呉鎮守府より   作:流星彗

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成長

 

「ダメですね、全然ダメ。もう少し反応を早めなさいな」

「これで遅いって言うのかしら?」

「遅いですよ。それでは神通に殺られます。接近されればおしまい。それを意識しなさい」

 

 埠頭に行けばそんなやり取りが聞こえてきた。見れば大和とビスマルクが訓練をしていたらしい。敵は神通率いる一水戦らしく、一戦した後の反省をしているようだった。

 大湊の演習から誰も彼もが更なる力をつけるべく訓練を重ねており、新入りであるビスマルクだろうと大和は容赦していない。ビスマルクもついていってはいるようだが、それ以上を大和は求めているらしい。

 

「んー気合入ってるってか、入り過ぎてるっていうかー。旗艦という立場を気負いすぎてるって感じ」

「あれの目標が長門だからな。あそこを目指す以上、自分にも自分の後に続くものにも一定のレベルを求めているようだ」

 

 と、彼女の隊に所属している鈴谷と日向が語る。また「それにウェークの一件もあるしさー」と鈴谷が目を細めていた。

 あの戦いで大和はビスマルクを庇って戦った。そんな背中を見てビスマルクは、強くなってみせると啖呵を切る。そう、大和よりも強くなってみせるから後悔するなと啖呵を切ってみせたのだから、これくらいで根を上げるなよ? と言外に言っているのかもしれない。

 それがあの訓練光景に繋がっているのではないだろうか。

 

「さあ、神通。もう一戦お願いします」

「わかりました」

 

 大和とビスマルク、木曾と村雨の四人と、神通夕立、Верныйと雪風による四対四の演習ではあるが、高速で接近する水雷組と迎え撃つ戦艦と護衛という構図。護衛の二人が上手く神通達の中から数人足止めし、抜けてきた誰かを大和とビスマルクが迎撃するという形。

 迎撃を切り抜けて重い一撃を入れられたら水雷組の勝ち、迎撃出来れば戦艦組の勝ちである。

 身構える大和とビスマルクめがけて持ち前の高速機動で接近を試みる一水戦。それを食い止めるべく木曾と村雨が魚雷と砲撃をしかけていくが、致命傷を避けるように回避する。

 演習なのでもちろん模擬戦用の装備になっているため、当たっても少し痛いだけだ。だからこそそこまで恐れる必要はないが、かといって慢心して踏み込み過ぎれば痛手を受ける。演習とはいえ実戦を意識した行動をしなければならない、と神通によって釘を刺されている。

 

「この……っ!」

 

 一番手に抜けてきたのはさすがの神通か。ビスマルクが副砲で砲撃をしていくも、向かってくる弾丸に怯まずに巧みな動きで抜けてくる。

 またやられるのか? と歯噛みするも、出来る限りの抵抗をしなければ、とビスマルクは主砲を織り交ぜる。だがその反動を見逃す神通ではなかった。隙を晒したビスマルクに対し魚雷を構える――と、その視線がちらりとビスマルクから横にずれた。

 するとどういうわけか一瞬神通が硬直する。演習でしかもビスマルクを落とせるこの好機にいったいどうしたんだ? とビスマルクは思うも、突然降って湧いた好機を彼女も見逃さない。

 副砲を斉射して神通を撃ち抜くだけでなく、一気に距離を詰めてぶち当たりに行く。そのまま足を刈って転倒させて副砲を突き付ければ、神通は撃沈扱いとなった。

 旗艦であり、そしてあの神通が真っ先に落ちたという事実が意外すぎて、夕立達も困惑する。戦場でそんな隙を晒してはいいようにやられるだけだ。これが演習で良かったといえる現状に、大和は演習の中止を告げる。

 

「隙を晒すなんてあなたらしくもないですね。どうしたんです、神通?」

「いえ、なんでも……」

「何でもないわけないでしょう。付き合いが短くとも、あなたの実力はわかっています。ビス子をとるチャンスがあったというのに、それを逃すわけがない。それともビス子が何かしたので?」

