万屋鎮守府   作:鬼狐

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一年って早いな。


過去編第一話『TENRYU BEGINS』

「オイ、新しいの寄越せ」

「飲み過ぎじゃないかい?」

「うるせぇ。フラフラになったときが俺の『飲み過ぎ』だ。いいから寄越せよ」

 

 からんからん、とグラスを降って、目の前で他のグラスを拭くバーテンダーに酒を催促した。

 はぁ、とため息を吐いて、バーテンダーは俺のグラスに俺のジンを注いでいく……俺専用にキープさせているモノだ。余りにも安物過ぎて、このシャレたカジノのシャレたバーのシャレた酒棚にはまったく相応しくないが、無理矢理置かせている。美味いわけじゃないが、俺の舌に合っている酒。雑に酔いたい夜にはぴったりだ。

 

「バーテンにとって、常連の『飲み過ぎ』は『いつもより多くて速い』だ。口から酒の臭いをさせながらお客に凄んだって、姉御のようないい女じゃ誘ってるとしか思われんぜ?」

「ソイツはいい。手間が省けるじゃねーかよ。ささっと部屋に連れ込んでお楽しみ、だ。いい男かいい女だったらな。そうじゃねーなら顔を潰して股間だけ使わせてもらうだけだ」

「用心棒のあんたに、仕事中にホテルへ消えられたら困るんだがね」

 

 肩を竦めるバーテンダーを無視して、俺は注がれた酒を喉へと通した。工業用アルコールにも似た臭みが鼻を通り抜け、値段と反比例して尾を引く苦みが喉を焦がす。

 バーテンダーの言うとおり、俺はこの小さいカジノの用心棒だ。厄介な客、暴れたがる酔っぱらい、因縁を付けに来たギャング、その他諸々の『ふざけたマナー違反共』を外に追い出すのが仕事。何も無ければただこのバーに座って酒を飲むだけだし、何かが起こればそこへすっ飛んで行って馬鹿の腕を捻り上げて終わり。たまにアホを路地裏に運んで反省するまで殴り続ける作業が追加される程度だ。わかりやすいのはいい。学も何も無く、日本から逃げてこのA合衆国へフラフラと流れ着いてきた元ヤンキーにはピッタリだ。

 だが、今日に限ってそのわかりやすさと楽さが仇になった。余計なことを考えちまう時間が増えてしまっている。いくら酒を呷っても、酔いづらいこの身体じゃますます意識がそちらへ傾くだけだ。

 

「オイ、次だ」

「なんかあったのかい、姉御。マジに飲んでるじゃんかよ」

「大したことじゃねえ。飼い主から捨てられただけさ」

「あんたが、か? 実に珍しいな。一週間ぐらいでぽいっと恋人を捨てるあんたが、逆に捨てられるとは。そういうことならしょうがねえ。ほれ、お代わり」

 

 かちゃん、と目の前に出されれた新たな一杯を、一息で飲み干した。やはり酔えない。気持ち悪くもならない。思考は相変わらず、冴え切ってしまっている。

 思い浮かぶのはあの女……俺が今日の昼まで同棲していた女の顔だ。いや、寄生に近いか。屋根とメシ、それと風呂。あの女と身体を重ねるための身嗜みに必要なモンを借りていただけの、薄い関係だったと思う。

 あの女と会ったのは、いままさに座っているこのバーカウンターだった。着慣れていなさそうなオシャレな服を着て、キョロキョロと興味深そうに周りを見回していた。俺は、そんな彼女を警察の密偵か何かかと疑った。そして話しかけた……それが出会い。決して運命的じゃない、どこにでも転がっているような話だ。

 疑いは杞憂。女は日本から来た留学生で、ただ単にカジノというものが珍しかっただけらしい。同郷出身ということで話が盛り上がり、飲ませ飲まされ、潰れた彼女を俺が部屋まで送り……そのまま住み着いた。その前の寄生先だった男には何の連絡もしちゃいないが、経験の多そうなオッサンだったし、いつか俺が消えるのは分かっていただろうよ。問題は無い……まぁ、もうどうでもいいんだがな。顔も名前も思い出せねぇし。そもそも男だったかな。まぁいい。

 数ヶ月……いや数週間だったか? その程度の付き合いだが、そこそこ楽しかったと思う。夜の相性は良かったし、アイツの作るメシは美味かった。愛してはいなかったが、日々をただ過ごすには良い相手とは思っていた。

 だが今朝……フラレた。いや、フラレたとは違うか。アイツが日本に帰ることになったのだ。『対深海棲艦兵器人間』、『艦娘』になるために。

 深海棲艦とかいう化け物のことは、直接この目で見たことは無かったが、テレビだの客の雑談だのから話は聞いていた。世界中の海を荒らす怪物らしい、と。それ以上は興味が無かった。世界で何が起ころうと、俺の周りに変化が無けりゃあ関係ない。そう思っていたからだ。

 だが女はそうじゃなかったらしい。五分で終わる艦娘適正検査を受けたところ、『龍田』という艦の適正があったそうだ。

 

『それで、艦娘になるっつーのか?』

『そうよー。ちょっとやそっとじゃ死なない身体になれるって言うし……お金もいっぱいもらえるらしいんだもの♪』

 

 金が大好きな女、という訳ではなかった。アイツには夢があった。小説家になる、という夢が。そのための経験として、大学の制度を利用して留学してきたらしい。多分、俺のような女を飼っていたのも経験のためだろう。単に気持ちが良かっただけかもしれないが。

 もし大学在中に作家としてデビュー出来なくても、働きながら文字を書き続けるつもりらしかった。だが、彼女は艦娘という道を国から示された。

 

『艦娘になって、深海棲艦をたくさん倒して……戦いが終わったら、貯めたお金で四六時中文章を書いていられるわぁ♪』

『戦いの中で死ぬかもしれないのにか?』

『貴女のようなステキで危険な女を飼って、妙なことに巻き込まれて死ぬよりは低い確率よ。また攫われちゃったりするかもしれないし』

 

 特に反論はしなかった。その通りだと思ったからだ。実際、俺に殴られた逆恨みで女を攫おうとした奴らもいた。あんときは大変だった。そのチンピラがこの辺に進出しようと企む非合法組織のボスの親戚で、ブッ殺そうとした結果、その組織を丸々壊滅させるハメになったし。最終的にボスは溶鉱炉に沈めたが、ジョージとかいうチンピラ自体には逃げられた。クソッタレ。

