呉鎮守府より   作:流星彗

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深海吹雪

 

 ラバウル指揮艦は航行スピードを落とし、距離を取って戦場を眺められる位置を取っていた。出撃していった艦隊は、間もなく敵の水雷戦隊と交戦しようという段階に入っている。

 一見すれば敵の旗艦は背後にいる空母水鬼だろうが、恐らく真の旗艦は水雷戦隊と程近い位置にいる深海吹雪、またの名を南方提督だろう。

 

 彼女は後方に陣取って指揮をするだけに留まるかと思われたが、どういうわけか自分も戦場に出てくるタイプらしい。前回のパラオ襲撃では後方に陣取って指揮を行っていたようだが、今回は違う方針を取ったのだろうか。

 何にせよ、自分から出てくるのであれば、好都合ととれる。何せ旗艦である彼女を仕留めれば、深海南方艦隊の指揮系統は崩れる。それだけではなく、南方提督が落ちることは、敵にとっても大きな痛手となる。

 

 何より、ラバウルの艦娘たち、特に深山と陸奥にとっては深海吹雪を必ず仕留めると意を決していたのだ。標的が自分から出てきてくれるものほど、好都合なことはない。

 陸奥の拳に力が入ろうというものだった。

 

「敵の中に新型を確認しました。姫……いえ、鬼級の何かです」

 

 ラバウル一水戦を率いる名取がそう報告する。

 そこにはあの深海那珂がいた。中身的には那珂と阿賀野の合体ではあるが、深海吹雪が那珂と呼称しているため、そのように表記することとする。しかし一見して名取たちには、そういう存在には見えないだろう。

 

 何となく頭の横についているお団子が特徴的だとか、駆逐棲姫のように足に艤装があって、人の足がなさそうだという風にしか見えない。

 深海那珂は雷巡チ級や軽巡ツ級、そして脚付きの駆逐艦後期型といった面々を引き連れ、先陣を切って突っ込んできている。

 彼女もまた先頭にいる名取に気づき、好戦的な笑みを浮かべてきた。

 

「フフ、獲物ネ。イヨイヨ私ニトッテノデビュー戦トイッタトコロカ。サア、道ヲ開ケナサイ。拒否スルナラ、沈ンデイケ」

「ふぅ……あからさまな殺気……。でも、やるしかない、ですね。みんな、気を引き締めてかかろう。砲雷撃戦、開始ッ!」

 

 最初こそ困ったように眉をひそめ、弱々しい声色だったが、すぐに表情が引き締まって、名取は戦闘態勢に入る。肩から提げているアサルトライフル状の主砲を構え、深海那珂へと砲撃。

 後に続く皐月たちも砲撃を開始し、弾丸は次々と深海那珂へと迫っていく。それを深海那珂は足の艤装を巧みに操り、旋回、速度変更と流れるような回避行動を取り、被弾したのは名取の砲撃のみとした。

 

 それも腕で防御した上で突き抜け、手に顕現した主砲で名取へと反撃の砲撃を行う。形状からして14㎝単装砲。飛来する砲弾を避け、滑るように移動し、回り込みつつも、深海那珂に随伴してきたチ級らへと軽く視線を向ける。

 狙ったように魚雷発射管を構えているチ級フラグシップ。あれをまともに受ければひとたまりもないが、腰に備えた副砲がすぐにそちらへと向き、魚雷発射管へと砲撃を加える。

 

 エネルギーが溜まっているそこへと狂いなく着弾し、傷がついたことでエネルギーが暴走。艤装の爆発によって体勢が崩れたところを、片手で持ち直した主砲を放って撃破する。

 これまで視線は軽くチ級に向けただけで、しっかり見据えているのは深海那珂のみ。鋭く切れ長の眼差しをした名取は、さっきまで見せていた普段の気弱な彼女ではない。このオンとオフの切り替えの二面性が際立っているのが、ラバウルの名取だった。一水戦旗艦を任せられているだけある。

 

「計測完了。その深海棲艦は軽巡棲鬼と呼称します。名取さん、軽巡棲鬼の背後より、あの吹雪が迫ってきています。注意を」

「わかりました。……援護はどうです?」

「間もなく射程内に入るわ。艦載機も空母水鬼のものと交戦開始。しばらくは上空もうるさくなるわよ」

 

