夜の闇を突っ切るように、その艦が快速で海を往く。艦は誰にも発見されていないようだ。地図を確認しながら操作し、どんどん先へ突き進む。後ろからは大きな船が一隻ついてきている。
それは軍艦のようで、砲門がゆっくりと旋回している。狙いを定めたようで、轟音を響かせて砲弾が発射された。それを尻目に、島の陰に入るように艦が入っていく。
レーダーを見れば、島の奥から敵が来ているらしい。自分は発見されていないならば、奇襲を仕掛ける事は出来るだろう。旋回して魚雷発射管をそちらに向け、タイミングを見計らう。
向こうからすれば後ろから来ている軍艦が発見されている状態だろう。あれに意識が向いているならば、自分には気づかない。やがて敵が映り込んだ瞬間、魚雷を発射して離脱を試みる。
狙いは成功した。突然の魚雷に敵はなす術なく被弾し、撃沈してしまった。だが敵はそれだけではない。後ろからもう二隻やってくる。
そこで煙幕を焚き、それに隠れながら離脱を試みる。後ろから来ている艦もまたその煙幕の中に入りながら旋回。飛んでくる砲弾を何とか回避しながらそこから離れていくのだが、
「まずい、魚雷が来てんぞ」
「なにぃ!? ってまじかよ! どっから……こりゃ直撃する!」
「何とか間に入り込め」
そんなやりとりをしながら、煙幕が立ち昇る中で、静かに入ってくる航跡を見る。確かに四本の航跡が二隻の方へと向かって来ているようだ。小さな艦の方は魚雷を回避できたが、大きな艦は一本直撃を受けてしまった。
「やっべ、浸水……! だがまだダメコンがある。まだ俺はいけるぜ」
「く、どこや……反応がないって事は、駆逐か?」
煙幕から抜け出し、魚雷を撃ってきた艦を探すと、すぐにそれは見えた。小さな艦と同じような大きさをした船体。敵の駆逐艦だ。その上には何やら文字と距離が表示されている。
「って、誰かと思ったらあの『水門』じゃねえか! やべえ、狩られる……!」
「……あかん。俺も狩られるかもしれん」
「ちょ、そこで弱気になるなって! 駆逐同士撃ち合って減らしてくれ!」
反航戦で二隻が接近し、後ろから大きな艦、戦艦が追従する。お互いスピードを変え、蛇行して狙いを定めさせないように動き、砲撃し合う。だがそれでも腕がいいのか、どちらもそれなりに命中弾があった。
だがより削られているのはこちら側だった。これはまずい、と魚雷を発射したが、それを察知したのか反転して向こうへと逃げていく。しかも煙幕を焚いて姿を隠してしまった。
逃げられる、と思った矢先、煙幕の奥から四つの魚雷が発射されてきた。見事に戦艦の側面を狙った雷撃であり、「あ、オワタ」と戦艦を操作している者から簡潔に言葉が飛んでくる。
その諦めは正しかった。魚雷は全弾直撃し、戦艦は完全に破損。撃沈されてしまった。
撃沈した駆逐艦は煙幕の奥へと消えたのだが、砲弾が飛来してくる。それを駆逐艦がよけようとするのだが、煙幕の中から撃ってきているため、タイミングが計れない。やがて逃げ切る事が出来ず、駆逐艦もまた撃沈されてしまった。
「あー……だめか。さすが『水門』。鮮やかに2キルかー……」
「やれやれ、こっちに『水門』が来ていたとは。出会ってしまったのが不運やな」
そう会話するのは、凪と東地だった。パソコンの画面には沈んでいく駆逐艦の姿が映っている。
それはネットゲームの一種であり、かつての大戦における日本海軍の軍艦同士が戦う海戦シミュレーションゲームだ。アカデミー時代に東地から教えてもらったゲームであり、暇つぶしの一種として時々プレイしている。
ちなみに今の戦いでは凪は駆逐艦の睦月、東地は戦艦の金剛を使用した。二人は通話ツールを使用して話しながらゲームを進めており、ゲーム画面は母港らしきものになっている。
そこには凪の使用している睦月の船体が映っており、小さなウィンドウに二つの名前が書かれていた。一つは『calm』、もう一つは『East』とある。前者は凪の英語、後者は東の英語だ。いわゆるゲーム内での名前、プレイヤーネームであり、先程の『水門』もまた誰かのプレイヤーネームというわけだ。
アカデミー入学の後に誘われたので、今年で五年目となる。
