呉鎮守府より   作:流星彗

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レ級2

 頼もしい声が聞こえてくる。

 レ級も陸奥達の姿を確認し、更に頭上を飛行する艦載機の群れにどこか鬱陶しそうながらも、笑みは消さない。数の上でも戦力的にも不利だというのに、彼女は悲観しない。

 レ級の方を向きながら、名取と時雨は距離をとっていく。背を向ければそこを撃たれかねない。そのための退避方法だった。

 入れ替わるようにして陸奥が前に出ると、レ級は挨拶代わりに副砲を数発撃ち放つ。それを躱しながら「あら、随分なご挨拶ね」と涼しい顔をする。

 

「どうやらうちの子達が世話になってみたいだし、まとめて熨斗を付けて返させてもらおうかしら?」

「……? 言ッテイル意味ガワカンネエナ。難シイコト、言ワナイデクレル? デモ、オマエガ言イタイノハ、ボクヲ必ズ沈メルッテコトデイイ?」

「わかってるじゃないの」

「ナラ、素直ニソウ言イナヨ。二人沈メルダケジャア足リナインダ。モット、モット沈メナキャアイケナイ。ソノタメニボクハ作ラレタンダ」

 

 そう言いながら軽く左手で自分の頭を押さえる。

 狂気が滲み出る笑みの中に、どこか苦しげな表情が混じっているんじゃあないだろうか。あのレ級を見て、陸奥はそんな変化を感じ取った。

 

「――囁クノサ、ウルサイクライニサ。ソノ手ニ勝利ヲ、戦果ヲ……! 沈メロ、艦娘ヲ多ク沈メロッテ、眠ッテイルアイダモ、今モ……! アノ野郎ガ、ソシテ誰カガ! ボクニ! 囁イテクルンダヨォ!」

 

 カッと見開いた目には怒りが篭っていた。

 勝利、戦果、沈めること……野郎ということは恐らく南方提督のことだろう。

 陸奥達は知らない。

 南方提督が敗戦に敗戦を重ねた事で、勝利に執着している事を。そのためにレ級を作り上げたのだが、その負の感情が絶え間なく溢れる中での作業だったのだ。

 彼の体は骨とモヤだけ。魂の器である肉体がない。器がないのだから、魂から滲み出る感情をせき止める壁がない。彼の感情がレ級が作られている間も彼女に取り巻き、こびりついたのだろう。

 結果、レ級は南方提督が生み出した負の感情に影響されるだけでなく、まるで脅迫概念のように目的を囁かれることになる。

 

「アンタラヲ沈メタラ、コノ声カラ解放サレルンダロウナア……ダカラサ、沈ンデクレナイ? ボクノタメニサァ……?」

「残念だけど、お断りね。逆に私達があなたを沈めてやるわ――それで解放されるといいわ。その苦しみから」

「ハッ、ボクラガ沈ンデ解放サレルトデモ? アリ得ナイネ! 生マレタバカリノボクデモワカル! 死ハ、ボクラニトッテ解放サレルコトジャアナインダヨォ!」

 

 装填を終えた主砲から陸奥へと主砲が放たれた。それだけでなく、補給を終えた飛び魚艦爆も次々と発艦されていく。

 蒼龍達の艦載機と渡り合えるほどの数を並べた飛び魚艦爆。レ級一体だけでどれだけの飛び魚艦爆を保有しているというのか。色々馬鹿げたスペックを持っているようだが、それでも単騎でこの数を相手にするのは不利だというのは変わらないはず。

 落ち着いてダメージを積み重ね、撃破すればいい。

 

「主砲、全砲門、開け!」

 

 陸奥、長門、霧島という三人の戦艦から放たれる砲撃。数発は躱せても、一発、二発、いや三発は直撃した。艤装ではなく、人の体の方へと貫通する徹甲弾。その痛みにぎりっと歯噛みしながら、レ級は後退する。

 艤装の口から幾多の魚雷が吐き出される中、レ級は「イタイ、イタイナァ……!」と苦痛を紛らわすかのように呟いた。

 

「アンタラモ喰ラウガイイヨ……! ソラァ!」

 

 バックから回り込むように移動しつつ、副砲を斉射。そうしながら陸奥へと急加速して接近する。低速戦艦には出来ないような動き。側面に回り込まれれば主砲を旋回させるか、自分の体をそっちに向けるしかない。

