海は元の青さを取り戻していた。指揮艦へと戻った長門達はすぐさま入渠ドックに送られたが、そこに凪がやってきて長門の調子を確かめはじめた。
通信こそ不能になっていたが、偵察機から送られてきた映像はノイズが走っていながらも健在だった。つまり、声は届かなかったが、長門が轟沈しかけた光景は目にしていたのだ。
「……無事なんだな?」
「……ご心配をおかけした。すまない」
「まったく、随分と無茶したものだね。あいつとの因縁を終わらせるためとはいえ、轟沈一歩手前まで対峙し続けるなんて……もう少し自分を大切にしたらどうだい? 俺としては、君に消えられては困る。すごく困るんだからな」
「……はい。以後、気を付ける。本当に、申し訳ない」
長門は何も反論しない。東地の加賀から渡された応急修理女神があったからこそ生き延びられたようなものなのだから。それがなかったら、高確率で轟沈していたと自分でもわかっている。
だから素直に頭を下げた。
そんな長門を軽く抱きしめ、凪はそこに彼女がいることを改めて確認する。そして背中を軽く叩き、「入渠してきなさい」と告げ、他の艦娘達の様子を見に行った。
そんな彼の後姿を見つめ、そっと右手を見下ろす。そこには一瞬失われたものがあった。でもこうしてここに戻ってきている。ああ、生きているのだ、という気持ちと、自分は人ではないのだ、という気持ちが複雑に絡み合う。
そして彼は変わった。まさか抱きしめられるとは思わなかった。最初に会った時とは違う。生きていてくれることを喜ぶあまりあんな事をするなんて。
でも凪は深く考えてはいないだろう。恥ずかしいという事よりも、帰って来てくれて嬉しかったという気持ちの方が勝ったからこそああしたに違いない。そんな風に分析できるくらいには、長門も凪の事が少しずつ理解できていた。
そんな彼をもっと理解する前に、自分は別れの言葉もなしに沈みかけていたのか。南方棲戦姫との因縁を終わらせるために。
そんな事、出来るはずがない。
後悔が浮かんできた。あの時の自分を殴ってやりたい、と今になって思えてきた。
ああ、自分は彼の下にまだまだ居たいのだ。長門はそう思えるくらいには海藤凪という人物を信頼し始めているのだった。
トラック泊地に帰還した凪達はここで一泊する事となる。越智も帰還したようだが、彼は指揮艦に残ったままだった。それだけあの戦いによって憔悴してしまったらしい。
無理もない。意気揚々と主力を送り出してみれば、生き残ったのは少数なのだから。
那智、羽黒、千代田改二、吹雪、龍驤、白露、朝潮、古鷹、時雨、村雨、青葉、最上。
計十二人しか生き残らなかった。
戦艦、空母、軽巡は全滅。特に戦艦と空母が全滅というのは越智にとっては大打撃と言っていいだろう。彼の信じた大型鑑主義がものの見事に崩れ去り、完全敗北を喫したのだから。
これはほぼ間違いなく大本営から通達がくるだろう。ご愁傷様としか言えない。
そして持ち帰った戦艦主砲だが、どういうわけか46cm三連装砲となっていた。深海棲艦の艤装の時は16inch三連装砲だったと思うのだが、何があったのだろうか。長門の報告では南方棲戦姫は自分を大和だと名乗ったそうだが、それが影響しているのだろうか。
何もわからないが、とりあえず凪は東地の執務室から美空大将へと連絡を入れることにした。
「呉鎮守府の海藤です。本日ヒトロクマルマル、南方棲戦姫の討伐に成功いたしました」
「そうか。そちらは東地だな? ……越智はどうした?」
「あー、それがですね、美空大将殿……」
東地が何があったのかを順に報告していく。美空大将は静かにそれに耳を傾け、煙管を吹かせていたが、やがて報告が終わると「大方予想通りというべきか」と煙を吐き出しながら呟いた。
「なんにせよ勝利できたことは喜ばしい事よ。ご苦労であった、海藤、東地」
「はっ、ありがとうございます」
「越智はどうなさるんで?」
「さてな、あれは私の下にいる輩ではないからな。だが今までの例を踏襲するならば、首は飛ぶ。犠牲になった艦娘が多いからそれは免れないでしょうね」
東地の問いかけに美空大将は淡々と答えた。自分の下にいないから庇うような事もしない。逆に言えば越智を推挙した誰かの立場が若干揺らぐかもしれないという事なのだが、美空大将にとってそれは歓迎する事なのだろう。
