呉鎮守府より   作:流星彗

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宴会2

 

 思えば、こうして並んで食事をするというのはあの日以来だ、と凪は思う。

 そもそも淵上と顔を合わせる機会というものそんなにないので、そういう事はあまり気にする事でもないかもしれない。

 だが、同年代のしかも女性と一緒に食べるというのは、凪自身はそんなに経験はない。艦娘がいるではないか、というだろうが、彼女達は見た目こそ若い少女のものだが、あくまでも彼女達は「艦娘」だ。

 「人間」でいえば、淵上が凪にとって一緒に食事をした異性というのは家族以外では初めてである。

 

「……それで? 何か用ですか?」

「いやー用があるって程でもないんだけどね。せっかくの宴会だし、こうしてぼっちで食べずに一緒にどうかな? とちょっと思った次第でね」

「そうですか。お気遣いありがとうございます。ですが、お構いなく。一人で静かに食べるというのはあたしにとってはよくあることですので」

「アカデミー時代でも?」

「ええ。知ってるでしょう? あたし、他人というものが苦手なんですから。それにあの頃はうるさい輩が群がってくるものですからね。苦手を通り越して嫌いになってますんで」

「あぁー……そういえばそうだったっけ」

 

 東地と一緒に、アタックして玉砕していく学生を遠巻きに見ていたのを思い出す。

 興味など全くない、という風にばっさばっさと告白してきた学生らを切り捨て、そして何も言わずに、振り返りもせずに立ち去っていく。本当に恋愛というものに対して何の思いも抱いていない、という雰囲気だった。

 しかしふと疑問がある。

 

「なんだって彼らは性懲りもなく君に告白し続けたんだろうね?」

「……それをあたしに訊きますか。あたし自身も知ったことじゃあないですよ。……でも、あえて挙げるとするならば、何となくはこれじゃあないかというのはあることはあります」

「というと?」

「まずアカデミーの中でも女というものは少数。その中でもあたしは、まあ成績はトップだったことと、見てくれは良かったんでしょうね」

「そうだね。君は可愛らしいく、それでいて美人系でもありそうだ」

「別におだてる必要はないです。そしてもう一つ。伯母様が着実に名を上げていたために、姪であるあたしとくっつき、淵上と美空の家とも繋がろうとした可能性も否定できません」

「ああ、あの頃の美空大将殿は中将だったっけ……。って、名を上げる? 美空の家って……」

「おや? ご存じない? 美空の家は別に海軍の中では名家というものでもないですよ。美空の格を上げたのは、伯母様の影響です」

 

 そうなのか? という風な表情をすると、「本当に人に対して興味を持たないのね」とやれやれという風に肩をすくめている。

 

「すまんね。人に、それも海軍の上の人らとはあまり関わり合いになりたかなかったんでね」

「……あんたの気持ちもわからなくもない。父親の件でしょ? 少しばかりは理解しているつもりよ。……そうね、伯母様の事だけど、上層部はあの人を作業員上がりと揶揄している。でも、その言葉は間違ってはいない。何故なら美空の家は、元々は整備系の家系であり、決して中将だとか大将だとかを務めるような人材を輩出する家ではなかったの」

「整備系というと、装備や艦などに携わる?」

「そう。一昔はそれだけだった。でも今は違う。艦娘を作り上げ、調整する役割も担うのが第三課の任務に加わっている。そして伯母様は丁度その才能を発揮する機会に恵まれた」

 

 美空陽子という人物はある意味運命の巡りあわせで成り上がった人物と言えよう。

 妖精を理解し、艦娘がどのようにして生れ落ちるかを理解し、それだけでなく艦娘というものに対して向き合い、どうすれば彼女達を強くさせるのか。それらを踏まえて彼女は着実に成果を挙げていった。

