呉鎮守府より   作:流星彗

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己ガ目的ノタメニ

 拠点へと戻ってきた星司は、トラック島での戦いを思い返し、唸っていた。

 出だしは順調だったといってもいい。目的通り、トラック基地を破壊し、奇襲に成功した。トラックの提督と艦娘を始末したと確信したほどに。

 異常を感知し、ラバウルとパラオの艦隊が様子を見に来る。これを迎撃し、更に被害を拡大すれば良しとした。

 

 ラバウル艦隊の抵抗は想定より大きかったが、パラオ艦隊は順調だった。長門の長距離砲撃は予想以上の力を発揮し、先手を打つことに成功。そこからアンノウンが追い込んでいき、あのままいけばパラオ艦隊は崩壊し、香月を殺すことに成功していただろう。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 呉艦隊が何故かあそこに現れ、パラオ艦隊を助け、なおかつ深海中部艦隊と本格的な戦いを始めてしまった。

 それはそれでいい。星司としても呉との因縁は果たしておきたかったのは本音だ。こんなところで邂逅したのなら、好機が巡ってきたといってもいい。

 呉の長門を転生させた戦艦水鬼をぶつけ、呉艦隊を潰すことができれば、この上ない喜びとなるだろう。

 

 だが、敗北した。

 

 深海長門は大和との戦いに想定以上に熱中した。遊んでいたといってもいいだろう。

 どういうわけか戦いを長引かせ、他の艦娘に目を向けなくなってしまった。

 最初こそ広い目で戦場を見回し、遠方から砲撃をし続けることで、有力な艦娘たちを抑えていた。これこそ星司が思い描いたものだった。

 

 戦艦らしい長距離の射程を活かし、近づく前に倒す。近づいてきたとしても、その高い性能を活かして倒れず、逆に潰す。これこそ戦艦の在り方であり、最高の個体といっても過言ではなかった。

 だというのに、どうして深海長門はあんな戦いをしてくれたのか。

 

「長門はどこにいる? 訊かなきゃいけないことがある」

 

 頭を抱えながらも、何とか星司はそう問いかけた。一緒に逃げてきた深海棲艦たちは、首を振って応えた。彼女らは深海長門を見ていない。

 後から撤退してきたものらも同様だった。誰一人、深海長門の姿を見ていなかった。

 

 どういうことだと首を傾げていると、アンノウンが拠点へと戻ってくる。彼女にも「アンノウン、長門はどうしたんだい?」と尋ねてみるのだが、

 

「長門ぉ? ボクより先に逃げたはずだけど?」

「君も見ていない、だって……?」

 

 星司より後に、アンノウンより先に逃げた長門が、今の今まで姿を見せていない。それが意味することは一つだろう。次第に体が震えてきた。それを振り切り、星司は深海長門へと通信を繋ぐ。

 だが、応答しない。何度も何度も通信を繋ごうとしても、深海長門はこれに出てくれなかった。

 しかし、時間をかけた意味はあったのか、ようやく通信が繋がったらしい。それに気づいた星司は、慌てたように叫ぶ。

 

「長門、良かった、出てくれたね。今どこにいる?」

 

 だが、声は返ってこない。

 震えながら、何度もどこにいるのかと問いかけると、向こうで重いため息が聞こえてきた。

 

「鬱陶しい、女に逃げられた男か? ああ、実際にそんな状況か」

 

 と、棘のある言葉を返してきた。

 

「簡単な話。わたしは、お前の下から離れる」

「な、なぜ……!? どこに行くというんだい!?」

「そんなこと、一々お前に言う必要はない。何故かと問われれば、それも明らかだ。お前の下にいるメリットがわたしにはない。そも、そこに居たくないというのもある。何せお前はもう、十分に厄を抱えている。恐らくもう、それは解放されるだろう」

「メリット……厄? 君は、何を感じ取ったって……」

「お前は、もう終わっている。沈む船に付き合う気がわたしにはないだけだ。せいぜい頑張って、その厄と付き合っていくんだな」

 

 そう言い残して、深海長門は通信を切った。それでも星司は深海長門を呼び続けるのだが、もう彼女からの応答はなかった。

 気が抜け、うなだれてしまう星司。自分にとっての最高傑作ができた喜びはもうなくなってしまっている。

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 呉の長門を使うことで、呉との因縁に対処するというやり方を考えたのがまずかったのだろうか?

