呉鎮守府より   作:流星彗

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戦艦水鬼4

 

 戦闘を行っているところから大きく離れたところに、凪の指揮艦が控えていた。深海長門は遠距離だろうと撃ち抜いてきたという報告を耳にしていたため、できる限り射程内に入らないように注意した結果だ。

 そこに、香月の指揮艦も接近してくる。撃たれて燃え上がっていたところは消火されており、とりあえずの応急処置を施されているようだった。

 

「船の負傷具合は大丈夫かい、香月?」

「何とか、船を持たせる分には問題なさそうっす。武蔵たちも修復はできたんで、また出せるんすが、今出したところで、助力になるかどうか……。投入したところで、邪魔になりそうな予感がする」

「お前がそう判断したなら、尊重しよう。強力な個体はこっちが受け持つ。香月はできることをこなしていくだけでいい。無理をして艦娘を喪うことだけは避けるように心がけて」

「了解っす。……ところで海藤パイセン?」

「何かな?」

「……目、こわばってるっすが、何かあったんで?」

 

 香月に指摘され、思わず目元へと手をやってしまう。そして頬も撫で、「……きついものだったかい?」と、近くにいた大淀へと問いかけてしまう。それに対して大淀は頷き、「その、あの時、怒りのままに叫んだ時の状態です」と答えてくる。

 

「叫んだんすか? ってか、誰に?」

「あー、うん。ちょっとな。……ん?」

 

 香月の問いかけに少し視線を逸らし、別のモニターへと目をやると、そこに映っているものに気づき、深山へと通信を繋いだ。少しして深山が通信に出ると、「深山、少しいいか?」と声をかける。

 

「そっちにも戦艦棲姫が見えるんだけど、大丈夫か?」

「……ああ、空母水鬼へと主力をぶつけていこうってタイミングで伏兵のように現れたね。相手できそうではあるけれど、少し均衡状態にあるかな」

「ならオレの方から艦娘を送り込んだ方がいいっすよね? そちらなら、オレたちでも助けになりそうだ」

「……可能ならそれは助かる。戦艦棲姫や駆逐棲姫を抑えてくれれば、空母水鬼に集中して叩くことができるだろう」

「なら、武蔵たちはそっちに回しますよ。そして同時に、そうだな……あっちの方も捕まえに行こう。うん、オレたちは遊撃隊として動く、それでいきます」

 

 モニターに映る星司を見つめて香月は方針を定めた。凪が深海長門やアンノウン、深海赤城に戦艦棲姫らを抑え、深山は向こうで空母水鬼を抑え込んでいる。その間、ずっと星司は戦況を離れたところで見守るだけだ。

 意を決した香月が通信を切り、艦娘たちに指示を出していく。それを受けて指揮艦から武蔵たち主力艦隊と、星司のもとへと向かう阿武隈たち一水戦が出撃していく。

 

 凪も周囲を警戒するレーダーに目を向けた時、大和から通信が入ってきた。「提督、少し力を貸してくれますか?」と、深海長門と戦いながらも、助力を求めてきた。

 

「いいとも、どうしたんだい?」

「こいつの胸から妙な力を感じるのです。解析できます?」

「妙な力?」

 

 指揮艦に備えたレーダーと、放たれている観測機の妖精の目で、深海長門の体を観測する。

 奴の持つ力、兵器としての力、性能の高さは、まさしく戦艦水鬼と呼ぶにふさわしいものだ。同じ戦場に立っている空母水鬼と同格か、それ以上か。呉の長門の転生体として再誕したかの存在は、深海棲艦の中でもトップクラスの兵器として在る。

 

 しかし詳しく見ていけば、その中に妙なものが存在することが分かった。

 深海棲艦の大きな力の中に、一点だけ別の力が存在している。その周囲だけ深海の力に侵されることがないように、守られているかのようだった。

 

「あれは――光、いや、あの力は、艦娘としての力、か?」

「艦娘の力が、あの中に?」

 

 深海長門を包み込む深海の赤の力は、目に見えて肥大している。だからこそ赤の力の対極に位置する青の力、艦娘が持ちうる力は、赤の力の中にあっても健在だと?