 気づけば彼女はその数年のうちに人を纏める立場へと出世し、それには留まらずに次々と有力な日本の艦娘を海軍にもたらした。少なかった艦娘も今では百を超える。

 そして今では改二という要素も追加された。これもまた美空大将の調整あっての事である。

 そこまで説明されれば凪も理解できる。

 確かにそれだけの成果を挙げたならば、美空陽子は急速に立場を上げるだけでなく、美空という家の格も上がるな、と。そしてエリート家系にとっては、彼女はまさしく一代で成り上がった人物であり、彼女の家系や立場から「作業員上がり」と揶揄したくなるのもわかる。

 

「……年配の輩には疎ましくても、それ以外の奴らにとっては、美空という家はまだまだ伸びそうな家ってわけか」

「そうですね。そして伯母様の子供は男二人であり、女はいない。だから姪であるあたしに近づこうとしたわけですよ。本当に、めんどくさい」

「長男は――」

 

 もう亡くなっている、と口に出そうになったのを慌てて止めた。だが淵上は何となく察したようで「セージさんですか? 気にすることはないですよ」と何てことない風に流しつつ、紅茶を口に含む。

 

美空星司(みそらせいじ)。彼は何といいますか、伯母様と似たような才能は持っていましたが、伯母様と違って高望みはしない感じでしたね」

「というと、普通の作業員?」

「ええ。伯母様は国を守るために艦娘を作り、戦力を整え、更にどうすればより強い力をつけられるか、と探求しました。でもセージさんは与えられた事を淡々と進める性質で、それ以上でもそれ以下でもない。人との間に波風を立てず、静かに過ごすことを望む人でした。……そういう意味では、海藤先輩によく似ていますか」

 

 その美空星司という人は母親である美空大将の成り上がりがなければ、お坊ちゃんでもなんでもなく、普通の人物として過ごしていた青年だったのかもしれない。

 粛々と学生時代を過ごし、アカデミーを卒業した後は第三課に所属し、普通に作業員として過ごしていた。

 だが、彼は亡くなってしまった。

 護衛船に整備員として乗船して戦場へと出た彼は、他の乗員らと共に海に散ったのだ。

 

「でも、セージさんは少し目ざといところや、頭がまわるところがありましたっけ」

「そうなのかい?」

「普段は静かな人ではあったんですが、何らかの異常があった際にはすぐに目をつけ、どうすれば直るのか、解決へと導くにはどうすればいいのか。そういう判断力はありました。……あと、なんか妙な趣味はありましたね」

「……妙な趣味?」

「ええ、なんというか、愛でるんですよね。組みあがっていく機械だとか、作品を。可愛らしいだろう? って自慢してきたり、この光沢とか、起動音とかどうだい? って説明してきたり。機械オタクって、そういうとこあるんですか?」

「………………さあ? どうだろうね?」

 

 自分や夕張の事を棚に上げて凪は素知らぬ顔をしてみせた。

 凪自身は愛でるとかそういうのはしないが、熱中はする。あれらをいじっていると時間を忘れてしまうっていう意味では機械オタクかもしれない。夕張は――何も言うまい。彼女は彼女でいいところはいっぱいあるのだ。

 あんな可愛らしい娘がよからぬ表情を浮かべたり、妙な事を口走りながら作業をする、なんてことはあまり外部に漏らさない方がいいだろう。世の中には知らない方がいいことだってあるんだから。

 

「その美空星司さんのこと、嫌いではなかったんだね?」

「……従兄ですからね。身内を嫌うってことはないですよ。変なところはありましたけど、普段は至って普通の男だったような気がします」

 

 そう語る彼女はやっぱり淡々としている。悲しみを引きずらない性質なのだろうか。

 美空大将もあまり引きずらないようにしていたのだから、それに合わせているのかもしれない。ならばこれ以上話題にするのは避けておくことにする。

 

「そ、そういやこうして君とゆっくり話す機会ってあんまりなかったよね……?」

「……話題変えるの下手ですね。さすが人付き合いが苦手なだけあります」

「……人嫌いに指摘されてはたまらんね。そんな君だってこうして付き合ってくれるんだ。俺に対しては多少は心が開いて――」

「――別にそういうわけじゃあないですから。せっかくの宴会ということもありますし、断って鎮守府同士の付き合いに亀裂を入れるわけにもいかないので、付き合ってあげてるだけです」

