呉鎮守府より   作:流星彗

75 / 170
演習

 

 

 その演習は、経験の差が物を言うものだった。

 

 大湊の一水戦の戦い方は、アカデミーで教えられている戦い方とは違っていた。

 単縦陣などの基本的な陣形に囚われず、各々が独立して動いていた。まるで深海棲艦のように、それぞれがそれぞれの標的を相手にする。

 最初こそ基本的な戦いをしていたのだが、ある程度呉の一水戦の実力を確認した事で、自分たちのやり方を見せてやろうとでも言うかのように戦術を変えた。

 

「では改めて散るにゃ」

 

 右手を挙げれば多摩が先頭だったものがそれぞれ左右に散り、まるで鶴翼の陣のように左右から包囲しようとする動き。

 挟まれる、と感じた神通は北上達へと左右に魚雷を放ち、砲撃しつつ抜けるように指示した。そして自分は先頭にいる多摩へと突撃を仕掛ける。

 北上は夕立と響を連れ、左へ抜けようとした。放たれた魚雷は木曾と電へと接近する。近づいてくる魚雷に木曾は臆さず、余裕を持って間をすり抜けて回避する。飛来する弾に対しては、驚くべき手段で防御した。

 

「ふっ、ぬるいなあ。それでは俺を止められねえ。道を拓く。電、抜けていけ!」

「了解なのです」

 

 その木曾は改二を適応させていた。マントをなびかせ、佩いている軍刀を抜き放つと、飛来してくる演習弾を次々と斬り払い、あるいは受け流していくではないか。

 後ろに続いてくる電にも、木曾自身にも命中弾はなく、全くの無傷状態で初撃を凌いだ木曾。次弾装填の合間に、電が木曾を抜いて前に出ると、魚雷を次々と発射させる。

 そして木曾自身もまた雷巡と化したことで高まった雷撃能力を生かし、放たれる演習用の魚雷の数。両者の位置はたった数秒で魚雷が到達できるところまで接近していたのだ。

 砲撃を軍刀で捌かれる、という驚きの方法を見たことで隙が出来てしまった北上達。

 はっとした時にはもう遅い。

 魚雷が到達し、三人は魚雷命中判定によって戦闘不能となった。

 

「こんなんで終わりか――ぁ?」

 

 拍子抜けだ、と言わんばかりの表情で首を振る木曾に飛来してきた一本の魚雷。空を切るように直進してきたそれが、木曾の胸に中る。

 それは魚雷が命中する前に北上が投擲したものだった。え? と疑問に感じている木曾に「木曾、撃沈」というアナウンスが流れる。

 

「ふっふっふ、こちとらただではやられない北上様なのだよ。残念だったね~木曾ぉ。相討ちってことで、一つよろしくぅ」

「な、ぐ……ふ、ふふ……やってくれるじゃあないか、呉の北上姉さん……。ということで、俺も終わりだ。電、後は任せた」

「任されたのです」

 

 肩を竦めながら仕方がなさそうに微笑を浮かべ、生き残っている電に後を託す。敬礼した電は他の仲間の方へ航行していった。

 そんな様子を見ていた凪は冷や汗をかきながら問いかけざるを得なかった。

 木曾が見せたあれは何だったのか、と。

 

「改二になったことで木曾は軍刀を手にしました。木曾だけではありません。天龍、龍田、叢雲と艦としての艤装だけでなく、人が使うような武器も艤装として手にしています。砲や魚雷だけではない武装に意味を持たせただけですよ」

「それがあの剣術、ですか」

 

 よもや艦娘にそれを仕込むなど考えもしない。

 艦娘の戦い方は砲撃、雷撃、航空戦だけという固定概念を壊した光景だった。

 神通が見せたあの魚雷の使い方も、大まかに言えば雷撃の一種でしかない。ただ海に放ち、敵へと攻撃するだけではなく、その手から苦無のように投擲して敵の体へと命中させる。

