死体の視界   作:叶芽

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「私が最も怖れているものについて話します。それは熱いとか冷たいとか明るいとか暗いとかそういったものではありません。当然、殺したり、切ったり引きちぎったり潰したり、あるいはそうされたり、というものでもありません。一人でいたり沢山でいたり、というのも違う気がします。生まれたり死んだり…たぶん違います。永遠の時間は、少し近いかもしれません。

 そこに何かはあるのです。その輪郭はしっかりしています。はっきりわかります。視えます。しかし、その中身がなんなのかまったくわからないのです。中身が有る、無い、というものではありません。わからないのです。仮にそこに『眼』があったとしましょう。それが『眼』だというのはわかります。そういった形をしているのなら、そういった機能をしているのなら。しかしその奥に何かがあるはずなのに、わからない。

 勿論、それは見る側、知る側の理解力によっては怖くはないものになるでしょう。ですが、どの時代の誰が見てもわからない。わけのわからないもの。それが、私が一番怖いなぁと思っているものです。もし仮に、自分を含めて全部のものがそうなったら、目を潰すしかない?耳を壊すしかない?頭をかち割る?でもそれでも続いたらどうしよう?どうしよっか。

 

 

「これで、冬は凌げますね。エアコンにストーブにコタツ。買ってきてくれてありがとうございました。灯油は、また明日にでもお願いします。ところで、外はどうでしたか。寒かったですか。楽しかったですか。明るかったですか。暗かったですか。誰かに会いましたか。会いませんでしたか。何かと話しましたか。何かと触れ合いましたか。教えてください。お話してください。

 外は寒かったです。なるべく暖かい格好をしていったつもりだったのですが、寒かったです。日を分けて買いに行った方が良かったかもしれません。寒い山道を二往復もしただけなので、楽しくはありませんでした。時間もそれなりにかかったので、最初の方は明るかったですが、最後の方は暗かったです。人の通らない道を通るので、お店以外では誰にも会いませんでした。

 そうですか。そうですか。そうですよね。何もありませんよね。でしたら、灯油は隣町で買ってきてください。電車に乗ってです。隣町の…まあ買えたらどこでも構いません。明日お願いします。それにしても、今日は疲れたでしょう。本当にご苦労様でした。さあお風呂に入ってきてください。もう沸いています。あったかいうちに。電気は、消した方が良いですよね。そうしておきます。

 

「正直なことを言うと、ストーブもコタツもいらないんじゃないかって思うのです。ずっとお風呂に入っていれば、ずっとあったかいし、ここを出なければ、寒い思いをしなくていいのです。おなかは空かないですし。ずっとこれは続いてくれます。嫌にならない。ずっとあったかい。ずっと気持ちいい。だから、正直明日は外に出たくありません。駄目ですか。

 その方が良いと思います。ですが先日の件で、どうも私は外には出てはいけない気がして…。すみませんもう少しだけ頑張ってはもらえないでしょうか。嫌です。嫌です?嫌です。駄目です。外に出なくていいのに。出ないと部屋が寒いので。私はお風呂に入っています。行ってください。嫌なので。行ってください。どうして部屋にいるのですか。外に出るのですか。行きたくありません。行ってください。

 翌日、私は外に出ました。灯油を買うために、電車に乗って隣町に行くことにしたのです。しかし、外に出るとやけに暗かったのですぐに戻りました。嫌な気がしましたし、嫌なことを思い出したからです。そういえばある時間をこえると、ここは臭くなるんでしたっけ。何故かは知りません。今日はあきらめて、明日か、明後日にでも行こうと思いました。

 

 

「臭い道を歩いています。まだ町まで降りていないのに、とても臭いです。町に近付くごとにだんだん臭いが強くなっていきます。吐き気がしてきました。とても嫌な臭いですが、近付かなければなりません。それに暗いです。それに静かです。車の音も、虫の音も聴こえません。そして冷えます。昨日以上に着込んでいるにも関わらず、冷えます。静かな空気が刺さるようで、嫌です。

 町に着きました。静かです。駅に向かわなくてはなりません。まだこの時間なら駅は動いていると思うのですが、それにしても町は静かです。吐き気が限界に近づいてきました。臭いがあまりにも嫌なのです。それに目を開いているのが辛くなったので、私は目を閉じました。目があるわけでは無いのですが、空洞にそれが当たるのが嫌だったのです。駄目だ。もどしそう。

 その時、私はその場にしゃがみこみました。しゃがんで、そして暫くじっとしました。そこがどこなのかは全く分かりません。ただとにかく静かで、臭いだけなのです。しかし、さらに暫くしたら、音が聴こえてきました。遠くから、音が。電車でしょうか。違います。何か、何かが近づいてきます。湿っぽい音です。湿っぽい何かが、その音が、大きくなって

 

 

 

 

 

 


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