 それは否だろうと大和は考える。対極だからこそお互いに食い合う。自分がそれを理解している。艦娘であっても、自分は赤の力を優先的に行使している。魂に刻み込まれた深海棲艦の力が、艦娘と化した今でも失われていないのがその証拠だ。

 

 青の力を行使しようとしても、ひりつくような感覚が拭えない。すなわち自分は青の力に体が馴染んでいないのだ。それくらい相反する力が、あれだけの濃度を持っている赤の力の中にあっても健在? それは異常ではないだろうか。あるいは奇跡といってもいい。

 もう一つ、別の何かがあるのではないのか。そう凪に問いかけてみる。それを受けて凪だけでなく、大淀たちも深海長門を解析した。

 

「……何をしている、大和?」

「何、とは?」

「わたしとの戦いに集中していないように見えるな? 余裕が出てきたとでも? 舐められたものだな」

 

 当然ながらこの通信をしている間も大和は深海長門と戦闘している。深海長門そのものと艤装の魔物を同時に相手する形だ。魔物の右腕は失われているが、双頭がそれぞれ別々に動いて隙をついて噛みついてくる。

 噛みつきを回避し、すぐさま反撃の砲撃を叩きこみ、跳ね返している。副砲と主砲を織り交ぜ、近づけば体術で捌き、少し離せば電探傘で対応する。自分の持ちうる武器をフルに使い、大和は深海長門と競り合っている。

 

 そうしている間に、解析はより進み、凪は深海長門の中にある艦娘の力の原点を視る。

 

「これって……」

 

 何かが形を作っていた。包み込むようにして保護されている何か。その輪郭を力が形作っている。

 小さな小物だ。人の手に収まるサイズであり、長方形。あれが呉の長門ならば、彼女が持っていたもので、それに当てはまるものは何か。それでいて、何らかの力を内包していそうなものといえば、

 

「――あの時のお守りか……!?」

 

 ミッドウェー海戦の前に凪が長門に、彼女を守ってくれるようにと願って渡したもの。それが、このような形で残っているなんて。

 海に関連する神社の家系である宮下が即席とはいえ、作り上げたお守りだから、何らかの力が働いたのだろうか。それが艦娘の力も取り込んで、今もなおあそこにあるのならば、もしかして、と凪は思ってしまう。

 

「大和……もしかすると、あそこに長門の魂が残っているかもしれない……!」

「それは……そう、そうね。私という実例がある、そう言いたいのですね?」

 

 南方棲戦姫が残した艤装に、僅かに残した魂を回収され、工廠によって艦娘に転生した大和。その実例があるからこそ、もしかしたらという想像が働いてしまう。

 大和も、それには同意してしまう。もしも、呉の長門が自分のように再び艦娘として蘇ることができたら、僅かにでもそんな救いを求めてしまう。

 

 だが懸念はある。

 さっきから深海長門はわざわざその力、お守りの部分を指で示していた。そこを狙えと言わんばかりに。

 もしかすると、大和の手でそれを砕き、長門の復活への道を閉ざしたいのではないかと勘繰ってしまう。

 

 あるいは、その逆というのも考えられる。

 お前たちの求める仲間はここにいる。だから取り出して救ってみせろと、道を示している可能性もゼロではない。

 

 救うか砕くか、どちらにせよそこに手を出すことで、何らかの未来を切り開くことができるだろう。

 そのためにやるべきことは一つ。

 深海長門の胸に手を伸ばし、お守りを奪取することだ。

 そうと決まれば、大和の意思を表すように左手をぎゅっと握りしめる。

 

 その目と手の動きから、大和が何かを決めたことを悟ったのだろう。深海長門もまた微笑を浮かべて、艤装の魔物へと軽く手を挙げる。すると、魔物は大人しくなり、唸り声をあげながら少しばかり距離を取った。