 魚雷も爆弾の一種だ。その威力は艦娘の武装となっても決して低いものではない。

 艦爆から放たれる爆弾のように、足元だけでなく体に命中させることが出来れば、多大なダメージを与えるのは間違いない。

 だからこそ神通は水面下からだけでなく、海上においても砲撃だけではない攻撃手段の確立を目指した。これが出来れば砲撃能力が低い駆逐艦であったとしても、一発で敵に致命傷を与える可能性が生まれるのだ。

 難点としては基本的に一発しか撃てない事。手に持ち、狙いを定めて投げつけるのだから仕方がない。また投擲力が低ければ射程距離が短いという点も挙げられる。普通に雷撃した方が、射程距離が長いのだ。

 なのでこれをするのは敵に対して思いもよらない攻撃として放つのが基本となる。あとは敵が自分に向かって接近しようとしていた際に、カウンターとして放つ方法だろうか。

 なんにせよ、この攻撃手段は艦娘が人型だからこそ出来る事。

 艦と違い、手足が存在するからこそ、武器を投げる事が出来る。それを生かして神通が確立した攻撃手段。

 

 だが宮下はそれをも超えた。

 手足が存在するのだから、普通に人が積み重ねた武術も行使できるはずだ、と。

 その佩いた軍刀を飾り物にさせないために、剣術を教え、飛来する砲弾を受け流す技術を身に着けさせた。

 ただ剣や薙刀を振るうだけなら天龍や龍田もやっていた。

 先のソロモン海戦でも、夕立が天龍から借りた剣を戦艦棲姫相手に振るったことだってある。でもそこに真っ当な技術なんて存在しない。ただ斬り、突いただけのもの。木曾が見せたような洗練された技術はなかったのだ。

 誰が考えるだろうか。

 人の武器の扱いを高めようなんて。そうするくらいなら砲撃や雷撃の技術を磨けばいいのだから。

 

 一方、綾波と雪風が相手にしていたのは雷と子日、荒潮だった。二対三という状況ではあるが、二人は何とか三人に喰らいついている。

 必要以上に接近せず、砲撃を主に仕掛け、時折雷撃をするという形で撃沈されずに戦いを続行させていた。

 

「あらあら、案外粘るのね~。そろそろ、終わってくれないかしら?」

「数の有利をひっくり返す隙を、そちらも晒してはくれないようですが……!」

「そりゃあ、子日達だって、落とされたくはないもん」

 

 三方向から二人を狩るべく前進してくる。雷は肩から、荒潮は右手から砲撃するが、子日はと言えば両手に主砲そのものをはめ込んでいる。他の艦娘には見られない主砲の装備の仕方らしい。反動が直に腕を伝わるだろうが、気にした風もなく子日は次々と砲撃を仕掛けてくる。

 そんな攻撃を避けるため、雪風は煙幕を焚く。綾波と共に白煙の中に身を隠すが、当然子日達も警戒する。

 広がっていく煙から目を離さず、いつ攻撃が来てもいいように備える。

 その中で雪風は魚雷発射に力を注ぐ。

 水雷の華、雷撃。

 訓練用といえども、通常の雷撃だけでなく、渾身の一撃も適用される。

 通常よりも遥かに早いスピードで放たれる魚雷。それが煙幕の中から突然現れるのだ。例え気づけたとしても、魚雷は認識よりも早く自分に向かってくる。息を呑む間もなく、子日に直撃する魚雷。それが致命傷となり、子日は撃沈判定を受けた。

 

「あうぅ……今のは無理だよぉ……。雷ちゃん、荒潮ちゃん、あとは任せた」

「任せなさい! 仇くらい、さくっととってあげるんだから!」

 

