呉鎮守府より   作:流星彗

156 / 170
泊地水鬼

 

 打ち合わせを終えてそれぞれ眠りにつき、艦娘たちと指揮艦の準備を整えた瀬川たちは、アッドゥ環礁を目指してコロンボ基地を出港する。

 出港後ほどなくしてマルクスとブランディは驚く。瀬川が乗船する指揮艦の速さが、二人の指揮艦のそれよりも大きく上回っていた。全速でも出しているのかという速さで海を往く指揮艦に、たまらずマルクスは通信機を手に取る。

 

「ちょっと瀬川。スピード出しすぎではないかしら? 逸る気持ちもわからないではないけれど、私たちと距離を離しすぎよ!」

「ん? ……ああ、そうだった。すまない、ワシらの指揮艦は改装されていてな。全速を出さずともこれだけの速さを出せるようになったんだわ。速度、落とせ」

「改装? 指揮艦の改装によって、それだけの速さが出せるようになったというのです?」

「おう。ワシだけじゃない。日本の指揮艦全てにこの改装が施されておるからなあ、移動時間はぐっと短縮されている。……ふむ、なるほど。これくらい落としてほぼ同じくらいの速度か。移動はこのくらいでいいか」

 

 速度を落としたことで、二隻の指揮艦と足並みを揃えて航行できるようになった。

 マルクスは瀬川が乗船する指揮艦を見て、そういえば見た目も以前に見た時と比べて少し変わっていると感じた。エンジンだけではなく、船体そのものにも手を加えたのだろうかと推測する。

 

 日本人は何かと出来上がったものに対して、色々と手を加えてより良くしたり、改造したりしたがるものだと思い出す。近代からそうなったわけではない。それ以前の時代から、日本人というものは、モノづくりに関して色々とやってきている。

 指揮艦をより速く航行させるために、色々な検証をしたのだろう。それとなく問いかければ、「第三課が頑張った結果だろうなあ」と、しみじみとした答えが返ってきた。

 

 そう口にした瀬川の内心では、その分、スタッフや美空大将の寿命が削られてそうだが、と彼らの仕事の負担の多さに合掌していた。特にここ最近の第三課はやることが多そうで、しっかり休めているのかと心配になるほどだった。

 日本から遠く離れたリンガ泊地の瀬川でさえ、そう思ってしまうのだから、第三課の忙しさは察するに余りある。

 

 そんなことがありつつも、時間をかけてアッドゥ環礁付近まで航行した三隻の指揮艦。

 先んじて放たれていた偵察機がアッドゥ環礁の様子を窺ってみる。妖精が見ている視野は、指揮艦のモニターで共有されており、それを確認した瀬川たちが見たのは、アッドゥ環礁に展開されている深海棲艦の艦隊だった。

 

 前方に水雷戦隊、後方に主力艦隊と空母機動部隊と、セオリーのような布陣を構え、アッドゥ環礁にある一つの島に、アッドゥが昨日と変わらず座していた。

 彼女の姿を認めたブランディは「これはこれは、想像していた以上のジェンティルドンナかもしれないなぁ……」と、どこかうっとりするように呟いており、マルクスがこれ見よがしに顔をしかめて舌打ちしている。

 

 瀬川は瀬川で、「新しい個体だの」と呟きつつ、妖精が計測したデータを確認する。内包している力の強さなどを表した数値を見てみると、パラオ泊地を襲撃してきた深海棲艦の中にいた空母水鬼に似たものだということが判明した。

 棲姫級よりも高い能力を備えた個体に設けられた、新たなランク。深海側がどういう位置づけをしているのかはわからないが、印度提督を名乗ったあの深海棲艦は、この水鬼級に匹敵する程の個体であることは、妖精の目が曇っていなければ間違いない。

 