「つれないねえ」

「あんたもわざわざあたしに時間を浪費する事もないでしょう。お友達の相手をしたらどうです? あんまり顔を合わせる機会ってないんでしょう? 行ってあげたら?」

「いや、あいつはあいつで飲み交わしているみたいだし。ほら、あそこ」

 

 見れば離れた席で東地と深山が肩を並べて料理を食べ、酒を飲んでいる。というより東地が一方的に深山に絡んでいるような気がしないでもない。あっちはあっちでよろしくやっているのだからそっとしておこう。

 淵上もやれやれという風な表情を浮かべ「あたしに付き合っているのってあれですか?」とグラスを揺らす。

 

「伯母様から頼まれているからでしょう?」

 

 確かに淵上の事は美空大将からよろしく頼まれている。姪が心配だという伯母心もあるのは間違いない。それ以外の思惑も絡んでいるような気がしないでもないが、凪も淵上もその意図はほとんどない。

 

「全くないというわけではないね。でも、それだけではないさ。鎮守府としてはご近所さん、アカデミーで見たら1年後輩。多少は話せるんだから今回だけでなく、これからも組むことになるかもしれないんだから、提督同士仲良くしようって思うのは自然なことだろう?」

「その自然なことをアカデミー時代ではやらない人だったというのに。変わるもんですね」

「人は変わるってのを自分の身で感じたよ。この半年で。というより、たぶんこの半年こそ俺の人生の中でかなりの濃密さを感じている。艦娘達の間で影響を与え合って成長しているように、俺もまたその渦の中にいることを実感しているよ」

 

 人は誰かと繋がり、誰かと共に過ごすことで変わり、成長する。よくある話だが、今まで凪もそして深山も人と関わることを避けていた。

 ラバウル基地に閉じこもっていた深山もまた今回の作戦で世界が開けた。変わらねばならないと自覚し、と成長したのだ。

 そしてこれからも変わり続けるだろう、成長し続けるだろう。そうして前に進んでいき、深海棲艦との戦いに勝利するのだ。もちろん自分達だけで勝利するつもりはない。勝利するための戦力の一つとして恥じない高い練度を身に着ける。それが最終的な目標だ。

 

「君もこれからどうなるかわからないよ?」

「あんた達のように変わると?」

「恐らく美空大将殿も、そういう意味でも期待しているかもしれない。何となく、あの人は身内には少し甘いかもしれないと感じている」

 

 姪の事を凪に頼むくらいだ。東京のホテルでも何かとそそのかしてきたし、佐世保就任時にも様子を見てくれないかと頼んできたのだ。ただ心配、というだけではないだろう、と感じられる。

 凪の言葉に淵上も小さく頷いた。

 

「……そう、かもしれないわね。あんたにも……うん、そうね」

「ん?」

「さっきは何となく口にしてしまったけど、たぶん、そうかもしれない」

「何がだい?」

「――みんなー! 楽しんでるかなー!?」

 

 それを口にしようとした淵上の言葉を掻き消すように、遠くでマイクを通じた那珂の声が響き渡った。なんだなんだ? と会場のみんなの視線がそちらに向くと、即席ステージの上に那珂が立ち、会場を見回して「これから、それぞれ名乗りを上げた子達によるステージが始まるよー!」と叫んだ。

 宴会ならではの出し物というのか。司会をしているのが艦娘のアイドルを自称する那珂というのも合いすぎている。ってことはまさか? と呉一水戦の姿を探してみると、いない。あ、またやるの? と凪は苦笑が浮かんでしまった。

 

「……で、何か言いそうだったけど」

「いえ、なんでも。特に気にすることでもないので」

 

 ステージで「まずは那珂ちゃんの歌を聴けーッ!」と歌いだす那珂を横目に、中断された淵上の話を聞こうと思ったが、かぶりを振って淵上は話を打ち切った。

 ふむ、と凪もそれ以上は聞かないことにする。

 給仕の手伝いをしている夕張がカートを押して近づいてきた。そこには空の皿ではなく、いくつかの料理が載せられた皿が並んでいる。「なにか取ります?」と小首を傾げる中、「いただこうかな。淵上さんはどうする?」と振る。

