「では、今日は251ページ目の4行目から始めます」
「その高校には…
◆
その高校には、七不思議のような不思議な言い伝えがあって、それは『扉』と言われていたり『門』と言われていたりする。それはどこにあるのかはわからない。ただ、それを開けてはならないという言い伝えだ。開けたらその者は不幸になるだとか、その奥には怪物がいるだとか、世界が滅ぶとか、色々言われている。かといって、生徒たちがドアを開けるのを怖れたり、部屋に入ることを躊躇ったりするということはない。
早坂と名付けたその男子生徒は、一年の夏休みのある日、バスケ部の二年の先輩からその言い伝えを聞いた。肝試しをしようという話だった。その先輩は『門』の場所を知っていると言った。そして深夜、校舎に忍び込んで、その『門』を開けて、その中の写真を撮って帰ってくるというイベントになった。参加したのは一年五名、二年三名、女子のマネージャー三名。三年はいない。『門』の場所は、その時に教えると先輩は言った。
その日の朝、言い出しっぺのその先輩が自殺したことを、早坂はマネージャーの一人から教えられた。そのマネージャーを原田と名付けた。原田はその先輩の妹だ。
「なんで普通に学校に来てるの?」
「え?」
原田はその質問に対してはその返答しかしなかった。機械のように何度でも。
結局、その『門』の場所を早坂が知ることは無かった。先輩については、正直どうだっていい。クズのような奴で、ウザったい。死んでいい側の人間だったし。なんでウザったいのかもう忘れた。でも、そんなことどうだっていい。そんなことよりなんでそんな言い伝えが残っているのかだ。なんてつまらない言い伝え。尾ひれを付けなきゃイベントすら起こせない。そんな言い伝えが何故あるのかな。
失礼、続けます。
早坂は原田に対して質問を続けた。
「なんで普通に学校に来てるの?」
「え?」
「お兄さんが死んだのに」
「死んだ」
「葬式とか、色々あるんじゃ」
「死んだ?何で」
「やっぱりショックだったか?」
「なんで」
「……」
「……」
「えっと。……じゃあ……あの……あの言い伝えってなんだったんだろうな…」
「言い伝え」
「門だとか、扉だとか」
「死にたい?」
「は?」
「殺してあげようか。今から早坂君を」
「いやだよ」
「死ねよ」
「いきなりなんだよ。怖いな。どうしたんだよ」
原田は鞄から包丁を取り出した。
「は?…何……ちょっと……おい!…」
彼女は自分の左手を刺した。手の甲に。
「刺さった」彼女は言った。
「刺さった」また刺して、また言った。
「刺さった、刺さった」また刺して、また言った。二回も三回も、四回も。
「なんで普通に学校に来てるの?」
「え?」
彼女は左手の形がおかしくなっても、まだ何度も刺していた。
「あれから、みんなにも会って無いんだけど。あぁ、先輩が死んでから、まだ」
「みんな?部活の?」
原田は楽しそうに左手を壊していた。
「そう。まだ君にしか会っていない。廊下でも、部室でも、屋上でも会わない。クラスが違うからっていっても…まぁめんどくさくて先生とかに聞いてはいないんだけど」
「あ、ごめん。今度は右手を刺したいんだけど、早坂君お願いしていい?」
「ん……ああ、いいよ」
早坂は原田からそれを貰って、刺してみた。一度目は嫌な感じだったけど、三度、四度と繰り返しているうちにどうでもよくなった。何故かよくわからないけど、首が疲れてきた。息をするのも疲れてきた。
「冬馬―、なにしてるのー?」
どこからか、声が聴こえる。よく覚えている声。女の声。早坂がよく知っている声。だが、それに応える気が彼には起きなかった。何故か寒くなってきて、吐き気がして、体が震えて。
彼は怖かった。怖さから逃げたかった。何が何だかわからない。そんな状態から逃げたかった。自分が死ぬこと。自分が自分を殺すこと。傷つけること、刺すこと、寒さを感じること、吐き気を感じること。これは確かだ。わかる。理解できる。彼にできることはそれしかなかった。
残った意識。足音が聴こえる。近付いてくる。ドアが開く音。そこで彼の意識は消えた。
木城(もくしろ)と名付けたその男子は、早坂の家に向かっていた。早坂は原田が行方不明になって以降一週間、学校に来ていない。木城は早坂とはクラスメイトというだけで、たいして友達というわけでもないが、彼の恋人であるマネージャーが今日欠席だったため、プリントやらなにやらを届ける係にされたのである。