 でも、向こうも大和を使ってきたのだ。その対抗策としてこの上ない答えになったのではないだろうか。

 

 ぐるぐると思考が渦巻く中、深海赤城も帰ってくる。「提督……」と力なく呼びかけるも、アンノウンは星司を見て、嘆息しながら肩を竦める。だが、その目が急に細くなり、じっと深海赤城を見つめた。

 何度も聞いたあのチャイムのような音がどこからか聞こえ始め、闇の気配が濃密になったのだ。この感覚には覚えがある。思わずそこから飛び退き、深海赤城を見つめてしまう。

 

 闇は次第に深海赤城を包み込み、彼女の目がより濃い赤に染められていく。チャイムの音にも、深海赤城の変化にも星司は気づくことはない。ただぶつぶつと何事かを呟き続けているだけ。

 その背中に、深海赤城は呼びかける。

 

「 ヒトよ、時は来たれり 」

 

 今までの深海赤城にはない、流暢な言葉の紡ぎ。その語り口に、星司は覚えがあった。はっと顔をあげて、恐る恐る振り返ると、じっと深海赤城が自分を見下ろしているのが見えた。

 だが深海赤城から発する力の気配は、今までの彼女のものとはまるで違っている。より深みを増した闇の気配。それでいて高次元の圧を感じさせるもの。

 かつてのミッドウェー海戦の後、アンノウンに現れたあの存在なのだと、震えながら察した。

 

「 ヒトよ、敗北に嘆くものよ。其方の力を振るう時だ 」

「力……? 今の僕に、何ができると?」

「 シャングリラを作り上げよ 」

 

 その言葉に、星司は疑問から目を細めた。

 楽園(シャングリラ)を作れ? 

 確かに星司は自分にとっての安息の場所、楽園(シャングリラ)を作ることが目的だった。誰にも邪魔されず、自分の好きなことをし続けるだけのスペース。自分と心を許したものだけをここに置き、ただただ時間を浪費し続ける場所が欲しい。それが星司にとっての夢である。

 

 その楽園(シャングリラ)を今から作れとはどういうことなのかと、星司は問いかけずにはいられない。

 

「これから楽園(シャングリラ)を作れって、今はそんなことができるわけがないでしょう」

「 シャングリラを作り上げよ 」

「いや、だから……」

「 認識の相違があるな? 吾は機体、シャングリラを作り上げよと告げている 」

「…………え?」

 

 機体のシャングリラ?

 一瞬、何のことかはわからなかったが、少し考えて思い至った。

 米国の空母に、シャングリラというものがいたはずだ。これを作れと言っているのだろうか?

 

「空母を作れ、と?」

「 ただの空母ではない。かつてヒトが思い描いた幻想の存在。あるかどうかもわからないもの。口からの出まかせとして語られたもの、シャングリラ。それにふさわしいものを其方は作るのだ 」

 

 一歩前に進み、指を立ててそれは座り込んでしまっている星司の額へと突き立てる。

 じっと見下ろしてくる赤い瞳が、有無を言わさないという雰囲気を作り上げていた。お前は、それをやらなければならないのだと、空気で突き刺してきている。

 

「で、でも……一から作るにしても、素材がありません。あの長門のことを言うのであれば、あれは特別なものです。呉の長門を流用したから出来上がったものといえるので……」

「 一から作る必要はない。流用できるものは、ここにあるだろう? 」

「……え?」

「 一つ、この上に、素晴らしい素材があるではないか。ヒトの愚かなる実験によって沈み、その風貌もまた、ヒトに恐れられるだけの要素を兼ね備えたものが存在している 」

 

 何を言っているのかは、すぐに理解できた。確かにあれは、素晴らしい素材になるかもしれない。でも、あれに手を加えるというのか? と疑問が浮かぶ。

 

