死体の視界   作:叶芽

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「耳を塞いでいます。『今』私は耳を塞いでいます。でも音は消えません。隙間から入ってきます。穴に音が入ってきます。湿った、ドロドロした、蛇とかミミズの大群のような…。その大群に飲み込まれたのです。体の隅々まで浸されて、何もかもがバラバラになるような、めちゃくちゃにされたような感じがして、がーって。がああああって。かき回して。右手が左足で、口がお腹で、背骨が首で。あれ?あれれ?舌は、どこに行ったのでしょうか。

 カッター…。包丁…、刃物ならなんでも。たしかポケットにだっけ。鞄に入れていましたっけ?必要だと思ってたから、なんとなく必要だと思ってたから『あの時』鞄に入れていたんですよね。あれ?それはいつでしたか?『一日目』?『二日目』?違います。違います。違います。知りません。私は知りません。そんなことよりとにかく切らないといけません。最低でも耳は切らないと。切ってもダメ?どうしてそんなこと言うのですか?嘘でしょ?からかってるのね?

 痛い。アレ?痛いな。痛いです。切って、取れなくて、引っ張って、チギッテ、そうしてみて、取れて、何とか取れて、ああああって声が出て、それでも消えなくて、何も消えなくて、何一つ消えてくれなくて、じゃあ次は鼻。鼻は、どこ。駄目。見つからない。どこかに遠くにいってしまいました。あ、手も、足も、えっと肩…骨。どこの骨だろう。これは骨、でしょうか。でもそれはどろどろとしてて……ててて……て……………………………………そしてそしてそしてそして……………………………」

 

 

 その日、私は何となく記録書を開いたのだが、全てのページがびっしりと文字で埋まっていて、途中までは読めたのだけど、もう疲れて閉じた。文字があまりにも小さいものだから目が痛くなった。私は部屋の電気を消して、ベッドに横になった。少し寒気もしたので、毛布にくるまった。暫く寝た。たぶん六時間か、七時間か。時計の電池が切れていたみたいで、時間がわからないのは結構きつい。今度買いに行かなくては。部屋に光が入ればいいのだが。

 起きて、暫くぼーっとした。たぶん二時間か、三時間ほど。ベッドから出ずに、ただ目を開いたまま。とりあえず電池でも買いに行こうかとも思ったが、その前に気になることがあった。記録書のあの文を全部読んだわけでは無いが、記録書の中の記録書が、この記録書と同じようなものだったら、仮にこの記録書のページを破ったり、燃やしたりしたらどうなるのだろう。消えるのは誰になるのか、燃えるのは何になるのか。

 ライターは無かったけど、マッチはあった。ノートごと燃やすのは何か嫌だったから、ページを一枚一枚取り外して、それから燃やすことにした。不思議なことに、全部のページを取り外したら、ノートは元に戻っていた。真っ白のページが再生、というのかな。元通りのノートがそこにあった。でも、気にはなったけど、それ以上に気になることを先に終わらさなくては。ということで燃やした。床はたぶん燃えない床だから、部屋の中で燃やした。

 

 

 暫くして、救急車の音、それとも消防車?とにかくサイレンが聴こえてきた。その時私は浴室でシャワーを浴びていたから、それが終わってから外に行こうと思った。浴槽の子は、今日もずっと私を見ている。目は合わせたくなかったし、声もかけたくなかったけど、お湯を入れてあげようと思った。栓をさして、お湯の蛇口を捻った。温度は、42度くらいでいいかな。何となく、本当に何となく。でも、寝ちゃ駄目だよ。お湯を入れたんだから。

 学校に行くわけではないけど、制服に着替えて外に出た。癖で鞄も持ってきてしまった。その日の天気は雲一つなく、いい天気だった。時間は、12時か、13時かな。下に見える町の状態は、想像していたのと違った。燃えているのか、あるいは燃えた後なのだと思っていたけど、実際は水浸しになっていた。湖?ダム?そんな感じ。火を消してくれたのかな。でも困った。これじゃ明日から電車を使えない。隣町の学校まで、これからどう行こう。

 山を下りて、湖の方に向かった。上から見てた時は静かな印象を受けた湖だったけど、近くではそんなことは無くて、その中で何かが泳いでいる。魚って感じじゃない。大きな蛇みたいな何かが沢山。昔、魚の図鑑に載っていた気がする。深海あたりに住んでいるもの、だった気が。凶暴かな。今の所穏やかな印象を受けるけど、触ったりしたら怒る?これ以上近づくのはやめよう。家に帰って、今日はもう寝よう。

 

 

 今日も学校で先生に注意された。スカートが短いって。膝より5センチ上。生徒指導のクソが。何が気に食わないって、成績の優秀さとかで贔屓があるからだ。私の高校では膝が隠れる程度、としているけど、明らかに膝より5センチ上のあの子には注意をしない。黒い髪の綺麗なストレート。言葉づかいも丁寧で、成績もそれなり。だから何?そいつもだろ。うざい。殺してやる。いつかアイツも殺してやる。みんな殺してやる。

 うざいことばっかりで、刺激がない。私の人生には刺激がない。だから今日もふてくされていた。部活に入っているわけでもないし、帰ってもすることがない。それに帰りたくない。少しでも長い時間、家以外の所にいたい。だから授業後、いれるだけずっと教室にいた。机に突っ伏して寝ていた。音が聴こえる。色んな音が聴こえる。運動部の掛け声、吹奏楽部の演奏、体育館のバスケットボールとかバレーボールとかが弾む音。音を聴きながら、私は夢を見る。

 誰かが肩を叩いた。誰だ。殺してやる。起きたら、そこに居たのは同じクラスの男子だった。私はそいつの髪を掴んだ。机に叩きつけた

 

 

 


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