呉鎮守府より   作:流星彗

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飛行場姫

 その報告を、深山は苦い表情で聞いていた。

 夜戦においてなのか、あるいはこのソロモン海域が深海棲艦に新たな力を与えたのか。

 艦娘が放つ強力な一撃のようなものを、リ級フラグシップやタ級フラグシップが放ってきているという報告だ。

 凪の大淀からではない。それよりも早く、南方棲戦鬼と交戦している深山の艦娘達から聞かされたのだ。

 艦娘達がそうであるように、深海棲艦もまた時を経るにつれて新たな力を得、成長しているようだ。変わらないものなど何もない。もしこのまま放置していたとすれば、この新たな力や新たな深海棲艦を引っ提げてラバウル基地へと襲撃されていたというのか。

 果たして自分達はそれに対して完全に守りきることが出来ただろうか。

 そんな仮定の想像をしてしまう。

 

「……四水戦、帰還。三水戦、交代で出撃を。まったく、どれだけメンツを揃えているんだ、あいつらは……!」

 

 南方棲戦鬼は間もなく崩せそうではあった。

 だが、装甲空母姫、新たに援軍として出てきた南方棲鬼という大きな存在が南方棲戦鬼を護衛している。そしてリ級フラグシップ、タ級フラグシップ、ル級フラグシップなどが立ちはだかってとどめをさせずにいた。

 ソロモン海域という多くの艦が沈む場所という事もあってなのか、次々と取り巻きらが出現して数で来るのだ。これではじり貧である。

 ガダルカナル島はもうそこにあるのに、近くて遠い存在になってしまっている。

 全部出せばすぐに片がつくかもしれない。だがその瞬間を待っていたとばかりに敵が一気に指揮艦を奇襲してきた場合に備えられない。そんなハイリスクなことは、慎重すぎる深山に出来るはずのない選択だった。

 

「……一時後退する。そうして奴らを釣り、小島を盾にして隠れて反撃」

 

 全軍後退、を通達して指揮艦はゆっくりと後退を始める。指示を受け取った艦娘達も攻撃を続けながら下がり始めた。すると深海棲艦は逃げる敵を追うかのように前へと出てくる。

 深海棲艦というものは、艦娘は沈めなければならない、という本能を優先する。そのため逃げるならば追いかけてくる事が多いのだ。だからこそこういった作戦は大抵通用する。

 また深山の戦い方の基本は守りの戦いだ。

 自分から打って出る攻める戦いではなく、ラバウル基地へと近づかせないために守る戦いを主としていた。彼の性格から生まれたその戦い方をずっとしてきたので、今回のような敵を殲滅しに行く戦いが上手く出来ていないのも影響していた。

 本音を言えば支援がほしい。

 凪や淵上がこっちに来てくれれば突破は容易になるだろうが、彼らもまた足止めを受けてしまっている。ならばこのまま耐えつつ少しずつ奴らを切り崩していくしかないのだった。

 

 

「主砲、副砲、一斉射! 撃てぇ!」

 

 伊勢の号令によって夜の闇に轟音が響き渡る。扶桑率いるトラック泊地の第一水上打撃部隊、伊勢率いる第三水上打撃部隊が装甲空母姫へと大打撃を与える。装甲空母鬼は水雷戦隊が撃沈させ、取り巻きらの処理にあたっていた。

 順調そうに見えるが、こちらもまた被害があったのは否定できない。こちらにもリ級フラグシップが現れ、魚雷の強撃を放って何人かを大破追い込みしてきたのだ。追撃を防ぐことができたが、止められなければ誰かが轟沈したかもしれない状況。

 深海棲艦にとっての必殺の一撃を放つ者を足止めに配置する。これが奴らにとっての最高の防衛線と呼べるものだった。

 それでも突き進まねばならない。被害を避けることが出来なくとも、自分達はここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。バケツはまだまだある。大破すればすぐさま退避させて治療に当たらせ、代わりの者をよこすまで。

 無情ではあるが、そうでもしなければ戦線を押し上げることが出来ない。

 それにタイムリミットが迫ってきているのだ。

 日付はもう変わってしまった。夜明けになれば自分達が不利になってしまう。

 それまでに決着をつけなければならない。

 

「主砲、副砲! 一斉射撃、よぉい! ってぇー!」

 