 何せあれは反応兵器によって沈んでいる。その影響が今もなお残されていないとも限らない。それに手を触れることで、自分たちにとっても悪影響が及ぶのではないかと危惧した。

 だが深海赤城に宿ったそれは、問題ないとばかりにぐいっと指をより星司の額へと指を押し付けた。

 

「 其方の技術は理解している。素材、概念、何もかもを利用し、活用することは可能だろう。汚染? そんなものは今の其方に何の影響もない。死したる其方と、その体において、長い時を経たあれに残ったものでは、考慮するに値しない 」

「…………本当に、あれに手を出すというんですか?」

「 そしてもう一つ、都合のいいものがあるだろう、ここに 」

 

 と、突き立てた指を引っ込め、自分の体を示した。その意味を噛み砕くのに、数秒かかってしまった。

 そんな星司に意を介した風もなく、「 赤城は、更なる強さを求めていよう。吾には理解できないが、そんな健気な想いとやらを叶えてやるのが、ヒトというものではないのか? 」と、どうでも良さそうな雰囲気でそれは言い放った。

 

「赤城を、赤城をあの素材を使って強化しようと……!?」

「 何を恐れている? そこまでこの赤城に思い入れがあるとでも? 其方は、最初こそ赤城にも思いを向けてはいたが、この最近はそうでもないだろう? 呉に執着し、長門に肩入れし、赤城に対する思いは薄れていた。違うのか? 」

 

 その指摘に、星司ははっとして言葉を失った。

 確かに以前に比べたら赤城と接する時間は減ってしまっている。ミッドウェーの制作、ミッドウェー海戦の敗北から、深海長門の制作にかかりっきりだった。

 何事に対しても優先される事柄であり、この完成こそ新たなる深海中部艦隊を構成する重要なファクターになると予感させるものだった。

 

 その時点で、深海赤城より立場を上に置いてしまっている。星司にとっての秘書艦だったはずの深海赤城の近くには、どういうわけかアンノウンが長くいたような気がするため、空気的にはアンノウンが秘書艦になってしまっていた部分もある。

 それだけアンノウンの強さが際立っていることもあり、何よりクセの強さが高く、存在感もあったため、星司の認識も深海赤城からアンノウンにより向けられることになったともいえる。

 

 そうまで考えると、確かに深海赤城に対する思い入れは、薄れてきていることを否定できなかった。

 同時に自分がこんなに変わってしまったという自覚を得る。ひとまずの冷静さを取り戻して、己の矛盾がここまで進んだのかと恐れてしまう。楽園(シャングリラ)を作るなんて口にしておいて、大事な秘書艦である深海赤城を蔑ろにしてしまっていたのか?

 

 また頭を抱える星司の目から発せられる燐光が震え、そして、またバチバチと電光が小さく弾けている。それを見下ろしているそれは、すっと目を細めた。

 

「 今も吾は兵器に感情は不要だと認識している。感情がある故に長門は其方の下を離れた。兵器が使い手から離れるなど、あってはならないことである。しかし、感情があるが故に、この赤城は良き種となるだろう。力がなく、戦いに敗北し続けることを嘆き、其方の役に立てない己を不甲斐なく思い、故に力を求めるのだ。そうした想いとやらを抱えてこそ、シャングリラと成るに相応しい 」

 

 淡々と語るそれに、自然と耳を傾けていく。

 そうなのか? そうなのだろう……と、沈む気持ちの中で、星司はゆっくりと闇の底に落ちていく。その様子をじっとアンノウンは見守っていた。

 

「 今こそ、其方の役割を遂行せよ。最高の器として、シャングリラを作り上げよ。これは何よりも優先すべき事柄である。元より其方は、そのためだけにこの世に命を繋ぎ留められたのだ。喜ぶがいい。其方の願い通り、シャングリラをその手で作り上げられることを 」

「…………わかりました」

 

 楽園(シャングリラ)ではなく、器としてのシャングリラをその手で作り上げる、ということに歪められているが、より深く堕ちている星司は、ただ一言、了承の言葉を口にした。

 彼の周りには闇の気配が取り巻いており、どんどん深みを増していく。それに星司は反応しない。ただ静かにそれに身を任せ、そして闇は星司の中へと吸い込まれていく。

 

