呉鎮守府より   作:流星彗

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喧嘩仲間

 

 美空大将へすぐ報告すると、彼女はやはりというべきか、大いに興味を示しながら笑っていた。深海棲艦の魂と融合した艦娘、なんて前例のない事、作業員上がりと揶揄されようとも、彼女もまた艦娘構築に関わる人物。興味を持たないわけがない。

 

「なんとも面白いことになっているようね、海藤? 残念だわ。そっちに行けない日々が続くなんて非常に残念だわ」

「お忙しいのですか?」

「ええ。色々とやる事が増えたものでね、呉鎮守府へ視察に行く事が出来なくなりそうよ」

「そうですか……」

 

 それはそれである意味助かったかもしれない、とちらりと思ったのは内緒だ。今日だけで結構胃にダメージを受けている。美空大将を目の前にして大和と並べたらどうなるか、想像しただけで恐ろしい。

 自分の体調が守られるならば、美空大将が来てくれない方がいいかもしれない、とひっそりと思うのだった。

 

「でも、何かまずいことになるって言うんなら、連絡してきなさい。その大和を完全に手なずけられない、とかね」

「そうならないように気をつけますよ。でも、まずは資材がやばいんですよね」

「そう? でも私の方からはそれは手助けは出来ないわよ? 資材の危機を何とかするのも提督の手腕が関わるからね。自分で何とかしなさい」

「ええ、わかっていますよ」

 

 言ってみただけだが、やっぱりそうなるんだな、と苦笑する。となればやはり任務報酬や遠征で何とか持ち直すしかない。

 報告を終えれば通信を切る。忙しそうだったので長く話をすることはない。

 現在水雷戦隊は全員出払っている。帰ってくるまでは戦艦や空母達、重巡しか艦娘がいないが、彼女達は自主訓練をしているだろう。

 長門と大和は入渠中のはずだ。さすがに入渠中は何もないだろうと思っていたのだが、「提督! 大変です!」と大淀が慌てた様子で通信を入れてきた。

 

「どうした?」

「あ、あの……長門さんと大和さんが……!」

「二人がどうしたんだい? 入渠していると思うんだけど」

「そ、そうなんですけど……」

 

 こりゃ何かあったな、と思い、「わかった。様子を見に行けばいいんだね?」と言って通信を切る。

 急いで駆け付ける中で彼は気づかなかった。

 入渠とは、いうなれば入浴のようなもの。となれば当然ながら二人は着るものを着ていないのだが、面倒事が起きているんだな、と焦っていたためにそれを頭から追いやっていた。

 

「騒がしいな、と思ったら、二人がまた……」

「ま、またやってるの!? な、なにしてんの……」

 

 と脱衣所の扉を開けてみると、二人は腕相撲をしていた。素っ裸で。

 

「ふんっ……く……!」

「んんんん……!!」

 

 真面目な表情でしっかりと組み合った手を何とか倒そうと、台をしっかりと掴みながら戦う二人。素っ裸で。

 ある意味平和な戦いなのだが、その出で立ちが噛み合わな過ぎて少しシュールだ。というか脱衣所で何をしているんだこの二人は。

 頭を軽く押さえながら凪は「あー……なにしてんの、お二人さん?」と声をかけるのだが、戦いに集中しすぎて二人は気づいていない。視線はお互いを捉えて離さず、どちらも負けられないとばかりに右手の力を緩めない。

 

「……どうしてこうなったん?」

「いえ、私が来た時は手でやる水鉄砲での的当てだったんですけど、何が二人を刺激したのか、同じ手を使うんなら腕相撲だろう、という事になってしまいまして……」

「飛躍しすぎやろ」

 

 湯につかりながら両手を組んで水を飛ばすあの水鉄砲をしていたらしい。たらいやシャンプーが風呂場で的として並んでいたようで、それを使って射的をしていたのだろう。

 ただの射的がどうしてこうなったのか……。

 ふと、凪と大淀に気付いたらしく長門の視線がちらりとこちらを向いた。

 

「――ん、なぁ……!? ていと――」

「――っ!! 好機ぃぃぃ!!」

 

