呉鎮守府より   作:流星彗

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離島棲鬼2

 

 

 離島棲鬼との戦いは佳境を迎えていた。戦いの中で長門達は離島棲鬼を分析。少しずつ彼女の特徴を見定めていく。

 離島棲鬼が持ちうる雰囲気、オーラは鬼級に値する存在だが、能力は姫級に値するものだ。何度か三式弾を撃ちこんだが、大きなダメージには至らない。それは深海霧島による護衛もあったが、他にも彼女を守る存在がいた。

 離島棲鬼の周囲を舞う小さな存在。黒い浮遊ユニットだ。黒猫の顔のようなものが、離島棲鬼を守っているのである。護衛要塞よりも小さなあれがどう守っているのかといえば、口から機銃を出して艦載機を迎撃したり、どういうわけかオーラのようなもので楯を展開して砲弾を防御したりしているのである。

 凪はあれを見て「創作とかでよくある障壁とかいうやつなのかな……」と推測した。

 深海霧島による守りと黒いユニットによる守り。もちろん離島棲鬼自身の装甲も加味すると、なかなかに硬い存在なのかもしれない。

 

「だが道はある。硬いというならば、それをも抜く技量や攻撃を見せつけるまでのこと。山城、私が合わせてやる。恐らくまた戦艦棲姫が庇ってくるだろうよ。一発お見舞いしてやるといい」

「わかりました……!」

 

 ぽんと山城の肩に手を当ててやりながら頼もしげに指示をする長門。山城が放っている瑞雲は深海霧島の上空を飛行している。弾着観測射撃のためのものだが、当然機を見て爆撃する算段もある。

 離島棲鬼へと狙いを定めていたところ、佐世保の霧島と交戦していた深海霧島は、不意に山城へと視線を向けた。砲門が動き、離島棲鬼を狙っていることを察したのだろう。

 何故気づいたのか。

 守るべきものに害なす気配でも察知しているとでもいうのか。主砲が霧島へと砲撃しつつ、深海霧島は魔物へと山城の射線上に動けと指示を出す。そのほぼ同時に山城が三式弾を撃ち放った。

 それを迎撃させるように魔物に装備されている機銃が連射し、途中で弾が炸裂する。だがそうして三式弾に意識を向けている間、長門が狙いを定めて深海霧島へと徹甲弾を撃ち放った。

 機銃での迎撃は少々想定外ではあるが、それによって深海霧島に対する守りが弱くなるのは想定していた。その隙を突く形で彼女を撃沈させる。それを狙った一撃だったが、魔物が危機を感じ取って守りを固めて腕で深海霧島を抱き寄せる。

 防御を高めたが、数弾腕に着弾し、一発がそれを貫いていく。しかし深海霧島に対してはわき腹を貫くだけに留まり、先ほどのような大きなダメージには至らなかった。だがそれでも深海霧島はこの痛みに対して違和感を覚える。

 

(ヤハリ、熱イ……。コノ熱イトイウモノハ、ナンダトイウノ……?)

 

 霧島や扶桑との交戦の際にもいくつか被弾はしているが、熱いと感じたことはない。他のダメージでも熱いというものを感じることはないだろう。ではこの長門の攻撃だけ感じるものはなんだというのか。同時に先ほどのものは気のせいではないこともわかった。

 これは調べる必要がある。データとして取得し、残していかなければ。

 

「榛名、アナタハアチラヲ。私ハ、長門ヲ討ツ……!」

「――――」

 

 ル級改はこちらでも高命中を誇る砲撃を放っている。佐世保の扶桑や霧島と砲撃戦を行う中で、ル級改へと命中させるようにル級改もまた扶桑や霧島へと命中弾を生み出している。回避することで至近弾にも抑えているが、妙に中ててきている。

 艦娘は弾着観測射撃を以ってして高命中を生み出すが、ル級改はその技量かあるいは装備している電探の性能がいいのだろう。高命中の戦艦の砲撃というのは敵に回すと厄介この上ない。

 そして深海霧島は長門の攻撃がどういうものなのか自らの体でデータをとることを改めて決意。長門が離島棲鬼を倒すために深海霧島を沈めようとするのに対し、深海霧島は長門が何を持っているのかを知るために長門と交戦しようとする。