家の前についた彼は、インターホンを鳴らした。反応が無い。もう二度、三度押してみても反応は無く、二分ほど待っても誰も来なかったので、留守なのだろうと思った。彼はあきらめて帰ることにした。プリントは、明日彼女に渡そう。そうしよう。
しかし嫌な気はしていた。ここ最近、死人が多すぎる。昨日も五人無くなった。一人が、いじめっ子の四人を殺して、自分も死ぬという事件。殺した側のその子は、拳銃を持っていたそうだ。一昨日は交通事故で八人。運転していた者も死んで、そいつもここの学生だった。三日前も四日前も色々。きっと原田も死んだのだろう。そう木城は思った。
家に帰った彼はベッドに倒れ込んだ。
「で…早坂も死んだ…って話になるのか……めんどくさい……。教師、とかあそこら辺の奴らがちゃんとした人だったら、学校もきっと休みになるんだろうけど…。本当にめんどくさい……」
彼はそのまま寝た。
三時間ほどして、メールチェックをするのを忘れていたことを思い出して、起きた。
「また…めんどくさいことに…」
三百件、四百件。数がどんどん増えていっている。メールの内容は、全て死人についての情報だ。誰が、何時、どこで死んだのか。そして最後には必ず『彼らは救われるだろう』と書かれていた。
「これは…一応静さんを呼んでおかないとまずい気がする」
静とは、誰だ。静?
木城は携帯を取り出し、何者かと話している。内容が理解できない。何を言っているのかがわからない。
「これで良し」そう言った彼は、部屋を出た。
なお彼は一週間前、クラスの生徒全員を殺害している。殺害方法は全て包丁による刺殺だったのだが、殺される側は一切抵抗をしなかった。拳銃があればもっと楽だった、と友人に告白している。
早坂の恋人であったその女子生徒を高神と名付けた。彼女はいつも一番目に学校に来て、そして部室に行き朝練に備えるのだが、先輩が自殺したその日の朝、部室には三人の男子が倒れていた。三人とも目が無かった。
高神は質問した。皆さんはどうやって死んだんですか。三人の男子のうちの一人が倒れたままではあったが、口を動かし、答えた。互いの目をくりぬいた。耳を引きちぎることが出来れば、もっと良かったし、頭をかち割ることが出来れば、もっと良かった。そう答えてくれた。
それを聞いた彼女は、部室のノートパソコンを立ち上げて、その内容をメモした。
「これで良し」そう言った彼女は、USBにデータを移した後、部室を出た。パソコンの電源は点けたままだった。
彼女は自分のクラスの教室に足を運んだ。その途中の廊下で、ちょっとした騒ぎがあった。喧嘩。殴り合いだったり、刺しあっていたり、彼女が言葉にしたくないこととか、色々。何十人の生徒や、教師。どうしてそうなっているのかは気にはなったが、彼女は一応その内容一つ一つを、ノートにメモした。あとでパソコンに送った。
素永(もとなが)と名付けた男子について少し説明をすると、彼は神を信仰していた。どの宗教にも存在しない、自分だけの神なのだが、ある日その神を馬鹿にされたことを理由に、その対象を殺した。ただ、直接は手を下さなかった。彼がしたことは、そのことに全く関係のない人物に電話をかけることだけだった。
電話をかけられた者は、その時間寝ており、コール音によって目を覚ました。素永はその者に対して「例の交差点でまた事故だよ。見に行こうぜ」といった。その交差点は月に一回は交通事故の発生する所で、事故があるとその者はよく野次馬として、それを見に行くのだ。
繰り返すが、素永のした行為は電話をかけることだけだった。
◆
(彼らは何も知らないのだから、彼らは許すべきなのだろうか。違う。そんなことは駄目だ。そんなことをしてはいけない。許す必要などない。彼らは消えるべきだろう。ここから消えれば、彼らも少しは楽になるだろうし、何よりこれから起きることから逃れることが出来る。救われるのだ。僕は悪くない。僕は何もしていない。僕は罰せられない。彼らを消すのは、僕じゃない。
