呉鎮守府より   作:流星彗

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戦艦水鬼5

 

「ふはははは! あっははハハハッハハ!!」

 

 今までに見せたことがないような邪悪な笑い声は、長く長く響いている。まるで何かのタガが外れてしまったかのようで、今の星司を知るアンノウンや深海赤城も、聞こえてくる笑い声に何事かと彼の方を見てしまう程だった。

 

 事実、星司は少々異常だった。

 金色に光るその瞳と燐光は所々赤が混じるようになっており、燐光の尾から、バチッ、バチッと電光が走っている。彼を包む深海の力からも、その弾けた音が響いており、それもまた今までにない反応だった。

 

 一方香月は、死んでいた兄が深海側の存在として生きているだけではなく、彼が自分を殺そうとしていたという事実に、心が砕かれていた。呆然とし、力なく椅子に座ってうなだれている。

 

「提督! しっかりしてください! お気持ちはわかりますが、しかし、今は止まっている時ではありません!」

 

 大淀が香月の体を揺さぶりながら声をかけるが、それでも虚ろな瞳で床を見つめている。これはしばらく立ち直りそうにない、と大淀が困った表情を浮かべてしまう。

 その時、指揮艦に通信が入った。また星司が話しかけに来たのかと思ったが、「呉の海藤だ」と聞こえ、大淀が応答する。

 

「中部提督の様子がおかしいし、阿武隈たちが妙な反応を見せたものだから、まさかと思ったんだけど……暴露されたか?」

「暴露……はい、そうです。ということは海藤提督は……」

「もしかしたらっていう推測は前からあったよ。他にもこれを共有している人はいる。……内容が内容だけに、香月には打ち明けられなかったけどね」

 

 確かに、と大淀は頷く。だが、知っていたのなら、どうして止めなかったのかと大淀は問う。

 

「……まさか奴が自分から喋るだけでなく、あんな風になるとは思わなかったよ。明らかに異常だ。まるで、深海の負の念に囚われてしまっているかのような反応を示している」

「深海棲艦は負の力を原動力とする、という説ですね。……よもや深海提督もそうなってしまうのを目の当たりにするとは思いませんでしたが」

「しかもご丁寧に指揮艦にまで攻撃の手を伸ばそうとしているしね。対潜部隊で迎撃は行っているから、今のところは防げているけど、敵もなりふり構ってはいられないと見える」

 

 指揮艦周囲に展開している護衛部隊が、接近する潜水艦隊を索敵し、先んじて攻撃ができている。放たれている魚雷も、対処し続けているため、指揮艦へと攻撃が届いてはいないのが幸いだ。

 だが守りの手も万全ではない。放たれている魚雷は多岐にわたり、対処しきれていないものが、艦娘自らが盾になって受け止めている。

 

 放ったのはソ級。現在の深海潜水艦の中でも最新型のものだが、深海側の強化が進んでいることもあり、その高い雷撃能力を遺憾なく発揮している。

 被弾した艦娘はその都度指揮艦へと戻り、修復を行っている。だが潜水艦の数はまだまだどこからか迫ってきている。どれだけの潜水艦を潜ませているのか。

 

 今までこの潜水艦隊をぶつけてこなかったのは何故だろうか。

 凪はそんなことを考えるが、星司の采配の意図までは推測できない。

 

「とにかく、ひとまずそちらの阿武隈たちには撤退を指示して。その時間稼ぎは遊撃させている球磨たちが行おう。球磨、いけるかい?」

「任せるクマ」

 

 摩耶と鳥海を指揮艦へと送り届け、再び戦場に戻っている球磨たち二水戦に、星司の下へと向かわせる。海域を行ったり来たりさせているが、今回の彼女たちの役割はそうした遊撃が主としている。

 また援護として艦載機も向かわせる。深海赤城らが発艦させている艦載機の数も減っているため、他のポイントへと艦載機を回せる余裕が生まれてきている。

 そう、戦況は少しずつ艦娘側へと傾き始めている。星司が感じ取っている嫌な予感は、もう目に見える形で形になりつつあるのだ。

 

 そんな中でも、星司は狂気を含んだ笑いが続いていたが、次第に落ち着きを取り戻していく。一時的な混乱が広がっていた阿武隈たちをネ級らが押し返しているのを確認し、視線を深海長門へと移した。

 少し冷静さを取り戻し、やはり状況はまずい流れになっていることを実感したからこそ、星司は深海長門へと叫ばずにはいられない。

 

「おい、長門! いい加減遊びは終わりにしよう! 早く大和を倒し、戦いを一気に終わらせるんだ!」

 