 向こうから来てくれるなら、と長門は次弾装填。そのさ中、北上達が側面から深海霧島へと接近していく。それを食い止めるために深海霧島についているリ級やル級、ヲ級が攻撃を仕掛けていくが、高速機動で回避していく。

 彼女らは長門や瑞鶴達の艦載機によって何人か沈められているが、どこからか新手として現れているらしい。もちろんウェーク島を守護するように護衛要塞も存在しているので、北上達の接近に気づいて動き出す。

 

「さてさて、長門さん達を支援しますよっと。雷撃よーい!」

「水雷……古鷹ハ落チタノカシラ……? 止メナサイ、私ハ長門ヲ――」

「――喰らいつくっぽい!」

 

 飛来してくる砲弾の雨を掻い潜り、深海霧島へと突撃していく夕立。以前のソロモン海戦では戦闘中に夕立改二へと進化を果たし、戦艦棲姫へと接近戦を仕掛けていった夕立だ。今回もまた深海霧島へと接近戦を試みるつもりらしい。

 手には顔がついている魚雷が一本。魚雷発射管にも装填されており、いつでもそれを撃ち放つ用意がある。

 北上も「しょうがないなー綾波、フォローしちゃって。響、君はあたしと周りやるよー」と肩を竦めつつも指示を出す。北上も夕立や神通がそういう役割だということは理解している。

 そしてВерныйとなっても北上などは彼女を「響」と呼ぶ。北上としてはВерныйと呼ぶよりも響の方が言葉の通りがいいというのもあるが、呼びやすい方で呼んだ方が楽というのも含んでいた。Верныйも元々の名前である響と呼ばれても問題ないということで通している。それにやっぱりВерныйよりも彼女としては生まれの名である響という名前を大事にしていた。

 綾波が夕立の後を追う中、そこを側面から撃とうとしているリ級フラグシップへと素早く砲撃。それによって砲撃の手を止め、その隙に魚雷を撃ち込んでやる。その中で北上は魚雷の強撃を遠距離にいるヲ級フラグシップへと発射した。

 妖精と北上の力が込められた魚雷は高速で接近し、ヲ級が逃げる間もなく着弾する。

 強い水柱が発生する中で夕立もまた深海霧島へと突撃。深海霧島も「……駆逐、夕立……? 一人デコンナ近クマデ……無謀デスネ」と副砲の照準を合わせていく。

 更に魔物の腕が夕立を払うように動くが、それすらも掻い潜って肉薄。手にしている魚雷を深海霧島へ投擲した。

 しかし副砲で迎撃し、深海霧島に着弾する前に爆発する。その爆風に煽られる深海霧島だが、それに隠れるようにして夕立は更に距離を詰める。というよりも魔物の腕を使って跳躍し、深海霧島へ飛び蹴りを放った。

 それはまさしくあの寸劇で演じているようなヒーローのような飛び蹴り。よもやそんなことをされるとは思っていなかった深海霧島は、その一撃をまともに受けてしまい、魔物の体へとたたきつけられる。

 追撃を食い止めるように魔物が腕で夕立を払いのけ、更に手で捕まえようとするが、着水した夕立はすぐさま距離をとってそれを躱す。綾波からも魚雷の支援が入り、次々と爆発が発生。その中で一本強撃を織り交ぜ、右腕の肉を一部粉砕してみせた。

 響く魔物の悲鳴の中、深海霧島は拳を震わせながら夕立と綾波を睨む。

 

「ヨモヤ、駆逐艦ニ切リ込マレルトハ……!」

「あたし達はソロモンの狂犬と黒豹だよ。あまり舐めないでほしいっぽい」

「ナルホド。シカシ私トテ、ソロモンニハ縁アル存在。ソレデ勝ッタツモリナラバ、ソノ自信、打チ砕キマショウカ……!」

 

 ヘイトは稼いだ。深海霧島の意識は長門から夕立に向けられている。そのことに綾波は背後にいる長門達へと合図で示し、離島棲鬼を攻撃してもいいと知らせる。あくまでも目標は離島棲鬼であり、深海霧島はそれを守護する存在だ。最優先目標を見誤ってはいけない。