それに、今のうちに多くを消さないといけない。減らす必要がある。そう遠くない先、とても残酷なことが起きる。人は、ちゃんと人を殺さないといけない。他人に任せちゃだめだ。自分が人を殺していることを自覚しないと駄目だ。人を殺しておいて、まだ善人面している奴らを僕は許せない。知らん顔してる奴らを許せない。減らさないと。
人は人によって殺されなくてはならない。災害や戦争、紛争や虐殺、飢饉、疫病によって殺されてはいけない。理由なく殺し、理由なく殺されなくてはならない。殺すことを、一つの習性にするんだ。人が人を産むように、言葉を覚えていくように、社会を形成するように、寝たり、起きたりするように。
理由など無い。産まれるのに理由など無い。物が存在するのに理由など無い。何かがこの世にあることに、理由など無い。
僕は違う。僕は違う。僕は違う)
彼はもう何日も家を出ていない。家の者は彼以外、彼以外の手によって殺された。死体は全て家にある。母の死体は台所。首がない。父の死体はリビング。ロープのようなもので首を絞められた跡がある。妹は彼の部屋までの廊下。外傷無し。しかし腐っているので、やはり死体なのだろう。殺害した本人は10代の女性で、浴槽で手首を切っていて、おそらく出血多量で死んでいた。彼の母の首を抱いていた。
いつものことですが、この家の状況をわざわざ読まなくてはならないのがたまらなく嫌ですね。似ているわけじゃないのですが、想像してしまうのがなんとも。書き手が、未来の私に対して悪意があるとしか思えませんね。
失礼、続けます。
彼は自分の部屋のベッドで寝ていた。毛布に包まって、震えていた。毛布を何十にも重ねていても、寒気は止まらず、吐き気もあった。数時間、あるいは数十分置きに洗面器に戻した。関係ない、関係ないと何度も呟いている。僕じゃない。僕じゃないと何度も。
それでも腹は空いて、冷蔵庫の所に向かう。必ず家族の死体が目についてしまうため、食べもすぐに吐く。それを何度も繰り返す。
冷蔵庫のものが少なくなり、あと二、三日ほどで無くなってしまう。そんな日の夕方、玄関のドアがノックされた。冷蔵庫の前にいた彼は、逃げるように自分の部屋に走った。ドアを閉めて鍵を閉めて、椅子や机で固めた。自分はベッドの毛布に包まった。ノックは止まない。
ノックは何分も続いている、しかし声が聞こえない。ごめんください、素永さんいらっしゃいますか、などの言葉もない。ただ淡々とノックが続く。しかし、素永は知っていた。あのドアは決して開けてはならない。開けたら、全てが終わってしまう。あそこに居るのは、人ではない。そのことを素永は知っていた。
「『学校の怪談』なのに、なんで学校の外に行くんですか先輩?」早坂が訊いた。
「校舎とは限らないさ。例えば、生徒の自宅も『学校』の一部だとしたら、って考えればいいだろ」先輩が答えた。
「よく、わからないです。そもそも何で、素永さんの…あ、誰かいますよ」
彼らは足を止め、それを見た。
「あの…先輩、それで何で、先輩がそれを知っているんですか?」
「違う…そんなはずはない……」
「どうしたんですか?先輩…」
「違う……違う……」
「先輩は、何が目的でここに来たんですか?」
「どうして……ここに居るんだ?俺たち」
「あの……先輩?」
「おい…早坂……どこだここは……」
「どこって、素永さんの家の前じゃないですか」
「おい……林、どこにいる」
「原田さんはここ最近ずっと欠席じゃないですか」
「なんで、お前しかいないんだ」
「いや、俺しかいないでしょ」
ぽつぽつと、雨が降ってきた。
「今日は強くなるそうですね。早く行きましょうよ先輩」
「嫌だ。行かない」
「どうして」
「お前だってわかってるだろう?」
「何を」
「俺が何でこのことを知っていたのか、俺がわからないんだ」
「どうしたんですか」
音が速く、強くなってきた。遠くに、雷の音も聴こえる。
「駄目だ。駄目だ。行ってはいけない。行けない。行けるわけがない」
彼はしゃがみこんで頭を掻きむしりだした。
「立ってくださいよ先輩」
彼は耳を塞いだ。目を瞑った。
「寒い」
雨風が激しくなってきたので、早坂はもう家に帰った。
遠くで急ブレーキの音が聴こえる。どこかで事故でもあったのだろうか。
◆
「遠くで急ブレーキの音が聴こえる。どこかで事故でもあったのだろうか。……。
私は読み疲れたので、今日はここまでにします。しかし、時間がだいぶ余ったので、これから少し雑談でもしましょうか」