呉鎮守府より   作:流星彗

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イベントは終わりました。
今回は比較的癒しな方だったのではないでしょうか。


心ノ在リ方

 

 

 静かな闇の中でそれは形を変えていた。元より艦艇であったものが人の姿へと変えたものだったが、それは更に彼の手によって変化した。地上の人々が知る「艦娘の霧島」ではなく、彼女らが敵対する勢力の存在である、「戦艦棲姫」へと。

 戦闘によって傷ついた体は修復され、そこから戦艦棲姫の体へと変化したのだ。ショートヘアだった髪は伸び、額からは角が生えている。

 彼女の艤装は解体され、深海棲艦らの資材と化した。その代わり、戦艦棲姫としての艤装が用意される。

 中部提督が申請していた資材の輸送は完了されている。元霧島の戦艦棲姫だけでなく、一から作り上げられる戦艦棲姫もまた用意されているのだ。それに合わせ、二つの異形という艤装が生み出されている。

 

「順調だね。パラメータも問題なし。これで、艦娘から姫級への変異のデータが取れた。実に良い結果だ」

 

 モニターに映し出されているものを見つめて、満足げに頷いている。彼が姫級と呼称しているのは、人間達の情報も入手しているせいだ。彼はあえて戦艦棲姫らを複数で呼ぶ際には姫級と呼称する。

 それは自分が人間だった頃の事を思い出しただけではない。人間の情報も得ているため、両者の差異を少しでもなくすために、わかりやすくしているためでもあった。彼らがこう呼称しているが、自分たちは違う呼び方をしている。それではどっちがどっちの事を指しているのかがわからない。情報を扱う以上、間違いを減らすことは大事なことだ。

 だから中部提督は、あえて人間の呼び方へと合わせにいった。

 ただし、個人を指す際には、自分達の呼び方で呼んでやっている。

 

「さてさて、武蔵については順調。加賀に関しても順調。ウェークの方はどうだい?」

「基地型ノ種、成長シテイル……。ヘンダーソン……トハ、違ウ方向ニ……ナリソウ、ダトカ……」

 

 ウェーク島に生まれた陸上基地型深海棲艦の種はすでに少女の姿をとっている。そのまま成長すればヘンダーソンのような白い少女ではなく、戦艦棲姫のような黒い少女になりそうなものだった。

 またウェーク島にあった基地を参考に艤装が組み上げられているが、ウェーク島の戦いの記憶すらも引き継いでいるのか、少々外観が歪になりそうだという報告が上がっている。

 ウェーク島における戦闘準備は順調に整っているといえる。だが中部提督はまだ足りないと感じていた。今回はテストだ。データ収集のための戦いである。

 陸上基地型の更なるデータ。

 艦娘から深海棲艦の姫級への変異とその戦闘能力。

 他にも何か欲しいデータはあるだろうか、と考える。

 現在の戦力を改めて確認する中部提督は、何気なくヲ級改へと振り返る。中部提督が生まれて以降、人の提督でいうところの秘書艦として長く付き合ってきた存在だ。練度が高まり、こうして深海棲艦の改へと成長するくらいに実力をつけている存在である。

 改か、と中部提督は呟く。

 

「今いるメンツでそこまで力をつけたものといえば……なるほど。いけそうではある、か」

 

 中部提督が保有している戦力の名簿を確認し、中でも高い練度を誇っているものをピックアップ。そのステータスを確認した中部提督は一度シミュレーションしてみる。

 ヲ級改のように改装が出来るかどうか。一度ヲ級改へと改装した経験があるので、その応用をすればいいのだが、失敗すれば一つの戦力を失う事になりかねない。

 だが、失敗を恐れては成功例を生み出すことなどできはしない。

 ヲ級改や霧島という成功例が生まれたのも、失敗を恐れずに実行に移したからだ。ここで躊躇する意味はない。戦力を増やすために、ただただ前へと進むのみ。

 

「赤城。この二人を呼んで」

「御意」

 

 そうして呼び出されたのはル級とリ級だった。当然ながらどちらもフラグシップであり、中部提督を前にして膝をつく。

 モニターにはヲ級改のデータが表示されており、二人に振り返った中部提督は「これより改装を行う」と告げる。

 

