呉鎮守府より   作:流星彗

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来訪

 

 その日、8月5日。青天が広がる夏日和。

 呉鎮守府に一人の来客が訪れていた。直射日光を避けるためにつばの広い帽子をかぶったその少女、淵上湊。夏という事もあってラフな服装をし、じわりと浮かんだ汗を拭いながら、正門をくぐり抜ける。

 着替えなどを詰め込んだキャリーバッグを引きながら歩いていると、彼女に気付いたらしい少女が駆け寄ってきた。

 

「にゃにゃ? お客さんですかにゃー?」

「……えっと、睦月だったかしら。ええ、佐世保に就任する淵上湊。その名前をあなたの提督に連絡してくれれば、わかってくれると思うのだけど」

「淵上湊さん、ですね。わかりました。少しお待ちくださいねー!」

 

 と、敬礼すると、通信を開いて鎮守府に連絡を入れてくれた。そんな彼女の後ろからじっと見上げながら近づいてくる白い少女が一人。こちらは響だろう、と湊は分析する。

 無言のまま観察されるように見つめられると、少し困ったものだ。「何かしら?」と響に首をかしげると、響は小さくこう呟いた。

 

「……見事な仮面だね。疲れないかな?」

「あら、どういうこと?」

「いやなに、うちの司令官も最初は色々と秘めていたからね。それに少し似ていると感じただけさ。違っていたらすまない。私の目が曇っていただけのことさ」

「そう。でもそう心配されるような事でもないわ。別にあたしは疲れるようなことはしていないから」

「そうか。……それと睦月。そろそろ遠征の時間だ。天龍さんが招集かける頃合いだよ」

「にゃ! もうそんな時間ですかー! あ、淵上さん。提督は工廠にいらっしゃるそうですので、そちらへどうぞ! 響ちゃんが案内してくれると思いますので! ではではー!」

 

 びしっと敬礼すると、ダッシュで埠頭の方へと駆けていった。それを見送った響はクールな様子を崩さずに「騒がしくてすまない。最近生まれたばかりだから」と一礼する。

 

「いえ、気にしてないわ」

「では、案内するのでこちらへ」

 

 響の先導に従って淵上も呉鎮守府の敷地を歩いていく。所々艦娘の姿が確認され、二人に気付くと敬礼してくる。南方棲戦姫との戦いの際に参戦したと思われる艦娘だけではなく、新たな顔ぶれも見かけられる。

 先程の睦月がその一例だろう。あれからまた建造によって仲間を増やしたようだ、と淵上は視線を巡らせながら思案する。

 やがて工廠に辿り着くと、響が開け放たれている扉を軽くノックする。

 

「司令官。客人だ」

 

 と声をかけるが、凪は奥で作業に集中していた。夕張も同様であり、黙々と戦艦主砲をいじりまわしている。凪はというと副砲の整備をしているらしく、工具でネジを締め直している所だった。

 

「あ、あっつ……なにここ……」

「夏の暑さとの相乗効果でなかなかのものだからね。あそこ、扇風機とか色々置いてるけど、それでも慣れてないと厳しいね。さて、少し行ってくるのでお待ちを」

 

 一礼して響が凪の下へと駆け寄り、とんとんと肩を叩いて呼びかける。そこで気づいたらしく、凪は響の指さしに従ってようやく淵上に視線を向けた。

 それは意味が分からない、と言う風な表情をしていた。当然だろう、なにも聞いていないのに、目の前にあの淵上湊がいるのだから。

 しかし客人として来たならば応対しなければならない。タオルを手に汗を拭きながら入口へと歩き、

 

「……何してんです?」

「今日、佐世保に就任するから、その途中で挨拶に。あと、美空大将から例の主砲についてどんな感じなのか、訊いてくるように、と」

「ああ、なるほど。今日だったのね。就任おめでとう。色々あると思だろうけど、頑張って」

「どうも。それで、戦艦主砲についてはどんな感じなの?」

「ああ、あれね。あの通り今は置いてある。実際の艦の主砲となったらもっとでかいし、俺らが持ち歩けるものでもなくなる。艦娘の艤装に近しい大きさで助かったね。いったんばらして色々調べてみたんやが、細かな謎の粒子がついている、っていう以外は今んところはわからんね。もっといい設備があるんなら深くまで踏み込めそうではあるんやが、今はほら、あそこ。粒子を抽出して固めるぐらいしか出来んかったね」

