死体の視界   作:叶芽

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 まさか、叫ぶなんて思っていなかった。あんなの泣き声なんかじゃない。あれは悲鳴だ。うるさい。あまりにもうるさい。何が嫌でそんなにうるさいのか、全然わからなかった。誰も怖くなんかない。誰も何もしていない。お前が勝手に叫んでいるだけだ。勝手なことをするな。周りの視線が一斉にこちらを向いた。嫌だ。不快だ。お前のせいだ。この不快はお前のせいだ。恥をかかせやがって。叫ぶのをやめろ。殺されたいのか。

 急いで家に帰った。こいつの口を塞がなくては。水だ。水がいい。沈めよう。そうすれば。そうした。表情が不快だったから、下に向けて沈めた。それでもうるさかった。暴れた。動かす手足が不快だ。折ろう。折った。暫くして、静かになった。静かになったから引き上げた。目が明いていた。それも不快だったから、それも潰した。動いているものが無くなった。

 私の息の音だけが聴こえる。荒い。うるさい。黙れ。沈まれ。思えば思うほど、それは激しさを増していった。色んなものが頭の中をぐるぐるしているような、そして吐き気が迫ってきた。目の前のある物体が気色悪かった。自分がそれを抱いていることが信じられなかった。あまりにも気色悪かったから、それを壁に投げて、すぐに反対側を向いて、そしてしゃがみこんだ。

 

 

 暫く経った。

 暫く経っても、自分の息は荒く、その音が聴こえてくる。私は耳を塞いだ。そしたら今度は震える手の音が聴こえてきた。そして流れる血の音。心臓の鼓動。自分の息は、ますます大きな音になった。私は大きな声を出した。声で、他の音を掻き消したかった。叫んだ。ひたすら叫んだ。息が続くまで叫んだ。止まったら、またすぐに叫んだ。喉が痛くなっても続けた。ひたすら続けた。

 暫く経った。

 

 

 目が覚めたらそれは夢。夢であってほしかった。でも目の前にあるのは、ただただ白。私はしゃがんでいるし、私は耳を塞いでいるし、私は叫んでいるし、私は震えている。視界に映る白がとても気持ち悪くて、吐き気は限界に達した。大きな音と、酷い臭いが、私を包んだ。私は目を閉じた。

 吐き終えた後、少しの間静かになった。そしてすぐにうるさくなった。私はまた叫んだ。でもその音は先ほどとは比べものにならないほど小さく、他の音を消し去ることなんて出来なかった。他の音も混じり、止めようの無い、そしてあまりにも不快な音が完成した。

 そこに居るのは誰だ。私じゃない。私じゃない。私じゃない。

 

 

 

 私は生まれない方が良かった。

 生まれた後こうなってしまうのなら、生まれない方が良い。

 外に出てしまったら、全てが終わる。

 全ての記憶を、胎児のうちに終わらせよう。

 最初から最後まで温かい。この世界のままで。

 外には、出てはいけない。

 

 

 

 


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