 大淀からの通信で、深海那珂は軽巡棲鬼と呼称されることとなった。離島棲鬼以来の鬼級といえるかもしれない。

 鬼級らしく軽巡ではあるがその装甲は厚く、腕で防御した名取の砲撃の傷はそう見られない。何でもない風に軽く腕を振り、足の艤装が口を開けて魚雷を発射してきた。

 

 しかしそれらは名取に随伴してきた皐月たちが砲撃で処理する。ラバウル一水戦はかの戦いのとき、天龍と吹雪を喪い、新しく那珂と夕雲が参加している。彼女たちもまた一水戦の名に恥じないほど鍛えられており、魚雷を処理しつつ軽巡棲鬼へと牽制の砲撃を撃つ。

 その隙をついて、後方から陸奥たちが放った砲撃が飛来し、追撃を行う。軽巡棲鬼といえども、戦艦の砲撃ともなれば顔をしかめ、いったん後退した。

 

 入れ替わるように前に出てきたのが、深海吹雪だった。彼女は状況を確認するように一度、視線を巡らせて、名取が一番強い艦娘と判断したようで、迷うことなく主砲を名取に向ける。

 向けられた殺気に名取も反応し、主砲を構えて距離を詰める。先んじて砲撃したのは深海吹雪だった。放たれた弾丸は瞬時に顔を逸らした名取の傍を通り過ぎ、ボブカットのなびいた髪を貫いていく。

 

 鋭い眼差しが少し大きくなり、かわした軌跡に従ってうっすらと青い光が流星のように尾を引く。だが、名取は止まらない。右、左とステップを踏むように、どっちに行くかを悟らせない動きをするに従って、青い流星もまたその軌跡を描いていく。

 その動きに深海吹雪は何か嫌な予感を察したのか、異形の左手を構えて対応しようとする。それよりも早く、名取は身を低くして、一気に距離を詰めた。

 

 爆発的な加速に深海吹雪は反応が遅れる。気づけば、名取は深海吹雪の目の前におり、加速した勢いのまま深海吹雪へと飛び膝蹴りをしていた。腹に伝わる強い衝撃に、呻き声を漏らす間もなく、浮いた体に腰の副砲が追い打ちをかけていく。

 そうして打ち上げた深海吹雪の眉間を狙うように主砲を構え、名取が力を込めた弾丸を撃ち放つ。だが、それは咄嗟に深海吹雪が顔を動かし、弾は額から生えている角を抉る形となった。

 

 撃たれた衝撃のまま深海吹雪の体が後ろに飛ぶ。仕留めきれなかったことに、名取は小さく舌打ちする。今の奇襲で一気に仕留められれば流れはこちらのものだった。

 先手を譲りつつ、後手からカウンターを決める。あの一瞬の出来事が、名取にとっての必殺の構えだったのだが、それを失敗すれば、少し困ったことになる。

 

「討ち損じました。すみません……」

「いいわ。次の手に移りましょう。軽巡棲鬼か南方提督か、どちらかをこっちが抑えましょう。一水戦はどっちをやる?」

「……そうですね、では、当初の予定通り、軽巡棲鬼を。こちらなら、私たちでも問題なくいけそうです」

「わかったわ。あなたがそこまで言うなら、信頼できるもの。では、南方提督は私たちが。……譲ってくれたのなら、感謝するわ」

「いえ。健闘を、祈ります」

 

 少し後ろに来ていた陸奥たちが、ラバウル一水戦を迂回して、飛ばされた深海吹雪の方へと向かっていくのを横目で見送りつつ、名取は主砲に次弾を装填して、肩にかけるように持ち直す。

 ざっと展開されている敵深海棲艦らの位置を確認すると、「那珂ちゃん、皐月ちゃん、初春ちゃんは左側を、時雨ちゃん、夕雲ちゃんは右側を任せるね」と指示を出す。

 

「私は、あれをやる」

「了解!」

 