今でこそ軍艦は廃れ、艦娘が海を駆け抜けて深海棲艦という敵を倒しているのだが、その艦娘の元となった軍艦もまた人々の記憶に残る存在だ。その軍艦をかつての戦いではない仮想の場で動かし、戦うシミュレーションだ。
ゲームではあるが、軍艦を動かして戦わせるというのは、艦娘の戦いにも通じる。泊地棲姫を撃沈させた戦い方、それはこの海戦ゲームで使った戦略と同じだ。島の陰に隠れ、敵が来たら魚雷を一斉発射という奇襲によって敵を撃沈する。父やアカデミーから学んだ戦略をゲームで実践し、それを艦娘の戦いにも取り入れて実行に移したのだ。
十対十のオンライン対戦であり、様々な仮想の海域で軍艦同士が戦いを繰り広げる。夜戦となれば辺りが暗くなり、船はより見えづらくなる、という事も再現されている。発見しづらい駆逐艦もより見えづらくなったからこそ、『水門』が接近してくるのにも気づきにくかったのだった。
「んー、今日はこれくらいにしておくかい?」
「せやな。もういい時間か。久しぶりにやると楽しいもんやな」
「おう。息抜きになっていいもんだぜ。……ずっと張りつめてると疲れるからな」
「やっぱり南方棲戦姫の警戒は続けられてるんか?」
「もちろんさ。戦姫は出てこないけど……どうも、通常の深海棲艦に変化が出てきてらぁ」
「変化というと?」
ゲーム画面を落とし、通話ツールを大きくモニターに映し出す。声だけにしていたものを、ビデオ通話へと切り替えた。すると画面に真面目な表情を浮かべた東地が映し出される。
すると指を三本立てて画面に映し出す。
「アカデミーで習ったろう? 深海棲艦ってのは三つのランクが存在するって」
「ああ。ノーマル、エリート、そしてフラグシップ、やな」
ノーマルは何もオーラを纏わない普通の深海棲艦。
エリートは赤いオーラを纏った存在。ノーマルの存在よりも強力な力を秘めているのが特徴だ。
そして三つ目、フラグシップ。こちらは黄色、金色のようなオーラを纏っている。フラグシップとは旗艦という意味合いであり、凪の所で言えば神通や長門が務めている艦隊を率いる存在だ。
エリートよりも更に強力な力を兼ね備え、エリートと同じく目からは金色の燐光を放っているようだ。
「そう、その三つがあるだろ。……で、最近南方海域にフラグシップ……めんどいからフラって呼ぶけど、そのフラが多く見かけられるんだわ。でもって、新たな顔が出て来ちまった」
「なに?」
「戦艦タ級。新しい戦艦クラスの深海棲艦さ。今はまだノーマルのタ級やエリートのタ級しか見かけねえが、この変化は何かあるって思わねえか?」
「確かにな。泊地棲姫が出る前も何らかの前触れが起きていたわけやし、南方も何かがあるかも、と考えてもいいかもしれんな」
それから東地が名を挙げていくのだが、そのどれもがフラグシップとして確認されているものだったようだ。戦艦ル級、空母ヲ級、戦艦タ級、重巡リ級……。フラグシップだけではなく、それ以外の駆逐や軽巡でもエリートが普通に確認されているようだ。
ノーマルではなく、エリートやフラグシップが普通にうろうろする海域。それが現在の南方海域で起こっている事らしい。
「だよな。……つーわけで、警戒レベルを上げてる。ラバウルの深山にも連絡してみたが、あっちはあっちで普段から守りががっちがちだから、変化なしだな」
「ああ、自分の周りだけを守る深山か。となると敵の存在を探すのもしっかりしてそうだ」
「その通り。だからあいつの索敵に関しては信頼出来る。南方棲戦姫が出たら、あいつは間違いなく次も知らせるだろうよ」
最初に出現した際も深山が大本営に報告を入れて、その存在が周りに広まったのだ。
深山という男もまたアカデミー時代と何ら変わらない。凪と東地の同級生であり、2位という成績で卒業した。
エリートの家系に生まれた人物であり、ただひたすら提督になる道を歩まされる。それを受け入れているようで、ただ黙々と課題をこなしてきた。彼もあまり人と関わらない人物であり、自分が良ければそれでいい。他人がどうなろうと自分は関係ない。そのスタイルでただアカデミーを過ごし、ラバウル基地の提督としてもそれは変わらない。