 振り向くより早くレ級が主砲の装填を終えて砲撃しようとしていた刹那、レ級の側面から魚雷が飛来した。爆発を起こしたことで主砲の照準がずれ、あらぬ方へと砲撃が飛ぶ。

 魚雷を放ったのは下がったはずの名取だった。

 

「名取!? あなた、下がったんじゃあ……」

「……私達も支援します。それくらいは、させてください……!」

「何も出来ないまま下がるのは性に合わない。僕も、ここで終わるような真似は出来ないよ!」

 

 よく見れば、二人の目には小さな雫が浮いていた。下がっている間に何かあったのか? と思う間もなく、時雨と共にレ級へと奇襲を仕掛け、主砲を手に砲撃も加えている。戦艦の装甲を持つレ級にとってあまり痛くない攻撃ではあるが、再度魚雷を撃たれてはたまらない。

 

「チィ……ドレダケ邪魔ヲスレバ……! サスガニ目障リダナア!」

 

 ぐっと手を握り締めると、魚雷が構築された。それを先程名取がやったように投擲した。自分が披露した技術をいきなりやり返してくるというのか!? という驚きがあったが、神通の時と同じように反射的に主砲で魚雷を撃ち抜き、爆発させる。

 その爆風の奥からレ級が迫り、吹雪にしたように名取の首を狙って右手が迫ってきた。だが名取もそれを予測していたようだ。その手を躱し、カウンターを放つようにレ級の頬へと拳を突き入れた。

 呻き声を上げながら吹き飛び、海上を滑っていくレ級。そんなレ級の頭上から艦爆が迫る。気づくのが遅れたらしいレ級に容赦なく爆撃という追撃が刺さるかと思われたが、どこからか機銃が掃射され、艦爆は攻撃を成功させることが出来ずに墜落していった。

 

「――――!」

「……ァア?」

 

 見れば、ヲ級が保有する艦載機がレ級の後方から接近していた。次いでヲ級やル級のフラグシップが深海棲艦を率いてきている。

 レ級を回収するために南方提督出した予備戦力だ。今になって追いついてきたらしい。

 そんな事情など知らない陸奥達からすれば、レ級を助けにやってきた戦力なのだろうと判断する。

 ル級フラグシップがレ級の隣にやってくると、何かを喋りだす。しかしそれは人語ではない。恐らく深海棲艦同士が判別できる言葉なのだろう。

 

「帰レ? アソコニ? ……何ヲ言ッテイルンカナ? 帰ルワケナイデショ? ボクハネ、奴ラヲ殺ラナキャナラナインダヨ! コノ傷ノオ礼モアルシサァ! オマエタチダッテソウダロウ!? ボクラハ艦娘ヲ沈メルタメニ存在スル! ホラ、戦イナヨ!」

 

 近くに来ていた駆逐イ級を鷲掴みにすると、まるでボールを投げるかのように振りかぶって陸奥へと投げつける。突然の事だったが、イ級は口から砲門を出して陸奥へと砲撃する。

 だが今までではあり得ない流れであっても、陸奥は飛来するイ級の弾道から避けて副砲で撃ち落とした。その隙にレ級はル級の艤装の一つを奪い取り、名取へと突撃する。

 何かル級が叫んでいるようだがそれを無視する。盾のような艤装を左手に構え、ル級の砲門から名取へ砲撃を仕掛けていった。

 それを避けつつ、反撃の砲撃を与えるが、ル級の艤装を盾にしてレ級は更に接近してくる。充分に加速したレ級はその勢いのまま跳躍し、名取へと飛び膝蹴りをしかける。

 

「はぁっ!」

 

 それを躱しながら跳躍し、背中へと手刀を当てようとしたが、尻尾が鞭のようにしなって名取を弾き飛ばした。魚雷による傷があるというのに、それを気にした風もなく尻尾を振り回し、滑っていく名取へと追撃するように副砲を斉射。

 だがそれを止めるように時雨が魚雷を放ち、レ級はそれから逃れるように後退。

 そんなレ級へと追い打ちをかけるのが霧島と長門だった。主砲と副砲を織り交ぜて砲撃をしかけるも、ル級の艤装と回避行動によって被害を抑えていった。

 

「ホラ、ボサットシテンジャナイヨ。オマエタチモヤレヨ! 盾クライニハナットケヨ!」

 

