週末、凪は準備を整えて鎮守府を後にする。職務については再び長門に任せる事となった。二度目の事だが、今回は東京へ向かうためだった。
予定としては夕方頃に向こうへ到着し、合流。食事会という事になっている。
「また任せる事になってごめんね」
「なに、上の人間との食事なのだろう? そういう付き合いも大事だと理解しているつもりさ。私としては、また胃を傷めない事を願うばかりだよ」
「はは、俺としてもそうならないといいと思ってるさ。……それじゃ、みんなによろしく」
キャリーバッグを引いて凪は呉の駅を目指していった。食事会の後は東京のホテルで一泊してから戻ってくる事になっている。第三水雷戦隊の育成についてまだ気になる点はあるが、しかし大人の付き合いというのも大事なことだ。
この自分がよもや大人の付き合いをする日が来るなんて。色々思いつめてしまって足取りが重くなりそうだが、もう腹をくくるしかない。
ため息をつきながら凪はゆっくりと歩いていった。
長い列車の旅を終えて東京へと降り立った凪は、夕暮れに染まる街並みを見回す。予定ではここで迎えが来るという話だった。それらしき人物は見当たらないな……と探してみると、そっと近づいてくる影が一つ。
「海藤先輩」
「え?」
そこにいたのは私服姿の淵上湊だった。大人っぽい服装をしているから一瞬わからなかった。黒髪のポニーテールなのは変わらないが、その顔には薄く化粧をしており、リップに濡れた唇が艶やかだ。
薄い黄色のシャツに紺の上着、黒いタイトスカートに黒ストッキングという組み合わせ。首元が開いているせいか、提げているネックレスにも視線が移りやすくなっている。
当然ながらそれを見た凪は疑問を感じた。ただ案内するだけの役割にしては妙におしゃれしていないだろうか、と。
「まずホテルへ案内するわ。こっちよ」
「あ、うん。ありがとう」
先導して歩き出す淵上の後をついていく事数分。辿り着いたのはご立派なホテルだった。凪としては恐らく利用する事はないだろうという規模のホテル。食事をする場所も時間も、泊まるホテルも美空大将が手を回していたらしいが、まさかここまでとは。
凪としては普通の所で良かったのだが、しかしある程度は予測出来る事だった。
チェックインを済ませ、荷物を部屋へと置いてまた案内される。案内されたのはホテルの上にあるレストランだった。そこには既に美空大将が席についていた。
「大将殿、海藤先輩を連れて参りました」
「ああ、おつかれ。さあ、二人とも、ここに座りなさい」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。……って、え? 淵上さんも?」
「そうよ。湊も一緒に食べるのよ」
「え?」
「あら、言っていなかったかしら?」
「聞いておりません」
「そうだったかしら? でも湊が増えたところであまり変わらないでしょう? さあ、座りなさい」
カウンター席の隣を示してきたので、凪は美空大将の一つおいて隣の席に座った。「あら、隣でもいいのだけど」と微笑を浮かべる美空に「いえ、大将殿のお隣に座るような事は……」と遠慮した。
「今日はそういう立場を気にせず、食事をする予定なのだけどね。まあいいわ。その方が貴様が落ち着くならそれも良し。湊、あなたがここでいいわね?」
「わかりました、大将殿」
「今日はそれはやめなさい。プライベートなのだから」
「……はい、伯母様」
「――――え?」
今、淵上はなんと言ったのだろうか。席に着いたまま呆けた顔を晒してしまうが、それだけの驚きが凪にはあった。
伯母って、あの伯母なのだろうか。
驚いている凪に気付いたらしく、頬杖をつきながら美空が面白そうな表情を浮かべていた。
「あら、知らなかったのかしら? 湊は私の妹の娘よ?」
「…………そう、でしたか?」
「本当に知らなかったの? あたしのこと、アカデミーに通っている人なら、大抵は知っているものと思っていたけど」
「知らなかったね……東地も何も言っていなかったし」
人に対してあまり興味を抱かない凪ならまだしも、東地ならば知っているんじゃないかと思ったが、一度もそういう事を口にしたことがない気がする。いや、もしかしたら口にしていたかもしれないが、それを凪が覚えていなかっただけの可能性もある。
それにしても美空大将の姪っ子だとは。なるほど、ならば優秀なのもある意味当然なのかもしれない。
「さて、食事にしましょう。メニューは私のおすすめでいいかしら?」
「ええ、私は構いませんよ」
「ではシェフ。いつものをお願い」
「かしこまりました」
一礼したシェフが調理に入る中、美空はちらりと凪を見やると間に入っている淵上も一緒に見える。淵上はというと目を閉じてじっと料理が出てくるのを待っていた。凪は出されたお冷をちびちびと飲んで落ち着いていない。こういう店に来るのは初めてなのだ。どうしていいのかわからない。
「さて、貴様とはゆっくり話をしようと思っていたのよ。仕事抜きでね」
「そ、そうですか……」
「貴様は大阪出身だったわね? 噂に聞いたのだけど、大阪の人って、家に一つはたこ焼きを焼くあれが必ずあるって本当かしら?」
「あーどうでしょうかね。うちにはありますけど」
「ほんと、湊と同じような事を言うのね」
くすくすとおかしそうに笑いだす美空。その言い方だと、まるで淵上も同じ問いかけをされたという事になるのだが、まさか?