 もちろん深海霧島も撃破すべき存在だ。だからこそ夕立と綾波も彼女を沈めるつもりで戦っている。魚雷が装填されるまでの間、夕立と綾波は深海霧島へと砲撃を敢行。そうしてまだまだ二人で深海霧島を引きつけ、長門達に離島棲鬼を攻撃するチャンスを生み出す。

 艦載機が離島棲鬼へと攻撃すればすかさず護衛要塞や黒いユニットが守りに入る。上空へと意識が向いたところに、呉の長門達や佐世保の扶桑達が徹甲弾や三式弾を撃ちこんでいく。

 まだル級改は中破に留められて健在だが、離島棲鬼へと攻撃するチャンスが生まれたならばそちらにも攻撃の手を伸ばしてやるのだ。

 

「――フッ、多少ハ道筋ヲ見出シテキタ、トイウコトデスカ……。イイデショウ、モット、アナタタチノ力ヲ示シナサイ」

 

 飛来する徹甲弾を見切って躱すが、その際に舞い上がったウェーブ状の黒髪を穿つように徹甲弾が通り過ぎる。笑みを浮かべたまま離島棲鬼が艤装の魔物に指示を出し、反撃の砲撃を行う。

 その際には黒いユニットもまた副砲を口から出し、砲撃していく。夕立達ほどの早さを出せない長門ら戦艦。一部はその装甲で耐えるしかないが、一気にダメージをもらわずに立ち回ることは出来る。

 だが離島棲鬼の攻撃手段はまだある。陸上基地らしく次々と艦載機を発艦させてくるのだ。瑞鶴や翔鶴らによる艦載機による交戦、摩耶などの対空射撃で結構落としたはずだが、まだあるとばかりに艦載機は襲い掛かってくる。

 こうなってくると不利になるのは艦娘側だ。一人一人の空母が運用できる艦載機の数には限度がある。そして補給もなしに戦っているため、艦載機が撃墜されていけば数はどんどん減っていく。

 対して離島棲鬼は基地型ということもあり、一人で大多数の艦載機を保有。撃墜もしているが、なかなか減っている感じがしない。もしかすると艦載機を何らかの手段で補充できている可能性がある。

 

「くっ、少しずつ押され始めてるわ。まずいかも、翔鶴姉」

「佐世保の千代田さんと龍驤さんも頑張ってはくれているみたいですが……早急に片を付けるにも守りに入られては……」

 

 佐世保の主力艦隊には千代田と龍驤がいる。これらを含めた合計ならば離島棲鬼に負けない数にはなる。が、鶴姉妹が正規空母に対し、千代田と龍驤は軽空母に値する。その能力や搭載数では正規空母に劣ってしまうのは仕方がない。

 その分練度では負けず劣らずなのだが、数に物を言わせられればじりじりと押され始めるのは仕方がない。

 もちろん敵艦載機の攻撃に対抗するように摩耶達などが対空射撃を行っている。それによって大きなダメージに繋がるものを受けてはいないが、これもいつまで続くのか。常に空を警戒し続けるのも体と心が疲れる。艦載機的にも、対空防御的にも長期戦は望めない。

 だからこそ早急に片を付けたいところである。

 

「短期決戦? ソウ急グモノデハ、ナイデショウ。モット、戯レマショウ」

 

 離島棲鬼としてはもっと長門達の力を見たい。そうしてデータを蓄積させたいのだ。だから長門達が弾丸を装填し、射撃に移ればすかさず守りに入る。この守りを崩して抜いてくるならそれも良し。その攻撃の力を記録するだけのことだ。どう転ぼうとも、離島棲鬼にとっての任務が遂行する。のだが、妙に違和感がある。

 長門が放った徹甲弾によって負傷したところが、奇妙な熱さを訴えかけている。貫かれた左肩に手を当てれば、血のようなものが流れ落ちる。それは深海霧島と変わらない。だが痛みと同時に熱さがそこにある。それに離島棲鬼は首を傾げた。