 二人を繋ぐコードもまた切り離され、深海長門は大和にそっと指を指す。

 

「何か覚悟を決めたか、大和よ」

「ええ、決めました。私がとるべき行動、それを見定めた。……最後に問いましょう」

「聞こう」

「……あえて、あえてこう呼びましょう――長門。あなたは、己の意思で、このような振る舞いを?」

 

 その問いかけに、深海長門は一度目を閉じ、小さく息をついた。

 何を分かり切ったことを問うのだと、言外に答えているかのようだった。

 

 腕を組み、とんとんと指で腕を叩きながら、首を何度か傾けて音を鳴らし、大和の問いかけに対して十分に時間を溜めて、

 

「――ああ、わたしだよ。お前が聞きたかったのは、()が、呉の長門が本当に堕ち切ったのかを知りたかったんだろう?」

 

 首を傾げて両目から赤い光を放ちながら、深海長門は問う。腕を叩いていた指がそっと己の目を示し、「この通り、わたしは深海側だ」と、己の力の具現のカタチである光を指す。

 艦娘としての長門の瞳も赤色のため、深海長門の瞳と比較しても、はっきりとはわからないだろう。だが、その瞳に宿る力、意思は、呉の長門のものではないことは、大和にも理解できるものだった。

 

「残念ながらかつての長門は、わたしの中から消えた。今のわたしは、深海側の意識に他ならない。だから、安心しろ大和。気にすることなく、わたしを殺してくれて構わんぞ?」

「そう、それを聞いて安心しました。お前はもう私の知る長門ではなくなった。それで、存分に力を振るえるというもの!」

 

 己の中から遠慮なしに赤の力を行使する。反動のことを考慮すれば、数分しか持たない力だが、だからこそこの数分に全力を懸ける。対する深海長門も大和の覚悟のほどを理解し、まるで武人の如く、応えるように自身の力を高めていった。

 深海側に堕ちようとも、その武人然とした姿は、やはり艦娘の長門に被って見えて仕方がない。

 

 だからこそ悲しい。

 かつての仲間が、自分をこちら側へと救い上げてくれた長門が、堕ちた姿となって立ちはだかるなんて。

 

(救ってみせる。あなたが私にそうしてくれたように、私の命の張りどころは、ここにあるッ!)

 

 故にこの手で救うのだ。

 あの胸の中にあるものを、掴み取るために、大和は深海長門へと突撃する。

 

 

 

「長門、何のつもりだ……? まだ一騎打ちを続けるのか?」

 

 戦況を見守っていた星司は、少し疑問を覚え始める。最初こそ有利に進めていた戦い。深海長門の力を存分に発揮した姿に満足していた。大和に対しても優位を取り続け、負傷を抑えた状態で進めている。

 そこまではまだいい。しかし、優位を取ってはいるが、追い詰めてはいない。さっさととどめを刺せばいいのに、どういうわけか戦いはまだ続いている。

 

 大和の根性によってまだ立ち続けているのか、あるいは深海長門がどこかで手を抜いているのか? それを疑い始めたのだ。

 このまま戦いが長引くとどうなるのか。それは周りを見れば想像がつく。

 

 戦艦棲姫二人は日向と、主力艦隊へ移ったビスマルクの穴を埋めるために組み込まれた扶桑が対処に当たっている。補佐として戦艦棲姫回りの深海棲艦に当たっている艦娘も数名いる中で、彼女たちは戦っている。

 戦艦棲姫との戦闘データはもう十分蓄積されていることもあり、一対一での戦いであっても、そこまで苦労することなく戦えている。艦娘側が勝利するのも時間の問題だろう。

 

 深海赤城の空母棲姫は呉一水戦が抑えていた。深海赤城を守る深海棲艦の筆頭であるネ級を神通が相手をし続けている。戦っていく中で、ネ級は己の力を高めていき、エリート級の力を発揮する。