 だが、深海長門は大和との戦いに熱中しているのか、星司の叫びに応えることはない。突き出される傘電探を避け、弾き、懐へと入り込んで拳を打ち込むが、ぐっと堪えられて蹴りを入れられる。

 一発、二発、三発とローキックを同じ個所に入れられ続けるのが鬱陶しくなり、思わず突き放して魔物の主砲を撃ちこませた。それは広げた傘に赤の力を纏わせて防がれ、返しの砲撃を撃たれる。

 

 一進一退の攻防。しかしお互いにダメージは蓄積されており、どこかで一気に傾きかねない何かが入った時、二人の戦いは一気に決着へと向かう予感を抱かせるものだった。

 故に星司はもう一度叫ぶ。「長門! まさか、負けそうだというんじゃないだろうね? だとしたら、遊びすぎだろう!? 一体何が君をそうさせるって言うんだ!?」と明らかに怒りの感情をむき出しにして星司が問う。

 

「……少し、黙ってくれるか?」

 

 返ってきたのは、外野が吼えているのが我慢ならない声色だった。

 ぎろりと睨みつけるような眼差しで、深海長門は星司を見る。

 

「わたしのこの戦いに、お前が口出しする権利はない。これはわたしが求めるものだ。わたしの先を決めるために必要なものだ。お前がわたしにすべきことは、もう終えている」

「何を言っているんだい? 長門、君はこの戦いにおいて柱となるべき存在だ! 君こそが、この戦いの勝利に必要なもの! そんな君が、たった一人に熱中されるなどあってはならない! 事実、戦況が――」

「――わたし一人に全てを委ねる? それは甘えというものだ」

 

 そう言って、深海長門は指を差す。その先には山城たちと戦っているアンノウンがいた。

 かの戦いもアンノウンが優勢だったが、少しずつ山城たちが盛り返しつつある。耐えるべき時は耐え、その中で活路を見出し、反撃する。受けて返すやり方が、少しずつ功を奏しつつあった。

 

「アンノウンがいる、赤城がいる。……いや、赤城や霧島たちはもう攻略の道筋が立てられているようだが、アンノウンはお前にとって主力ではなかったのか? 何故アンノウンにも声をかけてやらない? わたしだけに執着する理由は何だ?」

「それは、君が……」

「そう、わたしが呉の長門だったからだ。そしてそれを大和にぶつける、それはお前も想定していた構図。最初はお前もそれに同意していただろう。お前が見誤ったのは――」

 

 と、深海長門はそこで笑みを浮かべる。それを見て大和は、来ると感じ取り、己も赤の力を高めた。

 二人の体から発せられる赤の力が呼応しあい、間でエネルギーがぶつかって、赤黒い雷光が発せられる。次に繰り出す一撃に、それぞれが決め手として定めていた。

 

「――わたしの大和に対する執着の度合いだ……ッ!」

「ッ、はぁっ!」

 

 拳から放たれた赤の力を収束したもの。リンガ泊地であきつ丸などが見せつけた艦載機の力を集め、放たれた烈風拳と同じ現象。二人のそれは、純粋な赤の力のものだが、それでも、己の手を砲とし、撃ち出したそれらは、お互いにぶつかり合い、拮抗する。

 連続して赤の力を行使することに、大和は強い反動を体に感じている。腕に伝わる力の流れ。拳へと送り込まれる力に反し、拳から腕、そして肩へと伝わってくるのは、エネルギーを行使する代償としての痛み。

 

 ビリビリと電気が逆流し、腕の筋肉を侵してくる感覚は、痛いと同時に気持ち悪さもあった。それは赤の力が、要は深海側の力の根源であることに他ならない。

 艦娘となっている自分にとって、敵対者である深海の力は、本来は合うはずがない。堕ちた存在の力を行使し続けることは、大和にとって諸刃の剣である。

 だが、これを用いなければ、目の前にいる深海長門と渡り合えないのも事実だ。身を削りながら、戦い続ける大和。均衡状態まで持っていきはしたが、このまま撃ち合い続ければ、まず間違いなく消耗戦となり、敗北するのは必至。

 

 それでも、退くわけにはいかない。歯を食いしばり、大和は拳を下げることはしない。

 艤装の主砲を動かし、深海長門へと狙いを定める。その動きに気づき、深海長門も背後にいる魔物へと意識を向け、主砲を動かす。そのままお互いに発砲すると思われたが、星司の方から音が響いた。

 

「くそっ、新手か……! こんな時に……!」

 

 凪が放っていた球磨たちが、星司の下へと辿りついたようだ。負傷している阿武隈たちを下げさせつつ、星司の方へと砲撃を直に浴びせかけたようだ。舌打ちしながらバイクに乗り、その場を離れようとしている。

