「駆逐艦、か」
モニターに表示された時間は22分。この時間がゼロになれば建造完了となる。
また時間によって出来上がる艦娘が決まっているようで、これを見れば大体誰が出来上がるのかが予測できる。
アカデミーで学んだ知識もあり、22分と見て凪は駆逐艦が出来るのだな、と推測したのだ。
だが全ては妖精の気分次第。
資材を投入したからと言って艦娘が出来上がるかといえば、否である。
建造の流れとしては、資材投入数を指示する、それを妖精が受けてドックに放り込む。
妖精らが投入された資材から建造できるデータを、設計図から索引していく。ここで、妖精が気ままさが発揮される。
どれにしようかなーと資材と設計図を見比べていく中で、何を思ったか、資材をこねこねしはじめ、艦娘ではなくただの食料を作り始める事がある。
そうして出来上がるのが艦娘のスペックを上げるレーション。レーションになるのは鋼材が缶になり、それ以外の資材を謎の妖精パワーで食料にして詰め込むようだ。
これを艦娘が食べれば火力や雷装などの能力が若干上昇するらしく、全くの無駄にはならないのだが、それでも艦娘を作ろうとしてただの食料になるとなれば、ちょっと困りものだった。
凪としては、初めての建造がそうならなかっただけでもありがたい。
「バーナーを使いますか?」
「いや、初めての建造だ。じっくり待とう。この時間を利用して、他の施設を案内してくれるか?」
「わかりました。ではこちらへどうぞ」
それからは鎮守府をゆっくりと歩いて回る事となった。
工廠からすぐ近くにはグラウンドがあり、ここで走り込みを行ったり、陸上スポーツでの交流が行う事が出来るという話を聞いた。
中庭を歩けば木々に囲まれ、花壇には色とりどりの花が咲いている。
その先に艦娘の修理を行うための入渠ドックがある。艦娘にとってそれは風呂であり、要は温泉だった。
近くには川が流れており、呉の海へと続いている。川沿いには桜の木々が並べられ、淡いピンク色の花の海が眩しい。そのほとりに、間宮食堂が存在している。近づいてくる人に気付いたのか、掃除をしていた割烹着の女性が顔を上げ、「あら? もしかして、新しい提督さんですか?」と声をかけてきた。
「はい。海藤凪と言います。よろしく」
「こちらこそ。間宮と申します。艦娘だけでなく、提督さんの食事も間宮にお任せください」
「お……私も食べられるのかい?」
「ええ」
「それはありがたいな」
向こうにいた時から間宮の噂は耳にしていた。あそこにも間宮食堂はあるが、作業員らは大抵町の食堂でとったり、出前で済ましたりしてしまう。凪もそうであり、ほとんどの時間を装備弄りや開発に費やし、食事は間宮食堂といった洒落た店ではなく、出前やコンビニの商品で済ませてしまっていた。
ふと腕時計を見てみると、もういい時間になっている。間宮に別れを告げて交渉へと戻る事にする。その途中で長門が声をかけてきた。
「提督。一つよろしいだろうか?」
「どうぞ」
「初対面だから、と気をはっているのかもしれないが、無理に言葉遣いを変える必要はない。私達はあなたの部下。無理して話し続ける必要はない、と進言する。それを続けるのも疲れるだろう?」
「……そうかい? 初日くらいは、と思っていたが」
「私達にそういう気づかいは無用だ。あなたの楽な話し方をしてくれれば、私達もやりやすくなる」
「わかった。ありがとう長門。……それと、一つ謝っておくことがあるよ」
「なんだろうか。遠慮なく仰ってくれ」
凪は立ち止まり、長門達へと振り返ると頭を下げる。それも帽子を取ってだ。
「……俺は人付き合いがあまり得意じゃなく、異性と多く話した事も全然ない。正直言って、多数の人相手にどう振る舞っていいのか、そういう経験があまりないからよくわかってないんだよね」
「そうか。でも、気にする事はない。ありのままのあなたでいてくれればいい。そして異性と思う必要もない。先程も言ったように私達はあなたの部下であり、あなたの兵器。気取る必要もなければ、そういう気遣いも無用だ」
「……そうかい? 兵器ならば、仲間の死に心が痛むことはないと思うけどね。君達は少なくとも、沈んでいった仲間達を憂いたはず。そしてゆっくりとその気持ちを整理しているんじゃないかな……」
その言葉に、長門と神通は僅かに表情を変えた。無言になり、凪から視線をそらしてしまう。だが凪は彼女達を責めるつもりはない。二人を止めるように右手を振った。