 彼女も頷いて料理を選ぶ中、先程言いかけた言葉を心の中で反芻する。

 

(伯母様はあんたにセージさんを重ねているのかもしれませんよ。色々と、似ている部分がありますから。だから多少は気にかけ、そして目をかけているんでしょうね)

 

 趣味、考え方、性格……いくつかの共通点は確かにあった。見た目は全然似ていないのは当然だが、中身はよくよく考えれば似ているかもしれない、と淵上自身も感じ取れるものだった。

 星司は提督にはならなかったが、凪は美空大将が引き抜いて据えた事で提督となった。これはある意味、星司がなれなかった提督という立場を凪に代わりに与えたのかもしれない。そんな事を姪である自分がこんな場で口にするものではない。

 それくらいは淵上もわきまえている。

 

(でも、能力がなければいくら似ていようとも提督として据えることは出来ない。そこはあんた自身の力があってこそ。……そして、着実に結果を出し続けている)

 

 力がなければただの贔屓としか思われないが、凪自身も就任後から結果を出している。だからこそ何も言われることはなく、今もなお呉提督を続けられるのだ。

 淵上もそこは認めるしかない。4位卒業をしながら作業員へと自ら進んで身を落とし、埋もれた人材を引き上げた海藤凪。何を考えているのだ、と凪に対してだけでなく美空大将にも思い、あの日淵上は美空大将を問うたのだ。

 呉鎮守府配属命令が行われたあの日、凪とすれ違って部屋へと入った淵上。

 彼女の問いに、美空大将はこう答えた。

 

「あれはな、危機を感じ取る力がある」

「危機?」

「面倒事、いざこざ、そして艦娘に訪れる危機。何でもいい。自分に害があることに対して、妙に勘が冴える事があるようだ。それは一つの才能といえよう?」

「……オカルトを信じるのですか?」

「おや? かの大戦の艦の記憶を持つ艦娘に、艦の亡霊である深海棲艦が存在する今現在において、オカルトを否定するのかしら? 妖精すらもいるのに?」

「……失礼しました、美空大将殿。しかし、それでも……第六感ですか? そういうものはどうにも信じられませんよ」

「では、あなたもこの先、見届けなさいな。海藤凪の行く末を。私は合同演習の時、見えたわ。隠されていようとも、積み重ねたものは隠し切れないもの。あれはあの男の息子だ。仕込まれた技術、そこから生まれる感性。それがこの先どう育つのか。私はそれに期待をしているのよ」

 

 美空大将の見い出した人材はその期待に応えた。淵上もそれを認めねばならない。

 泊地棲姫に対しては釣り上げてからの奇襲で仕留め、南方棲戦姫に関しては越智提督の艦隊の危機を察知し、援軍を早急に送り込んだという。

 今回のソロモン海戦では深山、東地の危機に駆けつけるという形になった。今回は羅針盤の狂いによって起こったものだが、これは強力な深海棲艦による力の影響によるものではないかと推測される現象。故に深海棲艦の力によって結果的にそういう事になったのだろうが、もしかすると凪の持ちうる運命力によって良い結果に転がったとも取れる。

 そこまでいくと淵上の言い放った「オカルト」が増々強みを増す。しかし切り抜けられたのはそのオカルトではなく、彼らが鍛えた艦娘の力によるおかげだ。実力がなければ救助もままならないし、討伐も成功する事も出来ない。これに関しては凪達の腕によるものだと認めねばならない。

 でも、淵上は完全に認められない。

 美空大将が本当に星司と重ねて凪を見ているならば、凪ならではの力をもっと見なければ。それに美空大将の語った凪の才能。危機を回避する力というのは確かに良さそうな力ではある。

 だが、それはこう捉えられる。

 

(艦娘を喪う機会を失っているとも言える。もし、いつか艦娘が轟沈した場合、それが強く楔となって心に突き刺さる。そこから立ち直れるか否か。……それもまた、提督にとっても必要な力とも言えるのだけど、海藤凪……その日が来たらどうするのかしら)