「いえ、何も。あの時の私は隙だらけだったわ。間違いなく落とされると思っていた、恥ずかしながらね。……でも、そうね。視線が、少し……」

「視線?」

 

 と、ビスマルクが視線がずれた方へと軽く指で示すと、大和もそれに従ってそちらを見やる。その先は埠頭だ。演習を見守っている艦娘たちがいる。そこに紛れて凪もいるが、よもや凪を見てチャンスを逃したわけもあるまい。

 というか朝は休んでいたはずだが、起きて大丈夫なのだろうか? そんなことを大和は考える。

 

「…………まあ、いいでしょう。で、大丈夫なの? 少し休む?」

「いえ、結構です。続けましょう。心配をおかけしました」

「そう。ビス子も切り替えていきましょう。まぐれではなく、しっかりと勝ちを拾えるように」

「わかってるわ。……というか、やっぱりビス子ってのはどうなの?」

「かわいらしくていいじゃない。私から言っておいてなんだけど、いいあだ名だと思っていますよ、ビス子。それがいやなら、そうですね、早いところ成長していきなさいな」

「くっ、腹立たしいわね……!」

 

 拳を震わせるビスマルクだが、それを大和に振るうわけにもいかない。これでも大和は旗艦であり、ビスマルクの性分的にもここは逆らうところではないと理解している。それでも言わずにはいられない。彼女的にはそういうあだ名は許容できない。だからこそすぐにでも成長し、大和の鼻を明かしてやる。

 下に見られず、対等に並んでみせる。少しでも経験値を積んでやる。あの戦い以降持ち前のプライドから生まれる向上心に突き動かされているビスマルクである。そのためにはこの一水戦にも喰らいついてやる。幾度敗北しようとも。

 そんな様子を埠頭から凪は書類を手に見つめていた。

 内容としてはそれぞれの艦娘のデータである。現在はどれくらいの練度をしているのか、能力、技術はどれほどのものか。艤装の調子はどんなものかなど、それぞれの記録が記されている。

 ぺらり、ぺらりと目を通しながらめくり、ビスマルクのデータが出てくると、じっくりと目を通してみる。あれから演習も重ねて練度自体はなかなか向上している。大和に言わせればまだまだということのようだが、大和ももう少しすればここに再誕して一年になろうという頃合いだ。

 今となっては改となり、艤装にはハリネズミのように対空装備が設置されている。史実における艤装の変化を感じさせる改装といえる。

 

(でもビスマルクも改造出来る練度にまで成長しているんだよな。この急成長は確かに彼女の努力が垣間見える)

 

 資材を投入ればすぐにでもビスマルクを改にできるだろう。とはいえ大和の改造に比べればましな方だろう。彼女の場合は非常に高い練度と非常にたくさんの資材を必要としていた。

 さすがは大和型というべきだろう。もちろん改造したことに後悔はない。その分能力は向上するし、基礎能力も底上げされる。更に伸びしろも上がり、最終的な強さも期待できる。

 

(数日もすればビスマルクを改造するか。……ん? その先もあるのか。いつの間に)

 

 資料を見てみるとビスマルク改のその先に改二に相当するzweiが用意されている。最初はなかったと思うが、いつの間にか美空大将がzweiを実現させていたらしい。

 ドイツから提供されてからそんなに経っていないというのに、異国の艦娘もなんのそので改のその先を開花させるとは。それだけでも美空大将と彼女の部下たちの技量に震える。

 そんなことを考えていると、海の方から船が接近してくるのが見えた。船の色や掲げている旗からして大本営の船のようだ。定期便というわけではないらしいが、何かあったのだろうか。

 なんにせよ出迎えないわけにはいかない。船が停泊する埠頭へと移動し待機すると、汽笛を鳴らしながら入港。そこから降りてきたのは大本営所属の大淀と数人の人影。その中には見慣れない人も混じっていた。

 