 反応力が高まっており、瞬間的に攻撃を見切って攻撃を避け、受けたとしても、重巡らしからぬ装甲で受け止める。

 

 リ級と比較すると、その性能は段違いだ。ただの新型と少し侮ったことを神通は反省する。軽巡の砲は重巡相手では少し抜きづらいが、フラグシップのリ級であろうとも、神通の砲撃では貫けるようになっている。

 そんな神通でも、ネ級の装甲はなかなか抜き切れていないのだ。強撃にすることで抜けるようにはなるが、多用すれば砲を傷める。最近よく使ってきている強撃だが、青の力と同様にこちらにも代償があるということだ。

 

(このままネ級を引き付けられているという点でいえば、この状況は悪くはない。けれど良くもない。ネ級を処理し、空母棲姫も倒せれば、戦艦水鬼かその他の深海棲艦との戦いへと助力ができる。その方がより望ましいのですが……)

 

 深海赤城の方も問題ない。夕立と雪風が駆逐艦としての機動力を活かしてかき回し、要所で北上が雷撃を放って大きなダメージを与える。接近されれば空母は不利、その通説は覆ることはない。

 空母棲姫であろうとも、同様だった。接近された際の手段として艤装と合わせた対抗手段を使いこそしたが、それでも夕立たちは不利に追い込まれることはなかった。

 

 この状況に悔し気に歯噛みする深海赤城。力を付けたというのに、こうも押し切られるなど、口惜しいに違いない。艦載機を発艦させても、そこから攻撃に転じるまでに時間が生じる。この時間が、夕立たちに攻撃の隙を生み出すことになる。

 ミッドウェー海戦では空母棲姫に至るまでに、様々な壁があった。本土防衛戦でも深海赤城は護衛を連れて戦った。しかしあの時に比べれば少なく、そしてあの時よりも速いペースで接近されている。この差は大きな差だった。接近を許した時点で、深海赤城の敗北への道は決まったようなものだった。

 

 自分が用意してきた戦力が、次第に押し込まれているのを星司は感じ取っていた。

 だからこそ深海長門には早急に大和との戦いを終え、他の艦娘の相手をしてほしいところなのに、何を悠長にしているのかと、苛立ち始める。

 

 嫌な予感がする。

 このままでは、自分にとって良くないことが起きそうな気がした。

 そう判断した星司は、トラック島を取り囲んでいる潜水艦隊に指示を出す。

 

「包囲網はもういい。指揮艦へと攻撃を仕掛けるんだ。呉でもラバウルでもパラオでも、どれでもいい! 船を落とせば、艦娘たちの士気は落ちる! それで僕たちの勝ちだ!」

 

 その命令を受諾した潜水艦たちが、密かにトラック島の周囲に潜んでいたポイントから動き始める。トラック艦隊が隠れ潜んでいるのではないかという考えはもう捨てる。

 この状況になったとしても出てこないのならば、奴らは最初の夜襲で全滅したものと星司は考えることにした。

 

 いないものに対して備える余裕はもうなくなってきている。動くタイミングを見失い、行動が遅れれば、その分不利になる確率が高まっている状況になりつつあると推察したのだ。そうなる前に打てる手を打っておく。星司は状況の流れを読み、そう考えるだけの思考はできていた。

 しかし、思考はするが、戦えるわけではないのが星司である。彼の下へと接近しているパラオ一水戦が見えてきたとき、フードの下ではっとした表情を浮かべた。

 

「見つけました! あれですね、中部提督は。みなさーん、行きますよー!」

「んっ、んんん……!? 何だあいつらは、どこの……ん? 阿武隈に五十鈴? この組み合わせは……そうか、パラオか……!」

 

 パラオの艦娘たちが自分のところに来ている。その事実に、星司は色々なことを考える。

 このまま相対せずに逃げる。香月の艦娘と自分が直に関わるのは、今は避けた方がいいのではないのか。

 逃げるのではなく、対面した上で香月にちょっかいをかける。護衛の深海棲艦をぶつけて、香月の方へと通信を繋ぐことを試みる。その上で少し話してみるとか、あるいは、自分が星司であることを打ち明けてみるとか。