 

 ちらりと横目で凪を見ながら淵上はその小さな危惧をした。

 艦娘の轟沈は避ける努力は出来るが、戦場では何が起こるかわからない。一気に艦娘を落とすだけの力を持つ深海棲艦が現れたらどうするのか。

 それに前回も今回も救援に向かうことが出来る距離だったからこそ出来た事。もしそれが出来ない場所で誰かが、仮に東地が危機に陥っていた場合などは、助けの手を伸ばすことは出来ないのだ。

 

(いけない。あたしの悪い癖か。そういうもしもの事ばかり考えてしまう。こういう場には似合わない)

 

 それに自分ではなく凪の心配をするなど、それもまたらしくない、と淵上は首を振る。

 今日は宴会なのだから、こういう事は後に考えればいい。それに宴会だからなのか酒が入ったからなのか、少し喋りすぎた。まさか星司の事をここまで話すなんて自分でも思わなかった。

 反省反省、と落ち着くために紅茶を飲んでいると、那珂の曲が終わったようで拍手が鳴り響く。

 

「はーい、みんなー、聴いてくれてありがとー! 次は呉の子達による演劇だよー!」

「やっぱりやるのか……」

「……どうしました? なんだか微妙な表情ですけど」

「やー……うん、なんだか宴会やるたびに恒例になってきてるみたいでね、うちの一水戦らのあれ。今回は何をやるのか、とちょっと心配さ」

 

 ふむ? と淵上がステージの方を見ると、出てきたのは一水戦の艦娘ではなく、利根だ。

 前回のあれと同じ出で立ちをしている。付け髭をゆらし、悪役らしいマントをなびかせる様はやはり妙に様になっている。ステージの上ではなく、客席に降りながら「ふっふっふ……」と不敵な笑みを浮かべている。

 

「今宵も良い香りじゃ。何とも美味そうなものが並んでおる。しかもなんじゃなんじゃ~、ベッピンな娘もおるではないか。のぉ? お主」

「ぅええ!? わ、私ぃ!? ちょ、聞いて――」

「聞く聞いてないの話ではないわ。この吾輩、利根丸が目をつけるだけの良さがお主にはあるんじゃ。ほら、こっちに来るんじゃ!」

 

 カートを押して給仕の手伝いをしていた夕張に目を付けた利根が、ずるずるとステージへと引きずり上げていく。あの反応、本当に何も聞いていなかったらしい。元呉二水戦のメンバーという繋がりで連れて行ったんだろうか、あるいは近くを通りかかったせいか。

 何はともあれ、今まで裏方として彼女達を手伝っていたのに、突然ステージで被害者役をやるとは、すごい躍進じゃないか夕張。と、とりあえずその格上げを祝福した。

 あれ? そういえばナガト・ナガトはどうした? と探してみると、まだ大和と一緒にいた。なるほど、ここ最近大和と一緒にいるから練習が出来なかったのかな? と推察する。

 

「ふっふっふ……見れば見るほどなんとも美しい娘よのう。よし、お主は今日から吾輩の側室にしてやろうぞ」

「そ、側室ぅ!?」

「嬉しかろう? 吾輩のものになれば、いくらでも美味いものが食えるし、いいものが着られる。何もかもが思うが儘じゃ。ふっはっはははは!」

「それじゃあ、いくらでも装備開発や改修――じゃなかった、ぇえ!? そんな! いやー!! 誰か助けてーー!!」

 

 ちょっと待て、と思う間もなく、一瞬利根が乗るな阿呆! と言いたげな眼差しで睨み、夕張がちょっと棒読み気味に助けを呼ぶ。となれば、当然彼女らがやってくる流れなのだろう。

 

「まてぇーーーーい!!」

「むむ、何奴!?」

 

 会場に響き渡る勇ましい声。

 お決まりの流れだが、前回のステージを見ている呉とトラックの艦娘が大盛り上がり。初めて見る佐世保とラバウルもそういう出し物なのだな? と各々気づき始めたようで、期待の眼差しで一同は声が聞こえた方へと見やった。

 

「敵は全て喰い散らかす! 真なるソロモンの狂犬! デストロイヤー・レッド!」

「自由にボケを繰り広げる。蘇りし不死鳥! デストロイヤー・ホワイト」

 

 ん?

