死体の視界   作:叶芽

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 将来の夢とか、なりたいものとか、って話になって、一人は先生になりたいって言って、一人は漫画家、一人は政治家、一人は宇宙飛行士、一人はテレビに出たい、一人は歌手、一人はとにかく金持ち、一人はフリーのジャーナリスト、一人は農家、一人は画家、一人はゲームクリエイター、一人は時計屋さん。で、私にまわってきて、私は何にもならないと言った。神様に守られてさえいれば、何にもならなくていいって。笑われた。

 大人の一人が言った。それじゃあ生活できない、って。もっと具体的にしてかなきゃ、って。どうして?神様が守ってくれるなら、生きていけるはずでしょ。生活していけるはずでしょ。具体的じゃない?どこが。とても具体的じゃないか。具体的に言ってほしいか。お前たちにとって、とても恐ろしいことなんだぞ。お前たちが今生きているのは誰のおかげか、思い知らせてやろうか。

 そうだ。実感できる意識は一つしかない。物語が始まって、終わるまで、感じることの出来る意識は一つだけだ。この世という物語は一つしかなく、私が感じているものがこの世の全てだ。私は主人公であり、死なない。どんなことをしたって、誰を殺したって、何人殺したって、死なない。死なないのなら、生活していける。どうとでもなる。現に、もう君たちは死んでいるじゃないか。

 

 

 その男子と付き合うことになった。素敵だ、って言われて。付き合おう、って言われて。君に一生を尽くす、って言われて。私が断らなかったから、付き合うことになった。いいよ、って言ったわけじゃない。私は何も言わなかった。ただ、じっとその男子の目を見ていただけ。あ、でも、瞬きを一回したから、それを『承諾』って思われたのかもしれない。でも、なんで素敵なんだろう。

 訊いた。格好良かったんだって。私のしたことが。その人は何か格闘技みたいなのをやっていて、それでも反応できなかった。自分が守ろうとしていた相手は、自分よりも強かった。自分は本当は守られる存在だったんだ。自分の生き方が分かった。そんな感じのことを言っていた。とにかく、私に尽くすらしい。私は、ありがとうございます、これからよろしくお願いします、と返した。

 私はもう何もしなくていいということになった。その人の家はとにかく金持ちで、その人は一生遊んで暮らせるだけの金を親から奪い取った。殺して。その後、田舎の山の上の方にお家を建てた。そこで私と一緒に暮らすんだって。理想的だった。何もかも理想的で、それは私の描いた夢の通りだった。私は何一つしなくていい。あの人は、きっと神様なんだ。

 

 

 神様は私に部屋を与えてくれた。十六畳程度の部屋。前の私の部屋と比べると、倍くらいかな。でも何にもない。窓もベッドもテレビも。あるのは冷たいコンクリートの床だけだった。私だけを部屋に入れて、鍵を閉めた。部屋が真っ暗になった。電気も無い。神様は何も言わなかった。神様の足跡が遠ざかるのがわかる。神様はこれから、どうするつもりなんだろう。

 時間の感覚がもうわからない。それくらい、時間は経ったんだと思う。私はひたすら壁を触りながら歩いたり、床を触りながら這いずり回ったりした。声を出したりもした。音が反響するのが中々楽しい。自分の声色を少し変えて、他人と会話しているように話してもみた。これも中々楽しい。今日の天気やニュースを勝手に想像して、それをテーマに友達と話すような感じで。面白い。これは面白い。

 真っ暗な景色がもうそこには無いくらい、色々なものが出来上がった頃、ドアが開いた。わけのわからないものが入り込んできた。私は叫んだ。世界が、壊れる。私は叫んだ。やめろ、閉めろ、と。私はドアを閉めに行くことなど出来なかった。入り込んでくる早さが、あまりにも早かった。壊れていくのが、あまりにも早かった。私はしゃがみこんで、目を閉じた。わけのわからない大きな音が、コツ、コツ、って。近付いてきて。

 

 

 下校前、教室で男子に告白された。その人の名前は知らない。その人は男子にしては髪が長かったので、私はその人の髪を掴んで、その頭を机の角に叩きつけた。角は目に当たったらしく、目は潰れたらしい。その男子は叫んだ。痛いとか言っていた。いてぇ、だったかも。何しやがる、とも言っていたのかな。よく覚えてない。ああああって。少しうるさかったから、私はそれをもう少し速くもう三回叩きつけた。それでも黙らなかったから、もうちょっと速くもう六回叩きつけた。静かになった。

 教室は二人っきりってわけではなくて、その告白はクラスの生徒に公開されていた。でもその現場を止めようとする人は一人もいなくて、場は静かだった。怖くて動けなかったのかもしれないし、あるいは観ていたみんなは人じゃなくて人形だったのかもしれない。マネキン…。うんマネキン。あと少ししたら、先生とか警察とか来るのだろうか。でも、どうしようもないと思う。

 なぜそんなことをしたのかと訊かれても、その男子の髪が長かったからとしか答えられないし、特に大した理由は無いと思う。それより気になるのは、今何時なのかってことと、今私は何歳で、ここは小学校なのか、中学なのか、高校なのかってこと。制服があるから中学だろうか。それとも高校。でも制服を着た小学生もいる気がする。背の高さも、高い人もいれば低い人もいるし、そもそも誰も何も言わないものだから、私にはわからない。

 

 

 

 


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