 

(ふむ? それはそれで、面白そうだな? ここで打ち明ければ、香月たちが色々乱れ、崩壊し、自然とパラオ艦隊を潰すことができそうだ。それでいこうか)

 

 敵の調子を崩し、隙を作り出すことこそ、勝利への一歩に繋がるのだ。

 砲撃を仕掛けながら近づいてくる阿武隈たち。攻撃から星司を守るために盾を作り出すネ級に、反撃の砲撃を放つツ級たち。星司も止めてあるバイクの下へといき、回収していったん距離を取っていく。

 

 そうしながら、阿武隈たちから繋がっている通信のラインを探った。香月が阿武隈たちへと指示を出しているなら、その波長を捉えることができれば、凪へと通信を繋いだ要領でこちらからも割り込むことができるはずだ。

 その一方で、バイクを回収することで、緊急脱出の道も残しておく。敗北した時のことを考えて備えておくのも抜かりはない。

 

(……よし)

 

 しばらく阿武隈たちが深海棲艦とやり合っている間に、探りを入れていた星司は、ついに香月と繋がる道を見つけ出す。すぐにそれに割り込むと、ノイズの後に向こうで声が聞こえた。

 

「……はい、誰だ?」

「聞こえているかな? パラオの提督」

 

 最初は変声のための器具を口元に寄せて呼びかけてみる。怪訝な表情を浮かべているであろう香月を想像した星司は、フードの下で微笑を浮かべる。

 懐かしい声だ。よもやまた、香月の声を聞くことになるとは、と思いながらも、どこか他人事のような感覚もあった。自分はもう死んだ身であり、ここにいることはあり得ないことだ。

 

 記憶も一時的に失われていた時期もあり、こんな自分が美空星司なのかと、離れたところで自分を見つめているような感覚も時折ある。だからこそ、香月と話している自分も、あり得ざることだと思っている。

 

「お前は……そうか、中部提督ってやつだな?」

「察しが良くて助かるよ」

「どうやってこの通信を繋いできたのかはあえて訊かねえ。今、このタイミングで何故オレに声をかける? 命乞いでもしようってのか?」

「はは、まさか。僕が命乞い? そんな無様な真似はしないさ。なに、少し話してみたくてねえ。南方に攻められておきながら、よもや生き延びてしまったパラオの提督とね」

「……挑発のつもりかてめぇ? 別にそれにオレが乗ったところで、オレ自身が戦うわけでもなし。阿武隈たちが、お前を捕まえることに変わりはない。それにパイセンたちのおかげでそっちの空母も抑えられている。今なら艦載機だってそっちに送ることも可能だってこと、わかってんのか?」

 

 事実、指揮艦を護衛する赤城から艦載機が放たれており、星司の下へと届こうとしている。それを視線を動かして確認した星司は、ツ級へと指で指示を出した。対空面に関しては全幅の信頼をおけるツ級だ。あの程度ならば抑えられるだろうと、星司は信頼している。

 

「だからどうしたんだい? 先輩たちの力がなければ僕たちとも渡り合えない新米が、僕に対して強く出られると? それこそ笑わせる。身の程をわきまえるんだね。見るがいい、あの阿武隈たちの姿を! 新たなる重巡型、鈴谷に優位を取れない様を見て、己の無力さを実感するんだな!」

 

 指さす先には、必死にネ級に食らいつこうとしている阿武隈がいる。呉の神通と同じように、ネ級相手に攻め切れていないようだった。お腹から生える艤装が、砲撃と雷撃をこなすだけではなく、長く伸びた胴体を活かして、鞭のようにしなってぶつかってくるだけでも、阿武隈たちには痛手になる。