 山城が放った瑞雲による艦爆は黒いユニットによって防がれるが、次いで飛来してくる三式弾は止められない。いや、わざとそれを止めなかった。扶桑や霧島から放たれる攻撃を防ぐと見せかけて、山城の攻撃をわざと通したのだ。

 持ち前の装甲で受け止める。そうして傷を負ってみるが、痛みはあっても熱さを感じない。深海霧島がそうであるように、離島棲鬼もまた長門からの攻撃には何かがあるのだ、と推測する要因を得た。

 それも深海棲艦にとっては良くない何かなのだろう。沈めなければならない。データ収集は大事だが、長門を残しておいてはいけない。ここで沈めておかなければ後々深海棲艦にとって良くないことになりかねない。

 艦載機を次々と発艦させ、長門へと集中攻撃を試みる。

 突然自分に向けて多数の艦載機を送り込んできた離島棲鬼に長門は違和感を覚えるが、迎撃しなければいけないとばかりに機銃を展開。摩耶も何とか守りを固め、艦載機を撃墜していく。

 だが酷使し続けたせいか、機銃にガタが生まれ始める。妖精達も疲労が積み重なってきているようだ。そうして生まれた穴を突いて艦爆から投下された爆弾が摩耶や長門へと命中し始める。

 

「くっ、まずいぜ長門さん……! 弾薬もやばいことになってる」

「堪えろ。もうすぐ、好機は訪れる。それまで時間を稼ぐんだ。一時後退しつつ、牽制弾を撃ちこんでおけ! 扶桑! そっちからの攻撃はどうだ!?」

「通る時は通りますが……っ! 向こうからの反撃も通してくるようになっています……!」

 

 言葉の途中で撃ち込まれてしまったが、至近弾に留められた。回避しつつも砲撃を入れているが、そのたびに護衛要塞や黒いユニットが楯になってきている。守る、いや耐えることに関して離島棲鬼は本当にかなり厄介なものかもしれない。

 その上長門に標的を定めてからは執拗に長門へと攻撃を続けている。守りは護衛要塞や黒いユニットに任せ、自分はただひたすらに照準を合わせて長門へと攻撃を続行。いくつもの艦載機を撃墜されても問題はないとばかりに、次々と滑走路から飛び立たせていく。

 それを止めるように鶴姉妹や千代田、龍驤が空戦を試みているが、その艦載機の数も少なくなっていた。被害は長門だけでなく彼女を護衛する摩耶、そして鳥海にまでおよび、中破状態へと追い込まれていく。

 爆弾による影響で艤装に火の手が上がり始めた。装備妖精が必死に火消を行っているが、砲塔がいくつもおじゃんになる。これでは砲撃だけでなく守りの手が失われていく。

 

「フフ、想像以上ノ成果デスネ。ヤハリ、我ラガ司令ハ良イモノヲ作リダシテクレマス」

「司令……そっちの提督さんっぽい?」

「エエ、誇ラシイデスヨ。良イデータガ取レマス。ソノ点ニオイテハ、アナタタチニ感謝シマショウ。ダカラ、ソノ礼トシテ、沈ミナサイ……駆逐艦ッ!」

「お断りっぽい!」

 

 副砲の斉射を夕立はまた高速機動で回避し続ける。時に体を捻り、回転しながらの回避行動をとりながらも一度離れた深海霧島へと距離を再度詰め、機を見て砲撃を行う。綾波も同様に回避しながら隙を窺い、魚雷を撃ち込んでいった。

 夕立という明らかな脅威を近づけさせまいとする深海霧島の側面を突く攻撃だ。二方向からの接近に、深海霧島と魔物という二つの意識が対応するが、完全に防ぎきれていない。何せ魔物の体が大きい。そのため的になりやすいのだが、その分防御面を高めている。だがそれを撃ち抜くのが魚雷である。

 爆発を起こして体勢を崩す魔物。それに潰されないようにと深海霧島は腕の上に跳躍したが、それを追うように夕立も手に乗る。そんな夕立にこれ以上好きにさせないように深海霧島は夕立へと跳び蹴りを放った。