 

 そう言って示したのは、夕張の傍らにある球体だ。艦の情報と共に粒子を集めて一つの鋼材に加工したのである。だが球体と主砲を離し過ぎると、主砲が異常な挙動をするので、近くに置いておくしか出来なかった。

 誰も操作していないのに主砲の仰角が勝手に上下したり、がたがたと振動を引き起こしたりと、まるでポルターガイストのような現象を起こしている。さすがに弾薬はないので、主砲をぶっ放すことは出来ないが、あったらおそらく撃ち放っているだろう。恐ろしい事である。

 

「異分子、と呼べるものだね。今まで見た事がないし、公開されているデータにも存在しないパラメータを示している。そして夕張だけやなく、他の艦娘らも感じた事もない力の気配。正直言って、あれ以上俺らが出来る事はほぼないと言っていい状況にある、というのが現状かな」

「なるほど、わかったわ。少し主砲を見てもいい?」

「どうぞ」

 

 先程から関西弁交じりで説明しているが、淵上はスルーしていく。だがぴくぴくと頬が動いている事から、つっこみたいけどつっこめない、という雰囲気だろうか。自然の風に当たりながら、置いてあった水を飲み、淵上に合流する。

 彼女はそっと主砲に触れるが、それで何か分かるわけではない。彼女はあくまでも提督としての知識を学び、そして大将の補佐をした人物。作業員としての知識はアカデミーで少し学んだ程度でしかなく、専門ではないので当然の事だった。

 

「艦娘の艤装というわけではない?」

「ん、違うよ。深海側の主砲が変化したもの、やね。でも、艦娘の艤装によく似たものでもあるね。開発した46cm三連装砲と並べてみたけど、驚くくらいよう似てる。でもうちの長門には適合しなかった。運用できなかったね」

 

 ちなみに開発された46cm三連装砲ならば長門に装備することは出来た。やはり深海棲艦と艦娘は似て異なる存在なのだと改めて証明された瞬間だった。

 

「ま、あの大和の怨霊とも呼べる南方棲戦姫の落とし物。艦娘としての大和ならばあるいは、とは思えるんやけど」

「艦娘の大和、ね。それなら来週あたりにはあんたの所に送られるかもしれないから」

「ん? 完成したのかい?」

「最後の詰めをしているって話。正式発表はまだ先だろうけど、完成したら報酬として海藤先輩と東地先輩に先にデータが送られると聞いているわ。他の艦娘や装備とかと一緒にね」

「なるほど。それは楽しみだね。あー、淵上さん。せっかく来たのだし、お茶でも――」

「いえ、結構。あたしはこれから佐世保に向かいますから。あんたにはあんたのやる事があるのでしょう? それを邪魔する気はないから」

「……あー、そう。別にお茶くらい振る舞うけども」

 

 つれない人だ、と頭を掻くのだが、淵上は気にした風もなく一礼して歩き出す。と思ったら「それに、海藤先輩――」とどこかの大将殿のように付け加えるように呟き、肩越しに振り返って、

 

「仕方のない事かもしれへんけど、それを匂わせながらお茶をしても、しらけるやろ? お茶はまたの機会に」

 

 と、関西弁交じりで言い残して去っていった。

 残された凪はしばらくぽかんとしていたが、そっと隣に来た響に「……あー、そんなに匂う?」と訊いてみる。

 

「うん。しかたないね」

「そうそう、暑い中で何時間もここにいたらねー」

「夕張さんも、結構なものだよ」

「ちょ、私にまで言わなくたっていいでしょー!? 私、一応女性なんですけどぉ!?」

「大丈夫。そういうのは匂いフェチにはうける」

「一握りの性癖に好かれたくないわよッ!?」

 