「お疲れ様です、海藤提督。突然のこと、お許しください」

「おつかれさま。それでどうかしたのかな? 美空大将からなにか?」

「はい、先日の一件についての報酬と、新たなるデータの手渡しをとのことです。まずはこちらを紹介しましょう」

 

 そっと後ろに控えていた女性を示してくれると、当人は一礼して一歩前に出てきた。

 ピンク色の髪をした女性だ。セーラー服がよく似合い、微笑を浮かべている様は明るい印象を思わせる。軽く敬礼した彼女は「初めまして、工作艦明石です。泊地での修理や整備はお任せください」と自己紹介してくれる。

 

「明石、工作艦? ああ、いたねそんな艦も。え? 明石の艦娘ってことかい?」

「はい、生まれたばかりですが、よろしくお願いします」

「うん、よろしく。……でも大丈夫なのかい? 間宮と同じく戦う艦ではなく、サポート寄りの艦娘なのだろう?」

「その通りです。史実に基づいた能力を備えており、自己紹介の通り修理を行うことができます。軽傷であれば彼女の手によって応急手当てが可能です。ほかには艤装の整備ですね。こちらは特に海藤提督にとっては非常に合った能力ではないでしょうか」

 

 大淀の言葉の通り艤装や装備をいじることを趣味としている凪にとって、工廠に篭るのはよくあることだ。夕張も最近ではいい相方になっていて、一緒に整備をしている。とはいえ夕張は本来は軽巡。整備をしっかりとするタイプではないが、平賀譲の影響を取り込んでいることで、こういったことにも手腕をある程度発揮するようになっている。

 が、凪ももう一人くらいは専門家に近しい誰かの手が欲しいと考えていたところだ。そこに明石が加わるのであればありがたいことこの上ない。

 

「なるほど、わかった。歓迎しよう明石」

「はい!」

 

 握手を求めると、満面の笑顔で応えてくれる。実に気持ちのいい性格だ。こうしたフレンドリーさは凪にとってもありがたいものである。

 そうしている間にも船からいろいろと積み荷が降ろされていく。大淀はそれらを示すと「これまでの任務と、先日の一件の報酬です」と目録を手渡してきた。それをさっと確認して呉鎮守府の大淀に回す。

 

「報酬には香月さんを送り届けたことに対するお礼も含まれているようです」

「そうですか。ありがたいことです」

 

 多少色を付けてくれたということなのだろう。あの戦いで消費した分の何割かの資源が戻ってきたようだ。また装備もいくつか入れてくれたらしく、新しいものも混じっている。

 その中で大淀が直接手渡してくれたものがあった

 それは小箱と書類だった。表紙には「ケッコンカッコカリ」とある。

 

「お、大淀さん。これはまさか……?」

「ええ、美空大将が組み上げた新たなシステムです。こちらを報酬として提供するとのことです」

 

 と、にっこり笑う大淀。これを使うにしてもまだ自分は迷っている最中だ。答えをまだ出していないのに、結実させるものを手にしてもどうしていいか困ってしまう。そんな凪に大淀は言葉を続ける。

 

「美空大将はこのように仰っています。『決断したなら使いなさい。単婚にしろ重婚にしろそれは必要になるもの。いずれ答えを出すにしろ、現物があれば話は早い。男気はしっかりと見せるべきよ』とのことです」

 

 小箱を凪の手にしっかりと握らせ「それに、難しく考える必要はありません。僭越ながら意見を申し上げますと、感謝の気持ちを示す、それだけでもありがたいものであると私は思います」と凪の目をまっすぐに見つめながら大本営の大淀は言う。

 

「今までありがとう、これからもよろしく。それを言葉と贈り物に添えてくれるだけでも、女性としては嬉しいものではないでしょうか。いえ、一介の艦娘が言うことではないかもしれませんが、しかしそういうものだと私は考えています。でなければ美空大将もこのようなシステムは組み上げないでしょう」

 

 人の感情が絡む要素をシステムに組み上げた理由。美空大将にしては珍しいことであることは間違いないだろうが、大淀の言葉の通り艦娘に対する感謝を示すものでもあるのは間違いない。