 指示を受けた艦娘たちが応える中、体勢を立て直して、名取を完全に敵とみなした軽巡棲鬼が不敵な笑みを浮かべて名取を見据える。その視線を受け止めながら、軽く首を鳴らすように首を傾げ、とん、と一度手に持つ主砲を肩に当てて、「……さあ、早いところ終わらせなきゃ」と、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「前哨戦で、消耗してられませんからね」

「……ッ、舐メタ口ヲ……! イイワ、オ前ハ、二度ト浮上デキナイ深海ニ堕トス……!」

 

 その言葉を挑発と受け取った軽巡棲鬼が一気に興奮し、復帰早々突出する。冷静さを失ったその様に、名取は思わぬ好機と微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 指揮艦の艦橋で深山は現在の戦況を確認しつつ、どうするかを思案する。名取の言うように、軽巡棲鬼は前哨戦に過ぎないかもしれない。新たなる深海棲艦が現れたとはいえ、鬼級に該当する存在。姫級が目立ってきた上に、水鬼級も登場した今、鬼級は格下のような印象を受けてしまう。

 とはいえ、新たに軽巡級も登場したとも考えられる。駆逐、戦艦、空母と埋めてきた中で、軽巡が登場したのだ。となれば重巡も近い将来出てこないとも限らない。深海棲艦も順調に戦力拡大を図ってきていると推察されるデータである。

 

 軽巡棲鬼を抜き、深海吹雪を撃破すれば、中部提督である星司と戦うことになる。深山は彼がそうであることは知らない。知っていたとしても、星司については美空大将の亡くした息子であるぐらいしか知らない程度の間柄だ。

 ここで本格的に対峙したとしても、思い入れは何もない。あるとすれば、香月は大丈夫かと、少し心配になる程度である。

 

「……空母水鬼についてはどんな感じ?」

「現在均衡状態かな。押し切れるわけでも、押し切られるわけでもない。というか、下からツ級でしたっけ? あれらが対空射撃してきているせいで、若干こっちが不利になりかけているみたい」

 

 そう報告してくるのは飛鷹だ。表情が渋いところから、彼女はほぼ確信をもってこう報告している。アトランタを種にして生み出されただけあり、ツ級は高い対空性能を有している。

 深海北方艦隊に配属され、深海の間でも共有された新たなる量産型は、半年が経ったということもあり、こちら側にも順調に配属されている。通常のツ級だけでなく、エリート級も登場しており、より優れた対空性能を発揮して、艦娘が放つ艦載機を撃墜させていく。

 

 空母水鬼という高い性能を有する空母と、性能の高い艦載機。これに加えて高い対空性能を有する軽巡が随伴するとなれば、艦娘側にとってまたしても不利な状況に追い込まれはじめることを予感させる。

 せっかく対空射撃に関する新たなるシステムが広められたというのに、敵もまたツ級という量産型がそれを実現させてくる。いや、正しくはツ級が先に登場したからこそ、後から並び立ち、そして上を取られているというべきか。

 何もかもが後手になっているため、じわりじわりと食い破られているかのような感覚を覚える。

 

「……ツ級を迅速に落としていかないとまずいか。むっちゃん、敵の随伴艦の処理は?」

「それが、ツ級を守るように、駆逐棲姫だけじゃなくて新しい誰かがいるみたい。たぶん装甲の感じからして、重巡かしら」

「……新しい量産型だって?」

 

 これもまた先日、北方で事故によって生み出された存在。深海では鈴谷と呼称した艤装からして異形なる存在。いろは歌になぞらえるなら、ツの次であるネ級に該当する量産型深海棲艦だった。

 二つの異形に砲門が生えたそれを、陸奥たちに向け、手で指示を出すネ級から、次々と砲撃が行われ、飛来する砲弾はツ級を庇うように立ち回る。しかも重巡でありながら、どこか身軽に動くため、装甲で耐えるだけでなく、ひらりと踊るようにかわすのだから意味が分からない。

 

 これは思ったよりも手こずりそうか? 早いところ中部提督の方に行き、香月を援護したいのだが、と深山が少し焦りを見せていると、通信が入ってきた。香月から何かあったのだろうかと、通信に出ると、そこには思わぬ顔があった。

 

