死体の視界   作:叶芽

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 知らない。知らない知らない。違う。違う違う。あ。ああ。えっと。ええとええと。知らない。わからない。わかる。えっと。違う。あ。知りたくない。知る。知らない。知る。違う。違う。あ。あ。知らない。違う。そう。そうそう。そう。違う。そ。あ。ああ。あああ。違う。知らない。えっと。ええっと。え。あ。ああ。え。ええ。知らない。知らない。違う。違う。知らない。えっとええと。違う知らない。ああ。ええっと。そう。

 だから。だから。だから。知らない。違う。でも。でも。違う。違う。知らない。だから。私。君。君。知らない。違う。君。あ。ああ。えっと。ええっと。君。君。知らない。知りたくない。私。知っている。違う。そう。そうじゃない。無い。ない。知る。知って。いない。知る。いない。昨日。一昨日。明日。違う。えっと。明日。いい。もういい。いい。いらない。いらない。いない。違う。知らない。知らない。知らない。違う。あ。

 ああああ。うるさい。黙れ。黙れ黙れ。聴こえない。知らない。違う。えっと。ええっと。あ。ああああ。いない。ああ。違う。知らない。知る。明日。明後日。来週。君。私。キミ。ワタシ。違う。知る。居る。いない。黙れ。違う。そう。そうそう。ああ。違う。知らない。知らない。黙れ。ああ。えっと。違う。ああ。そう。昨日。ワタシ。キミは。君は。駄目。知らない。違う。死ね。えっと。ああ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 

 

 今日はとりあえず見学させてもらうことにした。あの子をどうにかするにも、とにかく、どうされているのかこの目で見ない限りには、どうしようもないことだし。ということで、許可は貰った。やっている本人としては、別に悪いことをしているわけではないそうで、私のように見学に来る者も少なくはないそうだ。意外だったのは、この人が若い女性(23と言っていた)という点だけで、その場所は別段変わった部屋でも無かった。病院の手術とかする所。彼女の本職は医者らしい。

 状況はカメラで撮影しているそうで、私は別室で観させてもらうことにした。ちなみにその部屋の上に見学専用の部屋もあって、窓越しにみることが出来るそうだ。そっちの方を勧められた。モニター越しだと、音が割れたり、視点が固定されていたり、飛び散った血がカメラを塞ぐこともあったりと、何かとよくないらしい。しかし高い所は苦手なので、私はモニターの方を選んだ。

 その部屋にあの子が入ってきた。あの子は目隠しをされた状態で、黒服の男性と共に入ってきた。服は着ていない。両手首と足首、あと首だけ固定してベッドに仰向けに張り付けられた。間もなく解剖が開始され、その子の悲鳴も始まった。ほんとだ。音が割れた。高所恐怖症はいつかはたぶん克服しなきゃいけないだろうし、上から観た方が良かったかな。その時間は約15分程度と短く、あっという間だった。ただ、されている方は結構長い時間を体感しているんだろうな。

 

 

 結論から言うと、そんなに悪いことをしているようにも思えなかった。彼女曰く、その目的はあくまで手術のスキルの向上のため。手術というのは、基本はそれ専用の設備やら何やらが詰まった部屋の中で行われるし、麻酔もちゃんとかけるし、スタッフも沢山いるものだって聞いている。でも、そうじゃない状況ってのもあって、災害とか、戦場とか色々。そういうのに対応する練習らしい。

 あの子の言っていたことが間違いだった、というわけでは無い。はたから見たら完全に拷問に見えたし、結構痛そうだったし。でもあの人の技術はすごいなあって思えた。一応ベッドには固定されていたけど、暴れていたあの子の動きに合わせて、正確にメスを動かしていた。たぶん。本当は何やっているか全然見えなかったけど。飛び散る血やら、筋肉や内臓の動きとか、完全に計算とかしているんだろうな。

 後で、よくショック死とかしないですね、って質問したら、それはあなたのおかげですよ、って返された。心の動きには、脳も大きな役割をしている。彼女は私の授業で、心の動きについて学んでいる。そこから彼女は、自分の脳の信号とかを上手くコントロールして、そして死なずにいるらしい。そもそも彼女がここに雇われているのは、それが出来るから、とその人は言っていた。

 

「死にたいって言っていましたが。自傷行為も見られます」

「それも、自分が死なないためにやっているんだと思います。辛いことを誰かに告白することは、自分を楽にすることにつながりますからね」

「しかし、私が今の彼女の状況を変えてやらなくては、彼女は絶望するのではありませんか?私も嘘はつきたくないですし」

「絶望したら絶望したで、何らかの方法で彼女は生きようとします。彼女は、処世術の模索のプロフェッショナルです。しかし、確かにあなたが嘘をついてしまうことになるのは避けたいですね」

「どうしましょう」

「一番手っ取り早いのは、助かったという架空の記憶を植え付けさせて、かつその記憶を持つ人格とその記憶を持たないもう一つの人格を形成させることでしょうね」

「私もそう思います。しかし、そのトリガーに一番近いのが『私に裏切られた』になるんですよね。嘘をつくのは、どうも心が痛い」

「でしたら、あなたが死んでみてはどうでしょうか。一番いいシナリオは、『彼女を助けようとして、私に殺される』です」

「いいですね。しかし、次の日から私は無職になってしまいますね」

「周りの人に協力してはもらえないんですか?」

「いえ。嘘に嘘を重ねていくのはつらいです。私はちゃんと殺される必要があります。このシナリオに、穴があってはいけないんです」

「そうですか…。となると、これからあなたはどこで生活するんですか?」

「私を知る人のいない所に行こうと思います」

 

 

 私が殺されたその日の晩、私は教会に行った。落ち着いた。

 

 

 

 

 

 


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