 凪がいる事と、自分の格好が組み合わさって羞恥心が出てきたのだろう。力が緩んだのを大和は見逃さず、一気に勝負を付けにいった。あっけない決着ではあったが、負けた瞬間、長門は素早く体を隠すようにタオルを体に当てながら棚の裏へと逃げる。

 

「な、なぜここに……!?」

「いや、大淀からの連絡でね……。君らがまた騒がしくしてるって……」

「そ、そうか……それはすまない」

「まったく、何を恥じらっているのかしら長門。兵器にそういう感情はいらないでしょう?」

「君は君でオープンにしすぎだよ。見た目こそ美人になってるんだから、もう少し恥じらいというものをだね……」

「そう? でも前の姿もこれに近しいものだったから、どうということはないでしょう?」

 

 そう言われると何も言えない。確かに南方棲戦姫はほとんど素っ裸で、髪ブラで隠している程度だった。今はその髪ブラすらないので、丸見えである。視界に入れないように視線を逸らして対応しているが、もう少し何とかしようか、と言いたい。

 

「で、今日はもうやりあうな、と言ったよね? 何故に戦っちゃってるの」

「……流れでそうなってしまった」

「そうね、流れね。長門も血気盛んで何より。その方がやりがいがあるもの」

 

 もしかして裸の付き合いで気が合い始めたのか?

 未だ隠れながら話している長門に対し、腰に手を当てながら微笑を浮かべている大和。一戦やりあい、勝利したことで気分を良くしたのか穏やかな雰囲気を纏っている。建造ドックから出てきた時に見せた切れ長の目つきは、情報で見たような優しげな眼差しになっている。

 

「あの、提督。そろそろ出ていってくれないだろうか?」

「ああ、ごめん。じゃあ出るよ。……もう戦ってくれるなよ? ゆっくり湯につかって、休んでるんだよ? ええな、大和!?」

「名指しとは失礼ね。……わかったからそんな目で私を見ないで。今日は勝ち越しで終わりたいからもうやらないわよ。安心してくださいな」

 

 手を振りながら扉を開けて風呂へと向かっていく大和に、「頼むよ……」と言い残して凪は入渠ドックを後にした。

 それにしても大和が堂々としているに対し、長門は女性らしい羞恥心を持っているとは。普段から凛々しい姿を見ているだけあって、あの女性らしさを突然見せられると驚きと困惑が襲い掛かってきた。

 だが、それが逆に良かったと思える。甘い物が好きだったし、彼女もやっぱり女性らしいところがしっかりあるからこそ魅力的に感じる。

 逆に大和は南方棲戦姫の成分が多いせいで堂々としすぎる。元の大和の艦娘がどうかはわからないが、あれは……逆に見ていても何とも思えなくなってくる悲しさが出てきた。せっかく美人な見た目をしているのに、残念すぎた。

 

「……あの、提督的に裸を見てしまったのは大丈夫なんですか?」

「……大丈夫か大丈夫じゃないか、といえば、大丈夫ではない。普通ならエロい気分にもなるさ。でも、あの状況と大和の立ち振る舞いからそんなもの吹き飛ぶよ」

「そ、そうですか……」

 

 外に出て、何気なく海へと足を運んでみる。そこでは空母達が訓練をしているはずだった。その状況を見に行ってみようと思ったのだが、何やら様子がおかしい。

 そこにいたのは現在呉鎮守府にいる空母達が揃っている。

 祥鳳、千歳、翔鶴、瑞鶴、加賀、飛龍。この六人だ。

 あれから新しく加賀と飛龍を迎えることに成功していたのだが、第二航空戦隊を組むには他の艦娘が足りていない。だが訓練をすることは出来るので、他の空母達と共に行動はさせていたのだが、問題が起きたのだろうか。

 そして騒いでいるのはどうやら瑞鶴らしい。加賀と勝負していたらしく、それに勝ってご満悦のようだ。

 

「ふっふーん! かつては一航戦と言われつつも、艦娘としては私の方が先輩なんだから当然よね! あとでゴチになりまーす!」

「…………頭にきました」

「ぅがっ!? ちょ、いたいいたい!」

 