 アンノウンはそれを見届け、小さく息をつき、(……あーあ、堕ちたな)と少しだけ悲し気な表情を浮かべた。しかし、それもすぐに消える。

 元よりそうなるんだろうなという予感はあった。最近の星司はストレスを溜めすぎていた。高められていくストレスは、より深い闇を呼び込む。それによってどこかしらに歪みが生まれ、ひどくなっていくだろうと考えていた。

 

 トラック島での戦いでもそれは見られた。凪が現れた時の雰囲気の変化や、香月相手に妙にテンションが高くなった様子。それらの時でも、闇が弾けるような様子があった。

 凪に対する嫉妬、憎悪……からの香月に対する歪んだ笑みと感情の発露。あんな風に笑うことなど、今までになかったことだ。それが出ただけでも、星司が異常だったというのはわかるが、その結末がこれか。

 

 ミッドウェー海戦の後から、以前に比べて近くにいるようにしたが、それは星司の様子を観察するためだった。どこまで星司は持つのだろうかと、彼の行く末を見届けるために、近くに控え、見守り続けた。

 

 結果は、半年。

 今回のトラック島の戦いの結果を受けて、かの神がとどめを刺した。よもや自分からそうするように仕向けるとは思わなかったが、それだけ時間を早めようという意図があるのだろう。

 

(ほんと、長門はこれを見越していたってことか。そりゃあ離れるだろうさ。うん、ボクとしても理解できなくもない。でも、そうする意図を持ったのは、艦娘の記憶があるからってことだろうねえ……)

 

 前世が艦娘だったが故に、この闇の気配には敏感だったということだろう。

 そして長門という艦としても、この上には元の艦が存在している。かの反応兵器による実験により沈んだためだ。自分が沈んだ海域の下に長く居続けたくはないという気持ちもわからなくもない。

 

(そして作業風景も見続け、それを持ち出してどこに行くのかといったら――ま、あそこか)

 

 腕を組み、思案するアンノウンは、長門が行くであろう場所をすぐに推測した。

 有力な場所だろうが、逃げた先まで追いかけて連れ戻すかというと、アンノウンはそれを否とすることにした。深海勢力を裏切るならば、再びアンノウンが殺すことも考えるが、そうはならないだろうと推測したためだ。

 

(いいさ、長門。お前がそこで動くんなら、悪くはない結果を生むかもしれない。マスターからも、手を出させないようにしてやる。そっちで上手くやってくれれば、うん、ボクからは何もしないよ。深海勢力の一員として頑張りな、長門)

 

 今回の戦いで艦娘ではなく、深海棲艦として完全なる自分を得ただろう。そんな彼女がこの先どう動くのか、それはアンノウンとしても楽しみなことだった。

 

 

 

 

「……ハァ、全ク……今回モ負ケタワネ」

 

 南方の拠点へと戻ってきた深海山城の戦艦棲姫は、やれやれと息をつく。南方提督である深海吹雪も倒されてしまった。深海山城は逃げる際に沈んだと思われるポイントを探してみたが、深海吹雪の遺体は見つからなかった。

 しばらく探してはみても、影も形もなく、もしかして消滅してしまったのだろうかと首を傾げた。

 

 これにより、またしても南方提督は代替わりしてしまうことになるだろう。

 深海南方艦隊のもう一人の戦艦棲姫、深海扶桑が「山城……コレカラドウスルノ?」と問いかける。

 悩ましいことだった。トラック島の襲撃は痛み分けに終わった。基地を破壊することに成功したが、提督や艦娘は完全に殺しきれなかったと見ていいだろうと考える。

 

 最後に島の外周から現れた艦娘たちは、どこかに隠れていたトラック艦隊のものだろうと推測できた。艦娘たちが動いたのならば、トラック島の戦力はそこまで大きく削れることはできなかったのだろう。

 そしてラバウル艦隊に対してはそこまで被害を与えられていない。深海吹雪は陸奥と戦い、敗れた。その他の艦娘に対しても有効的なダメージを与えられなかったため、戦力を落とせていないとみていい。