 そう意気込む雷を煙の中から見つめる綾波。

 もう少しすれば煙幕が消える。その前にもう一人討ち取りたい。ふんす、と意気込んでいる雷が狙い目だろうか、と静かに距離を縮めていく。一発魚雷を放ち、そのまま加速。

 煙幕の中から飛来してくる魚雷に気づき、雷がそれを避けるべく動く。そこを突くように素早く煙幕から脱し、回り込みつつ砲撃。

 気づいた雷が応戦してくるが、その航行ルートを予測し、残った魚雷を一斉に発射。だがそれは雷も同様だった。お互いの魚雷が交差し、しかしそれらを撃ち落さんと機銃を斉射。

 命中判定を受けた魚雷が停止していく中、一発の魚雷が雷に命中する。当たり所が悪かったのか、それによって撃沈判定を受けた雷。よし、と思わず表情が綻ぶ綾波の背後から、高速で接近する影が一つ。

 その水を切る音に気付いた綾波が振り返る間もなく、その更に背後をとっていくそれは、静かに、確実に綾波の後頭部へと砲を突きつけつつ、綾波にぶつかる勢いのまま押し倒した。

 

「――討ち取ったのです」

「ぇ、ぇえ……!?」

 

 冷たい海に顔を押し付けられている、という事以上に、いつの間に電がそこまで来ていたのか。そしてどうして押し倒されているのか、という驚きが勝ってしまい、変な声が出てしまった。

 疑いようもない詰みに、綾波も撃沈判定を受ける。

 

「ま、マジですか綾波ちゃん……。ってか、今いったい何が?」

 

 少しずつ薄れていく煙幕の中から雪風が呆然としたように呟く。電といえば木曾と共に向こうに行っていたはずだが、と確認してみれば、向こうの戦いは終わっていたことを今更ながら知る。

 煙の向こうから荒潮が雪風の影を確認したのだろう。微笑を浮かべて「そこねぇ?」と主砲を向けてきた。電も綾波から離れ、荒潮と挟み込むようにして位置をとりつつ、主砲を構えた。

 

「むむむ……まずいですねえ。でも、そう簡単には落ちませんよぉ!」

 

 雪風にも意地というものがある。不利だとしても、最後まで抵抗し、喰らいついてやるのだ、という気概を見せつけてやった。

 

 

 そして一水戦旗艦、多摩もまた神通を相手に余裕を見せていた。

 

 放たれた砲撃を涼しい顔をして回避していく。しかも最低限の動きで、海上を滑り、体を反らして弾を回避しているのだ。前進、後退、旋回と小さな動きを刻むようにして動く様はまるで踊っているかのよう。

 気のせいかタ、タン、とステップを刻んで海に波紋を作り上げる余裕すら見えている。

 左肩の上に展開されている主砲。それは元々多摩が艦娘として構築された際に持っていた14cm単装砲だ。踊るように避ける合間に照準を合わせ、神通へと砲撃を仕掛けている。

 それだけではない。与えられた別の主砲である20.3cm(3号)連装砲を両手に顕現させ、砲撃を加えていくのだ。

 対抗するように神通も15.5三連装砲を手に砲撃するが、命中弾は多摩の方が多かった。

 神通の回避能力は決して低いわけではない。日々の訓練の中で機動力は磨かれている。

 だがそれ以上に多摩の命中力が高かった。

 純粋に中てるだけではない。どのようにして中てるのか、という技術も多摩には存在していた。

 相手がどのように避けるのか、どのようにして中てる場所へと誘導させるか。

 その調整をしつつ、本命の弾をぶち込む。

 神通もその技術を磨いてきたつもりではあったが、多摩の方がその練度がより上回っているという証だった。

 だからといって大人しく敗北するほど神通も軟ではなかった。

 接近して命中率を高めるために急加速。それは多摩からしても命中率がより高まるという事でもあるが、そのリスクを恐れていては勝利を手にする事は出来ない。

 ほう? と言う風な表情を浮かべた多摩はそれに乗る。

 お互い接近しながら砲撃し、飛来してくる弾を掻い潜っていく。だが距離が近づいてくるにつれて被弾しはじめる。命中するたびに服に着色料が付着していくが、その数は多摩より神通の方が多い。