と、淵上の方を見れば、澄ました顔を崩さずに小さく息を吐いていた。
「……あたしも、大阪出身ですから」
「そうなのです?」
「美空の家はこっちだけれど、淵上は大阪なのよ。湊にも前に訊いてみれば、他の家がどうかは知らないけど、うちにはある。みたいな答えでね。他の大阪出身とほとんど同じ答え。……なんなのかしらね、大阪人というのは」
やれやれと首を振る美空大将だが、いきなりの大阪に関するトークを放ってきたのはやはり凪の緊張を少しでもほぐそうという試みだろうか。それに加えて淵上も大阪出身という事を明かして、親近感を湧かせようという意図もあるかもしれない。
ちなみにたこ焼きのたこだが、現在ではほとんど養殖が主流になっている。たこだけではない。海鮮についてはほとんどが養殖だ。深海棲艦によって海が危険地帯になっているため、天然ものはほとんど市場に出回らない。
天然ものを捕りに行く際には、艦娘を護衛させないと漁船すらも襲われてしまうのだ。そのため天然ものはより高級になり、一般人が魚介類をいただくのはほとんどが養殖のものとなってしまった。
「お待たせいたしました」
そしてシェフが持ってきたのは出汁が浸された鍋だった。それを三人の前に置き、続いて大皿に盛られた食材が並んでいる。野菜や豆腐などという鍋には定番のものがずらり。
別の更にはカットされた肉が花のように並んでいる。
「しゃぶしゃぶ、ですか?」
「そうだ。肉に関しては他にもあるから、追加で欲しいならば頼むといいわ。あと野菜もちゃんと食べなさいよ」
だからおかんかよ、と心の中でツッコミを入れながら、置かれている肉の種類に目を通す。牛や豚など色々あるが、そのどれもが高級ブランドの肉らしい。それを実感すると、遠慮が出てきてしまうのはやっぱりこういう店にあまり来た事がないせいだろう。
いただきます、と唱和し、各々の鍋へと自由に具材を投入していく。するとシェフから白米を出され、一礼して控えていった。
この店は貸し切りになっているようで、他に客は誰もいない。静かな時間の中、凪は煮えた白菜をポン酢につけ、そっと口に含む。
美味い。しゃきしゃき感と甘みが口に広がっていく。他の野菜も同様だ。これらも素材がいいのか、普通の鍋でいただくものとは違って感じられる。
肉も軽く出汁をくぐらせる程度にしゃぶしゃぶし、ポン酢につけていただいてみる。
やはり美味い。
今まで食べてきた肉とは違うような気がする。肉の旨味がじんわりと感じられ、噛みしめるたびにそれが出てくるのだ。米を食べる手が進みそうだ。この一枚だけでも十分に食べられるくらい、美味しい。
でも、それはしない。
ゆっくりと、味わうように食べ進める。その方が胃に負担を掛けないだろう、とセーブする。こんな所で倒れでもしたらどれだけ迷惑かわかっているので、じんわりと美味さを感じつついただくことにした。
「どうかしら、海藤?」
「ええ、美味しいです。こんな鍋、今まで食べた事がありません」
「そう。男にしては随分ゆっくり食べるものだから、不満かと思ったのだけど」
「はは、そうですか? こんな美味しいもの、掻き込んで食べるようなものでもないでしょう、とじっくり味わっているのですよ」
「なるほど。……さて、海藤。こういう場を設けたのだから、せっかくなのだし、何か訊きたいこと、訊いてもいいわよ?」
「そうですか。……でも、私が一番訊きたいことは、恐らく答えてはくれないのではないか、と失礼ながら思ったりするのですが」
自分を呉鎮守府に送り、何を得ようとしているのか。
大将まで上り詰め、改二という新たな要素を完成させるのはいいが、そこから何かを得ようとしているのか。
姪である淵上を補佐に控えさせるのはいいが、まるで次の席が空いたらそこに座らせようとしている。そうして何をしようとしているのか。