 

 それに対して、こちらは南方提督の死亡。

 深海棲艦にとっても上に立つ誰かがいるのは大事なことだ。元々意思を持たない魔物だった深海棲艦が、ここまで統一された動きができているのも、深海提督がいてこそである。

 それを失えば、深海南方艦隊ではなくなり、単なる深海棲艦の群れとして動くことになってしまうだろう。

 

 それはそれで、原初の在り方に戻るだけなので、深海棲艦の中にはそれでもいいだろうと考えるものもいるだろうが、深海山城としては少し気が引ける。

 今の彼女たちはもう深海南方艦隊として動いたことのある存在だ。ならば、その在り方を続けていくことこそ、相応しい。喪ってしまった深海吹雪が作ったルールも失われてしまい、単に短い期間の間、そこにいただけのものになってしまう。

 それはどこか、悲しいことではないかと深海山城は思った。

 

 ぐっと拳を握り締め、深海山城は自分がその座を引き継ぐことを――

 

「――邪魔するわよ」

 

 と、背後からそんな声がかかり、「誰っ!?」と振り返る。

 闇の奥から赤い光がゆらりと揺れ、静かに一人の女性が進み出てくる。その姿に、深海山城は息を呑んだ。

 

 深海長門が、背後に艤装の魔物を引き連れて、この拠点にまでやってきたのである。

 いったい何故、深海中部艦隊の彼女がここにいるのかと、深海山城は理解できなかった。

 

「ドウシテココニ? オ前ハ、中部ノ……」

「ああ、中部? あそこからわたしは抜けることにした。今のわたしはどこにも属していないはぐれもの。そして、そんなわたしがここにいる理由は一つだけ。わたしを、南方に組み込みなさい」

 

 その言葉もまた、深海山城の理解を外している。だが、深海長門は「いや、違うわね」と訂正し、

 

「わたしが、空席となった南方提督の座を引き継ごう」

 

 より、理解を拒む言葉が出てきてしまい、呆けたような表情になってしまう。少し時間をおいてその言葉の意味を解した時、深海山城は「フザケテイルノ……?」と絞り出すように口にした。

 

「外カラキタオ前ガ、南方提督ノ座ヲ引キ継グ? ソンナコトヲ、私タチガ許ストデモ?」

「もちろんタダでとは言わない。手土産を用意している」

 

 と、軽く手を挙げると、魔物の手がすっと差し出された。そこには、深海吹雪と軽巡棲鬼が眠っていた。動かなくなってしまっているそれを見て、深海山城と深海扶桑は「吹雪、那珂!?」と叫び、駆け寄った。

 

「ラバウルにやられたそのままの状態だ。体は動かないが、コアは生きているだろう。ポッドに入れてやれば、もしかしたら回復するかもしれないが、吹雪はもしかすると望みは薄いだろうよ」

「……ッ、誰カ、二人ヲポッドニ!」

 

 と呼びかけると、すぐにリ級の一人が駆け寄り、二人を連れていく。

 沈んでいた二人の遺体がこうして深海長門に回収されていたことに、何らかの意図を感じずにはいられない。

 これを手土産に、自分を南方提督に据えろと取引をしたつもりだろうか。

 

「……事ハ、ソウ簡単ナ話デハナイ……! 二人ヲ回収シテクレタコトハ感謝スル。シカシ提督ノ座ハ……」

「それだけでは足りないと? 実力か? 実力なら、それはもう答えが出ているだろう? 何だ? 今の状態でわたしとやると? 無意味なことに力を使うというのは、愚かしいとは思わないか、山城?」

 

 実につまらなさそうに、深海長門は肩を竦める。しかしそれでも彼女は己の中から赤の力を練り上げ、やるというのならば応じるという構えを取っていた。

 放たれるオーラを前に、深海山城だけでなく、深海扶桑も言葉を失っている。離れたところで事の流れを見守っていた空母水鬼、深海翔鶴も同様だった。

 