 榛名の戦意に呼応するように、妖精達が一気に力を込める。全砲門による強撃が容赦なく装甲空母姫へと襲い掛かっていった。水雷戦隊らが装甲空母姫を足止めした中でのその攻撃は、装甲空母姫の体勢を大きく崩すには充分なダメージをたたき出す。

 扶桑らが追加の砲撃をおみまいして装甲空母姫を撃沈。これによって生き残っている深海棲艦らは指揮官を失ってしまい、じりじりと後退した後、海の中へと潜って逃げていった。

 

「提督に報告を……。被害を受けた人は無理せず入渠に向かってください……」

「一応何人かここに残っといて。逃げたふりしてまた襲ってくるかもしれないから」

 

 扶桑と伊勢の言葉に従い、艦娘達が指揮艦へと一時的に帰還していく。伊勢が扶桑へと「先に入渠してくるよ。ここは任せてもいい、扶桑?」と声をかけてきた。

 

「ええ、構わないわ……。最初から戦ってきたものね。お疲れ様、伊勢」

 

 軽く手を挙げて、伊勢達第三水上打撃部隊が帰還していく。それを見送った扶桑は、今一度ガダルカナル島の方へと視線を向けた。

 静かだった。先程までの戦闘の騒がしさが嘘のように静かな夜である。

 風は穏やかに吹いているが、どこか鉄のような匂いが混じっている。そしてざわりと不安を煽るような気配が周囲に渦巻いている。深海棲艦は去ったが、それでもこの嫌な空気は消えていない。

 そんな中で扶桑達は静かに交代の時を待った。

 

 数十分かけて全員の治療と交代を終え、東地達はいよいよガダルカナル島への接近を試みる。先陣を切るのは一水戦と二水戦、それに続くようにして第一水上打撃部隊、第二水上打撃部隊が海を往く。

 一水戦は川内、大井、島風、雷、霞、雪風。

 二水戦は長良、阿武隈、三日月、若葉、黒潮、電。

 そして第二水上打撃部隊が金剛、比叡、高雄、愛宕、吹雪、叢雲。

 サンタクルーズ諸島の島々の間を抜けるように南下していき、その後に飛行場姫に向かって西へと進む。これが予定しているルートだ。

 順調に何事もなく南下していると、闇の向こうに電探の反応が見られた。

 

「リ級ですっ!」

 

 雪風が叫び、続けてうっすらと暗い光が揺らいだように見えた時、「またあの魚雷がくるよ! 注意ッ!」と川内が叫んだ。「各自、散開! 雷撃注意!」と二水戦旗艦の長良が叫ぶと、それぞれが当たらないように注意しながら進軍する。

 やはりというべきか、リ級フラグシップは艦娘らを通すまいとあの魚雷の強撃を放ってきた。それが四つ。よく反応を見れば、リ級フラグシップだけではない。雷巡チ級エリートもあの強撃を放ってきているようだ。

 

「ここは私達に任せて、金剛さんらは先へ!」

「扶桑さんもお先にどうぞ! こいつらは長良達が抑えますから!」

 

 飛行場姫へと攻撃する役割は戦艦や重巡が望ましいだろう。一水戦や二水戦は彼女達を先へ行かせるために、このリ級らを殲滅し、攻撃させない役割だ。

 

「Sorry、気を付けてくだサーイ!」

 

 二つの水上打撃部隊がガダルカナル島を目指して更に南下。水雷戦隊と指揮艦はそのままここに待機となり、目の前にいる敵を処理する事にした。

 東地の艦隊の練度でいえば、リ級フラグシップなどを相手にするには何も問題はない。今まで見せなかった魚雷の強撃という攻撃手段はあれど、それを凌いだ後は容易に処理が出来る。

 15.5cm三連装砲二基六門の砲撃、20.3cm連装砲二基四門の砲撃、そして10cm連装高角砲二基四門の砲撃。

 両手に構えた砲による連撃で叩き込んでいくのだ。

 一年以上という経験からくる動きにより、夜戦だろうと彼女達は被害を抑えながら戦えている。何をするのかわかったならば、予兆が見えたならば、彼女達はその練度の高さによって切り抜けられる。