「別にそれが悪いと言うつもりはないよ。艦娘としても、人と同じようにそういう悲しみの感情があるという事を、俺は知る事が出来た。……だから、これ以上何かを言うつもりはないし、慰める様な事もしない。さっきも言ったように、そういう事は苦手だし、何を言ったらいいのかわからない。そんな奴の言葉など、君達には不要だろうと考える」
慣れない事をあえてやる事で、かえって相手を傷つけることがある。凪はそれを避けようとしている。そういう振る舞いをしているのだと、あえてはっきりと二人に言ったのだろう。
長門が気取る必要もなければ、気遣う必要もない、という言葉にあえて乗る形で。
それに二人は気づいている。だからこそ逆に驚くようにじっと凪を見つめていた。
「……なるほど。あなたは少し素直なところがあるらしい。わざわざそういう事を仰るとは。逆にそれがありがたい、と私は思う事にしよう。あなたの欠点を最初に知っておけば、あなたとのこれからの付き合い方を考える事が出来るからな」
「そう、ですね……。わかりました。今のように、何かありましたら気兼ねなく仰ってください」
「あ、はい……」
一礼しながら言う二人に、逆に凪が押される形になった。再び歩きながら凪は困ったように頭を掻く。
凪としては自分は慰め方がわかんないから、先代提督のやらかした件については、もう何も言うつもりはないよ。ごめんね。ゆっくり、気持ちを整理していって構わないからね。
みたいなことを言おうとしていたつもりなのだが、そういう風にとられてしまった。
どうしよう、何か間違ったのだろうか。と心の中で汗をかくのだが、二人はもう気にしてない風に見える。
こういう時、東地なら何を言うんだろうか。
遠くにいる友人を思い返すが、もう工廠は目の前まで来てしまっていた。だめだ、もう時間切れだ。凪は小さく溜息をついてしまった。
工廠へと戻ってくると、モニターは既にゼロの数字を表示していた。
いよいよ新しい艦娘の誕生する時。凪にとっては初めて自分が指示し、作りあげた艦娘と出会う時だ。
先程の事はもう横に置いておくことにした。今はもう目の前の出来事に意識が向いている。
憂いの感情はどこへやら。年甲斐もなくわくわくしてくる。一体誰が生まれてくるのだろうか。
「では、頼むよ」
凪の言葉に、建造ドックの扉が音を立てて開いていく。その奥から、一人の少女の影がゆっくりと出てくる。
さらりとした金髪のような髪は背中まで届き、黒い紐リボンが前髪に結ばれている。黒を基調としたセーラー服を着こなし、緑色の瞳は穏やかな色をたたえている。その見た目からしてどこかのお嬢様かと思えるような雰囲気を醸し出していた。
「こんにちは。白露型駆逐艦、夕立よ。よろしくね!」
可愛らしく敬礼する彼女を、凪は少し驚いたように見下ろしていた。
「……まじかー、夕立かー」
それは拒否からくる呟きではなく、純粋な驚きに満ちた呟きだった。目の前に彼女がいることが信じられない、という響きを感じさせている。
「よろしく、夕立。君が初めての建造から生まれた娘である事、とても嬉しく思うよ」
「初めて? 後ろに二人いるっぽいけど?」
「ああ、彼女達は先代呉提督らの下にいた娘達さ。わけあって俺が今日からここに着任した。海藤凪という。お互い新米同士、仲良くやっていこう」
「ふーん、そうなんだ。よろしくね、提督さん」
その小さな手を握りしめながら、凪は思い返す。
公開演習の時、大本営が用意した艦娘らを六人選び、演習を行った。そこには凪をここに任じた美空もいたという。
凪が選んだ六人の中で、最初に選んだのが駆逐艦夕立だった。何にするにしても、最初に切り込む駆逐艦という存在は必要不可欠。多くの駆逐艦の中から凪は、それを夕立を採用した。
よもや提督として初めて建造して生まれるのもまた夕立とは、何かの縁を感じずにはいられない。
「では夕立。神通の下についてこれから色々とやってもらいたい。訓練、出撃と行動を共にするように」
「わかったっぽい。よろしくね、神通さん」
「はい。一緒に頑張りましょうね、夕立ちゃん」
「……さて、ここからは遠慮なくいこうかな。四つ全部のドックを使用する。オール30でどうぞ」
指示を受け、妖精達が敬礼をして一斉に動き出した。四つあるドック全ての扉が閉まり、モニターがまた様々な紋様を描いていく。さあ、こんどはどんな数字を表示するのか。凪達は固唾を飲んで見守った。