「……はい、こちら深山」

「深山か、突然すまない」

「……海藤? どうしたんだい急に」

 

 こういった戦いをしている際は、外からの通信は入りづらい印象だった。通信が妨害されているせいで、戦場となっている海域内でも、通信妨害のせいでやり取りがしづらかったこともある。

 それがまさか凪から通信が来るとは、呉で何かあったのだろうかと深山は首を傾げた。

 

「茂樹と連絡が取れなくてな。ラバウルの方にかけてみたら、お前が出撃しているっていう返事がきて、そっちにかけてみた。……何かあったのか?」

「…………あったといえば、あったね。僕は今、トラック島近海にいる」

 

 そして深山はこれまでの経緯を説明する。それを凪は静かに聞いていたが、その表情は明らかにこわばっていた。中部提督がトラック島の埠頭を占拠しているという話を聞いている時は、次第に手や体が震え始めていた。

 話している内に、深山は少し疑問を感じた。凪の背景が執務室ではなかったためだ。経緯を話し終え、「……ところで、海藤。君は今どこにいるんだい?」と尋ねると、

 

「――そうか。タイミングが良いのか悪いのか。待っていてくれ、俺も、なるはやでそっちに駆け付ける。それまで持ちこたえてくれ」

「……それって」

 

 と、言葉を繋げる間もなく、凪は通信を切る。あんなことを言えるということは、凪は呉鎮守府にはおらず、海上にいるのだろう。凪を交えた演習を予定していたのだから、その可能性はあったが、こんなことになろうとは。

 だが、これは光明だ。凪という呉の戦力が加われば、この戦いの活路を開くことができるかもしれない。それまで持ちこたえる、否、そんな受け身の考えでどうするというのか。

 

 可能な限り戦況を優勢へと持ち込んだうえで、凪たちを迎え入れる。そうでもしなければこの戦いに勝利という星を挙げることはできないだろう。

 陸奥へと通信を切り替えて、「……むっちゃん。呉から援軍が到着する見込みが出たよ」と伝えると、陸奥は少し驚いたが、小さく頷いて笑みを浮かべた。

 

「そう。なら、ここで臆してはいられないわね。飛鷹、衣笠。可能な限り援護お願い。朧、あなたは私についてきて。二人であの吹雪を押さえる」

「わかりました、お供しますね」

 

 衣笠率いる第二水上打撃部隊が深海吹雪に随伴しているツ級たちを押さえにかかり、敵の数を減らす目論見だ。当然ツ級を守るネ級とも相対するが、同じ重巡なら戦いようがある。

 飛鷹たちが放つ艦載機は相変わらず空母水鬼の艦載機と交戦し、陸奥が率いる第一水上打撃部隊の長門や霧島は遠方へと砲撃し、空母水鬼に随伴する深海棲艦へと攻撃を仕掛ける。

 

 他の艦娘たちも軽巡棲姫、深海吹雪と交戦しない顔ぶれは間を縫って前に出、空母水鬼へと距離を詰めていく。その流れに乗って陸奥と朧も共に深海吹雪へと接近。名取に吹き飛ばされていた深海吹雪は体勢を立て直しており、向かってくる二人を見て、相手をするのは彼女らと悟る。

 

「……そう、あなたたちが相手をしてくれるのですね? でも、どうでしょう? 私の相手が務まりますか?」

「自信があるようね。では、その自信を砕くとしましょうか?」

「戦艦が私に大口を叩くと? 私たちの魚雷の前に成す術なく沈むしかない戦艦が、よもや私の前に立ちはだかろうなど、思い上がりも甚だしい。そんな駆逐艦を一人連れてきたところで、どうにもなりはしないことを教えてあげます」

 

 冷たい笑みを浮かべながら、目から赤い燐光を放つ深海吹雪。風になびくその白髪と、その顔立ちは、まさにかつての艦娘、吹雪の生き写しと言える。

 しかし彼女はもうあの頃の吹雪とは違うのだ。

 その思考も、立ち位置も、そしてその異形の左腕も、彼女は吹雪ではないことを如実に語る。

 