 

『親には反対されたんだけどね。身体を弄ってお金を稼ぐなんて、って』

『そりゃ方便だ。お前の身が心配なだけだろう』

 

 そんなことを言いながら、俺は自分の両親を……思い出そうとして思い出せなかった。兄弟がいた気がするが、姉妹だったような気もする。そもそもいなかったような気も。何年も会ってないから仕方ないか、とその時の俺はそこで考えるのを止めた。今でも特に思い出そうとする気は起きない。

 

『実は……貴女のも調べておいたの。髪の毛一本でも検査できるから』

『あん?』

『もしかしたら、と思って。そしたら……ほら、これ。貴女にも適性があったわ』

 

 そう言って女が見せてきた一枚の紙には、適性艦娘が書かれていた――天龍。天龍型一番艦軽巡洋艦『天龍』。それが俺の、艦娘としての名前だった。

 

『ハン。なかなかカッコいいな。お前のと似てる』

『姉妹艦だもの。これからは天龍お姉ちゃん、って呼ぼうかしら?』

『せめて天龍ちゃん、にでもしろ。……って、オイ。待て。俺は別に、艦娘になるつもりなんか――』

『なろ?』

 

 そう言った時の女の瞳は、今でも鮮明に思い出せる。渇望、不安、覚悟、後悔。色々な感情が混ざりあって、瞳の色が斑に輝いて見えた。

 

『ならねぇよ。世界平和なんかに興味はねえ』

『これからも貴女と居たい。だから、一緒に艦娘になって欲しいの』

『…………』

 

 言葉に詰まった。時折アイツがぶつけてくるストレートなセリフは、反応に困るモノが多かった。

 

『チッ。待ってる、ってのはダメか? 世界が平和になってお前が帰ってくるまで』

『ダメ。貴女は待ってなんかくれないもの。艦娘にならないなら、貴女を捨てるしかない』

『エラく信用がねぇな。まぁ、フラフラしてた昔を知ってりゃ、そう思うのも無理はねぇか』

 

 はぁ、と溜息を一つ吐いて肩を竦めた。日本に来たのだって気まぐれに寝る相手を変えていた結果、ヤクザの娘に手を出してしまい、めんどくせーから逃げたせいだったというのに――この国に来ても俺は同じことをしていた。その結果で出会ったのが、龍田。疑われても無理はない、と俺は思ったのだ。そのときは。

 

『面白いこと言うわね、天龍ちゃん。貴女は、今まで一度だって昔の話なんてしてないわよ?』

『そうだった、か?』 

 

 とぼけたわけではなく、そのときの俺は本気で首を傾げた。酒の席、あるいは『食後』のトークで話していたはず、と思ったのだ。

 

『こっちから聞かなかったもの。貴女のことは、出会ってからのことしか知らないわ』

『そ、そうか。別に隠してたつもりはねぇよ。俺はてっきり話してたモンだと……他のヤツと間違えたのかね』

『やっぱり、自覚はないのね。私には分かるわよ、なんでなんにも話さなかったか』

『大袈裟だな。忘れてただけだって』

 

 ハハ、と苦笑してぷらぷらと手を振った。龍田はたまに物事を大袈裟にするところがある。小説家を目指すものとしてはそれで良いのだろうが、なんて思っていた。だが、決してそれは大袈裟なんかじゃあなかった。

 

『興味がないのよ、天龍ちゃんは』

『あん?』

 

 素直に心外だと思った。俺が相手に興味がない、と言われていると思ったからだ。愛しているなんて言葉は使っちゃいないが、アイツを大切にしているつもりはあった。抗議の声をあげようとしたが――その前に、女に遮られた。

 

『私に、じゃないわぁ。貴女が貴女に、貴女の過去に、よ。貴女は、自分の過去に興味が無いの』

 

 ドキリ、と胸が鳴った。今でも、この最後の会話を思い出すたびに、心臓が嫌な音を鳴らして軋む。

 

『だから話さない。だから忘れる。ねえ、天龍ちゃん。貴方……貴方が今までに出会って来た人たちのこと、どれだけ思い出せる?』

『そりゃあ……』

 

 うぐ、と苦痛を感じた。その感覚には覚えがある。近所のヤク中と会話したときと同じだ。元大学講師だかなんだかで、俺に延々とくっだらねえ工学の話を聞かせてきやがった。何ら興味の無い事柄が無理矢理耳に入ってくる感覚。それに似ていた。

 

『……』

『思い出せないでしょ? 誰一人。その人たちの思い出どころか、顔すら』

 

 その通りだ、とは言えなかった。認めるのが癪だから、なんて理由じゃない。単に、認めたくなかっただけだ。認めてはいけない、とすら思った。……今でも、そう思っている。

 

「チッ」

 

 舌打ちを一つ鳴らして、ウィスキーを流し込んで喉を焼く。もう何杯目だか覚えてないが、未だに酔いは回らない。アイツの記憶が、俺に酔いを許さない。幻に逃げようとしても、現へと引き戻される。それとも幻が現から追いかけてきているのか。いや、……いや。少しずつ、少しずつだが。俺の頭がぼんやりとしていく。ようやく酒が俺の精神を蝕んでくれたらしい。その証拠に、思い出そうともしていないのにアイツの言葉が思い浮かんでくる。ハッ。なんて無意味な酔いだ。

 

『どうして思い出せないか、教えてあげるわ』

『……』

 

 潤んだ瞳を隠さず、そして逸らさず。女は俺を、真っすぐに見つめた。

 

『天龍ちゃん、あなたはね――』

 

「姉御!」

「!」

 

 アイツの最後の言葉を思い出す直前に、バーテンの叫び声で今へと引き戻された。

 

「なんだ、うるせぇな」

「ボーッとしてる場合じゃねえ。GASAIREだ!」

「あん? ……ガサ入れだぁ?」

 

 バーテンの野郎は日本好きで、ちょくちょく日本の単語を使いたがるフシがある。バーテンが指差す方向を向くと、スーツの男たちが入り口で従業員たちと揉めているのが見えた。手には警察バッジを持って従業員たちに見せびらかしている……あの胸の膨らみは、銃か。マジらしいな。

 

「ガサ入れったってな。なんか非合法なことしてたかココ。そりゃあ、支配人のバッグにマフィアがいるこたぁ知ってるが」

「つい最近、そのマフィアから一時的に麻薬の保管を頼まれたと聞いたぞ」  

 