やがて左から順にそれが表示され始める。
00:20:00
失敗
01:00:00
00:20:00
一つ失敗したらしく、扉がすぐに開かれてぽいっとレーションが投げられてきた。やれやれと嘆息してそれを拾い上げると、赤のラベルが貼られている。
「確かこれは、火力を上げるやつだっけ?」
「はい、そうです……。レーションはあそこの倉庫にしまわれます。私が……」
神通がレーションの缶を手に、倉庫へと向かっていった。
さて、残っている三つのドックを見回して凪は次の指示を出す。
「バーナーどうぞ」
夕立の時と違い、今度はバーナーの使用を許可した。今は艦娘の数が必要だ。
これで資材が百五十消えたが、これもまた必要な投資。数字が全てゼロになり、左から順次に扉が開かれていった。
最初に出てきたのは小さな少女。白に近しい髪には黒い帽子がちょこんと乗り、セーラー服に左肩には盾が装備されている。
「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ」
次は黒い髪におさげを垂らした少女だ。ライトグリーンの制服を着こなし、ふぁ……と欠伸をしながらゆるゆるとドックから降りて近づいてくる。
「あたしは軽巡北上。まーよろしく」
最後はほんわかした雰囲気を纏った少女だ。栗毛の長髪をポニーテールにして揺らし、こげ茶のセーラー服を着用している。他の艦娘らと違って、少し柔らかそうなほっぺたが特徴的だ。
「ごきげんよう。特型駆逐艦、綾波と申します」
クール、ゆるゆる、穏やかと三者三様で違った印象を抱かせる。
三人を見回して凪は夕立と同じ自己紹介をする。
これで駆逐艦が三人、軽巡が二人となった。ふむ、と凪は考える。艦娘の運用としては一隊について六人が基本とされる。水雷戦隊としてはあともう一人駆逐艦が欲しいところだ。夕立と同じく神通に三人を任せると、「四つ使用でオール30! バーナーイン!」と指示を出す。
「提督、また建造するのか?」
「遠征隊を編成するにしてもまだ駆逐が欲しいし、それに北上といえば改装すると重雷装巡洋艦になってしまうだろ? 軽巡もあと一人欲しいところさ。……結果がどうあれ、これが今日最後かな。一つの遠征を出すにしてもあの五人でも十分だからね」
長門がそっと問うてきたが、凪の言葉になるほど、と小さく頷いてドックを見守る。
資材を回復させ、更に増やすには遠征が必要だ。資源地まで艦娘を派遣し、持ち帰る事で増やしていく。基本的にこれを行うのは水雷戦隊であり、そういう意味でも軽巡や駆逐の存在は鎮守府運営には必要不可欠といえよう。
そして表示された数字はというと、
01:00:00
01:00:00
00:20:00
00:18:00
となった。ハズレは今回はなかっただけ良かったが、まさか軽巡が二人も来ることになろうとは。バーナーも投入され、数字が減っていく中で凪は苦笑を浮かべながら頭を掻く。
軽巡はあと一人いれば良かったんだけどな、とちょっとだけ妖精に不満を抱きつつも、来るなら来るで構わない、と歓迎の心となる。
やがて開かれた扉から出てきたのは、
「クマー。よろしくだクマ」
「川内、参上。夜戦なら任せておいて!」
すでにいる軽巡の長姉達だった。
「こりゃまた……」
最初に出てきたのは軽巡球磨。球磨型のネームシップであり、北上にとっては姉に当たる。その茶髪に生える特徴的すぎるアホ毛に、その言葉遣いとなかなかにクセが強い。
続いて出てきたのが軽巡川内。神通にとっての姉であり、神通と違ってはきはきした活発な性格を窺わせる。自己紹介通り、夜戦が好きそうな気配をしているのだが……これについては置いておくとしよう。
自己紹介を終えてとりあえず妹達の方へと放ってやった。残る駆逐二人を出迎えなければならない、とあの二人の登場によって緩んだ心を正す。
「初春型四番艦、初霜です。皆さん、よろしくお願いします!」
「皐月だよっ。よろしくな!」
とりあえず駆逐艦の数が揃ってきたのは喜ばしい事だ。
長い黒髪の先端を結った初霜は礼儀正しそうな雰囲気を漂わせ、それに対して金髪のツインテールをしている皐月は活発そうだ。二人も快く迎え入れ、これで最初のメンツは揃えられたと言ってもいいだろう。
凪は全員をまとめてグラウンドへと向かっていくことにした。