 流れがおかしいな? と凪と一部の人が首を傾げる。

 だがまだ名乗りは続いていく。

 

「大人しさの中に眠れる獣。ソロモンの黒豹! デストロイヤー・レッド!」

「それは幸運か、はたまた不幸か!? 不沈(しずま)海狸(ビーバー)! デストロイヤー・ホワイト!」

 

 この四人で終わりかと思いきや、四人の前に新たなる一人が舞い降りた。

 四人と同じくヒーローの衣装に身を包み、赤いマフラーを揺らすその人物は――

 

「――立ちはだかる敵はみな殲滅(デストロイ)。華の二水戦。デストロイヤー・レッド」

「――ぶっ……!?」

 

 な、なにしてんですか!? と思わず紅茶を吹き出してしまった。

 いないなーと思ったら、まさか君まで参戦していたのか!? いつの間に!? と、凪は困惑してしまう。

 だがニチアサの戦隊といったら五人だ。北上は……めんどい、という理由で参戦しないだろうが、彼女ならば頼み込めばやってくれるかもしれない。

 呉一水戦旗艦、神通。まさかの参戦であった。

 

「我ら呉鎮守府戦隊! ファイブディーズ!!」

 

 神通を中心として名乗りを上げ終わると同時に、背後で勢いよく爆発が繰り広げる中で決めポーズ。見事な戦隊登場シーンだ。

 色々ツッコミどころがあるが。

 

「さあ! 早く逃げるっぽい!」

「あ、ありがとうー」

 

 夕立が観客席を示して夕張を逃がす中、利根は茫然とした顔で夕立ら……ファイブディーズを見つめる。さて、あれは演技なのか、あるいは素なのか。少し見守ってみる事にしよう。

 

「ぁー……うん、うん? おかしいぞ?」

 

 利根が少し顔に手を当てながら唸りだす。首を傾げ、悩める表情を浮かべると「お主ら、なんじゃって?」と問いかけると、「ファイブディーズ」と響が淡々と答えた。

 いやいや、と肩を竦めながら両手を広げて首を振ると、

 

「ファイブディーズじゃないぞ。お主、何色?」

「デストロイヤー・ホワイト」

 

 と響がポーズを決めると、夕立がすかさず「五人揃って!」と叫び、流れるように全員で「ファイブディーズ!!」とポーズを決めた。また爆発が起こるのだが、大淀さん? ちょっと奮発しすぎじゃないですか? と裏方の方を見てみる。

 

「待てや! 待て、待つんじゃ! な、何? お主、何?」

「デストロイヤー・ホワイト」

「お主は?」

「デストロイヤー・ホワイトです」

「おかしいぞ! なんで白が二人もおるんじゃ?」

 

 あ、なるほど。今回はそういう流れなのね? と凪も納得し始めた。

 無言だった綾波がそっと「デストロイヤー・レッド」と名乗りながらポーズすると、「うん、お主はそうじゃな? で?」と神通に視線を移すと、彼女は静かにポーズを決める。

 

「……デストロイヤー・レッド」

「お主は?」

「デストロイヤー・レッド! 五人揃って!」

「ファイブディーズ!!」

「ちがーーーーう!! おかしいじゃろ! なんでそうなるんじゃ!? なんで赤が三人で白が二人なんじゃ? というかなんでその二色……歌合戦か!?」

 

 もうすぐ年末だしなー、と凪は心の中でツッコミに参加する。

 すると雪風が「あのぉー」と小さく手を挙げる。「なんじゃ?」と利根が雪風を見ると、

 

「雪風達はそのー、色とかそういうんじゃないです」

「いや、色じゃろ。戦隊は」

「ひとりひとりの個性ってのを見てもらいたいです」

 

 うんうん、と雪風の隣で綾波と響が頷いている。だが、それでは利根のツッコミは止まらない。

 

