死体の視界   作:叶芽

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「その時、外の空気は非常に冷たかったので、私は綿入れを羽織って部屋を出ました。頬を冷たい何かが触れたので、おそらく雪が降っていたのでしょう。いつものようにポストの中を確認したら、封筒が入っていました。手も体も冷たくなってきたので、私はそれを取るとすぐに部屋に戻り、エアコンの温度を2度程上げました。ストーブ、あるいはコタツが欲しいと思いました。

 封筒の中には一枚の手紙だけがありました。差出人はわかりません。そもそも封筒自体にも何も記していなかったので、郵便屋さんは使わずに、きっと直接入れたのかもしれません。寒い中ここまで来たのか、あるいは誰かが代わりに来たのか。呼び鈴を鳴らしてくれれば良かったのですが。あ、でも、たぶん私は起きなかったでしょうね。きっと。ぐっすり眠っていましたし。

 書き出しはこうでした。あなたに目を取られた者です。しかし、これだけでは誰かはまったくわかりませんでしたし、後の文を読んでも、結局わかりませんでした。私が目を奪った相手は何人もいますし、私も自分で自分の目を取っています。この手紙の差出人は、もしかしたら私かもしれませんし、あるいは目を取られた者たちの総意なのかもしれません。勿論、あなたではないと思いますが。

 

 

「無職になってから暫く経ちますが、今までは問題はありませんでした。私はあの後、結局ここに戻ってしまったようです。良く考えたら、この場所に私を知る人はもういないのです。遠くまで行くのがどうも面倒だった私の、なんとも情けない選択ですが、どうやら正解を引いたようです。これで、私の死は成立したのです。成立したはずなのです。でも、何故こんな手紙が来たのでしょう。

 私からの手紙であるなら、何の不思議もありません。しかし、私でない誰かがよこしたものなら問題です。私はまだ死んでないということになります。あ、でも、ずっと昔に書かれたものだとしたら。しかしその場合でもポストに入れた者は私を知っているでしょう。しかし、その者を探すのも面倒です。ということで、もうこの手紙は、私が書いて、私がポストに入れたということにしました。

 非常に短い文章ですが、何度繰り返して読んでも、どうも書き手の意図が見えませんでした。私は記録書にその文章を書き写しておきました。なんらかの変化を期待したのです。そもそも記録書はそういうものではないとは思っていましたが、どうも暇になると、実験とかをまたやってみたくなったりしてしまうのです。

 とりあえず、その文章を書きだしておきましょう。

 

 

「―あなたに目を取られたものです。覚えていますでしょうか。中学三年の時に、私はあなたに目を取られました。一か月ほど前にようやく退院できたのですが、その頃にはあなたはここには居ませんでした。ですから、この手紙を残しておきます。

 今でも私はあなたのことが好きです。この気持ちは変わらないどころか、あの頃よりもっともっと強くなっています。長い長い入院生活の間、ずっとあなたのことを想っていました。私はあれから一日たりともあなたのことは忘れていません。忘れることが出来ません。暗闇の中にいるのは、いつもあなたになってしまったからです。最後に見たのは、何も感じていないような、冷たいあなたの顔です。目です。その目は、ただまっすぐと、ずっと私を見るのです。

 私も、私の姿をあなたに刻み付けたいと思います。

 

 さて、読んでくれましたね?今から向かいます。そちらに向かいます。待っていてください。すぐにそちらに着くので。

 

 

「来てくれるのは嬉しいのですが、私は死んでなくてはならないのです。非常に残念なことですが、この手紙の主には絶対に消えてもらわなくてはなりません。この手紙は私が書いたものだと断定はしましたが、念には念を打ちたいものです。私は記録書にこの内容を書き写しましたが、もしそのページを燃やしてしまったらどうなるのでしょうか。私はそのページを記録書から切り取りました。

 部屋の中で燃やすわけにもいかなかったので、私は外に出て燃やすことにしました。手紙は机に置いて、ライターと、そのページだけ持って、外に出ました。火をつけました。そしたら何故か声が聴こえてきました。悲鳴です。非常にうるさい悲鳴でした。ページが完全に燃え尽きたころに、その声も消えました。ということはその人はここまで来てくれたということになります。ありがとうございます、嬉しかったです、と言ってあげました。

 私はすぐに部屋に戻りました。あの手紙も燃えていたら危ないと思ったのです。部屋に戻ると、手紙は消えていただけでした。燃えたわけでは無かったそうなので安心しました。

 記録書にはこういった使い方も出来ることを知ることが出来て、その日は収穫でした。ですが、ここにあなたと書いて燃やせば、あなたは消えるのでしょうか。もしあなたが私を知ってしまったら、そうすることにします。

 

 

 

 


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