 被弾はしているが、撃沈判定はない。これくらいで終わるほど耐久力がないわけでもないし、お互いの火力的にもまだ余裕はある。しかし数を積み重ねればそうはいかない。このままでは神通が負ける。

 逆転の一手を打つために、至近距離からの魚雷を撃つ。

 腰に装備している発射管を動かしつつ、右手にも一本、いや二本持つ。少々きついために命中率に難があるだろうが、距離が近ければ問題ない。

 

「諦めてはいないようだにゃ? その意気や良し。では、これはどうかにゃ?」

 

 主砲を撃ちながら左右に素早くステップを刻む。右手、左手と構えた主砲を前に出しながら牽制しつつ、飛来してくる砲弾を躱していく。右に行くのか、左に行くのか、と揺さぶりをかけ、一撃必殺の威力を持つ魚雷の発射を躊躇させる作戦か。

 一撃の重みは主砲より上回るが、その分次発装填時間がかかるのが難点だ。外すわけにはいかない。

 ならばより距離を詰めるまでだ。

 腰を低くし、急加速の構えをとる。

 力を溜めれば足を中心として強い波紋が連続して刻まれていく。そうして溜めた力を解き放ち、多摩へと急接近。そうして手にした魚雷を放つのだ。

 

「――残念にゃ」

 

 刹那、多摩の姿が消えた。

 息を呑みながら何が起こったのか、と視線を動かす。

 一瞬困惑して思考が止まったが、すぐに頭を回す。この一瞬の隙を突かれれば終わるのだから。

 水面を見れば、多摩が作ったと思われる航跡が見えた。それは弧を描いて神通の側面に向かうように作られている。

 そっちか、と主砲を航跡が向かった先へと向ける。

 ここまでで数秒。普通ならば理解出来ずに硬直するだろうに、神通はその数秒で反応し、動いた。

 反応できたのは前例があったからだ。

 そう、呉の夕立である。ラバウルとの合同演習でも見せていたドリフトによる急カーブの動き。夕立の場合は無理なドリフトをかけてしまったために、制御できずに盛大にスリップしてしまった。だがこの多摩ならば出来るのではないか、と推測した。

 この航跡の意味を考えるならば、多摩は目にも止まらぬ速さでドリフトし、回り込んでいるんじゃないかと思ったのだ。

 それは当たっていた。しかし航跡は、側面に回り込むだけでは終わらなかった。更に弧を描いて、神通のすぐ後ろにまで回り込んでいた。

 続けて音が聞こえてくる。滑るように水を切る音だ。

 

「見事なもんにゃ。初見で予測し、動けるだけでも神通の練度の高さを感じられるにゃ」

 

 体勢を低くしている多摩が視界の端に映りこむ。ブレーキをかけるように手を水面につけているのだが、多摩の主砲は肩の上に存在している。手に持つ主砲はなくとも、多摩は砲撃できるのだ。

 容赦のない砲撃が神通の背中に浴びせられる。防御も何もない。背後からの砲撃に歯噛みし、神通は何とか振り返って多摩に反撃の魚雷を投げつける。

 一本は砲撃によって撃ち落とされた判定となったが、もう一本は多摩の足元に着弾。これにより大きく耐久を削ったという判定が下された。

 だがそれ以上に無防備な神通に仕掛けられた砲撃のダメージが存在していた。

 苦い表情を浮かべながら、神通は眼前にいる多摩を見つめる。その体には多くの直撃判定を示す着色料が付着している。かといって痛みがないわけではない。威力を押さえているとはいえ直撃すればそれなりに痛い。

 多摩もまた着色料があるが、神通ほど多くはない。

 そして何より表情に余裕がまだ存在していた。

 

「勝負ありかにゃ?」

「……そう、ですね。お見事です」

「いいや、そちらも大したもんだにゃ。この多摩にこれだけ命中弾をやってのけたんだからにゃ。誇っていいにゃ」

 