 先ほど自分がされたようなことをやり返してやる。だが夕立も両腕を交差させて防御。ぐっと歯噛みして耐え、着地した深海霧島へとボディへ拳、わき腹へと蹴りを放ち、顎へと掌打を放った。

 それがどうしたとばかりに、「オラァッ!」と気合の入った声を張り上げて夕立の頬へと拳を入れるばかりでなく、肘打ちまで入れてくる。防ぎきれずに魔物の腕から落とされてしまった。

 だがただで落ちてやる夕立ではなかった。腰にある魚雷発射管から深海霧島へと魚雷を射出。数本は深海霧島へと迫ったが、多くは飛距離が足りずに海に落ちる。それでも魔物の腕へと進行し、着弾した。

 深海霧島に迫ったものも直撃はしなかったが、それを回避するために移動した際に魔物の腕がやられることでバランスを崩して落下する。そんな彼女へと綾波が跳躍し魚雷を投擲。人型である彼女への直接的な魚雷攻撃。距離も近かったために咄嗟の防御も間に合わず、まともに受けてしまった。

 爆風によって体が大きく負傷しただけでなく、眼鏡も吹き飛び海に落ちる。

 

「ァ……アァアアア……ッ、眼鏡……私ノ、眼鏡ガ……!」

「夕立ちゃん、とどめいきますよ!」

「了解!」

 

 眼鏡を失ったことによる錯乱、魚雷の直撃とこれ以上ないほどの好機。魔物も深海霧島を守るために砲門を向けようとしたが、夕立でも綾波でもそれを撃ち込んだら深海霧島を巻き込みかねない。

 ならばと左手で振り払おうとするが、その判断が遅い。その時間は夕立と綾波が深海霧島へと砲門を向けて発砲するには充分な時間だった。二方向からの砲撃。それは深海霧島に着弾して爆ぜる。だがその爆風の中で深海霧島は動いた。

 焼けた肌から煙を立ち上らせながら強い殺意を向け「駆逐艦……夕立ィ……綾波ィ……!」と恨みが籠った声を上げる。伸ばした手で夕立を捕まえようとしたが、寸でのところで夕立は後ろへと跳ぶ。

 だが目から赤い燐光を輝かせる深海霧島はそれを追うように走り出した。夕立と綾波の攻撃によって首の後ろから魔物に伸びているチューブが破損しており、勢いをつけて走った影響で千切れてしまった。その際にぴくりと体が反応したが、それをも抑えるような怒りによって深海霧島は動いていた。

 対して魔物は深海霧島との繋がりを失い、呻き声を上げるだけに留まってしまった。

 

「眼鏡……負傷……、敗北……? コノ、私ヲ……コノ、霧島……ヲ……」

「あんまり駆逐艦を舐めないでほしいっぽい。見敵必殺、敵艦は全てデストロイ。例え戦艦が相手だろうと、ぶちのめすデストロイヤーなんだから」

 

 そう言いながら深海霧島にやられたことで垂れてきた鼻血を拭う夕立。そんな彼女の傍に立ちながら綾波もぐっと拳を握りしめる。

 

「そ、それに夕立ちゃんは一度あなたと同じ存在を相手に立ち回りましたからね。その経験も生きたんですよ。小さな存在と侮った、あなたの負けです!」

「フ、フフフ……ナルホド、呉鎮守府……私ノ想像以上ノ情報デス……。データ以上ノ存在、記録」

 

 いつものクセなのか、眼鏡があったところで指をなぞってしまった。くいっと上げるべき物はそこにはないが、そんなことは関係なく、深海霧島はそのしぐさをし、じっと夕立と綾波を睨みつける。

 あるいは見えていないのか。まるで視力の悪い人がよく見ようとするかのように、目を細めているようにも見える。

 顔から、胸から血を流し、煙を立ち上らせながら深海霧島は一息つくように大きく息を吐く。まだやるつもりか、と夕立と綾波が身構えたが、そのまま深海霧島は後ろへと倒れていった。

 

「勝負ハ、預ケマショウ。イツノ日カ、コノ借リヲ返シマシス……夕立、綾波。共ニソロモンニ散ッタ駆逐艦……!」

 

