「頼む――!」
思わず漏れた言葉。目を閉じて知らず凪は手を組んで祈っていた。
どれくらいそうしていただろう。数秒のはずが、1分も経っているような感覚になっていた。そして聞こえてくる長門達の驚きの声。
結果が出たのだ。
恐る恐る顔を上げてモニターを見てみる。そこには、
04:20:00
02:20:00
という数字が出ていた。
失敗じゃない。成功だ。それもいい方向への成功。
「4時間……戦艦か……!」
震える声でそう言葉にする。やったぞ! と拳を握りしめていた。そのまま響へと駆け寄り、思わず抱き上げてしまう。
「君を信じて良かった……! 成功だ! しかも戦艦! 何にしても、おかげで新しい仲間をようやく迎え入れられそうだ……! ありがとう……ありがとう響!」
「あ、ああ……そうまで喜んでくれると私も嬉しい。だが、司令官。そろそろ下ろしてくれるだろうか……恥ずかしい」
「おう、ごめんごめん。思わずやってしまった」
雪の様な白い頬にそっと紅が差し込み、視線を逸らしている。今まで見た事のない変化にも少し嬉しさが湧いてくる。クールな子だと思っていたが、このような年相応……いや、見た目相応の反応もしてくれるのだ。それが見られただけでもいい。
そっと下ろしてやり、帽子も被りなおしてあげる。そしてドックへと振り返ると「バーナーを使用してくれ!」と指示を出した。それによって普通ならば4時間も待たねばならない建造を、一気にゼロに出来る。
一体誰が出来たのだろう。
凪はアカデミー時代に習った知識を思い出す。4時間が金剛型という事はすぐに思い出した。それをプラスして20分となると……と思い返している間に建造完了と相成った。
ゆっくりと扉が開き、中から出てきたのはド迫力の艤装を装備した女性だった。
背中から背負う形で、両肩付近に展開される四基の巨大な主砲がデン! と目につく。艤装は二の腕や腹部にも巻かれているのだが、主砲の迫力が凄まじい。
容姿としては黒いボブカットに、右の頭頂部に艦橋らしきものが乗っている。あれは髪飾りなのだろうか。服装は巫女服に近しいものであり、その出で立ちからして大和撫子を連想させる。
「扶桑型戦艦姉妹、妹の方、山城です」
「おぉー山城か。うんうん、歓迎するよ。よく、よく来てくれた……」
「ぇえ? ああ、はい……どうも」
すすっと近づいて強引に握手をしながら笑顔で出迎える。うっすらと泣きそうな気配も感じ取ったのか、山城は引き気味に握手している。その様子を見て長門はちょっとだけ冷や汗をかいていた。
(…………これもまた、フラグ回収なのだろうか。ある意味、逃れられなかった運命なのか、あるいは引き寄せられてしまったのか)
そんな事を長門が考えていると、山城はきょろきょろと辺りを見回し始める。
その様子に「どうしたんだい?」と声をかけると、
「この鎮守府には、扶桑姉様はいらっしゃらないのです?」
「扶桑? いいや、いないよ。ごめんね」
「……そう、いないんだ……。はぁ……不幸ね」
あからさまに気落ちしている。目元には影がかかり、全身で残念さを表現していた。
その様子こそ、長門が考えてしまったフラグ回収の意味だった。
山城、いや、扶桑姉妹と言えば艦であった頃に色々と残念なエピソードがあるという。その積み重ねの結果なのか、艦娘になった彼女らは不運さが目立つようだ。扶桑の方は儚げな大和撫子という風になっているようだが、山城はというと、その身に降りかかる不幸さによって結構卑屈になってしまっている。時々口癖のように「不幸だわ……」と嘆いている姿が見かけられるとか。
そう、凪はレーションばかり出てしまった事で、思わず「不幸」というワードを口にしてしまった。それだけでなく、全身から不運さを嘆くオーラを振りまいていた。
(あれに山城が引き寄せられたのかもしれないな。そして、その不幸さがもしかすると山城へと吸い寄せられ、さっぱりしたところでもう一人の建造が――いや、何を考えているんだ私は)
自然にそんな事を考えてしまった自分を律するように首を振る。すると、山城が何かを感じ取ったかのように、勢いよく長門へと振り返った。
「ちょっと、そこの……長門?」
「……むっ? な、なんだ?」
「失礼な事、考えなかったかしら?」
「そ、そんな事はないぞ……?」
「そう? なんだか、妙な棘を感じたのだけど……はぁ、何なのかしらね。……本当になにも考えてないのでしょうね?」
追及してくる山城に、うんうんと何度も頷く。長門を知る人からすれば珍しい行動と見るのだが、初対面である山城は「そう……」とため息をつきながら凪から離れて長門らの下へと歩いていった。
続いてバーナーによってもう一つのドックから人が出てくる。
長い銀髪を束ねた少女だ。その両手にはカタパルトらしきものを手にしており、紺のブレザーに赤い袴を履いている。飛行機運用が出来る艦娘が来た。だが、彼女は少し違う存在であった。
「千歳です。日本では初めての水上機母艦なのよ。よろしくね」
偵察機などをはじめとする水上機を飛ばす事が出来る水上機母艦。その千歳型のネームシップだ。また彼女は給油機能も備えていたらしいが、艦娘としてはその能力はあまり再現されていないようだ。