 自分の身が危ういとわかった途端、すぐに逃げの手を取る。生き延びるためには必要なことだろうが、あれだけ息巻いておいて、すぐに撤退を取るとは、総指揮官としてどうなのかと思わなくもない光景だ。

 

 そんな星司へと、空からは艦載機の攻撃が襲いかかる。ツ級が迎撃を行うものの、それを掻い潜って機銃を撃ち込む様は、星司にとっては恐怖以外の何物でもないだろう。それでも巧みにバイクを操って、被弾を避けているのは、驚くべき操縦技術だった。

 命の危機を感じ取って力を発揮しているのかと思えるくらいである。艦載機の攻撃を掻い潜り、いよいよ潜行体勢に入ろうかというところで、星司は違和感を覚えた。

 

 艦載機の数が多くないか、と。

 凪の方から放たれたものにしては、空を飛行する艦載機は多く感じたのだ。深海側の艦載機の数は減っている。その分、艦娘側の艦載機が増えたのだろうが、それにしては多いのではないだろうか。

 そして、飛行してきている方角もおかしい。凪と香月は北にいる。深山は南だ。

 

 では、東から、トラック島の方から聞こえてくる飛行音は、どういうわけだ?

 

 その意味に気づいたとき、思わず島の方を見てしまった。意識がそちらに向いたとき、回避に集中していた操縦技術に隙が生まれる。そこに、機銃が撃ち込まれ、バランスを崩してしまった。

 スリップし、星司の体が宙を舞う。視界が反転し、空を見上げ、そして、島の外周へと移り変わった時、そこに見えたのは、あり得ざるものだった。

 

「な、なんで……そこに、お前たちが…………」

 

 その言葉を残し、星司の体は海へと沈んだ。

 

 

 東から来る艦載機は星司のバイクを狙うだけではなく、北と南の方へと分かれて飛行した。南へ向かった艦載機は、空母水鬼と戦艦棲姫と戦う艦娘たちを支援すべく、先んじて攻撃を行っている。

 新たに加えられた攻撃の手に、空母水鬼らは困惑する。どこからそんな手が伸ばされたのか。それは深山らにとっても驚くべきことだったが、考えられるのは一つだけだ。

 

 そして北に向かった艦載機の中で一つ、青の力を纏う流星が、深海長門へと向かっていった。放たれた魚雷は大和と力比べをしている深海長門に奇襲の一撃を加える。

 突然の乱入に、深海長門は「……あぁ?」と、怒りを隠さない低い声を漏らしたが、瞬時に爆発した魚雷の音にかき消された。

 

 途切れた赤の力に、大和はこれを好機と捉える。何が起きたのかは大和にもわからない。しかしこれを逃せば、勝機はきっと掴めるものではなかった。一気に深海長門へと距離を詰め、雷撃を受けて倒れようとしている深海長門の胸へと手を伸ばす。

 倒れるわけにはいかないと、堪える深海長門は、接近してくる大和が何をしようとしているのかを理解し――抵抗はしなかった。

 

 突き破られる胸。入り込んだ左手は、その先にあるモノを掴み、勢いよく引き抜かれる。

 その手には、崩れることなく残されていたお守り。今もなお光を放ち、お守りを守るように包み込まれていたそれは、静かにその光を落ち着かせていった。

 まるで、もう侵されるものが周囲にはないことを理解したかのようだった。取るべきものを取り、大和は距離を取りながら副砲を放つ。牽制のためのものだったそれを、深海長門は身を守ることもせず受けていた。

 

 ふらりと、体が揺れ、胸から血を流し続ける彼女は、そっと手をそこにやる。今までは謎の力によって弾かれていたが、それを発揮していたモノが失われたため、弾かれることなく触れることができる。

 そして、自分の中にあった不愉快なものは、完全に失われている。先代から遺されていた厄介なものは、今、こうして自分の中から消えたのだ。

 

「――ああ、良かった。安心した」

「……?」

「余計な手を出されたものだが、ひとまずは目標を達せられた。感謝する、大和」

 

 バチっ、と胸から弾けた音。次いで、流れる血が蒸発するような音を響かせ、垂れ下がっている前髪の奥から、深海長門はじっと大和を見つめていた。軽く手を挙げると、魔物は小さく体を震わせる。

 すると、がらりと崩れ落ちた副砲が魔物の左手に乗り、それをどういうわけか大和の方へと放り投げられる。

 