 ……なんだそりゃ。クスリの保管が始まった数日後にガサ入れ? どう考えても内部からチクられてんじゃねーか。チッ。さては上から切られたか、支配人のクソ野郎。もっとデカい取引の囮にでもされたかぁ? そういや今日、支配人の顔を見ていない。とっくに逃げたか……あるいは消されたか。まぁ、顔もまともに思い出せねぇヤツのことなんざどうだっていいが。

 

「ま、俺には関係ねえ。どうせ正式な用心棒契約なんざ結んでないしな。お前も俺のことは知らないフリしといてくれよ?」

 

 このカジノと深い関係は無い。客のフリしてならず者をボコる代わりに、一定額までカジノで勝たせてもらえる……そういう契約だ。適当に話をはぐらかせば、普通の客よか少々長めの事情聴取をされるぐらいで済むだろう。

 

「いやいや。何言ってんだ。関係ないわけがないじゃないか。だってあんた……」

「あん?」

 

 バーテンが呆れ顔で話している途中で、刑事と思しき奴らがついに店内へとどかどかと入ってきた。どうやら従業員は止めきれなかったらしい。そのまま裏にあるスタッフルームや支配人室に行くのだろう……と思っていたが。男たちは俺の顔を見るなり、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。おんやぁ?

 

「ココの用心棒だな。お前が支配人の愛人だったことは調べが付いている。一緒に来てもらおうか」

 

 強面刑事の言葉に、俺は思わずぽかん、としてしまった。えぇー……そうだったっけかぁ?

 

 

「いいから! 支配人の行方を話せと言ってるんだ!」

「だぁーかぁーらぁー。知らねぇつってんだろハゲ」

 

 Nシティ警察署の取調室。特に抵抗せずにここまで連れてこられた俺は、スキンヘッドの強面刑事に大声で尋問されていた。指でぐしゅぐしゅと耳垢を取りながら適当に聞き流しているが。奥の方にまだ残ってる気がする。

 

「そんなわけがあるか! 愛人だったんだろう!」

「忘れてたが、まぁそうらしいなハゲ。つってもここしばらくは別のヤツの愛人やってたぞハゲ。多分だけどなハゲ。ホントに俺、支配人の愛人だったっけか?」

「嘘をつけクソアマ! そんな報告は来ていない!」

「知るかよハゲ。調査不足だったんだろハゲ。いつから調査してたのかは知らんが、最近の俺の様子まで調べなかったんじゃねーのかハゲ」

「さっきからハゲって連呼してるが剃ってるだけだ!」

「どうせハゲてきたから剃ったんだろハゲ」

 

 ったく、面倒なことに巻き込まれたモンだな。いくら支配人の行方を聞かれたって、俺はマジで知らない。そもそも支配人がどんな顔でどんな奴だったかすら怪しい。そもそも愛人だったか、俺? なんら好みじゃねえネズミ顔だったから、言い寄られたときに泣いて謝るまで金ボールを握り締めてやった程度の性的接触だったような。いや、アレはまた別のやつか? あのカジノには数年いたが、何回か支配人変わってんだよなぁ。

 

「他の従業員によると、支配人は行き先をお前に教えたと言っていたそうだ。どんな義理があるか知らんが、とっとと話せ!」

「別に義理あって話さねぇわけじゃねぇよ。なんか義理があったらそもそも逃げてるだろ」

「うぐっ……たしかになぜ逃げもせず言われるがままに付いてきたのかは知らんが……」

「諦めて釈放してくれよ。そんなに疑うんだったら、適当に監視でも付けりゃーいいじゃねーか。お前の言うとおり俺が支配人の潜伏先を知ってるんなら、そこへ行くはずだろ?」

 

 行く気は欠片も無いが。そもそも覚えてねぇし。

 

「馬鹿め。監視を全部殴り倒されたらお終いだろうが。人並み外れた身体能力の癖に」

「あー、たしかにな」

 

 言ってることは正論だが情けなくねーのか、警察として。映画やドラマみてーな不死身の刑事はいないのかよ。腕っぷしには自信があるが、イピカイエーと叫ぶ不運なデカ相手だったらいくら俺でも勝てる気はしないぞ?

 

「分かったら話せ。カジノからは結構な量の麻薬が見つかった。三キロだぞ、三キロ。こうなるともう、話すまで何ヶ月でも勾留することになるぞ」

「マジかよ」

 

 クソ面倒くさいな。ま、宿泊先に悩んでいたからそれでも構わないが……留置所で暇を持て余すことになりそうだし、いつ出られるか分かったモンじゃないのは苦痛だな。

 しかし、三キロだと? たしかに個人が持つには多いが、マフィアから保管を頼まれたという割には少ないな。小分けして色んな所に保管させているのか、それともやっぱり、最初から密告でカジノを潰すつもりで少量を渡したのか。

 

「……少し休憩しよう。いいか、次に俺が戻ってくるまでに話す覚悟を決めろ」

 

 俺が全く堪えずに考え事をし始めたのを察したのか、はぁ、と溜息を吐いて強面ハゲが外へと出て行った。さて、どーしたもんか。話す覚悟と言われても困る。話すつもりはあるのだ。知らないから話せないだけで。いっそ適当にあのハゲをブン殴って外へと逃げてやろうか、とも考えたが……目立つんだよなぁ、俺。この肩が凝るデケェ胸を削ぎ落として、片目を誰かから奪いでもしないとあっという間に見つかってしまうだろう。手錠も付いてるしな。州を跨ぐかいっそ国外まで逃げないとならないが、そんな金は無い。用心棒代はそこそこ貰えちゃいたが、高い酒と日本のタバコで大半を消費している。

 

「おいーっす」

「……あ?」

 

 そんなことを悩んでいるうちに、突然誰かがクソみたいなアイサツと共に取調室に入ってきた。……知らねぇヤツだな。なんだこの黒針金男。黒サングラスに黒い帽子、黒いジャケットの下は黒いシャツ。もちろんズボンも靴も黒だ。別の刑事か? それにしては、随分と胡散臭い上に喋りが軽いな。

 

「誰だテメェ」

「どうも、犯罪捜査コンサルタントです」

「ほお。この国で警察の厄介になるのは初めてだが……マジでいるんだな、そういうの」 

 