「そんなもんわからんじゃろ。ちびっこは見た目じゃろ」

「それはー、努力で何とかなりますよ。それに見た目は同じ赤かもしれないですけど、綾波ちゃんはとっても優しくて、とってもいい子です!」

 

 雪風のフォローに響はうんうんと何度も頷いている。「とってもいいお話もあるんですが――」と話し続けようとする雪風だったが「それはどうでもええぞ」とばっさりと利根は切り捨てた。

 

「見た目の事を吾輩は言っとるんじゃ。お主ら、自分でおかしいと思わんのか? お主以外で、何で赤が二人も……」

 

 と、綾波から神通、夕立へと指先が動き、視線はじっと神通を見据える。

 しばらくその視線を受け止めていた神通だったが、ぽつりと言葉を漏らした。

 

「…………姉さんと同じこと言ってますね」

「そりゃあお主の姉さんが正しいぞ。しかもお主、デストロイヤー……駆逐艦じゃなくて、軽巡じゃろ? なんでそこにおるんじゃ? それにファイブディーズの『ディー』ってあれじゃろ? デストロイヤーの『D』じゃろ? お主のせいでそれも成立せんぞ?」

「流れでそうなりました。それに、敵は全て殲滅(デストロイ)するので、問題ないですよね?」

「う、うーーーむ……じゃが、自分と同じ色がいるっていうのは、色が目立つ戦隊としては成立せんじゃろ……」

「んー、そこで中身を見て判断してほしいっぽい」

「いや、だから中身なんて――」

「五人揃って、ファイブディーズ!!」

 

 ご丁寧に挟み込んでくる最大の名乗りと爆発。

 大淀さん、ちょっと張り切っているんじゃないですかね? と少し心配になってくる。

 

「待て、待て待てまてまて……待つんじゃ。だから成立してないと……」

 

 いよいよもって利根もツッコミに疲れてきたのか頭を抱えて天を仰ぎ始めた。凪も凪で爆発に使われる資材に頭を抱えたくなってくるのである。

 観客もヒーローショーではなくショートコントとして認識しているのか、あちこちで笑いが出てきている。

 

「私、教官もしていますよ」

「いや、それはプロフィールに関わることじゃろ。見た目ではわからんぞ」

「むーー……じゃあいいよ」

「え?」

「あたし、やめるっぽい!」

「いや、やめるって!? 吾輩のせいでそうなったっぽい流れはなんじゃ!?」

 

 その返しに利根が慌てだすと、うーん、と考え込んでいた雪風がはい! と手を挙げる。

 

「じゃあ、雪風が青やります!」

「む? おお、それはいいんじゃないかの」

 

 うんうん、と初めて利根に笑顔が生まれた。やっと話が進むのか? と思いきや、

 

「じゃあ響も青を」

「なんでやねんッ!?」

「同じ生き残り組だからね」

「違うと言っとるじゃろう! そうじゃない! そうじゃなくて――なんで脱いどるんじゃ!?」

 

 気づけばヒーローコスチュームを脱ごうとしている夕立と神通。マフラーを取り、衣装のボタンを外しているところを慌てて利根が待ったをかけた。「え? だって、中身の話をしてたっぽい?」と首を傾げる夕立に「中身は中身でも、その中身じゃないわい!」と至極真っ当なツッコミをしかける。

 脱ぐな、と改めて念を押し、雪風へと指さすと

 

「お主は青やったらいいじゃろ。お主は……赤で、って何を食うとるんじゃ!?」

 

 綾波と指さし、次に響と指さそうとしたら、いつの間にか小皿を持って来ていた響が料理をもぐもぐと食べ始めている。話の途中じゃろ、とぺしっと軽く叩いて小皿を横へと置かせる。

 

「おかしいと言うとるんじゃ。吾輩はお主らのために言うとるんじゃぞ?」

「ってことはあれっぽい? 今日はもう戦ってくれないっぽい?」

「当たり前じゃろ。納得出来んぞ。なんで不完全な戦隊と戦わなくちゃならんのじゃ。色がしっかりしていない戦隊なんておかしいからのう。もう一回ちゃんと話し合った方がええぞ? いつも一緒におるんじゃろ?」