 しかし側面からヘ級フラグシップ率いる艦隊が現れ、指揮艦へと向かっていく。指揮艦を護衛している三水戦がその反応に気づき、放たれてくる魚雷を迎撃に向かっていった。

 指揮艦に直撃すれば目も当てられない。軍艦の名残で装甲は少し厚くしているが、当たり所が悪ければ耐えられる保証はない。指揮艦を狙う深海棲艦がいるならば、何としてでも全て撃沈しなければならない。例えその身を投げ出して魚雷を受け止めようとも。

 

「っ、くぅ……!」

 

 五十鈴が処理しきれなかった魚雷の前に飛び出した。中破で耐えたが、ふらりと海の上で膝立ちになってしまう。残った深海棲艦は他の三水戦のメンバーが処理出来たが、負傷したのは五十鈴のみ。

 旗艦を五十鈴から名取へと引き継ぎ、指揮艦へと戻って入渠させることにする。そうして負傷者はすぐさま治療に向かわせて轟沈を避ける。指揮艦の近くにいればそれが可能だ。

 しかし指揮艦から離れ、戦場へと向かっていった艦娘はそうはいかない。

 ガダルカナル島へと西進した金剛達。遠くにうっすらと島のような影が見えてきた。

 

「あれがガダルカナル島ですネ。比叡、テイトクに報告を」

「はい――――あれ?」

「どうしました?」

「通信にノイズが……これは、あの南方棲戦鬼の時と同じです、お姉様……!」

「What!? ……いえ、そうですネ。もう目的地はすぐそこ。考えられないわけではないデス」

 

 歯噛みする金剛だが、じっと目を凝らしてガダルカナル島を睨みつける。背後には扶桑達も続いている。低速戦艦であるが故に、高速戦艦である金剛率いる艦隊とは並走できないのだ。

 通信が出来なくなったという事は、現在の状況は東地達にはわからなくなる。夜戦であるが故に南方棲戦姫の時のように偵察機は飛ばせない。そのため映像越しで確認が出来なくなる。

 つまり、戦闘続行するか否かは完全に金剛達の判断に委ねられる。逃げ切れるかは保証出来ないが。

 

「――来タノネ。コノ海ニ」

 

 ふと、落ち着いたような女性の声が聞こえてきた。次いで響くは砲撃音。「回避ぃ!」と比叡が叫び、それぞれが左右に散ると、そこに弾丸が降ってきた。

 浮かび上がるは白い影。まさに白い女性と言ってもいいほどに上から下まで白い。それが深海棲艦が幽霊のような存在であることを強調しているかのようだ。

 服というものがあまり見えないのは、白いボディースーツを着ているからだろうか。肌との境目があまりわからないのだ。靴も白いショートブーツを履いているらしい。

 頭部には短い黒い角が一対あり、そのつぶらな赤い目がじっと金剛達を見据え、不敵に微笑んでいる。

 全身が白いからというべきか、その右腕には黒い義手のような装備をはめ込んでいるため、対比を生んでいる。それは右に控える魔物の口のような艤装と繋がっているのだろうか。腰元には砲門を備えた艤装があり、その更に横には飛行場の特徴である滑走路が背後から彼女を囲むように展開されている。

 

「サア、始メマショウカ? 悲鳴ヲコノ海ニ響カセテクレルカシラ? 嘆キヲ、悲シミヲ、ソシテ死ヲ以ッテシテ彩リマショウ。コノ、アイアンボトムサウンドニ……!」

 

 ざわりと白い長髪が波打つように広がると、彼女から赤いオーラが立ち上っていく。両目から赤い燐光が放たれ、呼応するように艤装の口が咆哮を上げる。それが彼女の命令なのだろう。海から次々と護衛要塞が浮かび上がり、金剛達を囲むように展開されていく。

 それだけでなくタ級フラグシップ、タ級エリートも飛行場姫を守るように出現し、砲門を展開してきた。

 

「道を切り開く。私に続け!」

「金剛さん達に攻撃させないように!」

 

 扶桑率いる第一水上打撃部隊の那智、鳥海が先陣を切り、五月雨と涼風が追従する。続いて第二水上打撃部隊の高雄、愛宕、吹雪、叢雲も護衛要塞を蹴散らすべく前へと出、それらを見送った戦艦達が三式弾を装填する。