「……あの艤装の主砲、泊地棲姫と似ているな。以前まで見られていた泊地棲姫は水上でも航行できる存在だったが、あっちはそうでもなさそうだ。……とはいえ、泊地と名付けたのも、かつての海軍の誰かだし、今のワシらには関係ないか」

 

 艤装の一つとして確認できる右に備えた一門の主砲の類似点から、瀬川はとりあえずの呼称として、彼女を泊地水鬼とすることにした。

 それぞれの指揮艦が別方向へと進路を変え、アッドゥ環礁を目指しつつ、指揮艦から次々と艦娘たちが出撃する。一部は指揮艦の護衛として残し、水雷戦隊、主力艦隊と水上打撃部隊など、それぞれの持ちうる戦力を投入する。

 

 展開されていく艦娘たちにアッドゥはいよいよかと、少し胸を躍らせる。あらかじめ放っていた艦載機の一つに力を込め、飛龍の時と同じように通信を試みた。程なくして瀬川が放っていた艦載機の妖精と繋がり、それを超えて指揮艦へも通信が届く。

 突然入ったノイズに何事かと思われたが、「聞こえる? お客人」と高い女性の声が聞こえた時、瀬川は察した。

 

 すぐに二隻にも通信をリンクさせ、「通信は良好だ。んっんー……名前は聞いているが、どれで呼ぶべきかな?」と問いかける。

 

「私としてはアッドゥが通りが良いわね。こうして深海提督の証は身に付けてはいても、ええ、(おれ)自身としては、アッドゥが望ましい」

「……? なるほど、ではアッドゥ」

 

 一人称が変化したことに首を傾げた瀬川だったが、とりあえず話を進めていくことにする。一方のマルクスとブランディは、あの深海棲艦と会話をしているという現実を目の当たりにして、もう何度目かの驚きを隠せないでいた。

 そしてマルクスは、何の澱みもなく、落ち着いたように話を進めていく瀬川に対しても、どういう胆力をしているのかと、僅かな呆れも感じている。

 

「昨日はわざわざ招待状というシャレたものを送ってきおったからなあ。その意図を聞かせてもらえると助かるが?」

「気に入らなかった? そちらとしては、ぜひとも私を滅ぼしたいと思っているでしょう? こうして私がわざわざ顔を出せば、乗らずにはいられない。私としてもね、あなたには用があったものだから、お互いメリットがある。Winwinの関係といえるじゃない?」

「んんんん、確かにそうだ。ワシとしても、お前のようななかなかの美人に招待されたとあれば、悪い気はせんわ。だからこそ解せない。どうして今、こうして顔を出す気になったのか。今までずっと尻尾を見せなかったというのに、このタイミングなのか。そう疑ってかかるのは当然のことではないかな?」

「フ、フフフフ……! ええ、ええ、そうでしょうとも。そういう感性は大事にした方がいいわ、ええと……ごめんなさい。名前を聞いていなかったわね、リンガの提督よ」

「瀬川、瀬川吾郎だ」

 

 そう、とアッドゥが頷き、「瀬川、ここで決着を付けましょう」と、手を指し伸ばしながらアッドゥは口にする。

 

「あなたとしても、我々が身を潜め、どこかに逃げ去ることは良しとしないでしょう。なればこそ、ここで私を討ち取る好機を逃しはしない。私は私で、こうして釣り上げた我らが敵を逃しはしない。欧州から逃げてきたそれらも含めてね。欧州が見逃したのか、気づかなかったのかはさておき、欧州側の艦隊を私が沈めれば、欧州に対しても貸しとなる。こんな美味しいことはないわ」

「なるほど、確かにどちらにとっても、この会敵はメリットを得られるわけだな。だが、アッドゥ。お前たちだけで、我々に勝利できるだけの自信があると?」

「試してみる? 私は構わない。このように、提督として指揮するだけではない。私自身もまた、戦える。欧州と同じようにね……!」

 