「空いた席って……」
「……淵上さんが座る事になるだろうさ。そうなのでしょう、美空大将殿?」
「今年の主席が座るだろうから、そういう流れになるわね。海藤、貴様の近所になるのだからよろしくしてやる事ね」
「善処しますよ」
やれやれ、と小さく息を吐く。
彼女の本性を知っている身としては少々心配なところがあるが、でもどこかで楽しみにしている自分がいるような気がした。女性に慣れてきた、とは大きく言えないが、多少なりとも免疫が付いてきたのだ。今なら何とかなるかもしれない。
と、そこで凪は一つ報告する事があったことを思い出す。
「美空大将殿、戦果の他に報告する事が」
「なんだ? 聞こう」
「南方棲戦姫を撃沈した際に、戦艦主砲が浮上してきました」
「……ほう? どういうことかしら? 詳しく話しなさい」
凪は長門が拾った物について話し始める。静かに聞いていた美空大将は、少しずつ驚きに目を開き始めた。彼女にとってもそれは前例のない事だったのだ。
興味深そうに口元に指を当てながら思案し、一つ頷く。
「それは貴様が持ち帰れ、海藤。そして呉鎮守府に保管しておきなさい」
「よろしいのですか? 大本営へと送らなくても」
「そんな代物、今の輩に見せびらかすものではないわ。貴様が持ちなさい。後に私がそっちに行って確認する」
「わかりました。厳重に保管いたします」
「貴様の工廠妖精で先に調べてくれていても構わないわよ。得られる情報は早く入手するものだからね」
保管も情報入手も全て凪に任せる、と彼女は言った。確かに凪の趣味の関係で工廠妖精とは仲良くなっている。その力を借りれば多少なりとも調べることは出来るかもしれない。
一礼した凪へと美空大将は微笑を浮かべ、そして東地にも視線を移す。
「貴様達には後日報酬が送られるでしょう。期待しておきなさい」
「もしかして、新艦娘だったりしますかね?」
「さて、どうかしら。それを楽しみに待つ、というのもおつなものよ。ではゆっくり休み、帰還しなさい。お疲れ様」
「はっ、失礼いたします」
「お疲れ様でございます。美空大将殿」
敬礼をすると美空大将は返礼し、通信を切っていった。そこで東地は大きく息を吐いて 椅子に座り込む。柄にもなく緊張しているようだが、彼としては美空大将と通信をするのは初めての事だったのかもしれない。無理もない事だろう。
「お前さん、いつもあの人と通信してるんだろ?」
「いつもって程ではないな。報告する時とか、それくらいしかしないぞ」
「……慣れてしまってんだろうなぁ、お前さんは。何あの人。女傑って感じがして雰囲気やばいんだけど。威圧感すげぇぞ」
「今日は越智の件があるからそれが出てしまってたんじゃないか? いつもはもう少し落ち着いとんぞ」
そう言いながらソファーに座る凪。東地も立ち上がり、凪へとお茶を淹れてくれる。いつもなら加賀がしてくれるが、今は宴会の準備をしてくれているようだ。
湯呑を置き、対面に座ると「女性が苦手だったはずなのに、この三、四か月でどうしちまったんだい?」とにやにやしながら湯呑を掲げる。凪も軽く湯呑を掲げ、「そうでもないって」と首を振る。
「まだまだ美人相手にはきつい」
「あー、美人。長門さんとか加賀さんとか妙高姉妹とかあの辺りかね」
「せやな」
「……美空大将殿も見た目で言えば美人に含まれると思うけど」
「……美人である以上に、あの人は気迫がやばい。後、裏に色々抱えているから、それを考えて胃が痛い」
「そっちかー……」
そんな事を話している中、切り出すタイミングを窺っていたが、今がその時だろう。
お茶で唇を濡らし、一息ついた凪は湯呑を置いて頭を下げる。
「……それと、茂樹。感謝する」
「ん? なにが?」
「応急修理女神、長門に渡してくれて。おかげで長門は沈まなかった。ありがとう」
「ああ、それ。別に構わねえよ。それに俺は指示してないしな。女神こそ加賀さんに渡したけれど、それを長門に渡したのは加賀さんの意思さ。礼を言うなら、加賀さんにでも言っておいてくれや」
「わかった。……それと女神の補填は――」
「――それも必要ねえよ。そうだな、一つ貸しにしとくだけでいい。いつか、俺がピンチになった際にでも、返してくれや。それでいいよ」