「これは礼だ。わたしの中から余計なものを取り除いてくれたからな。それと組み合わせれば、ああ、同じ現象が再現されるやもしれないな?」

「あなた……何のつもりです? ……わざと、これを抜かせたと?」

「それはわたしにとって不愉快なものだ。艦娘だったわたしが遺した不都合なものの塊。わたしの中から消えない棘のようなもの。それが体内に在り続けるのは、人であっても不愉快だろう? だが、自分では取り除けないもの故に、持て余し続けていたからな。どうしても、お前に抜いてもらう必要があった」

 

 だからこそ、わざとそれの在りかをこれでもかと指で示し、意識させた。そこに含まれている可能性も示し、抜かせるように仕向けた。ついでに、大和との因縁もつけて、力比べをし続けたのだが、最後の最後によそからの手出しが入ったのは、深海長門にとっては、癪に障ることだった。

 余計な手出しは許されざることだが、それによって大和が抜いてくれる流れになったため、とりあえずは良しとするが、そこだけはどうしても深海長門にとって、納得のいかない結末である。

 

「今回はこれで終わりとするが、大和、お前との因縁は、すっきりと晴れたわけではない。それは理解しているな?」

「でしょうね。あれによって得られた好機でしかない。完全なる一騎打ちで終わってはいないのを許せる性質ではないでしょう」

「理解してくれて助かる。故に、いずれまた、相まみえよう。その時は……ああ、そこから蘇ったものも加えることになるかもしれないが、まあいいだろう。それもまた一興だ」

 

 そうして彼女は背を向ける。しかし最後に肩越しに振り返り、「色々といいものを見せてもらった。そのことについても感謝しよう。全力の一騎打ちもいいが――」と、そこで指を立てて、

 

「――艦隊決戦。それこそ、連合艦隊旗艦としてのかつての在り方の再現は、わたしの中で今もなお燻り続けている。お前たちが、アレに呑み込まれ、敗れることがないことを期待する」

 

 そう言い残して、深海長門は双頭の魔物と共に海中へと消えていった。

 残されたのはお守りを手にし、そして投げ渡された副砲をも回収した大和だけ。離れたところではまだ戦艦棲姫などと戦い続けている状況だが、大和は深海長門が残していったものと言葉の意味を噛みしめていた。

 

 そして離れたところで戦っていたアンノウンは、勝手に戦いを終え、戦場から去っていった深海長門を見て、目を見開く。

 その前に星司が艦載機によって沈められていたため、アンノウンたちにとっての指揮官は戦場から消えている。だが、それでもアンノウンと深海長門がいれば、まだ戦況をひっくり返すチャンスはあっただろう。

 しかし、その片割れが失われたため、それもなくなってしまったといってもいい。

 

(長門……はっ、マスターが去ったからって、さっさと自分も離れるなんて。やっぱり、お前、乗り気じゃなかったな……!?)

 

 ずっと観察してきたから、何となく察してはいた。どうにも深海長門は、何事に対しても真剣さがなかった。ただじっと、星司の作業を観察はしていたが、何故そうしていたのかはわからずじまい。目的があるだろうが、深海長門が何を目指していたのかは小さな兆しは見えていた気がするが、はっきりとはわからなかった。

 そんな彼女が、この戦場でついに執着を見せた。大和との戦いは、彼女が今までにないほどのやる気を見せていた。

 

(呉の長門と大和っていう因縁だろうなあ? だけどそれだけじゃない。……艦隊決戦とか聞こえたような気がするけれど……ああ、そう。そういう方向性。となると――――うん、そう。そのために色々データを見てきたわけね)

 

 何となく、深海長門の考えがわかったような気がした。この先、深海長門がとりそうな行動は予測できるが、それがはっきりと形になるのは、拠点に戻った後だろうと推測する。

 

「撤退だ! これ以上被害を出す必要はない。この戦い、ボクたちの負けってことにしておいてやるよ!」

 

 アンノウンの号令が響き渡り、それを聞いた深海棲艦たちがお互いの顔、そして艦娘たちの顔を眺め、次々と海へと身を沈めていく。アンノウンも逃がさないとばかりに砲撃をしてくる山城を見、弾を弾いて「今回の戦いは預けておくよ」と告げた。

 

「ここで逃げるっての? ふざけんじゃないわよ。ここまでやっておいて、さっさと身を引こうっていうの!?」

「なぁに、慌てるなよ、山城。ボクとしても気が引けるんだよね。でも周りがどうにもうまくいっていない。ボクだけが頑張ったってどうにもならなきゃ、戦う意味もないってやつさ。悲しいねえ」

 