 そう口にしながら、差し伸ばした手をゆっくりと弧を描くように広げた。すると、艤装から伸びる滑走路から、次々と白猫艦載機が発艦していく。その全てがアッドゥの上空へと展開すると、赤い光を纏い、目を爛々と光らせながらカタカタと歯を打ち合わせた。

 

「さあ、ここまでおいで。私を消し去り、人類の希望とやらを取り戻してみせなさい! あなたにできるものならねえ……フフフフフ!」

 

 挑発は開戦の狼煙。勢いよく突き出したアッドゥの手に従い、白猫艦載機が他の艦載機と共に空を舞う。深海棲艦もまた鬨の声を上げて、一気に三方へと散った指揮艦を目指して進軍を開始した。

 それに対して艦娘側もそれぞれの方角から、アッドゥを目指して進軍を開始。白猫艦載機を迎撃するためにそれぞれからも艦載機が上がり、迫ってくる艦載機を目指す。

 

 ドイツとイタリアの艦娘だけでなく、イギリスの艦娘も目立つ。噂通り、欧州はそれぞれの国の艦娘が混ざった艦隊を形成している。フランスなどもいるようだが、特に多いのはイギリス。そういった編成は、事前の打ち合わせで把握しているが、傍から見れば、欧州人の顔つきの違いは、すぐにはわからない瀬川だった。

 モニターでそれぞれの進軍の様子を確認しつつ、僅かに狂わされているレーダーに目を向ける。

 

 この一帯は深海棲艦の力が満ちる赤い海。こうしたレーダーや通信は阻害されて調子を落としてしまうが、完全に機能が停止しているわけではない。これも深海棲艦との戦いが長引いたことで、どのように阻害されているのかの解析が進んだ結果だ。

 指揮艦の改装の甲斐もあり、接近してくる敵影や攻撃はまだ見えている。

 

「んっふっふっふ、敵も本気で殺しに来おるわ。護衛隊、下に注意せい! 潜水艦、邪魔してやれ」

 

 瀬川が命令を出すと、周囲を警戒していた指揮艦周りの艦娘たちが警戒を深める。伊58などの潜水艦も赤い海の下へと潜っていき、敵の接近を探っていく。すると、アッドゥ方面の海底から上がってくる気配を察知した。

 海上に展開している深海棲艦だけでなく、海中に潜めていた深海棲艦も進軍させていたようだ。

 

 伊8が波打つように動きながら海中へと潜っていけば、奥の方から勢いをつけて昇ってくるチ級らが見えてきた。雷撃能力の高いチ級を海中から奇襲させてくるなど、殺意が高いにも程がある。

 手にしている本を開けば、どういう理屈か複数の潜水艦用魚雷が展開され、眼鏡でそれぞれの魚雷の照準を合わせる。「発射!」という掛け声を一つ、海中であろうと突き進んでいく魚雷が一斉に放たれる。

 

 チ級もまた砲を突き出し、自慢の魚雷を発射するが、潜水艦用の魚雷程、海中の深度の中で推進力を発揮できていない。深海棲艦であろうと、水上艦と潜水艦の艤装には、海中では差が生まれるということか。

 迫ってくる魚雷たちをかわそうにも、迎撃を先にしたことで遅れが出てしまっている。それにより、何人かのチ級は魚雷が直撃し、再び海底へと沈んでいく。

 

 放たれたチ級の魚雷は、伊8だけでなく、近くまで来た伊58が迎撃のための砲撃を行う。とはいえこちらは、基本的に海上に上がって使用する武装だ。海中では、深海棲艦と同じく十全に力を発揮しないが、魚雷の迎撃のために撃ちまくる程度はできる。

 それにこれを回避した場合、推進力が失われない限り上へ上へと進んでいく。そうなれば、指揮艦へと届いてしまうかもしれない。それは避けなければならなかった。

 

「討ち漏らしたのは任せるの~」

 