軽い調子で笑いながらそう言うのだが、応急修理女神はなかなか生み出せない代物だ。そんな高い物を軽々と貸し一つと言うあたり、東地の凪に対するフランクさが窺える。
だが悪い借りではない。裏表のない貸し借りの関係を築けるのも、東地ならではのいい性格があってこそ。だからこそ凪は彼の事を、凪にとっての唯一の友であり、親友であると思える。
そんな彼に深く感謝しながら準備が整うのを待ち続けるのだった。
そして夜、トラック泊地の敷地で大宴会が行われる事となった。呉鎮守府の艦娘達も混ざっての宴会である。だが、越智はさっさと佐世保へと帰ってしまったらしい。あんな事を言っておいて敗北を喫したのだ。二人の前に顔を出せないのだろう。
だが凪と東地としてはもうあの顔は見たくもないものだったので、全然構わないのであった。飯がまずくなる要因はいない方がいい。間宮が作ってくれた料理に舌鼓を打ち、ジュースや酒を浴びる程飲む。
今回も胃が少し痛くなったが、前回のように日々ストレスを感じていなかったので、まだ食べられる凪。そんな彼に付き添うように神通が様子を窺っていた。何を食べるのか、何を飲むのかを訊き、それを取りに行ってくれる。
倒れた時におかゆを作ってくれただけでなく、食べさせてくれたという経験があるからか、こういう場でも甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
その様子を見て東地は「なんだなんだぁ? 秘書艦って神通さんだっけ?」とにやにやしながらからかってくる。
「いや、秘書艦は長門だけど、なんか呼ばれてどこか行ってしまった」
「呼ばれた? 誰に?」
「利根だったかな……向こうに――」
と、指さした先には何やら艦娘達が集まっている。その中心には、何やら肩車をされている誰かが見えた。ぱっと照明が当てられると、その正体が明らかになる。
それは腕を組み、付け髭とツインテールを揺らし、ご丁寧にマントまでなびかせて勇ましく叫んだ。
「ふっはっははははは! 匂う、匂うぞぉ……! ご馳走の匂いじゃあ! 見渡す限りの美味い飯に美味い酒! おっと、隠そうとしても無駄じゃあ。我が索敵からは逃れられんぞ! それらは全てこの吾輩、利根丸が頂こうではないか! そら、ナガト・ナガト! 駆けるがよい!」
「が、がおー……!」
なんだろう、あれは。自分は幻覚でも見ているのだろうか。そう思いたくなるほど、凪は困惑していた。眉間を揉み、もう一度見る。
幻覚ではない。
長門がマントをなびかせ、利根を肩車して駆け回っている。
なんで長門? あれか? 頭の艤装が鬼のようだからか?
しかも新たに二人の少女が高所から飛び降りてきた。
「ふっふーん! 夜戦仮面参上! さあ、利根丸にご馳走を捧げるのよ!」
「従わない子達はどこかしらぁ? ぶっ飛ばされたくないなら、大人しくした方がいいわよ~?」
わかりやすい、実にわかりやすい。
目元を隠す仮面をつけているようだが、あれは川内と足柄だろうか。艦娘としての衣装を改造している辺り、準備がいい。利根、川内、足柄と今の二水戦メンバーで集結しているようだが、残りの球磨、夕張、皐月は何処へ行ったんだろうか。
視線を動かして探してみると、皐月は観客として見つけた。球磨ももぐもぐと料理を食べながら見守っている。隣には北上がいた。夕張は……裏方だろうか。照明係でもしているんだろう。
となると……もしかして、と出てきそうな所へと視線を移した瞬間、「まてぇーーーい!」と勇ましい叫び声が聞こえてきた。
「むむ、何奴!?」
「勝利に浮かれる人々の、大切なご馳走を奪おうとする悪逆非道な行為、断じて見過ごすわけにはいかないっぽい!」
「大人しく、正義の鉄槌を受けてくださーい!」
「ええい、吾輩達に楯突こうと言うのか! どこだ!? 出てこい!」
「とぅっ!」
スポットライトがある一点を指し示す。利根と長門、観客達の近くへと降りていった川内と足柄達の視線、そして観客達も一斉にそちらへと見やる。
そこには四人の人影がいた。一斉に膝立ちし、そして一人が立ち上がって前へと出る。
「ソロモンの狂犬、夕立!」
「そ、ソロモンの黒豹、綾波……!」
「蘇りし不死鳥、響」
「
「ぶふっ……!?」
いいのか!? 海狸でいいのか!? もっといい異名あるだろ!?