 近くにいた軽巡ト級を蹴り上げて飛来してくる砲弾の盾とし、爆発が起こる。悲鳴を上げるト級を意に介さずに攻撃してきた艦娘の一人、霧島へと突撃を仕掛けた。尻尾の艤装ではなく、ル級の艤装での攻撃。

 並行してやってきたロ級を掴んでまた投げつけると、霧島がそれから避けるように横に移動する。その動きを見てから急加速し、副砲で更に逃げ道を塞いで殴りかかった。

 まともに胸に受けたその一撃。呻き声をあげる霧島に更に腹へと一発拳を突き入れ、尻尾で頭部を殴打して海面に叩きつける。離れた所にいる長門に牽制をかけるように尻尾の主砲で砲撃しつつ、ル級の艤装を霧島へと向けて副砲を浴びせかけていく。

 

「ちぃ、ふざけた動きを……!」

「コレデ三人カァ? 足リナイ、モット、モット犠牲ヲ! サア、モット暴レナヨ! デナキャ、ボクガオマエタチヲ沈メルゾ?」

 

 霧島を足蹴にしながらぎろりとル級達を睨みつける。見開いた瞳には殺意があり、本気で仲間であるはずの深海棲艦をも沈める、という意志が見えた。ご丁寧にこうしてやるぞ? と何度も霧島の体を踏みつけ、ル級の艤装を持ち主であるル級へと向けている。

 戸惑うル級だったが、やらなきゃやられると察したのだろう。味方であるはずのレ級に沈められてはたまらない。艦載機を展開しているヲ級にも指示を出し、陸奥達と交戦する構えをとった。

 

「ソレデイイ。サア、ドンドン殺ッテイコウジャナイ」

 

 一際強く霧島を踏み抜き、彼女を海中へと叩き込んで次の獲物である長門へと迫る。だが、その足を掴む手があった。

 普通の足ではない。足首から先がないという歪な足。どこか尖ったようにも見えるその足に何度も踏まれていたはずなのに、海中から霧島がレ級の足を掴んだのだ。急加速して前進しようとしたレ級だったために、勢いを殺せずに前のめりに倒れてしまった。

 

「……行かせません、よ……」

 

 口から血を流し、濡れた髪を目元に張り付けながら霧島が呟くように言った。彼女の艤装がぎちぎちと音を立てながら副砲をレ級へと向けていく中、レ級もすぐに起き上がろうとする。

 

「ハナセ……」

「離しません、よ……私とて、帝国海軍の戦艦。……金剛型四番艦、霧島……例え沈みゆく運命にあろうとも……ただで散るほど軟ではないです……」

「……ハナセェ!」

 

 尻尾が霧島へと向けられるが、しかし主砲を撃たない。それを見て霧島が不敵に笑った。

 

「撃てません、よねえ? これだけ近い距離です……撃てば、自分をも巻き込むでしょう……ふんっ!」

 

 ぐっと足を掴んでいた手でレ級を引っ張り、左手で海中からレ級の腹へと一撃当てる。そうしながら海上に出ている副砲でレ級の頭を撃ち抜いた。しかし副砲だ。戦艦級の耐久を持つレ級にとっては大きなダメージにはならない。

 が、瀕死の霧島に殴られ、砲撃までされたというのがレ級の癪に障った。

 

「フザケヤガッテェ!」

 

 レ級の拳が霧島の眼鏡もろとも顔を打ち抜いた。割れたレンズがレ級の拳を傷つけるが、その傷すら意に介さずにもう一撃、もう一撃と霧島を殴り倒す。

 そうして完全に意識が霧島に向けられているのが仇となった。

 さっきまで目標に定めていた次なる獲物が、レ級へと照準を合わせていたのだ。

 放たれた弾丸はレ級の背後から貫通。それも四発以上。長門と陸奥が放った徹甲弾だ。

 その攻撃に、吐血しながらレ級が目を見開く。ふらり、と体がぐらつき、後ろを振り返る。その過程においても攻撃の手は止まらない。

 艦爆から投下された爆弾が襲い掛かってくる。霧島が足を掴んでいるせいで避ける事すらできない攻撃に、レ級は無抵抗で受け続け、やがてその身が沈んでいく。

 

「――ハッ、タッタノ、三人……カ。残念ダ……実ニ、残念ダヨ……艦娘、ドモメ……」

「声は、聞こえなくなったのかしら?」

「イイヤァ……マダ、ウルサク響クネエ。マッタク、コレジャア眠レヤシナイ……。ダカラ、サ?」

 