 本当に結婚するわけではないのだから、湊のような女性提督でもケッコンカッコカリができる。だから本当にそこまで難しく考える必要はないと、改めて大淀の口から言わせたのかもしれない。

 ぎゅっと小箱を握りしめ、凪は目を伏せる。

 考えすぎるのも悪い癖なのだろうが、考えてしまうのは仕方がない。こうして必要なものを手にしてもまだ考えてしまうのは、それだけ神通が大切な仲間だからに他ならない。

 彼女を傷つけたくないのは確かだが、こうして悩み続けるのも彼女を困らせることになるだろう。ならばやはり答えを出すべきか。

 

「最後に、新追加のデータです。こちら、酒匂のデータです」

「酒匂? 阿賀野型の?」

「はい。こちらを使用していただければ酒匂を建造できます。他の新艦娘としては駆逐艦ですね。天津風、谷風、浜風、浦風となります。まもなく工廠データがアップデートされるかと」

 

 工廠アップデートに関する通知書も手渡される。そこには大淀が語った通りの艦娘が建造可能になる旨が記されている。そして下には改二予定の艦娘の名前もあった。

 予定なので今はまだ改二にできないようだが、以前に比べると早いペースで改二を見込んでいることを窺わせる。これだけ改二予定が詰まっているとなると、なるほど美空大将自身がいつものように連絡してくることはできなさそうだ。

 というよりも大将を務めているような人が、毎回毎回わざわざ連絡してくるというのもどうかとも思っていたところだ。大淀に通知を任せるのが自然なことだろうに、今までが特別だったように思える。

 

「以上が本日の通達となります。そちらから何かありましたら伺いますが」

「そうですね。……大本営では太平洋の様子については?」

「太平洋ですか? ウェークの一件以降、定期的に派遣は行っています。またアメリカ海軍のパールハーバー基地やサンディエゴ海軍基地との連携も行っており、かの海域周辺の偵察情報も共有されています。それによって確認されたのは確か……北方方面に輸送部隊が移動していたことでしょうか。宮下提督が落としてはいるようですが、北方海域にそれ以外の変化は今のところ不明です」

「北方……」

 

 パールハーバー基地というと、ハワイにあるアメリカの基地だ。かの大戦の始まりを告げたところでもある。現在ではハワイの基地として、北太平洋の深海棲艦に対するアメリカの戦力が集まる場所とされている。

 そしてサンディエゴ海軍基地はアメリカ西海岸にある大規模な海軍基地。こちらもまたアメリカにとっての主力艦隊が集う場所であり、パールハーバー基地と協力する形で太平洋やアラスカ方面の深海棲艦と幾度と戦っているとのことだ。

 そして大淀の言う輸送部隊というのは太平洋の中部提督からか、あるいはアメリカの方から北方提督へと何かを輸送しているのだろうと推測される。それが何かはわからないが、輸送しているということは何か計画が立てられているのだろう。

 宮下提督もそれはわかっているだろうから、備えるのは想像に難くない。元より彼女は北方担当だ。実力的にも彼女をそう心配することはないだろう。

 人のことより自分のこと。

 今はまだ太平洋に何もなくとも、これから何かがあるかもしれない。注意しておくに越したことはない。

 

「わかった、ありがとう。任務ご苦労様」

「はい。積み下ろしも終わったようですので、私たちはこれより佐世保へ向かいます。海藤提督のこれからの活躍を祈ります」

 

 敬礼をし、大淀たちは乗船していき、汽笛を鳴らして去っていった。それを見送りながら凪は手元にある小箱の存在を指で確かめていた。控えていた呉の大淀も凪の小さな心の揺らぎを感じ取っていたらしく、横目で静かに凪の表情を窺い見る。

 だがそれも数秒。降ろされた積み荷を妖精たちに運ばせる作業を続けていく。凪もその作業に加わり、ポケットに小箱を入れて工廠へと自分も箱を持っていくことにするのだった。

 

 


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