「えっと……、この人とは今日初めて会ったっぽい」

 

 その言葉に利根もついに吹き出した。

 この人、と示した神通を震える指先で示しながら「仲間じゃないのか、お主らは……?」と笑いを含んだ声色で問いかける。

 

「そうですね。この方々とは初対面ですね」

「そういえば前回おらなんだな? なんじゃい、初対面と組んだのかお主ら? だったら増々いかんじゃろ。もっとちゃんと……練習するとか色々やることあるじゃろう。その結果を次回、見せてもらおうかの?」

「はぁ、次回も会ってくれるっぽい?」

「こんなもん見せられたら、気になるじゃろうが。あともう一つツッコミどころあるぞ?」

「なにかな?」

「ファイブディーズって……危ないじゃろ。お主ら、戦隊なのか、ライダー……っていうか、決闘者なのか。ややこしいじゃろう」

「別にバイクと合体したりはしない」

「知ってるじゃないか!? 知っててやるんじゃない! その辺りの調整もして、次回ちゃんとした結果を吾輩に見せるんじゃ。ええの?」

 

 利根の言葉に夕立達が返事をすると、そこで解散となった。どうやらショートコントはこれで終わりらしい。

 役者がはけると、観客らは一斉に拍手をした。

 なんというか、本当に大丈夫なのか? とか、色々やばいぞ、とか、言いたいことが色々ある。だが何よりも、普通にヒーローショーで良かったんじゃないか? とつっこみたかった。

 一体何がどうなってショートコントになったんだろう。

 長門が参加できなかったからだろうか。でも川内と足柄もいるから普通に戦うだけなら問題ないだろうに。

 そういえば神通が演劇どころじゃない云々の事を話していたような? それで一旦ショートコントを挟んだ?

 どのような理由かはわからないが、それでも観客を楽しませたのは確かだ。

 続いて出てきたのはトラックの艦娘達だが、こちらは真っ当なヒーローショーだ。そういえば東地がうちにも取り入れようとか言っていたが、本当に取り入れてしまったのか。

 

「……何と言いますか。自由ですね」

「ま、プライベートにはあまり口出しはしないんでね。その辺りは緩いよ」

 

 川内が夕立の事をレッドと呼んでいたような気がするし、呼び始めていた時期にはもう下地は出来ていたのだろう。そこから神通を引き入れ、台本を用意し、ショートコントをこっそりと完成させていたとか、恐るべし。

 

「でも君のとこの那珂だって、最初っから飛ばしていたじゃないか」

「那珂はああいう性格で生まれるんですから、どこも似たようなものでしょうに」

「残念ながらうちには那珂がいないもので……。資料でしか知らないんだ」

「ああ、そうですか……」

 

 トラックの川内はヒーロー側らしい。敵役の金剛相手に殺陣を披露し、盛り上げていっている。

 口ではああ言っているが、何となく淵上も楽しんでいるように思える。ステージを見る眼差しはどこか穏やかなものだ。そんな顔も出来るんだな、とこっそり凪は思う。いつも澄ました顔をし、素っ気ない態度が多い淵上だが、それでも顔のつくりは本当に美人と言えるものだ。

 もう少し柔らかい人だったならば良かったのだろうが、残念ながら環境が彼女を硬くしてしまった。普通にアカデミー時代を青春して過ごしていれば、と考えれば非常にもったいない。

 だが今からでも取り戻せるだろう。自分がそうであるように、淵上も良い出会いをすれば変わっていけるはずだ。

 こうして相席で宴会を楽しんでいるのに、そこで自分がその相手になろう、と考えないのが凪という男であった。

 

 宴会はまだまだ続く。

 そこには笑顔が満ち溢れ、それは夜通し消えることはなかった。

 

 




あの頃は色々面白かったですね。
はっぱ隊、軟式globe……色々はっちゃけてました。


ネタを書く際の参考に某MADを見てましたが、それでも笑えるいいネタですね。

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