 沈みながらレ級は陸奥を指さし「次ガアルナラ、マタ遊ンデモラウヨ?」と最後まで狂気に満ちた眼差しで笑みを浮かべていた。

 そんなレ級と共に霧島もまた沈んでいく。どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら「……すみません。司令に、よろしくお伝えください……」と瞑目しながら頭を下げる。

 陸奥達も沈んでいく霧島を見送る。彼女の傷はもはや治らない。引き上げたとしても、まるで深海へと落とすかのような見えない手に引っ張られるようにして沈んでいくからだ。

 見守っているのはル級達も同様だった。

 戦え、と告げたレ級はもう見えない。レ級を連れ戻しに来たのに、轟沈してしまってはその任務は果たせない。戦闘しに来たわけではないので、これ以上の戦闘に意味があるのか否か。

 今までの深海棲艦ならば、何も考えずに陸奥達を襲っただろう。

 だがこのル級達には多少の意思があった。

 任務を果たすためにレ級を説得していたという点でもそれが見られた。こういう所でも深海棲艦の変化が感じ取れる。

 

「――――」

 

 聞き取れない言葉でル級は周りの深海棲艦達に指示を出し、バックしながら潜航しはじめる。どうやら撤退を選んだようだ。

 それを見て陸奥達は攻撃しない。

 戦意がない敵を撃つ事は陸奥達の性に合わないものだった。元々ラバウル基地の方針は攻めるより守る戦いが主だった。攻めてこないならばこちらからは攻撃しない、というのが染みついているため、つい見逃してしまった。

 完全に敵が見えなくなり、気配が去っていったところで大きく息を吐いて戦闘態勢を解くと、「被害報告を……」と指示を出す。

 

 結果は、轟沈が三人。

 霧島、天龍、吹雪、というものだった。

 初春と皐月が二人を助けに行ったまでは良かったが、しかし二人の傷は深刻なものだった。何とかショートランド島まで連れていこうとしたものの、まるで深海へと連れていかれるかのように、二人の体は何度引っ張っても沈まんとしていた。

 最期は、もういいという言葉と、感謝の言葉を残し、天龍は吹雪と共に沈んでいったという。

 

 ショートランド島へと帰還し、ラバウル基地の深山へと報告する陸奥。

 三人の犠牲者が出たことに深山は深く悲しんだ。

 犠牲を出すまいと積極的に戦いを挑まず、基地に閉じこもっていた深山。凪と茂樹と共にソロモン海域奪還作戦を成功させ、更に攻める戦いを覚えたばかりだというのに、新型一人に三人がやられてしまった。

 また、心を閉ざすのか、と陸奥は不安を覚える。

 

「…………詳しい報告は帰ってからだ、むっちゃん」

「……提督?」

「……その、レ級についての情報を纏めて報告だ。そして次に出るようなことがあれば、今度は不覚を取らないようにしなければね」

「提督……あなた」

「……また、閉ざすようでは東地に何を言われるかわかったものじゃあない。それに、沈んだ三人も、そういう事は望んじゃあいないだろう。なにせ、ショートランド泊地が建設されようとしているんだ。僕が任務を放棄すれば、後に続くものがここに来ない。……そうだろう?」

「……ええ、その通りよ。提督。安心したわ」

 

 陸奥の心配は杞憂に終わったようだ。

 あの頃の深山に戻ることはない。やはりソロモン海戦の一件が彼を変えたようだ。改めて凪と茂樹に感謝する。

 同時に気を引き締める。

 今回の犠牲を無駄にしないためにも、より一層の研鑽を。深山を、そしてラバウル基地の艦娘を悲しませないためにも。

 秘書艦として固く誓うのだった。

 

 

 そしてレ級と霧島が沈んだ地点に、複数の影が入り込む。

 それらは沈んでいた二人をそっと抱き寄せ、離脱していく。何かを伝えるように言葉らしきものを発すると「……か。ご苦労。帰還……」と、ノイズが混じったような声が小さく聞こえた。

 指示に応えるように声を上げたそれは、周りの影らに指示を出し、深海を静かに移動していった。

 あとには何も残らない。

 海上で戦闘があったなど感じさせない、静かな海底だけがそこにあった。

 

 

 


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