな』

「天龍さんはサツバツカンムスさんのこと知ってたんですか?」

『あぁ。というか、俺がアイツに指示したんだ。カジノで回収出来れば何も起きなかっただろうから、特にお前らには言わなかったがな。ベインには一応言ったが、アイツは多分忘れてたと思うぞ』

 

 なるほど。さすが天龍さん、といったところだろうか。やはり積み重ねた経験がモノをいうらしい。

 

『つーわけでだ。吹雪、夕立。落とすぞ』

「えっ」

『だって落とさねぇと黒ナイト回収できねぇだろう』

 

 落とすってまさか――

 

『こんだけ大きなモンがこの高さから落ちりゃ衝撃やら破片やらでこの周辺は結構な混乱が起きるだろうぜ。それに乗じて脱出、ってわけだ。一石二鳥だな。行くぞ』

「……了解です」

 

 諦め混じりの声で返事してから、私は大きなため息を吐く。それから、全速力で走り出した。外へと逃げるために、そしてなにより落下物から逃げるために――

 

 

「ういー。今回もご苦労だったな、吹雪くん」

「ありがとうございます。……あのあと、どうなったんですか?」

 

 仕事の翌日。私はいつも通り、提督の執務室で任務完了の報告書を渡し終えた。

 数トンなんてレベルじゃない重さの物体落下からなんとか逃げ切ったあとは、脱出して天龍さんと武蔵さん、そしてぐったりしている黒ナイトさんと合流、マスクを外して堂々と万屋鎮守府タンカーに帰ってきた。部屋に戻り頬の傷を縫ってすぐさま眠ってしまったので、あれから黒ナイトさんやサツバツカンムスがどうなったのかまだ知らなかった。

 

「あぁ、なんとかSansを倒したよ。まぁリセットしたが。心の中で謝りながらもう一回TPルートをやる予定だ」

「そっちの話は聞いてないです」

 

 今回、提督の口数が全体的に少なかった。それだけそっちに集中していた、ということだろう。……骨だけ残して全部燃やしてしまいたい。

 

「仕事の話ですよ。サツバツカンムスさんは闇アイテムを持ち帰ったんですか?」

「そっちか。そうだよ。しっかりと受け取って、黒ナイトに渡した。渡す時に殴られたがな。すっかり高所恐怖症になったらしい。ハハハ」

「笑いごとじゃないと思います」

 

 可哀想に、黒ナイトさん。次に会う機会があったら励まそう。

 

「まぁ、他に方法が無かったとはいえ申し訳なかったな」

「もう少し時間を掛ければ他の方法も思いついたかもしれないですけどね」

「あー、そうかもな。そう思うと申し訳ないことしたな。仮にも女の子を何度も何度も高所から」

「は!?」

 

 え、えええ……じょ、女性だったんだ黒ナイトさん。

 

「あれ、知らなかったんだっけ。いま流行りの単眼女子だよ。声が兜でぐぐもってそう聞こえないかもしれないが」

 

 そんなんで出るかなぁあの声。まぁ似たような声の人も幼女ボイスやってたし……いやそういう話じゃないな。

 

「元都知事……本物の方の元都知事はどうなったんですか?」

「いまは捜査のために警察と一緒のはずだ。マスコミやら党やらが大騒ぎだよ。主犯は死んでるからこれからどうなるかはわからんが、カジノは廃業だろうな。社会的にも、物理的にも」

「そうですか……サツバツカンムスさんはどうして偽物だと知っていたんでしょう?」

「俺がそう言ったからじゃねーかな。入れ替わる前も入れ替わった後も元都知事のアイツと会ったことがあるんだわ。『なんか雰囲気違う。偽物じゃね?』なんてサツバツカンムスに軽口を叩いてたが……まさか本当に偽物だとは……」

 

 このボンクラにもそういう目だけはあるらしい。それを活かすのは本人じゃなく周りのようだけれど。

 

「あ、サツバツカンムスからの伝言だ。『真にサツバツカンムスを名乗りたければ、私の名前を探し当ててごらん』だそうだ」

「いえ、たまたま思いついた偽名がたまたま被っただけなんでそんなつもりは」

「そうなの? なんだ、せっかくあのサツバツカンムスを正式に名乗れるチャンスなのに。しかも、せんだ――」

 

 ガツン、という音と共に提督の目の前の机に何かが刺さった。スリケ……シュリケンだ。……へ、部屋にいるのかな。どこにも見えないけど。コワイ。

 

「やべ、名前言っちゃいけないんだった。あぶねー」

「よく平然としてられますね」

 

 慣れてるのかな。きっといつもいつも名前を言いかけて警告スリケンを投げられているのかもしれない。

 

「さてと。それじゃあ吹雪くん。また一週間お休みだ。羽を伸ばしてくるといい。次も大変だろうし」

「……わかりました。ちなみに、次の仕事の内容は決まっているんですか?」

「あぁ。偽札をちょっとな」

 

 偽札をちょっとな。なんなんですかその内容がなんとなく把握できそうで出来ない一言は。心の中でそう毒づきながら、私は執務室を出て行くのであった。

 

to be continued.

 

 




次回は日常回な番外編(という名のタンカーの内部の説明編)。

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