と、凪が思わず心の中で突っ込みながら酒を吹き出す。恐らく動物系の二つ名で統一しようと相談し合ったのだろうが、雪風と言ったら幸運の不沈艦だったり、あるいは死神だったり、はたまた異能生存艦と動物系がなかなかない。というか後者は物騒というか、雪風にとってはあまりよくない思い出を彷彿させる。
そこで艦娘としての特徴……鼠系統に行きついたんだろう。あの娘達なりに知恵を出し合った結果……だと信じたい。
一人ずつ立ち上がって名乗りを上げると、最後にそれぞれポーズを決めた。
『我ら、一水戦駆逐カルテット!』
デデン! とどこかで聞き覚えのある効果音と共に、ポーズを決める四人の背後で爆発が起こる。しかも川内と足柄と同じく、それぞれ服をちょっと改造してヒーローっぽく仕上げていた。お、雪風もしっかりスカートを履いている。良かった良かった。
あ、大淀もいないと思ったら、また裏方をやっていたのね、と思いながら神通に渡されたタオルで口元を拭く。
「……いいの? あれ?」
「よろしいんじゃないですか? あの子達の元気さが見られますね」
と、あの娘達の上司である神通はにっこりとしている。
まるで戦隊ものだ、とあの時印象に残った一発芸が、あそこまで膨らむとは思わなかった。しかも二水戦まで巻き込むとは。いや、もしくは二水戦の三人が乗っかっていったのだろうか。
「駆逐艦が吾輩らを相手にするじゃとぉ? 小癪な! やれぃ! 夜戦仮面、餓狼仮面!」
「やっせん! やっせん!」
「アイサー!」
「突撃っぽーい!」
そうして始まった戦隊ものの戦い。ただの寸劇ではあるが、どちらも楽しげに戦いを繰り広げている。そして観客らも楽しそうだ。特にトラック泊地の駆逐艦が、夕立達を懸命に応援している。
神通もどこか楽しげに見守っていたので、何気なく「参加しなくて良かったのかい? 一水戦旗艦さん?」と問いかけてみる。
「いえいえ。私が参加してしまうと、演劇どころでは済まなそうな気がします」
「……はは、ご冗談を」
「ええ、冗談です。本当は私のキャラじゃなさそうなので。あの子達が楽しげにしているのを見ているだけで十分ですよ。それに、いつの間にか姉さんも参加しているようですし、ますます見ているだけで楽しそうですよ」
「おや? 聞いていなかったのかい?」
「ええ。でも姉さんの性格からして、私を巻き込んでくるものと思っていましたが、何もなかったですね。大方利根さんが念入りに口止めしていたのものと考えますが」
ああ、利根ならしっかりと根回しをしてくれそうだ。ところどころ抜けている所があるが、あれでも重巡のお姉さんである。やる事はしっかりやる。今回もそれに従って、とことんやりきるつもりなのだろう。
この宴会に添える花として。
「ぬわー!?」
「ちょ、ちょっと、やりすぎよ! 打ち合わせと違、い、いたっ……!」
今、下っ端役の川……夜戦仮面と餓狼仮面が倒されてしまった。何やら響が足蹴にしている餓狼仮面が喚いているようだが、響は気にした様子もなく、クールな表情を崩さずに指を天へと立てて勝利のポーズをしている。
その様子を見て利根丸がぐぬぬ、と悔しそうに拳を震わせた。
「ええい、情けない! ならばナガト・ナガト、行くがよい! お主の力を見せつけるのじゃ!」
「……ほ、本当にやるのか?」
「適当に立ち回ってやれぃ。こういうのは雰囲気じゃ、流れじゃ」
後ろに飛び降りて指示を出すと、長門が利根へと心配そうに小声で問う。利根もさっさとやれ、とでも言うように小声で打ち合わせしながら、しっしとけしかけていく。
ああ、慣れてないんだろうな、と凪は少し同情する。