 遠くにある的をどれだけ的確に素早く撃ち抜けるかの勝負だったようで、それに瑞鶴が勝ち、対戦相手の加賀をおちょくっていたようだ。しばらく耐えていた加賀だったようだが、それも限界が来たらしい。

 瑞鶴の頭にアイアンクローをかまし、しかも持ち上げてぎりぎりと指を食いこませている。

 

「……そうか。人が増えるという事は、こういう事も増えてくるって事か」

 

 艦娘だからといって誰もが仲がいいというわけではない。人間と同じで、どうしても相性が悪い相手というのは出てくるものだ。

 一航戦の加賀と、五航戦の瑞鶴。どうやら瑞鶴が一航戦、特に加賀を意識し、加賀もまた五航戦の二人を未熟な子として見ている節がある。瑞鶴の性格的にはそんな加賀を見返してやるべく、何かと突っかかっていく、という風に性格が作られたらしい。

 

「いっつつつ……もぉー! ここじゃ先に生まれた私が先輩なんだから、そういうのはなしにしてくれますか!?」

「……ごめんなさい。どうもあなたに先輩面をされると、無性になにかが、ざわつくのよね」

 

 口では謝っているようだが、加賀のその表情からして本当に悪いと思っているのかどうかわかりづらい。響と同じでクールであり、その表情はあまり変わらないのだ。しかし内面的には結構激情家らしく、熱い心を秘めている、と情報にある。

 ぎゃーぎゃーと瑞鶴が騒ぎ、それを加賀が涼しい顔でやり過ごしている。こういうのもまたよくある光景として報告に上がってきているようだった。

 そこで千歳が隣にいる翔鶴へとそっと問いかける。

 

「いいんですか、翔鶴さん? 放っておいて」

「ええ。ああして仲を深めていければいいんじゃないかしら?」

「……そうですか」

「ま、調子に乗っていられるのも今の内ってね。あの加賀さんだから、すぐに追い越しちゃうわよ。そうなったらそうなったで、面白いんじゃないかなー」

「それって、飛龍さんも含んでます?」

「さて、どうでしょう? でも生まれた時期が早いか遅いかだけで決まっちゃあつまらないってね。私達に大事なのは、その実力。この私だって二航戦だしね。五航戦ばかりにいい顔はさせてられないって気持ちも多少なりともあるわよ。ふふ」

「まあ、頼もしい事です。でも私も飛龍さんや加賀さんには、そう簡単には追いつかせる気はありませんから」

 

 ばちばち、と視線で火花を散らす飛龍と翔鶴。こりゃあ藪蛇だったかな? と千歳がちょっと焦りだすと、ぱんぱんと手を叩く音が響いた。その主は祥鳳だった。全員の視線が彼女へと向けると、そこには笑顔で立っている祥鳳がいる。

 

「皆さん、血気盛んなのは結構ですけど、それで不用意に不和を生み出されては困ります。主に提督が。皆さんがそうやっていさかいを起こしてばかりいて、また提督が倒れるような事になってはいけません。わかりますね、瑞鶴さん? そう加賀さんを煽ってはいけませんよ? 先輩風を吹かせるのでしたら、私が吹かせますよ? よろしいですね?」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 そう、空母勢の中で一番の古株は祥鳳だ。瑞鶴が生まれた順で語るのであれば、一番の古株である祥鳳こそ一番立場が上である。そこを突かれては瑞鶴も大人しくなるしかない。

 しかしあの祥鳳がきっちりと纏め上げるとは、頼もしくなったものだ。だが本来ならば凪がしっかりしてやらねばならないことだが、今日だけで色々と腹の調子が悪くなりそうだったので、出ていけなかった。情けない事である。

 

「あ、提督。いらしていたのですか。すみません、お見苦しいところを」

「いや、大丈夫だよ。元気があっていいことだね。ちょっとした煽りあいも、切磋琢磨するエネルギーになるんならいいよ。……やり過ぎは困りものだけど」

「わかりました。……皆さんもわかりましたね? 適度にやっていきましょう」

『はい!』

 