 逃げたチ級は、少し離れたところにいる伊19が狙いすまして放たれた魚雷によって落とされる。チ級の奇襲は防がれたが、かといって危機を脱したわけではない。その他の地点からも、潜水艦が忍び寄ってきており、そちらには水雷戦隊がソナーでキャッチし、爆雷を投射している。

 

 水上の深海棲艦ばかりに気を取られていたら、明らかにこれらによって指揮艦そのものを落とされ、戦いはそれで終わっていた。アッドゥの挑発や白猫艦載機は、意識を水上から上空へと向けさせるためのものだったのかと、僅かに戦慄する。

 

(フフフ……いいですねぇ……、先手の一手は防いできたみたいだけど、それでいい。そうでなくては意味がない。わざわざ呼び寄せた甲斐があったというもの。あれで死ぬようでは、期待外れもいいところよ、リンガの瀬川)

 

 奇襲に失敗したというのに、何故かアッドゥは嬉しそうに笑みを深める。

 そうでなければこの戦いを始めた意味がない。迫る危機を回避し、なおかつ自分へと喰らいつく。そうしてくれないと、この先に困る。

 

 飛ばしている白猫艦載機を操作しながら、次の白猫艦載機の準備をする。

 自然体で立っている彼女は、両手の指を時々動かしたり、曲げたりして、赤の力も少し込めて簡易的な指示を出す。

 

 艦娘たちが放った艦載機が白猫艦載機含む敵艦載機と交戦を開始。それを上空に感じながら、先陣を切って突撃していく艦隊が、深海棲艦の水雷戦隊とぶつかり合う。

 リンガの水雷戦隊の旗艦は神通。どうやらこちらの神通もまた静かな人でありつつ、戦いとなれば内に闘志を燃やしてぶつかるタイプのようで、「10時方角、一斉雷撃を」と指示を出し、魚雷を発射する。

 

 反航で向かってくる敵水雷戦隊へと砲撃を加え、敵が回避する進路を誘導させた結果、見事に先頭のリ級フラグシップから続々と雷撃が命中。大きな被害を与える。

 そのまま速度を落とさずに神通たちは進軍。その際に目だけ動かして神通は周りの状況を確認。遠方にいるドイツ艦隊、イタリア艦隊のそれぞれの動きを把握しようと試みる。

 

(ドイツ水雷戦隊、旗艦は……カールスルーエでしたね。同じように塞がれてはいますが、抜けるのは問題なさそう。イタリア水雷戦隊は……? …………名前が長すぎる人、えっと、アブルッツィ、でしたか。あちらは……先んじて前に出ている。あれだけ前に出て、大丈夫なんでしょうか)

 

 イタリア軽巡の正式名称が長すぎる艦娘、ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ。この前にもまだ名前があるが、長すぎるせいで、こう区切られがちな艦娘だ。

 あちら側は深海棲艦がそれほどいない。日本やドイツの艦娘が相手をしている数と比較すれば少な目、広げられた前線の穴と言っていい空白帯。そこを突いて前進しているらしい。

 

 イタリアの水雷戦隊から水上打撃部隊と前に進んでいるが、水雷戦隊の速さが上のため、少しずつ隊列が伸びてきているように思える。そうまで伸びてしまえば、側面から突かれるのではないかと神通が心配になるくらいだ。

 

「なぁに、問題はないよ。後ろからカバーしてやるといい。恐らく外側からくる。さっきの瀬川への指揮艦のように忍ばせているのだろうね。観測機は放っている。感知はできるだろう?」

「ええ、こちらでも感知しました。ローマ、撃ちますよ」

「わかった。主砲、照準合わせ」

 

 イタリア戦艦のリットリオ……を改装してイタリアと名付けられた戦艦と、その姉妹艦のローマ。二人が今は何もいない赤い海へと主砲を向けるが、程なくしてそこに深海棲艦が浮上してきて、奇襲を仕掛けるようにイタリア水雷戦隊へと迫っていく。

