死体の視界   作:叶芽

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 最初の景色は黒。それ以前にも記憶はあったけど、何も考えていなかったから、無いのと同じようなものだと思う。景色は黒だったけど、音はあったし、感触もあった。でも大した刺激があったわけでもなかったから、何も考えていなかったんだと思う。どんな音に対しても、どんな感触に対しても、私は関心を持つことは無かった。それでも、当時が退屈だったとは思わないし、寂しかったとも思わない。考えていなかっただけだったから。

 次の景色は白。一緒に音も聴こえた。パチって音。その時は、音も久しぶりだった。だんだんと黒から白に変わっていったというわけじゃなくて、いきなり真っ白になった。ちかちかした。刺激があった。次に水の音。ざーって。あと温かな空気。下に向いていた視界を少し上に上げると、そこには人がいた。女の子、だと思う。よくわからないけど、女の子、って思えた。その女の子は、一瞬眼をこっちに向けてくれたけど、すぐに眼を逸らした。

 女の子は私の所には来なかった。ただその場で水を浴びて、それから出ていった。景色は黒に戻った。私は視界を下に戻した。下の視界も、黒だった。温かな空気も、だんだん冷たくなっていった。私は、震えた。震えることが出来た。

 

 

 暗い中で、私は自分の身体について調べた。手探りで自分のあちこちを触って、どんな感じなのかを試してみた。自分の身体も、きっとあの子と同じ女の子なんだと思った。声も出してみた。あー。あー。たぶん、高い声。音が部屋に響く。刺激があった。でも何故か、誰もいないし聴いてもいないと思うのだけど、恥ずかしかった。どうしてなのかはよくわからなかった。

 その時は、ざーって音とかゴロゴロって音とかが外でしていて、ちょっと嫌だった。ときたま大きくて短い音が鳴ったり、長い音が鳴ったり、たまに部屋が揺れたりして、怖かった。ちょっと前まではそんなことは思わなかったけど、その時は、嫌だって思えたり、怖いって思えた。そして、視界が白になった。女の子が入ってきた。三回目か、四回目だと思う。

 女の子と目が合うときは何回かあったけど、どれもちょっとの時間ですぐに終わる。目は、何を語っているのかわからない。知るためには、話さなければいけないけど、恥ずかしくてなかなかそれが出来ない。でも、その日は勇気を振り絞って言ってみた。女の子が外に出るその時に、いってらっしゃい、って。女の子は何も返さなかった。恥ずかしかった。景色はまた黒に戻って、冷たさも戻ってくる。そしてまた、私は震えた。

 

 

 声を出す、というものはとても勇気のいることで、何とか振り絞って出すことが出来ても、恥ずかしさだけが残ってしまう。そういうことを体験した私は、声を出すことをしなくなった。あの女の子が入ってきた時は勿論、一人でいる時もしなかった。響く自分の声を聴くことも、恥ずかしかった。

 あの女の子は、一定の間隔でこの部屋に入って来ていたけど、ここ最近ずっと入って来なかった。私がいるから、入って来るのが嫌になったのかな。それとも、ここを離れて、別の所で暮らしているのかな。あるいは、いなくなってしまったのか。色々なことを考えた。全部、嫌なことばかり。暫くして、私は考えるのをやめた。

 私が考えるのをやめて長い時間が過ぎた。視界はずっと黒のまま。最初の景色の時とおんなじ感じだった。でもある時、また景色が白になった。あの女の子が、入ってきた。私の居る所に水を入れてくれた。その水は、温かかった。その後、女の子は外に出て行った。景色は黒に戻ったけど、温かい感触がずっと残っていた。私は、目を閉じた。

 

 

 外に出よう。

 

 暫くして、私はそう思った。

 

 

 


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