 かつてのヘンダーソン飛行場に向けての砲撃では、三式弾を使って行い、滑走路などを破壊していったという。奴が飛行場の特徴をそのまま引き継いでいるならば、この攻撃は有効ではないだろうか、と東地達は推測した。

 三式弾は重巡も装備可能だが、今は飛行場姫を守る護衛要塞達を処理しなければならない。本来ならばこれも水雷戦隊が行う予定だったが、今は指揮艦を守るべくあそこで戦っているだろう。

 つまり今はこのメンバーで戦うしかない。

 

「魚雷装填! 蹴散らすわよ~!」

「迫る弾と魚雷にも注意を。切り抜けていきますわよ!」

 

 愛宕と高雄がタ級フラグシップへと砲撃を仕掛け、側面から迫る護衛要塞へと魚雷を放つ。吹雪と叢雲も護衛要塞へ砲撃し、タ級エリートへと魚雷を放って対抗する。

 当然敵も自身の電探による感知を駆使し、高雄達の位置を探りながら砲撃を仕掛けてくる。しかもタ級フラグシップは砲撃による強撃を仕掛けてくるのだ。砲門が暗く光り、次々と弾丸が飛来してくる。

 それらを避けていくのだが、全てを回避しきれるわけもない。吹雪と叢雲は被弾すれば一気に持っていかれるので、必死になって回避し、やり過ごす事が出来たが、高雄と愛宕は前に出ているが故に掠めたり、至近弾があったりしていた。

 だがまだ戦える。

 これくらいではまだ撤退するレベルではない。戦えるならば、撃てるならば、その時が来るまで敵を一つでも減らし続けるまでのことだ。

 

「全砲門、Fire!」

 

 金剛、比叡、扶桑、榛名による三式弾の砲撃。頭上から雨のように降り注ぐ細かな焼夷弾子が飛行場姫へと襲い掛かっていくのだ。

 

「キャァアア……!?」

 

 甲高い悲鳴だ。その顔を左腕で庇うようにしながら、じっと攻撃を耐えている。それは三式弾が効いている証であった。

 だが飛行場姫は、すぐに肩を揺らしながら静かに笑い始めた。左腕に隠れた瞳が怪しく光り、じっと自分を傷つけた金剛達を見据えている。

 ばっと左腕を薙ぎ払うと、「ソレガ、ドウシタト言ウノカシラ!?」と叫び、ぐっと左手を握りしめた。

 

「ココハ、アイアンボトムサウンド。タクサンノ鉄ガ、死ガ沈ム場所。ソレラハ全テ、私達ニトッテ力トナリウルモノ……! サア、私ニ命ヲ捧ゲナサイ!」

 

 それは姫君による命令であった。

 彼女の言葉に従うように護衛要塞達が大きく口を開けて闇に吼える。すると、赤いもやが立ち上っていき、それらが飛行場姫へと吸収されていくではないか。もやを放出し終えた護衛要塞らは力を失ったようにくたり、と動かなくなり、沈んでいくが、それと引き換えに飛行場姫の傷が癒えていく。

 

「な、命を、吸い取ったというのですか……!?」

「仲間の死を利用して、そんなの血も涙もないですよっ!?」

「ソレガ、ドウカシタトデモ……?」

 

 榛名と比叡の言葉に、飛行場姫は首を傾げる。

 何がそんなにおかしいのか、と。

 

「死ハ、悲観スルモノデハナイワ。私達ニトッテ、死ハ終ワリデハナイ。マタ、ココカラ始マルノヨ。……ソウデショウ? 船ノ死、スナワチ沈ムコトハ、私達ガ生マレル前段階デシカナイノダカラ。トハイエ、私ノ場合ハ船デハナク、コノ飛行場ダケレドネ」

 

 傷を癒す力は護衛要塞からだけではないらしい。彼女が立っている大地とも繋がっているようで、かつてのヘンダーソン飛行場に満ちる負の力も少しずつ吸収しているようだ。彼女自身がヘンダーソン飛行場の成れの果てだろうが、土地そのものが変異したわけではない。