困惑しながらも今の自分は敵役だ。それをこなさなければならない、と自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟きつつ、長門は「が、がおー……!」と安易な怪獣のようなポーズで夕立達へと向かっていった。
それでも駆逐艦達にとっては良いヒーローショーになっているようで、懸命に悪役に徹している長門の様子も楽しんでいる。
「それにしても、いい娘達じゃねえの。宴会芸まで持ってるなんてよ」
「俺としても驚きなんやけどな。どこからああいう情報を……」
「最初にあれをしたのも、聞いてみればネットとかで見てきたみたいですよ」
「ネットかー……」
「ええ。動画サイトとか、あるいはネットゲームだとか……。休憩の際や休日に巡っているみたいです」
「ネトゲもかい。……神通はそういうのは?」
「少しだけ、ですね。私としてはそれよりも訓練の指導を行っていることが多いので」
「まあ、そうなるか」
艦娘達のプライベートまでは凪も踏み込むつもりはない。ちょっとした驚きを感じながら新しく注いだ酒をいただく。神通も一口含みながら「お二人は何かしてらっしゃいますか?」と問いかけてきた。
「あー、海戦ゲームをね。アカデミーの頃にこいつを誘ってからちょこちょこやってるよな」
「海戦ゲーム?」
神通がその言葉の響きに少し食いついた。どういうものかを説明すると、ますます興味深そうにしている。
「なんだい? 君もやるかい?」
「ええ、そうですね。帰ったら教えていただけますか?」
「……いいよ」
海戦という響きに興味を示したのだろう。あの神通がのめりこんだらどうなってしまうんだろう、という疑問と興味が凪にもあったので、断る事はなかった。
見れば演劇は終わりを迎えようとしている。ナガト・ナガトが倒され、ついには利根丸をも討ち倒しにかかっている。
「ソロモーン、キィィィック!!」
「ぬわあああぁぁぁ!? ば、ばかな、この吾輩がああぁぁぁ…………」
それ、大丈夫なんだろうか、と思える飛び蹴りを以ってしてとどめとし、見事ヒーローは悪の親玉を倒した。これによって宴会のご馳走は守られたのであった。
戦隊っぽい集まりをしているのに、とどめはその次のニチアサの必殺技なんだな、と最後まで心の中でツッコミをする凪だった。
「それにしても、見事なヒーローと悪役っぷりだなぁ。うちの娘達も真似しそうだわ……」
「え、広めるの? 取り入れちゃうの? 大丈夫?」
「……ま、いい宴会芸だろうよ。そういうのは、じゃんじゃんやってこうぜ」
「お、おう。まあ、そっちがいいって言うんなら、俺は止めんよ。……あの娘達が自発的にやっちゃったもんやけど」
そしてあれが本当にトラックの艦娘達に取り入れられてしまうのかは、提督達にはまだわからない。プライベートや趣味までは口出しする権利はあまりないのだから。
演劇も終わったようで、艦娘達が一礼してはけていく。それからいいものが見られたと感想を言い合う艦娘達をよそに、提督は提督同士、ゆっくりとこれから飲み明かしていくのだった。
「――――情けない。それでも大和の生まれ変わりか。よもやあんな艦隊に敗れるとは」
それは深いため息をついた。
暗く冷たい世界の中、無数の艦の残骸が散乱している。光も射さない海の底、小さな蒼い灯りだけがその世界を照らしていた。
ヌ級の頭部のようなものに腰掛け、それは不機嫌そうに頭を掻いている。報告を耳にし、どうしてあんな無様な姿を晒したのかを思案するが、理由があまり思い浮かばない。
「だが、あれでも役には立ってくれたか。ソロモンの海に、死体を多く積み上げたのだから。あとは、佐世保の艦隊を崩した。これで奴らの戦力はまた減ってくれたろう」
それの姿ははっきりとは見えない。人のような形をしているが、肉体というものがはっきりとしていないのだ。モヤのようなふわふわしたものが存在し、生物の骨らしきものがうっすらと見られる。