全ては一つに繋がっているような気がする。
凪の言葉に対する答えは微笑だった。どうやらまだ答えてくれる気にはなっていないらしい。
「私の事は置いておいて、湊の事について、知りたいことはないのかしら?」
「特には何も」
「そう? 湊、アカデミーでは百人近くは告られて全てフッてきたと聞いているのだけど。そんな湊に対して興味がないなんて、海藤はもしかして、そっちの気があるのかしら」
「ありません」
「……海藤先輩は人が嫌いだそうですから、あたしに対しても他の女性と同じように興味の対象にすらならないのでしょう。伯母様」
全くその通りだ、という答えを淡々と口にする。自分の事なのに、相変わらず澄ました表情で、どうでもよさそうに鍋をいただいている。
そんな湊にやれやれ、と困ったように美空は首を振っていた。
「これだから。年頃の女なのだから色恋の一つでもしたらいいのに、全くその一つもしない。貴様ら、それでも若人なのかしら」
「そう言われましてもね。人が苦手な性分をしているもんですから、そうしようという気にもなれませんよ」
「あたしも、あたし自身というより、家柄になびいてきたような輩の相手を一々する気にもなれません。そうでなくとも、あの性根のよろしくない馬鹿どもの相手などごめんです」
「……だったら貴様ら二人がくっついたらどうなのかしら? 似た者同士なのだし」
その言葉に二人の箸の手が止まった。横目でお互いを見つめ合い、そして同時に美空へと「なぜです?」と問うてしまう。
なんだ、息ぴったりじゃないか、と美空はにやついた表情を隠そうともしない。
「海藤は湊自身に興味がないようだけど、言い換えれば家柄も性格も何も知らない、ゼロの状態。そこから湊を知っていく事が出来るわ。人嫌いというのを何とかすれば、湊になびくかもしれない。そして湊も、海藤があのアカデミーに通っていた馬鹿どもとやらと同じ性格ではない事を知っている。……それに湊。あなたの性格だと海藤を逆に引っ張って導いていけるような気がするのよね」
「御戯れを、伯母様」
「そうですよ。私のような輩が、こんな美人さんの相手は務まりませんよ」
「……そういう事は口に出来るんだ。それも適度に人を持ち上げてやり過ごそうという考えから得た技術なの?」
「身も蓋もないね。その通りだけどさ、でも実際そう思ってる」
なかなかに手厳しい。そのキツさも彼女の魅力なのかもしれないが、凪にとってはそのキツさは少し遠慮したい部分だった。なので適度に褒めつつ遠慮しようとしたのだが、速攻で暴かれてしまった。
困ったものだ。
「私の実家は確かに海軍家系ですけど、かといって大将にまで上り詰めているわけでもないですからね。美空大将殿の縁者となれば、それに見合うだけの――」
「――そういう昔の思想はいらないのよ。遠まわしに遠慮しているつもりのようだけど、私にはそういうのは不要よ。恋愛だろうと何だろうと、凝り固まった考えより柔軟に対応してこそ、前へと進むというものよ」
「凝り固まった考え、ですか……」
それは今の海軍上層部にも見られる事だった。その結果、エリート思考が蔓延し、今の大本営と各地の提督らを生み出した。慢心からくる失態と提督の入れ替え、それが繰り返されている。深海棲艦と戦っているのに、人間同士が足を引っ張り合っているのだ。
それに凪の父も巻き込まれたわけなのだが……まさか、そういう意図があるのだろうか? と僅かに凪は美空を盗み見る。
「さ、食べなさい。いい機会なのだし、湊について話しましょうか?」
「……伯母様。別にあたしの話なんてつまらないでしょう」
「そうでもないでしょう? 久しぶりに関西弁で話してもいいのよ? プライベートなのだし、そこに関西人がいるから都合がいいでしょう?」