 その土地に根付いた怨念などをくみ取り、深海棲艦として再構成したのが飛行場姫であり、ヘンダーソン飛行場の特徴をその身に宿したのだ。だがそれ故に、彼女とヘンダーソン飛行場の繋がりは強固なもの。彼女の力の大部分は、恐らくヘンダーソン飛行場周辺に溜まりに溜まった怨念だろう。

 そして、と言葉を続けながら飛行場姫は力強く左手を前に出す。艤装の砲が唸りを上げ、金剛達へと攻撃を仕掛けながら彼女は再び戦場に呼び戻すのだ。自分を守り、自分の傷を癒す兵達を。

 

「ドレダケ死ノウトモ、私達ハ終ワラナイノヨ。舞イ戻レ、我ガ僕達」

 

 沈んだ護衛要塞達とは別の場所から、新たな護衛要塞が浮かんでくる。戦いにも治療にも使える存在として、奴らを利用しているというのか。この、多くの鉄が沈んだ場所、という特徴を生かした深海棲艦の力。

 それは、短期決戦を仕掛けてきた東地達からすれば、頭を抱えたくなる現実だった。

 まずい、と金剛が東地に指示を仰ごうとするが、通信が使えなくなっていることを思い出す。

 

「助ケヲ求メルツモリ? 無駄ナコトヨ。助ケナンテ来ルコトハナイ。ドウヤラアレハ、私ヲドウシテモ落トシタクハナイヨウデネ。念入リニ各所ニ守リ手ヲ配置シタヨウヨ。……貴女達ノオ仲間ハソレニ引ッカカッテイルヨウネ。シバラクハ、ココニ新手ガ来ルコトハナイ。……ソノ間ニ、貴女達ノ悲鳴ヲ聞キツツ、深海ヘト招イテアゲルワ」

 

 どこか狂気にも感じられる笑みを浮かべて飛行場姫は砲撃を続ける。深海棲艦としての力を発揮しているのか、彼女の体からは赤いオーラが立ち上り、目からは赤い燐光を絶えず放ち続けている。

 彼女の意思に応えるように、タ級フラグシップやタ級エリートも金剛達に砲撃を仕掛けるが、それを回避しながら金剛達も反撃する。再び装填された三式弾によって飛行場姫へとダメージを与えるのだが、やはりというべきか、再び回復を始めた。

 しかも今度はタ級エリートを生贄にし、自らを回復させている。沈んでいったタ級エリートに代わり、今度は駆逐ニ級エリートを複数呼び出し、高雄達へと突撃させている。

 魚雷を撃つ者、彼女達へと喰らいつこうとするもの。それぞれが高雄達の動きを一瞬でも止め、護衛要塞やタ級フラグシップが放つ攻撃でとどめを刺さんとする意図が見える。

 

「く、この……!」

 

 高雄がニ級エリートを裏拳で弾き、タ級フラグシップの砲撃を何とか顔を背けて回避した。が、体に来た砲弾までは回避しきれず、一瞬足が止まった。そこを愛宕が引っ張って追撃をやり過ごすことが出来た。

 だが敵の攻撃はやむことはない。ニ級エリート、ハ級エリートが追いかけながら砲撃してくるのだが、迎え撃つように魚雷を放ってやる。

 状況は明らかに不利になっている。攻めるのではなく、若干守りに入っている時点で流れが悪くなっている。

 

「見セテクレルカシラ? 貴女達ノ、絶望スル様ヲ……。ソレモマタ、私ヲヨリ強クサセルノヨ……!」

 

 そう語る飛行場姫の歪んだ笑みを形作る唇からは、一筋の血が流れ落ちていた。

 あれは、恐らく南方棲戦姫らにも見られたものだ。

 深海棲艦の回復力や、次々と仲間を呼び寄せる力を生み出す異質な力。その反動が飛行場姫にはかかっている。

 だが、それは長期戦をすれば勝てる未来がうっすらと見えてくるものだ。あの力も無限に出来るわけではない。自身を傷つける力は、長く使い続ければ身を亡ぼす。

 しかし今回においてはそんな事は想定出来ない。朝が来れば飛行場姫は艦載機を一気に飛ばし、今よりも一層優位に立つだろう。そうなれば、訪れるのは金剛達の死である。

 そうなる前に片を付けなければならないのに、今の状況ではそれが出来そうにない。

 

「――だとしても、やらなければならないのよ」

 