 軽く着色料を示しながら首を傾げる多摩。その背後では大湊の一水戦の艦娘達がおつかれ、と言葉を掛け合いながら埠頭へと向かっていく。どうやら荒潮と電は問題なく雪風を落としたらしく、雪風は悔しそうに膝をついていた。

 演習を見守っていた凪も腕を組みながら今の戦いを思い返していた。

 練度に差があるとわかっていたが、これほどとは……と唸らざるを得ない。深海棲艦の姫級を相手にし、勝利を収めてきたことで多少は自信がついてもいいだろうと思ってはいた。

 事実、それは神通たちにとっても自分を奮い立たせるに値する戦果と言えるものだった。それに加え、弾着観測射撃という新たな戦術も習得している。これに関しては神通だけが使えるものではあったが、その訓練においても更に練度を高める要因にはなっていたのだ。

 しかし、それでも届かない。

 

「なかなか育っているようですね。大したものです。わたしとしましてはもう少し早く決着がつくものと考えていましたが、存外粘ったようで。よく鍛えられているものと判断しますよ」

「それはどうも。うちの娘達は喰らいついたら仕留めねば気が済まない性質が多くて」

「結構なことです。そのしぶとさが、時にあなたの艦娘達を生かし、多くの戦果を挙げるでしょう。同時に引き際を弁えない愚かさも生み出しますが、その辺りは教育の仕方に出るとだけ言っておきましょう」

「覚えておきますよ。そちらの一水戦も、なかなか特徴のある戦い方を身に着けているようですが」

「艦と違い、あれらは人型ですからね。ならば、人らしい技術も覚えておくものではないかと考えた結果です。それに深海棲艦も昔はただの獣でしかなかった面がありましたから。まさに、喰らいついてくる所とか、ね」

 

 それは今も時折見られる攻撃方法だ。

 海中から飛び出し、艦娘達へと噛みつきにかかる駆逐級の深海棲艦。そうして奇襲を仕掛けて足止めを行い、遠距離から戦艦などが砲撃を当ててくる、という連携をとってくるのが見かけられる。

 だがそれは近年になって確認されはじめたものであり、初期の深海棲艦らは海藤迅や宮下が言っているように獣でしかない。連携なんてものはなく、思うが儘に行動しているだけ。

 

「それに最近の北方の深海棲艦、どうも人臭いんですよね」

「……? どういう意味です?」

「昔は獣のようでした。少し前は人に近づいてはいたけれど、それでもどこか人外の要素が多く、亡霊のような印象を抱かせていました。でも、北方のそれは亡霊から少しずつ脱却しつつあるように思えます」

 

 その言葉に凪も少し思い返してみる。

 深海棲艦も変化しつつある、というのは最近話題に挙がっている内容だ。恐らく北方だけではないのだろう。

 姫級の登場という大きな変化もそうだが、人語を解し、その立ち振る舞いもまた亡霊ではなく人のような印象を感じさせるものだ。だがその内面から発せられるのは強い恨みと悲しみ、怒りという亡霊、怨霊のようなものである。

 宮下が言うのは姫級だけではなく、通常の深海棲艦の個体らにも変化がみられる、ということなのだろうか。

 

「ただ砲撃、雷撃するだけでなく、突撃して殴りかかってくるとか、そういう行動が見られ始めたんですよ。例を挙げるならばリ級の右手の艤装、あれを盾にしたり殴打武器として使用してきたり、のように。ですので、わたしの方も新たなやり方というのを模索し、これに至ったわけです」

「そういうの、聞いていませんが……」

「調べてみたら北方だけでしたので、わたし達が気を付けていればいいと思ったもので。それに、その行動が見られ始めたのはたしか、去年の秋あたりでしたでしょうか。まだ最近ですよ」

「それでも、情報は共有すべきだと考えます」

「ふむ、でしたらそちらが持っている情報を提供出来ますか?」

 

