死体の視界   作:叶芽

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 学校にも家にも居場所がないな、って思っていた時があって、その時は教会に行っていた。信仰心がそれほどあったわけじゃなかったけど、誰もいない聖堂は落ち着いてて好きだった。田舎の教会なものだから、立派なものではなくて、12畳程度の部屋に祭壇があるって程度だった。私は十字を切ったり、お祈りをしたり、聖書を読んだりはしなかったけど、神様とはお話をしていた。学校でのこと、家でのこと、色々。

 ある日、神様は言った。どうにかしてほしくないのか、って。でも私は祈らなかった。自分におかれた現状は、自分の選択の結果なんだって知っていたから。頼ることが嫌だった。今思えば、頼ることが恥ずかしかったのかもしれない。でも、私自身がどうにかしようとしたわけでもなく、結局何もしなかった。周りの状況が変わってしまったし、めんどくさかったし。

 最近はもう教会にも行っていない。忙しくなったものあるし、神様と話したい気分でもないし、話すことも無い気がする。それに本当は、教会にも私の居場所なんて無い。そんなことは知っている。たぶん、神様の所にだって、私の居場所は無いだろうし、悪魔の所にだって、私の居場所は無い。そもそも、居場所のあるものなど存在しない。だからと言って、私は居場所を作ることはたぶんしない。周りの状況が変わってしまうし、めんどくさいし。

 

 

 保健室のベッドが非常に気持ちのいいものだったから、今日も寝坊した。同居している保健の先生には今日も怒られた。私の授業は午後からなんだから、午前中はずっと寝ていてもいいでしょ、と今日も反論したら、本来保健室のベッドは生徒の物だから、教員が占拠していていいものではありません、と今日も言われた。だけど別にいいじゃないか。ベッドは4つもあるんだから。

 私は授業を終えた後、保健室で甘いものを食べるのを最近の日課にしている。ケーキやら何やらのスイーツ類はいつも冷蔵庫にあって、それらは保健の先生が買ってきてくれるものなんだけど、いつも勝手に食べている。そして怒られる。今日も怒られた。だから苺だけ食べさせてあげた。だけど、それでもあまり機嫌を直してくれなくて、どこかへ行ってしまった。たぶん屋上でタバコ。

 私一人になった保健室に、一人の女子生徒が入ってきた。ベースの子だ。誰かに打たれたのか、左頬が少し腫れていた。泣いていた。理由を訊くと、ボーカルの子に叩かれたそうだ。昨日私と映画館に行っていた所を、彼女に見られたのだ。楽しそうにしている姿は、彼女には耐えがたいことだったらしい。ベースの子は、もう学校には来ないので、そのお別れを言いに来た、と言った。私は特に何かを言うことはしなかった。

 翌日、ベースの子は自殺した。自宅での首つり。両親からの連絡で知った。

 

 

 その日の午後、ボーカルの子が保健室に顔を見せた。保健の先生は、無くなったスイーツの補充のため買い物に行っていた。彼女は何も言わず、ノートを取り出し、何かを書いて私に見せた。私はもう話すことが出来ません、と書かれていた。私は一応理由を訊いた。そしたら彼女はまたノートに何かを書き始めた。先ほどとは違い、随分と長い文章だった。

 その長文には、彼女が喋れなくなった経緯が書かれていた。要約すると、彼女を買った相手は暴力的で、彼女は悲鳴をあげる毎日だった。やがて、喉を潰したのか、実際の原因は不明だが、声を出すことが出来なくなっていた。また、彼女の喉には掻き毟った跡があった。自分でしたそうだ。

 彼女が伝えてくれたことの中で、興味深い内容があった。それは、彼女がされた拷問についてなのだが、彼女は心臓、肺を含む殆どの内臓を潰されたと言っていた。勿論麻酔無しの解剖を経た後のこと。現在の彼女の臓器は新しい臓器らしい。方法としては、例えば心臓なら、二つの心臓を肉体に繋ぎ片方を潰す、というもの。クライアントはその際の悲鳴を聴いて満たされるらしい。後で保健の先生に訊いたら、やはり現在では不可能なことらしい。催眠に近いことをしているのかも。

 

 

 ボーカルの子はこんなことも言っていた。死にたい、と。自分に降りかかる毎日に対して逃げたいという理由もあるし、ベースの子に対しての謝罪という意味もある。私は言った。自分では出来ないの、と。挑戦はしているそうだが、出来ないらしい。勇気がなくて出来ない時もあれば、勇気を振り絞って実行できたとしても、偶然が重なって助かってしまったりするそうだ。

 彼女は私に対して、殺して、と言ってきた。しかし私は刑務所に行くつもりはないし、協力は出来ない。私は俯いた彼女に対し、ただし君が死ぬことに関しては、と付け加えた。彼女の瞳は少しだけ輝きを取り戻したように見えた。

 今日の業務は終わったし、晩飯はなぜか食べる気になれない。もう今日は寝た。

 

 

 


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