「この先の戦力増強を図るための改装だよ。君達の能力ならば恐らく問題なく改装出来ると思われるが、失敗する可能性もある。ま、僕としては失敗する気はないけれどね、一応言っておくだけさ」

「――――」

「うん、そう言ってくれると信じていたよ。では早速とりかかろうか。そこにどうぞ」

 

 二つの席へと示し、ル級とリ級がそこに着く。機械から伸びたチューブなどが二人と接続され、最後にメットのようなものが頭部に装着される。モニターには二人の体調やステータスなどが表示され、その数値を確認しながら中部提督は作業に取り掛かっていく。

 戦いによって鍛えられた高まった力をもとに、更なる力を発揮できるように調整。深海棲艦としての力を高め、より大きな力を溜められるようにする。同時により強い装備を得ても問題のないような体へと成長させる。そうするにつれ、纏うオーラはより色合いを深めていく。

 順調だ。自分の計算に過ちはない。

 ヲ級改と同じ道をこの二人は歩めるだろう。

 そう期待しながら作業を進めていると、「提督」とヲ級改が声をかけてくる。

 

「どうした?」

「通信、入ッタ。南西、カラ……」

「南西? ふむ、いいよ。開いて」

 

 作業をしながら指示すると、端末を操作して画面を投影させる。それは中部提督のそばへと移動し、そこにはフードをかぶった骸が映っていた。ぼうっとあまり光を発さない虚ろな緑の瞳を表す光がじっと中部提督を見据えている。

 

「やあ、南西。輸送ありがとう。おかげで戦力補充が出来たよ」

「それは、何より。が、今回は、その旨の話ではない」

「ではどうしたんだい?」

「我、終わりを迎える。その報告だ」

「…………なるほど。リンガを遊ばせすぎたせいかな?」

 

 コンソールを叩く手が止まり、中部提督は南西提督を見つめる。

 終わりを迎える、それはつまり南西提督は切り捨てられるということになる。深海棲艦や深海提督を作り出した何かによって、処分されるのだ。

 南西提督の担当はフィリピンやマレーシアを含んだ海域だ。そこには日本から派遣された瀬川が在籍するリンガ泊地がある。しかも最近はタウイタウイやブルネイに、新たな拠点を作るための作業が始められようとしている。

 リンガ泊地へ一人でやってきた瀬川。ある程度の戦力を与えられた上での着任だったが、以降は自らの戦力でずっと守ってきた。そんな瀬川を潰すのは容易なはずだったが、南西提督は積極的に潰さなかった。

 他の深海提督へと輸送を行って支援することを主にしてきたのである。

 資源は大事だ。海底に沈む資源をもとに生まれる深海棲艦もいる。南西提督は今回の輸送のようにそんな資源や素材を各提督に輸送し、戦力増強の支援を行っていたのだ。いわゆる後方支援タイプの提督といえる。

 もちろん戦闘もこなすがそれを第一に行ってはいなかった。だから少し前の大島のドイツへの遠征の際、リンガの艦隊が護衛をしていた一件でも南西提督はスルーした。

 帰還の際も同様だった。それが最後のチャンスだったのかもしれない。

 

「君の後任は決まっているのかい?」

「知らぬ。我はただ、終わるのみ。しばらくは、印度が兼任。その後は、何も」

「そうか。しかしいずれはこうなるってわかっていたんじゃあないのかい? リンガを遊ばせすぎたってのは僕でも何となくは理解していたけれど。少しはまともに相手してやってもよかったんじゃないかい?」

「それを口にするか? 主も、我と同じ。ならば、理解しよう? 我の行動は、我が決める。誰に否定されようと、ただ進む」

 

 中部提督も戦うよりは何かを作る、研究するほうが性に合っている。だからアメリカを相手にする際は最低限の戦力だけ出し、ほとんどは新たな深海棲艦の構想を練っていた。

 今もそれは変わらない。基地型のデータなどをとるためだけの戦いをしようとしている。

 それが彼の進もうとしている道である。

 

「我は、支援する。その道を最期まで進むのみ。それで終わるのだ。悔いなど、ない」

「そうか。他の奴らが理解せずとも、僕は君の考えを否定はしないし、理解するよ。南西、今までありがとう」

 