 扶桑が、静かにそう告げる。副砲で護衛要塞の一つを撃沈しながら、彼女は真っ直ぐに飛行場姫を見据えている。その顔にはいつも見せるような憂いを秘めた影はない。

 

「きっと、きっと誰かが来てくれます。川内さん達でも、あるいは呉や佐世保の方々でも、ラバウルの方々でも構いません。私達には、仲間がいるのです。それを信じて、ここは耐え続けましょう……!」

 

 扶桑は信じている。東地の水雷戦隊でなくてもいい。

 誰かが自分達の援軍に来てくれるのだと。

 場所も敵は違えども、彼女にはかつてこのような死地へと赴き、そして沈んでいった。あの日、助けに来てくれるはずの艦隊は来ず、あまりの戦力差の前に扶桑を含んだ艦隊はかの地で沈んでいったのだ。

 自分達だけでは太刀打ち出来そうにない敵を前に、援軍を求める。

 奇しくもあの日と似たような状況ではあるが、今回はいくらでも湧いてくる敵に、回復し続ける強大な敵だ。それでも扶桑はあの日と同じく信じているのだ。もしかすると、あの日を思い出しそうになっているかもしれないというのに、彼女は真っ直ぐな瞳でひたむきに信じ続けている。

 そんな彼女を前に、弱音を吐いていられるわけがない。

 折れそうになる心を奮い立たせ、金剛はぐっと拳を握り締める。

 

「Sorry、情けない姿を見せてしまったネ、扶桑。こんなFu○kingな状況に、へこたれている暇などないですネ! ワタシ達は、ただ戦い続けるしかないデス!」

「はい、お姉様! この比叡も、どこまでもお供し、戦い続けましょう! ですが、また言ってはいけない言葉、使っちゃってますよ!!」

「比叡、気にしてはいけまセン。Fu○kingな状況であることに変わりはないんですカラ!」

 

 だからこそ、と金剛は三式弾を撃ちながら叫んでやる。

 

「このCrazyな戦いを凌ぎ切ってやろうじゃないですカ! 今は笑っているといいですヨ、Crazy princess! そのFu○kingな笑みを消し去ってやろうってなもんですヨ!」

 

 降り注ぐ焼夷弾子を受けながら、飛行場姫は不敵に笑いだす。折れず、口調が悪くなり始めている金剛を睨み返しながら。

 

「…………言ウジャナイノ、金剛。コノ、クソッタレナ状況ニマダ折レナイナラバ、砕ケテシマエバイイ。エエ、ソノダイヤモンドノ心ヲ、砕イテシマエバイイノヨ。簡単ナ話ダワ。フフ、フフフフ……!」

 

 そうして彼女はまた呼び出すのだ。

 無数の護衛要塞がずらりと並び、飛行場姫が砲撃準備を整えれば、追加で呼び出されたタ級フラグシップらも呼応して主砲を構える。

 数こそ力。

 有無を言わせず、波状攻撃によって沈めてみせようと言わんばかりの采配に、一度は立ち直った金剛といえど、引きつった笑みしか浮かばない。

 

「Holy shit……!! やっぱり、Fu○kingでCrazy princessですネ……! 少し調子に乗りすぎじゃないですかネ!?」

「イクラデモ叫ベバイイワ。ソンナモノハ、負ケ犬ノ遠吠エニシカナラナイノヨ。クソニクソヲ塗リタクッタヨウナ状況ヲ覆ス力ガアルナラバ、見セテミナサイ、金剛!」

 

 やはり、あの日自身の滑走路を破壊したメンバーの一人だからか。飛行場姫は金剛に対して他の艦娘より敵意が強い。近くに榛名がいるが、それよりも金剛に意識が向いているのは、東地譲りの苛立てば少し口調が悪くなる性格に惹かれたせいだろうか。

 砲撃だけでなく、言葉でも喧嘩を売ってきたら買ってやろう、という性格をしているのかもしれない。

 だからこそ飛行場姫は、血を垂らしながら再び金剛へと砲撃を仕掛けていくのであった。

 




16夏イベ、お疲れ様でした。
今年の夏はちょっとした癒しだった気がします。

みなさんのイベはどうでしたか?


本編はそんな癒しとは程遠い13秋の悪夢。
あのマップ、二度とやりたくはないですね。

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