 あの動きはアンノウンの尻尾と同じだ。体を勢いよく捻り、その遠心力を活かしてぶつかりに行く。しかもネ級は瞬間的に加速して攻撃をかわせるだけの力を有している。その加速を活かした回転ともなれば、その威力は想像以上に高いものとなる。

 

「君たちに僕を捕まえることはできない。ふははははは!」

 

 飛来する艦載機を見上げながら星司はつい笑ってしまう。攻撃態勢に入る艦載機だが、目標を確認したツ級たちが一気に対空射撃を行った。連射される弾丸が、回避しながら攻撃しようとする艦載機に命中し、撃墜させていく。

 一機ぐらいは攻撃が届くものと思っていた香月だったが、全てが失われた。それほどまでにツ級の対空性能は高いのかと、香月は唖然とした。

 

「――あ、それと、パラオ提督。もう一つ、いいことを教えてあげようか」

 

 ふと、思い出したように呼び掛けてくる星司。その言い回しに、香月は少し呆けたような顔をしてしまった。

 

「この前のパラオ襲撃だけどね、あれ、計画したのは僕だ。吹雪の南方提督就任のデビュー戦として、君を殺すように仕向けたんだよね。失敗したけれど」

「なに……?」

「君にはあそこで死んでほしかったんだよ。だってさ――」

 

 と、変声の器具を取り外し、「――こうして、僕たちがここで出会うのは望ましくなかっただろう、香月?」と、元の星司としての声でそう告げた。

 聞こえてくる声に、香月は息を呑む。長く聞いていない声だが、忘れるはずのない声だった。知れず、体が震えてくる。

 

 あり得ない、とモニターを見上げる。そこには変わらずフードをかぶったままの中部提督。

 奴が、その声で喋るはずがない。

 信じたくない出来事に、「……ざけるな」と声が漏れた。

 

「ふざけんなッ! てめぇ……てめぇが、その声で喋るんじゃねえ!」

「ふざけていないさ。それに、そういう反応を返してくるっていうのも想像通りさ。だから、さ、これなら納得がいくだろう?」

 

 そうして星司は、自分の顔を覆い隠していたフードを取り払う。その下から現れたのは、香月にとって信じたくないものだった。

 肌の色は深海棲艦のもの。目も金色に光り、人間としての風貌は保っていないが、顔つきはもうすでにかつての彼のものである。

 

 骸の部分を残していれば、よりらしくはなっていたかもしれないが、もうすでに肌は顔全体を覆っている。だからこそ、人間ではないが、その顔は人間だったものをほぼ模倣したようなものだった。

 

「君にとっては懐かしい顔になるのかな、香月? かつて海で死んだ海軍の人間。故に僕はこうしてあり得ざる復活を遂げたのさ。深海棲艦は海から現れるかつての艦艇。なら、海で死んだ人間もまた、こうしてここに立つことは不思議じゃないだろう?」

「……ぁ、あ……」

「理解したなら、さ――死んでくれ、香月。これ以上、僕を悩ませないでくれないかな?」

 

 悲し気に首を傾げつつも、最後にはどす黒い感情を宿した笑みを浮かべてみせる。生前の彼なら絶対にしないような表情と言葉に、ついに香月は理解を拒むように叫んだ。

 聞こえてくる慟哭に、阿武隈たちは気が乱れる。

 予測した通りに生まれた隙。ネ級とツ級らは一気に阿武隈を攻め立て、仕留めに動く。

 

 星司を抑えるはずだったパラオ一水戦は、星司自身が動くことで逆に追い込まれる形となる。

 聞こえてくる弟の悲痛な声に、星司はより一層邪悪な笑い声をあげる。

 この戦いは大まかに見れば不利だというのに、あの時仕留めきれなかった香月の心を折ったことで、ひとまずの悦楽を感じている。

 

 動かした潜水艦隊もそれぞれの指揮艦を雷撃の射程内に収めようとしている頃合い。

 逆転の一手を打てる段階へと移りつつあることに、より星司は笑いが止まらなくなっていた。

 


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