 ドラマの中だけの存在かと思っていた職業の実在に、少しばかり心が動いた。いったいどんな話をするつもりか。話せることなど何一つないことを察して、俺が釈放されるように動いてくれたりしないだろうか。

 

「名前は?」

「メンタリストのパトリック・ジューンです」

「嘘つけボケ。なんだそのパチモンみてーな名前は」

 

 偽物だわコイツ。多分、警察関係者ですらねえ。こんなふざけたこと言う奴が官憲と思いたくない、という気持ちもあるが。もしくはワザとか? 本物のメンタリストも毎回毎回、誰かしらを必ずキレさせてるしな。そうやって情報を……いや、たまに『なんでソイツをわざわざ怒らせた?』って時もあるが……。

 

「シェーマス・モリアーティでもいいけど」

「ソイツは犯罪捜査コンサルタントじゃなくて犯罪操作コンサルタントだろうが。張っ倒すぞ。誰なんだテメェマジで」

「ならば答えよう」

 

 俺の言葉に、男はくい、と帽子を上げた。カッコ付けているつもりのようだが、全身黒ずくめの年齢不詳顔面未確認がやったところで、なんら感じ入るところはない。むしろクソほどダッセェ。

 

「条件さえ飲んでもらえれば、君をここからすぐにでも釈放できる人間だ」

「そんな大層なヤツには見えないが?」

 

 言動も含めてな。これがアホの演技をしてるだけだったら、今すぐハリウッドで大活躍できることだろう。実際にはマジでただのアホだろうから、ゴールデンラズベリー賞を総舐めすることになるが。

 

「警察関係者でもないのにここまで来れることは、証明にならんかいね?」

「……!」

 

 思わず目を見開いた。たしかに。ここは警察署の取調室だ。それにこの御時世、この国じゃ警官への賄賂もなかなか効かせづらい。機械的な監視もあるから、賄賂をばら撒くにしても相当な数と額が必要になる。何らかの強力なコネクションがあるとみて、まず間違いないだろう。

 

「チッ。その条件次第だな。支配人の居場所なら知らねぇぞ?」

「ソレは俺が知ってる。アイツとは知り合いでな。アイツはいま横須賀に逃げている」

「……!」

 

 支配人とも知り合い、と来たか。なるほどコイツ、並大抵じゃない人脈を持っているようだ――というか、人脈以外持ってなさそうな気がするな。無能っぽいし。なんで言っちゃうかね、支配人の行き先。

 

「ありがとよ。テメェの条件を聞かなくても、ソレを伝えりゃここから出れるじゃねーか」

「アッ……」

「さては馬鹿だなお前」

 

 本気で驚いた声を出したあたり、自分のやらかしにまるで気がついていなかったようだ。何らかの裏でもあるのかとほんのちょっぴりだけ疑っていたが、全くの杞憂だった。

 

「まぁ待て。待てよ。落ち着けって。な? 落ち着け。その……ほら。他にもさ。落ち着けって」

「落ち着け以外に武器ねーのかよ。……まぁ、いい。テメェは馬鹿だが、テメェの人脈には興味が沸いた。条件とやらをとっとと話せ。そっちの条件次第じゃ、こっちの条件次第で聞いてやるよ」

「なんで俺が条件を聞く側になってんだろう」

「お前が馬鹿だからだ」

「そっかぁー」

 

 俺の罵倒に、クソコネ野郎は頭を抱えた。怒りも戸惑いもないあたり、馬鹿の自覚はあるらしい。治す気も無さそうだが。

 

「ま、条件ってのは簡単だ。天龍候補。お前には、艦娘になって欲しい」

「……お前もか」

 

 天龍候補と呼んだところからして、日本政府ともコネがあるらしい。だが、俺が艦娘になって深海棲艦と戦うことで、コイツに何の利益があるのだろうか? それに、わざわざ俺をスカウトしに来た理由もまるで分からない。

 

「なんで俺に目を付けた?」

「艤装を付ければ強くなる。その適合者を強くすればもっと強くなる。そしてその適合者が元から強ければ……という建前で、お前を艦娘にするべきだと政府に話をつけた。腕っぷしの強い女喧嘩師の話は有名だからな」

「建前だと?」

「一番の理由はな。……お前がイカれてるからだ」

「……あぁ?」

 

 突然の罵倒にイラ立った。なんだこいつ。出会って数分のヤツに『イカれてる』などと言われる筋合いは無いし、そもそも俺は何処もイカれてなどいない。決して善良な市民ではないことは自覚しているが、少々色と賭博と喧嘩が好きなだけの普通の人間だ。

 抗議代わりに顔へパンチでもしてやろうかと拳を握る。だが、男はそれに気がつくことなく自分の胸元に手を入れ、そこから取り出したモノを俺の前にぶち撒けた。何十枚もの写真のだ。男、女、子供、老人と様々な人間が写っている。法則性は見当たらないし、誰一人見覚えもない。

 

「なんだこれ。他の艦娘候補か? 老若男女混じってるが」

「見覚えは?」

「無いな」

「フッ……予想通りだな」

「遠回しに言ったり劇がかった口調してみたり、どうやら有能な人間を演じたいみたいだな。だがお前にはもう無理だ。ボンクラであることは分かってんだよ。とっとと話したいことを話せねえとブッ殺すぞ」

「ヒエエエー」

 

 ……あ? うん。どうやら本気でビビっているようだ。やたら間抜けな声を出したからフザけてんのかと思ったが、顔はともかく身体がブルブルと震えていた。

 

「コ、コレはな天龍候補。お前が今まで同棲してきた相手だ。……そしてこの中には、お前の父親と母親、兄弟もいる。どれだかわかるか?」

「……!」

 

 バッ、と顔を写真の群れへと向けた。そして先程よりも真剣に、集中して見つめる。だが……やはり誰一人として、見覚えがない。顔が覚えられないとか認識できないとかではなく、ただ単に『どうでもいい』人間が映っているようにしか思えないのだ。そんなはずはない。俺がこの国へ逃げてきたのは数年前。それまでは実家に暮らしていた。それなのに。親父に……お袋……両方とも、全く顔が思い出せない。兄弟に至っては、いたかどうかすら覚えていない。なんだ、これは。この感覚は。自分が信じられなくなっていく――俺の親兄弟だぞ? どういうわけだ、これは。何故俺は……『思い出そうとしない』? 『どうでもいい』という感情が強過ぎて、『思い出そうと思えない』。

 

