呉鎮守府より   作:流星彗

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変化

 

 

 妖精。

 一昔ならば、どこのファンタジーな存在だと笑われるものだった。それまでの妖精のイメージと言えば、人型の小さな少女に翅を生やしたようなものが強かっただろう。金髪で尖った耳を持ち、若葉色の服を身に纏った可愛らしい少女だ。そんな彼女らが森の中で自由気ままに飛び回る。

 そんなファンタジーな世界観があっただろう。

 他の妖精のイメージといえば、去年あたりにとあるアニメに妖精が出ていただろうか。あちらもまた尖った耳を持つ小さな人であり、普通ではありえない力を持っている謎の存在だったか。

 そういう点では今現在、世界で確認されている妖精もまた同じようなものだろう。

 艦娘と同時期に確認され、艦娘の装備や工廠などの作業員として動く妖精達。言語は持っているらしいが、人間には理解できない言葉であり、艦娘とならばある程度の会話は可能。だが人間との間でもある程度は意思疎通を可能としている。

 そしてごく一部ではあるが、人型だけでなく動物型も存在していた。これもまた人型と同じく小さな存在であり、よくわからない力を持っているらしい。例を挙げるなら烈風犬や33号ウサギか。

 彼女らは艦娘と共に人類の協力者として共に深海棲艦と戦ってくれている。艦娘と同じく、まだまだ不明な点が多いのは確かだが、この戦いになくてはならない仲間として存在している。

 そう、今もなお、不明な点が多いのだ。

 どうしてそんな摩訶不思議な力を持っているのだろうか、というのが一番の謎だろう。

 艦娘に関わりのあるものならば、時間を一気に短縮して何かを作り上げてしまう。これが一番よく分からない。

 人の技術よりも発達した技術をどこで身に着けたのか、それすらもわからない。摩訶不思議な力であのような早さを生み出しているのだろうが、原理は今もなお不明。

 だがもはや今となってはそれでいいのだろう。妖精なのだから仕方がない。

 これで済ませてしまう事にし、その早さをありがたく思う事にして装備や施設を作り上げていく事となったのだ。

 

「偵察機、観測機、そして瑞雲、ねえ……。確かにかの大戦でも空からの弾着観測はありましたけど……」

 

 凪が纏めた内容を確認した淵上が、置かれている偵察機らの妖精を見下ろす。彼女らは淵上をドヤ顔で見上げており、自分達にある可能性を誇らしげにしている。

 このように人の言葉も理解しているようで、淵上も小さく頷きながら妖精達を横目で見降ろした。

 淵上は凪からの連絡を受け取り、佐世保から呉へとやってきたのだ。

 凪が考案した訓練項目を確認し、自分の艦隊でも問題なく出来るか否か、それをテストするのだ。

 一週間かけて立案した凪のプランを確認した淵上は、佐世保の戦艦や重巡達に伝えていく事にする。

 時は12月下旬、間もなくクリスマスになろうという頃合い。

 町はクリスマスシーズンに入っているが、鎮守府ではまだその空気はない。今日もまたそれぞれの訓練と遠征をこなしていく事になるのだった。

 

「言われた通り、使える艦娘ごとに偵察機とか用意してきましたけど、まずはその妖精との繋がりとやらを確認するということでいいの?」

「ああ。普段から偵察機とかを使っている娘なら、短い時間でも波長を合わせる事が出来るみたいだけど」

 

 佐世保艦隊でその短い時間においてそれを可能としたのは扶桑と最上だった。どちらも瑞雲を扱うことが出来る艦娘である。次いで波長を合わせられたのは佐世保の秘書艦である羽黒だった。

 彼女も偵察として時折発艦させることが多かったらしく、偵察機の妖精と繋がりが他の艦娘より強かったらしい。

 これにより他の鎮守府の艦娘であっても、この工程が可能であることが分かった。

 妖精と心を通わせる。

 人間よりも艦娘の方がそれは容易いだろうが、それでも第一歩は難しい。呉の艦娘達がそうだったように、佐世保の艦娘達もまた言葉では理解しても、どうすればいいのかと頭を悩ませている。

 助言をするために呉の利根や日向達がフォローに回り、コツを教えていった。

 そして一足早く妖精と繋がった三人には、長門と山城が目標に向けて弾着観測射撃が出来るか否かを確かめる。瑞雲と羽黒が放った偵察機が空を舞い、的の上空へと移動していく。

 位置についたところで三人は砲撃を行い、妖精とのやり取りを経て修正していく、という流れだ。そのやり取りの早さ、正確さを確かめていくのだ。

 その様子を埠頭から凪と淵上は見守っている。

 

「それにしても、煙幕といい弾着観測といい、新たな道を次々と思いつくものですね」

「たまたまさ。それに飛行場姫や戦艦棲姫を前にしてしまったんだ。あれらを容易に崩せる方法を模索するのは自然なことだろう?」

「それもそうですが、閃く速さには驚くものがあります。それもまた、海藤先輩の才能の一つ?」

「持ち上げすぎさ。それに、これもまた一種のゲーム脳みたいなもんだよ」

「といいますと?」

「駆逐使いの君はあまり使用する機会はないかもしれないけど、あのネトゲ、観測機を飛ばして弾着観測する砲撃もあるんだよね」

「……あー、戦艦の観測機のあれか」

 