 親指を立てる響に夕張がうがー! っと吠えるのだが、響は気にした風もない。なんだか最近響というキャラがわからなくなりつつある凪だった。クールかと思いきや、時々ぶっ飛んだ行動や言動をする。

 というか、匂いフェチとかどこで覚えてきたんですかね、このお嬢さんは。

 

「とりあえず見送ってあげて、響。俺が行っても、また匂いにつっこまれそうだ」

「了解」

 

 とてとて、と淵上へと駆け寄っていく響を見送り、また水を飲むと凪は工廠の中へと戻っていく。今日の予定である複数の副砲の調整はまだかかりそうだった。主砲こそ艦娘にとっての一番の火力の要だろうが、副砲もまた重要なものといえる。

 近づいてくる敵への迎撃、あるいは主砲の装填時間における攻撃継続の手段。あるいはジャブとして撃ちこんで、体勢を崩す。意外と大切な存在なのだ。

 命中率向上のための微調整を行っているのである。

 その日、夕方になるまで凪と夕張はずっと工廠に篭って作業を続けていたのであった。

 

 

 そして淵上はまた列車を乗り継いで、佐世保へと向かっていく。

 やがて到着したそこで出迎えてくれたのは、凪がそうであったように補佐を務める大淀であった。

 私服から海軍の制服へと着替えると、執務室へと案内される。そこで顔を合わせたのは南方棲戦姫との戦いで生き残った高練度の艦娘の一部であった。

 千代田改二、那智、羽黒。それに加えて大淀が参列し、淵上へと敬礼する。

 

「初めまして。本日より着任した淵上湊です。まずは犠牲となった艦娘達に哀悼の意を表する。ご愁傷様」

 

 帽子を取って黙礼し、南方に散っていった艦娘達を悼んだ。

 そして帽子をかぶりなおすと、三人を軽く見回し、羽黒へと視線を止める。

 

「あなた達については資料に目を通しておいた。羽黒。秘書艦はあなたに任せるわ」

「えっ、私、ですか……?」

「ええ。先代は赤城だったのでしょう? でも、今はもういない。戦艦も、正規空母もいない。なら、重巡となるだろうけど、今は羽黒、あなたに任せる。よろしく頼むわ」

「わ、わかりました……。精一杯、頑張ります」

 

 羽黒は艦娘としての性格は勇ましいとはいえない。むしろ真逆な気弱で引っ込み思案な性格で、そんなので戦闘が本当に出来るのか、と疑いたくもなる程に弱々しさを窺わせる。だが彼女もまた歴戦の重巡であり、心の奥には秘めたる芯の強さが存在している。

 それにこの佐世保鎮守府においても、長く在籍しているようだったので、淵上は羽黒の知識と能力を信頼し、秘書官に任じたのだ。

 

「出していなかった軽巡の生き残りとして那珂がいたわね? あれを現段階においての水雷戦隊の長とし、軽巡、駆逐を鍛えるように通達。それと千代田、あなたが空母を纏めなさい。出来る?」

「任せて」

「戦艦はこれから取り戻していく。今は資材をかき集め、戦力を整える事から始めようと考えているから、そのつもりで。新米提督ではあるけど、先の戦いのように無駄に戦力を減らすような采配はしないと約束する。あたしについてきなさい。あなた達を鍛え、導き、強固な艦隊を作りあげましょう」

『よろしくお願いします!』

 

 真っ直ぐな眼差しで力強く彼女は宣言する。

 その姿は確かにかの美空大将の姪、彼女の血筋の者だと窺わせるには十分なものだった。幼さはあるが、それでも将来的には彼女に成り得る器を感じさせる。若く、女性ではあるが、それは艦娘達にも伝わっただろう。

 これからどのように淵上湊という人物が成長していくのか。出だしは悪くはない。これから彼女に仕えながら見守っていこう。艦娘達は敬礼しながらそう思うのだった。

 

 

 


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