「お前の噂を聞いて、どんな奴かを知り合いたちに調べさせた。噂もたくさん仕入れた。お前の元同棲相手たちに話を聞いた。それだけで、お前という人間がどんな奴か……朧げながら見えていたよ」

「……」

 

 元同棲相手。元同棲相手って、誰だ。居たことは知っている。たくさんの奴に寄生してきたのだから。その事実だけは覚えているのに、相手の顔も名前も住処も出てこない。興味が沸いてこない。龍田の候補のあの女以外は…………龍田? 龍田。龍田って。龍田の本名、なんだっけな。

 

「こうして会ってみて、確信した。俺はこれまで色んな奴に会ってきた。だから、簡単に言葉に出来る奴なら……どんな人間かよく分かる。天龍候補。お前は――」

『「人間に執着しない女」』

 

 目の前にいるクソ野郎の声と、あのときの龍田の声が重なった。数時間前に言われたことを、クソ野郎にも言われている。

 腹立たしい。どこまでも、どこまでも腹立たしい。……否定しなければ。だが、上手く反論が出てこない。まるで真実を突かれたような感覚。あのときも、何も言えなくなった俺に、龍田は悲しそうに微笑みかけ……そしてそのまま無言で出ていったんだっけな。

 クソッタレ。数分前に出会ったばかりのハリガネオトコに、何が分かるというんだ。チッ。とりあえず、このクソ野郎の人格否定だけはしておくか。

 

「……………くっだ、くっだらねぇこと言ってんじゃねえぞ。頭悪そうなツラして、分かったようなクチを聞くんじゃねえ」

「じゃあ聞くが、なんでお前は支配人の顔を思い出せない?」

「過去の男のツラを覚えているような女に見えるか?」

 

 そう、そうだ。とうの昔に捨てた奴らのことなど、覚えているわけがない。俺のような、男女問わず寝る相手を取っ替え引っ替えするような人間なら特にだ。顔すら綺麗さっぱり忘れているのは、自分でもちとどうかと思うが……まぁ、世の中にはそんな奴はたくさんいるはずだ――数年前まで共に暮らしていた親兄弟の顔すら出てこない事実には、目を背けておく。 

 

「…………………支配人は女だ。数ヶ月前は違ったがな」

「あ? あぁ。そうだったか……そうだったか?」

 

 なんか、ネズミみたいな顔の気持ち悪い男だったような。いや、数ヶ月前は違ったつったな。まぁ、そこそこの頻度でバックのマフィアの介入で支配人が変わってたし、そういうこともあるだろう。

 

「元支配人はお前に恨みがあった。タマを潰されかけた、とかでな。だから数ヶ月前、チンピラめいたギャングたちと組んで当時のお前の女を攫った」

「おい……おい。ちょっと待て。何の話をしてやがる」 

 

 ぐちゅり、と頭の中で嫌な音が鳴る。飽くまで比喩、そんな気分になったというだけだが……それでも、死ぬほどの不快感だった。掘り起こされたくない記憶を掘り起こされているようで。今すぐ、目の前の男を縊り殺してしまいたい。

 

「お前はキレて、チンピラたちを殴り倒した。ギャング組織まで潰した。そして彼らを、ゴミみたいに海に捨てた。元支配人まで含めてな。そして、趣返しとして。空きポストにお前は自分の女を入れた。当時の女を――龍田候補を。マフィアたちもそれをあっさり受け入れた。誰でも良かったんだろうな、名ばかりの支配人なんざ」

 

 ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走った。目の前の男が言っていることが理解できない――いや。理解したくなかった。龍田が支配人だった? そんな。そんなはずはない。俺にはそんな記憶はない。全く覚えがない。思い出そうとしても、思い出せない。気持ちが悪かった。まるで俺一人だけ別世界に飛ばされたかのような。自分の記憶を疑いたくないがゆえだろうか、そんな感覚に襲われた。

 

「アイツとどう会ったも覚えている。最後の会話も。そんな……そんなはずがない。アイツは支配人とは別の……」

「その最後の会話とやらだけが印象に残っているんだろう。会話は人とするものだが、人ではないから覚えられた。そしてその会話に必要な記憶だけをお前は残している。それ以外の思い出はもう、お前の中に無いんだ。捨てられた時点で、お前にとってはもう龍田候補は不要なモノに……いや。逆か?」

 

 フム、と呟きながら男は自分の顎に手を当てた。見ていてイラッとする動作だ。今すぐ男を殴り倒してしまいたい衝動に駆られる。その衝動に含まれているのは苛立ちが二割、八つ当たりが二割。残りは『これ以上この男に喋らせたくない』という、怖れめいた感情だ。このまま喋らせれば、俺は……俺は、自分の記憶を信じられなくなる。

 

「お前、どの寄生先でも一週間程度しかいなかったらしいな。そんなお前が龍田候補とだけは数ヶ月。自覚してなかったみたいだが、お前は龍田候補とだけは本気だった。で、そんな彼女に捨てられて、全力で彼女を捨てようと――忘れようとしたんだな。だがお前の本質を突く最後の会話だけは忘れられなかった。だからそんなチグハグな記憶になってんだな」

「……わかったようなクチを聞くなつってんだろ、クソッタレ。死ねカス。イピカイエー、マザファッカー」

 

 何一つ反論できず、俺の口から洩れたのは雑な悪態だけだった。だが男にはまるで堪えた様子は無い。言われ慣れているのだろう。俺の罵倒に反撃することもなく、男は名刺らしきものを取り出し、机に置いた。

 

「『深海棲艦が消えた』あと、俺はお前みたいな異常者を集めた会社を造る予定だ。他の居場所が無いから俺を裏切れない、そんな艦娘ばかりの楽園をな。映えある第一号として来てくれることを望むぞ。……とはいえこっちから払うモンはもう無くなった。来る気になるだけの条件が決まったら、この名刺の番号に連絡してくれ」

 

 言うだけ言って、男は部屋から出て行った。広くない取調室の中で、俺一人が取り残される。少なくとも今は、男への連絡をする気など欠片もない。俺はもう、自分で自分の記憶を信じられない、つまりは自分で自分を信じられなくなってしまった。自分の異常性を認識してしまった。だからといって陰鬱とするようなメンタルはしていないが、心に受けた衝撃はかなりデカい。しばらく休みたい気分だ。

 ここを出たら適当に稼いで適当に他の国に行こうか、などとぼんやりと考えていると――何やら、部屋の外が騒がしくなった。何かが暴れているような音と、悲鳴のような声が聞こえてくる。……気のせいかもしれんが、銃声もあったような。警察署だよな、ここ?