 凪達がプレイしているあの海戦ゲームの事だ。

 砲撃する際には普通画面と、スコープで覗いたかのような拡大画面と切り替えることが出来る。その中で戦艦が観測機を発艦させるというシステムがあり、その際にはまるで観測機が見下ろしているかのような俯瞰画面になるのだ。

 こういう視点変化もゲームならではといったところか。

 きっかけは情報を求めていた際に資料室の窓から見えた艦載機、そして空母と戦艦の繋がりからの連想だろうが、かのネットゲームをプレイしていたからというのもある。根本的には煙幕の時と同じようなものだった。

 

「でもゲーム脳ならあれじゃあない? 観測機から見える、俯瞰視点? あれみたいなのを、艦娘でも見えさせるようにするくらいの波長の合わせ方を試す、とかしてみせるんじゃあないですかね」

「……ふむ?」

「なんでも空母の放った彩雲か何かで、妖精の見えているものが空母にも見えるという事例があるじゃないですか。不可能ではないでしょう? そうすれば、より目標が見え、抜きやすい場所がよりわかるから、一気にダメージを与えられる可能性が――」

「――いい意見だ。確かにそれも一つの手段として採用できる。自分の見えているものと妖精の見えているもの。どちらが上手く命中させられるかは艦娘ごとに違うだろうけど、提案するに値する意見だよ」

 

 感謝するように頭を下げ、凪は祥鳳の元へと向かっていった。淵上が話していたことを伝え、祥鳳も相槌を打ちながら頭の中でイメージしている様子。

 淵上もそれを見ながら、やはり凪は変わっているのだなと改めて実感していた。

 そんな事を思っている淵上を那珂がどこか面白そうな目で見つめている。

 

「海藤さんが気になっているのかな~?」

「……別にそういうわけじゃない」

「好きなの?」

「そっちに持っていくのはいただけないわね。そのおめでたい頭をどうにかした方がいいのかしら?」

「ぢょ、いだっ、いたいって! 顔、頭はやめてーー!?」

 

 那珂の顔にアイアンクローをかましてぎりぎりと指をくいこませていく。たまらず腕にタップをして止めようとするも、淵上はそれでも数秒は締め上げ、解放してやった。

 頭を抱える那珂にため息をつき、「アイドルが恋愛脳ってどうなの?」と呟けば、「那珂ちゃんはNGだけど、提督はいいんじゃない?」とちらりと指の隙間から見上げてくる。

 

「提督をするのもいいけど、プライベートでも女の子しないとさ。そんな風にいつも澄ました顔で過ごしていると、色々逃げて行っちゃうよ?」

「別にあたしはそういうの求めていないし、余計なお世話というもの」

「もったいない。もったいないよ~、湊ちゃん。見た目は可愛いんだから、普通の人間みたいに彼氏の一人くらい見つけなきゃ! いつ、この日々が消えてなくなっちゃうかわかんないんだしさ」

「……そうなったらそれまでよ」

 

 身内の死は知っている。提督が慢心などによって死ぬことも知っている。

 知っていながら、淵上は自分はこのままでいいと望むのだ。

 余計なものがあるから、死を恐れ、判断力が鈍る。それまでの性格もまた変化してしまう。それではいけない。

 そう、美空陽子と美空星司、そして美空香月という身内の変化を知っているからこそ、淵上湊は変わることを良しとしない。親しい人が出来てしまえば、自分もまたそれに引きずられて変わってしまうかもしれない。

 それは提督としての任務に支障が出てしまうだろう。だから彼女はそういう特定の人間を作ろうとは考えなかった。

 幸い自分はあれから他人というものを遠ざけているし、興味を抱かせるような人間にも必要以上に近づこうともしない。

 いや、目の前に確かにその候補になりそうな人物がいるが、そういう関係になろうとは考えていない。彼もまたそんな事を考えていないようなのでこれもまた幸いだ。

 

「どうかしたのかい?」

 

 祥鳳との話を終えた凪が首を傾げて淵上に問う。なんでもありません、と返す淵上なのだが、那珂が「実はですね~」と手を挙げて説明しようとする。すかさずその頭を掴んで無言で圧をかけていった。

 

「ちょ、ま、湊ちゃん……やめ……!」

「なんか凄い目ぇしとんぞ。どうどう、落ち着いて、ゆっくり指を離してやりぃな」

「あたしは落ち着いとるわ。……那珂、さっきの話は触れるな。ええか?」

「おーけーおーけー。それと湊ちゃん、素が出てきてるから……」

「…………海藤先輩に引きずられただけ」

 

 淵上の雰囲気に思わず関西弁が出てしまう凪であり、そして淵上もまた関西弁が出てしまった。那珂を睨む凄味のある眼差しも完全に消えておらず、那珂の言う通り素がじわじわと出てきているようだった。

 