「そう言われましても……」
やっぱり関西弁喋るのか、としゃぶしゃぶしながら凪は思う。自分と同じく上京して方言をやめた口なのだろう。いつも仏頂面をしている彼女が、関西弁を喋る……その絵面は少しばかり興味が湧く。
それからは淵上についてだったり、凪についてだったりの話が間に挟まれて食事が進むのだが、凪はプライベートといえどもメンツがメンツなので遠慮が出てしまう。そして淵上も落ち着いた様子を崩さずに食事を続けていたので、あんまり話にならない。
こんな二人を仲良くさせようという美空の思惑は、完全に裏切られた形になってしまった。
食事が終わると、店を出て用意してくれた部屋へと戻ってくる。ご馳走様でした、と礼を述べると、美空は苦笑を浮かべて手を振ってくれる。
「まったく、私ばかり喋った形になったわね。何となくこうなるんじゃないかと予想はしていたけれど、そういう事まで期待に応えなくてもいいのよ」
「だったら、無理に彼を呼ばないでください伯母様」
「いつも同じ顔見て食事するのもつまらないでしょう。時には味付けを変えるのも食事の楽しみというものよ」
「それが苦味だったら、まずくなるでしょうに」
「これは手厳しい……」
思わず漏れてしまうが、否定はしない。実際先程の食事は美味しくはあったが、会話が上手くいかなかったのは自覚している。
だが淵上もあまり凪と会話しようとはしていなかっただろう。適度に相槌を打つように口を開く程度で、大部分は食事し続けるだけだったような気がする。
「苦味も時にはいいアクセントになるわよ。それに良薬口に苦し。……同年代とあまり交流をしてこなかった貴様らが、お互い良い薬になる可能性もあるわね?」
そう返されると、淵上は沈黙してしまい、ちらりと凪を窺い見た。だが小さく溜息をつくと「さっきの様子じゃ、そんな兆しなんて見えてこないかと思いますが」とまた辛口だ。
「そこは、これからの交流でどうとでもなるわよ。それじゃ私はもう行くわ。おやすみ」
「……おやすみなさいませ、伯母様」
「おつかれさまです、美空大将殿」
ばたん、と扉が閉まり、残された二人は沈黙する。何か言った方がいいのだろうか、と凪は何とか頭を回すが、いい言葉が浮かんでこない。こういう時どうしたらいいのか、という経験値が著しく不足している。
そんな凪の様子に気づいたらしく、またため息をついて淵上も自室へと向かっていった。
「無理してあたしの相手しなくていいですから」
「それもそうだね。でも、そろそろ変わっていかなきゃならん時期になりつつあるからね。せめて何度か顔を合わせることになるかもしれない相手くらいは、普通に出来るようにと、ね」
「いい心掛けですね。でも、それに付き合う義理はあたしにはないから。あたしはあくまでも、伯母様の補佐。あんたの相手をきっちり務める立場じゃなく、ただの連絡役。それだけの間柄。親しくする程のものじゃない」
「……変わらんねえ、アカデミーで見かけた頃から。俺の場合は人嫌いだけど、君もそうなのかい?」
「……そうね。あたしもそうかもね? あんたは父親の一件だろうけど、あたしの場合は、家柄よ。めんどくさいのよ、家柄で釣れて、あたしの見てくれとかで近づこうとするエリート気質の馬鹿どもの相手をするのって」
その人となりではなく、美空という家柄で近づき、次に自分の容姿がいいから取り入ろうとする。なるほど、それを百人近くも相手し続けたら、人に興味を持てなくなるのは当然の事だろう。
誰一人として淵上湊という人物の中身を見ようとしなかった。出身、容姿、頭脳……それらで塗り固められた外面で近づき、調子のいい事ばかり並べられては辟易する。
だから彼女は一々それに対応するのをやめるために、このような性格になったのだろうか。