目らしきものには蒼い光が灯っており、深海棲艦のように燐光の粒子が立ち昇っている。
そんな不可思議なものが、ヲ級やタ級がするようなマントを頭から被っているのだ。
「……ああ、でもあの力はやはり完全ではないな。次、同じようなものを搭載し、それでも上手くいかないならば捨てるとしよう。……誰かある」
呼びかけながら骨の手を軽く叩く。からからと音が響き、それに応えてタ級がすっと現れた。それはタ級へと手を挙げ、「ソロモンの奴らに通達。あれの建設準備を急がせろ」と指示をすると、タ級は一礼して去っていく。
タ級を見送るとそれはゆっくりと上を見上げる。
その先には暗くて何も見えない。天井のようなものがあるが、それはその先を見上げているのだろう。
遠い空は今頃月が出ているだろうか。星は見えるだろうか。
でもそれにとって、その空は届かず、見えぬもの。
自分にとっての世界とは、この深くて暗い死の世界。数か月ほど前に目覚めた時にはここに生まれ、頭の中によぎる言葉に従って動くだけの存在となっていた。
仲間を増やせ。
艦娘を沈めろ。
死を振り撒き、海を制し、蹂躙するのだ。
逆らう事など出来ない。自分はただ、その言葉に従うだけの存在。
こうなる前の記憶はそれには持ち合わせていなかった。この現象はある意味、南方棲戦姫や泊地棲姫と同じと言えよう。
だが、それにとって自分の過去などどうでもいい。ただ頭に響く声に従っていれば、この世界に留まれるのだから。
「次は、これを使ってみるか。大和がダメだったんだ。ならば、こっちなら、上手くいくかもしれない。あとはどのように構築するか、だなぁ……」
そこにあったのは戦艦の主砲の残骸だった。他にも船体の装甲に使われたと思われる金属もあり、視線を向けて思案している。その中で、先程の報告が頭にちらっとよぎった。
南方棲戦姫を落としたのは、呉鎮守府とトラック泊地の艦隊であったと。
呉鎮守府といえば、少し前に艦隊が壊滅したという情報が共有されている。だというのにたったの三か月で参戦し、生き延びてきたというのか。それが不思議でならない。
「呉鎮守府より来たれり艦隊、か。……まあ、いいや。私にとってはまだ脅威に成り得ない存在だろう。トラック泊地やラバウル基地の方が目の上のたんこぶかな。いい加減、落ちてくれないと、私としては困るなぁ……」
ぶつぶつと呟きながら、それはそっと主砲を撫でる。
果たしてこれからどんな深海棲艦を生み出してくれようか。白髪続きだったから、黒髪でもいいかなぁ。そんな事を思いながら、それは次の作戦を進めるのだった。
これにて2章が終了となります。
次回から3章となりますが、その舞台はお察し頂けているかと思います。
拙作の時系列の流れは、ほぼブラゲー版に沿っております。
お気に入りやUAがまた増えて困惑とありがたさがあります。
感想など頂ければ励みになります。
これからも拙作をよろしくお願いします。
越智提督の艦隊ですが、ああいうやり方は実際当時の南方棲戦姫の攻略部隊でありました。
ボス前の潜水艦を祈ってやり過ごし、戦艦だけ、あるいは戦艦空母だけで殴りに行く。
当時の艦これ的には駆逐艦や軽巡、そして重巡の悲惨さから編成に入れる余裕はなく、
大型艦のみで殴るか、あるいは潜水艦でゲージを削っていく戦法が採用されていました。
しかも当時は中破轟沈説がありましたから、より難易度は高いです。
越智提督はその当時のやり方を行ってもらいました。
ゲームとは違うので、実際潜水艦に当たったらこうなりますよ……となってしまいましたが。
今でこそ色々変わっておりますが、4-5、5-5などでは大型艦正義はまだ健在ですね。(戦艦空母のみ編成)