 通信を終え、中部提督は一息つく。

 南西提督が消える。その光景は見ることはないが、終わりを告げられたのだ。消える事は揺るがないだろう。

 深海提督を生み出したのだ。消すこともその気になれば可能に違いない。

 相変わらずその正体は想像もつかないが、深海棲艦や艦娘と同じく人ならざるナニカなのは間違いない。自分もかの存在の思惑で消される可能性はある。

 だが、次に消されるのは少なくとも自分ではないだろう。自分よりも消されかねない候補はいると中部提督は考えていた。

 南方提督である。

 彼は敗北に敗北を重ね、さらに新型を露呈してしまうだけでなく喪ってしまっている。そこまでやってしまうと、さすがにそろそろ何か成果を上げないと彼も消されかねない。だからといってこちらから何かをしてあげる気はない。そうなったらそれまでだ、と中部提督は考えていた。

 

「――提督」

 

 さて、作業を続けるか、と思ったところでヲ級改が声をかけてきた。今度は何だろう? と肩越しに振り返ると、彼女は少し真面目な表情を浮かべていた。

 

「南西ハ、ドウシテ、ヤリ方ヲ変エナカッタ……?」

「……ふむ、気になるのかい?」

「死ヌトワカッテイテ、続ケテイタ、ト……?」

「そうだね。あれは最期まで自分が決めた道を進んだだけ。いずれ消されると理解していながらね」

「……深海提督ハ、深海勢力ノタメニ……動ク存在」

「そう。だからその点においては揺るがない。後方支援もまた大事なもの。あれはそうすることで我らの勢力のために動く人形で在り続けた。でも、完全な人形ではなかった。だから最近までずっと輸送を主にし続けたんだ」

 

 基本的に深海勢力に意志や感情はほぼない。深海提督も元は人間ではあるが、感情は乏しい。深海棲艦を生み出し、ある程度の指示を出して行動するだけ。

 しかしそうして時を過ごすうちに人としての感情が蘇るか、負の感情に突き動かされる。前者が中部提督であり、後者が南方提督といえよう。

 そうして意志が生まれれば、深海提督としての行動パターンがそれぞれ決まる。中部提督は深海棲艦の研究を優先し、南西提督は輸送支援を優先した。南方提督は自分のプライドのために戦果を挙げようと躍起になっている、といったところか。

 

「意志ハ……感情ハ、私タチニトッテ、不要? ソレトモ、必要?」

「僕的には必要だと考えているよ。意志なきものに力は生まれない」

 

 ル級とリ級の調整を進めながら中部提督は答える。

 

「確かに何も考えず、ただ命令に従うだけの存在というのも何らかの強みはある。こちらの意志に忠実に従ってくれる安定した戦力。感情がないから力の増幅も低下もない。そして、成長もない。ただただ安定した存在。……だから、つまらない」

「ツマラナイ……」

「そんなものより、感情を有していた方が面白みがある。そして戦力としても期待を持てる。感情から、意志から生まれる力が時に凄まじい力を発揮する。それが敵を倒す力にもなるし、生き延びる力にもなる」

 

 中部提督は振り返り、そっとヲ級改の胸を叩いた。

 

「赤城、そうだな……何か強い想いを持てそうなものって浮かぶかい?」

「…………ワカラナイ」

「敵を倒したい。生きたい。そういった想いさ」

「……私ハ、提督ノタメニ……戦ウ。デモ、ソレダケジャア……ダメナ、気ガシテキタ」

「なるほど。それが、君の成長だ。心が、感情があるから悩み、迷いが生まれる。でもその思考が、自分に足りないものとかを埋めようとする。それが成長だと僕は考える。赤城、君は今このとき成長しつつある。自分で考えようとしているからこそ言えるんだよ」

「…………」

「大いに悩むといい。そして、そこから生まれるものを否定しないように。君とは長い付き合いだ。そんな君がさらに成長しようとしている。僕はそれが嬉しい」

 

 肩に優しく手を置いて微笑を浮かべる。

 しかしヲ級改はまだ少し困惑したような表情を浮かべている。自分の中に生まれようとしているものについてまだ悩んでいた。

 彼女は中部提督の艦隊の中でも古株。まだ初期の深海棲艦として生まれているため、感情はほとんどない。人の言語を話せるほどにまで変化しているが、まだ姫級らのように感情の振れ幅が大きくはない。