 だから、と早めに撤退するのだ。背中を向けて海中へと沈んでいくアンノウンは、尻尾だけを山城に向けており、油断をしていない。

 そんな中でも、言葉を言い残していく。

 

「きっとこの先、またいい戦場が生まれるだろうさ。いつになるかはわからないけど。その時までに、今よりいい感じに力を付けておくこったなぁ」

 

 山城率いる主力艦隊相手に、たった一人で戦い抜いたアンノウン。押し切られることもなく、まだ余裕を持った状態で戦場を去るからこそ、このようなことを口に出せる。

 山城たちも青の力を行使して戦ったというのに、アンノウンもまた赤の力をフルに活用して戦い抜いた。山城たちは力を付けたが、それと同時にアンノウンもまた力を付けていたのだ。

 

 アンノウンが去り、戦艦棲姫らも大破に近しい状態で去り、呉一水戦と戦っていた深海赤城も、北上と夕立に押し切られる形で大破に追い込まれてしまう。神通は結局ネ級エリートに止められてしまったが、だからといって深海赤城の不利は覆ることはなかったのだ。

 今回も負けた、この不甲斐なさ、悔しさに歯噛みしながら、深海赤城も撤退していく。

 

 深海中部艦隊が撤退していく中、空母水鬼をはじめとする深海南方艦隊も撤退を始めていく。ラバウル艦隊相手だけならまだ均衡状態に留められていたが、パラオの武蔵たちが入り、均衡は少しずつ崩され、そこに東からやってきた艦載機によって完全に崩壊した。

 先陣切って艦載機の攻撃が行われた後、島の外周を回って艦娘たちが姿を現し、乱入してくる。

 

 こうなってしまえば、もう無理だと空母水鬼は判断した。

 高い性能があったとしても、彼女は空母である。接近を許せば攻撃の機会は減る。護衛に着いた駆逐棲姫と戦艦棲姫も数の暴力の前には、どうにもならない。

 それに、もうすでに南方提督である深海吹雪が落ちている。彼女たちにとっての旗艦が失われているのに戦っていたのは、深海中部艦隊がいたからだ。彼らが撤退するなら、自分たちもここに留まる理由はどこにもない。

 

「私タチモ撤退スルワ。春雨、翔鶴、姉上、先ニ行ッテ」

 

 戦艦棲姫の片割れ、深海山城がそう告げる。最後の抵抗とばかりに砲撃を行って時間を稼ぎ、三人が先んじて撤退するのを確認すると、深海山城もまた撤退していく。それを追うことはしない。その余裕は、ラバウル艦隊にはなかったからだ。

 

 戦いは終わった。最後の詰めは東から突如現れた艦娘たちだった。それぞれ二方向に分かれて、トラック島の外周を回り、戦場にやってきたようだった。その顔触れは、深山と香月にとってはもう馴染み深いものだった。

 

「……君たち、トラックの艦娘たちだね? いったい、どこから?」

「隠し水路からです。島を取り囲んでいた潜水艦が、少し前に動き出したため、好機とみて動きました」

 

 答えたのは、トラックの秘書艦である加賀だった。

 彼女たちは、ずっと基地の地下に作られたシェルターにずっと隠れ潜んでいたのだ。頃合いを見て、隠し水路から出撃するつもりだったが、その近辺にはずっと潜水艦がじっと周囲を監視し続けていた。

 

 隠し水路の場所を発見されれば、いつか奇襲を仕掛けられる危険性があるため、今までずっと動くに動けなかったのだが、それが急に解けてしまった。

 それは戦況が傾きつつあると判断した星司が、潜ませていた潜水艦隊を動かしたためだ。指揮艦へと奇襲を仕掛けるため、トラック島を包囲していた全ての潜水艦が動いたことにより、ついにその時が来たと、トラック艦隊は動き出したのだという。

 

「君たちが無事ということは、茂樹は……茂樹も無事なのか!?」

 

 つい、凪が前のめりに問いかけてしまう。星司の口からトラック基地への急襲の状況を教えられたのだ。執拗に基地を砲撃し、全壊状態まで追い込んだ。そこから艦娘が出てくる気配もなく、戦場にまで現れることはない。

 だから星司は、茂樹もろとも艦娘たちも全て基地の崩壊に巻き込まれて死んだものと判断した。

 

 しかし、そうではなかったのだ。

 艦娘たちは地下へと逃げ延び、無事だった。ならば茂樹も逃げ切れたのではないかと、一縷の望みを託す。

 

「提督は……」

 

 だが、加賀は少し悲痛な表情で言葉を渋った。

 その様子に、凪だけでなく、深山と香月たちも、まさかといった表情を浮かべてしまった。

 


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