死体の視界   作:叶芽

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「今日は出勤日では無いですが、一体どのようなご用件で?」

「あ、はい、すみません。お忙しいのなら日を改めます」

「気にしなくていいですよ。私は暇ですから」

「しかし、随分と忙しいように見えますが。ずっとパソコンで、何かを打ち込んでいるようですし」

「これですか?小説を書いています。しかし、耳が暇なのです。だからどんどん話してくださって結構。口も暇ですしね」

「何の小説を書いているのですか?」

「君はその質問をするためにここに来たのですか?」

「あ、いえ、すみません。違います」

「じゃあその質問をしてください。いやね、私の小説のことを訊いて、それに関する会話をしてもあなたにとってはきっとかなり退屈なことになるでしょうし、私にとっても、もうこれは何度もしていることですから、やはり退屈なのですよ」

「あ、はい。そうですね。わかりました。では、まずこのノートについてお訊きしたいのですが」

「どういうノートですか?」

「えっと、記録書と名付けているのですが。かってに文字が書かれるんです」

「どのようなことが?」

「起こったこと、あるいは、これから起きることや、何をするべきかってことです」

「…………………………………………………………………………」

「あ、すみません。手を止めてしまって」

「…………………………………………………………………………………」

「あの」

「…………………………………………………………………………………………………」

「えっと」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 

 

 

「えっと」

「ああ、ごめん。ちょっと何を言っていいか迷っていました」

「あ、すみません。そうですよね。変な質問で」

「あー、そういう意味ではなくてですね、順序立てて説明しないと、それについては理解が出来ないのですよ。しかもそれはかなり複雑なものなので」

「知っているのですか?」

「ええ知っていますよ。しかし、何て言ったらいいか…………。そうですね………。他に何か聞きたいことはありますか?もしかしたらそれと一緒に説明することになるかもしれません」

「あ、そうですか。わかりました。でしたら、あの、私が、どの町からここに通っているかはご存知ですか?」

「住所は知っています」

「あ、そうですか。あのその町についてお訊きしたいのですが」

「他には?」

「あ、はい。私の家で、倒れているものと、浴槽にいるものについてなんですが」

「あー…………はいはい………」

「すみません。質問がめちゃくちゃなのは分かっています。自分でも、なんでこんなことを訊いているのか、よくわからないのです」

「他には?」

「たぶん、大丈夫だと思います。以上です。えっと、今ので大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫ですよ。ですがちょっと待ってください。これは、やっぱり仕上げさせてください。きりが良い所が、もうすぐなので。ごめんなさいね。まだ君にお茶も出していなかったしね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

 

 

「では、君の名前は?」

「先生です」

「どうして?」

「そう呼ばれたからです。その前は、君、だと思っていました」

「そうですね。確かにその通りです」

「私の住所を知っていますよね。その記録には、私の名前は書かれているのですか?」

「意外な質問をするね。書いているよ。でも君の名前は先生だ。そうでしょ?」

「ええ、その通りですね」

「では、君は男性か、女性か」

「たぶん女性だと思います」

「その通りだ。君は女性だね」

「あの」

「なんだい?」

「えっと、あなたは男性ですか?女性ですか?」

「質問の仕方が違います。あなたは人間ですか?まずここから入らなくてはなりません。君が質問する場合」

「あ、はい。じゃあ、あの、あなたは人間ですか?」

「いいえ。違います。これでいいですか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「では、君は何歳ですか?」

「あの、わかりません。すみません」

「わかりました」

「あの、やっぱりあなたはそれも知っているんですよね?」

「知っています。ですが、君は知らないのでしょ?」

「はい。知りません」

「では、人間がどういう体をしているか知っていますか?」

「知りません」

「では、君が人間の体をしているかどうかは知らないわけですね?」

「そうなりますね」

「では、今日何日かわかりますか?何年の何月何日、と」

「いいえ」

「では、昨日、今日、明日、という感覚は分かりますか?」

「大体は」

「基準は?」

「寝て、起きたら明日です」

「では、昨日と今日、今日と明日に違いはありますか?」

「あったり、なかったり」

「では、昨日が明日になったりはしますか?」

「それはわかりません」

「では、昨日の晩、何を食べましたか?」

「おにぎりです」

「具は?」

「肉です」

「それは自分で作ったものですか?」

「いいえ。コンビニで買ったものです」

「そのコンビニにはいつ行きましたか?」

「起きてから行ったので、たぶん朝か、昼です。時計を見ていなかったので」

「太陽は出ていましたか?」

「日ですか?日でしたら、明るかったのできっと出ていました」

「では、暗くなった後外に出たことは?」

「あります」

「……………………………………………………………………………」

「あの」

「…………………………………………………………………………………………」

 

 

 

 

「暗くなった後、あの町は何が起きるんですか?」

「はい?」

「え、いや、あの、ですから、あの町についてです。日没後の」

「どこの町?」

「えっと、私の家の所の町です」

「あ、ああ。あー、えっと、何?」

「ですから、えっと、あの、どうされました?」

「何も?」

「あの」

「何?」

「ですから、あの町のことを」

「だから何?」

「え」

「あの、君は誰?」

「私は先生です」

「何の?」

「たぶん国語の先生です」

「国語ね………へぇ……国語」

「あの」

「何?」

「ですから、あの、どうしたんですか?」

「だから何が?」

「私の質問に応えてくれますか?」

「はいなんでしょうか?」

「私の町は日没後、何が起きるんですか?」

「どこの町?」

「私の住所はご存知ですか?」

「君は誰?」

「先生です」

「何の?」

「ですから国語の」

「へー。へー。ふんふん。ふぅん。で、今日は何日だっけ」

「知りませんよ」

「なんで?」

「知りませんよ」

「ふつう知っているよね?」

「私は知りません。でしたら何であなたは知らないんですか?」

「違う違う。あなたは人間ですか?でしょ?」

「あなたは人間ですか?」

「違うよ。で、何?」

「ですから、私の名前は先生です。国語の。この国語の先生の住所の町は日没後何が起きるんですか?」

「……………………………………」

「あの」

「…………………………………………………………………」

 

 

 

 

 家に帰った。もう何も見たくなかった。ノートも見なかった。もう今日は寝た。

 

 

 

 


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