 それに中部提督はこう考えている。

 感情がないものはひたすら安定しているし、自主的な成長もそんなにしない。外からの影響で成長する。どういうことかといえば、ロボットのように火力も装甲も自分からではなく、誰かの手によって成長させられるものだと考えているのだ。

 そうすることでしか心なきものは基本的な成長はない。自分から変化しようとする心がないために能力が停滞する。故に誰かの手が加えられることで変化が生まれるのだ。

 しかし心あるもの、意志あるものは自主的な成長がある。誰かの手による成長もあるが、自分で変化することが出来る。心無いものと違って安定していないが、だからこそ面白い。これが中部提督の持論だった。

 

「……さあ、成功かな」

 

 改装作業が終わり、メットが外れる。チューブも外れていき、ル級とリ級は静かに瞳を開けていく。金色の瞳がそこにあるが、ヲ級改と同じく左目からは青い燐光が放たれている。

 これがル級改フラグシップとリ級改フラグシップと呼ばれる個体となる。

 ステータス面では変化はまだない。あくまでも内包する力の枠を増強させ、見た目の変化をつけただけだ。装備している主砲や魚雷発射管、装甲に変化はない。

 

「これによって君達も更なる高みに昇ることが出来るようになった。兵装についてはこれから調整していくことになるよ。その目安のため、軽く演習をしてみようか」

 

 中部艦隊に所属している深海棲艦のメンバーは結構多くいる。現在海上で動いている深海棲艦を除き、ここに残っているメンツの中から演習メンバーを選定していく。もちろん海中での演習ではなく、ちゃんと海上に上がって行う。

 この演習の成果を見て改装による変化を記録し、どのように装備をいじるか、能力の向上はいかほどのものかを見るのだ。その結果を踏まえて、正式に深海棲艦の改として記録する。

 とはいえまだ正式に改として深海棲艦が共有しているネットワークにあげるつもりはない。ヲ級改にしてもまだ同様だ。レ級の件では南方提督にデータをよこせと脅迫まがいのことをしたが、あれはレ級を人間側に知られたからよこせと言ったまでのこと。

 ヲ級改は未だに知られていない秘匿情報だ。正式な実戦をこのヲ級改は経験していない。艦娘との戦闘記録をとってから他の深海提督と共有する予定である。それはル級改とリ級改も同様のつもりだ。

 

「この子達で演習を。他の奴らには知られないように頼むよ」

「御意」

 

 ヲ級改に連れていかれる様子を見送り、中部提督は軽くメモを取る。

 榛名改、古鷹改と記入し、暫定のステータスを記録、と端末に入力していった。これがル級改とリ級改のこちら側の名ということになるのだろう。本格的な能力設定はこれからという形となる。

 それに、彼女達を改装して終わりではない。

 レ級が暴走しないようにするための調整や、霧島の調整に新たな戦艦棲姫の用意。まだやるべきことはある。

 

「そういえば南西から届けられたものって他にもあったな……」

 

 戦艦棲姫を作るための素材の他にも色々持ってきてくれた。恐らく自分が消える事が分かっていたため、最後のサービスのつもりだったのだろう。

 持ってきてくれた資材や素材を少し確認してみる。

 多くの燃料や鋼材がずらり。沈んだ残骸もいくつか届けてくれている。巡洋艦に戦艦、そして潜水艦らしきものもある。これらから今までの深海棲艦を新たに補充する手があるし、新しい装備を作る手もある。

 ふと、あの黒猫が一鳴きして近づいてきた。その黒猫を抱きかかえ、肩に乗せてやると甘えるようにすり寄ってくる。

 

「……兵装も何か考えるか。そういえば艦娘の兵装も新しいのを構築していたか……」

 

 この間入手した呉鎮守府の情報から、艦娘達の兵装に新たなものが加わっていることを把握している。それに合わせてこちら側も深海棲艦だけでなく、兵装にも手を入れるべきか、と思案する。

 

「新しい兵装を作るにしても、何から作るかな。お前は何がいいと思う?」

 

 と何気なく黒猫に問いかけるが、黒猫はわかっているのかわかっていないのかよくわからない返事をするだけだった。

 きたる時に備え、中部提督もまた手を抜かずに作業を進めていく。求めるデータを充実させるために。

 




まるゆが釣れません。

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