また情報によれば、練度を上げ、改造を重ねていけば彼女は軽空母になるはず。そこに至るまでの道は長いだろうが、じっくり育てていくならば関係のない話だろう。
「よろしく、千歳。歓迎するよ」
彼女にも握手を求めると、快く受けてくれた。山城と違ってこちらは友好的な印象がある。その纏う雰囲気も落ち着いた穏やかな女性、というイメージがする。彼女は長門達が囲んでいるものを見て、どこか楽しげな表情を浮かべた。
「あら、お茶をしていたのですか?」
「ああ。ちょっとした休憩だったけど、これからは山城と君の歓迎を兼ねたお茶にするか」
「ありがとう。いただきますね」
机の方を指し示すと、既に山城が席についている。あれだけ目立つ主砲などの艤装は綺麗さっぱりなくなっていた。
艦娘の艤装はどういう技術を使用しているのかは不明だが、彼女らの意思に呼応して出現、消滅する。まるで粒子の様な、あるいはブロック状に分解、構築する様な感じで顕現し、装備するらしい。
まるで魔法のようだが、過ぎた科学は魔法のようだと言われる。それに妖精という不可解な存在や、謎の妖精パワーで資材がレーションになったりしているので、深く考えるものじゃあないかもしれない。
千歳も同じように艤装を取り外し、席についてお茶を頂きはじめる。凪もまたお茶をしようと思ったが、ふとデイリー任務の事を思い出した。
そういえばあれは一回と更にプラスして三回、つまり合計して四回建造すればいいものだった。今日は三回やっているから、あと一回やればまた報酬が貰える。
今は流れが来ている。悪かったものが取り払われ、初日の運が戻ってきているはずだ。
「……提督さん、またやろうとしているっぽい」
夕立がそんな凪の様子に気づいたように言った。相変わらずそういう事には気づくらしい。観察眼が優れているのだろうか。響も「いいと思うよ。司令官には今、何かが降りてきている」と促していく。
長門も止めるべきか悩んでいたが、ちらりと山城を見やって、何も言わなかった。そんな視線に気づいたのか、山城がジト目になっている。
「やっぱり不穏な気配がするわね?」
「気のせいだ」
そんな戦艦二人は置いておいて、凪はうん、と頷いて妖精達へと指示を出すことにする。選んだものは戦艦レシピ。山城を出した時と同じ数字を告げた。
やがてモニターに紋様が浮かび、変化していく中で、凪はもう目を閉じて祈るような真似はしない。今の自分には流れが来ている。長い苦しみは終わりを迎えたのだ。
不死鳥の加護がある今、もう何も怖くない。
ほら、見るがいい。モニターにはしっかりと、数字が浮かび上がったではないか。
01:25:00
「これは……重巡か。ここで、重巡か。待ち望んだ重巡が来てしまったか」
あっさりと今までの七日間が崩れ去った瞬間だった。確かに投資資材が増えれば望める艦も大型になっていくのは自明の理。戦艦を狙って重巡が出てくるかもしれない、というのは教本にもあった事だ。
となれば無理してでも戦艦でやっていれば、戦艦と重巡の両面待ちで行けたかもしれないという事か。少し、慎重にやり過ぎたのかもしれない。時には大胆な投資も必要だという事なのだろう。また一つ、提督としてのやり方を学んだような気がした。
バーナーを使い、いよいよ待ち望んだ重巡艦娘との対面の時。
一体誰が来るのか、とわくわくしていると、出てきたのは勝気な眼差しが感じられる少女だった。茶色がかったショートカットに、電探らしきものが左右に伸びている。
両手に主砲を手甲のように嵌め、二の腕や腹部にも艤装が巻かれている。
「よ! アタシ、摩耶ってんだ。よろしくな!」
軽く手を挙げながら気軽に挨拶してくる。と思ったら、敬礼へと移行していった。凪も挨拶しながら握手を求めると、彼女もにっと笑いながらがしっと握りしめてくる。なるほど、これはまたさばさばしたような元気な娘だ、と感じ取った。
どこか東地のような気軽に付き合える友人の様な艦娘なのだろうと分析する。
「君が我が艦隊においての初の重巡となる。君の成長と活躍に期待するよ、摩耶」
「おっ、そうか? なら、任せろ。ちゃっちゃと強くなって、この摩耶様の力ってやつを存分に見せつけてやるからさ!」
「おぉ、言うねえ。重巡だから、一応最初は神通の下について訓練という事でいいのかな?」
と、神通へと振り返ってみると、彼女は小さく頷いていた。
「主砲の大きさの違いはありますが、基本的な動きとしては私達軽巡とそんなに差異はありません……。砲撃戦、雷撃戦の基本を仕込むくらいならば、私がやりましょう」
「との事らしい。あそこにいる第一水雷戦隊のメンバーと仲良くしてやってくれ」
「おう、よろしくなお前ら」
そしてお茶会は続く。
新たに迎えた三人の艦娘を歓迎するように、追加のお菓子とこの鎮守府についてや艦娘らの話題での談笑。
凪の心にようやく日の光が差し込んだ気がする。
奇しくも三人はそれぞれ別の艦種だ。新しい艦娘というだけでなく、別の艦種というだけでもありがたい。これで艦隊運用に幅が広がる事だろう。
今日は良き日だ。これまでの憂いの日々はこの日のためのものだったに違いない。
そう考えると、このお茶と菓子がより美味しく感じられるような気がした。