 その言葉を残しながら仰向けのまま深海霧島は沈んでいった。長門達との交戦のダメージもあっただろうが、夕立と綾波によって深海霧島は撃沈された。魔物もまた力を失ったように前のめりに倒れ、沈んでいく。これはこの戦いにおいて大きな壁を打ち破ったことに等しい。

 深海霧島が離島棲鬼の楯の中で一番大きな存在だったのだ。それがなくなっただけでも大きな進展といえる。「長門さん、戦艦棲姫を仕留めたよ」と報告すると「よくやった。あとで褒美をやる」と返事が来る。

 長門が言っていた好機の一つがこれだ。彼女は夕立達がやってくれると信じていた。二人の成長は長門も知っている。神通の指導の成果もあるが、夕立や綾波の向上心によって自分を鍛え上げているのだ。それが実を結ぶだろうと信じていたのだ。

 そしてもう一つの好機。それは上空から離島棲鬼へと突っ込んでいく艦載機の群れが証明した。それらは離島棲鬼が展開している艦載機に奇襲を仕掛け、次々と撃墜させていった。

 次いで飛来する砲弾が驚きの表情を浮かべている離島棲鬼へと襲い掛かっていく。何事だ、と振り返れば、そこには援軍として航行してきていた榛名達が存在していた。

 

「呉支援艦隊として第一水上打撃部隊、一航戦、二水戦到着しました!」

「佐世保からも第二主力艦隊、三水戦到着! これより支援を始めます!」

 

 それぞれ榛名、瑞鳳が支援到着の声を上げる。艦載機は呉一航戦所属の祥鳳、千歳、加賀や、佐世保第二主力艦隊所属の瑞鳳、飛鷹から放たれていた。これだけの空母が揃い、艦載機が放たれたのだから、劣勢だった空戦はひっくり返される。

 この航空支援は離島棲鬼にとっては痛手でしかない。艦載機の数という有利が塗り替えられたのだから。補充の手が間に合わず、対空防御も間に合わない。黒いユニットや護衛要塞の守りの機銃では艦攻の全てを落とすには至らず、次々と魚雷が投下されていった。

 障壁を展開しても雨のように機銃、魚雷、爆弾が降り注ぎ、ついには綻びが生まれ、崩壊。それを見逃す長門ではなく、「皆の衆、これまでよく耐えた。これより反撃の時である! 全主砲斉射、てぇーッ!」と艦娘達に命を出す。

 そこにいる戦艦、重巡級の艦娘達は一斉に離島棲鬼めがけて砲撃を敢行。守りの手を失った離島棲鬼はただそれを静かに受け止める。

 

(――コレデ役割ハ終ワリ。多少ハ時間ヲ得ラレタケレド、終幕ダケハ予定ト変ワラナイ。ソレデイイ。私ハ後ニ続クモノタチノタメノ、礎ナノダカラ)

 

 敗北することは決まっている。護衛要塞も黒いユニットも、それがわかっているために抵抗はしない。守りを突き破られた時点でこの戦いに決着がついているようなものなのだから。

 なるほど、この戦いどちらも耐えれば勝ちというものだったのかもしれない。

 離島棲鬼側は耐えに耐えて戦闘を長引かせ、情報収集し続ける。

 長門は一定の敵を破り、時間を稼ぐことで援軍到着を待ち続ける。そうして支援を得ることで状況をひっくり返し、勝利を得る。

 仮に離島棲鬼側が攻める手を増やしていれば、もしかすると一人二人は艦娘を撃沈させていたかもしれない。そう、例えばあそこにいる神通とか……と離島棲鬼は燃え盛る自分自身の体を感じながら考える。

 しかし彼女はただ忠実に任務を遂行しただけである。

 陸上基地としての能力、戦闘力を示し続け、攻撃を受けることで装甲の良さや艦娘の攻撃を記録する。自分だけでなく艦娘の力すらも記録し続ける。それを持ち帰り、次の作戦の役に立てるようにする。

 ただそれだけの存在である。

 果たして自分に次があるのかはわからない。今回の戦いだけの存在だけかもしれない。

 ならば離島棲鬼という存在は、後に続く存在のためだけのもの。それだけの意味を孕んでこの戦乱の世界に生まれたのか。

 