 元から言葉が少ない彼女ではあるが、同じ水鬼級に属するとはいえ、深海長門の高められた力を前にすれば、自分は気圧されてしまっていることを理解している。

 作られてから実戦経験は二回しかない空母水鬼に対し、深海長門は呉の長門の経験を引き継いでいる。そこに差も生まれてしまっているのだ。

 

「それだけでは足りないのならば、工廠の作業も含めるか? それも問題はないが?」

「……トイウト?」

「中部の作業をずっと後ろで見ていたからな。奴が持ちうる技術と、データの活用方法。トラック島に攻め入る前に、工廠のデータを全てコピーしてきたからな、頭の中に全て入っている。それを活用させないというのならば、ふむ、宝の持ち腐れとはこのことかと、わたしは呆れるしかない」

 

 わざわざ星司の後ろにベッドを置かせ、日がな一日星司の作業風景を眺め続けたのはこのためだ。最終的に全てを奪い取り、己の糧としてしまう。

 星司が深海吹雪と繋がり、やり取りをしている後ろで、深海長門はここまでの道を構想していたのだ。

 

 ここにはいられない。

 しかしはぐれもののままでもいられない。それは己の在り方に矛盾している。

 長門として動くならば、どこかに所属していなければならないからだ。ご丁寧に南方という拠点が近くにあり、なおかつ乗っ取るには十分な力量の差があるのは目に見えていた。

 故に深海長門は、いずれ自分が南方提督の座を深海吹雪から奪い取るつもりでいた。

 

 でも、そうはならなかったのは幸いかもしれない。戦いの中で深海吹雪は敗れ、あの通りしばらく動けない状態にある。自然と空いた席ならば、すんなりとそこに自分を収めてしまった方が、余計な諍いを生まなくて済むだろう。

 そう、このまますんなりと自分を受け入れるがいい。深海長門は目に力を入れてそう言外に訴えかける。

 

「このまま南方提督の座を空席のままにすると? それとも、お前がわたしの上に立つか? お前に、わたしを扱えると?」

 

 まるでそれは脅しだった。従わないなら、その高められた力を振るって力を示し、南方提督にふさわしいだけの力を有していると、改めて周知させるだろう。

 深海長門もまた胸から血を流した跡がある。大和に手を突っ込まれ、抜き取られた時のままだろうか。傷は塞がっていたとしても、大和との戦いで傷ついていることに違いはない。

 それでも、彼女は勝ってみせるだろう。それだけの性能を備えた存在だ。深海山城と一対一で戦ったところで、勝ち目などあるはずがない。

 

 そして仮に深海山城がこのまま南方提督の座に収まったとして、彼女をうまく従え、扱える自信もない。常に下剋上に怯え続ける日々を過ごすことになるのは目に見えている。

 となれば、選択肢は一つしかなかった。

 

「……ワカッタワ。オ前ヲ……イエ、アナタヲ南方提督ト認メマショウ」

「ん、無駄な時間を浪費させずに済んだこと、感謝する。ではまず、この艦隊の主力といえる個体を改めて教えてもらおうか。ざっと見た限りでは、お前たち三人か?」

「エエ、私ハ山城、コチラハ姉上、ソシテアソコニイルノガ翔鶴ヨ」

「山城、扶桑、翔鶴か。ふむ……」

 

 その名前を聞いて、深海長門は目を細める。彼女の脳裏によぎった二人の影。それと重ね合わせてしまった。口元に指を当てて思案し、「そういえば、さっき運ばれていったあれを那珂と呼んだな?」と問いかけると、

 

「アレハ少々特別製。那珂ト阿賀野ノ要素ヲ混ゼ合ワセテ作ラレタモノヨ。表ニ出テイルノガ那珂ダカラ、那珂ト呼ンデイルワ」

「那珂か……ふぅん……」

 

 そしてまた脳裏に浮かぶ一人の背中。たなびく長髪を揺らした彼女の背中に、先ほど浮かんだ二人の背中も重ね合わせていく。すると、もう一人の背中もまた自然と浮かんできた。

 とんとん、と頬を指で叩いていた深海長門は、深海山城へと問いかける。

 