 

「ファック! ファック! ファァーック! 信じられねぇ!」

「あ?」

 

 乱暴に取調室のドアが開かれ、俺を尋問していた強面刑事が入ってきた。見るからに汗だくで、息は絶え絶え、顔は恐怖に引き攣っている。明らかにこの部屋へと逃げてきた様子だ。なんなんだ。一体全体、何事だ?

 

「どーしたよハゲ。なんか五月蠅くねーか?」

「イカれた奴らが襲撃して来やがったんだよ! 銃火器を振り回して暴れてんだ! ここ警察だぞ! 警察! 何考えてやがる!」

「嘘だろオイ。映画でしか見たことねーわ、警察への襲撃なんて」

 

 だがハゲの様子を見る限り、どうやらマジに襲撃があったらしい。いったいどこのどんな組織が、何の目的でそんな蛮行に走ったんだ? 待てよ。そういやどこぞのピエロギャングが、FBIを襲撃したって事件があったな。まさかそいつらがここに来たのか?

 更なる厄介ごとに巻き込まれる前にここから逃げなきゃな――そんなことを考えていると、バァン、という音と共にハゲが入ってきた扉が蹴り破られた。そこからどかどかと何人かの素顔の男たちが入ってきた。ハゲにも負けないぐらい厳つい顔をしていて、白いスーツを着ている。返り血らしき赤い液体で汚れている者もいる。その手には、物騒なことにアサルトライフルが握られていた。ピエロマスクじゃないってことは、FBI襲撃とは別件らしい。マフィアか何かだろう。どうしてこの部屋に来たんだ? まさかとは思うが……俺が目的か。

 

「久しぶりだな、用心棒」

 

 男たちの一人が前に出て、俺に話しかけてきた。予想通り、俺に用事だったらしい。警察、クソコネ野郎、マフィア。どうやら俺にモテ期が来ているようだ、クソッタレ。

 

「お前は……カジノのバッグにいたマフィアの一人か。たしかに久しぶりだな。何の用だ?」

「支配人の居場所を聞きに来た」

「テメェらもか」

 

 俺だけではなく龍田にもモテ期のようだ。たしかにアイツはイイ女だった――素顔で警察署に襲撃に来るほどとは思えないが。クスリを保管させてサツに密告したのはこいつらかと思っていたが、こんな狂気染みたマネをし始めたあたり、どうやら違うらしい。龍田のヤロウ、いったい何をしでかしたんだ?

 

「俺は知らねぇ。後ろ盾のお前らのほうが詳しいんじゃねーのか?」

「そう思っていたし、信頼もしていた」

 

 ……なんだと? 皮肉のつもりだったんだが。支配人の勝手なすげ替えについて、『誰でも良かったんだろうな、名ばかりの支配人なんざ』とクソコネ野郎は言っていた。だから後ろ盾とはいえもっと浅い関係だと思っていたが、『信頼』なんて単語が出るぐらいには絡みがあったようだ。

 

「ほお。俺が勝手に挿げ替えたのに、ずいぶんと入れ込んでたんだな。そもそもそんな深い交流があったこと自体、いま初めて知ったぜ」

「あの女、数ヶ月掛けて準備をしていたんだ。元支配人よりも使えるところを見せつけて、我々の信頼を得て。麻薬の保管を申し出た。……そしてアイツは消えた。数トン分の麻薬と共にな。あの量をどうやって持ち逃げしたんだか」

「は…………? あぁ。あー。そうか」

 

 くすり、と思わず笑みが零れた。零れた。零れた。本当に、思わずだ。点と点が繋がった。麻薬の保管と消失、俺がいま捕まっている理由、龍田がどこかへと消えたこと。それらが繋がっていく。

 

「なるほど、なるほどな」

 

 零れた笑みが、だんだんと『口の端が吊り上がっているだけ』という形になっていく。俺の心は、理解と同時に怒りで煮えたぎっていた。だからこその笑みだ。どうやら俺は、怒り過ぎると笑っちまうタイプらしい。

 

「あのクスリは我々の最もデカい資金源だった。それが丸ごと失われた以上、俺は……俺たちはもうおしまいだ。警察に捕まろうが殺されようが知ったことか。あの女だけは絶対に殺す。なるべく苦しませて殺す。あの女を庇って居場所を教えないなら、お前も同じ目に合わせてやる」

 

 マフィアの男がギリ、と歯を食いしばりながら言った。その顔がまた可笑しく見えて、俺の笑いはより一層、深くなっていく。どうせ用が済んだら俺も消すだろうにな。

 

「つまりは、ぜーんぶあの女の手のひらの上か。どこからだ? 支配人になったときに考えたのか? それとも俺と元支配人が不仲になったときか? あるいは……出会う前からか?」

 

 どこが最初かは分からないが、つまりあの女は。最初から大量のクスリが目的だったのだ。それを売って手に入れる大金が。だから支配人になったあと、マフィアたちに取り入った。そして、麻薬を奪った。ハハハ。

 マフィア共は決して小さい組織ではなかった。にもかかわらず、ぽっと出の名前だけ支配人が『大量の麻薬の保管』などという、資金源そのものに関わるような役割を与えられるとは。どう騙せばそんなことが出来る? どんなカリスマがあれば、そんなことが可能だ? あぁ、面白れぇ。面白くて面白くて面白くて、イラつく。

 そして俺もまた、あの女に騙されてたってわけだ。従業員たちに『行先は愛人が知っている』なんて教えたのは、俺をこうしてサツに引き留めさせるためだったわけだ。だからわざわざヤクを数キロ残した。俺を引き止めさせ、追い詰められたマフィア共に殺させるつもりだったんだろう。そこまで読んでたわけだ。ハッ。俺なら龍田のことを忘れてると分かってたんだな。人を見る目もあったんだ。最後の会話にも、アイツには大した意味はなかったんだろう。ただ単に、俺を部屋から追い出して日本へ逃げ出すための準備がしたかっただけだ。そのせいで中途半端に俺がアイツのことを覚えてしまったのは誤算だろうが。

 俺はそれらの企みに欠片も気づかず、ぐだぐだとカジノで酒を飲んでたってことだ。ハハハハハ。

 