 だがその付近を飛んでいた観測機によって、その奇襲は察知されており、なおかつ観測機によってより照準が定まっている二人の砲撃が放たれる。

 

 轟く砲撃音、狙いすまされた一撃は、漏れなく奇襲部隊へと降り注ぎ、次々と撃滅する。それを横目に速度を落とすことなくイタリア水雷戦隊が進軍する。

 まさに互いの動きを信頼している動きだった。撃ち漏らしなどするはずもなし、とアブルッツィらは進軍を続行している。

 

「ざっとこんなものさ。僕たちとて欧州で戦ってきたからね、あれくらいはやってのけるさ」

「なるほど、大したもんだわい」

(だが、逆に言えば、ああいう奇襲も察知し、先んじて動けるくらいでなければ、欧州ではやっていけんということか)

 

 肘掛けに腕を乗せ、頬杖をつきながら、元から細い目を細くし、眉間にしわを寄せる瀬川。欧州戦線が厳しいという話は聞いているが、その分、戦っている艦娘や提督たちもまた、否が応にも鍛えられるというものか。

 

 上空の艦載機とのぶつかり合いは、進軍している艦娘たちの対空砲や、三式弾の援護もあって、敵艦載機の数は減らされている。追加で送られてくる敵艦載機も見えているが、応じるように艦娘側からも艦載機を追加していく。

 そして進軍しているイタリア艦隊は、アッドゥ環礁の外周にいる機動部隊を目指す。そこには空母棲姫の姿もあり、彼女からもより強力な艦載機が展開されている。

 

「アクィラ、ヴィクトリアス、艦載機はまだいけるかい?」

「ええ、まだいけますよー。ただ、ここから見える限りでは、敵戦力も少し多めに見積もっていいかもしれません。もう一つ、機動部隊の援護があれば、余裕を見られるかと」

「なるほど、ではこっちからも追加でイラストリアス隊を送るとしよう。瀬川、マルクス。空母はこっちが引き受ける。君たちはアッドゥを叩きに行くといいよ」

 

 先んじて切り込んでいったのは、敵空母の無力化を迅速に行うためだろう。アッドゥ環礁に展開されている深海棲艦の配置を確認し、それぞれの指揮艦の移動ルートを照らし合わせ、その役目を引き受けてくれたようだ。

 

 制空権の争いはミッドウェー海戦でも激しいものだった。敵の陸上基地、中間棲姫と、この戦いで登場した空母棲姫含む機動部隊から送られてきた艦載機との戦いは、絶えず行われていた。

 撃墜し、数を減らしたとしても、まだ次を送ってくる。そうしてどちらもぶつかり合い、そのすき間を縫って赤の力で強化したものを指揮艦付近へと詰めてきたものだ。

 

(さあ、プレゼントを贈るわ)

 

 そう、今まさに、アッドゥが操作した白猫艦載機が、強く瞳を光らせて、交戦宙域から抜けて瀬川の指揮艦へと接近していく。対空射撃を掻い潜り、指揮艦の直上から急降下していくそれらに、船内から飛び出してきた榛名が空を見上げる。

 投下される爆弾。それは狙い通りに艦橋を狙いすましていて、避けられないものとなっている。それを見上げながら、榛名は拳を突き上げて青の力を解放。

 

「そうはさせないッ! シールド、展開!」

 

 展開されるはバルジの形をした障壁。それがぐっと上空へと展開され、爆弾と接触し、船上で大爆発を起こす。その爆風は降下していた白猫艦載機をも巻き込み、バランスを崩して錐もみ回転する。

 制御を失った動きをする白猫艦載機に対し、待機していた秋月と照月が対空射撃を行って撃墜。それは、煙を噴きながら指揮艦へと墜落した。

 

「榛名さん、向こうからも抜けてきています!」

「ブリッジ! 後退を! とりあえず距離を取りつつ、迎撃を行いましょう!」

「了解、一旦後退。取舵一杯。榛名の他にも、シールド展開可能な艦娘、護衛に当たれ」

 