 祥鳳の言葉に、空母達が一斉に返事する。

 本当に、頼もしい事だ。祥鳳も成長しているのだ、と感じさせる出来事であった。

 

 

 そして夕方、執務室に大和を呼び出す。長門は同席せず、戦艦達の指導に当たらせた。

 部屋には凪、大和、そして大淀が揃い、凪は席に着きながら大和へと単刀直入に切り出す。

 

「深海側の記憶、あるね?」

「ええ、ありますよ」

「深海の情報提供を求めれば、君はそれに応えるかい?」

「それが命令とあれば、私はそれに応えましょう。兵器である戦艦大和、それを使役する私の主はあなたなのだから」

「そう。なら命令だ。知っている事を、話してもらおう」

「承知したわ。……そうね、まずはあなた達が深海棲艦と呼ぶ者らがどう生まれるのか。それは大体艦娘と同じようなもの、と言ってもいいでしょう」

 

 沈んだ兵器や装甲などから艦の情報を汲み取り、資材を混ぜ合わせて生まれる。だがそこにスパイスが入り込むのが深海棲艦だった。

 

「恨み、妬み、怒り、悲しみ……様々な負の感情を増幅、あるいは注入され、黒い感情を纏って生れ落ちる。その際に余分なものは切り捨てられるわ。私の場合はその最期と長門に対する負の感情。それ以外は全て消えた」

「ふむ……今は? 艦娘の大和のデータと混ざっているんだろう? 大和の記憶はあるのかい?」

「……少しだけ、ね。坊ノ岬で同行した艦の名前は思い出せたわ。ここにいるみたいですね? 初霜、霞、雪風……あの時長門に言われた名前ね」

「そうか、よかった。……でも、そうか。生まれ方も艦娘に似ているとするならば、作っている誰かがいるってことだろう?」

「ええ、いるわ。あなた達風に言うならば『深海提督』とでも言うのかしら? でもあれはそういう小奇麗な名前で呼ぶようなものでもないと思うけれど」

「というと?」

「あれはね、ただの亡霊。我らに囁きかける何らかの意思によって、この世に留められた亡霊であり、人形。あれの意思に従うために、兵隊や兵器として深海棲艦が作りあげられているだけなのよ」

 

 その姿は黒いもやによって覆われ、生物の骨がうっすらと見える。深海棲艦の目から放たれる燐光のようなものが、目の位置に光るそれは、まさしく海底に蠢く亡霊といっていいだろう。

 だがそれが深海棲艦を次々と生みだし、使役しているのだと大和は言う。そしてその亡霊の上に、深海棲艦にとっての主と呼べるものがいるのだとか。

 どうして深海棲艦が生まれたのか、どうして奴らは戦うのか。

 その理由をもたらす存在がどこかにいるらしいのだが、それは南方棲戦姫だった大和にもわからないそうだ。

 ただ声を聴いたのだ。

 戦え、蹂躙しろ。

 長門を憎め、長門と戦え、と。

 大和はその声らしきものから生み出される衝動に従って、南方を制圧していったのだという。

 

「……とはいえ、僅かに亡霊らにも意思があるかもしれない。私が南方棲戦姫として動いていた際に、あれはちょっとした指示を出した」

「……亡霊、と呼ぶからには、何かが死んだ後に生まれた存在?」

「そうね。詳しくは知らないけれど、恐らくは海に沈んだ人間がそうなったんじゃないかって私は思っている。今南方にいるのは数か月前にやってきたものよ。あれはあなた達の言うところの南方棲鬼を作ったりしていたわね。私を作った者は確か、太平洋の方に行ったかしら。それと入れ替わる形で、南方海域を指揮するようになったの」

「ちょっと待って? 太平洋の方に行った奴もいるって事? という事は、世界中でその亡霊と呼べるものがいて、それぞれの海域を纏めているって事でいいのかい?」

「その認識であっていると思う。とはいえ私は所詮南方海域担当だったから、それ以外の海域については知りませんよ。艦娘の情報こそ共有しているけど、それ以外の海域の制圧状況、所属している深海棲艦の情報なんて、近所のものしか知りませんね」