美空大将が口にした似た者同士というのも、そういう部分があるからだろうか。
部屋の鍵を開けて中へと入ろうとすると、最後にこれだけは言っておこう、と淵上が話を続ける。
「それと、あんたのその表面だけの笑みもやめときなさい。そういう上っ面なものって、案外ばれるわよ。そういうのはさっさとほかして、普通に振る舞った方がまだマシなもんよ」
「……ん?」
「なに?」
「いや、その『ほかす』って、方言だよなぁ……と」
「……っ!?」
そのツッコミに勢いよく淵上は振り返ってきた。
凪のツッコミ通り、ほかすとは関西弁であり、捨てるという意味合いだ。何気なく使って、関西人じゃない人に意味が分からない、と突っ込まれる方言として挙げられるものだろう。
「そ、そういうツッコミは心の中になおしておくもんでしょ! 無粋なのね、あんた」
「…………」
「な、なに?」
「いや、焦ってらっしゃるんだなぁ……と。また方言が出るくらいには……」
「え? …………あ」
なおす、それは直すだったり、治すだったりする意味ではない。
しまいこむ、という意味合いでのなおすなんだろう、と凪は思うのだった。だからせめて何とかフォローするべきだろうと、親指を立てておく。
「俺は気にしない。同じ出身地なんだ。仲良くしましょうよ、淵上さん」
「……う、うっさいわね! だからそのへらへらしたような顔はやめなさい、って言っとるやろ! もういい! 寝る! おやすみ!」
顔を真っ赤にして一気にまくし立てると、勢いよく扉を閉めて中へと消えていった。
焦るとああなるんだな、と凪は頷く。しかも今までに見た事のない表情に、紅潮した顔……もしかすると、仏頂面を取り払った素の彼女があっちなのかもしれない。
それが見られただけでも、今日の食事に来た甲斐があったかも、とどこか満足してしまう。さ、自分も寝ようか、と思って振り返ると、また勢いよく扉が開き「――それと!」と淵上の声がかかった。
「うぉうっ!?」
突然すぎて変な声が出るだけでなく、体を震わせて振り返ってしまった。そんな凪に突っ込むことはなく、
「明日は朝食バイキングがあるから、7時には起きてること! あたしが呼びに行く事になってるから、起きてなさいよ! ええか!?」
「う、うっす……」
「ちゃんと伝えたから! おやすみ!」
ばたん! とまた扉が閉まると、凪は呆然としたように淵上の部屋を見つめてしまう。どんなに怒っていても挨拶は欠かさないんだな、ということ以前に、話が終わったかと思ったら、もう一つ付け加えるように話を続けるそのやり方……。
(さすが、美空大将殿の姪っ子。そういうところも血筋なんか?)
あと、さっきも今のも関西弁が最後の方に混ざってたぞ、というツッコミはしないでおくとしよう。鍵を開けて部屋に入ろうとすると、静かに美空大将の部屋の扉が開けられ、そっと顔を出してきた。
「……な、なにか?」
「……いいえ。久しぶりに元気なあの子の声が聞けたな、と思ってね」
「そ、そうですか……」
「その調子で、是非ともあの子と仲良くしてやりなさい。伯母として、応援させてもらうわ。色々と、ね……ふふふ」
にっこりとほほ笑んだかと思うと、静かにまた扉が閉められていく。
今まで見せてこなかった可愛いところが見れたな、と思うのはいいとして、だからといってそこまで進展する事が出来るのか、というのは別だと思うのですが。
というかどこまで本気で凪と淵上の仲を期待しているのか、と訊いてはいけないのだろう。あの人の事だ。上手くいきそうな気配を感じ取ったら、本当に最後まで後押ししかねない。
これはまた、めんどうなことが増えたかもしれない。
また一つ、ため息をつきながら凪は部屋へと入り、真っ直ぐにベッドに向かっていくのだった。