「有力な軽巡と駆逐、そして空母はいるか?」

「軽巡ト駆逐ト空母? 駆逐ナラ春雨ガイルワ。ソノ他ハ探セバイルダロウケド、ソレガ?」

「この先、うまくやっていくにはこの艦隊を牽引する強力な個体が必要になるだろう。春雨というのは……ああ、パラオ襲撃の際にいた個体か。あれもいいが、新しく作った方が早そうだ」

 

 ここにいる四人と深海春雨の駆逐棲姫と、深海那珂の軽巡棲鬼。これらだけではもう、艦娘たちに対抗できなくなっているのは、今回の戦いでわかったことだ。

 なら新しく強力な個体を揃えることが大事な要素になるのはわかっている。しかし深海長門はそれだけではまだ足りないと、指摘する。

 

「その上で、艦隊全体の能力の底上げを行う。具体的には空母だな。あれの改を量産する勢いで鍛え上げる。わたしがな」

「エ……アナタガ?」

「また、アトランタと鈴谷の性能に関しては、わたしも観察した限りでは申し分ない性能をしていると判断した。これも取り入れていきつつ、そうだな……水雷組の強化として後期駆逐にも力を入れるとしよう」

「……少シ待ッテクレルカシラ?」

「何だ? 疑問点が?」

「エエ、アナタガソウシテ私タチノ強化ヲ図ルトイウノハ、南方提督トシテハ正シイノデショウ。ダカラコソ疑問ガアル。何故ワザワザ中部ヲ離レテココニキテ、ソウシテ振ル舞ウノカ、ソレガワカラナイ」

 

 その問いかけは尤もだった。トラック島での戦いは、あまりやる気を見せてはいなかった。

 大和との戦いで熱を感じたが、ここまで真剣になって艦隊の強化を図ろうという熱とはまた違ったものに感じられる。

 わざわざ所属先を変え、なおかつこうして力を入れる原動力はどこにあるのか。深海山城はそこが知りたかった。

 

「艦隊決戦のためだ」

「艦隊決戦?」

「わたしは、長門。連合艦隊旗艦長門。かつて果たせなかった艦隊での戦いの勝利を、今ここで果たす。我らが兵器として最上の力を発揮し、勝利をこの手に掴み取る。あれらの思惑など、わたしにとってはどうでもいい。わたしはただ、自分たちが兵器としての性能を示した上で、戦いに勝利を収める。それこそが、この世に再び長門として在る自分の理由と定めたのだ」

 

 兵器として在るべき形。敵を屠るというのが兵器としての在り方だろうが、深海長門はそれ以上に、かつての戦いで敗れ去ったという結末に、己が納得していなかった。

 大和との因縁も確かにあるだろう。彼女から売られた喧嘩を買い、勝利するというのも大事かもしれない。

 だが、それ以上に長門は、自分が率いる艦隊で、己の敵と戦い、勝利することこそ最上の目的としていた。

 

 その過程の中で、大和と、呉鎮守府との因縁のぶつかり合いができれば良しと考えている。

 呉鎮守府に勝利するためにはどうすればいいのか。

 自分だけが強く在っては意味がない。艦隊ならば、所属する艦全てがそれ相応の力を備えなければならない。そのために必要なことならば、自分の力を振るうことにためらいがあろうはずもない。

 そう、深海長門は語った。

 

「わたしが想定する、今必要な艦。それは、瑞鶴、夕立、そして――神通だ」

 

 深海長門が見据えるもの。

 背を向けて髪をなびかせていた四人の影たちが、それぞれ自分へと振り返る。

 

 まずは二人の影に光が差す。翔鶴がすでにいるならば、瑞鶴も必要になるだろう。力強い瞳で自分を見据えている、かつて共に主力艦隊として在った空母の姉妹。

 

 そして前列で振り返った二人の影。

 呉一水戦として数々の戦果を挙げた二人。かつては頼もしい味方だった彼女たちは、この先は敵として立ちはだかるだろう。

 一水戦に恥じない力を有する彼女たちと戦えるだけの水雷戦隊を組むならば、深海長門が構想する形として生まれ、育て上げた方が早い。そのためにも、夕立と神通を作り上げる必要があると考えた。

 