 その返しに、出来る、とは口に出来なかった。

 深海提督の情報である。

 それに大和が元深海棲艦である、という事も公になっていない。当の大和は次はいよいよ私の出番か、とウキウキしている。

 そんな大和を横目で見る宮下。細まった目が、何かを見通すかのような色を見せているのは気のせいではないらしい。

 

「……色が、違いますね。あの大和」

「色、ですか?」

「ええ、こう見えてわたし、神社生まれですので。一説に挙がっている『艦娘は和魂(にぎみたま)、深海棲艦は荒魂(あらみたま)』というのを信じている性質なのですよ。何故かと言えば、わたしは魂の色が何となく視えるのです。一種の霊感ですね。ところがあの大和」

 

 と、長門と何かを話している大和を指さしつつ、「和魂の色の中にぼやけたように荒魂の色が視えるのです」と、はっきりと言った。

 

「他の艦娘達は和魂の色しか視えません。深海棲艦もまた荒魂の色しか視えません。あの大和のように二つの色が存在するというのは初めてのことです。はて、これはいったいどういうことなのでしょう?」

「…………」

「艦娘が深海棲艦の力か何かを取り込んだのか、あるいは深海棲艦が艦娘に転じたのか。どちらにせよ、なかなか興味深いものを持っているようですね。あれについて、何か言うことは?」

「……機密事項です」

「なるほど。ではそれ以上は突っ込まないでおきましょう。わたしも言いふらすような真似は致しません。我が神に誓いましょう。ですが、わたしもまた持っている情報は伝えないでおきましょう。それでいいですね?」

 

 それに言いふらすような誰かがいるわけでもないですし、と微笑を浮かべながら呟き、話を打ち切ってくる。そしてぱんぱん、と手を叩くと、暖をとっていた主力部隊が立ち上がる。

 いよいよ主力部隊同士がぶつかり合う事になる。始まるのか、と不敵な笑みを浮かべる大和を窘める長門。そんな彼女達を少し不安な眼差しで見守る。

 先ほどの一水戦の演習での力の差もそうだが、よもや非現実的な要素で大和の秘密に突っ込んでくる人が現れるなど想像もしていなかった。

 表情に出るくらいには動揺していただろう。となれば彼女の挙げたものに対する無言の肯定ととられたに違いない。

 でもそれを広めるつもりはないようだ。

 確かに彼女の交友範囲は狭いらしいので、話す相手はいない。それに加えて、神にも誓うと口にしている。神社の生まれだけあって、彼女にとって神に誓うというのはとても大きなものではないだろうか。

 その誓いを自ら口にしたのだから、違える事はないと信じたい。

 だが公表していない大和の秘密に気づいただけでなく、黙っていてやる、という流れになったと言う事は、ある意味彼女に弱みを握られたような感じがする。妙なことにならないよな? というちょっとした不安に駆られそうだった。

 

「提督、このメンバーで問題ないか?」

 

 長門が六人を連れて確認を求める。

 いつもの主力艦隊ではなく、控えの大和を入れての演習となる今回。大和の代わりに誰かが抜ける事になる。そこにいたのは長門、山城、大和、摩耶、翔鶴、瑞鶴だった。日向が抜け、一水戦の娘らと共に暖をとっている。

 ちらりと大湊の艦娘達を確認し、「うん、それでいこうか」と是を出す。

 こちらの艦隊ならば今まで鍛えてきた新たな戦術、弾着観測射撃が試せる。まだ正式に新戦術として発表されていないので、大湊に定着していないものだ。

 向こうが他にはない戦い方を見せるならば、こっちだってやってやろうじゃあないか。

 一矢報いてみせる。

 凪だけでなく長門達もやる気にあふれていた。

 

 




イベントが始まりますね。
去年と同じく三海域のようですが、問題は中身です。

とはいえ何が来ようとやることは変わらないのです。
落ち着いてクリアしていきましょう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。