 左腕をかざせば、そこに光が灯り、右手で手の中から生える刀を抜く。同時に腰から展開されている艤装が陸奥たちを狙い、彼女が戦闘態勢に入ったことを知らしめる。

 

「朧、私が吹雪の気を引くわ。その隙に、あなたは雷撃を仕掛けていって」

「いいんですか? 私がお守りするのでは……」

「いいえ、今は、私が。あの様子からして吹雪は私を落とせばいいと思っている。それを利用させてもらうわ。それに、そう簡単に抜かれる程私も軟ではないつもりよ。信じて」

 

 確かに一説では深海吹雪の言う通り、戦艦は接近された駆逐艦による雷撃には弱いという話はある。駆逐艦の速さに戦艦の砲の旋回が追い付かず、一方的に雷撃を撃たれて沈められる可能性は否定できない。

 だが、追いつきさえすればその火力によって駆逐艦を返り討ちにできる。それに艦娘は人型だ。艦ならまだしも、人型であればやりようはある。

 

 不敵な笑みを浮かべて陸奥が前に出ると、その様子が気に食わないのか、深海吹雪は舌打ちをする。じわりと頭にノイズが走る。この感覚、どこかで覚えがあった。

 今はもう消し去ったパラオ襲撃戦の出来事に似通っている。かつての駆逐艦吹雪が轟沈した際に同行していた艦と相対したことで、無様を晒すこととなった流れだが、深海吹雪はそれを思い返すことはできない。

 

 ただ、煩わしいノイズが走っていることを自覚するだけで、その理由を追求することはない。それは余分な思考にリソースを回すことになるのだと、無意識にブレーキをかけた。

 その上で深海吹雪は陸奥と対峙する。かつての自分が所属していた基地の上司を前にしていることも露知らず、因縁の対決を演じるのだ。

 

「早いところ消えてもらいますね。あなたを倒し、さっさとあの船を沈めさせてもらいます」

「そうはさせないわ。他でもないあなたの手でそのようなこと、断じて許すわけにはいかない。私が、あなたを終わらせるわ、吹雪」

「あなたが私を捉えられるのなら、できるかもしれません――ねっ!」

 

 一息で陸奥との距離を詰め、その刀で陸奥の胸を突かんとする。反応できたのは、深海吹雪の動きに細部まで気を配っていたおかげだ。半歩ずれ、脇を通り過ぎる刃と深海吹雪の腕。それに対して手を当てつつ、もう片手で深海吹雪の首を掴もうとしたが、深海吹雪の腰の艤装にある副砲が自分を狙っていた。

 かわす間もなく砲撃を浴びる。駆逐艦の副砲にしては威力が高いそれに撃たれ、彼女を掴み損ねる。加えて距離を取りながら刃を振られ、軽く胸に傷が入った。

 

「ふんっ!」

 

 更に距離を取りながら魚雷も放っており、それは真っすぐに陸奥へと迫る。その動きは予測していたようで、すぐさま横に逃げて魚雷からは直撃を受けない。だが、距離を離したのなら、陸奥の砲撃のチャンスでもある。

 装填や旋回の早い副砲で攻撃を仕掛けるが、それがどうしたとばかりに回避していく。その程度ならまだいい、予想通りだ。避けつつ反撃してくるその一瞬の隙をついて、一発深海吹雪が逃げる足元を狙って撃ちこむと、狙い通りに深海吹雪の体勢が崩れた。

 

 アイコンタクトを送れば、準備をしていた朧が力を込めて魚雷を撃ち放つ。叫ばなかったのは奇襲を仕掛ける手を悟られないためだ。こういう時に無駄に叫んで敵に気づかれるようでは、全てをぶち壊す。

 横槍の一手こそ、静かに、しかし全力で行うべきだ。事実、深海吹雪は陸奥が向けている主砲の砲門を見つめており、高速で迫ってきている魚雷に意識が向いていない。

 

 防御するように手を伸ばしたのも、陸奥の方角。戦艦の主砲の一撃を防がんとしているが、魚雷の防御は全くない。となれば、どうなるかは目に見えていた。

 僅かな異音に気づいたのも束の間。何の対策もしないまま、深海吹雪は朧が放った魚雷の強撃をまともに受けてしまうのだった。

 


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