 自分をじっと見据えている四人の艦娘の姿。太陽の光を背に受けて海上に立つ頼もしい仲間だった彼女たち。その姿に、陰りが生まれていく。

 太陽は沈み、夜の闇が包み込む。代わりに差す光は、月光。それを受けて浮かび上がるのは、黒を基調とした彼女たちの姿。赤い燐光を目から発する、深海棲艦としての四人の姿である。

 

 そんな彼女たちに、自分を含めた深海棲艦たちが並び立つ。

 山城と扶桑。扶桑はあまり関わりはなかったが、山城は呉で親しい関係を築いていた。戦艦として共に肩を並べて戦ってきたものだ。そんな山城は、戦艦棲姫としてそこにいる。

 だが、深海長門は戦艦棲姫としてではなく、更なる進化を果たすべきだろうと考えていた。

 

 最終的な深海南方艦隊の完成形において、より強くなった二人の戦艦は必要になるだろう。もちろんそれは、自分も同様だ。

 最前列には深海長門を。その後ろに、深海に堕ちた四人と、深海山城や深海扶桑たちを並べていき、新たなる深海南方艦隊を作り上げるのだ。

 

「幸いにも、夕立、神通は近くの海域に眠っている。何せここはソロモンだからな。拾えるものは拾っていこう。その上でわたしが作り上げよう。だがもし、すでに夕立と神通の名を冠する誰かがいるならば、それを改装するというのも時間短縮にいいだろう。だから先ほど訊いたのだ、いるか? と」

「ナルホド、ワカッタワ。神通ハイル。後デ紹介シマショウ。今ハ、アナタガ南方提督。思イ描クモノニ関シテ、私トシテモ特ニ異論ハナイ。ソノヨウニ事ヲ進メテイクコトニスルワ」

 

 そう言って、深海山城は礼を取る。それに続くように深海扶桑と深海翔鶴も礼を取る。

 それを受け取り、深海長門は一つ頷いた。

 有力な個体が三人、このように礼を取ったことで、他の深海棲艦たちも彼女が新たなる南方提督であることを認めるだろう。

 ここに、己の目的のために必要なことの第一歩を踏み出すことに成功した。歩き出す彼女に付き従うように、三人もまた拠点の奥へと進んでいく。

 

 己の中にあった不都合なものはもうない。

 呉の長門であったものは、頭の中にある記録だけとなった。

 

 ここにいるのは一人の強力な深海棲艦、長門。

 またの名を、戦艦水鬼。新たなる南方提督を背負う存在。

 深海勢力が掲げる目的を遂行するのではなく、己の目的のためだけに動く深海提督である。

 

(さあ、始めようか。中部や欧州、北方の事情など、わたしには知ったことではない。わたしは、わたしの戦いを進めさせてもらうだけだ)

 

 その結果として、人類にとっての深海棲艦に対する戦力が全て失われるなら、それはそれで構わない。深海長門にとっての艦隊決戦の勝利とは、すなわち艦娘全てに勝利を収めることにある。

 これにより深海棲艦を生み出したものが思い描く流れが実ろうが、頓挫しようが、それも全て、深海長門にとって知るところではないのだ。

 




これにて8章終了です。

また時間が空いてしまいましたが、何とか終えられました。
こうしてまだ先が続く形となっていましたが、プロトタイプではそうではありませんでした。
ここで長門とプロトタイプの南方提督と決着をつけて、俺たたエンドで完結というものでした。

ですが当時、何か良さそうなボスが登場して、こっちで因縁の提督と決着付けさせた方がいいか? と改良を始めていったのが始まりです。
プロトタイプから随分と大きく変化した結果、この作品はまだ先があります。

あれから長い時間が経ってしまいましたが、とりあえず形にし続けられてはいますが、今回は少々時間がかかりました。
欧州方面も少し動かさなければと考えた結果、一つの章で15冬だけでなく、15春も消化させることになってしまいました。
ということは、次は15夏。アレの登場です。

完結までの道はもう決まっています。
大体十何章で終わるだろうなという予測は立てていますが、また一つの章を書き終えてからの投稿となるでしょう。
投稿され始めたら、またよろしくお願いいたします。

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