「ま、でもええんじゃねえか? こうして素を出してくれた方が気楽やろ? ほれ、どんどん方言出してこやないの」

「あぁ? こうして関西弁同士で喋ってたらあれでしょ? この言葉の響きのガラの悪さが目立つんじゃないですか。いいんですかそれで? 空気わるくなるのでは?」

「なんやそんなん気にしとるんかい。出身地びいきじゃないから言うけど、そんなん今更やろ。でも方言ってのはね、これはこれで味があるってやつや。それに、こうしてすらすら喋れてるのはいいことじゃあないかい?」

「……あんたもアカデミーに入学してから方言やめた口ちゃうんかい」

「そりゃあね。もろ関西人ってのを出す気はなかったし、そもそもあの頃は人と関わろうともしなかったし。でも今でもそうやけど、茂樹の前ではちょっとだけは出しとったよ。だから君ほど方言をやめてはいない」

「でも提督としては出しとらんやろ」

「まあなあ。艦娘で方言喋るとしたら龍驤や黒潮ぐらいなもんやし、標準語の方が意思疎通はしやすそうやから、使ってないだけではある。……金剛は、あれはキャラやろ?」

「あたしに訊くなや。うちにおるけど、そんなん面と向かって訊けるかいな」

 

 そんな風に関西弁で話をしていると、何となく気になってくるものらしい。数人の艦娘がなんだなんだと二人の方へと振り返っていた。

 それに引きずられただけ、という割にはもう完全に関西弁で話している淵上。少し不機嫌なのは隠しきれていないが、それでも相手しているだけ彼女も優しい。それを近くで見ている那珂としては、面白い光景だ、と思うと同時に、さっき話題にしていた彼氏候補がやっぱり凪ではないかと強く感じ取る。

 

(いつも見せない表情をこんなにも。やっぱり、素を出せる相手って必要だよ。湊ちゃん)

 

 まだ関西弁で言い合いを続ける二人を眺めながらそんな事を思う。

 普段の淵上と違い、そこにいる彼女には感情が、表情が生き生きとしているように思える。それは凪も同様であり、普段以上に活気がある。

 着任する以前よりはマシになっているが、凪もまたどこかで感情を抑えながら過ごしているようなものだ。女性が苦手だったはずなのに、艦娘ではなく人間の女性相手にこんな風に話せるのは意外だ。

 彼からすれば淵上というのは苦手そうな人だというのに、やはり同郷の人間だからだろうか。

 そう考えると、那珂としてはやはりこの二人はお似合いなのではないかと考えてしまうのだ。

 とはいえそんな事を口にする気は今はなくなっている。二度も痛い目にあえば、余計なことは言わないように気を付けるというものだった。

 

 

「――出来た。ふふ、私でも出来たぞ……! これが、次世代の種か……!」

 

 南方提督の眼前に、眠るように瞳を閉じている少女が座っている。

 白いショートカットをした小柄な少女だ。衣装は着ていないので裸だが、深海棲艦としての「種」ならば、子供の姿というのも頷ける。以前中部提督が見せてくれた空母の種とされる存在も、まだ子供の姿だったのだから。

 傍らには彼女が使用するであろう艤装が鎮座しているが、まだ完成には至っていない。駆逐艦のような頭部をもった艤装から、蛇のような長い胴体が伸びているのがポイントだろうか。

 

「くっくくく……あとは艦載機の発艦機能だ。そしてこれらを一つにする……! そうすれば、私はあれらと違い、量産型としてこの兵器を生み出せたのだと証明できる! そうすれば、私を認めてくれるはずだ!」

 

 泊地棲姫や南方棲戦姫のように砲撃、雷撃、航空戦力、これらを搭載した深海棲艦。鬼や姫ではなく、イ級らのような量産型にこれらの機能を持たせた存在。

 南方提督が目指した新たなる深海棲艦。彼曰く、第二世代の深海棲艦の第一歩をこの少女が刻むのだ。

 それ故に今までの鬼や姫のような明確な艦の元となるものは存在しない。量産型のように様々な艦の残骸やパーツを寄せ集め、作り上げられた存在なのだから、彼女に名前はない。

 名もなき彼女の小さな双肩には、南方提督の承認欲求を凝縮した願望が乗せられている。

 自分ならば出来る。

 これを完成すれば認めてもらえる。

 前回の失敗を帳消しにするような成果を挙げなければならない。

 様々な思いが小さな彼女に背負わされているのだ。

 

「くくくく……楽しみだ、実に楽しみだよ。目覚めた君がどんな成果を見せてくれるんだろう。どれだけの力を振るうのだろう。……いや、落ち着け。ここまで上手くいったんだ。失敗は許されない。しっかりと調整して詰めていかなければね……ふふふふ」

「――キヒ」

「――ん?」

 

 今、南方提督に合わせて小さな笑い声が漏れてきたような?

 首を傾げる南方提督はじっと目の前にいる少女を見つめるのだが、動いていない。まだ完成していないのだからしっかりとした意識は宿っていないはずだ。

 気のせいなのだろう。

 そう思う事にして、南方提督は作業を続けていくのだった。

 

 


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