「そろそろ備えな、凪。本当にお前も駆り出されるんなら、艦隊を強化する時間はそんなにないかもしれねえぜ」
「ああ。わかっている。今、いい感じにやっていけていると思っているよ」
水雷組は神通の手によって急成長。それは他にも影響を与える。
戦艦も水雷戦隊を相手にする事で、素早く動く相手にどれだけ命中弾を稼げるかの訓練になる。
空母もまたそんな水雷戦隊にどう艦載機をぶつけていくかの対処法を覚える。
最後にそんな三組を混合させてぶつかり合わせる訓練。これらを繰り返しているのだ。
また、最近はようやく夜戦演習も行っている。危険ではあるが、これも覚えなければならない技術ではある。戦場では何が起こるかわからない。作戦如何では夜戦を実行する事もあるかもしれないだろう。
やれる事は全てやっておこう。そうすれば、大きな後悔をすることはない。
「じゃ、おやすみ」
「おう、おやすみ」
通話を切り、椅子の背もたれに深くもたれかかる。時間はもう深夜と言っていいもの。
そこは凪の私室であり、一息ついた凪はモニターをぼうっと眺めていた。頭の中では東地とのやりとりが思い返される。
南方の変化、それはやはり南方棲戦姫が再び現れようとしている前触れなのだろうか、と。泊地棲姫の場合でも、近海では見かけられなかったリ級、ル級の出現が確認された事で異変を感じ取った。偵察をすれば、案の定泊地棲鬼が出現していた。
ならば南方棲戦姫も同じではない、とは言えないだろう。可能性の話だが、否定する要素もない。
(今、俺に出来る事はなんだ……? 他に出来る事は)
艦隊の訓練。これは必要な事だ。一番必要なこと故に、外してはならない。攻めるにしても、守るにしても、力がなければ意味はない。
遠征による資材確保。これも必要なこと。資材がなければ戦いを続行することは出来ない。
装備開発。まあ、これも必要だろう。艦載機の数はとりあえず増やした。良い砲と、弾丸の種類も増やさねばならない。それに開発は凪にとっては得意な領域といってもいい。工廠の拡張によって自分の仕事が増やせたのだ。これからもそれを続けてもいいだろう。
何気なくマウスを動かしてネットに繋ぐ。
調べることは、南方棲戦姫についてだ。大本営に報告がいっているならば、提督間で公開されている情報があるかもしれない。サイトにアクセスし、しばらく探ってみると、見つける事が出来た。
南方棲戦姫。
南方、ソロモン海域より出現した姫級の深海棲艦。その両手に装備しているものは、かの大和型主砲に酷似しているとされている。また、その戦艦主砲を手にしていながら、艦載機を発艦させる能力を保有し、魚雷をも発射する事も出来る。
砲撃、雷撃、艦載機と三つの能力を備え付けた強力な深海棲艦。それが南方棲戦姫。
艦載機に関しては艦戦を搭載しているらしいので、これを崩すにはこちらも良い艦戦を用意しなければならないだろう。対空砲撃は摩耶を主とし、重巡や軽巡、駆逐らにも頑張ってもらう。
装甲も戦艦級のため、普通の砲撃じゃあなかなか通らないだろう。通すには戦艦級の主砲しかないだろう。無理やり通すならば重巡級の主砲だろうか。
やはり主砲開発をして、軽巡らに持たせてみるという手を使うか、と考えてみる。
それも一つの手だろうが、水雷戦隊といえば魚雷が一番大事だろう。現状最高の魚雷といえば四連装酸素魚雷。これを開発して主力の水雷戦隊に持たせるのも一つの手か。
(……後は、一つ作ってみたいものはあるが、大本営からは正式に艦娘の装備としては登録されてないのか)
過去の大戦において実際に使用されていた道具ではある。先程のネットゲームでも登場している。だが艦娘の装備としては構築されていない。それが残念なところだ。
ならば、自分が作ってしまおうか、と凪はふと考えてしまった。
工廠妖精と仲良くなり、装備に妖精が生れ落ちれば艦娘の装備となることもある。それに賭けてみるか?
しかしそれしかない。
凪が考えている事を実行しようとすれば、妖精が生まれることを祈るしかない。
(水雷戦隊、特に駆逐に持たせれば攻撃にも防御にも使える一品。可能なら装備として作ってみたい)
そのためには工廠妖精とも仲良くしておくしかないだろう。凪の意思に応えてくれるように。