死体の視界   作:叶芽

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「先生―、こんなところで寝ていると風邪ひいちゃいますよー」

 

 聞き覚えのある声。確かベースの子だ。目を開くと、やっぱりその通りで、そこに居たのはベースの子だった。いつの間にか、私は公園のベンチで寝ていたようだ。この子とは学校でいつも会っているはずだが、久しぶりに会った感覚がする。かつてはいつも一緒にいた、他の三人はそこには居ない。彼女達は、バラバラになったんだっけ。私は彼女に起こしてくれたお礼を言った後、どうしてここに、と付け加えた。

 

「これから映画を観に行くんです。そこの」

 

 確かに、この公園から視える位置にその映画館はあった。

 

「一人で?」

「ええ。みんな、もう忙しくなっちゃっているみたいですし」

「君は?」

「まぁ…私もそこそこ忙しいですが、みんな程ではありません」

「そっか………。で、これからどんな映画観に行くの?先生もついて行っていいかな?」

「え?良いんですか?………あ………でも…………、いや、やっぱり、お願いしていいですか?」

「うん。今日は私も休みだからね」

「あ……ありがとうございます」

 

 自分がなぜここに居たのかよく思い出せなかった。だけど休日だということは知っていたし、特にすることもないだろうと思う。私は暇つぶしに彼女と映画を観に行くことにした。ただ、彼女はその映画館までの道中、そわそわして落ち着かない様子だった。

 その理由はすぐにわかった。彼女と観た映画は、小さい子供が観るようなアニメだった。正義と悪の定義がはっきりとしているもので、最後に正義が勝つシンプルなストーリー。よくキャラクターが動いていて、退屈のしない展開で、意外にも最後まで見入ってしまった。

 劇場内には沢山の子供もいて、映画の中の主人公たちを必死で応援していた。それもまた、私がその映画を見入る要素の一つだったし、少し何かを考えさせられた。

 

 

「よく、ああいうの観に行くの?」

 

 映画の後、近くのファーストフードで彼女と食事をすることにした。おごった。

 

「あ……はい。子供っぽい……ですよね。こんな歳にもなって」

 

 顔を赤らめて、このことを恥だとでも思っているのだろうか。

 

「でも、君は私に観せたかったんでしょう?」

「は、はい………。あの……どうでしたか?……映画」

「よかったよ。普遍性のあるテーマで、子供向けだけど、大人でも観るに堪える内容だし、退屈しなかった」

「い……いいですよね!ああいうの………なんか、救われるって感じで!」

 

 救われる。なるほど、それもあるな。

 

「そうだね。……もしかしたら本当は逆なのかもね」

「逆、と言いますと?」

「大人向けの映画は、子供が観るべきで、子供向けの映画は、大人が観るべきなのかもしれないね。子供は現実を知るために、大人向けの映画を観て育ち、現実に生きる大人は、子供向けの映画を観て癒される。本来は、そうあるべきなのかも」

「そ……そうかもしれませんね」

「私はね、フィクションをフィクションと完全に割り切ってしまう大人は、危険な存在だと思うのよ」

「普通は、逆ですよね?現実と架空を区別出来ない大人は、危険。世間ではそう言われています」

「でも、さっき観た映画、全てが全て、フィクションだと思う?」

「え?」

「そうじゃないよね?命が大切、ってのは本当のことだし。友達や家族が大事ってのは本当のこと。架空の世界の人物にも、家族や友達が、そのキャラクターにとっては実際存在している」

「そう…ですね」

「フィクションをフィクションと完全に割り切ってしまう人は、そういう大切なことさえフィクションにしてしまうと思うの」

「確かに、そういう見方もあるかもしれませんね。私は、そういう風には観ていなくて、ただ、一時期的に架空に逃げるために観ています。ずっと現実に居るのは、つらいですから……。でも他のみんなは……逃げる時間さえない……」

 

 彼女は泣きだしてしまった。店の中だと何かと迷惑かもしれないと思ったから、公園に連れて行くことにした。

 

 

 公園のベンチに座らして、しばらくしたら彼女は落ち着いた。時計を見ると、午後五時。

 

「すみません…こんな時間まで付き合ってくれて」

「気にしなくていいよ。いい暇つぶしになったし。本当、今日はすることが何もなかったのよ」

「あの…先生のご自宅は…」

「学校よ。保健室を借りさせてもらっているわ」

「あ……でしたら早く電車に乗らないと……日没は確か、あと30分ですよ」

「日没までにこの町を出ればいいのだから、25分の電車に乗ればいいわ。駅まで5分。20分余裕があるわ。で、教えてほしいのだけど日没後に何があるの?」

「………答えることは、できません……。あの……その質問を他の人にもしました?」

「うん。したよ」

「なら、私も同じ感じになっちゃうと思います」

「そっか……なら仕方がないね。じゃあさ、これには答えられる?もしかして、クライアントにまだ指一本触れられてないでしょ?」

「え?……どうして……?」

「君が優秀なのは知っているからね。私の授業を真剣に聞いていれば、主導権を握ることなんて簡単でしょ?」

「…………………相手の人が、優しかったのもあります。それに趣味が一緒で、音楽の話で盛り上がれて…………あの……でも……このことはみんなには…」

「わかっているよ。大丈夫。君は悪くない」

 

 彼女はまた泣き出してしまった。だが彼女は、これ以上私に迷惑をかけまいとしてか、帰ってしまった。彼女は帰り際に「もし駅に間に合わなかったら教会に行ってください」とだけ言ってくれた。

 

 

 電車の中から、離れていく町を観て思う。人間は恐ろしい。彼女も、私も、そしておそらくあの町も……………………。しかしどうしようもないと思うし、私にとってはやっぱりどうだっていいこと。

 駅から学校までの道。山に囲まれたあの町とは対照的で、高い建物が並び、夜なのに眩しいし、夜なのにうるさい。私は途中のコンビニで夜食のカップ麺を一つだけ買ったが、寝床の保健室に着いた頃には、もう疲れて、もう今日は寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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