 榛名の提言を受け取り、瀬川が指示を出す。九死に一生を得るとはこのことか、バルジシールドを習得していなかったら、自分はもうこの世に生きていないかもしれない、そんな恐怖をじわりと感じ取る。

 だが、同時に背筋に走った悪寒を心地よくも感じていた。このひりついた感覚、久しぶりだった。

 

 そうだ、自分はこういう刺激を求めていたのだと、瀬川はぞくぞくする感覚を味わいながら笑みを浮かべていた。どうにも最近は退屈していたのだ。勝ち戦ばかりで、張り合いがないとさえ思っていた。

 欲望に忠実だからこそ、得るものばかりではどうにも満足できない。満たされ続けても意味はない。刺激に慣れてしまえば、人は堕落する。

 

 女を侍らせるという快感に相反するは、生死をかけた戦いだ。

 いつ死ぬかわからないという、ひりついた戦場で生きてこそ、こうした快楽はより甘美な刺激となる。

 

(んんんんん……! それでいい。ワシが求めていたのはこういうのだよ、アッドゥ。もっと、ワシをひりつかせろ。そして、今まで鍛え上げた成果を発揮させてくれ)

 

 これまで積み重ねてきたものに、意味のないことなどない。自分が考案したバルジシールドも、こうして窮地を脱するだけの力を発揮できた。それを実感できたというだけでもありがたい。

 もっと、他にも試させろと、瀬川は心の中で思う。

 一歩間違えれば死んでいたというのに、しかし瀬川は次を考える男だった。

 

 自分たちを守る艦娘たちの動き、敵艦載機の動き、そして前へと進んでいく攻撃部隊の動きと、応戦する敵部隊の動き。アッドゥへと至るまでには、どうやら島の前に布陣している戦艦棲姫含む主力艦隊もいるようだ。

 ドイツの艦隊も順調に上がっているようで、彼女らともうまく連携を取って対処すべきかと思案する。

 

 対するアッドゥは、瀬川の指揮艦への攻撃が失敗したことに対して、悲しみや悔しさは感じていなかった。浮かぶのは、とりあえず成功はしたという思いである。

 送り込んだ第一陣の中で、必要だったものはいくつかあったが、そのうちの一つは成功した。それだけでも良しとする。

 

 問題は後々、果たしてそれに気づいてくれるかどうかなのだが、とりあえず戦いを続けなければならない。その合間として、滑走路をまた撫でつつ、赤の力を込めて白猫艦載機を発艦させる。

 

(さて、真面目に戦いつつやるというのも面倒ね。でも、そう……フフフ、艦娘側も守りを展開する術を会得したのね。あれで死なれたらどうしようかと思ったけれど、信じて良かったわ)

 

 死なれれば、こうして戦っている意味が失われる。ある意味あの攻撃はアッドゥにとって賭けだった。

 ああいうやり方は、欧州ならばやる。艦娘相手だろうと、その後ろにいる指揮艦へと狙いをつけて、艦載機を送り込んで提督を殺害する。あの欧州は隙を見出せばそういうことをする女だ。

 

 さすがはかつて戦艦相手に決定打を与えた空母。艦載機を操る腕は堕ちた今でも磨かれ続けている。そんな彼女に倣った攻撃ではあるが、それを防ぐ手段を会得しているならば、それはそれでいいとアッドゥは考える。

 艦娘たちはより自分の元へと近づいてきている。砲撃の射程内に入ってくるのも時間の問題だ。こっちもやらなくては、と頬に手を当てながら、小さく息をついた。

 

(でももう一つ、いえ、二つは保険として入れておくとしましょうか。戦いの途中か、終わった後か。……終わった後となれば、少々遅いから、せめて拾い上げて、気づいてほしいものね?)

 

 そんな祈りを込めて、アッドゥは次の白猫艦載機に指示を与えるのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。