 

 自分達の事に置き換えれば、深海側には深海棲艦を発生させるに至った大本営に当たる何かが存在する。それらによって海に沈んだ人間が亡霊と呼ばれるものへとなり、深海棲艦を建造して運用する提督的な位置づけとなる。

 それが各海域に鎮守府や泊地のように存在し、それぞれの戦いを繰り広げている。

 と、わかりやすく解釈してみた。

 だとすると、沈めても鎮めても終わりが見えない、というのは仕方のない事なのかもしれない。深海にそれぞれの鎮守府があるならば、それらを全て壊滅させるか、大本営に当たる何かが消滅しなければこの戦いが終わらないのかもしれない。

 

「心が折れました? 深海棲艦は正しく怨霊。冥界の門と繋がった深海から際限なく湧き出てくる怨霊達を、あなた達は相手にしているの。それはまさしく終わりのない戦いといえるものよ」

「……だとしても、戦いを放棄してしまえば、それこそ俺達は終わる。完全敗北を喫するまでは、俺は提督である事をやめるわけにはいかないよ」

「そう。……あなたがそうだからこそ、あの時の長門達も、最後まで抗い続けたというわけね。何となく、私が負けた理由がわかった気がしますね」

 

 小さな悔しさを滲み出しているが、しかし苦笑を浮かばせる程度には大和は落ち着いていた。怒りも何もない、彼女は負けを認め、その上で笑っている。

 そして大和は頭を下げる。まるで臣下の礼を取るかのように、深く頭を下げたうえでこう告げる。

 

「改めて名乗ります。私は戦艦大和。一度深海側に堕ちた身でありながら、第三の生を受け、艦娘と成り果てた存在。このような私を認めてくれるのであれば、私はあなたの兵器として、戦い続けましょう。再びこの身が、壊れ沈むその日まで」

「受け入れよう、大和。共に戦っていこう。……でも、俺は君を壊す気も沈ませる気もない。俺が終わるその時まで、共に在り続けたいと思っているのでそのつもりで」

「甘い夢想家なところもあるのね。でも、どこかできっと犠牲は生まれるわよ。それから目を逸らさないように気をつけるようにね」

「はは、わかっているさ。どこかで俺も誰かを失う時が来るかもしれない。でも、そうならないように努めることは出来るし、備える事も出来る。俺に出来る事はやっていくつもりだよ。……それでも失ってしまえば、うん、君の忠告を思い出すさ。忘れないように、ね」

「ええ。そうするといいですよ。では」

 

 時折敬語が混ざっているのだが、大和自身は果たして気づいているのだろうか。

 もしかすると艦娘の大和成分と馴染んできたのかもしれないが、それでも南方棲戦姫の成分が強いせいで完全ではないらしい。

 だがその表情は完全に艦娘の大和のように穏やかなものになっている。その上で敬礼をすると、長門とはまた違った凛々しい女性であると感じさせた。

 去っていく大和を見送り、背もたれに身を沈めて天井を見上げる。

 大和が語った事は大きな情報だ。これを報告書に纏め、美空大将に送らなければ。

 大淀が淹れてくれた紅茶を口に含み、一息つく。

 

「……夢想家、か。犠牲をゼロにするっていうのはやっぱり甘いかい?」

「ですが、その心構えは大事だと私は思いますよ。現実的にはそれを永遠に続けることは出来ないかもしれませんが」

「だよね。でも可能ならば、最後まで君達を失わずにいきたいものだね」

「ありがとうございます。そのお気持ちがあるだけでも、私達にとっては幸せな事です」

 

 別れというのは悲しいものだ。それが自分の責任で誰かを死なせる事になるなど、悲しいどころではない。前回の長門の際にはとてつもない不安感が襲ったのだ。本当に死んだとなれば……想像したくもない。

 だが、あの大和の言葉通り、本当に轟沈したとなればその事実から目を逸らしてはならない。その心構えだけはしておこう。

 

 8月8日、この日の出来事は決して忘れてはならない。

 

 紅茶を飲みながら凪はそう思うのだった。

 

 


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