「で、俺は話すことも出来ずに拷問死か。そんでマフィア共は龍田の居場所を知ることも出来ず復讐も出来ず、全員捕まって一網打尽、と。行き先を知るモノも追うモノもまとめて始末出来る策ってわけだ。……ハハ」

 

 あぁ。ダメだ。おかしくておかしくてたまらない。怒りと愉快さが、俺の心にぐるぐる、ぐるぐると渦巻いている。

 

「何をごちゃごちゃ言っている。あの女の居場所をとっとと話せクソアマ……ガッ!?」

 

 五月蠅い男の口を、手錠付きの両手で顔を掴んで塞いだ。ぎりぎり、ぎりぎりと、万力のような力を込めて男の顔を握り絞める。

 

「そーか。そーだよな。アイツ、噂しか知らなかったんだよな。俺が戦ってるところなんか見たことねーんだ。攫われたときも、気絶してたもんな。あぁ、アレもわざと攫われたのかねぇ?」

「が……ぐぁ……ひ、ひっ!?」

「俺が? こんな奴等に? 捕まると思ってたんだな? 舐めてかかって、そんでハメようと? この俺を? ハ。ハハハ。ハハハハヒハハハハハハハヒヒヒヒハハハヒハハハ!」

 

 もはや我慢できず、俺は大声で笑いだした。あぁ、認めてやる。龍田、俺はすっかり騙されちまったよ。お前の思う通りに動いちまった。だから、俺を騙したこと、俺を駒みたいに扱ったことは許してやるよ。あぁ、愉快だ。俺が楽しんでいる。まさかこんなに綺麗に動かされるなんて。

 だが、最後のツメがダメだ。全然ダメだ。カス共に殺されることを前提とした締めなど、絶対に認めない。あぁ、怒りだ。俺は怒っている。まさかこんな奴等に殺られると思ってたなんて。そんな風に舐められちまったらもう、お前の考えた策なんて――お前ごと、ブチ壊すしかねぇよな。

 

「あぁ。もうお前の顔も記憶も、はっきりと思い出せる。もう俺にとってお前は見捨てた人間じゃない。ブチ殺し対象だ、龍田。艦娘だろうとなんだろうと喜んでやってやる」

 

 本名も思い出したが、構わない。日本に逃げたあいつはもう人間ではなく、艦娘となっているのだろう。なら俺が殺す相手は艦娘の龍田だ。そして艦娘がクソほど強いなら、俺も艦娘にならなきゃならない。いや、もし何かの間違いでアイツが龍田になっていなくてもだ。艦娘のクソ強い力で、アイツの四肢を引き千切ってやる。

 ふと、俺は自分がいま掴んでいる男のほうを向いた。恐怖と痛みで、顔が引き攣っている。アサルトライフルを俺の足元に落とし、自分を掴んでいる手を剥がそうと、両手で必死に俺の腕を掴んでいる。他の男たちは銃を構えているが、掴んでいる男が盾になっているため撃つことができない。コイツがリーダー格だっだのだろう、どうしたらいいのかわからずに目を泳がせていた。

 俺はにっこりと口の端を吊り上げながら、掴んでいる男に顔を寄せた。

 

「フッ。フフフ。オイ、お前。女に顔を掴まれたぐらいで何をビビってやがる。マフィアだろ? フフフ。怖いか? なぁオイ。俺が怖いのか? まぁそうだろうな。すっげーテンション上がってんだよ、今の俺。殺意の世界水準超えてるからな」

 

 つらつらと、下らねぇ言葉が口から溢れる。まるでジャンキーだ、今の俺は。テンションだけで脳内に麻薬物質が溢れている。テンションが上がるにつれ、男の顔を掴む俺の手の力も上がっていく。

 

「何がイカれてるだ。知ったことか。あぁ。何を切り捨てるべきかは俺が決めてんだ。俺に有利なように俺が決めてんだから、俺にとって悪いことなわけが無いんだよクソコネ野郎。だから俺は、今まで通り。やりたいようにやるだけだ」

 

 いつのまにか、龍田とクソコネ野郎に教えられた自分の異常性がどうでもよくなった。自分で自分の記憶を信じられなくとも、自分で自分を信じていればいい。消えた記憶は俺にとって要らないものだと俺が思ったのだと俺が思えばいいだけの話だ。そんなことに悩んでいる暇があったら、とにかく今は龍田を殺したい。

 

「龍田。龍田。龍田。お前だけは。絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対にぜっ……たいに! 殺す!」

 

 ぶちゅり。俺の手の中から、水の混じった鈍い音が鳴った。どうやら力を籠めすぎて、男の顔を潰してしまったらしい。文字通り。男が両腕をぶらんと下げ、その体温が急速に失われていく。

 死体を盾にしたまま、俺は他の男たちへと顔を向けた。向けたまま、今度は両肩に思い切り力を入れる。

 

「なぁお前ら。機嫌が悪いんだよ俺。なのにすっげー気分はいいんだ。楽しいなぁオイ。それを邪魔するってんなら――」

 

 バキン、と俺の手錠を結ぶ鎖が千切れた。すぐさま足でアサルトライフルを蹴り上げ……空いた手でそれを掴んだ。そのまま、死体の肩に銃身を乗せる。銃口はもちろん、クソマフィア共だ。

 

「全員ブチ殺してやる。精々銃と弾薬を吐き出しやがれ、クソ共」

 

 そう呟いてから、俺はアサルトライフルの引き金を引いた。

 

 

「よう。派手にやったな」

「……あ? なんでテメェがここにいる」

 

 マフィアの一人を殺してから十数分後。俺は警察署内にいたマフィア共を皆殺しにしてから、いまだ恐慌状態の警察署からこっそりと逃げ出したのだが。クソコネ野郎に連絡を取ろうと警察署前の道路に出たところで、そのクソコネ野郎から話しかけられた。道路に停められた車に寄りかかって立っている。お迎えのつもりらしいが、まだ連絡などしていないのに何故ここにいるんだ。

 

「だって知ってたし。龍田候補の策も、お前がその策をぶっ壊して出てくることも。というか、お前の情報を龍田候補に渡したのも俺☆ マフィアと繋がりのある奴を探してるっていうから紹介した☆ あとコネで麻薬を高額だけど軽い荷物に変えて龍田に渡したのも俺☆ テヘペロ☆ 何する気なのかは横須賀に逃がす依頼が来るまで知らなかったけどな☆ で、好奇心で聞いてみたら龍田ちゃんたら天龍ちゃんの強さ知らなかったみたいでさ☆ だからここで待ってれば来るかなって☆」