(ダトスルト、少々物悲シイモノデスネ……。次ガ、モシモ私ニ次ガアルトスルナラバ――)

 

 再び離島棲鬼として生まれ変わるのか、また別の深海棲艦として生まれ変わるのか。あるいはもう戦いの時代は終わりを迎えているのか。

 いや、そんなことはあるはずはない。艦娘と深海棲艦との戦いに終わりはない。例え中部提督がそのようなことを望んでいたとしても、恐らく世界はそれを許さない。海に満ちる負の感情は世界を蝕んでいる。この太平洋だけでなく、大西洋にまでそれは存在しているのだから。

 中部提督。深海棲艦側の勝利で終わり、静かに時を過ごすことを望んでいる離島棲鬼の主。そのような願いが叶うとは思っていないし、そのための礎となってしまった自分の運命は変わることはなかった。

 ある意味使い捨てのような扱いをされたといってもいい離島棲鬼。彼女は中部提督にも恨み節を言ってもいい権利を持っているだろう。

 だが何故だろうか。

 燃え盛る体は熱さを訴えかけている。当然だろう、燃えているのだから。しかしこの熱さは炎に焼かれている熱さだけではない何かを持っていた。そっと自分の手を見下ろす。

 僅かな光の粒子が存在しているように見えた。

 ひび割れた体、吹き出す血。その裂け目、穴から小さな粒子が一つ、また一つと空に昇っている。炎にまかれて舞い上がっているように見えるそれを見つめていると、なぜか知らないが、負の感情が和らいでいるような気がしてならない。

 これはいったい何なのだろう。

 だがそれを記録する気力はもうない。そうするだけの機能が死んでいる。

 さあ、海に還る時だ。燃える体はウェーク島から海へと落ち、役目を終えた体からコアが抜き出され、中部提督へと届けられるだろう。だからこのような感情はもうそれに上書きされることはない。

 

(次ガ……仮ニ次ガアルナラ……静カナ、静カナ時代……安ラカナル……時ヲ……。私ノ、犠牲ニ……意味ヲ求ムナラバ……、ソノ願イヲ……キット……)

 

 恨み言は、彼女の中から生まれなかった。

 自分の犠牲によって中部提督の願いに近づけるならばそれで良しとした。その願いを叶えた先に、もう一度自分が生まれることが出来れば良しとした。だが彼女は最期までその粒子の意味にたどり着けなかった。当然かもしれない。命が終わる寸前にそこまでの頭は回せるはずもない。

 その粒子はかつて南方棲戦姫が沈みゆく際に立ち上っていたようなものと同じだった。言葉にするならば、浄化の光の一部のようなものである。それが離島棲鬼の中から負の感情をある程度和らげていた。

 だからこそ、ただ純粋に自分の死を受け入れるだけに留められていたのだ。その心の奥では死にたくない、ただの犠牲で終わりたくない。むしろ生まれたばかりなのだからこそ、まだまだ生きていたいと思っていたのに。

 そのような歪な死を迎えていたが、そんなことは関係なく、沈みゆく彼女の体から今回の戦いを記録していたコアが抜き取られていく。そしてコアを失ったゴスロリ少女の体は、ゆっくりと崩壊しながら海底へと沈んでいくのだった。

 

「――ウェーク島攻略作戦、終了だ。各員、周囲の警戒を続行。敵戦力が完全に確認されなくなり次第、帰還する」

『了解』

「おつかれさま、長門。無事で何よりだったよ。誰一人欠けることなく、今回も作戦を終えられた。感謝する。そしてよくやってくれた」

「はっ、ありがとうございます」

 

 労いの言葉をかけると、大きく息を吐いて背もたれに身を預ける凪。どうなることかと思ったが、何とか今回も切り抜けられることが出来た。だが色々と不可解なことがあったのは確かだ。

 すると佐世保の指揮艦から通信が入り、モニターに湊が映し出される。

 

「おつかれさまでした、凪先輩」

「ん、そちらもおつかれ。何とかなってなによりだよ」

 