「なんだその連続ウィンク。殺すぞ」

「まぁ落ち着け、な? 乗ってけ乗ってけ。逃してやるから」

 

 チッ、と舌打ちを一つ鳴らしてから、俺は素直にクソコネ野郎の車、その後部座席に乗り込んだ。車内がタバコ臭い上に、シートの隅にゴミが溜まっている。まともに掃除してねーらしいな。よくこんな車に『乗ってけ』なんて言えたもんだ。こいつもいつか殺そう。

 

「さてと。じゃ、日本に渡る空港まで送ってくわ。向こうに着いたら艦娘の研究所の連中が待ってっから。適当に過ごして、深海棲艦が居なくなったら連絡くれ」

「あぁ。……けどよ、深海棲艦とか言う奴等って世界中の海にいるんだろ? 殲滅できるまで、どんぐらい掛かるか分かったモンじゃねーぞ」

「いや、大丈夫大丈夫。数年もしたら居なくなるさ――向こうからな」

 

 コイツ、深海棲艦についてもなんか詳しく知ってやがるな。興味がねーからわざわざ聞き出したりはしないが。

 

「そうかよ。あぁ、そうだ。お前に協力する条件は分かってるよな?」

「あぁ。金だろ?」

 

 どっから出てきた金。あって困るもんじゃねーのはたしかだが、いまそんなものを欲しがると思うのか? 今回の件について全部知ってるはずだよなこいつ。なんでそんな答えが出てくるんだ。なんだこのボンクラ。頼る相手、ミスったかもしんねぇ。

 

「ちげぇわボケ。この流れでそんなわけねーだろ。いつか龍田に会わせろ。なるべく苦しませてからブチ殺すから」

「あー、それか。いいけど、いつになるか分からんよ? 艦娘適性が特に高いってことで、対深海棲艦艦隊の第一陣……『最初の六人』に選ばれたから。機密性が高過ぎて、横須賀から何処へ行ったのか俺ですら全く分からん。俺の知り合い以外を選んで動いてるみたいだわ」

「チッ。まぁ、急がねぇよ。あんまりあっさり殺すのはもったいねえ。大好物は最後までとっておくタイプの人間だからな俺は」

「へー。俺は大好物があったらそれだけを食べる人間だな。バイキングだったら大好物だけ皿に盛って食べる」

「あっという間に嫌いになりそうな喰い方だな。いい年して飯の味わい方も知らねーのかテメェはよ」

「いやいや、そんなことは――」

 

 チッ。うるせぇなコイツ。このままいくと、空港に着くまでぐだぐだと喋り続けちまいそうだ。こういうときは、あの手段に限る。

 

「なぁ、俺みたいな人間を集めてるっつったよな? 他にも候補はいんのか?」

「ん? もちろんよ。わけの分からんタイミングで切れる武蔵候補とか、ジャンキーみたいな喋り方をしたかと思えば突然マトモになる夕立候補とか、常にキレてる摩耶候補とか……他にも……」

 

 クソコネ野郎がぺちゃくちゃと話しているのを聞き流しながら、俺は窓の外を流れる風景に顔を向けた。こういうタイプのおしゃべりは、黙らせておくと不気味だがこちらから聞きたいことを喋らせると五月蠅い。それなら、大して興味の無いことを話させて、俺が聞き流すのが一番良い。

 見知ったボロいビル、行きつけの店、龍田のアパート。覚えのある建物が、俺の視界を横切っていく。フ、と。自然と笑みが溢れた。これからどんな未来があるのか、まるで予測は出来ていない。深海棲艦との戦いはどうなるのか。クソコネ野郎が何をしようとしているのか。龍田は何処へ消えたのか。何一つわからない。わからないが――きっと、退屈はしないだろう。だって、今でも俺の心は期待で満たされている。いつか龍田と会える日が来るのを、期待しているのだ。血で汚れた手を拭いもせずに、俺はただ、生きたいように生きていく。自分の異常性に悩むことももうないだろう。それが俺の味方だってのは、俺が一番よく知っているのだから。開き直って、受け入れちまえばいいんだ。

 

「じゃあな、クソッタレな自由の国」

 

 後ろへと流れていくA合衆国の景色に、俺は静かに別れを告げた。

 

※※※※※※※※※※※※※※※

 

 国際空港の駐車場。いままさに飛び立った飛行機を車の中から眺めながら、男――のちに『提督』あるいは『ベイン』と呼ばれる男はぼんやりとした表情でタバコを吸っていた。

 

「まずは一人、か。『ボードゥアンのラメント』はBainとギャングたちが手に入れるだろう。だが、彼らも『カタル』も知らない、ボードゥアンのもう一つの宝。カリオストロが命を賭して隠した神の欠片。世界を超えるあの力だけは。絶対に、誰にも渡せない。VLADにも、象にも、歯医者にも、もちろんBainにも」

 

 一人そう呟きながら男はタバコを口に咥え、ゆっくりと吸い込み……ふぅーと、大きな息とともにケムリを吐き出した。開いた窓から逃げた紫煙が、空へと消えていく。

 

「そのためにはもっとたくさんの戦力と……軌跡を辿る『実績<トロフィー>』がいる。前者は艦娘候補リストを弄ったからなんとかなるだろう。だが、後者は……壊れた者だけではダメだ。マトモな艦娘が必要性だ」

 

 ごしごし、と彼は携帯灰皿にタバコの先を押し付けて火を消し、そのままその中に捨てた。

 

「何にせよ。全ては秘密裏に遂行されなければならない。あの宝は世界を支配出来る。どんな犠牲と対価を払おうとも、宝を手に入れてみせる……!」

 

 決意と共に、彼は車のエンジンキーを回した。ぶるん、という鈍い音と共に、車のエンジンが動き出す。

 

「うーん。でも俺だしな。下手に隠してもついポロッと口に出してバレそうだ。何人かには話しとくか。やろうと思えばコネだけでも世界の支配なんかいくらでも出来るのはみんな知ってるし、ただ単に『なんか凄い宝が欲しいだけ』って正直に言ってもみんな信じてくれるだろ」

 

 うむうむ、と何度か頷いてから――男は車を発進させ。新たな艦娘候補を探し出すため。どこかへと、消えていった。

 




まさか先にPAYDAY2が完結するとは思いませんでした

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