 そう言葉を交わしあっていると、「あんな奴らと戦っていたんすか、あんたら……」という香月の声が聞こえてきた。そんな彼を横目で見ながら、「何? 怖気ついたの?」と湊が鼻で笑った。だが、香月は興奮した様に画面に入り込んできた。

 

「いいや~……むしろわくわくするジャン!? 深海棲艦、殺しがいがあるってもんじゃねえの!? ああいう奴らを相手にするためにはオレもそれだけの艦隊を揃えなくちゃいけねぇってもんジャン!? あぁ……何から始めるべきか……新入りとはいえ、やることが色々思いついて、震えが止まらねえよ……!」

「……ああ、そっち? やる気があるってのはいいけれど、それだけでやっていけるもんじゃないわよ」

「湊や海藤サンは1年でこれだけの力をつけられたってことだろ? オレもそのくらいの時間でこの艦隊を揃えられる、あるいはあんたらよりも早くここまで上り詰められるかもしれねぇって楽しみもあるジャンよぉ! ははは……とりあえずあんたらを目標に走り始めれば、オレの目的に近づけるってわかっただけでも、今回の出会いに感謝ってなもんですよぉ!」

「……ま、何を目指すかは人それぞれだよ。そのための課題を自分に課すのもまた大事さ。俺もまた新たに見出したしね」

 

 そう、香月の目標にされてしまった凪にもまだ課題があることにも自分で気づかされる戦いだった。艦娘達の練度は高くなっているのは確かだが、最終的には数で押した形といえる。それを否定する気はない。数こそ力は昔からある戦術なのだから。それで勝利を得られたのならばそれはそれで良しとする

 しかし大多数を動かして勝利を得ればその分資材が減る。またその運用に慣れてくると、多くの艦隊を遠方に派遣し、守りを柔くさせることにも慣れてくる。そうすると、今回のような敵のやり方をされれば、いつか隙を突かれかねない。

 一点に集中させる、あるいは分散させられ、本拠地を手薄にさせることによる敗北。それは避けなければならない。だからこそある程度の数、あるいは少数で勝利を収められるならばそれに越したことはない。

 少数で攻め切る、あるいは守り切る。それが出来るならば少ない戦力で、少ない資材で着実に勝利を積み重ねられる。それもまた一つの戦術である。

 呉鎮守府に所属する艦娘も以前に比べると増えてきているのは確かだ。だが増えたとはいえ新入りはまだまだ実力不足。だから指揮艦に待機しているのは仕方がない。そんな彼女達を守りに配置するしかない、という自然と決められた選択肢。

 もしもあの潜水艦らがもっと数で攻めてきたら。それ以外の戦力も追加されてきたら、を考えれば負けていたのはこちらの可能性が出てくる。何せ支援艦隊としてウェーク島に戦力を派遣したのだから。

 そうして実力ある艦隊を前に出したところを突かれたら、それだけで詰みになる。前に出ている艦娘達はそれを知らずに戦い続け、そして時間をかけてなぶり殺しにされかねない。

 だからこの勝利に慢心することはない。新たな課題が出来た、と先を考える。

 

「そうしなければ、変わっていく深海棲艦にいずれ敗北を喫しかねない。日々成長、日々研鑽、さ。そうでなければこの先生き残れない」

「それだけは心に刻むといいわ。隙を見せれば、油断すれば喰われるのは自分。トラックやラバウルとの協力関係は強固なものにしておくことね」

 

 これだけ実力を備えていても、気を緩めることはない凪と湊。そんな真面目な空気に香月はこれ以上言葉を重ねることはせず、ただ小さく頷いたのだった。

 やがて長門達は帰還し、入渠していく。ウェーク島における戦いは終わりを告げ、指揮艦はトラック泊地へと進路をとる。去っていく指揮艦を遠くから観察する存在もまた、自らの拠点へと反転していった。

 最初から最後まで、この戦いは全て中部提督が思い描いた通りの運びとなった。多少は想定外のことはあろうとも、ウェーク島、そしてダーウィンにおける戦いで得られるものは得たのだ。

 戦いにこそ敗北はしても、内容においては敗北していない。

 そのことに、彼はとても満足していたのである。

 

 

 


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